モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第23話 ハンターの登竜門

 ラミィとレミィと一緒にドスゲネポスを倒してから二週間。その間に二人はドスゲネポス一匹の狩猟を終えていた。その際はゲネポスはあまり数がいなかったので、ドスランポスで慣れたクリュウはあまり苦戦せずに勝利した。

 もう彼は鳥竜種は問題なく倒せるまでになっていた。

 そんな彼に、ハンターが通らねばならない登竜門がついに現れた。

 

「クリュウくん。折り入ってお願いがあるんだが」

 素振りの練習をして小腹が空いたので酒場で軽い食事をしていたクリュウに、村長が困ったように大きな鼻を掻きながら声を掛けてきた。

「何ですか?」

 村長はクリュウの対面に座ると、真剣な顔で一枚の羊皮紙を机に置いた。

「これは?」

「イャンクック討伐依頼だよ」

 突然の事にクリュウは食べていたアプトノスの肉とマイルドハーブを挟んだサンドイッチをのどに詰まらせた。慌てて水を飲んで気道を確保する。

「い、イャンクックを!?」

「うん。セレス密林にイャンクックが現れたって情報が回って来たんだ。まだ現れたばっかりで活動範囲は狭いみたいだけど、このまま拡張するとこの村がイャンクックに襲われる可能性があるんだ。だから早急に討伐して欲しいんだけど、この付近の村のハンターはみんな出払っていて、頼めるのはクリュウくんくらいしかいないんだ。危険だと思うけど、やってくれないかな?」

 突然の飛竜(イャンクックは飛竜と誤解されがちだが、本当はランポスなどと同じ鳥竜種)討伐にクリュウは言葉を失う。

 イャンクック。ハンターなら誰もが必ず通る登竜門。鳥竜種でありながらその体や行動パターンは飛竜に似た部分が多く、飛竜討伐のコツを掴む為にも必ず通らなければならない道。

 ラミィとレミィ、そしてフィーリアもこれを討伐してハンターとして活躍しているのだ。

 ハンターならいずれは倒さねばならない相手、それがイャンクックだ。

 だが、クリュウはうなずけない。

 相手は今までの敵とは比べ物にならないほど強いモンスターだ。大きさは十メートルは近い。これでも飛竜の中では小さい方だから驚きだ。

 そんな強力な相手といきなり戦えと言われても、うなずく事なんてできない。

 まだ自分には早過ぎる。そんな相手な気がした。ドスゲネポスの際はドスランポスを相手にして来たという幾分かの余裕のおかげで自らフィーリアの反対を押し切って戦ったが、今回はまるで違う未知なる相手。それもかつてないほどの強敵だ。クリュウの戦意は限りなく低い。

「悪いですけど村長。まだ僕には――」

「お受けしましょう」

 その突然の声に驚いて振り返ると、そこには春の柔らかな草色のワンピースに麦わら帽子という私服姿のフィーリアが立っていた。いつもの美しいかっこ良さは、今は清楚なかわいさに変わっている。

「ふぃ、フィーリア。今なんて……?」

 驚くクリュウはフィーリアに訊き返す。だが、返って来る言葉は変わらない。

「ですから、そのイャンクック討伐をお受けします」

「あぁ、フィーリアが?」

「もちろんクリュウ様も一緒です」

「僕もッ!?」

 立ち上がって驚くクリュウに、フィーリアは邪心のない柔らかな笑みで「はい」と答える。どうやら冗談ではなく本気のようだ。

「で、でも僕はまだドスゲネポスまでしか倒してないのに! そんないきなりイャンクックだなんて!」

 慌てるクリュウに、フィーリアは真剣な表情を向ける。ワンピースに麦わら帽子でなければもう少し緊張感が増すのだが。

「イャンクックはそれほど恐れる相手ではありません。確かに楽な相手ではないでしょうが、今のクリュウ様の力なら十分戦う事ができます。それに、イャンクックが倒せなくてはこの先ハンターとして戦えません」

