モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第228話 英雄の証

 すでにまともに風を纏う力も残っていないのだろう。鋼龍クシャルダオラは風の鎧を失っていた。更にエルバーフェルド艦隊との激戦で負った負傷で鋼の鎧も脆くなっていた。ボロボロの姿となったクシャルダオラだったが、その闘争心は全く衰えてはいなかった。

 雄叫びを上げ、クシャルダオラは怒涛の勢いで突撃する。その突進攻撃に対し、正面に展開していたクリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィードの四人は左右へと回避行動を取る。散らばった四人の間をクシャルダオラが通り抜ける。停止すると同時に、一斉に四人が襲撃する。

 まず襲い掛かったのはチーム随一の俊足を誇るサクラ。雷を帯びた刀を構えながら、鋼龍に負けぬ勇ましい雄叫びを上げながら突撃する。背後からの強襲攻撃。雷刀、鬼神斬破刀を構え、クシャルダオラの懐へと入ると、軸足を固定し、怒涛の剣撃の嵐を炸裂させる。荒れ狂う剣撃は、鋼の鎧にそのほとんどを弾かれてしまうが、脆くなった鋼の鎧はその全てを耐え切る程の強度はなかった。ヒビ割れ、迸る電撃が鉄を砕き、粉砕する。露わになったその中の肉に、サクラは容赦なく刀を突き立てる。

「グオオォォォッ!?」

 肉を斬られ、迸る電撃がその肉を焼く。激痛にクシャルダオラは悲鳴を上げるが、すぐに翼を羽ばたかせて空中へと退避する。その風圧にサクラは吹き飛ばされてしまうが、相変わらずのその常軌を逸した身体能力で綺麗に着地し、すぐに追い掛ける。

 後方へと大きく後退したクシャルダオラだったが、着地と同時に今度は一番近くにいたシルフィードが側面から襲い掛かる。

「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!」

 勇ましい咆哮と共に構えたのは鋭い刃先を持つ大剣キリサキ。背後から襲い掛かると同時に掲げた大剣を一気に振り落とす。炸裂した一撃は鋼の鎧を粉々に粉砕。次なる一撃を入れようと構えるが、そこへクシャルダオラが爪を横薙ぎに振るって襲い掛かる。この一撃はガードで耐え、すかさず剣を横薙ぎに振るって爪を弾き飛ばす。

 怯むクシャルダオラに対し、シルフィードは更に前へと出ると強烈な突きの一撃を放つ。鋭い剣先は吸い込まれるようにクシャルダオラの首筋に命中するが、弾かれてしまい不発に終わる。しかし構わず突きの勢いで前進し、剣を戻す勢いも加えて斬り掛かる。怒涛の一撃はクシャルダオラの首元にわずかなヒビを生む。そこに向かって更なる一撃を加えようと構えるが、それよりも早くクシャルダオラが後方へと飛び去った。距離を空けられたシルフィードは無理に追撃はせず、構えたキリサキを背負い直す。大剣はその重さから抜刀時の機動力が低い。距離が離れている時は納刀するのが基本的な戦い方だ。

「やはり、鋼の鎧も相当脆くなっているな」

 これまでとは明らかに手応えが違う。イルファで戦っていた頃よりも相当弱っているらしい。これなら、押し切れる。そんな自信が彼女の中で生まれた。

 シルフィードから逃げるように着地したクシャルダオラ。すかさず反撃に出ようと風ブレスを構えるが、そこへ銃声と共に数発の銃弾が炸裂する。鬱陶しげに振り返ると桜色のライトボウガン、ハートヴァルキリー改を構え銃撃するフィーリアの姿が目に入る。

「幾分か耐久力が衰えていても、やはりなかなか弾が通らない……ッ」

 悔しげに呟きながら、フィーリアは歯ぎしりする。鎧の耐久性が脆くはなっているとはいえ、それでも大多数の飛竜種に比べれば硬い。貫通力が高い貫通弾LV2だが、鋼龍の鋼の鎧相手ではやはり分が悪い。

「それでも……ッ」

 致命打が与えられない事はフィーリア自身予想していた。だが、それはそれで対応のしようがある。銃弾が命中すると貫通はできなくても硬い弾頭が鋼の鎧に当たるたびに火花が迸る。それが鬱陶しいのだろう、クシャルダオラの意識がこちらに向くのを感じた。

「意識を逸らすくらいは、できる……ッ」

 反撃とばかりにクシャルダオラがフィーリアに向かって風ブレスを撃ち放つ。猛烈な風が大地を穿ちながら彼女に迫るが、寸前でフィーリアは横へとこれを回避。すぐに銃撃を再開する。

 鬱陶しい銃弾に追撃を掛けようとするクシャルダオラ。その側頭部で爆発が起きたのはその瞬間だった。

 黒煙を振り払い、苛立ちながら振り返ると、打ち上げタル爆弾Gが更に二発突っ込んで来る。風の鎧を失っている状態では防ぐ事はできない。だがこの爆弾の威力が大した事がないのはすでに知っている。クシャルダオラは構わずこれを受け、自慢の鋼の鎧でほぼ無傷で耐え切る。

 打ち上げタル爆弾Gが命中した事を確認し、クリュウが襲撃を掛ける。姿勢をできるだけ低くしての突撃。彼の中では最速での突撃で接近すると、手に持った煌竜剣(シャイニング・ブレード)で勢い良くクシャルダオラに斬り掛かる。鋼の鎧に一度は弾かれるが、構わず次の一撃を叩き込む。狙うは体中にあるひび割れた箇所。そこに狙いを定め、力の限り剣撃を叩き込む。手に走る衝撃に思わず顔を顰めるが、構わず攻撃を続けるとひび割れがより広がり、鎧は砕け、中の肉が露わになった。そこ目掛け、クリュウは剣を構える。だがそんな彼の思惑に逆らうようにクシャルダオラは身を翻して彼の剣撃を回避。たたらを踏む彼の背後から鋭爪で襲い掛かった。

