太陽が真上に到達する頃、クリュウ達はセレス密林の拠点(ベースキャンプ)での用意を終えていた。
「今回はすごいねぇ……」
改めて持参した道具の数々を見て驚くクリュウ。
荷車には円盤状の金属であるシビレ罠に落とし穴それぞれ二個。人間の子供くらいある大タル爆弾二個にそれより二回りほど小さな小タル爆弾五個。そして同じくらいの大きさで上空に発射して起爆する打ち上げタル爆弾が五個。その他様々な道具を荷車や道具袋(ポーチ)に潜ませている。熟練のハンターが見たらこれからリオレウスを狩りに行くのではないかというくらいの重武装。報酬額から考えても赤字になるんじゃないかというくらいだ。特に爆弾は倉庫にあったのを全て持って来た。
「世の中には罠や爆弾なんて頼らず己が実力だけで戦うハンターがいますが、クリュウ様はどちらかというと罠などを使って確実に戦うタイプです。これから先飛竜と戦う際にどう罠や爆弾を使うかの練習にもなります。さぁ行きましょう」
そう言うと、フィーリアは荷車を引く。その後を慌ててクリュウが追い掛けて前方に出る。いつもの陣形(フォーメーション)だ。
「今回は相手は分類上は鳥竜種とはいえ限りなく飛竜に近いです。ですのでいつも以上に注意してください。いきなり空から襲われる事もありますから上空も十分警戒してください。それと今回は爆弾が多いので途中の護衛は任せましたよ。一撃でも喰らえばイャンクックと戦う前に二人揃って爆死です」
「さらっと怖い事言わないでよぉ」
冗談では済まないので、クリュウはいつも以上に周りを気にする。拠点(ベースキャンプ)を出るとそこは海に面した海岸。すると早速ランポスが数匹いた。
「ここは任せて」
「はい」
周りに危険性がないと確認すると、クリュウはフィーリアを置いてランポスにダッシュする。砂浜を踏むとザッザッザッと音が鳴り、ランポス達が気づく。
「ギャアッ!」
一番先頭にいたランポスがクリュウに向かって突撃して来る。クリュウはそれを回転斬りで吹き飛ばす。続いて突撃して来るランポス二匹には一度距離を取って背後に回ってその片方に斬り掛かる。一撃では倒れなかったので、もう一撃入れて倒すとバックステップして距離を取り、走って来る残った一匹を回転斬りで吹き飛ばす。
わずかの間にランポス三匹は全滅した。クリュウが手際良くランポスの皮や牙を剥ぎ取っているとフィーリアが荷車を引きながらやって来た。
「クリュウ様。もうランポスの素材は必要ないと思いますが」
どこか刺々しい言い方をするフィーリア。そんな彼女にクリュウは驚きながらも自分の主義を述べる。
「でも、倒したならちゃんと有効利用してやらないと。ランポス達の為にも――」
「あなたの師匠はずいぶん変わった方だったんですね」
「そんな言い方しないでよ」
フィーリアの冷たい言い方に、クリュウは不機嫌そうに言葉を出す。
「す、すみません……」
クリュウの怒りが込もった言葉に、フィーリアは慌てて謝る。
「別にその方のハンタースタイルをけなしている訳ではないんです。ただ、そう毎回必ず狩ったモンスターを剥ぎ取っていてはいずれ危険に身を晒す事になります。ですので、クリュウ様には普通のハンターがするように剥ぎ取りは適度にしてほしいんです。チームを組む場合は相手の事もあります。クリュウ様が勝手な行動をされては、仲間をも危険に晒す事になるんです。その辺は気をつけてください」
フィーリアの言葉は全て正論だ。だからクリュウは言い返したりしない。だけど、自分はハンターとしての基礎を教えてくれた師匠を尊敬しているし、師匠のやり方はマネしたい。だがここまで自分を強くしてくれたのは彼女だ。彼女はもう一人の師匠と言っても過言ではない。だから、師匠の言う事は聞く。
「わかった」
クリュウはのまだ消えずに残っているまだ手付かずのランポスを名残惜しそうに見詰め、剥ぎ取りようのナイフを腰に戻した。そんな彼を見て、フィーリアは微笑む。
