モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第232話 絶望の闇を照らす奇跡という名の光

「……イージス村は、放棄する」

 村長の言葉に、その場に居た誰もが言葉を失った。

 その言葉の意味を理解できず、呆然とする面々の中、真っ先に状況を把握したのはクリュウだった。

「村を、捨てるって事ですかッ!?」

 クリュウの言葉に、ようやく事態を飲み込めたフィーリア達も動揺する中、村長は厳かに彼の問いに答える。

「そうだよ。村は放棄する。しばらくはレヴェリに臨時役場を作って村人の生活管理を行い、その間に新たな村の代替地を探す。まだ詳しい予定は決まってないけど、まずはこの道筋で行こうと思う」

「で、でも、村を放棄するなんて、そんな……ッ!」

「――あんな瓦礫だらけの村に、人なんて住めないよ」

 冷たく、どこか吐き捨てるように言い切る村長の言葉に場が静まり返った。いつもニコニコ笑顔を浮かべて、誰にでも明るく優しい好青年である村長。だがそんな彼の苛ついた姿は、今まで誰も見た事がなかった。否、見たくなかった。

 自らの発言で場が静まり返ったのを感じた村長は顔を伏せながら静かに「……ごめん」と謝る。

「別に、クリュウ君達を責めている訳じゃないんだ。むしろ僕は、君達は良くがんばってくれたと思う。第二次避難隊の人達が無事に村を脱せたのは、クリュウ君のおかげだ。そして、村はあんな事になっちゃったけど、今こうして村に帰って来れたのはクリュウ君を始めとしたハンターのみんな、エルバーフェルドやアルトリア、更にはハンターズギルドの人達のおかげだ。感謝こそすれど、非難なんてしないよ」

 そう言いながら、村長は居並ぶ現在このイージス村に集まった組織の代表一人ひとりに頭を下げる。イリスとフリードリッヒは無言を貫き、カレンは小さく頭を下げ返した。

「でも、みんながんばってくれたけど、村は壊滅的打撃を受けた。もう、復旧の見込みはない。だから、村の重役達と話し合って決めたんだ――村を放棄して、また一からやり直そうって」

 辛そうに、でも意を決した様子で語る村長の言葉に、クリュウは何も言えなかった。確かに、村の惨状を見た時にこれはもうやり直せないと思ったのが本音だ。村の中は瓦礫だらけで、とても人が改めて住めるような環境ではなかった。

 予想はしていた。でも改めて村の長たる彼に『廃村』と言われると、覚悟はしていたとはいえやはり辛い。

 悔しくて、拳を握り締めるクリュウ。そんな彼の震える拳を見たシャルルが、無謀にも立ち上がった。

「諦めるのは早いっすよッ! 瓦礫を片付けて、またここに村を作るっすッ! それが一番っすよッ!」

 重苦しい雰囲気が垂れ込める部屋の中に、シャルルの元気な声が響き渡る。だがその声が微かに震えている事に、付き合いの長いクリュウとルフィールは気づいていた。自らの発言は、部外者である自分が言えば無責任にも取れる発言だと、彼女なりに気づいているからだ。でも、それでも叫ばずにはいられない。大好きな先輩の村が、消滅の危機に瀕している。黙っている事など、できないのだ。

 シャルルの発言に同調するようにフィーリアとエレナ、ルーデルやアリア等も村の再建を主張する。だが、村長はそれらの意見に対して頑なに首を横に振り続けた。

「残念だけど、それはできない」

「何でっすかッ!」

「僕は村長だ。村人の生活を守る義務がある。すぐにでも、みんなの生活を保証しなきゃいけない。その為の最短の道のりは、村を別の場所に移す事だと判断してるんだ」

「村を再建する候補地を探すのも、大変ですわよ。ちゃんとモンスターに対する対策ができる土地でないと、せっかく作ってもまた壊される。そうやって、立地を失敗して滅んだ村や街は多いですわ」

 アリアの意見ももっともだ。村を新しく別の場所に作るとしても、土地選びが重要となる。土地なんてどこかの国に属していない地域でならでこでも村を作る事はできる。しかし、そういった自然の要塞となるような土地を選ぶのは、どうしても時間が掛かってしまう。とても最短の道のりとは思えない。

