モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第240話 新たな村 新たな日々 新たな願い

 東方大陸。世界最大にして最高の栄華を誇る中央大陸の東方に浮かぶ大陸であり、中央大陸とはまた違った文明が栄華を誇る大陸である。

 東方大陸もまた、中央大陸同様に複数の国家が存在する。様々な国が独自の文化を形成する中、一際巨大な国家が存在する。それが東方大陸最大の強国、世界最古の立憲君主国である津洲帝国だ。

 それぞれの国が国家間において活発な交流を行う中、一部の国や地域は中央大陸の国とも交流を行っている。

 中央大陸においても有名な都市としては東方大陸西側に位置する巨大な砂漠地帯にある自由交易都市ロックラック。

 大陸東部を中心に、複数の商隊で形成される移動都市バルバレ。

 そして、東方大陸最大国家であり世界最古の立憲君主国、津洲帝国領内にある温泉地、湯雲村などだ。

 民間レベルでの交流は大昔からあるが、最近では国家間の交流も盛んになっている。特に中央大陸において西竜洋諸国と敵対関係が続いているエルバーフェルド帝国と東方大陸最大の国家、津洲帝国の同盟関係がその象徴だ。

 他にもハンターズギルドも中央大陸に元々存在した現在のハンターズギルド東方本部の前身組織と関係を強化。ハンターズギルド総本部の指揮下にあるものの一定の自治権を許された東方本部が設置された。

 東方大陸にもモンスターとの長い戦いの歴史が存在するが、中央大陸の方がその技術は高く積極的に中央大陸のハンターを勧誘している事から、昨今中央大陸から東方大陸に渡るハンターの数も少なからず存在する。

 彼らの存在が、東方大陸の狩人伝説に新たな歴史を刻もうとしていた。

 

 東方大陸津洲帝国領内、自然豊かな原生林が残る湯雲ノ杜。津洲帝国政府より国有林に指定された森の中、その村はひっそりと存在する。

 山間の谷に作られたこの村は平地が少なく、谷の岩壁に密集するように家々が立ち並んでいる。谷にある事でそもそもモンスターに狙われ辛いが、竜防柵で村の周りを囲んでいる程度で、村防力はそれほど高くはない。

 村の地下には膨大な湯量を誇る源泉が存在し、村の各家庭にはそこから供給される温泉が流れており、各家庭に天然風呂が存在する。その為、各家庭の煙突からは常に湯気が上がり、村の各所から湯気が立ち上っている。その景色はまさに温泉地だ。

 湯雲村。それが湯雲ノ杜のどこかに存在する秘湯と、それを生業とする村人が集った小さな温泉村である。東方大陸では本当に名が知られていない、温泉好きと上質な木材が手に入る事から林業に携わる者達だけが知っている秘湯中の秘湯だ。しかし、この村には時折中央大陸からも人が訪れる事がある。その理由は以前中央大陸で発売された旅行雑誌で、湯雲村が名湯であると紹介されたのが理由だ。

 しかし、温泉地としては優れた村ではあるが、帝都奉城からは遠く、他の大都市とも離れた場所にある為、交通の便はとても不便だ。その為に観光で訪れる人はいても定住してくれる者は少なく、中でもハンターの数は深刻だった。

 元来、湯雲村は比較的穏やかな地域にある為、モンスターの被害は少なく、旅で訪れるハンターにその時々で依頼を引き受けてもらう程度で済んでいた。その為にわざわざ村専属のハンターを雇う必要がなかったのだ。

 しかし最近その状況が一変していた。湯雲ノ杜のモンスター達が凶暴化し、これまで見られなかった大型モンスターが現れるようになったのだ。その為、常駐のハンター無しでは村の村防が危うくなり初めていた。

 そんな中、ある四人組の異国のハンターが訪れ、そのまま定住してくれる事になった。おかげで村防危機は去った上、彼らが類まれなる実力の持ち主だった事から周辺の都市からも湯雲村には依頼が届くようになり、湯雲村の名は東方大陸内でも次第に知れ渡る事になった。

 そんな湯雲村を守る防人の四人こそ――

 

「あ、帰って来たぁッ!」

 村の広場で遊んでいた子供達の一人が、門の外を指差して叫ぶ声が村中に響く。その声を聞いて、次々に村人達が集まって来る。彼らの視線の先にはガーグァと呼ばれる飛べない大きな鳥に引かれた鳥車が一台村へと入って来るのが見えた。

 門の前に辿り着くと鳥車は止まり、幌の中から乗っていた狩人達が姿を表した。

「到着ですぅッ!」

 歓喜の声と共に地面に降り立ったのは、美しく煌めく長い金髪を流した翠眼の少女。うーんと体を伸ばし、にこやかに笑みを浮かべる彼女こそ村の防人の一人、【翠銃】の二つ名を持つフィーリア・レヴェリ。

「……疲れた」

 と言いつつも、表情からは彼女の本心はまるでわからない無表情を浮かべた、肩口で切り揃えた艶やかな黒髪に漆黒の隻眼娘も遅れて降り立った。彼女もまた村の防人、【黒狼】のサクラ・ハルカゼ。

「さすがに、今回ばかりは疲れたな」

 そう言って肩を揉みながら二人の後から現れた流氷のような透き通った蒼色の長いポニーテールに凛々しい青眼の娘。村の防人にしてこのチームを率いるリーダー、【烈風】のシルフィード・エア。

「みんなお疲れ様」

 そして最後に操縦席でガーグァの手綱を握っていた少年が降りる。春の柔らかな若葉色の髪に同色の瞳を持った、中性的な顔立ちの少年。彼こそがこのチームの実質的な中心人物であり、湯雲村で最も人気で信頼されるハンター。数々のモンスターの恐怖から村を守って来た英雄――【護剣】のクリュウ・ルナリーフである。

