モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第28話 絶交

 クリュウが初めてイャンクックを倒してから、二週間が過ぎた。

 その後、クリュウとフィーリアはリフェル森丘に現れたイャンクックも討伐。森丘という事もあり視界は十分確保でき、何よりクリュウの腕が上達していた事もあって罠や爆弾を駆使してクリュウはほとんど一人で討伐した。

 そして、十分なイャンクックの素材を確保したクリュウは……

 

「えへへ、やっぱり目立つね」

「そうですね。でもかっこいいですよ」

「そ、そっかな?」

「せやせや。クリュウくんかっこええでぇ」

 アシュアの工房の前で照れるクリュウを、フィーリアとアシュアが絶賛する。

 今クリュウが着ているのはイャンクックの素材を惜しみなく使って作られたクックシリーズ。胴(クックメイル)、腕(クックアーム)、腰(クックフォールド)、脚(クックグリーヴ)という桃色の怪鳥の鱗や甲殻、翼膜を使った防具だ。その性能はランポスシリーズとは比べものにならないほど高い。ちょっとトゲが多いのと目立つ色というのが難点だったりするが、それを差し引いても今までよりはずっといい。

「でもほんまにええんか? 頭(クックヘルム)はいらへんの?」

「はい。これで十分です」

「せやけどなぁ……」

 アシュアの言葉に、クリュウは笑顔を向ける。そんな彼の頭には新調したクックシリーズと違って何も付けていない。二度目のクック戦でバトルキャップは壊れてしまったのだ。なので、今彼は何も付けていない。

「クックヘルムは視界を遮らないでぇ?」

「でも、僕はこっちの方がいいんです」

「まぁ、クリュウくんがええならうちがこれ以上言う事じゃないやろうけどぉ」

 アシュアは少し不満そうだ。鍛冶師として、友人として、彼にはより安全な防具を揃えてほしいのだが、クリュウは一貫して首を縦には振らなかった。

「やっぱり、あんまり頭は好きじゃないんです」

「クリュウくんらしいなぁ。まぁ、あんたがええならうちはもう何も言わへんでぇ」

 アシュアはそう言って諦めたように肩をすかしてニコニコと微笑んだ。

 二人はアシュアに別れを告げて家に戻る。

「クリュウ様、とても似合ってますよ」

「ありがとう」

 その途中、フィーリアは何度も彼の装備をほめた。クリュウも嬉しそうに笑顔を浮かべ、自らの新しい装備を見詰める。

 だが、フィーリアの瞳には喜びと同時に小さな悲しみがあった。クリュウは、それに気づいてあげる事はできなかった。

「えへへ、今から密林に狩りに行かない? この防具を試してみたい」

 そう言って握ったのはドスバイトダガー改。ついでにドスバイトダガーも強化したのだ。見た目はあまり変わっていないが、その性能はさらに上がっている。

「そうですね。ではクリュウ様のクックシリーズ初デビューですね。ちょうどコンガの討伐依頼が来てますし」

 コンガとはゴリラ型のモンスターで、桃色の体毛に覆われているモンスターだ。クリュウ達がランポスを掃討していたら、いつの間にか他の場所からテリトリーを拡大して最近はセレス密林にも現れるようになった。隙の多い攻撃ばかりだが、そのどれもが木だってへし折る一撃なので油断ならない。特に放屁攻撃は厄介極まりない。これは臭い上に気分が悪くなる。これを受けると回復薬や肉などは全て臭いが消えるまで使用できなくなってしまう。消臭玉という臭いを取る専用道具があれば問題ないが、なかったら臭いがなくなるまでは激しい行動はできなくなる。ランポスよりも厄介な相手だ。しかもランポスのボスがドスランポスなら、コンガのボスにはババコンガという大型モンスターが存在する。イャンクック並みの大きさで、世間一般的にはイャンクックよりも強いらしい。今のところセレス密林での目撃情報はないが、いつやって来てもおかしくはない。

「コンガかぁ……新しい防具に放屁は喰らいたくないなぁ」

「ではやめますか? 他には特産キノコを採ってほしいという村長の依頼がありますけど」

「結局密林に行けばコンガがいるんだ。どうせならそっちを討伐しよう。ついでに特産キノコも採取すれば問題ないでしょ」

「そうですね。では酒場へ行きましょう」

「うん」

 クリュウは嬉しそうにクック装備やドスバイトダガー改をいじる。そんな彼を見てフィーリアは微笑む。悲しみが混ざったその笑みを、彼は気づかない……

 