 それに比べて村を復興させるなら、村は地上の設備や家屋が被害を受けたが、元々の崖の上にあるという立地が破壊された訳ではない。現状でもモンスターからの攻撃はかなり防げる好立地だ。

 アリアの意見に対して、村長も一度は頷いた。だが、

「でも、君達も見たでしょ? 村は、瓦礫でいっぱいだ。道路も畑も土が抉られて穴だらけ。これを復旧するのは大変だよ。瓦礫の撤去だけで、どれだけの時間と人手と資金が必要か。瓦礫を片付けても、今度は家屋の再建、道路の再舗装、上水道の復旧。村を立て直すってのは、とても難しいんだ。それに、お金もたくさん掛かるし、時間も掛かる。そんな大変な道を、村人達に押し付ける事なんて、できないよ」

 村長は、とても心優しい青年だ。だからこそ、大切な家族である村のみんなに負担の大きな復興という道を、あえて避けたのだ。村を再建するとなると、村人総出で終わりの見えない長い戦いになってしまう。それを、子供や老人にも強いるような選択を、彼はできなかった。

 それに比べれば、用地さえ確保できれば瓦礫の撤去の時間や費用、手間がなく家屋と設備の整備だけで行える移転の方が、人々への負担が少ない。彼はそう決断したのだ。

「でも、やっぱり村を捨てるなんて……」

 諦め切れない様子のエレナの肩を、シルフィードが優しく叩く。振り返った彼女の目の縁には薄っすらと涙が浮かんでいた。そんな彼女の涙を指先で拭い、シルフィードは小さく首を横に振る。

「故郷を捨てる選択を、誰が好んでするものか。村長殿も、苦渋の決断なんだ。自分の決定で村を捨てる。その重圧に耐えて英断した彼を、そう責めるな」

 シルフィードの言葉に、自らの発言が自然と村長を責める形になっていたと気づかされたエレナ。慌てて村長に対して謝罪するが、彼は小さく笑って「いいよ、気にしてないから」と優しく返す。

「とにかく、みんなには悪いんだけど、やっぱり村は放棄するよ。大変だけど、新天地でがんばろう」

 村長の言葉に、もはや誰も反論する者はいなかった。皆の反応を見て了承を得たと判断した村長は、静かに締めの言葉を告げる。

「それじゃ、みんなには悪いけど一度レヴェリへ来て。そこで村人に改めて方針を説明して、今後の対策を練ろう。出発は明日って事で。僕はアルフレア臨時政府の方に廃村申請の手続きを行いに行ってから合流するよ。それじゃ解散――」

「――待つのじゃ」

 村の方針決定会議は終わりだとばかりに締めようとしていた村長に対し、そう言って止めたのは、これまでずっと沈黙を続けていたイリスだった。周りの視線が自らに集中している事など気にもせず、呆然とこちらを見詰めている村長に対し、イリスは静かに口を開く。

「故郷を捨てる。そのような悲しい決定、見過ごす訳にはいかんのぉ」

「で、でも私達にできる最大の対策は、これしかない訳で……」

 まさか小さな村の行く末の決定に対し、大国の君主から止められるとは思っていなかったのだろう。慌てる村長に対し、イリスは静かに続ける。

「要するに、資金と人手が必要な訳じゃな?」

「え? まぁ、そうですね。ですがうちの村の男衆にも限界がありますし、何より復興資金が足りません」

 イージス村は小さな村だ。住んでいる住民の数も少なければ、財政も決して余裕がある訳ではない。港湾設備も破壊されている為、資金源の大部分である水産資源が失われている今、どうしても資金不足の道は避けては通れない。