「クリュウ様のモンスターの死を弔(とむら)うという考えはすばらしいですが、こうも考えられませんか? ランポスは溶けると土に染み込んで栄養になり、木や草を育てます。ランポスのように溶けないモンスターも、いずれは他のモンスターの食糧になります。それが自然の摂理ではないでしょうか?」
「そうだね。そういう考え方もあるんだ」
クリュウは素直に驚く。そんな彼に満足したようにフィーリアは微笑む。
「では行きましょうクリュウ様。まずは発見しなくてはいけません。その際にはペイントボールを付けてください。もし無理でしたら私がペイント弾を撃ちますが、今回の主役はクリュウ様ですので、なるべくクリュウ様にそういう事もしてほしいんです」
「わかった」
クリュウはうなずくと再び前へと歩き出す。その後を荷車を引きながらフィーリアが続く。その輝くエメラルドグリーンの瞳は、青い空をじっと見詰める。
二人はそのまま海岸から内陸部に入る。細く高い木々がひしめくように伸び、光を得ようと縦横無尽に伸びた枝が天空から照らす太陽の光を奪って、辺りは薄暗い。
木々が並ぶので荷車に支障が出たが、木が生えていない獣道のような場所を通ってなんとか進む。
腐葉土が柔らかく荷車の車輪を空回りさせるが、クリュウが押してなんとか脱出する。
密林は森丘や砂漠に比べて荷車の運用が難しい。飛竜と戦うと自然と道具が増える中、密林はある意味では最も飛竜と戦いづらい場所なのかもしれない。
森林地帯を抜けると、今度は雑草と茶色い地面が交わった広場に出る。木々がないのでとても戦いやすそうだ。
クリュウはそこで足を止めた。
「ここで待ってみる?」
狩りの戦法の一つ、待ち伏せをしようと言うのだ。それに対しフィーリアは鉤(かぎ)状に曲げた人差し指をあごに当てて考える。
「そうですね。これだけ広い上に木々がないのは、この狩り場でも数少ない良い場所です。しかし肝心のイャンクックがここへ来なければ無駄になります。せめてここへ誘き出せれば……」
「肉を焼いてみるとかはダメ?」
クリュウの言葉に、フィーリアは首を横に振る。
「リオレウスやリオレイアなら可能かもしれませんが、イャンクックは肉を食べませんのでそれは無理です。それに別のモンスター、例えばランポスなども引き付けてしまいます」
「そ、そっか……」
フィーリアは何か策を考えながらも荷車から大タル爆弾や小タル爆弾を降ろす。そんな彼女の背中を見詰め、クリュウは何かを思いついたように走り出す。
「クリュウ様!? どこへ行かれるんですか!?」
後ろから驚いたフィーリアの声が聞こえたが、クリュウは構わず走る。
「僕がイャンクックを引きつける! だからフィーリアはここで待ち伏せの用意をしてて!」
「そんなッ! 危険です! クリュウ様ぁッ!」
フィーリアの悲鳴のような声を無視し、クリュウは密林の奥へと走り込んだ。
鬱蒼(うっそう)と茂る森の中、クリュウは辺りを警戒しながら進んでいた。
いつも見慣れた森の中も、今は静まり返っている。
いつもと変わらずに進んでいるのに、緊張で胸が苦しくなる。飛竜がこの森のどこかに潜んでいる。そう思うといつも見慣れた木々の向こうが怖くて柄を握る手に力が入る。
「いないな……」
フィーリアと別れて十五分ほど経ったが、いまだにイャンクックは見付からない。イャンクックは桃色の鱗や甲殻に覆われているので、緑景色の密林ならすぐ見付かると思ったのだが、そんな楽観的な思いは脆(もろ)くも打ち砕かれた。
クリュウはフィーリアの待っている場所からは遠くなるが、別のエリアへ向かった。
木々が生い茂る森を抜けると、周りを岩に囲まれ、道は二ヶ所しかないまるで闘技場のような場所。そこはクリュウとは何かと因縁のある場所だった。初めてドスランポスに襲われ、そしてフィーリアと会った場所。
開けた場所に所々に木が密集しているこの場所にも、桃色の巨体はない。
当てが外れたクリュウはため息して踵を返す。
――空気の流れが変わった――