「がはッ!?」

 鋭い爪の一撃を背後から受けたクリュウは弾き飛ばされ、地面に倒れた。フィーリアの悲鳴にすぐに手を上げて大丈夫だとアピールする。ディアブロメイルの強力な防御力のおかげで大した怪我は負わなかった。

 回復薬を飲む彼の姿を見てほっとするが、すぐに怒りに燃えるサクラ。鬼神斬破刀を構え、迸る雷撃を纏いながら地面を蹴って突貫する。稲妻は彼女の怒りを表すかのようにより密度を高め、激しく、荒々しく迸る激雷となる。

「……はあああああぁぁぁぁぁッ!」

 怒涛の突貫で迫ったサクラは振り上げた鬼神斬破刀を勢い良く振り落とした。激しい一撃は峻烈な雷撃と共にクシャルダオラに炸裂する。尋常ならざる雷撃にひび割れていた鋼の鎧は砕け散り、衰える事なくその下に隠されていた肉を焼き切る。迸る鮮血と響く鋼龍の悲鳴に、サクラは容赦なく刀を突き立てる。

 激痛に身悶えするクシャルダオラに対し、フィーリアも狙いを定めて貫通弾LV2を撃ち放つ。そこへシルフィードが更にクシャルダオラの背後から剣撃を叩き込む。三人の姫のど等の攻撃にクシャルダオラは悲鳴を上げて空へと逃げ出す。だがそこへ今度はクリュウの放った打ち上げタル爆弾Gが二発命中した。風の鎧を失い回避する術もない上、自らを飛ばす風も弱まっているのだろう。二発が爆発した衝撃でバランスを崩したクシャルダオラはそのまま地面へと墜落した。

 横倒しになって悶えるクシャルダオラに対し、雷撃姫が容赦なく襲い掛かる。地面を蹴って空へと飛び出し、クシャルダオラの真上から襲撃する。動けない相手に対し一切の躊躇なく激しい剣撃を浴びせるサクラ。シルフィードとクリュウも攻撃に加わり、フィーリアも速射機能のある通常弾LV2に弾種を切り替えて攻撃を開始する。

 四人の猛攻に倒れていたクシャルダオラは避ける術がない。だが一方的にやられているのもそれまでだった。起き上がると同時に気合で風を展開し、三人の剣士を吹き飛ばす。

 風の鎧を警戒していなかった三人は受け身も取れずに地面に倒れた。慌ててフィーリアが銃撃でクシャルダオラの気を引こうと動く。そんな彼女に対し、クシャルダオラは風ブレスを撃ち放った。連続して三発の嵐に対し、フィーリアは全力で走って何とかこれら全てを回避した。安堵し、改めて狙いを定めようと振り返った瞬間――目の前に鋼龍の凶悪な顔が迫っている事に気づいた。

「え……」

 直後に凄まじい衝撃と共に彼女は吹き飛ばされた。空中へと投げ出されたフィーリアは、そのまま地面へと倒れる。他の三人とは違い、すぐには起き上がれず苦悶に顔を歪めるフィーリア。

「サクラッ!」

「……チッ、面倒掛けさせて」

 悪態をつきながらもサクラは急いで閃光玉を投擲する。炸裂する光の爆発はもう何度目かはわからないが、クシャルダオラの視界を奪う。目の痛みに耐えながら、接近を拒むように暴れるクシャルダオラを放置し、クリュウとサクラ、そしてシルフィードは倒れたフィーリアに駆け寄った。

「大丈夫か?」

「は、はい。何とか大丈夫です」

 シルフィードの肩を借りてフィーリアは立ち上がると、大丈夫だとアピールする。すぐに回復薬グレートを飲むと、ふらついていた足がしっかりしたものに変わった。

「油断しました」

「いや、私達も風の鎧を警戒していなかった。弱っていても、さすがは古龍といった所か」

「……小細工は嫌い」

「サクラの場合は突撃あるのみだもんね」

「……私は突撃バカじゃない」

「ごめんごめん」

 不貞腐れるサクラに対し、クリュウは苦笑交じりに謝る。そんな二人のやりとりに思わず笑みを零したシルフィードだったが、すぐに表情を引き締め直す。

「だが、今ので奴はもうほとんど風の鎧を纏う力が残っていない事がわかった。鋼の鎧も相当脆くなっている。このまま押し切れば――勝てるかもしれないぞ」

 シルフィードの口から飛び出した《勝利》の文字。その言葉に、クリュウは胸の奥が熱くなるのを感じた。

 これまで、クシャルダオラとの激闘には様々な人が力を貸してくれた。

 今ここにいるフィーリア、サクラ、シルフィードはもちろん。ルフィール、シャルル、ルーデル、エリーゼ、レン、そしてカレン。

 彼は知らないが、彼の為に動いているのはもっと大勢居る。それだけの人に支えられ、助けられ、これまで鋼龍と死闘を繰り広げて来た。犠牲は決して少ないとは言えないが――その結果が、ようやく見えて来たのだ。