 四人のハンターの登場に、村人総出で迎える。それを見たクリュウは照れ笑いを浮かべながら手を振った。それを合図に更に歓声の声は大きくなり、小さな村には村人達の大きな声が木霊する。そんな彼の様子を見ていたシルフィードは小さく笑みを浮かべた。

「すっかり、ユクモ村の英雄様だなクリュウ」

「え、英雄だなんて。俺はそんな大した存在じゃないって」

「そう謙遜するな。見てみろ、ああやって村人総出で迎えに来てくれているんだ。もっと胸を張れ」

 そう言ってシルフィードはクリュウの背中を優しく叩く。彼女に背中を押されたクリュウは少し照れながら一歩前へ出ると、大きく深呼吸。そして、

「みんな、ただいまぁッ!」

 クリュウの大声に、村人達も大きな声で応え、辺境の小さな温泉村に盛大な歓声の声が上がった。

 

「あら、クリュウ様。ご無事で何よりです」

 村の中腹にある小さな平地。そこに置かれた椅子に腰を掛けた妙齢の女性。薄紫色の着物を来たその美女は、クリュウの姿を見ると静かに微笑む。喜ぶ時のアイルーのように揺れる長い耳が、彼女が人間ではなく竜人族である事を示していた。

 彼女こそ、この湯雲村の村長。この温泉村を治める長であり、同時に村最大の宿である湯雲荘の女将を兼ねる女性だ。

「村長、ただいま戻りました」

 クリュウが挨拶すると、村長は「ご苦労様」と彼らを労う。その言葉に笑みを浮かべるクリュウの前に出たシルフィード。村長と目が合うと、単刀直入に依頼結果を伝える。

「渓流に現れた雷狼竜ジンオウガだが、ひとまず渓流奥地へ撃退した。それなりの打撃を与えた為、しばらくは大人しくしているだろう」

「そうですか。討伐は、しなかったのですね」

「あぁ。このお人好しが撃退で済ませようと言ったのでな」

 そう言ってシルフィードは隣に立つクリュウの頭を撫でる。少し乱暴に頭を撫でられたクリュウはシルフィードの手を弾いて不貞腐れながら髪を直す。そんな彼を見ながら、村長は「なぜ、倒さなかったのですか?」と静かに尋ねる。

「……ジンオウガはこの村、強いてはこの地域一帯の人達にとっては神獣なんですよね?」

「えぇ。雷狼竜は、我が津洲の民にとっては古来よりその勇ましい姿から人々から畏敬の念を抱かれてる特別なモンスターです。国竜にも指定されている、神聖な竜です」

「だったら、無理に倒す必要はないですよね。それに、何だか様子がおかしかったんです。だから、倒すに倒せなくて……」

 頬を掻きながら言葉を濁すクリュウ。そんな彼に対し村長は「様子が、ですか?」と首をかしげながら尋ねると、クリュウは自信なさげに頷く。

「何ていうか、まるで何かに追われて渓流まで降りてきたって言うのかな? 戦ってみて、何だかそんな気がして……確証は何もないですけど」

 自分でも何を言ってるのかわからなくなったのだろう。自らの発言が全く信憑性がない事くらい、言っている本人が一番良くわかる。苦笑を浮かべるクリュウに対し、村長は小さく首を横に振る。

「でも、クリュウ様がそう仰るのでしたら、そうなのでしょう」

「良いんですか? 村の脅威を、完全には排除できた訳じゃないんですよ?」

「構いません。もしもまた彼の竜がこの村の脅威になったら、その時には再びあなた方に討伐依頼を出します。その時は、引き受けていただけますか?」

 手を合わせ、微笑みながら尋ねる村長の問いかけに、クリュウは大きく頷いた。

「もちろんです。俺達はこの村に世話になっている身。どんな事があろうと、必ず守ってみせます」

 拳を握り締め、力強く宣言する彼の言葉に、村長もまた嬉しそうに頷く。

「さすが我が村の英雄様。頼りにしています」

「……だから、その英雄ってのやめてくれませんか?」

 恥ずかしそうに言う彼の言葉に、村長は首を横に振ると、遠い空を見上げる。彼女の瞳には、半年程前の記憶が蘇っていた。

「クリュウ様がこの村に来て、森へ向かった彼女を探す為に渓流へと赴き、そしてそこで彼女を守りながらドスジャギィを倒してくださって以来、この村の英雄様はあなた以外にはおられません。もちろん、後から合流なさったフィーリア様やサクラ様、シルフィード様も頼りにしております」

 村長の言葉に、フィーリアは頬を赤らめながら嬉しそうに微笑む。サクラも無言を貫いているが、その頬は少しだけ緩んでいた。そしてシルフィードも「まぁ、我々にとってもこの大陸での故郷のようなものだからな」と頼もしく微笑んだ。

「それにしても、ジンオウガはなぜこの地に現れたのでしょうか?」

 ふと思い出したように語るフィーリアの言葉に、村長は少し考え、自らの持論を答える。

「雷狼竜ジンオウガは、湯雲ノ杜の奥深く。あの神龍山脈の更に奥に住まうと言われております。その地には霊峰と呼ばれ、私達湯雲の民が霊山と信仰する山があります。もしかしたら、その地で何か異変が起きているのかもしれません」

「異変……何か、得体の知れない奴でも住まっているのかもな」

 冗談交じりに言うシルフィードの言葉に、サクラは「……もう古龍なんてごめんよ」と言い放つ。彼ら四人は、かつて中央大陸で鋼龍クシャルダオラを撃退した経歴を持つ。その時の想像を絶する戦いを経験しているからこそ、古龍という存在の凄まじさを身をもって知っているのだ。