「!?」
驚いて振り返るが、そこには何もない。気のせいかと思って向き直った時、突如日の光が消えて暗くなった。だがそれはすぐに戻る。そして辺りに響くバサバサというゆっくりと、そして力強く風を吹き飛ばす音に上を見上げ、言葉を失った。
蒼い空からゆっくりと、悠然と翼を羽ばたかせて舞い降りてきた桃色の巨体。力強く羽ばたかれる翼はどんな小型モンスターよりも大きい。桃色の巨体からはすさまじく力強い生命力が溢れ出ている。
そしてその桃色の巨体は、静かに、そして鈍い振動と共に地面に降り立った。
それはクリュウが今まで見たどんなモンスターとも違う、別格の存在だった。
桃色の鱗や甲殻に覆われ、青い皮膜に覆われた大きく力強い翼は台風並みの風を起こしそう。細長い尻尾は大木すらも薙ぎ倒しそうだ。そして巨大な嘴が大半を占めるその顔は鳥そっくり。大きく開かれた耳はどんな小さな音も聞き逃さない高性能ソナー。
桃色の巨躯(きょく)の節々には巨大な筋肉が張り巡らされている。あれはもはや筋肉ではなく天然の鎧だ。
――イャンクック。それが奴の名前だった。
何が飛竜最弱だ。その溢れんばかりの生命力は他とは桁違い。あんなものを狩るだなんて、人間は一体どれだけ愚かなのだろう。
いや、その愚かな人間の一人が――自分だ。
今から自分達は、あの強大な存在を敵に回す。それがどれだけ愚かで、恐ろしい事か。
気がつくと、膝が震えていた。
ドスランポスやドスゲネポスと対峙しても、ここまでの恐怖はなかった。これが飛竜――百獣の王の威圧感。
(と、とにかく、一旦距離を取って……)
下がろうとした時、震えていた膝が突然力を失って転倒した。肩を地面に強打した痛みに一瞬目を閉じた。そして、再び開いた時、奴はこちらをしっかりと見詰めていた。
「クア、クア、クア――クワアアアァァァッ!」
大きな耳をさらに大きく広げ、イャンクックは自分の縄張りを侵す不埒(ふらち)な輩(やから)を撃破しようと大きく叫んだ。そのすさまじい威圧感に、クリュウは転んだ状態のまま動けなくなる。
体が竦(すく)んで、言う事を聞かない。
(そ、そんな……ッ!)
クリュウは必死に体を起こそうとするが、上半身は起こせても足は全く動かない。完全に腰が抜けていた。
「クワアアアァァァッ!」
イャンクックはその巨大な体からは予想もつかないような速さで突進して来た。一気に迫る《怪鳥》と呼ばれるその鳥に似た顔。とっさに盾を構えただけでも、クリュウ自身は自分の反射神経に感謝した。だが、その重量感ある巨体の突撃には、人間なんて木の葉も同然。クリュウは軽々と吹っ飛ばされた。
数メートル飛ばされて無様に地面に落ちる。体に痛みが走るが、もし盾すら構えてなかったら痛みも感じる間もなく即死だっただろう。そう思うとぞっとする。
イャンクックはその巨体の勢いを止める事はできなかったのか、木々を薙ぎ倒して転倒していた。フィーリアの言うとおりだ。
……フィーリア。
そうだ。フィーリアは待っている。自分がイャンクックを誘き出すのを信じて。
クリュウは起き上がった。先程までの鉛のように重い身体がうそのようにいつもの感覚が戻る。
冷静になった頭は、ゆっくりと起き上がるイャンクックを《恐怖》としてでなく《敵》と判断した。
道具袋(ポーチ)の中からペイントボールを取り出し、クリュウは横へ走った。イャンクックの目がそれを追う。だが、人間のように小さな生き物の小回りは、巨体な奴のそれとは比べ物にならないほど速い。クリュウはすぐにイャンクックの背後へ回り、手に持っていたペイントボールを投げつけた。
イャンクックの桃色の体に、より濃い桃色のペイントが付着する。そして辺りにかぎ慣れた特徴的な匂いが漂う。
イャンクックは自らの自慢の体を汚された事に腹を立てたのか、盛んに叫びを上げた。
「喰らえッ!」
クリュウはドスバイトダガーを抜いて飛び掛った。
縦に一刀両断するかの勢いで剣を振り下ろす。
ギャァンッ!