「もちろん、油断はするな。奴は古龍だ。通常のモンスターとは何もかもが桁違いだ」

「でも、あと少しなんですよね」

「確証はない。だが、決して遠くはない事は確かだ」

 シルフィードの頼もしい言葉に、フィーリアの表情が明るいものに変わる。サクラも無表情を貫いているが、握り締めた拳が全てを語っているかのようだ。そしてクリュウも、

「戦いが終わっても、剣では解決できない戦いが始まる。それはきっと長くて、辛い戦いになると思う。でも――この戦いが終わらなきゃ、何も始まらないんだ」

 固く拳を握り締め、何かを決意した表情で語る彼の言葉に、三人は静かに頷く。村の復興という戦いは、自分達がこれまで剣や刀、銃で戦って来た戦いとはまるで違う。長く苦しく、大変な道のりだ。でも、奴を倒さなければ、それも始まらない。自分達は、前に進めない。

「クリュウ様」

 握り締めた拳を、そっとフィーリアが握り締める。柔らかく、温かく、そしてその優しい手にゆっくりと視線を上げると、真剣な面持ちでこちらを見詰める彼女がいた。

「フィーリア……」

「復興は、並大抵な事ではありません。私の祖国は、二〇年前の大災害からまだ完全には復旧できていないし、火山灰の影響や地殻変動で失われた村や街もたくさんあります」

 フィーリアの故郷、エルバーフェルド帝国はローレライの悲劇と呼ばれる大災害で甚大な被害を受けた。フリードリッヒの絶大なリーダシップとカリスマ性で復旧が急速に行われているのは確かだが、実際はその大部分が都市圏ばかり。未だ、辺境などでは復興がまともに行われていない所も多い。あの大国をもってしても、復興にはそれだけの期間と労力が掛かる。小さな村と大国は一概には比較できないが、復興というものがどれだけ大変かは、変わらない。

「でも、クリュウ様は一人じゃありません」

 まるで天使のような、優しく温かな笑顔が、そこにあった。

「クリュウ様は一人じゃありません。どんなに長く苦しい戦いだとしても、最後まで私がお付き合いします。イージス村は私にとっても第二の故郷ですし。何より、私はクリュウ様のお力になりたい。私は――クリュウ様を心よりお慕い申し上げております」

「フィーリア……」

 満面の笑みで語る彼女の言葉に、胸の奥が熱くなる。先程のとは違う、こみ上げて来る程に強く、でも優しい、そんな熱さ。いや、熱いというよりは温かい、そんな気持ち。

 自分を元気づけようと微笑む彼女。その手は小さくて、細くて、本当にこんな手でライトボウガンを持ち、数多のモンスターと戦って来たのか疑う程に華奢だ。でも、その実力は自分もよく知っている。ずっと助けられて来た、ずっと支えられて来た。

 初めて会った時、こんなにも長い付き合いになるとは思ってもいなかった。長い、と言ってもまだ二年程だ。でも、よく小説の中で言われているが、十代の二年なんて以降の同じ年よりもずっと濃密で、大切だ。その大切な期間を、自分は彼女と一緒に過ごして来た。

 そうだった……

 自分はずっと、彼女と一緒だった。

 楽しい時も、嬉しい時も。悲しい時も、辛い時も。どんな時も、自分は彼女と一緒だった。どんな時も、彼女のその優しくて可愛らしい笑顔に励まされて来た。

 失ったものは確かに多い。でもまだ、自分には――

「おいおい、私の事も忘れてもらっては困るぞ」

 そう言って苦笑を浮かべたのはシルフィード。

 そうだ。今までどんな苦難も窮地も、彼女が頼もしく、そして力強く助けてくれた。それは狩りの時はもちろん、普段の生活においてもだ。チームのリーダーとして、この何かとアクの強い面子をうまく纏め、時には厳しく、時には優しく、自分達を導いて来てくれた。

 彼女がいれば、どんな逆境だって越えられる。そんな自信が、確信があった。

「……私も、妻として全力で支えるわ」

 自信満々に、少々残念な胸を叩いて宣言するサクラ。ある意味、このメンバーの中では彼女との付き合いが一番長い。

 子供の頃は、いつもずっと自分やエレナの後ろに隠れていた、気の弱い女の子。少し会わない間にずいぶんと気どころか度胸まで強くなり、何よりもその類稀なる身体能力で、いつの間にか自分よりもずっと強くなっていた。

 黒髪を靡かせ、刀を振り回し、夜叉の如き猛攻でモンスターを追い詰める。その鬼神の如き強さと、でも神秘的な美しさを兼ね備えた、異国の剣士。

 どんな窮地でも、彼女は颯爽と現れ、その壮絶怒涛の猛攻と突貫でモンスターを撃破して来た。それはきっと、これからも変わらない。

 そう、変わらないのだ。

 自分には――変わらずに自分を支えてくれる者達が、居るのだから。

「ありがとう、みんな」

 それは、自分の心からの想いだった。そんな彼の言葉に、三人は無言で首を横に振った。自分達の間に礼などいらない、そう言いたいのだろう。思わず、笑みが零れる。

 背後で、ゆっくりとクシャルダオラが動き出すのを感じた。閃光玉の効き目が切れたのだろう。振り返ると、案の定クシャルダオラがこちらを向いている。口を開き、空気を吸い込む。歪む空間が、空気の圧縮を表していた。

 臨戦態勢となる四人。そして、強烈な風ブレスが放たれる直前、彼は叫んだ。

「絶対に勝つッ!」

「はいッ!」

「……当然よ」

「当たり前だッ!」

 爆音と共に風ブレスが放たれる。それを左右に散開し、四人は一斉にクシャルダオラに襲い掛かる。

 怒涛の勢いで突貫するのはサクラ。膨大な稲妻を刀に纏わせながら、迸る雷撃に照らされる彼女は、雄叫びを上げながらクシャルダオラに迫る。彼女の接近に後方へと脱しようと空中へと飛び立つクシャルダオラだが――彼女には関係ない。