「まぁ、ジンオウガが渓流の奥へと逃げたのなら、しばらくは安全です。クリュウ様達もお疲れでしょう、早く湯に浸かって御身をお休めください」

 そう言って村長は背後の階段を指差す。その階段を上った先にあるのが、この湯雲村において最大の浴場、大衆浴場を備える村長が経営する宿――湯雲荘だ。

 

「ふぅ……」

 心地良い湯に浸かりながら、クリュウはまるで体の中にあった悪いものを全て吐き出すかのように長いため息をする。全身を包む少し熱めのお湯は、まるで体中の疲れを取ってくれているかのような、気持ち良さで包んでくれる。

 ここは村最大の宿であり、村長が経営する湯雲荘。村に訪れる旅人の多くが宿泊する宿であり、同時に湯雲村のハンターズギルド支部が設置されている場所でもある。ドンドルマで言う所の大衆酒場のような所で、お酒も飲めるし食事もとれる。そして何よりこの村独特なのが、この大衆浴場である。

 酒場部分の隣に源泉を調整した温泉があり、そこで体を休める事ができる。村人や旅人はもちろん、クリュウ達ハンターにとってもここは疲れた体を癒やす最高のお風呂である。

 今この湯船にはクリュウ一人しか浸かっていない。夕方前という事もあって、誰も入っていないのだ。

 クリュウは足を伸ばし、広いお風呂を独り占めにできる喜びを漫喫していた。だが、そんな彼の下へ来訪者が訪れる。

「あ、クリュウ様」

 扉の向こうから現れたのは、フィーリアだった。美しい金髪は頭を洗ったせいか濡れ、より艶やかに。長い髪を今はシニヨンと呼ばれるポニーテールを後ろで丸めた結び方で纏めていた。体にはタオル地のワンピースを着てはいるが、太腿から下や胸より上の部分は肌を晒している。

 お湯で軽く体を温めてから来たのだろう。ほんのり肌を赤らめたフィーリアはクリュウの姿を見て喜ぶように笑みを浮かべる。そんな彼女を見たクリュウは頬を赤らめて顔を逸らした。

「ふぃ、フィーリアも浴場に来てたんだ」

「はい。あ、お隣いいですか?」

「え? あ、うん」

 許可を得て、フィーリアは嬉しそうに微笑みながらクリュウの隣に浸かる。湯に浸かったフィーリアは先程クリュウがしていたように足を伸ばし、くつろぎ始める。

 一方のクリュウは、頬を赤らめたまま少し居づらそうだ。

 湯雲荘にある大衆浴場は混浴である。脱衣所と体を洗う場所はそれぞれ男女分かれており、一応そこにも室内に流した温泉があるのだが、露天風呂だけは男女共同のこの湯が使われている。室内風呂は狭い上に露天風呂の方が人気がある為、男女それぞれの利用するほとんどの人が一度タオル地の水着を着て、こうして露天風呂へと現れるのだ。

 初めてこの制度を知った時、クリュウもフィーリア達もかなり驚き、最初のうちは室内風呂ばかり利用していたが、暮らしているうちに次第に慣れ、今はこうして互いに露天風呂を使っている。

 最初の頃はフィーリアもクリュウに半分裸のようなこの姿を見られる事を恥じていて、岩陰に隠れていたりしていたが、今ではすっかりリラックスしている。一方のクリュウは表情こそ平静だが、実はまだあまり慣れていない。その為、どうにも居心地の悪さを感じてしまうのだ。

 ちらりと隣のフィーリアを盗み見ると、彼女はとてもくつろいでいた。ほんのりと赤らんだ白い肌、いつもは隠れているうなじも今は顕になり、日々美しくなっていく少女をより色っぽく見せる。

 クリュウはより頬を赤らめ、慌てて視線を前に向けた。そんな彼の心境など知らず、フィーリアはご機嫌だ。

「やっぱり、いいお湯ですねぇ」

「そうだね」

「このお湯に浸からないと、やっぱり帰って来た感じがありませんね」

「まぁ、疲れを取るには最高だよね」

 狩りから戻って、受付で報告を済ませたらこうして湯に浸かって体を癒やし、そして酒場で飯を食べる。それがクリュウ達がこの村に来てからの日課になった習慣だ。

「え? フィーリアが居るって事は、つまり――」

「……フィーリア、ズルい」

「抜け駆けは、あまり感心しないな」

 その声に振り返ると、そこにはフィーリアと同じくタオル地の水着を着たサクラとシルフィードが立っていた。

「まったく、抜け駆けは禁止のはずだが。それは協定違反と受け取るが?」

 フィーリアと同じく長い髪をシニヨンで纏めたシルフィードの言葉に、フィーリアは慌ててクリュウから距離を取ると「べ、別に私そういうつもりなんて……ッ!」とあわあわと慌てふためく。

 ジト目で睨んで来るシルフィードの視線に背を向けてしまうフィーリア。ちょっと可哀想になったクリュウが助けに入ろうとした時、背後に気配を感じた。

「……クリュウ、一緒にお風呂」

 突然背後から抱きつかれ、慌てるクリュウ。鼻をくすぐるのはこの湯雲荘秘伝の石鹸の香りと、ほのかに甘い匂い。首に回された柔らかく細い腕。背にはタオル越しでもわかる控えめな柔らかな二つの感触。全てを理解するにつれて顔を更に真っ赤にしていくクリュウの耳に、フゥと息が吹きつけられる。