嫌な金属音のような音が響いた。そして直後に自分の体が向かっていた方向とは逆に吹き飛ばされた。
「は、弾かれたッ!?」
どうやらイャンクックの鱗や甲殻は他のモンスターとは桁違いのように重厚らしい。まさに天然の鎧。
「くぅッ!」
クリュウは諦めずに再びイャンクックの背後へ回って斬り掛かる。だが、結果は同じ。刃はイャンクックの鎧に弾かれてその中にある肉を斬れない。
「化け物かッ!」
クリュウは急いで後退する。あまり執着すると、
「クア! クア! クアッ!」
先程まで自分がいた所にイャンクックの巨大な嘴が炸裂した。めり込む地面を見て、まるでハンマーだなぁと思った。
イャンクックは間一髪回避した《敵》を恨みがましげに睨むと、巨体を反り返らせる。そんな今までのモンスターにはない動きに注意深く見詰めていると、嘴の端から火の粉が飛んだ。
直感的に盾を構えていた。
イャンクックは反り切った巨体を一気に解放して、まるで人間が腕を大きく振るってボールを投げるかのように体を大きく振って口から燃え盛る火炎液を飛ばして来た。
クリュウの構えていた盾に火炎液が直撃した。ジュワッという不気味な音の後、肩に鋭い痛みが走った――熱い。目だけで見ると、肩から小さな煙が上がっていて、ランポスの鱗でできた鎧が溶けていた。
火炎液はかなりの質量を持っていたのか、クリュウの身体が小さく後退した。
肩の痛みを堪え、クリュウは立ち上がって再び距離を取る。
ふと、左腕に構えた盾を見て、クリュウは絶句した。
ドスランポスの皮で覆われた鉄よりも丈夫な盾が、見るも無惨に表面が溶けていた。もしこれが直撃していたらと思うとぞっとする。
イャンクックはそんな敵を睨み一瞬腰を小さく落とすと、一気に飛び掛って来た。慌てて横へ転がりながら回避すると、イャンクックは一瞬前まで彼がいた場所にハンマーのように巨大な嘴を振り下ろしていた。
続けてイャンクックはクリュウを向いて突撃して来る。クリュウはそれを横へ回避。勢い余って胴体から地面に豪快に倒れたイャンクックに、クリュウは剣を振るう。自分と同じくらいの高さの脚に斬り掛かると、弾かれながらも肉を斬って血が飛び出す。初めてイャンクックが悲鳴を上げた。クリュウはそのまま連続して斬り付ける。と、空気を切るような鋭い音に反射的に盾を構えると、直後ムチのように鋭い尻尾の一撃が飛んできた。盾で防いだとはいえ、そのあまりの威力に体が後退する。そこへすぐさま火炎液攻撃が来る。これ以上喰らってはまずいと、クリュウは横へ身を投げ出すようにして回避する。一回転して立ち上がると、イャンクックはこちらを睨んで「クア、クア、クア――クワアアアァァァッ!」と怒りの声を上げる。
――強い。
これが飛竜の力。
とてもじゃないが、並みのモンスターとは格が違い過ぎる。
イャンクックの瞳はギロリと自分を睨みつけてくる。その迫力に腰が抜けそうになったがなんとか堪え、すぐにその瞳を見返す。
イャンクックの瞳は自分しか見ていない。どうやら完全に自分を倒すまでは諦めないらしい。そうなればこっちのもの!