 村長の返答に対し、イリスは口元に不敵な笑みを浮かべ、こう宣言した。

「それなら気にするでない――復興資金はアルトリア王政府が出そう」

 イリスの爆弾発言に、部屋中に衝撃が走った。

 辺境の小さな村の復興に、世界屈指の大国と謳われるアルトリア王政軍国が資金提供を行う。それは空前絶後、歴史上極めて異例と言える宣言だった。

「あ、アルトリア政府が、資金提供ですか?」

 あまりの事態に声を震わせながら問う村長の問いに対し、イリスはうむと大きく頷いてみせる。

「我が国が資金提供をすれば、復興費用など考える必要はなかろう?」

「し、しかし我々のような小さな村の民が、貴国のような大国から援助を受けるなど、普通じゃありません」

「勘違いするでない。妾が資金援助をするのは、あくまでもクリュウの為じゃ」

「イリス……」

 視線を村長からクリュウへと向けたイリスは、どこか淋しげに微笑む。

「本来ならば、お主は我が国で王子の身分じゃったはず。それが、我が国の陰謀で国を脱してしまったが故に、平民として暮らすハメになってしもうた。もちろん、その生活が不憫だったとは思わん。お主を見ておれば、その日々がとても幸せだったと予想するのは簡単じゃ。じゃが、お主から王族としての生き方を奪ったのは紛れもない我が国じゃ。その責任くらいは、果たさねばならん」

「でも、あまりイリスには迷惑を掛けられないよ……」

「心配無用じゃ。妾を誰じゃと思うておる? 世界最強の軍事経済大国、アルトリア王政軍国の女王じゃぞ? 妾の決定を阻める者など、この世にはおらんのじゃ」

 ふふんと不敵に微笑みながら断言するイリスに対し、クリュウは思わず苦笑を浮かべた。どうやら、自分がアルトリアを訪れていた頃よりも、政権は安定しているらしい。それだけ独裁が増しているのだとうが、国民が納得しているならそういう幸せな独裁もあるのだろう。

「とまぁ、こういった我が王家の絡みの事情がある故の特別配慮じゃ。ここで断られると、妾の名に傷がつく。素直に受け取ってもらえると、妾としても助かるのぉ」

 そう言って無邪気に微笑むイリスの言葉に、それまで呆然と立ち尽くしていた村長は深々と頭を下げる。目の縁に薄っすらと涙を浮かべながら、何度も何度も感謝の言葉を述べる。

「だが、資金提供を受けたとはいえ人手不足は否めないな。特に水路の再建やモンスターに対する防衛設備などは、さすがに専門家じゃないと直せない。それに、物資の運搬の手も考えなければな」

 シルフィードの言う通り。いくらお金があっても肝心の人手が村には足りない。特殊な設備の復旧にはそれこそ専門家も必要だ。何より、そういった復興の為の物資を運搬する手はずも考えなければならない。まだまだ、問題は山積しているのが現状だ。

「――ま、待ちなさい」

 そんな新たな難題に直面しようとしていたクリュウ達に対し待ったをかけたのは、これまでフリードリッヒの背後に控えていたカレンだった。驚くヨーウェンやフリードリッヒを一瞥し、カレンは意を決したように口を開く。

「海上輸送での物資の運搬、及び村の設備の設営は、我がエルバーフェルド帝国国防海軍が力を貸すわ」

「ちょ、ちょっとッ! 何を言って……ッ!」

 驚くヨーウェンの制止を振りきって、カレンは更に前にい出て宣言する。

「我が海軍は港湾設備がない陸地にも直接物資を揚陸できる特殊揚陸艦を数隻有しているわ。村の再建の為に必要な物資の運搬は、我が海軍が責任を持って引き受けてあげる。人の面も心配しないで。海軍陸戦隊を村の復興の為の人手に回すし、キールに待機している優秀な技術と道具を有する第8設営隊をこちらに派遣する。これで、物資の運搬と人手不足は解決するわね」

 独断で村の復興の手助けをすると宣言したカレンの発言に、さすがのヨーウェンも慌てる。

 現在エルバーフェルド帝国は西竜洋諸国と先日のズデーデン紛争で緊張状態が続いている。そんな中で帝国が国外の村に対して援助を行うのは極めて危険だ。他国にエルバーフェルド帝国の東方進出の疑いがあるとされれば、緊張状態が激化する。ズデーデン奪還の為に軍事行動に出たとはいえ、エルバーフェルド帝国も本気で戦争を行いたいとは思っていないのだ。

