モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第219話 壮絶な死闘の果てに 燃ゆる空に轟きし激戦の終音

 怒りの声を上げるクシャルダオラに向かって、先陣を切るようにルーデルが突っ込む。移動速度強化されている彼女の歩みは、重い狩猟笛を持っている事を感じさせない軽やかにして疾い。

 向かって来るルーデルに向かってクシャルダオラが狙いを定めようとした瞬間、そのこめかみにレンの放った通常弾LV2が命中する。それ自体は大した事はないが、一瞬だけクシャルダオラの意識が逸れた。その一瞬で近づいたルーデルは再び振り返るクシャルダオラの眼前に迫る。その瞬間、ルーデルはしゃがみ込んだ。それはクシャルダオラからすればまるで彼女が一瞬で消えたような錯覚を覚える。驚くクシャルダオラの顎の下から、ルーデルは不敵に微笑みながらサクラノリコーダー改を振り上げた。重量があり硬い鐘の部分がクシャルダオラの顎を打ち上げる。悲鳴と共に辺りに響いたのは、サクラノリコーダー改の美しい音色だ。

 初撃を見事炸裂させたルーデルだったが、クシャルダオラも負けじと鋭い爪を彼女に向かって振り下ろす。だがそこはベテランのルーデル。顎を殴った勢いを殺さずに後方へとサクラノリコーダー改を振り、鐘の部分が地面にめり込んだ瞬間に自らもジャンブ。棒高跳びの要領で後方へと大きく後退してこれを回避した。

 攻撃を避けられた事に苛立つクシャルダオラに向かって、クリュウが突っ込む。姿勢をできるだけ低くさせて、少しでも風の抵抗を抑えた彼の最速の突撃。クシャルダオラはまだルーデルを見ていて彼の存在に気づいていない。その隙に距離を詰めると、クシャルダオラの左前脚に向かって剣を振り下ろす。今まで何度も自分を吹き飛ばしていた風の鎧は、もう存在しない。

 何の抵抗も受ける事なく、剣先はクシャルダオラの左前脚の関節部分にヒットする。そこで初めてクシャルダオラは彼の存在に気づいたが、もう遅い。クリュウは続けざまに二度三度と攻撃を積み重ねる。鬱陶しい攻撃を繰り出す彼を振り払おうと腕を振り上げるクシャルダオラだが、そこにレンの集中砲火が炸裂して意識を削がれる。更に遅れて接近していたエリーゼがクシャルダオラの右斜め後ろに陣取って砲撃を炸裂させる。肉質無視の衝撃にクシャルダオラが一瞬バランスを崩した。

「私を忘れてもらっては困るわね」

 ニヤッと不敵に微笑みながら、クシャルダオラの側頭部に向かってルーデルはサクラノリコーダー改を振り殴る。強烈無比な一撃に鋼龍は悲鳴を上げて後退した。翼を広げて大きく後ろへとジャンプしたクシャルダオラは着地すると威嚇の声を上げる。だがそんなもの恐れるような彼女ではない。

「はいはい、寝言は寝て言おうねッ!」

 容赦なくルーデルは閃光玉を投擲してクシャルダオラの動きを封じた。すかさず突撃して唸るクシャルダオラの顔面にサクラノリコーダー改を叩きつける。どんな時も全力で戦う、実に彼女らしい戦い方だ。

 同時にエリーゼも鋼龍に接近をして砲撃を加えていく。鋼の鎧を持つクシャルダオラ相手に自分の武器の切れ味ではまともに攻撃できないと判断したのだろう。彼女はどうやら砲撃主体で攻撃を加える事に決めたらしい。実に効率の良い武器運用だ。

 一方でレンも貫通弾LV2を主力に攻撃を積み重ねていく。冷静に動かぬクシャルダオラに向かって集中砲火を浴びせている。以前彼女の実力を見ていたクリュウだったが、以前にも増して勇猛に戦う彼女の姿に思わず笑みが浮かんでしまう。