「……クリュウ、顔真っ赤。可愛い」

「さ、サクラ……ッ!」

 クリュウの背中に抱きついたのはサクラだった。ナルガXキャップを外した彼女は黒く艶やかな髪を肩口で切り揃えた髪を濡らし、少し頬を赤らめてクリュウの背中に抱きついていた。

 慌てるクリュウの声にこの行動に気づいたフィーリアがすかさずサクラを引っぺがすと、サクラは大層不服そう。

「……フィーリア、邪魔しないで」

「サクラ様の方が明らかに協定違反ですッ!」

「……協定? 知らないわね、そんな事」

「サクラ様ッ!」

 湯船に立ちながら言い合う二人の姿に、思わず苦笑を浮かべるクリュウ。そんな彼の隣に、ちゃっかりとシルフィードが腰掛ける。

「まったく、騒々しい連中だな。湯は静かに浸かるものだ」

「まぁ、あの二人が揃った段階で静かだった方がむしろ不安になるよ」

「まったくだ。飽きもせずよくケンカするな、あの二人は」

 呆れ半分感心半分と言った様子のシルフィードの言葉に、クリュウは苦笑を浮かべたが。すぐに顔を逸らした。そんな彼の反応を訝しげに思ったシルフィードだったが、すぐにその理由に気づくと、イタズラを思いついた子供のように微笑み、そっとクリュウの肩に手を回して彼を引き寄せた。

 密着し、彼女のある部分が彼に触れた瞬間、彼の頬はこれまで以上に真っ赤に染まった。

「し、シルフィ……ッ」

「うん? どうした?」

「ち、近いって……ッ」

「……ふふふ、君はやっぱりエッチだな」

 恥ずかしがるクリュウを抱き、シルフィードは楽しげに微笑む。こうして可愛らしい彼をからかうのが、シルフィードの楽しみだった。

「お、俺もう上がるからッ」

 そう言ってクリュウは立ち上がると、逃げるようにして男風呂の方へと消えてしまった。

 彼が去り浴場には三人の娘達が残された。言い合いをしていたフィーリアとサクラはしばし彼が消えた男湯の方を見ていたが、振り返り、湯船に使ったまま微動だしないシルフィードを見る。

「……すまん、ちょっとやり過ぎた」

 頬を赤らめ、申し訳なさそうに謝る彼女の言葉にフィーリアはため息を零す。

「シルフィード様、あまりクリュウ様をからかわないでください」

「……シルフィード、意地悪」

「いや、彼は思わずいじめたくなると言うか……すまん」

「まったく……」

「……クリュウと一緒のお風呂が」

 呆れるフィーリアに対し、サクラは誰が見てもわかる程に落胆してしまい、そのまま湯の中へと消えてしまった。居心地の悪くなったシルフィードは顔の下半分を湯に埋めたまま、ブクブクと息を噴き出してやり過ごす。

 露天風呂を、岩から絶えず流れ続けるお湯が湯船を満たす音だけが虚しく響き続けていた。

 

 浴場から出たクリュウは、東方大陸式の着物と呼ばれる服装に着替えると、そのまま隣接する大衆酒場へと姿を表した。その場で近くにあったテーブルに腰掛けると、ぐったりとテーブルに倒れる。

「……みんな、無防備過ぎるんだよなぁ」

 頬を赤らめたまま、クリュウは困ったとばかりにつぶやく。

 この一年で、彼女達はより大人へと成長し、より可愛く、より美しく成長していた。一緒に居てドキドキする機会も増えたし、自分もまた以前よりも彼女達の仕草に思わず目がいくようになっていた。まるで、男友達とスポーツに興じる事だけが楽しいと思っていた子供が、思春期になるにつれて女の子を意識し始めたかのじょうな、そんな感じだ。

「はぁ……」

「――何こんな所で腐ってるのよ」

 掛けられた声に顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。

 長い茶色の髪を後ろで纏めたポニーテール、クリュウと同じ若葉色のクリッとしながらもどこか意志が強そうな瞳でこちらを見詰める少女。二部式と呼ばれるこの東方大陸の民族衣装の一つをモデルにした、深緑色の服に紅色の前掛けに三角巾という出で立ち。この湯雲荘での仲居の衣装を着た少女の問いかけに、クリュウは「別に腐ってる訳じゃないよ」と返す。

 そんな彼の様子を見た少女はわざとらしくため息を零す。

「はぁ、村の危機を救った英雄様の情けない姿、あんまり晒さないでよね。あんたに憧れる可哀想な子供って、結構居るんだから」

「か、可哀想ってひどいなぁ……」

 苦笑を浮かべるクリュウの言葉に、フンッと鼻を鳴らす少女。彼女こそクリュウの長年の幼なじみであるエレナ・フェルノであった。村の専属ハンターとして活躍する四人に対し、ハンターではない彼女は持ち前の料理の腕を思う存分振るう為、こうして湯雲荘の仲居兼板前として活躍しているのだ。

「はい、ミルク」

「え? まだ何も頼んでないけど」

「どうせ頼むんでしょ?」

「まぁ頼むけど、ありがと」

 クリュウが礼を言うと、エレナは小さく鼻を鳴らして彼の対面の席に腰掛けた。クリュウが「いいの?」と尋ねると、エレナは「どうせこの時間じゃ暇だしいいのよ」と答えた。周りを見ても、確かに彼以外に客はいなかった。