「うっ……」

 確かにその通りだ。イャンクックは一番最初の飛竜。これが倒せなくてはハンターとしては致命的だ。だけど、だからといって……

「ぼ、僕、自信ないよぉ……」

 今でこそそうではないが、自分はドスランポスやドスゲネポスについこの前まで苦戦していたレベルのハンターだ。なのに、いきなりイャンクックだなんてそんな……

 うつむくクリュウに、フィーリアは優しく微笑む。

「クリュウ様ならきっと勝てます。私ができる限り支援しますので、行きましょう」

「フィーリア……」

 クリュウはじっと依頼書を見詰める。

 イャンクック。いつかは倒さねばならない相手。そのいつかには決まった期間はない。つまり、今でも……

「村長、ペンをください」

「クリュウくん。じゃあ……」

 顔を上げたクリュウの瞳には、決意の炎が燃えていた。

「この依頼――イャンクック討伐依頼、僕とフィーリアで引き受けます」

 

「ちょっとクリュウ! 本気なの!?」

 酒場を出てすぐ今まで黙って聞いていたエレナが詰め寄って来た。

「うん」

「相手は飛竜なんでしょ!? 危ないわよ!」

「そりゃあ僕はハンターだもの。危険とはいつも隣り合わせだよ」

「そりゃそうかもしれないけど! 怖くないの!?」

「そりゃあ怖いさ。初めての飛竜だし」

 そう言うクリュウの瞳には恐怖がある。いくらフィーリアの援護があっても、今回は今までのランポスの亜種系とは違う。翼を持って空を飛び、他のモンスターを圧倒する生命力を持った、生態系ピラミッドの天辺に位置する飛竜。そんなのを下層の存在でしかない自分達が戦いを挑もうというのだ。怖い訳はない。だけど、

 クリュウは微笑んだ。

「イャンクックを倒さないと、先へは進めない。だったら、全力で倒すだけだよ」

 クリュウの言葉に、隣にいたフィーリアも笑顔でうなずいた。

 エレナはまだ何か言いたそうだったが、二人の笑顔に安心したのか、小さく微笑んだ。どうせ何を言っても無駄だという事は、彼女が一番良く知っている。

「わかった。だったら自分達のベストを尽くしなさい」

「もちろん」

「そのつもりです」

 二人はエレナと別れてアシュアの工房へ向かう。すると、工房の前のカウンターでバルドがアシュアと何かを話していた。

「はいよ。依頼されてた新しい銛(もり)やでぇ。刃には鉄鉱石を圧縮して使ってるから切れ味も耐久性も格段に上がってるでぇ」

「おう。いつもすまねぇな嬢ちゃん。お礼にうまい魚獲って来てやるよ」

「ほんまぁ? うち嬉しいわぁ」

 近づくに連れて聞こえる会話。どうやらバルドは新しい銛をアシュアに頼んでいたらしい。手に持っている銛はきれいに輝いている。

「うん? おうクリュウ! それにフィーリアも!」

 バルドが二人に気づいて声を掛けると、アシュアも「およ? クリュウくんにフィーリアちゃんやないかぁ」と笑顔を向ける。二人はそれぞれあいさつして近づく。

「バルドさん。新しい銛ですか?」

「おうよ! 嬢ちゃんに頼んでおいたのができたって言うから取りに来たんだ。見ろこの輝きを! 相変わらず嬢ちゃんはいい仕事してくれるぜ! そうだ。魚が獲れたら二人にも分けてやるぞ」

「それは嬉しいですね、クリュウ様」

「うん。刺身にでもして食べたいな」

「そうかそうか! じゃあ早速獲って来てやらねぇとな! じゃあな!」

 バルドは銛を手に馴染むように構えたり空を突いたりして慣らしながら去って行った。その大きな背中を見送り、二人はアシュアに向き直る。

「頼んでおいた物はできましたか?」

「できてるでぇ」

 アシュアはフィーリアの問いに笑顔で答えて工房の中に消える。しばらくして戻って来た彼女の手には帽子があった。バトルキャップ。バトルシリーズのガンナー用頭防具だ。

「男性装備は基本的に顔全体を守るタイプが多いんや。せやけどクリュウ君は視界を遮るのが嫌いなんやろ? せやからこれや。ランポスヘルムなんかに比べれば全然弱いけど、視界はバッチリ確保できる。ほら」

