仲間とは、共に助け合い、協力し、目的に向かって突き進む心許す友の事を言う。
「これが仲間って言うの?」
そう落胆の声を上げるクリュウは強制的に重い荷車を引いていた。
ここは灼熱の熱線が降り注ぐレディーナ砂漠。悠久の砂の景色がどこまでも続く時の流れから取り残された空間。
すさまじい熱線が、クーラードリンクを飲んでいても体を焼く。そんな状態で重い荷車を引くクリュウの体力は急激に失われていた。
「まったく、だらしないわね!」
そう地図を見ながら怒るのはラミィ。彼女が無理やりクリュウにこんな重労働を押し付けた張本人だ。
「クリュウさん、大丈夫ですか?」
そう言うのは後ろから荷車を押してくれているレミィ。彼女が手伝ってくれなかったら、今頃自分は砂の上で息絶えていただろう。
「うん。平気だよ」
クリュウは疲れを隠して笑顔で答える。なんていい子なのだろうか。自分だって暑いし辛いだろうに他人に気を遣うなんて、本当に天使みたいな女の子だ。
「レミィ。あんたは手伝わなくていいのよ。こんなのこの下僕に任せておけばいいの」
それに比べてこの性悪女はなんてひどい奴だ。さりげなく自分を《仲間》から《下僕》に格下げしているし。本当に姉妹なのか、ましてや双子なのかですら疑わしい。まぁ、顔は基本的にそっくりなのだが。
「もう。お姉ちゃんはどうしてそんなにクリュウさんにいじわるするの」
怒るレミィはクリュウを援護してくれる。クリュウは彼女に感謝しつつ、黙ってラミィの返答を待つ。一体どんな返答が返って来るのか気になる。そして、彼女から返ってきたのは、
「何言ってるのよ。これはいじめてるんじゃなくて教育的指導よ」
「ものは言いようだよね」
「何か言った?」
ギロリと睨むラミィに、クリュウは慌てて首を横に振る。もし間違って縦に振っていたら、きっと彼女のガトリングランスで体をぶち抜かれていただろう。
「まったく。あんたはど素人なんだから、こうして下っ端仕事をしてればいいの」
そう言うラミィに反撃できないところが情けない。
確かに彼女達に比べたら自分はまだまだだ。しかも今回の相手では彼女達は先輩に当たる。
今回の依頼はレディーナ砂漠に現れた大型甲殻種――ダイミョウザザミの討伐だ。
ダイミョウザザミとは通称《盾蟹》と呼ばれている。その特徴はまず蟹の形をしている事と、大きな一角竜の頭蓋骨を殻にしている事。そして、その鋏(はさみ)は盾のようになっていて恐ろしく硬い。まず完全防御体勢になったらどんな攻撃も防いでしまう。だからこそ盾蟹と呼ばれているのだ。そして何より、イャンクックよりは手強いらしい。
クリュウが引く荷車を見ても、相手の力量はかなりのものだ。
大タル爆弾三発、小タル爆弾五発、シビレ罠、トラップツールとゲネポスの麻痺牙もある。他にもそれぞれのポーチの中には音爆弾が入っている。完全防御体勢に入ったダイミョウザザミは激しい音には弱いらしい。その為の装備だ。
そして、ダイミョウザザミだけなく甲殻種と呼ばれるモンスターは皆閃光玉は効かないとの事。つまりクリュウ得意のいつもの戦法は使えないという事だ。
今回はそんなダイミョウザザミが相手なのだ。初めてのクリュウに対しきっと二人は何匹も狩ってきたのだろう。そもそもレミィの装備はダイミョウザザミの防具だし。
「ねぇレミィ。ダイミョウザザミってどんな奴?」
「そうですね、一言で言えば蟹です」
「……ごめん、質問を変える――単刀直入に訊くけど、強いの?」
クリュウの訊きたいのはその一点だ。イャンクックすら一人ではまだ苦しいのに、それよりも強いモンスターに挑むのだ。いくら三人でも不安はある。
クリュウの問いに対し、レミィはうーんと唸りながら柔らかそうな桜色の唇に人差し指を当てて考える。