 旅行客も居なければ、この村の生計の主力となる林業を営む男衆もまだ山の中。お客が最も少ない時間帯なのだ。

「聞いたわよ。ジンオウガ、追い返したんだって?」

「うん。また現れたら、今度はちゃんと倒すよ」

「相変わらずお人好しねあんたは。全然変わらない」

「そっかな? この大陸に来て結構成長したと思うけど」

「ハンターとしてはね。ただ、あんたはいつまで経っても子供よ」

「何だよそれ、俺だっていつまでも子供じゃないよ」

「その【俺】っての、あんたに似合わないって何度も言ってるけど?」

「う、うるさいな。いつまでも【僕】って訳にもいかないでしょ」

 頬を膨らませて不貞腐れてしまうクリュウ。その姿は文字通り不貞腐れた子供のよう。残念ながら、まだまだ彼は子供っぽさが抜けないようだ。そんなちぐはぐな彼の姿を見てエレナは小さく笑みを浮かべる。

「……もう一年になるのよね、私達がこの大陸に来て」

 ミルクを飲んでいたクリュウは、エレナの言葉にコップを置くと「そうだね」と短く答えた。

 クリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィードのハンター四人とエレナの五人は元々中央大陸北部にある小さな辺境の村、イージス村に住んでいた。そこで数々のモンスターと戦い、様々な人物と出会った。そして去年、そんな村の存亡を脅かす出来事があった。

 鋼の龍王、風翔龍クシャルダオラの襲撃だ。

 クリュウを中心にハンター達、更には彼を助ける為に二つの国の国軍が応援に駆けつけて激闘を繰り広げた戦い。【神盾の奇跡】と呼ばれたこの大規模な古龍迎撃戦の末、鋼龍クシャルダオラは撃退された。

 更に損害を受けた村の復興にこの戦いに国軍を投じた西竜洋諸国の大国エルバーフェルド帝国と南洋に浮かぶ海洋大国アルトリア王政軍国の二国、更にはハンターズギルド総本部に中央大陸の商人のほとんどが加盟する組合である大陸通商連合までもが支援を表明。空前の大規模復興となった。

 そんな最中、クリュウ達はクリュウの姉代わりのG級ハンター、キティ・ホークラントが東方大陸で手に入れたある情報を提示した。

 それが、東方大陸のどこかに死んだはずのクリュウの母、アメリア・ルナリーフが生きているかもしれないというものだった。

 クリュウの母アメリアは元々アルトリア王政軍国の前身、アルトリア王国の王女だった。しかしある事情からクリュウの父エッジ・ルナリーフと共に国を飛び出し、エッジの故郷であったイージス村に住む事になり、そこでクリュウを産んだ。

 ハンターだった父エッジ・ルナリーフは後にギルドの極秘任務で謎の古龍と戦い殉職。母アメリアもまた村の付近に現れた鋼龍クシャルダオラから子供を守る為に戦いを挑み、亡くなった。

 その死んだはずの母が、この東方大陸で生きているかもしれない。そんな噂話を確かめる為、去年クリュウ達五人はこの東方大陸へと渡って来た。

 エルバーフェルド国防海軍の力を借りて東方大陸最大の大国であった津洲帝国、その蒼軍の根拠地であった夜虎渚へと到着。帝都奉城へと向かい、そこから経済都市境へ向かい、国を出てハンターが多く集う砂漠の大都市ロックラックへ。更には商隊で作られる移動都市バルバレなど様々な地を回ったが、アメリアに対する情報は得られなかった。

 そんな中、クリュウが旅先で東方大陸の奥地にある湯雲村という所でそんな名のハンターが居たという情報を手に入れた。早速湯雲村へと向かったクリュウ。そこで渓流に行ったまま帰って来ない子供の救出を行い、同時に狗竜ドスジャギィを討伐した。

 アメリアと名乗った女性は確かに居たが、すでに村を出ていた。しかしその特徴は母の特徴と似ており、この大陸に来て初めての収穫だったが、またしても情報は無くなってしまった。

 ロックラックへ戻ろうとしていたクリュウだったが、現在村の周辺に異変が生じている事、そしてハンターが不在という事を知った。モンスターの恐怖に怯える村人を見て、クリュウは新しいハンターが決まるまでこの村に常駐する事を決めた。

 後に各地に散っていたフィーリア、サクラ、シルフィードも合流して今に至る。時折ハンターは来るが常駐はしてくれず、今もクリュウ達はこの村に居続けていた。

「渓流周辺に色々なモンスターが現れていた原因は、たぶんジンオウガに縄張りを追いやられたからだろうね。ジンオウガの出現情報が出た頃と、渓流が騒がしくなった時期はちょうど重なるし」

 渓流には青熊獣アオアシラに狗竜ドスジャギィを始め、雌火竜リオレイア、迅竜ナルガクルガなどが出現して騒がせていた。更に村の周辺や遠方からクリュウ達の実力を見込んで依頼が来るようになり、依頼に事欠かない日々が続いている。

 この大陸に来てから各地で白兎獣ウルクススや氷牙竜ベリオロス、赤甲獣ラングロトラ、彩鳥クルペッコ、水獣ロアルドロス、土砂竜ボルボロス、鬼蛙テツカブラ、絞蛇竜ガララアジャラ等、これまで幾多のモンスターを撃破してきた。

 東方大陸には中央大陸には居ないモンスターがたくさん居た。中央大陸に居たモンスターもここでは変わった動きをしてクリュウ達を翻弄した。中央大陸にはない武器もあり、クリュウとシルフィードはそれぞれ片手剣と大剣をチャージアックスとスラッシュアックスへと変え、フィーリアも火力強化の為にライトボウガンからヘヴィボウガンへと転向した。サクラだけは太刀を使い続けていたが、この大陸に伝わる技を習得し、更に実力を増していた。