 それから一週間後の事だった。レディーナ砂漠からガレオス討伐依頼を終えて村に戻って酒場で一休みしていたクリュウとフィーリア。その時、フィーリアが衝撃の事実を告げた。

「む、村を出て行くッ!?」

 突然告げられたその言葉に、クリュウは大好物のハチミツ入りのミルクの入ったジョッキを落としそうになった。

「はい。残念ですが……私に直々に依頼が来たんです」

 そう言って彼女が見せてくれた依頼書には、宛名がフィーリアになっている。内容は知らない丘陵地帯に現れたリオレイアの討伐依頼だった。

「り、リオレイアって……大丈夫なの?」

 リオレイアとは《陸の女王》と呼ばれるリオレウスと対を成す上級飛竜だ。彼女はそれを何度も狩ってきたらしいが、それでも危険に変わりはない。

「大丈夫ですよ。今回は依頼された街にいるハンターと合同で狩るのですから」

「そ、そっかぁ……」

 クリュウは安堵する。一人より多人数の方がいいのは当然だ。まぁ、世の中には例外というものもあるのだが、ひとまずは安心だ。

「だから村を出て行くって言ったのかぁ。はぁ……驚いた。僕はてっきりフィーリアがこの村を出てまた旅でもするのかと思ったよ」

「そのつもりです」

 笑い飛ばそうとしたクリュウは、フィーリアの返答に笑顔が消えた。

「ど、どういう事?」

 頭ではもうわかっている事なのに、認めたくないからか脳が理解するのを拒んでいる。だが、フィーリアの返事は変わらなかった。

「言葉どおりです。私は再び旅に出ようと決めました」

「う、うそでしょ……?」

「本当です」

 クリュウは浮いていた腰を力なく椅子に戻した。がっくりとうな垂れ、フィーリアの言葉を頭で反芻(はんすう)する。

 フィーリアと別れる。それはクリュウにとっては苦痛以外のなにものでもなかった。

 今までずっと自分は彼女と一緒に狩りをしてきた。それをいきなり破棄するなんて、そんな事したくないし、できるはずもなかった。

 でも、彼女は出て行く気だった。自分を置いて、行ってしまおうとしている。

 落ち込むクリュウに、フィーリアは諭すように言葉を繋げる。

「クリュウ様はもうイャンクックを討伐したんです。ですから、もう一人前のハンターになりました。ですので、私が教える事はもう何もありません。私に与えられた講師の依頼は、完遂されました。ですので、私はもうこの村にいる理由はありません。だから出て行こうと決めたのです」

 フィーリアはそう言って胸の前に手を当てると、目をつむる。思い出すのは今まで助けた人々の笑顔。それを忘れる事は、できなかった。

「私に助けを求めている人がいるんです。だから、助けに行きます。今まで休業していた流浪ハンターを、再開する時が来たんです。いつまでもこの村に腰を据えている訳にはいきませんから」

 そう言うフィーリアも悲しそうだ。本当はこの村にずっといたい。クリュウと狩りに出たい。でも、自分に助けを求めている人がいる。その人達を助けたい。誰かを助ける為にハンターになった彼女にとって、それを無視する事はできなかった。

「ですので、明日にでも村を出ようと考えています。クリュウ様には申し訳ありませんが、私は明日出発します。そしたら、これからはお一人でがんばってください。私はいつも応援してますから」