「……逃すかあああああぁぁぁぁぁッ!」

 風を突き破り、髪を靡かせ、突貫するサクラ。そして、地面を抉る程強く蹴り抜き、彼女は天へと躍り出る。驚くクシャルダオラの真正面へと至った彼女は、そこから一刀両断に鬼神斬破刀を振り下ろす。迸る猛烈な電撃と共に放たれた一撃はクシャルダオラの頭殻を粉砕する。

「ギャアアアアアァァァァァッ!」

 悲鳴を上げ、クシャルダオラはバランスを崩して落下する。地面へと横倒しになった瞬間、猛烈な砲火が彼を襲う。

 中距離からはフィーリアが徹甲榴弾LV2による攻撃。同じくクリュウも打ち上げタル爆弾Gを水平発射して猛烈な爆撃を行う。二人共、まるでサクラが鋼龍を撃墜するのを予感していたかのような速攻だ――否、予感ではない。二人は確信していたのだ。

 サクラなら、やってくれると。

 徹甲榴弾LV2と打ち上げタル爆弾Gの猛烈な砲火にクシャルダオラは悲鳴を上げる。そこへシルフィード、そして着地したサクラが殴り込みを掛ける。

 勇ましい咆哮と共にシルフィードが鎌剣キリサキを振り上げ、一気に振り落とす。とっさにクシャルダオラは翼でガードしようとするが、シルフィードは構わず力の限り一気に剣を叩きつけた。凄まじい切れ味を誇るキリサキは、まるで彼女の想いに応えるかのように光輝き、鋼翼を斬り裂いた。

 シルフィードの斬鉄の一撃は、そのままその下のクシャルダオラの脇腹をも斬り裂き、鋼が飛び散り、真っ赤な血がキリサキの青い刀身とクシャルダオラ自身の鉛色の身を鮮やかに染め上げる。

 クシャルダオラの背後からは雷撃姫が再び襲い掛かる。神鳴を轟かせ、雄叫びを上げながら突っ込むサクラ。鬼神斬破刀は彼女の想いに応えるように激しい雷撃を迸らせ、蒼雷で彼女自身も包み込む。凄まじい電圧が、サクラの黒く艶やかな髪を逆立てる。咆哮しながら突っ込む彼女のそんな姿は、まるで獣を思わせるかのようだった。

 後ろ足を狙って、サクラは怒涛の剣撃を浴びせる。右へ左へ踊るようにステップを決め、刃の威力が最大になる角度を自在に操りながら、激しい剣撃をの嵐。迸る電撃も更にその威力を上げて行き、雷撃の爆音が辺りを劈く。

 打ち上げタル爆弾G攻撃を止め、クリュウも接近戦へと切り替える。二人に遅れてクシャルダオラへと剣を持って襲い掛かるクリュウ。しかしクシャルダオラもいつまでも倒れている訳ではない。体勢を立て直し、起き上がるとその場で後ろ足だけで立ち上がり、咆哮を轟かせる。至近距離でこれを受けたサクラは身動きが取れなくなった。すぐにシルフィードが彼女の肩を掴んで後ろへと放る。その行動を察知していたかのようにクリュウが背後から彼女を抱きとめた。

 怒り状態となったクシャルダオラはすかさず風ブレスで三人を吹き飛ばそうとするが、フィーリアの放った徹甲榴弾LV2が頭部に命中。炸裂する爆発に意識を逸らされた。その隙に三人は鋼龍と距離を取った。

 距離を取り、態勢を立て直す三人。

「……助けてくれてありがとう、クリュウ」

「いや、助けたのはシルフィだよ」

「そうだぞ。礼を言うなら私に言うべきだ」

「……私達の間に礼なんていらない」

「君は本当に欲望に素直だな。呆れを通り越して感心すらしてしまうぞ……」

 命懸けの戦いの最中でも、ある意味自分のペースを崩さない。それがサクラ・ハルカゼという娘だ。そんな彼女の姿勢を改めて見て、思わず苦笑を浮かべるクリュウとシルフィード。しかしすぐに狙われたフィーリアの援護に走る。

 フィーリアを狙って突撃したクシャルダオラの背後からまずサクラが斬り掛かる。だが寸前でクシャルダオラは上空へと舞い上がった。空中で振り返った鋼龍は背後から迫っていたシルフィード目掛けて上空から襲い掛かる。鋭い爪を振り上げ、一気に振り落とす。上空からの強襲攻撃に対し、シルフィードは回避できないと判断してガードする。

 鋭爪が刀身にぶつかった瞬間、甲高い金属音と共に激しい火花が迸る。頭上からの衝撃にシルフィードは顔を苦悶に歪めながら足を踏ん張って耐え抜く。力で押し切ろうとするクシャルダオラは更に力を込めようとするが、そこへ側面からサクラが斬り掛かる。だが寸前でクシャルダオラ滑るようにこの攻撃を回避した。

 不発に終わった一撃に舌打ちしつつも、サクラはすぐに反転してクシャルダオラを追う。そのクシャルダオラの足元に先回りしていたクリュウが攻撃を開始するのが彼女の目に映った。

「クソッ、剣が届かないッ」

 クリュウは剣を掲げるように斬りつけるが、片手剣の短い刀身ではなかなか浮遊(ホバリング)しているクシャルダオラに届かない。苛立つ彼に向かってサクラが「……クリュウ離れてッ」と叫びながら突っ込んで来る。クリュウはすぐに彼女の邪魔にならないように撤退する。片手剣に比べてリーチの長い太刀なら、何とか届くかもしれない。