 驚いたのは、この大陸の一部では水中に潜って狩りを行う者達も居るという事。水獣ロアルドロスや水竜ガノトトス、灯魚竜チャナガブルや海竜ラギアクルスなどを水中で討伐してしまうハンターが、この大陸には存在するのだ。

 さすがに水中戦は習得できていない為に経験はないが、それでも高台からモンスターの背に飛び乗って攻撃するなど、中央大陸では考えられない戦い方が、この大陸ではたくさん存在した。

 母アメリアの情報はこの一年ほとんど得られていない。だが、ハンターとして彼らは凄まじい勢いで成長していた。結果、クリュウ達はそれぞれ中央大陸とは違う新たな二つ名を得た。フィーリアは【翠銃】、サクラは【黒狼】、シルフィードは【烈風】。そしてクリュウも生まれて初めて二つ名を得た。それが【護剣】である。

 そしてエレナも東方料理を学び、その実力に更に磨きを掛けていた。

 中央大陸の料理もまた物珍しさとボリュームから村では男衆を中心に人気を博し、時たま中央大陸からこの大陸に渡って来たハンターが故郷の味を求めてこの村に来る程、彼女もまた料理人として世間に名を轟かせていた。

 この湯雲村という新天地で、クリュウ達はそれぞれその実力を謳歌していた。当初の目的があまり進展ないのは問題ではあるが。

「そもそも、何でジンオウガは渓流に来たのよ。あいつって渓流のもっと奥、シンリュウ山脈って所に住んでるんでしょ?」

「さぁ? そこまではわからないけど。シンリュウ山脈で異変が起きてるって事かもね。落ち着いたら調査にでも行って来るよ」

「ふぅん、おばさんの情報集めは?」

「……そ、それもまた今度タンジアへでも行って情報を集めるよ。あそこはサカイに並ぶ東方大陸最大規模の経済都市だからね」

「クリュウ、あんたって追い込まれると視線を逸らすクセがあるの。知ってる?」

「うぐ……ッ」 

 視線を逸らしたまま言いよどむクリュウを見て、エレナは楽しそうに笑った。そんな彼の頬を優しく突付き、エレナは席を立つ。

「どうする? 夕食にはまだ早いけど、何か食べる?」

「そうだね、じゃあミルクプリンもらえるかな?」

「またぁ? あんた、ここに来る度にそれ頼むじゃない」

 呆れるエレナの言う通り、クリュウはこのミルクプリンを気に入っており、ここに来れば必ずと言っていい程に頼んでいる。それを知っているエレナは呆れた様子だが、クリュウは「だっておいしいじゃん」と続ける。

「あ、あれメニューに載ってない裏メニューなんだけど」

「知ってる。でも、必ずあるでしょ?」

「あ、あんたがバカの一つ覚えみたく毎日頼むから、一応作ってるのよ」

「あれ、エレナの手作りなんでしょ? だからおいしいんだよね」

 楽しそうに、そして嬉しそうに語る彼の言葉にエレナの顔が真っ赤に染まっていく。いよいよ彼に見せられなくなり背を向けると「と、取って来る」と無愛想な言葉を返すのが精一杯。そのままエレナは厨房の方へ消えていく。それを見送り、クリュウは一人ミルクを飲む。

 そう、この大陸に来た理由は母の行方を探す事。正確には生きていれば会ってみたい。そんな小さな希望と姉の言葉を信じてやって来た。だが収穫はほとんどなく、正直目的を見失いかけていた。

 諦めて、イージス村へ帰る事だって考えた。でも――この湯雲村へ来て、自分達を頼りにしてくれる村人達と会って、もう少しだけがんばろうと思ったのだ。

 もちろん、母の情報集めは続けている。だが今は、それ以上にこの村の為にがんばりたい。そういう風に思っていた。

 もちろん、イージス村の事だって忘れてはいない。この一年この大陸中の様々な都市を転々としていた上、大陸が違う為に手紙での連絡もできていない。それでもきっと、村はもうかなり復興が進んでいるだろう。

 自分達の帰りを待ってくれている仲間や村人達。彼らが頑張っている。だからこそ、自分も頑張らないといけない。そう思えた。

 何より、こんな中途半端な事でやめてしまうのは、この東方大陸行きを助けてくれたみんなに申し訳がない。

「絶対、達成しなくちゃ。それが、どんな結末になろうとも」

 旅の本来の目的は、正直未だ目立った結果を挙げられてはいない。

 母、アメリア・ルナリーフは本当に生きているのか。それともやはりガセだったのか。どちらの結果を判断しようにも、まだその為の判断材料が十分ではない。

 だからこそ、より帰る訳にはいかない。必ず、結果を持ち帰らないとならない。例えそれが皆が笑顔になるハッピーエンドでも、悲しいバッドエンドでも。終わらないと、始まれないのだ。

「何深刻な顔してんのよ」

 掛けられた声に顔を上げると、呆れ顔のエレナと目が合った。エレナはため息を零すと、彼の前にミルクプリンを置く。そのまま立ち去るかと思ったが、再びクリュウの対面の席に腰掛けた。見ると、手には用意良く自分用のお茶まで準備されていた。

「あんた、また面倒な事考えてるでしょ?」

「そうかな?」

「そうよ。物事を難しく考えて、それで自滅する。そんな感じの顔してるわ」

「何だよそれ。それじゃまるで俺がバカみたいじゃないか」

「……え? 違うの?」

「……エレナ、その素直な反応、とても傷つく」

「ふふふ、冗談よ。でもまぁ、あんたはぶっちゃけ相当なバカよね」

「お、おいおい……」

 肩をがっくりと落とすクリュウを前に、エレナは楽しげにくすくすと笑う。その笑顔も、この一年でまた少し大人びたものへと変わっていた。だからこそ、ただ笑っただけなのに、クリュウの心は揺れてしまう。そんな彼の心境など知らず、エレナは静かに続ける。