 クリュウは礼を言って早速被ってみる。なるほど、本当に帽子型だから視界を遮るものはない。これはいい。

「帽子の中には鉄鉱石や円盤石で作った防御板が入ってるから、ちょっとした衝撃なら守ってくれるで。それとそのゴーグルは砂漠なんかじゃ目に砂が入らなくて便利やでぇ」

「ありがとうございます」

 クリュウは礼を言う。その横でフィーリアはアシュアに明日イャンクックを討伐する話をした。するとアシュアは難しそうな顔をする。

「イャンクックかぁ。せやけどその防具で大丈夫やろかぁ。不安やなぁ。それに武器だってドスバイトダガーじゃちょっと辛くなるでぇ?」

「でも時間がありませんし。これで行きます。この帽子の初陣にもなりますし」

「さっきも言ったけどそれはあんまり頼りにならんでぇ? あくまでないよりはマシって程度であって、イャンクックの一撃を受けたら木っ端微塵やぁ」

 アシュアはむむむと唸る。職人として武器や防具を知り尽くしている彼女だからそういう技術だけではない事を心配しているのだ。だが今さら考えたり慌てたりしても何にもならないのも事実だ。

「そうかぁ。ついにクリュウくんもイャンクックかぁ。うんうん、よっしやぁッ! それなら一日あんたの防具と武器を預かるでぇ。明日までに完璧に整備しといたる!」

「ほ、本当ですか!?」

「うむ! 鍛冶師に二言はないでぇッ! この鍛冶師の魂たるハンマーに誓うで!」

「ありがとうございます!」

「良かったですね。クリュウ様」

 クリュウは着ていた防具を全てアシュアに渡した。アシュアは早速「任しときぃな!」と笑顔で言って工房の中へ入って行った。それを見送り、二人は家に戻った。

 

 エレナの作った夕食を食べ終えた二人は早速明日の狩りの作戦会議を開く事になった。

 長テーブルをクリュウとフィーリアが対面するように座り、横には何となくいるエレナの三人で会議が始まる。

「まずイャンクックですが、今までの相手とは全く違います」

 開口一番にフィーリアが言った言葉がそれだった。クリュウとエレナも真剣な表情になる。

「イャンクックの動きは基本的な飛竜の動きとかなり酷似(こくじ)しています。攻撃パターン、行動パターンなどは後の飛竜の参考にもなります。まずイャンクックは鳥のような羽毛はなく竜のような鱗や甲殻で身を包んでいますが、その姿は限りなく鳥に近いです。そしてイャンクックは同じ鳥竜種のランポス種のように人間を食べたりしません。しかし人間を食べないとは言え、テリトリーを侵害されると容赦なく襲い掛かって来ます。大きな耳が特徴で音にすごく敏感です。ですので隠れて待機していても物音ひとつ立ててはいけません。ですが発達した聴覚は特徴であり弱点でもあります。つまり大きな音には恐ろしく弱いので音爆弾や爆弾を使えば一時的に行動不能になりますのでその間は攻撃チャンスです。まずイャンクックの主な攻撃は嘴(くちばし)をハンマーのように縦に連続して振り下ろす攻撃です。そして体全体で体当たりする突進攻撃。これを受けたら大怪我し、最悪の場合は圧死します。しかしその後突進の勢いのまま前へ転倒するのでそれから立ち上がるまでの間は大きな隙と言えます。さらに途中で翼を羽ばたかせて空へ飛んだり後方へ飛んだりしますが、その突風は簡単に身体が吹き飛んでしまいますので注意してください。そして口からは強力な炎の塊のブレスを吐いてきます。前方へ吐き出すパターンと周りに無茶苦茶に放つ二種類があります。ですが撃ち出す最中は大きな隙なので攻撃はしやすいです。とにかくイャンクックを始め多くの飛竜は前方攻撃が主な攻撃範囲です。ですので常に横や後ろをキープして攻撃してください。でも回転攻撃は注意してください。尻尾をムチのように横へ振り払う一撃は最も回避しづらく強力な攻撃です。ですのでこれは警戒してください。以上がイャンクックの主な攻撃パターンです。そしてイャンクックなどの飛竜は劣勢になると飛び立ってエリア移動しますのでペイントボールやペイント弾は必ず付けてください。イャンクックは体力が相当減ると大きな耳を畳むのでこれがあと少しで倒せるという目印になります。体力が少なくなった場合、怒り状態という攻撃力やスピードが一時的に上昇する事が多々です。危険極まりないこの場合はこれまで以上に気をつけてください。あとイャンクックは音爆弾などを受けて動きが止まった後は必ずこの怒り状態になりますのでご注意を。そしてイャンクックを始め多くの飛竜は大怪我を追うと巣に戻る習性があります。巣に戻った飛竜はそこで休眠します。彼らは寝る事で瀕死の傷をも癒す事ができるので巣に向かったら時間との戦いになります。それらを注意していただければ、イャンクックやその他飛竜も狩る事ができます。質問はありますか?」