クリュウは剣を腰に戻すと踵を返して駆け出した。イャンクックは突然逃げ出した敵に憤激して「クワアアアァァァッ!」と怒声を上げると翼を羽ばたかせて軽く浮き、そのまま滑空して獲物を追い掛ける。
逃げた訳ではない。フィーリアの元へ連れて行くのだ。そこが、本当の闘技場だ。
後ろから地上生物には出せない高速で滑空してくるイャンクック。頭を爪が通り過ぎる寸前、クリュウは豪快に前へ転倒した。もちろん今の一撃を回避する為だ。一応振り返って目測でやった事だが、ほとんど勘に近かった。
クリュウは自分を通り過ぎて少し離れた前に滑走しながら着地したイャンクックを見詰め、そのままその横を通り過ぎる。イャンクックはすぐさま突撃して来る。後ろから迫る超ヘビー級の突進に、悲鳴が上がる。
「うわあああぁぁぁッ!」
すぐ後ろに奴が倒れた気配。もはや振り返りもせずに走る。
そんな感じで命懸けの鬼ごっこのようにイャンクックを誘導するクリュウだが、全速力を続けていた足がもう限界に達しようとしていた。ガクガクで、ちょっとした窪(くぼ)みがあったら躓(つまず)いて転倒してしまいそうだ。
「うわあああぁぁぁッ! も、もう無理ぃッ!」
「クワアアアァァァッ!」
「うおおおぉぉぉッ!?」
クリュウは慌てて横へ跳ぶ。ガクガクの足に無理やり力を入れたせいか、回避というより転倒のように横へ倒れる。すぐさまさっき自分がいた所にイャンクックの巨体が倒れ込んでくる。あと一秒でも遅かったら、きっと押し潰されていただろう。
クリュウはイャンクックが起き上がる前に残った力を振り絞って全力で逃げる。その後を起き上がったイャンクックが追い掛けてくる。
そして、森の終わりが見えた。そこへ向かって全速力で逃げ込む。と、そこは先程フィーリアと別れた広場だった。そして、フィーリアがヴァルキリーファイアを構えていた。
「こちらへ真っ直ぐ来てください!」
その意図がわかったのはすぐ後。彼女と自分を結ぶ直線上に、電撃が見えた――シビレ罠だ。
「クワアアアァァァッ!」
怒り狂うイャンクックに対し、フィーリアはスコープを覗いて狙いを付けるが引き金は引かない。今ここで撃てば相手の意識がこっちに移ってしまう。それではクリュウの努力も無駄になってしまう。フィーリアは辛いのを堪えながら、こっちへ走って来るクリュウを呼ぶ。
「クリュウ様! あと少しです!」
クリュウはすぐ後ろまで迫っている恐怖に泣きそうになった。そして、視界から地面に迸(ほとばし)る電撃が下へ消えた瞬間、クリュウは前に倒れ込んだ。
「クアッ!? クワクワァッ!?」
すぐに起き上がると、イャンクックが突進を止めて痙攣している。その桃色の体には電気が流れているのが見えた。シビレ罠成功だ。
「うりゃぁッ!」
クリュウはドスバイトダガーを抜き放つとイャンクックの強靭(きょうじん)な脚に力の限り剣を叩き込んだ。
硬い脚にドスバイトダガーは弾かれながらも斬り付ける。後方からはフィーリアの連続射撃が加勢に加わっている。同じ場所を何度も斬り付けていると、鱗が吹き飛んで赤黒い肉が見えた。すかさずそこへ力の限り剣を叩き込む。
「クワアアアァァァッ!?」
イャンクックの悲鳴にクリュウは慌てて後ろへ跳ぶ。そこへ強力な尻尾攻撃がクリュウをかすって通り過ぎた。危なかった。
シビレ罠から抜け出したイャンクックはギロリとクリュウを睨みつける。そこへ嘴を中心に頭部に二発の弾が突き刺さり、直後に爆発した。
「クワアアアァァァッ!?」
イャンクックはたたらを踏むとギロリと自分を攻撃したフィーリアを睨む。だが、睨まれたフィーリアは一歩も引く事なく冷静に徹甲榴弾LV1を撃つ。その一発一発は確実にイャンクックの体へと吸い込まれ、突き刺さり、爆発する。