 そう言ってフィーリアは微笑むと、うつむくクリュウの肩に触れた。だが、

「触らないでッ!」

 悲鳴に近いすさまじい声と同時に手を弾かれた。キッと睨む彼に、フィーリアはビクリと震えて驚愕する。

「く、クリュウ様……?」

「どうしても、出て行くつもりなの?」

 顔を上げたクリュウは、すがるようにフィーリアに問う。そんな彼にフィーリアは一瞬迷ったが、返す言葉は変わらず、彼にとっては残酷なものであった。

「はい。ここには長く居過ぎました。これ以上居ては、私の決心が鈍ります。決起するなら今しかないんです」

「そんなぁ……」

「クリュウ様は立派になられました。もう私の助けなんていらないでしょう」

「そんな事ないよッ! フィーリアがいてくれるだけで僕は十分心強いもの! お願いだよフィーリア! ここにいてよ! ずっと一緒にいようよ!」

 クリュウの言葉に、フィーリアは思わずうなずきかける。だが、首を振ってそれを制す。これ以上はダメなのだ。自分は、止まってはいけない存在なのだから。

「ダメなんです。これは、私の決めた道ですから」

「で、でも――」

「クリュウくん。あんまりフィーリアちゃんを追い詰めないでくれ」

 その声に振り返ると、村長が立っていた。その表情は寂しげに揺れている。その横には同じような顔をしたエレナが立っていた。

「クリュウ。フィーリアは無理してこの村にいてくれたのよ? あんたはもう一応一人でもやっていけるんだから、これ以上フィーリアに心配をかけないでよ」

「だ、だって……!」

「いい加減にしなさい! フィーリアにはフィーリアの道があるのよ! あんたにそれを壊す権利なんてないのよ!」

 エレナの強い物言いに、クリュウは黙ってうつむいてしまう。

「え、エレナ様、言い過ぎですよ」

「フィーリアもいつまでもクリュウを甘やかしちゃダメよ! これはあなたの問題なんだから!」

「す、すみません……」

「コラコラ。フィーリアちゃんが困ってるだろ。そこら辺にしておきなさい」

 村長が間に入って、エレナは「むぅ……」と小さく唸ると押し黙る。そんな彼女を一瞥し、村長はフィーリアに笑顔を向ける。

「用意は整っているよ。明日にはドンドルマへ船を出すから」

「お世話を掛けてすみません」

 フィーリアと村長の会話に今まで黙っていたクリュウは驚いて声を上げる。

「ちょっと待って! 村長はフィーリアが村を出て行く事を知ってたんですか!?」

「え? うん……え? クリュウくんは聞いてなかったの?」

「聞いてませんよ! 今フィーリアから告げられたばかりですよ!?」

 クリュウと村長、エレナは驚いた顔でフィーリアを見る。すると、フィーリアはうつむいて小さくなり「す、すみません……」と小さく謝った。

「そ、その、なかなか言い出せなくて……ごめんなさい」

「おいおい、明日には出発なんだろう? クリュウくんに心の整理をさせる暇がないじゃないか。僕らは一週間ぐらい前に告げられたのに」

「そんなに前に!? エレナも知ってたの!?」

「う、うん。てっきりクリュウにも話してるんだと思って……だから、あんたが落ち込まないようにその話はずっとしてなかったんだけど、本当に何も知らなかったの?」

「うん。今彼女からいきなり聞いた」

「そう……フィーリア、これはあんまりだよ?」

「す、すみません……」

「まぁ、気持ちはわからなくはないけど……」

 別れを告げるなんて、誰もがしたくない事だ。でもだからといって告げずに別れるのはもっとひどい事だ。彼女はそんな想いの中をずっとさまよい、今やっとそれを口にしたのだ。

「……まぁ、そういう事だ。急でクリュウくんには悪いけど……フィーリアちゃんは明日このイージス村を出る。これからクリュウくん一人でこの村を守ってくれ」

 それはハンターとなってこの村に戻って来た時に戻れという事だ。正確にはあの頃よりはずっと腕は上がった。だが、一人に戻るのには変わりない。

 今までずっと、フィーリアと一緒だったのに、それをいきなりなしにするなんて、そんな事できる訳がない。

「で、でも僕はまだフィーリアに教わりたい事が――」

「私は本来人に何かを教えるという人間ではありません。私が責任を持って教えられるのはここまでなんです」

「で、でも……ッ!」

「クリュウ、諦めなさい」

 なんとか言葉を繋げようとするクリュウの肩を、エレナがそっと叩く。その肩は小刻みに震えていた。

 彼の気持ちは痛いほどわかる。自分だって、フィーリアにはずっとここにいてもらいたい。だけど、それは彼女の志を曲げさせる事になる。

 本当に彼女の事を想っているなら、彼女の誇りを傷つける事だけは、してはならないのだ。

「本当にフィーリアの事を想ってるなら、笑顔で彼女を見送ろ。ね?」

 エレナはうつむくクリュウに優しく言った。そんな二人を見詰め、村長は小さくうなずくとフィーリアに向き直る。

「フィーリアちゃん。今日はみんなで最後の夜を過ごそうじゃないか」

「はい。お願いします」

「オッケー! じゃあ村人総出で豪華なパーティーを開かないとね!」

 何だかんだ言ってこの村は祝い事が多い。これも村長の優しい性格がそのまま村に表れているからだろうか。

「クリュウ様もぜひご参加してくださいね」

 フィーリアは満面の柔らかな笑みを浮かべてクリュウに手を伸ばす。が、

 パンッ!