「そうですねぇ、動きはイャンクックよりも遅いですけど、その一撃はイャンクックよりは強力ですね。そしてイャンクックより死角が少ないってのが大きな特徴ですね」
「死角?」
「はい。イャンクックは基本的に前方に対する攻撃に特化してます。尻尾を振り回すのは全方位ですが、それ以外は基本全て前方です。しかしダイミョウザザミは正面、横、そして後ろにも攻撃して来るので厄介です。ダイミョウザザミと戦う場合は回避よりも防御する事優先してください」
「じゃあやっぱりイャンクックよりは強いって事?」
「確かにイャンクックよりは厄介ですが、動きが鈍いので懐には入りやすいですね」
さすがダイミョウザザミの防具を付けているだけはある。奴の大まかな説明や対処方法まで教えてくれた。こういう時、経験者はすごく頼りになる。
「レミィはすごいね」
「そんな事ないですよ……えへへ、似合ってますか?」
そう言ってレミィは後ろから離れてクリュウの横に並ぶと、その場でクルリと回る。彼女が手を離したので荷車が一気に重くなったが、この際は気にしない。
レミィのザザミシリーズは意外と女ハンターには人気が高い。デザインが他の装備よりかわいいかららしいが、確かに女の子らしい防具だ。
貴重なマカライト鉱石などを練り込んだ鎖帷子(くさりかたびら)の上から赤に近い桃色の盾蟹の甲殻を使った色鮮やかな防具。スカート型のかわいらしい腰当。そして何よりザザミヘルムが最も人気が高い。鎖帷子の上からダイミョウザザミの甲殻を使った鍔(つば)にツインテール。愛用する女性ハンターは数多い……と、師匠から聞いた事があった。ただし、火と雷の耐性には非常に弱いので飛竜戦には結構不向きだったりするが、彼女の場合はガンランスなのでその盾の防御と併用すれば問題はないだろう。
「うん。似合ってるよ」
それはうそじゃない。彼女のかわいらしさとかわいい外見のザザミシリーズはかなり合っている。そんなクリュウの言葉にレミィはぱぁっと嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「えへへ、ありがとうございます」
「礼を言われるような事じゃないよ」
二人はここが狩り場だという事も忘れて楽しげに会話する。そんな二人の声を背中で聞きながら地図と睨めっこするラミィはすこぶる機嫌が悪い。
自分の大切な妹を口説き落とそう(クリュウにはそんな気持ちはない)とする最低男に敵意が発生する。これも純粋に妹を守りたい姉の想いなのだ。
「レミィから離れなさない下僕!」
「僕は下僕なんかじゃないよッ!」
今にも狩り場で殴り合いになりそうな二人の雰囲気に、レミィはあわあわと慌てて仲裁に入ろうとする。が、その時、地面が小刻みに震えだした。
「な、何ッ!?」
驚くクリュウに対し、二人は互いの顔を見合うとすぐに行動に出た。
「クリュウ! 大タル爆弾の準備! 急いで!」
「う、うんッ!」
クリュウは荷車を止めると載せてあった大タル爆弾を二つ持つ。さらにレミィが残る一つを持った。まさか一度に三発全て使うというのか。
「ここに並べてください!」
レミィに言われたとおりの場所にクリュウは大タル爆弾を置く。遅れて彼女もそこへ大タル爆弾を置いた。そして準備を整えるとガンランスを構える。
「あんたは荷車を引いて後方に撤退して待機!」
ラミィの言葉に素直に従う。本当は前線に残りたかったが、爆弾を積んだ荷車を離すのは当然の判断だ。それに自分は足手まといになる。ここは従うしかない。
クリュウが二人から距離を取った時、遠くの砂が突然隆起し、砂の下から何かが出て来た。