 少し会わない間に、自分と同じように彼女達も成長していた。それはルフィールやシャルルも同じ。皆、いつまでも止まっていない。常に前に向かって進み続けているのだ。こんな危機的状況だというのに、皆が前に進んでいる姿を見て、何だか嬉しくなってしまう。

 だが、いつまでも好き放題やられている古龍ではない。視界を封じられながらも前脚を振り上げて前方を薙ぎ払う。次なる一撃を叩き込もうと構えていたルーデルはこの思わぬ反撃に慌てて後退してこれを回避。直後に閃光玉が解けると、クシャルダオラは彼女に向かって突進を仕掛ける。バックステップで距離を取っていたルーデルはこの突然の接近に対応し切れずに激突し跳ね飛ばされた。

「この野郎ッ!」

 振り切られたクリュウがクシャルダオラを追って接近する。レンも中距離を保ちながら射撃してクシャルダオラを攻撃する。だがクシャルダオラは構わず地面に尻もちを着いたルーデルを追撃。迫り来る鋼龍を前にルーデルは息つく暇もない。

「チィッ……」

 舌打ちしながら起き上がる事は諦めて横へ転がってクシャルダオラの鋭爪を回避する。詰めの一撃を回避されたクシャルダオラは恨めしげに彼女を睨みつける。息が上がりつつも、そんな鋼龍の視線に対してニヤッと不敵な笑みを浮かべる。その挑発を理解したかどうかはわからないが、クシャルダオラは更なる追撃を彼女に仕掛けようとする。だがそこへ煌竜剣(シャイニング・ブレード)を構えたクリュウが襲い掛かる。

 背後から襲い掛かったクリュウは煌竜剣(シャイニング・ブレード)を鋼の鎧に叩きつける。だがこれまでと違ってその鋭い刃は鋼の鎧を傷つける事はなく、甲高い音と共に弾かれてしまう。

「またか……ッ」

 悔しげに顔を歪めるクリュウ。煌竜剣(シャイニング・ブレード)は最高の切れ味を持つ武器ではあるが、無敵ではない。何度も攻撃を積み重ねれば、当然切れ味は鈍る。特に相手は非常に硬い鋼龍。これまでも何度も砥石を使って切れ味を正して来たが、またしてもその時が来てしまった。しかも、タイミングは最悪と言える。

「このぉッ!」

 ルーデルを追おうとするクシャルダオラを何とか止めようとクリュウはムキになっていた。切れ味が悪い状態で戦ってもダメージはまともに与えられない。それでも、攻撃をやめる訳にはいかなかった。

「どきなさいバカッ!」

 無茶な突撃を仕掛けようとした矢先、そんな彼の肩を無理やり後ろに引っ張って前に出る者がいた。全身を岩のような鎧で身を守ったエリーゼだ。エリーゼはクシャルダオラの背後から武器を構えると続けざまに砲撃を連発する。弾倉の中が空となると同時にクシャルダオラが目標をルーデルから背後で鬱陶しい攻撃を重ねたエリーゼに変える。自分の方へと向き直るクシャルダオラを見てエリーゼはニヤリと笑った。

「――レエエエェェェンッ!」

「――はいッ!」

 エリーゼの声よりも早く、レンは彼女の考えを読んで行動していた。振り返ったクシャルダオラの眼前に閃光玉が炸裂してその視界を奪う。悲鳴を上げて再び視界を封じられたクシャルダオラ。エリーゼはそのまま装填(リロード)すると、再び砲撃を浴びせる。レンも貫通弾LV2で援護する。

 動きを封じられたクシャルダオラに向かって二人が猛攻を加えている間に、クリュウは砥石を使って切れ味を正す。ルーデルも何とか脱出し、再び演奏を開始して全員のスタミナを強化する。そんな彼女に砥石を使い終わったクリュウが駆け寄った。