だが、すさまじい猛攻撃なのにイャンクックはひるむ事なく怒声を上げるとフィーリアに向かって突進した。
「クアクアアアアアアァァァァァッ!」
奇声を上げながら突撃してくる巨体をフィーリアは冷静に横へ軽く跳んで避けると、胴体から地面に突っ込んだイャンクックにすぐさま貫通弾LV2を撃つ。
フィーリアの貫通弾LV1に体を貫かれながら起き上がったイャンクックの背後からクリュウが飛び掛かる。他の部位を狙っても弾かれるなら、脚に攻撃を集中するだけ。
「喰らえぇッ!」
体全体を使って腕をフルスイングして剣を人間の子供くらいの太さがある脚に叩き込む。その一撃で鱗が数枚飛ぶが、血は流れ出ない。肉は切れなかった。
「このぉッ!」
斬って斬って斬りまくる。鱗が飛び散り、血飛沫が舞う。何度も何度も斬り付けても、イャンクックはまるで効いていないかのように体勢を崩す事もなく悠然と立つ。
「クアァッ!」
脚に群がる邪魔な獲物に、イャンクックは回転してムチのように尻尾を叩きつける。とっさに盾を構えたクリュウだが、そのすさまじい威力に体が簡単に吹き飛ばされてしまう。
「くぅッ!」
飛ばされたクリュウは地面に立つと膝を折る。いつの間にか自分は数メートルも飛ばされていた。なんて常識外れな破壊力だ。
「クリュウ様ッ! 落とし穴を用意してください! その間は私が引き付けますッ!」
そう言うと、フィーリアは散弾LV1を連射しながら横へ走る。体に無数の小型弾丸を受けて悲鳴を上げるイャンクックは自分を執拗に攻撃して来るフィーリアを睨む。その視界から、クリュウの姿は消えた。
「今だ!」
クリュウは腰に剣を戻すと広場の端に置いてあった荷車へ駆け寄って円盤状の金属――落とし穴を掴む。そのまま少し離れた場所に走り設置しようと身を屈めた。
「クア、クア、クワアアアァァァッ!」
その怒声に驚いてを顔を上げると、イャンクックがこちらに向かって突進して来ていた。遠くにいるフィーリアの顔は真っ青だ。
「クリュウ様!」
「うわあああぁぁぁッ!」
クリュウは慌てて盾を構える。そこへ、イャンクックの巨大な体が突っ込んで来た。
「ぐあああぁぁぁッ!」
すさまじい重みと激痛の後、クリュウの体は宙に飛び、その後すぐ無様にも地面に激突。そのまま地面の上を二転三転として倒れた。
体中に激痛が走る。すさまじい痛みに、クリュウは呼吸すらままならない。顔を無理やり上げると、視界が真っ赤だった。そしてすぐに血が頭から流れて目を経由して頬を流れているのだと知る。
「あぐぅ……」
なんとか身体を起こそうとするが、激痛がそれを邪魔する。その間に、イャンクックは倒れていた体を起こした。そしてその双眸(そうぼう)でぐったりとしているクリュウを睨む。
「クア、クア、クア、クワアアアアアァァァァァッ!」
まるで勝利を確信したかの咆哮に、クリュウは唇を噛んだ。
ここまでか……
クリュウは今にも突撃して来そうなイャンクックを見詰め、最後の瞬間を覚悟した。
ヒュルルルルルゥゥゥゥゥ……
そんな落下音の後、イャンクックの背中に無数の銃弾が雨のように降り注いだ。通常弾、貫通弾、散弾、徹甲榴弾。様々な銃弾がイャンクックを襲う。
もはや狙いなんて無茶苦茶。背中や翼、頭や耳、そして地面に突き刺さる。徹甲榴弾が命中すれば爆発し、イャンクックは炎に包まれる。すさまじい集中砲火だ。
イャンクックはすさまじい猛攻撃に苦しむ。
「クアッ!? クアクワァッ!?」
視界の隅にいるフィーリアが、上空に向かって目にも留まらぬ速さで連続射撃と装填を交互に行いながら無数の弾丸を放っていた。カラカラカラとすさまじい勢いで空薬莢が辺りに飛び散っている。そして、その表情は正直イャンクックよりも怖かったりする。
「私のクリュウ様によくもぉッ! 焼き鳥にしてくれますぅッ!」