大きな一角竜の頭蓋骨を背負った大きな蟹。赤い甲殻に覆われたその姿は蟹以外の何ものでもないが、その威圧はイャンクックと同等、またはそれ以上だ。
「あれがダイミョウザザミ……」
初めて見たが、かなりでかい。イャンクックぐらいの大きさはある。そして何より硬そう。へたな部分なら簡単に弾かれそうだ。
クリュウが見守る中、レミィは大タル爆弾の後ろでガンランスを構えたまま。ラミィは道具袋(ポーチ)からペイントボールを取り出した。
ラミィはそのままダイミョウザザミに突っ込むと、十分な距離まで詰めた後にペイントボールをを投げ付けた。ペイントボールはダイミョウザザミの硬い鋏に当たって弾ける。直後にあの特徴的な匂いが辺りに流れる。
敵襲にようやくダイミョウザザミが動きを見せた。片側の鋏を振り上げたまま横向きでラミィに突撃して来る。だが、その速度は結構遅い。なるほど、レミィの言ってたとおり死角はないが動きは遅いようだ。
ラミィは走ってレミィの後ろに退避する。するとダイミョウザザミは追い掛けるように横向きのまま鋏を振り上げて突っ込んで来る。
動きは遅い。感覚は掴んでいる。
彼我の距離を目測し、十分な距離に詰まるとレミィは砲撃加速装置を入れる。刹那、砲身が赤く染まり出し、砂漠の暑さ以上の熱が放出される。
そして、迫るダイミョウザザミを見詰め、容赦なく引き金を引いた。
「ファイアァッ!」
ガンランス必殺の竜撃砲が火を噴いた。途端、前に構えていた大タル爆弾も一斉に起爆し、すさまじい大爆発が起きて爆炎が吹き荒れてダイミョウザザミを呑み込み、ラミィとレミィも黒煙の中に消えた。。
クリュウは目を疑った。まさかいきなりあんな大技を炸裂させるとは。黒煙の中に消えた二人を心配するが、それは無意味だった。少しして黒煙の中から二人は傷一つなく飛び出して来た。ランス系の強力な盾が二人を救ったのだろう。
一方のダイミョウザザミはいきなり竜撃砲+大タル爆弾×三を受けてぐったりと倒れている。すかさずラミィが姿勢を低くして全力突撃をする。全速力の突撃はダイミョウザザザミの甲殻に衝突し、続いて連続した爆発が起きる。ガトリングランスの付加属性は《火》。触れた瞬間に炎が噴き出すのだ。
ラミィの突撃は弾かれながらも、その甲殻を連続で突いて爆発させた後その横を駆け抜ける。すぐさま反転してまだ起きられないダイミョウザザミに向かって槍を連続で突き出す。
「せいッ! りゃあッ! やあッ!」
突き出されたランスはダイミョウザザミの強固な甲殻に衝撃と爆発を与える。さらにレミィも熱を排出中のガンランスをダイミョウザザミの頭部に向けると続けざまに砲撃した。そのすさまじい猛攻撃にダイミョウザザミはたまらず起き上がると、レミィの方へ向いて鋏を横一線に薙ぎ払う。レミィはすぐに盾を構えてその一撃を受け流す。
「えいッ!」
レミィはガンランスを突き出して先端の刃でダイミョウザザミの体を突き刺すと、続いて砲撃。甲殻の一部を爆砕してバックステップで離れる。
ダイミョウザザミは距離を取ったレミィに横向きで突進する。だが、その横からラミィが突撃してダイミョウザザミの右側の脚に激突。ダイミョウザザミはバランスを崩して倒れた。
すぐにレミィはダイミョウザザミの強固な鋏に狙いを付けて連続して砲撃する。その横ではラミィが連続突きをして堅牢な甲殻を打ち砕く。
遠くから呆然と見詰めるクリュウはただそのすさまじい戦いに驚くばかりだった
ダイミョウザザミに攻撃する暇をほとんど与えない。なんて連携された動きなのだろうか。一人が狙われればもう一人が攻撃し、隙を見ては一斉に攻撃する。その動きはプロだ。
きっと、ハンターになった時からずっと二人で戦って来たのだろう。だからこそあれだけの動きができるのだ。