「ルーデル、大丈夫?」

「無問題(カィネソルゲ)。ちょっと焦ったけど、まぁこの通りよ」

「……もう、あまり無茶しないでよ」

「切れ味の悪くなった武器で挑みかかろうとするあんたも大概だけどね」

「いや、それはまぁ……」

「――でもまぁ、ちょっとかっこ良かったわよ」

「え?」

 視線を泳がしていたクリュウがルーデルの聞こえづらなかった言葉に振り返ると、そこには頬を赤らめながら先程までの自分と同じように視線を泳がす彼女の姿があった。頬を掻きながら、できもしない口笛を鳴らしてみたりしている。

「狩猟笛は吹けても、口笛は吹けないんだね」

「う、うるさいわねッ! ほら、さっさと前線に戻るわよッ!」

 ウーッと唸りながらルーデルは背を向けると、サクラノリコーダー改をブンブンと振り回す。どうやら本当に体の方は大丈夫なようだ。それを確認してほっと胸を撫で下ろしたクリュウはピカピカに刃を磨いた煌竜剣(シャイニング・ブレード)を天に向かって掲げる。

 鋼色の刃をキラキラと反射させると、その光は橙色に輝いた。いつの間にか、日はすっかり傾いて夕暮れ時になっていた。自分でも気づかない間にずいぶんと時間が経っていたらしい。村の上空は重い鈍色の雲が垂れ込めているが、遠くを見れば晴れている光景は村を襲う異常を表しているかのようだ。

「日が沈む前に、決着をつけられればいいけど……」

 それが自分の希望的観測だという事くらいわかっている。相手は無尽蔵とも言えるスタミナを持つ古龍だ。これまで仲間と共に積み重ねたダメージが一体どれだけになっているのかはわからないが、クシャルダオラの様子を見るに夕暮れまでに決着がつくような兆しは見えない。

 ――本当に、攻撃は効いているのだろうか。

 胸の奥にチクリと刺さる、疑問。自分達の必死の攻撃は、結局は無意味なのではないか。そんな事を思ってしまう程に、相手は強大だった。

 このまま戦い続けても、本当に追い返せるだろうか。

 不安で、煌竜剣(シャイニング・ブレード)を握る腕が微かに震えた。その時、

「――無駄じゃないよ、あんたの努力はさ」

 優しくかけられた声にハッとなって視線を上げると、そこにはまるで情けない弟の姿を見守る姉のような目をしたルーデルが夕日をバックに立っていた。逆光を受けている彼女の表情は、こちらから窺い知る事はできない。それでも、その表情が笑顔だという事は、彼女の口調を聞けば想像できる。

「努力は決して裏切らない。負け犬の戯言かもしれないけど、これが私の親友が一番大切にしている言葉よ。何より、世の中には『最強』は居ても『無敵』はいない」

「ルーデル……」

「信じなさい、自分の力を。信じなさい――仲間の力を」

 そう言い残して、ルーデルは雄叫びを上げながらクシャルダオラへと突撃する。一人残されたクリュウはしばし呆然としていたが、ゆっくりと深いため息を零した。

「……ったく、村を守るって息巻いてたのにこの様かぁ。情けないなぁ」

 顔を片手で覆いながら深いため息を零したクリュウだったが、その手が外れた時にはもう先程までの情けない顔は消えていた。

「……努力は決して裏切らない、か。フィーリアらしい言葉だよ――僕もそれ、嫌いじゃないよッ!」

 気合を全身に漲らせ、クリュウも遅れて鋼龍へと突撃する。そんな彼のやる気を取り戻した顔を一瞥し、ルーデルはサクラノリコーダー改を振り上げる。

「古龍(アルトドラッヘ)、いい加減この村から出て行けぇッ!」

 強烈な一撃をお見舞いしようと構えたルーデルだったが、殴打が炸裂する寸前でクシャルダオラが閃光玉から脱してしまう。すぐさま後方へと大きく跳躍してこれを回避。空振りに終わった一撃は鐘の部分が地面にめり込んでしまう。回避された事に舌打ちし、ルーデルは急いでサクラノリコーダー改を構え直す。