「そうね。バカってのは、失礼よね――」

「そうだよ」

「――シャルルに」

「……どういう意味、それ?」

 意味がわからず困惑する彼に向かって、エレナは手に持っていたお茶を一口飲む。一瞬の沈黙の後、エレナは笑う。

「バカってのは、あの娘みたいな生き方を言うのよね。自分の考えを信じ、貫く。例えそれが周りに理解されない事でも、ただ自分だけが信じ、夢見て、ただただ真っ直ぐ前に進み続ける。ある意味、バカってのは究極の理想主義者って言い方もできるわね。そういう意味では、サクラもバカって事になるかしら?」

「まぁ、二人共自分の決めた信念みたいなものに従って前に進んでる感じだよね。それ以外に関しては本当に常識知らずな所はあるけど」

「でも、あの二人の生き方って見ててとても羨ましいわ。あんたもそう思うでしょ?」

 エレナの問いに対し、クリュウは苦笑いを浮かべながらもゆっくりと首を縦に振った。

 周りから無知や常識知らずと笑われても、常に己の中の理想、信念、願望を信じ、ただそれだけに突き動かされ、前に進み続ける。小細工はできないし、退く事もできない不器用な生き方だ。でも、だからこそ常に直球勝負で、一直線で、力強く、そして美しい。己を信じ、己の理想を信じ、ただその達成の為に、どんな苦難も逃げる事なく真正面から挑み、打ち負かし、破り、壊し、乗り越える。そんなバカ丸出しな生き方――羨ましくない訳、ないじゃないか。

「だから、バカっていうのはあんたには相応しくない。というより、そんな簡単な言葉では表せないわね」

「じゃあ、強いて表すとするならどんな言葉さ」

「うーん、難しいけど……強いて言うとすれば――アホかしら?」

「……あの、エレナさん? それ結局言ってる意味同じ気がするんだけど」

「違うわよ。バカってのは自己中で常識と学習能力がなくて、周りを巻き込む奴の事を言うのよ。対してアホってのは常識はあるしある程度社会適応能力があるけど、行動理論が独特で、周りを巻き込む事なく自滅するタイプ。まぁ、近い言葉で言えば天然よね」

「へぇ、本来はそういう意味なんだ」

「さぁ? あくまでこれは私の持論よ。本来の意味は辞書でも読めば?」

「……おい」

「でも何となくわかるでしょ? バカにつける薬はないって言葉もあるからしてさ」

「まぁ、何となくね。だったらさ、エレナの考えで俺がアホな理由は何さ」

 あくまで一般的な意味とは違う、エレナ流の『バカ』と『アホ』の違い。その意味を知ったクリュウは当然、自らを『アホ』と表した彼女の真意を探る。そんな彼の問いに対し、エレナは腕を組んで少し考える。

「あんたは昔からそう。自分の考えや理想を持っているクセに、常にそれを自らが疑っている。憧れているクセに、信用できず常に疑いながら行動する。常に周りの迷惑を考えて、自分の意見を押し通そうしないばかりか、口にすらしないで黙っちゃう。ほら、バカとは全然違うじゃない」

「……まぁ、当たってなくはないかな」

 気まずそうに視線を逸らすクリュウ。どうやら見事に彼の事を言い表した表現だったらしく、自分も納得しかけてしまったようだ。そんな彼の反応を見てエレナは楽しげに笑いながら続ける。

「あんたは、常に色々な事を考え過ぎなのよ。もっと簡単に、バカみたいに考えればいいのに。それができないアホ。バカ二人はもう少し考えた方がいいとは思うけど、あんたはもう少しバカになった方がいいわね。その方が、きっと色々とスムーズだし、あんた自身も楽になる。何より、その方が見守っている身としては安心、かな?」

 そう言って、エレナは小さく笑った。その照れ隠しのような小さな小さな笑顔。クリュウは少し頬を赤らめ「まぁ、善処はするよ」と短く答えた。そんな彼の反応に「期待しないでおくわ」とエレナも笑いながら返事をする。

「あ、クリュウ様……」

 そこへ着替えを終えたフィーリア、サクラ、シルフィードの三人が合流して来た。全員東方大陸風の着物へと着替えている。中央大陸の服装とはまるで違うこちらの大陸での民族衣装。慣れたとはいえ、やはり彼女達が着るとその姿もよく映える。

「あの、先程はその、申し訳ありませんでした……」

 頬を赤らめて申し訳なさそうに謝るフィーリアに、クリュウは「だ、大丈夫。全然気にしてないから」と心配を掛けないように努めて笑顔で振る舞った。しかしフィーリアが少し乱れた髪を直した時に見えた首筋が目に入った瞬間、先程の風呂場ので光景を思い出してしまい頬を赤らめ、うつむいてしまう。

 そんな彼の反応を見てフィーリアもまた顔を真っ赤にして黙ってしまった。

 気まずい雰囲気に包まれる二人を見て、シルフィードは小さくため息を零しながら近づくと、そんな二人の頭を軽く小突く。

「まったく、君達は初々しいな。今更何を恥じる必要がある」

「そ、そんな言い方しないでください。恥ずかしいものは、恥ずかしいんです」

「シルフィ、女の子がそういう事言っちゃダメだよ」

「私ももう二〇歳だ。女の子という年でもあるまい。君達だってもう子供じゃないんだぞ」

「そ、それはそうかもですが……」

「……クリュウ、あんた何したのよ?」

「俺のせいッ!?」

 そんないつも通りのやりとりの後、三人も席に座りってエレナにそれぞれ注文を済ませる。エレナは注文を片手に一人調理場へと消え、その場に残されたのは四人だけだ。

「さて、ジンオウガの脅威も当面は排除された。しばらくはこの村も安泰だろう」

 先にエレナが持って来た水を一気に飲み干したシルフィードが開口一番に言ったのは、今回のジンオウガ撃退戦の事だ。この四人でジンオウガを撃退した為、当然話はそういった方向へと向かう。