ダイミョウザザミは起き上がると両腕の先にある大きな平たい鋏を天に上げて口からブクブクと泡を吹き出し始めた。その行動にラミィとレミィは大きく距離を取った。どうやら怒り状態に入ったらしい。
ギギギギギ……と甲殻同士が擦り合う音はまるで、鳴く事のできないダイミョウザザミの怒りの声のようだ。
ダイミョウザザミは両鋏を口元に当てる。次の瞬間大きく鋏を開いて口から大量の泡状の水を一直線に放出した。その一撃は前方にいたレミィに直撃する。だが、レミィは盾でその攻撃を防いだ。
どうやらあれがダイミョウザザミのブレスのようなものなのだろう。圧縮された水を一点に放出するその一撃は水とは思えないほど強力で、発生する泡は少し幻想的に見える。
レミィが攻撃を受けている隙に、ラミィが突貫する。だがあと少しで命中という所でダイミョウザザミは今までにない速度で横へ移動してそれを避けた。その速さにクリュウが驚いている間にダイミョウザザミはそのままレミィに接近すると鋏を叩き付ける。とっさに盾で防いだとはいえ、彼女の小さな体はその一撃に吹っ飛ばされた。
「レミィッ!」
クリュウの声にラミィが慌てて反転して突貫する。だがラミィが到達するダイミョウザザミは突如両鋏を地面に振り下ろして勢い良く砂を舞い上げる。するとそのまま砂の中に潜ってしまった。逃げたのだろうか。
二人は武器をしまうと一斉に散って走り出す。一体どうしたのか驚いていると、
ゴゴゴゴゴ……と地面が揺れる音が響いた。それも下から。
「え? な、何?」
「クリュウさん! 逃げてください!」
レミィの悲鳴のような声が響いた刹那、クリュウのいた地面から巨大な槍が飛び出てクリュウは吹き飛ばされた。続いてすさまじい爆発がクリュウの体をさらに吹っ飛ばす。
「あぐぅッ!」
完全に油断していたところへの一撃で、クリュウは地面に叩き付けられた。直撃こそ体を捻って回避したものの、完全には避けられなかった。接触した脇腹には鈍い痛みが走り、クリュウは顔を苦しげにゆがめながら前を見る。するとそこには先程まで遠くにいたダイミョウザザミがいた。
先程のクリュウの声で他にも敵がいると悟ったのか、ガラ空きだったクリュウを攻撃してきたのだ。
だが、ダイミョウザザミも動かない――いや、動けないでいる。その体からは煙が上がっていた。見ると奴の下には粉々になった荷車があった。どうやらさっきの砂中からの攻撃で荷車を粉砕し、残った小タル爆弾が一斉に起爆したらしい。幸か不幸か、その威力でダイミョウザザミは動けないらしい。
クリュウが痛む体を何とか起こすと、後ろからラミィとレミィが駆けつけて来た。
「あーあ、小タル爆弾全部使っちゃったの? それにシビレ罠とかも吹っ飛んじゃったし」
ラミィは呆れたように言う。確かに、せっかくの備品は全て吹き飛んでしまった。返す言葉もない。
「ご、ごめん……」
「な、何よ。らしくないわねぇ……」
謝ると、ラミィはなぜか頬を赤らめながらプイッとそっぽを向いてしまう。やっぱり怒っているのだとクリュウが落胆すると、隣からレミィが「大丈夫ですよ」と笑顔で言った。何が大丈夫なのかはよくわからないが。
ダイミョウザザミは三人揃った人間達に向かって正面から突撃する。両鋏を大きく広げ、逃がさないと言わんばかりの迫力だ。
「仕方ないわねッ! あんたも協力しなさい!」
「う、うんッ!」
クリュウはうなずくと横へ走って距離を取る。反対方向へレミィが走り、ラミィは再び突貫してダイミョウザザミに真正面から挑む。と、ダイミョウザザミは突如動きを止めて鋏を顔の前に立てて姿勢を低くし、脚を畳んで動かなくなった。その直後のラミィの強烈な突撃は簡単に弾かれてしまった。今まで以上の防御力。あれが防御体勢なのだろう。