 こんな危険な申し出を行うカレンをヨーウェンは止めようとする。だが、そんな彼女の制止の声を封じ、彼女の方へと振り返ったカレンは不敵に微笑む。

「まだ、我が艦隊の演習は終わってないわ」

「え?」

「総統陛下は、今回の演習においては何を使っても良いと仰られたわ。だから、私は演習に必要だと思われる揚陸艦と設営部隊を新たに派遣するの」

「そんな屁理屈が通用するとでも?」

 いつになく厳しい視線で睨みつけるエルバーフェルド帝国の実質ナンバー2、宣伝担当大臣のヨーウェンに対し、同じくエルバーフェルド帝国海軍の長、国防海軍総司令官のカレンは一歩も引かない。

「総統陛下は今回の演習に対して期限を設けていない。演習プランも全て私に任せてくれている。演習をいつどこで行い、どのようなプランで遂行し、いつ終わらせるか。その全ての権限が今は私にあるの。副総統様とはいえ、海軍の決定を止める権限はないわ」

 一歩も引かないカレンの態度を一瞥し、ヨーウェンはふと無言で座っているフリードリッヒを見る。彼女は小さくため息を零すと、目を閉じたまま口を開く。

「好きにしろ」

 カレンの独断を許す事にしたフリードリッヒの決断にカレンは歓喜し、ヨーウェンは改めて驚愕する。問い詰めようとしたヨーウェンだったが、フリードリッヒの口元にわずかな笑みが浮かんでいる事に気づいてハッとなる。

「まさか、全て想定の範囲内だったの……?」

 フリードリッヒがあえて演習プランの全てを任せたのは、もちろんカレンの無茶を容認する為だ。更に、村の復興にまで手を貸そうとする度を超えた無茶も容認したフリードリッヒ。それも全て、彼女の中では予想通りだったのだ。

 なぜ、そんな無茶を許すのか。それは恐らく、近々予定されている西竜洋諸国合同海上演習に対する布石だろう。

 西竜洋諸国合同海上演習、通称ウェスドックは数年前から西竜洋諸国所属国の海軍の連携強化を目的として行われている。だが連携強化はあくまでも表向きで、実際はアクラやエルバーフェルドのような関係が悪化している国々に対する抑止を目的としている。

 その為、国防海軍側はこれに対して我が国独自の海上大規模演習をウェスドックのすぐ近くの海域で行う事を決定している。その規模は歴代最大規模を予定し、国防海軍の総力を挙げての演習が予定されている。

 しかし総統府はこれに対して中止を強く要望しているのだ。現時点でこれ以上関係悪化に拍車を掛けるのを快く思っていない為だ。現在外交面では西竜洋諸国との関係改善を模索しているのが現状であり、その中で関係悪化を著しくしかけない対抗演習は極めてまずいのだ。

 しかしフリードリッヒも海軍側に演習中止を強く言えない。ズデーデン紛争では陸軍が活躍し、国防上陸軍優先の国防軍。海軍側の不満も強く、この演習は海軍の意地でもあるのだ。

 もちろん、カレンも強くこの演習を押している。今回の戦いで損傷してしまったが、大洋艦隊新旗艦である新型戦艦『フリードリッヒ・デア・グローセ』も参加予定だった程だ。

 何としても演習をやめさせたい本音のフリードリッヒ。そこで今回あえてカレンの無茶を黙認したのだ。結果、カレンはもはやフリードリッヒの命令を無視できなくなった。恐らく、今回の無茶の代償としてカレンは演習の中止を認めるだろう。

 更に同盟関係にあるアルトリアと歩調を合わす事で関係強化も狙える。西竜洋諸国との関係改善を模索する一方で、西竜洋諸国と関係があまり良くないアルトリアとの関係も強化する。フリードリッヒが掲げる二正面外交政策にも一致するのだ。

 様々な利益、不利益を考慮して今回このような決断を行ったフリードリッヒ。その先見の明はやはり常人のそれを凌駕している。その凄さを目の当たりにし、改めてヨーウェンはこのアイドル総統のカリスマっぷりを認めた。