「危険があるとすれば、ジンオウガに刺激されてモンスターが凶暴化しかねない事だが、まぁ大した事ではないな。今の所渓流には奴以外の目撃情報はないと、偵察隊も言ってる」

 シルフィードが言う偵察隊とは、ジンオウガ来襲の際に村に居たアイルーの有志達で編成された特別偵察隊の事だ。渓流に潜入し、その状況を偵察すると共にそこに住まうアイルー達と交流する事で情報を集めている。今の所彼らからの報告ではジンオウガ以外のモンスターの目撃情報はない。

「問題があるとすれば、クリュウが抱いた疑問くらいか」

 そう言ってシルフィードの視線が自らに注がれるのに気づいたクリュウは小さく頷く。そんな彼の考えを知っているフィーリアは顎に手を当てて、少し考える。

「シンリュウ山脈に住まうはずのジンオウガが、何故麓の渓流に現れたのか。確かに気になりますね」

「その調査もいずれ必要だな。しかしまぁ、まだジンオウガがこのユクモ村の脅威には変わりない。当面は他地域への旅は自重し、経過観察をしよう」

「偵察隊には引き続き、渓流の奥地へ退避したジンオウガを対象にした索敵を実施してもらおう。その間に、俺達は俺達で再襲撃に備えて準備だね」

 クリュウの提案に、リーダーであるシルフィードも頷いた。フィーリアも「了解しました」と同意し、サクラも無言で頷く。当面の作戦がひとまず決まった事で、クリュウの顔にも少し余裕が生まれた。しかしすぐに今後の話し合いを始めるフィーリアとシルフィードに対し、申し訳なさそうに「ごめん」と謝った。そんな彼の言葉に対し、フィーリアは目をパチくりさせて「なぜ、クリュウ様が謝られるのですか?」と尋ねる。

「いや、あのまま押し切って強行追撃すれば、こんな面倒な事にならなかったからさ。あの場で追撃を止めた事、今になってちょっと失敗だったかなぁなんて」

「何だ、そんな事か」

 クリュウの言葉に対し、シルフィードは気にした様子もなく笑い飛ばした。そんな彼女の態度に「笑い事じゃないよ」とクリュウは怒るが、そんな彼に対しシルフィードは「君の判断は正しかった」と彼の判断を尊重する。

「リーダーである私が、君の判断に従ったんだ。責任は最終判断した私にある、君が気にする事じゃないさ」

「で、でも……」

「私も、クリュウ様の判断は正しかったと思います」

 自分の判断が正しかったのか迷う彼に対し、今度はフィーリアもがそんな彼を気遣う。

「あの時点で、私達の方も装備面でかなり厳しい状況でした。全員の回復薬や食料等の不足、身体的疲労等、あれ以上の戦闘はかなり難しかったです。私自身、残弾数も厳しかったのは事実です」

「フィーリアの言う通り、あれ以上戦闘を続けた所で決定打を打てるとは限らなかった。逃げる奴を無理に追う必要もなかった。相手の戦う意志が消失したとなれば、こちらも戦闘を終えて撤退するのは正しい判断だろう」

「そ、そうかな」

 現状、ジンオウガを取り逃がしてしまった為に脅威は残ったまま。その為の対策を講じなければならず、今もこうして話し合いが行われている。村の人達も原則としてジンオウガが渓流に居る為に杜の立ち入りや村同士の移動も制限されたままだ。

 早急な脅威は追い払えたとはいえ、この状態が続くのは問題だ。その問題を残してしまった事に、クリュウはどうしても責任を感じてしまう。そんなクリュウに対し、フィーリアとシルフィードは互いに顔を見合わせてどちらかとなく笑い合った。

 この大陸に来て、彼もずいぶんと自分に自信をつけたようだが、まだまだこういう所では己に自信がないらしい。

 日々かっこ良く成長していく彼の勇ましさも良いが、こういう変わらない所を見つけられるとそれはそれで嬉しくも感じる。

 すると、そんなクリュウの手をそっと握り締める者が居た。彼の隣の席に腰掛けた、サクラだ。サクラは無言で彼を隻眼で見詰め続ける。

「さ、サクラ?」

「……クリュウは間違っていない。クリュウの判断は正しかった」

「サクラ……」

「……私はクリュウの決定にしか従わない。世界中の人間がクリュウを悪く言っても、私だけはクリュウの味方だから。だから、クリュウは間違っていない。私が、その証拠よ」

 相変わらず、あまりにも自己中心的で破茶滅茶な考え方だが、その強い言葉にクリュウはようやく安堵したらしく、小さく笑みを浮かべて「ありがと、みんな」と礼を言う。それを見て、三人共嬉しそうに笑い合った。

「それでは、引き続き対策を考えようではないか」

 頼り甲斐のある笑みを浮かべ会議を再開するシルフィードの言葉に、クリュウ、フィーリア、サクラの三人は力強く頷いた。

 数分後にはエレナが注文の品を持って現れ、食事を取りながら対策会議が進む。

 真剣な面持ちでそれぞれが意見を出し合う雷狼竜の対策会議は厳かな雰囲気で行われる。隣接する露天風呂に絶えず注がれるお湯のせせらぎの音をバックミュージックに、対策会議は続いた。


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