弾かれてたたらを踏むラミィと、ガンランスを構えたままのレミィ。クリュウは迷わずダイミョウザザミに突っ込むと、道具袋(ポーチ)から音爆弾を取り出すと投げ付ける。刹那、キンッという心地良い音が人間には無害な音が辺りに響き渡った。だがその音は人間にとっては無害でもダイミョウザザミには違った。突如襲って来た物質的攻撃ではない音爆弾の威力にぐったりと両鋏を投げ出して倒れた。今がチャンスだ。
クリュウは剣は抜くと倒れているダイミョウザザミの右の平たい鋏に剣を思いっ切り振り下ろした。硬い鋏に当たるが、血は出ない。まだまだだ。
「うりゃあああぁぁぁッ!」
クリュウは再び剣を振り下ろす。だが結果は同じだ。だけど諦めず、ただひたすら剣を振り下ろす。横ではラミィの突きとレミィの砲撃が炸裂している。クリュウは剣を振り下ろし続ける。と、鋏にヒビが入った。あと一撃。
「これで終わりだあああああぁぁぁぁぁッ!」
クリュウは全力を込めて剣を両腕で振り下ろした。剣と鋏が触れ合った瞬間、ダイミョウザザミの巨大な鋏が粉々に吹き飛んだ。ダイミョウザザミはたまらず起き上がる。急に上がった壊れた鋏がクリュウの体を弾き飛ばした。クリュウは悲鳴も上げられぬまま砂の上を二転三転した後に膝をついた。
二人も一度大きく距離を取っている。
ダイミョウザザミは健在な方の鋏と壊れた鋏を器用に使って砂を掘り、そのまま地面に潜った。三人は警戒して辺りを走り回って翻弄するが、音と振動は全く別の方向に行って消えた。どうやら逃げたらしい。
「ふぅ……」
クリュウは剣を腰に戻すと息を整える。
「クリュウさん! 大丈夫ですか!?」
慌ててレミィが駆け寄って来た。クリュウの体を上から下まで見詰め、怪我はないかどうか必死になって探している。そんな彼女を心配させないようにクリュウはそっと微笑む。
「大丈夫だよ」
「良かったぁ……」
レミィはまるで自分の事のように安堵した。本当に心配してくれていたのだろう。なんていい子なのだろうか。
「当たり前でしょ。ザザミなんかの攻撃で大怪我を負う奴なんて面倒見切れないもの」
それに比べたこっちの子はなんてひどい事極まりない。顔はそっくりなのに同じ双子とは思えないくらいの正反対な性格だ。
ツンとそっぽを向けるラミィを見てクリュウは前途多難だなぁと感じた。
「とにかく、あの大破した荷車から使えるものだけでも持って行こうよ。はい」
クリュウはそう言うと道具袋(ポーチ)から村を出る前に調合したばかりの元気ドリンコを二つ取り出して二人に渡す。これももちろんフィーリアから教わった知識だ。
「な、何よ」
「あれだけ接近戦したんだ。これでも飲んで再挑戦だ」
「わぁ、ありがとうございます!」
「ふん。あんたにしては気が利くじゃない」
二人らしい返答に小さく微笑むクリュウ。二人は気にした様子もなくそれを受け取ると飲み始めた。ラミィは一気。レミィはちょびちょびと飲んでいる。ここでも同じ双子なのに正反対な行動だ。もう驚かないが。
三人は瓦礫と化した荷車から使えるものを全て取り出した。幸い、シビレ罠が一個とその他備品が結構残っていた。小タル爆弾は幸か不幸かダイミョウザザミが五発全て直撃してくれたので問題はないだろう。
「さぁて、さっさとダイミョウザザミを追うわよ。どこぞのバカがせっかく鋏を壊してくれた事だし」
そう言ってスタスタと一人で歩き出すラミィ。そのどこか偉そうな背中を見詰め、クリュウはため息する。
「ひどい言い方だなぁ」
あんなにがんばったのになぁ、とちょっぴり落ち込むクリュウに、レミィは小さく微笑む。
「お姉ちゃん、クリュウさんの事をほめてたんですよ」