「……全く、末恐ろしい総統様ね」

 一方、目の前で国の内政の争いを見せられたクリュウ達は困惑する。そんな彼らに対し、カレンがわざとらしく咳払いする。

「とにかく、海上経由で物資の運搬をしてあげるわ。大型機材や大量物資の運搬なんかは任せて」

「あ、ありがとカレン。何か、何から何まで世話になっちゃって……」

 申し訳無さそうに礼を言うクリュウに対し、カレンは少し頬を赤らめながら小さくはにかむ。

「別にいいのよ。私がやりたくてやってるだけだもの。あんたが気にする事はないわ。それに私達の国も復興の最中。故郷を失った悲しみは、私達エルバーフェルド人全員が知っている。だからこそ、同じ苦しみを抱く人は放っておけないの」

「カレン……」

「うむ。これで資金は我が国が、物資の運搬と実際の村の復興はエルバーフェルド海軍が行う事が決定したのぉ。これで、ずいぶんと条件は良くなったはずじゃ」

 うむうむと嬉しそうにうなずくイリスの言う通り、ずいぶんと条件は良くなった。これだけでも奇跡と言えるに十分な好待遇だ。だが、だからと言って全ての問題が解決した訳ではない。

「残る問題は、一番肝心な実際の物資の調達。そして海上輸送ができるとはいえ、最大の運搬ルートである陸路での輸送だな」

 シルフィードの言う通り。村を一つ復興させるだけの資材などの調達は難しい。更に海上輸送はどうしても港湾都市に限られるが、内陸都市からしか調達できない物資も数多い。協力してくれる運搬業者や商人を確保するのも、また大変だ。

 これに対しては、正直エルバーフェルドとアルトリアは協力できない。エルバーフェルドは関税を高く設定して自国産業を守る復興政策を行っている。その為、外部の商人やその組織とは関係があまり良くはない。アルトリアに至ってはそもそも中央大陸の商人との関係がない。どちらも、こればかりはどうしようもないのが現状だ。

更に、現在そういった緊急物資輸送ルートの多くは、それこそ炎王龍テオ・テスカトルの襲撃で壊滅的被害を受けたヴィルマ復興に使われている。今新たにその緊急ルートを、それも小さな村の為に使える余力はない。

 カレンはエルバーフェルド経由で物資を積載し、海上輸送にてイージス村に全力で支援すると言ってくれたが、ある種の鎖国政策を取っているエルバーフェルドでは調達不能な物も数多い。他国の港にエルバーフェルド帝国の軍艦が入港すれば、それこそ国際問題に発展する。カレンだって、そこまでバカではない。

 もちろん、カレンの海上輸送はありがたい。だが海路と陸路、二つあって初めて補給路が完成する。片方だけでは、未熟なのだ。

 ハンターズギルドに頼む事もできるが、すでにエルバーフェルド帝国とアルトリア王政軍国が関わっている問題だ。ハンターズギルドとしても介入に慎重にならざるを得ないだろう。

 希望が見え始めた所で、またしても雲行きが怪しくなってしまった。だがまずは、どちらにしても瓦礫の撤去が先だろう。カレンはすぐにでも陸戦隊に瓦礫撤去を命じると共に、本土の第8設営隊を派遣すると宣言。先はまだ不透明だが、とにかく前に進む事はできる。今はとにかく、前進あるのみだ。

「妾も、我が国と比較的友好関係にある港湾都市の自治政府に働きかけ、輸送ルートを確保してみる。じゃが、時間は掛かる」

「海軍の輜重部隊も派遣するけど、限界があるわ。ごめんなさいね」

 力及ばず。申し訳無さそうに謝る二人に対し、クリュウは首を横に振った。

「こっちこそごめん。そんなに無理しなくていいから。支援してくれるってだけでもありがたいし。何より、これは村の問題だから。自分達でできる事は、自分達でがんばらないと」

 そんな彼の言葉を締めの言葉とし、詳しいこれからの対策は後日とし、エルバーフェルド帝国、アルトリア王政軍国が関わる事となった対策会議は幕を閉じる――かと思われていたその時、