 一気に話したフィーリアに対しハンターではないエレナはちんぷんかんぷんだ。一方のクリュウはフィーリアの話した事をこと細かくメモしている。なんとも彼らしい。

「と言っても、私はクリュウ様のように接近戦ではないので戦い方は違いますが、今説明したのは剣士の戦い方なのでご安心を」

 そう付け加えてフィーリアは乾いたのどを潤すように水を飲む。一方クリュウはフィーリアの説明を頭の中で反芻(はんすう)する。ある程度理解すると、今度は質問に変わる。

「閃光玉は効くの?」

「効きます」

「シビレ罠は?」

「効きます。ただし動きが速いので設置する際は十分気をつけてください」

「落とし穴も効く?」

「効きます」

「爆弾はどう設置すればいい?」

「落とし穴かシビレ罠に掛かった時ですね。ただし先のドスゲネポス戦のようにシビレ罠の際はスピードが命です」

「他に注意すべき事は?」

「まわりにランポスがいる可能性もありますので、先にこれを狩った方がいいです。ですので見付け次第すぐに攻撃に入るのもいいですが、あらかじめイャンクックが現れるであろうエリアで先にランポスなどの邪魔なモンスターを狩って待ち構えるのも手です。ただしこれはエリア選択を間違えると大幅なロスになりますので気をつけてください」

 フィーリアはクリュウの問いにさらさらと答える。さすが歴戦のハンター。何でも知っていて頼りになる。

「とにかく、イャンクックはそれほど恐れる相手ではありません。今までどおりベストを尽くしましょう」

「うん」

 クリュウはそれからフィーリアに細かくイャンクックとの戦い方を教わる。そんな二人を邪魔しちゃいけないと、エレナはそっと出て行った。

 ひと段落した頃、バルドが早速魚を持って来てくれた。戻って来たエレナはそれを使って腕を振るって夕食を作り、三人はテーブルを囲んでおいしく食べた。

 その後エレナが帰った後も作戦会議は続き、夜遅くまで行い、クリュウはベッドに倒れるようにして眠りについた。

 

 翌朝、バルドが用意してくれた船に必要な荷物を二人は入れた。今回はシルキーはおやすみだ。彼女の寂しげな瞳にちょっと後ろ髪を引っ張られたが、今回は仕方がない。

 その後クリュウはアシュアの工房へ行ってランポスシリーズ、バトルキャップ、ドスバイトダガーを受け取った。装備してみると、やはりいつもより動きがいい。

「どうや? 動きやすいやろ?」

「はい! ありがとうございます!」

「クリュウくんは成長期やからなぁ。もう小さくなってるんやぁ。せやから継ぎ目を足して伸ばしたんやぁ。これでまた全力で戦えるでぇ」

「はい! ありがとうございます!」

 クリュウはアシュアに礼を言って完全武装して船着場に向かった。そこにはすでに完全武装したフィーリアやエレナ、村長が待っていてくれた。

「頼むよぉ」

 村長の言葉にうなずき、クリュウはエレナを見る。

 エレナはじっとクリュウを見詰めていた。何か言いたそうに口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返す。だがついに決意したようにうなずくと、口を開いた。

「必ず生きて帰って来なさいよ。勝手に死んだりしたら、あんたのお墓にモンスターのフンをぶっ掛けてやるんだから!」

「うぅ、死んだ後までそんな嫌がらせは嫌だなぁ」

「だったら生きて帰って来なさい!」

 そう怒鳴ると、エレナは踵を返して走って行ってしまった。呆然とするクリュウの肩を、フィーリアはポンと叩く。

「女の子を泣かせるのはダメですよ」

「えぇ? 僕が泣かせたの? っていうか泣いてたの?」

 混乱するクリュウの代わりに、フィーリアが村長とあいさつを終えて船に乗り込む。その後にクリュウも続いて乗り込むと、村の漁師の一人が乗り込んで舟をこぎ始めた。彼が今回自分達を送ってくれる船主さんだ。

 離れていく岸で村長達が大きく手を振って見送ってくれた。それに手を振ると、目の前に広がる森を見詰める。この奥に、セレス密林があり、そこにイャンクックがいる。

 自然と拳が握られる。

 クリュウは腰のドスバイトダガーの柄を掴むと、森を鋭い目で見詰めた。そんな彼を横でフィーリアは見詰め、自分も森を見詰める。

 クリュウの初めての飛竜戦が、始まろうとしていた。


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