「あれで?」
「あれでです」
もう一度先へ行くラミィを見詰める。と、そんなラミィは不機嫌そうな顔で振り返ると追い掛けて来ない二人に叫ぶ。
「早く来なさいよぉッ! 置いていくわよバカ!」
「あれで?」
「あれでです」
レミィを疑う訳ではないが、あれは確実に違う。クリュウはそう思った。
これ以上ラミィが暴走しないうちに素直に従った方がいい。クリュウは急いで彼女の後を追った。その後ろからレミィがくすくすと笑いながらついて来る。そして、ラミィはあまりにも遅いクリュウにイライラしたようにフンッとそっぽを向いて大またで歩き出した。
二人が来てから一週間、クリュウは少しずつだが変わった。
二人と一緒にドスランポスとイャンクックをそれぞれ一頭ずつ狩った。その際、クリュウはそれまでのような鈍い動きは一切なく、いつもどおりの力がはっきりと出せた。
ラミィが言うには、自分はパーティ向けのハンターらしい。仲間に助けられながら仲間を助けるやり方をするハンター。確かに自分でもそう思う。
ハンターとしての誇りが戻って来たところで今回のダイミョウザザミだ。二人とならどんなに強い相手でもきっと大丈夫という安心。そして結構バラバラなチームワークの不安。二つの思いを心に渦巻かせながらも、クリュウは砂漠を翔けた。
ダイミョウザザミが移動したのは先程の位置から北へ一キロぐらい行った所だった。
砂の上に立つダイミョウザザミはまるで自分達が来る事を知っていたかのように堂々と立って待ち構えていた。そんなダイミョウザザミに対峙しながら三人はそれぞれの武器を構える。
「いいですか。ダイミョウザザミは斜め後ろから攻撃をしてください。そこが数少ないダイミョウザザミの死角ですから」
「わかった」
「死ぬんじゃないわよ」
「そのつもりはないよ。っていうか心配してくれるんだ」
「バカッ! 私と組んでた奴が死んだら目覚めが悪いでしょッ!」
「冗談だよ。何でそんなに顔を真っ赤にして必死に否定するの?」
「……ッ!」
「ま、待てッ! 武器を向ける相手を間違えてるッ!」
「来ますッ!」
ダイミョウザザミは取り込み中の三人を気にした様子もなく砂の中へ潜った。
「散ってぇッ!」
ラミィの掛け声にクリュウは駆け出した。他の二人も別の方向へ散る。直後、三人がいた場所に巨大な槍が砂中から突き出した。もし遅れていたらあれに巻き込まれていただろう。そしたら一撃でやられてた。危ない危ない。
槍は再び砂中に消えると、今度はクリュウに向かって振動が迫って来た。
「うわぁッ!」
間一髪横へ飛んで砂中からの攻撃は逃れられた。巻き上がった砂が雨のようにクリュウに降り注ぐ。
クリュウは口の中に入った砂をペッと吐くと再び走り出す。止まっていたら奴の餌食だ。
再び砂中から槍のように角が突き出される。今度はクリュウのすぐ横だ。
「くそぉッ!」
クリュウは後方へ飛んで距離を取る。相手が砂の中にいては手が出せない。なんて厄介な相手だろうか。これがガレオスなら音爆弾で引きずり出せるが、奴にはそれはできないらしい。
クリュウが一度距離を取ると、振動は今度はラミィに向かって突撃した。だが、ラミィは慌てる事なく横へ飛んでそれを避ける。空しく突き出される角の後、ダイミョウザザミが砂と共に砂上に現れた。すぐさまラミィが突撃して一撃を入れる。距離が離れていたクリュウとレミィは急いで向かう。
クリュウよりは近かったレミィは到着するとダイミョウザザミの脚に向かって連続して砲撃。爆発が砂を舞い上げ、ダイミョウザザミの動きが一瞬止まる。その一瞬にクリュウが飛び込み、ガラ空きだった頭部に剣を叩き込む。
「うりゃあッ!」