 鋭い音と共にフィーリアの手は弾かれた。驚く皆の前で、クリュウは彼女の手を弾いた右手を下ろすと、キッとフィーリアを睨む。その緑色の瞳の縁には溢れんばかりの涙が浮かんでいた。そんな彼の姿に、フィーリアは言葉を失う。

「く、クリュウさま……?」

「……らいだ」

「え?」

 クリュウは小さく言った言葉を、今度は溢れんばかりの感情を込めて叫んだ。

「フィーリアなんて、大嫌いだッ!」

 そう叫び捨てると、クリュウは踵を返して酒場を出て行ってしまった。その後をエレナが慌てて追い掛ける。

 残されたフィーリアは呆然と、小さくなっていく彼の背中を見詰める。

 嫌われてしまった……

 それはそうだろう。ずっと内緒にしていたのに、彼以外の人には言っていたのだから。それではまるで、彼を裏切っているようにしか見えない。

 誰だって別れは辛い。それは自分も彼も同じはずなのに、わかっていたのに、自分のせいで彼を傷つけてしまった。

 嫌われて、当然なのだ。

「うっ……うぅっ……」

 勝手に涙が溢れてくる。

 自分が悪いのに、勝手に涙が出てくる。泣くなんて、卑怯ではないか。

 すすり泣くフィーリアに、村長はそっとハンカチを渡した。彼の好意に甘え、フィーリアはそのハンカチを受け取って目頭に当てる。

 

 こんな別れは、嫌だったのに……

 

 その夜、フィーリアの送別会が大規模に行われた。村人達はフィーリアの旅立ちを悲しみ、そして祝った。

 ――だが、その中にはフィーリアが最も会いたかった彼の姿はどこにもなかった。

 

 翌朝、いよいよフィーリアの旅立ちの時が来た。

 切り立った崖の下にある船着場には多くの村人が集まっていた。皆彼女を見送りに来たのだ――だがやっぱりそこにクリュウの姿はなかった。

「あ、あの、クリュウ様は……?」

 準備を整えたフィーリアは恐る恐るエレナに問うが、彼女は首を横に振った。

「ダメよ。声を掛けたけどあいつ、ドアにカギを掛けて全く出て来ようとしないのよ」

「そうですか……」

 やっぱり、彼は自分を許してはくれないだろう。

 最後に彼の笑顔が見たかったのに、それは全部自分のせいで潰えてしまった。そう思うと自然と視線が下がりうつむいてしまう。

 そんな落ち込む彼女に、村長は明るく振舞う。

「仕方ないさ。フィーリアちゃんには悪いけど、僕らだけの見送りだ」

「いえそんな、皆様に見送られるだけでも嬉しい限りです」

 村長の言葉にフィーリアは慌てた様子で手を胸の前でブンブンと振る。が、すぐにしょんぼりと落ち込んでしまう。

「でも、最後に……クリュウ様に会いたかったです……」

「あのバカに伝えておく」

 エレナの言葉に、フィーリアは小さく微笑むと、船に乗り込んだ。甲板の上で、フィーリアは皆に手を振って集まってくれた今までお世話になった村人達の別れの言葉を叫ぶ。

「今までお世話になりましたぁ!」

「おうよ! またな!」

「ありがとうございました!」

「ありがとう!」

「元気でなぁ!」

 村人達も大声で彼女にお別れや感謝の言葉を向けると、手を振って彼女を見送る。

 船は出港し、互いの距離がどんどん開いていく。だが、どちらもその姿が消えるまでずっと手を振り続けた……

 

 海の向こうへ小さくなっていく船を、クリュウは崖の上から見詰めていた。

 これから先、自分は一人で戦わなければならない。そして、フィーリアはもういないのだ。

 不安と、悲しみが胸を押し潰す。

 うつむくクリュウの頬を、涙が流れた。

「さよなら……」

 小さく搾り出すように放たれたその言葉は、海風の中に儚く溶けていった……


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