 自分は奴が降りて来たら攻撃すればいい。そう思い、鋼龍から距離を取る。だがそんな考えを元に行動する彼に対し、クシャルダオラがサクラを無視して襲い掛かる。

 突如クシャルダオラは上空で体を水平にすると、逃げるクリュウ目掛けて滑空突進で迫る。慌てて加速したサクラだったが、振り下ろした剣先はわずかにクシャルダオラには届かなかった。

 迫るクシャルダオラに対し、クリュウは盾を構える。直後に激突し、クリュウは跳ね飛ばされた。地面の上を転がるようにして倒れたクリュウだったが、すぐに起き上がると横へ跳んだ。そこへクシャルダオラの放った風ブレスが炸裂。一瞬前まで彼が倒れていた場所が抉り飛ばされる。

 攻撃を回避したクリュウを狙って更なる風ブレスを撃ち放とうと構える鋼龍。それを側面からシルフィードが阻止に掛かる。構えたキリサキを雄叫びを上げながら一気に振り落とす。強烈無比な一撃はクシャルダオラの鋼の鎧を砕き、血を迸らせる。

 悲鳴を上げ、クシャルダオラは後方へと滑るように移動する。それを追撃するようにサクラが怒涛の勢いで突貫を仕掛ける。

 一方で倒れたクリュウにフィーリアが駆け寄るが、クリュウは「大丈夫」と言って一人で立ち上がった。

「あれだけの傷を負っていても、やはり侮れませんね」

 驚嘆するフィーリアの言葉にクリュウは静かに頷いた。

「さすが古龍……やっぱり一筋縄じゃいかないね」

「ですが、やはりこれまでのクリュウ様の奮闘で弱っている事は確か。気を緩める事なく、確実に攻撃を積み重ねていけば、押し切れます」

「そうだね。それに、何とか今日中に決着をつけないとね」

「確かに、これ以上の戦闘は避けたい所ですよね」

「もちろんそれもある。でも、僕にとっては今日は特別な日なんだ」

「特別な日?」

 訝しがるフィーリアの問いに、クリュウはふと村の奥の方を見詰める。その先にあるのは――村の共同墓地。

 

「――今日は、母さんの命日だから。ちゃんと、あいつと決着をつけないと」

 

 クリュウの口から語られた言葉に、フィーリアは目を丸くして驚く。

「……いつから、気づかれていたのですか?」

「って事は、フィーリアは気づいてたんだ」

「は、はい。シルフィード様が――あの鋼龍はきっとクリュウ様のお母様、アメリア様を討った仇敵だと」

「そっか……」

 驚くフィーリアに対し、クリュウはとても冷静だった。今目の前に居るのが、母親を殺した相手だとわかっているのに、彼は怒り狂う事もなく、ただ平静で武器を構えている。あまりにも静かな彼の様子に、フィーリアは訝しがった。

「どうして……」

「古龍は情報が少ないけど、でも基本的な行動原理は解明されている。教科書にも、鋼龍は約十年周期で特定の場所で脱皮するって書いてあったからね。母さんが死んだのはまさにこんな天候の時だった。そして、周期的にも重なる。何より、あの母さんが敗北したような相手だ。それが並のモンスターじゃない事は確かだ。これらの要因を考えれば――奴が母さんを殺した相手だって事は予想できる」

 淡々と語る彼の言葉に、フィーリアは首を激しく横に振った。

「違います。なぜ、そんなにも落ち着いていらっしゃるのかとお尋ねしているのです。相手はお母様の仇、村を壊されたという恨みも加われば、普通なら憎悪の対象です。なのに、なぜクリュウ様は……ッ」

「復讐からは何も生まれない。そうサクラに言ったのは僕だ。だから、僕は相手を恨んだりしない」

「でも……ッ」

「――もう、過去の事だよ」

「……ッ!」

 静かに語る彼の言葉に、フィーリアは言葉を失った。そこにあったのは、どこか淋しげに微笑む彼の姿。いつも自分達を励ましてくれるあの優しげなものとはまるで違う、冷たい笑顔だった。

「今更あいつに恨みを抱いて倒しても、母さんは戻って来ない。それに、ただ復讐の為だけにあいつを倒したら、僕の身を案じて集まってくれたルフィール達に申し訳がないでしょ。僕にとって母さんは大切な存在だ。同時に、ルフィールやフィーリア達も僕にとっては大切な存在。その想いを、自分の自己満足の為に踏みにじりたくはない」

「クリュウ様……」

「言ったでしょ? 僕達の戦いは、村を取り戻す為の戦い。復讐の為じゃない、明日を取り返す為の戦い。それに、母さんはきっと僕に復讐なんて望んでほしくはないと思ってるから――あの人は、本当に僕の事を愛してくれてたから。僕の幸せを、本当に願ってくれていたから」

 そう言って彼が浮かべた笑顔を見て、フィーリアの口元にもわずかな笑みが浮かんだ。

 そう、この笑顔だ。

 幸せそうに、明るく、優しく微笑むクリュウ。その笑顔は、本当に素敵だった。人の為に一生懸命になれる、お人好しな、彼の優しい笑顔。自分やサクラ、シルフィードにエレナ、様々な人が、この笑顔に助けられて来た。