クリュウの一撃はダイミョウザザミの頭部に炸裂。細かな破片が散った。ダイミョウザザミはたまらず鋏を振るってクリュウを吹き飛ばす。ギリギリで盾で防いだとはいえ、吹き飛ばされた上に片手剣の盾はランス系ほど強力なものではない。一撃一撃を守っても確実にダメージが蓄積してしまう。
クリュウに集中していたダイミョウザザミに、横からラミィが突撃する。火属性の効果で噴き出る炎がダイミョウザザミを焼く。
ラミィが走り抜けた刹那、逆方向からレミィが砲撃する。
ダイミョウザザミは逃げるように砂の中へ消えた。だがすぐに角を槍のようにして砂中から攻撃してくる。見えない砂の中、しかも下からの攻撃は厄介極まりない。慣れている二人ならともかく、今回初戦闘となるクリュウは紙一重で避けるので精一杯だ。
「くぅッ!」
クリュウが身を反らして避けた場所に角が突き上がる。クリュウは転がるようにして砂の上に倒れた。震動と共に目の前を砂を巻き上げながらダイミョウザザミが現れる。慌てて起き上がってクリュウは後退した。
「一体いつになったら倒せるの?」
イャンクックは耳を畳み、他の飛竜も弱ると脚を引きずるらしいが、甲殻種であるダイミョウザザミはそういった行動がわかりづらい。後どれくらいと見極めるのが難しいのだ。
だが、クリュウはダイミョウザザミのある異変に気づいた。
先程からずっと怒り状態なのか口から泡を吹き続けているダイミョウザザミ。だが、その泡に紫色の血が混じっていた。さっきまでとは明らかに違うその行動に、クリュウは確信した。
「あと少しだッ!」
きっとあれが弱っている合図なのだろう。クリュウはラミィやレミィと合流しようと走り出す。だが、そこへ怒り状態で今までとは比べ物にならないような速さで突進して来るダイミョウザザミ。
「なぁッ!?」
あっという間に追い付かれ、クリュウは鋏の一撃を受けて吹き飛ぶ。砂の上に情けなく一転二転して転がり倒れた。すさまじい一撃にクリュウは体が痛くて起き上がれない。骨でも折れたのではないかというような激痛だ。
「くぅ……ッ!」
必死に手を着いて起き上がろうとするが、すぐに力尽きて砂の上に倒れる。たった一撃だったが、その一撃はあまりにも強過ぎた。
「バカァッ!」
ラミィが慌てて走るが、間に合わない。ダイミョウザザミはクリュウの目の前まで迫っていた。
目の前にいる巨大な影。
あぁ、自分はここで死ぬんだ。
クリュウの胸を絶望が過ぎった。
振り上げられたダイミョウザザミの鋏がクリュウに振り下ろされた――
ガキィンッ!
すさまじい金属音に似た鋭い音と共に、ダイミョウザザミの一撃は防がれた。
「れ……レミィ……ッ!」
そこには自分をかばうように盾を構えたレミィがいた。奴と同じダイミョウザザミの甲殻でできた防具を輝かせ、レミィはクリュウに小さく笑みを浮かべると、再び前に向き直る。
彼女が握るガンランスの砲口が真っ赤に輝いていた。すさまじい熱が水分がないに等しい砂漠であっても水蒸気を発生させる。
ダイミョウザザミはその熱に何かを感じ取ったのか、慌てて鋏を盾のように構えて姿勢を低くする。また防御体勢だ。
だが、そんなものはレミィの前では無力だった。
すさまじい熱と共に加速された発射装置は限界に達する。噴き出るすさまじい熱。それは最大出力を意味していた。
レミィはしっかりとダイミョウザザミに照準を合わせる。そして、
「ファイアァッ!」
引き金を引いた瞬間、砲口からすさまじい火炎と黒煙が噴き出す。刹那、ダイミョウザザミが大爆発した。竜撃砲の前では、防御など無意味なのだ。
すさまじい威力にダイミョウザザミは黒煙を上げながら倒れた。そして動かなくなった。
「ふぅ……」
レミィが息を吐き出した音を聞いて、クリュウはやっと現実に戻る。