「邪魔するぞぉ」

 突然対策会議が行われている天幕(テント)の入口から一人の小柄な男が現れた。年の頃は六〇代半ばくらい。白髪交じりの黒髪は灰髪となり、顔には彼がこれまでどれだけ長生きしてきたかを刻み込んだような深いシワがいくつもある、見るからに老人といった様子の男だった。そして何より目立つのは、その尖った耳、それは彼が竜人族を意味する特徴だった。

 竜人族の老人を筆頭に、次々に男達が入って来る。竜人族と人間が入り混じったそれらの団体に対し、呆けていたカレンが厳しい声を上げる。

「貴様ら、ここは関係者以外立ち入り禁止よ。陛下の前からすぐ立ち去りなさい」

 この議場の警備を行っているのは海軍陸戦隊だ。その長であるカレンからすれば、侵入者の存在は自らの責任だ。すぐに追い返すべく控えていた兵士を呼び寄せる。にわかに物々しくなっていく中、慌てた様子で現れたのは別行動中だったライザだった。

「ご、ごめんなさいね。私が呼んだのよ。追い返すのはちょっと、待ってくれないかしら?」

 お願い、と手を合わせて懇願するライザに対しカレンは一歩も引かず退去を命じる。そこへクリュウが間に割って入り、カレンを説得して事無きを得る。

「それで、この人達は一体……」

 カレンが渋々といった様子で腰を落としたのを確認し、クリュウは改めてこの謎の老人達の正体をライザに尋ねる。だがライザが説明するよりも早く、老いた竜人族の男は部屋の中に居る一人の人物を見つけると、声を掛けた。

「おぉ、やっぱり嬢ちゃんか。久しぶりだなぁ。お? 髪型変えたのか?」

 男が声を掛けたのは――これまでずっと無言で座り続けているサクラだった。

 驚く面々の視線を一身に受けながら、サクラは不機嫌そうに閉じていた瞳を開く。その視界に男の姿を捉えると、深々とため息を吐いた。

「……何の用だ。アルフレッド」

「そう邪険にするな。俺とお前の仲だろうが」

「……私と貴様は、あくまでも仕事上の付き合いだけだ。気安く話しかけないで」

「相変わらず可愛げがないねぇ」

 ホッホッホッと楽しげに笑う男、アルフレッドに対しサクラは全く動じない。どうやら二人はサクラの言葉とは反して、ずいぶんと親しい仲のようだ。

「サクラ、あの人達は一体……?」

 サクラが彼らを紹介するよりも早く、アルフレッドの方から自ら名乗りを上げた。

「申し遅れた。私の名はアルフレッド・クルーガー。大陸通商連合の団長を務めておる」

 アルフレッドの名乗りに、その場にいた多くの人々がざわめき始める。彼が相当な有名人である事の証拠だ。一方で世間に疎いクリュウが一人ポカンとしていると、助け舟を出してくれたのはルフィールだった。

「大陸通商連合。この中央大陸で商いを行う商人の多くが加盟する、大陸最大規模の商人の互助会です。互助会というよりは、商人の巨大組織と言った方が適切かと」

「つまり、商人組合の一番偉い人って事? それが何でサクラとあんなに親しいんだろ……」

 クリュウの疑問は、この場に居た多くの人間が抱くものだった。一介のハンターと通商連合の団長。普通に考えればそう接点はないはずだ。そんなクリュウ達の疑問に対し、アルフレッドが説明する。

「彼女は我々大陸通商連合、通称《連合》最大の功労者だからな。仕事を頼む事も多いし、何より疑い深い商人達がこぞって彼女だけには絶大な信頼を寄せている。我々と彼女は、いわば共存関係にある」

 アルフレッドの説明で何人かは納得した様子だが、まだ理解できていない者も数多い。それを補足したのはシルフィードだった。

「サクラは護衛任務専門と言っていい程に護衛任務ばかりを受け、更にその多くを成功させている。護衛対象は様々だが、その多くは彼らのような商人が率いる商隊(キャラバン)だ。危険な旅を全力で護衛してくれるサクラは、彼らにとっては絶大な信頼を置ける相手なのだろう」