 相手が母親の仇だとわかっていても、皆の想いを考えてすでに自分の中で決着をつけているのだ。

 どうやら、自分の心配は杞憂だったらしい。

「そうですね。あと少しで、イージス村を私達の手に取り返せます。その為にも、明日の為にも、私達は勝たないといけない――絶対に勝ちましょう」

「言われるまでもないよ」

 笑顔で語るフィーリアに、クリュウもまた笑顔も返す。だがその笑顔もすぐに消え、真剣な面持ちで前方に向き直る。その視線を追うと、サクラとシルフィードの猛攻に耐え、二人を跳ね返す鋼龍クシャルダオラの姿があった。

「一旦態勢を立て直すよ」

 そう言ってクリュウは道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出すと、クシャルダオラに向けて投擲。炸裂する閃光玉の輝きがクシャルダオラの視力を奪い、前線の二人が後退する。代わりにクリュウとフィーリアの二人が突撃する。

 下がったサクラとシルフィードはすぐに砥石を使って衰えた切れ味を正す。同時に携帯食料でスタミナを回復させる。そのわずかな隙を作り、同時にその隙の間も戦いを挑むクリュウ。

 突撃するクリュウを援護するようにフィーリアは銃撃を開始する。視力を奪われ、やたらに暴れるクシャルダオラはこの攻撃で敵の方向を掴み、そこに集中して風ブレスを連続で撃ち放った。だがこれはフィーリアの作戦だった。クリュウが突撃する方角とはまるで違う方向から攻撃し、相手をこちらに引き付ける。

 フィーリアの作戦は見事達成し、クリュウは何の弊害も受ける事なく側面からクシャルダオラを奇襲した。まず二発の小タル爆弾Gを投擲し、突然側面から攻撃を受けた事で驚くクシャルダオラに対して今度は剣で斬りつける。

 ようやくフィーリアの攻撃が陽動だと知ったクシャルダオラはすぐにクリュウを迎撃するように爪を振り上げるが、そこへフィーリアの放った徹甲榴弾LV2が炸裂する。強力な爆発はこれまでの戦闘で疲弊していた鋼龍の鋭爪を砕く。爪が割れ、悲鳴を上げるクシャルダオラに今度は側頭部へ徹甲榴弾LV2が命中。

 クリュウへの反撃をする暇もなく、クリュウはこの隙に連続して剣を叩き込んだ。だがそれも数秒の事。すぐにクシャルダオラは視力を回復し、敵の姿を確認して今度こそ反撃に出る。至近距離で踏み潰そうと突撃を仕掛けたのだ。だが、それを遮るように背後からサクラとシルフィードが攻撃を仕掛ける。二人同時に刀と剣をそれぞれ構え、無造作に投げ出されている尻尾に向かって刃を翻す。その一撃は一瞬硬さに弾かれそうになるが、構わず力を入れると刃は尻尾の中へと入り、次の瞬間――尻尾は先端部分から先が斬り飛ばされた。

「ギャアアアアアァァァァァッ!?」

 切られた尻尾から大量の血を流しながら激痛に悶え苦しむクシャルダオラ。だが痛みに苦しんでいる暇もなく、サクラとシルフィードは追撃。互いに連携しながら左右から同時に攻撃を仕掛けた。

 シルフィードは一撃必殺の重量級の剣撃を。サクラは鮮やかにして怒涛の剣撃の嵐を。二人の猛攻に、クシャルダオラは怒り狂いながら反撃に出る。だがそこへ今度はクリュウの撃ち放った打ち上げタル爆弾Gが二発命中する。黒煙に視界を封じられた一瞬、晴れた次の瞬間には目の前に剣を構えたクリュウの姿があった。

「喰らえッ!」

 クリュウは振り上げた煌竜剣(シャイニング・ブレード)を勢い良く振り落とす。炸裂する一撃はクシャルダオラの側頭部に炸裂する。火花を散らせながら鋼の鎧と煌竜剣(シャイニング・ブレード)の刃がせめぎ合い、深い傷跡を残した。それはかつて彼の母が遺した傷跡をなぞるように抉っていた。

 クリュウの攻撃を援護するように三人も連携して攻撃する。だがクシャルダオラはこれらの攻撃から脱するように空中へと脱する。そのまま四人から距離を取って着地すると威嚇の声を上げ、怒り狂いながら反撃の突撃を仕掛ける。

 軽やかな足取りでの速攻突撃。迫り来る鋼の鎧に対して四人は避けようと散開するが、クシャルダオラは突如四人の前方で再び飛び上がると、そこから辺り一面を薙ぎ払うように滞空放射ブレスを放つ。地面を抉りながら横一直線に炸裂した風ブレス。抉られた土片が空を舞い、雨のように辺りに降り注ぐ。

 四人は抉られた地面の後方へと集結し、態勢を立て直す。

 サクラとシルフィードが前面に出て、フィーリアを守るようにクリュウが前に出る。集結した四人はゆっくりと地面へと降り立つクシャルダオラを警戒しながら注視する。そんな中、クリュウはふと空を見た。

 相変わらず空は曇天が覆い隠しているが、よく見れば所々に穴があき、そこから日の光がわずかに大地へと注いでいる。辺りの風もいつの間にかかなり弱くなっている。

 鋼龍は嵐と共に現れる。この異常な気象現象はおそらくあの古の龍王の力なのだろう。だとすれば、雲が緩み、風が勢いを失っているこの状況は、奴の力が弱まっている証ではないか。