――自分達は、ダイミョウザザミを倒したのだ。
「大丈夫ですかクリュウさん!」
レミィは熱を放出しているガンランスを背中に戻すと、倒れているクリュウに駆け寄る。体に痛みはあったが、彼女を心配かけさせまいとクリュウは無理して笑みを浮かべる。
「だ、大丈夫……」
「無理してるのがバレバレですッ!」
引きつった笑みと搾り出したような声ではさすがに説得力がなかったのだろう。我ながら自分の演技力の低さに呆れてしまう。まぁ、骨が折れるか折れないかという一撃を受けて平然とした演技ができるのはそれはそれで化け物だが。
クリュウはポーチから回復薬を取り出して飲み干す。これで幾分かは楽になるだろう。
一方ラミィは早速倒したダイミョウザザミを吟味していた。
「大きいわねぇ。もしかしたらビックサイズぐらいはあるんじゃないかしら」
「ビックサイズ!?」
レミィも驚いたように声を上げる。
モンスターには通常体よりも体が大きなものがいる。その大きさによってビックサイズ、そしてキングサイズと呼称が変わる。体が巨大であればそれだけ強いというのも意味している。つまり、今相手にしていたダイミョウザザミはかなり厄介な相手だったという事だ。
「初陣からそんなのを相手にするなんてなぁ……」
クリュウはがっくりとその場に膝を着いた。だが、そんな彼を見てラミィは呆れたように声を上げる。
「バカじゃないの? 所詮は蟹じゃない」
「僕にとっては《所詮》で片付けられるような相手じゃないんだよ」
「クック装備だもんね」
鼻を鳴らして言うラミィに怒る気力もない。それほどまでに疲れていた。日に焼かれた砂は熱いはずなのに、疲れ切っているからかそんな熱さは感じなかった。
ラミィは期待したような反撃がなかったのが不満なのか、不機嫌そうに倒れたダイミョウザザミに近づくと慣れた手つきで甲殻を剥ぎ取る。ダイミョウザザミは甲殻しか基本は使い道はない。あとは鋏ぐらいのものだろう。
「クリュウさん、早く剥ぎ取らないと全部お姉ちゃんに取られちゃいますよ」
レミィはそう笑顔で言うと、膝を着くクリュウにそっと手を伸ばす。クリュウは「ありがとう」と礼を言ってその手を掴んで立ち上がる。
「何してるのよッ!」
「ごふぁッ!?」
「クリュウさんッ!?」
立ち上がった途端にラミィの強力な跳び蹴りがクリュウの体を貫いた。避けられない状態からのすさまじい一撃に、クリュウは吹っ飛ぶ。
「何するんだよ!」
「うるさいうるさいうるさい! バカバカバァカッ!」
ラミィはそう怒鳴ると、プイッと背を向けてダイミョウザザミの解体に戻る。残されたクリュウは訳がわからず理不尽な暴力で痛む身体を引きずってダイミョウザザミの解体に加わる。
「硬いなぁ……」
硬い甲殻に阻まれて刃がなかなか刺さらない。クリュウが苦戦していると、レミィがコツを教えてくれた。刃を《刺す》のではなく《入れる》らしい。
クリュウがレミィに教えられながら解体するのを、ラミィはどこか不機嫌そうに見詰めていた。余所見していても解体できるのは、それだけ彼女達の方が上という事だ。
十分な量を剥ぎ取り終えると、後は残す。残りは他のモンスターの餌(えさ)となるのだ。こうした生態系を守るのも、ハンターの役目でもある。
「さぁ、依頼は終わったわ。さっさと帰ってお風呂に入りたいわよ。体中砂だらけだもの」
そう言って髪についた砂を払い落とすと、ラミィはとっとと拠点(ベースキャンプ)に戻ろうと歩き出してしまう。
「あぁッ! お姉ちゃん待ってぇッ!」
「お、置いてかないでよぉッ!」
三人は砂の上を歩いて拠点(ベースキャンプ)に向かう。
三人の歩く砂の世界は、今日もまた永遠の時を刻むように、砂に波紋を刻む。ずっと、永遠に……