 シルフィードの説明でようやくクリュウも理解した。

 サクラは商人だった両親を目の前で轟竜ティガレックスによって殺された。その経験から特に護衛任務を重要視しており、その夜叉の如き猛攻で商隊を守る様、そして功績から商人からの信頼は絶大だ。

 そしてそれは商人を束ねる最大組織、大陸通商連合においても同様なのだろう。

「……それで、貴様は一体何をしに来たのよ。言っておくけど、今は仕事は全て引き受けないわよ。そんな状況じゃないから」

「わかっている。だから、我々がやって来たのだろうが」

「……どういう意味?」

 アルフレッドの言う意味がわからず眉をひそめるサクラに対し、アルフレッドは居並ぶ面々を前に堂々とその空前の宣言を放つのであった。

「この村の復興に、我々大陸通商連合も力を貸そう。陸路での物資運搬はもちろん、大陸中から必要な物資の調達も全て任せてくれ。大陸通商連合は、イージス村の復興を全力支援するぞ」

 それは、空前の申し出であった。

 大陸通商連合と言えば、大陸で商いを行う商人のほとんどが加盟している巨大組織だ。その連合が協力するとなれば、もはや物資の調達と陸路での運搬の心配は全くいらない。なぜなら、そういった事々の専門集団だからだ。

 エルバーフェルド国防海軍、アルトリア王政軍国の協力だけでも空前の奇跡。それに加えて大陸通商連合までもが支援をしてくれる。それはもはや前代未聞の異例中の異例だ。

 村長は顔を真っ赤にして感謝の言葉を述べる。クリュウやフィーリアも当然礼を言い、アルフレッドは多くの感謝の言葉を受ける。そんな彼に対し、相変わらず厳しい視線を向けているサクラは無言で立ち上がった。

 再び自らの視線が集中するのを感じつつも、気にせずサクラは続ける。

「……どういう風の吹き回し?」

「何の事だい?」

「……とぼけないで。連合が、利益にならない事なんてしない。商人は、常に自らの利益で動くもの。アルフレッド、あなたもそうでしょう? そんなあなた達が、何の利益にもならない村の復興に力を貸す。裏を探るのは当たり前よ」

 サクラは自らの意見を包み隠す事はない。常に直球勝負で来る。時にそれは失礼極まりない発言となり、クリュウ達を慌てさせる。今回も慌ててクリュウが止めに入るが、アルフレッドはそんな彼女の無礼を笑い飛ばした。

「相変わらず容赦がないな。まぁ、確かにお前の言う通り商人は利益で動くものだ。営利ってのは、そういうもんだ」

 サクラとはそれなりの付き合いがあるアルフレッドは彼女の無礼にも慣れたものだ。だが彼女の意見に対して同意しつつも、「だがな……」と前置きし、言葉を続ける。

「お前さんは守った相手なんざすぐ忘れるかもしれねぇ。それだけの人数を、あんたは守って来たんだ。だがな、守られた側はお前の事を一生忘れねぇんだよ」

「……どういう意味?」

「お前が拠点にしている村の付近に古龍が現れたって情報は、ずいぶん前に俺達の耳にも届いてた。するとだ、各地の商人から次々にお前さんを支援するよう要請が飛び込んで来たんだ。その陳情の数は、それこそ数百にもなったぜ」

 そう言ってアルフレッドは持っていたカバンの中から縛った大量んぼ便箋を取り出す。その一つひとつが、連合宛に送られた各地の商人からの陳情書なのだろう。

「俺達連合の役員会はこれらの陳情に対して緊急会合を開いた。するとだ、全会一致でこの陳情を受ける事になった。それで、俺達がやって来た訳だ」

「……」

「なぁ、人形姫。お前はな、自分が思っている以上にみんなから好かれてんだよ。商人達が、自らの利益を度外視して助けたい相手がいる。それがお前さんだよ。お前さんの功績には、俺達みんなが感謝してるんだ。だから、今度は俺達がお前を助ける番だ――お前さんの大切な居場所を、一緒に取り戻そう」