 あの古の龍王が、いよいよその力を失おうとしている。それ程までに、自分達は奴を追い詰めているのだ。あと少し、あと少しで――勝てる。

 手に持つ、従姉妹イリスから預かった煌竜剣(シャイニング・ブレード)は、まだまだ戦える。美しく刃を煌めかせるそれは、まるでイリスが自分を鼓舞しているかのようだ。

 体は正直もう限界に近い。ぶっ通しでずっと鋼龍と戦っているのだ。疲労もかなり蓄積しているし、正直全身が痛い。それでも、あと少しなのだ。

 最初に会った時、まるで敵わなかった鋼龍。でも、それをあと少しまで自分達は追い詰めている。

 あと、少しなのだ。

 ゆっくりと着地したクシャルダオラ。だが一瞬踏み外したのかバランスを崩す。すぐにたて直すが、それは奴がもう疲れ切っている証拠だ。

 クリュウはゆっくりりと前に出る。シルフィード、サクラの横を通り抜けて最前面へ。クシャルダオラの視線が自分に向くのを待ってから、クリュウは不敵に微笑む。

「さぁ、力尽きるまで戦おう。思う存分、後腐れなく、決着をつけるぞ鋼龍ッ!」

「グオオオオオォォォォォッ!」

 雄叫びを上げ、クリュウとクシャルダオラが突撃する。三人も彼を追って突撃。

 激しい激戦は、それからしばらく続いた。

 

 轟く大爆音。イージス村の西側、崖沿いに面した小さな平野で巻き起こった爆風は辺り一帯の土や草を吹き飛ばし、木々は激しく枝を揺らす。

 天高く上って行く漆黒の黒煙と、荒々しいまでの火柱。それはクリュウが残された最後の大タル爆弾Gを爆発させたものだった。しかし火炎の柱の中から逃げるようにして鋼龍は現れる。全身は満身創痍と言うに相応しい程に壊れ、鋼の鎧はひび割れ、変形していた。もはやそよ風程度の風すらも起こせず、着地すると同時に膝から崩れ落ちる。

 そんな彼を包囲するようにクリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィードが展開する。だがそのいずれも顔も疲れ切っていた。特にクリュウはサクラの肩を借りて何とか立っていられる程にまで弱っていた。他の三人と違い、ずっとこの村で激闘を繰り広げていたクリュウ。すでに、その体力は限界に達していたのだ。

 更に、今の攻撃で最後の大タル爆弾Gも使ってしまった。村中に設置してあった様々な道具類もほぼなくなり、事実上これが最後の作戦だった。後は、文字通り己の体のみの戦い。しかしその肝心の体はすでに疲労でまともに動かない。クリュウは気力だけで戦っていたが、もはやそれも尽きかけていた。

 荒い息を繰り返し、濁った瞳で懸命にクシャルダオラを睨みつける。せめて闘志だけは失わまい。そう必死になる彼の姿はあまりにも痛々しく、サクラは目を合わせる事ができなかった。

 フィーリアはそんな彼を心配しつつも、ハートヴァルキリー改を構える。新たな弾を装填(リロード)し、銃口をクシャルダオラに向ける。シルフィードもキリサキを構え、最前線に挑み出る。

 まだこちらへ向かって来る敵に対し、クシャルダオラは威嚇の咆哮を轟かせる。それは血を吐きながらの濁った雄叫び。それでも、敵に対して一切の手抜きもなく戦おうとする彼の本気に、離れてはいても恐怖心を抱かずにはいられない。フィーリアの銃口は震え、キリサキを構えるシルフィードの目が鋭くなる。

「決着をつけるぞ。ここで奴を仕留めるッ!」

 意気込むシルフィードの声にフィーリアは頷き、再び銃を構え直す。その時、辺りを支配していた黒煙が晴れ、一帯の景色が一望できるようになった。その瞬間、フィーリアは声にならない悲鳴を上げた。

 突然、フィーリアから戦意が失われた。それを感じ取ったサクラが瞳を鋭くさせる。

「……何をしているの? 銃を構えなさい」

「だ、ダメです。ここじゃ戦えませんッ」

「……なぜ?」

「だってここは――」

 濁った瞳でクリュウが辺りを見回すと――そこは墓地だった。

 いつの間にか四人はクシャルダオラを追い詰めて村の奥地、この西端に位置する村の共同墓地にまで達していたのだ。先程の爆発では奇跡的に墓石などに被害はなかったが、ここで戦えば墓地が破壊される事など明らかだった。

「こんな所では戦えませんッ」

「……そんな余裕はない。ここで奴を倒す」

「眠る死者の上で、争いなんてできませんッ!」

「決していい気持ちはしない。だが、こちらもいっぱいいっぱいなんだ。ここで奴を押し切れなければこちらの負けだ。覚悟を決めろフィーリア」

 シルフィードの言葉に食い下がろうとするフィーリアだったが、サクラの肩を借りて立っていられるのがやっとのクリュウの姿を見て、悩んだ末に再び銃を構えた。これ以上、彼に負担を強いてはいけない。そう判断した結果だった。

 いつの間にかすっかり空の雲は消え、辺りは夕焼け色にそまっていた。気づかない間に、どうやら夕暮れを迎えていたらしい。この村の共同墓地は西端に位置している為、海に没する夕陽を一望できる。空も海も大地も、全てが茜色に染まっている。

 傷ついた鋼龍の体も、鉛色ではなく温かな夕日色に染まっていた。迫り来る敵に対し、力を振り絞って立ち上がる。ここで決着をつける、それは彼も同じだった。

 例えここで敗北しても悔いはない。邪魔な敵に阻まれもしたが、自分は彼との戦いを思う存分戦えた。勇気あるこの少年との戦いは、実にやりがいがあった。今まで多くの敵と戦って来たが、こんな気持ちは彼女以来だった。