フィーリアは時々恐ろしく怖い時がある。こんな状況なのに意外と冷静な自分に驚いた。
すさまじい集中砲火に、イャンクックはたまらず悲鳴を上げて空へ飛んだ。すさまじい風圧が追撃してくる通常弾と散弾を吹き飛ばすが、貫通弾は命中する。だが、イャンクックは構わずそのまま天高くまで昇ると水平飛行して別のエリアへ逃げていく。
遠ざかって消えた羽音の後、フィーリアが慌てて駆け寄って来た。その顔はもう涙でグチャグチャになっている。
「クリュウ様ッ! 大丈夫ですかッ!?」
フィーリアは泣きながらぐったりとしているクリュウを抱き抱える。
「こ、こんなに血が……ッ! クリュウ様ぁッ!」
「……く、苦しい……ッ!」
力いっぱい抱き付いてくるフィーリアにクリュウは顔を真っ赤にさせながらも窒息しかかる。もし彼女が武装していなかったら、今は装甲の奥に守られた柔らかな双丘が押し付けられて、きっと別の意味で死んでいたかもしれない。
「ご、ごめんなさい……ッ!」
フィーリアも顔を真っ赤にして慌てて力を弱めると、クリュウはいろんな意味で助かった。
その後、フィーリアは無言で道具袋(ポーチ)からハンカチを取り出してクリュウの血を拭うと、薬草を取り出して石ですり潰し「少し痛みますが、がまんしてください」と言ってその傷口に塗った。一瞬痛みに顔がゆがんだが、なんとか堪える。最後に、フィーリアはクリュウの頭に包帯を巻いて自分の持っていた応急薬を全部クリュウに飲ませた。
しばらくして、クリュウの顔色は良くなった。フィーリアの適切な処置のおかげだ。
「ありがとうフィーリア。もういいよ。それより早くあいつを追わないと……」
クリュウは半身を起こそうとした。
「ダメです」
「フィーリア?」
それは彼女の細腕に止められた。そして再び彼女の倒されて膝枕になる。素直にこんな行為を受けているのは彼女が武装しているからだ。もし私服の時にそんな事をされれば柔らかな枕にクリュウは気絶するだろう。
クリュウが不思議そうに彼女を見詰める。と、
ポタ……
頬に水滴が落ちた。
――それは、フィーリアの涙だった。
顔を悲しげにゆがめ、クリュウを見詰めるその瞳からは、ぼろぼろと涙が流れ落ちる。
「ふぃ、フィーリア……?」
「……もう、帰りましょう……ッ!」
彼女の震える口から放たれた言葉は、クリュウの想像を絶するものだった。
「な、何言ってるんだよ! 早くあいつを狩らないと!」
「ダメったらダメですぅッ!」
フィーリアは起き上がろうとしたクリュウの体を押し倒す。地面に仰向けに倒されたクリュウに、フィーリアは抱き付いた。
金色の髪から流れるのは彼女が愛用しているシャンプーの香り。それだけでクリュウの心臓は跳ね上がる。だが、すぐにそんな自分が嫌になった。
「うっ……うぅ……」
肩を震わせ、嗚咽を漏らすフィーリア。その姿は、戦いの時の勇ましい姿とはかけ離れた、普通の女の子だった。
「フィーリア、どうしたの?」
「……お願いです……今回は……諦めましょう……ッ!」
「そんなのダメだよッ! 村が危険に晒されるんだよッ!?」
「それは私が後日イャンクックを討伐すればいい事です!」
「それじゃ意味がないでしょ!? 僕が倒さないと――」
「クリュウ様にはまだ早過ぎたんですぅッ!」
悲鳴のように叫ぶフィーリアに、クリュウは言葉を失う。
ギュッと、フィーリアが強く抱き付いてきた。
「……私の判断の誤りが……クリュウ様を危険に晒し……私のミスが……クリュウ様を傷つけた……私のせいで……クリュウ様が……ッ!」
泣きながら自分を責めるフィーリア。それはドスランポス戦の時にも見た彼女の弱い一面。
彼女は人一倍責任感がある子。だから自分の単純なミスでクリュウが怪我をした事が、耐えられないくらいの苦痛なのだ。
泣き崩れるフィーリアに、クリュウは優しく声を掛ける。