 はにかみながら語るアルフレアの言葉に、サクラは無言だった。無表情を貫くサクラに対しフィーリアが何か言おうと前に出るが、それをクリュウが制した。

「クリュウ様?」

「……見てみなよ、サクラの表情」

 言われて良く見ると、フィーリアの表情にも笑みが浮かんだ。

 クールに無表情を貫いているサクラだが、それは平静を装っているに過ぎない。だって、その目の縁にはたっぷりの涙が溜まっていた。

 涙を拭い取り、サクラは顔をうつむかせる。そんな彼女の肩をアルフレッドは静かに叩く。

「……バカね。ほんと、みんなバカばっかり」

「確かにバカばっかりだ。だが、悪い気はしねぇだろ?」

「……そうね。良いバカ達よ、ほんと」

 小さな笑みを浮かべたサクラはゆっくりと振り返り、クリュウの方を見る。彼と目が合うと、頬をほんのりと赤らめた。短くした黒髪を指先でいじりながら、彼女は小さく照れ笑いを浮かべる。

「……私、意外と人望あるみたい」

「意外とって……サクラは十分周りから信用される人だよ」

「……連合が力を貸してくれれば――村は元に戻るよね?」

 どこかすがるような様子で彼に問いかけるサクラに対し、クリュウは「そうだね……」と前置きしながらも、小さく首を横に振った。

「元には、戻らないと思う」

「……そう」

「でもきっと前よりも、ずっといい村になると思う――ううん、しなくちゃいけないんだよ」

 そう言って力強く拳を握り締める彼の言葉に、フィーリアは「そうですね。必ずどこにも負けない素晴らしい村にしましょう」と意気込み、シルフィードも「一度壊れたものを直すというのは大変だ。だが、やりがいはあるな」と頼もしげに微笑みながらうなずく。

「……私も、がんばるわ」

「ボクも微弱ながらお手伝いします」

「シャルもがんばるっすッ。力仕事ならお任せっすよッ!」

「まぁ、関わったからには最後まで見届けないとね」

 サクラ、ルフィール、シャルル、ルーデルもそれぞれ協力は惜しまないと宣言する。そんな彼女達に対し、クリュウは小さく笑みを浮かべながら「ありがとうみんな」と礼を述べる。

「それじゃ、今後の対策を練らないとね。色々な人達が協力してくれるんだ、僕もがんばるぞぉッ!」

 先程までの悲痛に歪んでいた顔から一転。希望が見えた事でやる気を取り戻した村長の言葉に、部屋の中は鬨の声に包まれる。

 士気高く、意気軒昂。前途多難で先の見えない戦いを前にしても、彼らは決して絶望せず前を見据え続け、そして進み続ける。

 盛り上がるクリュウ達を、まるで自分の事のように嬉しそうに笑いながら見守るイリス。そんな彼女と隣で嬉しそうに笑うカレンを盗み見て、こっそりと笑みを浮かべるフリードリッヒ。そしてそんな彼女を見てこれまた嬉しそうに微笑むヨーウェン。

 ――奇跡。

 たった一〇〇人程度が住む小さな辺境の村。特殊な防衛設備もないこの小さな村を舞台にした鋼龍クシャルダオラとの激闘は迎撃組の辛勝という形で終結した。有史以来、今回の戦い――神盾の奇跡と後に呼ばれるこの戦いはまさに奇跡としか言えない戦いとなった。

 若き狩人達の必死の抵抗に加え、その中のたった一人の少年を守る為に大陸最強の軍事大国エルバーフェルド帝国が誇る海上精鋭部隊、大洋艦隊。更には世界最強の軍事海洋国家アルトリア王政軍国が誇る飛行部隊、王軍艦隊が駆けつけ、鋼龍と激しい戦いを繰り広げた。

 更に終戦後、荒廃した村の復興の為にアルトリア王政府、エルバーフェルド帝国海軍、大陸通商連合に加え、後にハンターズギルドという中央大陸において絶大な影響力を持つ二国二組織が協力を行う事となった。

 これを奇跡と言わずして、何と言うのか。

 後に世界史の奇跡の一つとして語り継がれる事になる神盾の奇跡は、こうして幕を閉じた――否、始まったのだ。


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