 もしも悔いがあるとすれば、やはりもう一度彼女と戦いたかった。

 覚悟を決め、血反吐を吐きながら鋼龍は最期の突撃を仕掛けようと姿勢を低くする。相手もこちらの意図を察してか迎撃の構えを見せる。

 一瞬の沈黙、そして敵に向かって壮絶怒涛の突撃を仕掛けようと大地を蹴る――寸前、風が吹いた。

 自分の力とは違う、自然の風。普通なら気にも留めない、柔らかなそよ風。だが、彼の突撃は止まった。

 突然動きを止めた鋼龍に対し、迎撃の構えを見せていた四人もまた困惑する。なぜなら、これまで辺りを支配していた殺気や緊迫感が、今の一瞬で全て消えてしまったからだ。まるで、クシャルダオラから戦う意志が失われたかのような、そんな奇妙な感覚。

 訝しがるフィーリア、サクラ、シルフィード。だが、そんな中クリュウだけは気づいていた。先程まで自分達を向いていたクシャルダオラが、今は別の場所を見詰めている事に。

「そっか……」

 クリュウはゆっくりとサクラから離れると、心配する彼女を置いて一人クシャルダオラに近づく。驚き付き従おうとする三人を制し、クリュウはたった一人でクシャルダオラに近づく。鋼龍は、そんな彼の接近にも気づいていないようだった。

 そよ風の中にあった、一瞬の香り。それは、忘れもしないかつて激闘を繰り広げた彼女の香りだった。

 なぜ今頃彼女の匂いがしたのか。不思議に思い、匂いのした方向を見ると、そこには妙な石が置かれていた。決して自然にできたものではなく、作られたものだとわかる十字架。匂いは、わずかだがそこからしていた。

 なぜ、彼女の匂いが土の中からするのか。十字架や墓地という概念がない彼でも、その意味を察するのに時間は掛からなかった。

 ――そうか。彼女はもう……

「ごめんねクシャルダオラ。母さんは、もうこの世にいないんだ」

 これまでとは違い、優しげな敵の声に振り返ると、そこにはたった一人であの少年が立っていた。こちらを、どこか淋しげな視線で見上げている少年。その悲しげな微笑みが、かつての彼女と重なった。

 そして、全てを悟った。

 なぜ彼と彼女が似ていると思ったのか。

 なぜ彼との戦いが、まるで彼女との戦いのように楽しかったのか。

 なぜこの土の下から彼女の香りがするのか。

 そしてなぜ――彼があんな笑顔を浮かべているのか。

 人間とは異なる思考を持つモンスター。だがこの瞬間人間とモンスターの心が通い合った。

 クシャルダオラはゆっくりとアメリアの墓石の前に座ると、鼻先で十字架に触れる。

 ……あぁ、そうか。君はもう――死んだのか。

 胸の奥に、言いようのない虚無感。ぽっかりと穴があいたような、そんな感覚。これまで感じた事のない感情が溢れ、視界が歪む。

 それは、彼が生まれて初めて感じた感情――悲しみ。

 刹那、クシャルダオラは天高く咆哮を轟かせた。

 辺りに居る敵に威嚇するものではなく、悲鳴にも似たその声は、まるで彼の龍が泣き叫んでいるかのように感じられた。

 アメリアの墓の前で、ただひたすらに咆え続ける鋼龍クシャルダオラ。この行動を、クリュウだけではなく他の三人も理解した。そして、ゆっくりと武器を下ろす。

 もう、彼に戦う意志はない――戦う理由が、なくなった。

「モンスターと人間。決して互いに理解し合う事などできない。そう思っていました」

「……何を当たり前の事を言ってるの」

「だが、今この瞬間だけは、それを撤回してもいいのかもしれんな」

 三人の言葉に、クリュウは何も答えない。ただ、無言で泣き叫ぶクシャルダオラを見詰め続けていた。

 クシャルダオラの絶叫は、まるで永遠にも感じられた。だがその実は数十秒程だった。口を閉じ、ゆっくりと振り返ったクシャルダオラの瞳にはすでに先程までギラギラと輝いていた闘争心は失われていた。そしてそれはクリュウもまた同じ。濁った瞳はいつの間にか澄んだものに変わり、柔らかなカーブを描く。

「僕達が戦う理由は、なくなった。鋼の龍王よ、君は君の世界に帰るんだ。お互い、自分達の日常に戻ろうよ」

 クリュウの言葉に、三人は目を見張る。慌ててフィーリアが「何を言っているんですかッ!? 決着をつけないとッ!」と駆け寄る。

「……奴を倒す。そう決めたはず」

「いいのか?」

 サクラとシルフィードも駆け寄って来るが、すでにクリュウには戦う力も気もなかった。穏やかに微笑みながら、クシャルダオラを見上げる。

「今度は、僕が君の所に行くよ。その時こそ、決着をつけよう。いい戦いだった――ありがとう」

 クシャルダオラに向かって礼を言う彼の言葉に、三人はもう黙るしかなかった。愛する彼が決めた事、自分達はそれに従う。何よりも、普通に考えればおかしな事のはずなのに、実に彼らしいと思ってしまう。

 剣を納めた敵を見て、全てを悟った鋼龍クシャルダオラ。そして――

 大きく翼を広げ、鋼龍は飛び上がった。

 ゆっくりと高度を上げて行き、遥か彼方まで上り上がると、そこから西の空に向かって飛んで行った。

 夕陽に向かって消えていく鋼龍。クリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィードの四人は静かにその姿が消えるまで見送り続けた。

 茜色に染まる村を舞台にした一頭の古龍と、一人の少年とそれに協力する為に集まった戦士達の戦いは、ここに幕を閉じたのであった。


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