「そんな事ないよ。これはフィーリアのせいじゃない。僕のミスだ」
「違います! 私がこんな依頼を受けたばっかりに……ッ!」
「受けなきゃ、村が危険だった。僕は受けた事に何の後悔もしてないよ」
「で、でも……ッ! 私のミスでイャンクックがクリュウ様に攻撃を加えました! あれは私のミスですッ!」
「接近して来る奴にもう少し早く気づいていれば、こんな事にはならなかった。あれは僕の状況判断ミス。フィーリアのせいじゃないよ」
「ち、違います……ッ!」
クリュウはフィーリアの言葉を聞かず、無理やり起き上がる。
「だ、ダメです! まだ起きられては!」
「もう大丈夫だよ」
クリュウはそう言うとゆっくりと立ち上がる。少しふらついたが、すぐにいつもどおりに体が動くようになる。
腕や足が問題なく動くのを確認すると、クリュウはペイントボールの匂いを追う。すると、すぐに匂いの方向がわかった。
「あっちか。じゃあ行こっか」
「だ、ダメですぅッ!」
フィーリアが慌ててクリュウの腕に抱き付いて止める。涙を瞳にいっぱい溜めたその必死な表情はもう威厳なんて微塵もなく、ただ必死に大事な人の無茶を止めようとするか弱い女の子であった。
「今回の依頼は失敗です! これはもう戦っても無駄です!」
「無駄とか関係ないよ。僕はあいつを狩る。ただそれだけだよ」
「ダメですッ! クリュウ様にはまだ早過ぎ――」
「そんなに嫌なら、フィーリアだけで帰ってよ」
「なッ!?」
フィーリアはクリュウの言葉に絶句する。そんな彼女を見詰めるクリュウの瞳には、いつになく冷たい光が宿っていた。その冷たさに、フィーリアの背が凍りついた。
「僕はあいつを狩る。一人でも、狩ってみせるさ」
力を失った彼女の腕は簡単に解ける。クリュウはそのまま何事もなく歩き出すが、そんな彼を慌ててフィーリアが追いかけて来る。
「ダメです! 危険すぎます!」
「ハンターに危険はつきものだよ」
「とにかくダメです! 一緒にイージス村に帰りましょう! 村長様には私から謝りますから!」
「だから、そんなに帰りたいなら一人で帰ってよ」
「それじゃダメです! クリュウ様も一緒に――」
「いい加減にしてよッ!」
突如響いたクリュウの怒号。あまりにも突然で、怖くて、フィーリアは硬直する。振り返った彼は自分をキッと睨む。あんな怖い彼の目、初めて見た。
「クリュウ……さま……?」
「さっきから聞いてれば早過ぎるとか無理だとか。なんでそう簡単に諦められるの!? 何で僕がちょっと怪我しただけでそんなに保身に走るの!? フィーリアは大げさなんだよッ!」
「そんなッ! 私はクリュウ様の為に――」
「だったら僕を少しは信じてよッ!」
「信じてますよッ! 信じてるに決まってるじゃないですかッ!」
「いいや信じてない! 信じてるなら、この程度の怪我で保身に走ったりなんかしないよッ!」
返す言葉がなかった。彼が言っているのは全て事実。彼の傷は狩りに支障はない。だけど、フィーリアは彼が傷つく姿を見たくなかった。ハンターなのだから、怪我くらい当然だ。だけど、やっぱり嫌なのだ。だからこれ以上傷ついてほしくなくて、こうして誤った時に止めてしまう。これは彼の為ではない。自分が辛いからやっているのだ。これでは、全く自分は彼を信じていないではないか。
黙ってしまうフィーリアに向けていた視線を再び前に戻し、クリュウは歩き出す。呆然とするフィーリアに、クリュウは言う。
「僕はイャンクックを倒す。それが僕の使命だ」
そう言って歩き去る彼の背中を見詰め、フィーリアはその場に力なく崩れ落ちるとぽろぽろと涙を流した。
自分は彼から信頼を失ったのだ……
悲しくて、辛くて、涙が止まらなく溢れて、白い頬を濡らす。
うつむかせていた顔を上げた時には、もう彼の背中はどこにもなかった……