 後方へと脱したクシャルダオラに対し、レンが距離を取りながら銃撃を浴びせる。態勢を立て直したクシャルダオラはこの鬱陶しい攻撃に対して反撃とばかりに風ブレスを放つ。慌ててレンは横へ跳んで回避するが、ここで予想外の事態が起きてしまう。

 レンの横を通り過ぎた風ブレスはもう何度目かわからぬが、背後の家屋を粉々に破壊した。その際に飛び散った破片が運悪く回避したばかりのレンの背後に当たってしまった。

「あぐぅッ!?」

 背後から手痛い一撃を受けたレンは悲鳴を上げて倒れてしまう。ダメージ自体は大した事なかったが、思わぬ転倒に余計な時間が掛かってしまった。このチャンスを逃すような相手ではクシャルダオラはなかった。

 起き上がろうとするレンに向かってクシャルダオラは照準をしっかりと合わせて息を吸う。口の周りの空気が歪んだ瞬間、吸い込んだ空気を喉の奥で圧縮して一気に吐き出す。猛烈な暴風と化した風の塊は轟音を立てながらクシャルダオラの前方へと放たれた。渦を巻きながら一直線に突っ込む一撃は風ブレスとなり、周辺に飛び散っている瓦礫などを巻き込みながら起き上がろうとするレンに襲い掛かる。

「レンッ!」

「バカッ!」

 クリュウとルーデルの声にレンがハッとなって視線を上げると、自分に向かって風ブレスが突っ込んで来るのが見えた。悲鳴すら上げる事もできず呆然としていると、そんな自分と風ブレスの間に割り込む者がいた。全身を堅牢な岩石で切り出したかのような灰色の鎧を纏った人物。その背中の大きさにいつも助けられて来た、最高の相棒であり、自慢の姉の勇姿――エリーゼだった。

「……ッ!」

 エリーゼは迫り来る風ブレスに対し、自らのその大きな盾を構えた。盾を地面に叩きつけ、下部をしっかりと埋め込んで姿勢を低く取りながら、背後のレンの肩を力強く引っ張って抱き寄せる。バサルヘルムの下の顔は恐怖に歪んではいたが、その視線は逃げる事なく迫り来る暴風を見詰めていた。

 ――直後、風ブレスが二人に直撃した。

「ルーデルぅッ!」

「わかってるわよッ!」

 すぐさまルーデルは閃光玉を投擲してクシャルダオラの動きを封じた。その間にクリュウは二人に向かって駆け出した。風ブレスによって巻き上げられた瓦礫がバラバラと地面に落ち、粉塵がゆっくりと晴れていく。地面が一直線に抉られた先、その爪痕の終着点には、盾を構えたエリーゼと彼女に抱きつくレンの姿があった。どうやらエリーゼは何とか風ブレスを防ぎ切ったらしい。

「……ったく、世話焼かせんじゃないわよ」

 強気な言葉を放つエリーゼだったが、がっくりとその場で膝を折ってしまう。背後のレンが「エリーゼさんッ!?」と悲鳴を上げる。どうやら風ブレスを防いだとはいえ、完全には防ぎ切れなかったらしい。レンを庇っていた事もあって、相殺し切れなかったダメージを相当負ってしまったようだ。

「エリーゼさん、こ、これを……ッ」

「自分の分があるから平気よ。それはあんたが飲みなさいバカ」

 レンから差し出された回復薬グレートを突っぱね、エリーゼは自らの回復薬グレートを飲む。一本ではなく二本連続で飲み干すと、ヘルムの下の顔色がようやく良くなった。

「すごいよ。風ブレスを防ぎ切るなんて……」

 駆けつけたクリュウが感嘆の声を上げると、エリーゼはゆっくりと立ち上がりながら「ガンランスの盾は全武器の中でも最高の防御能力を持ってるわ。むしろこれで防ぎ切れないとか、何なのよあの無茶苦茶なブレスは」と文句を言うだけの元気はあった。彼女の言う通り、ガンランスの盾だからこそこれで済んだのだろう。クリュウの片手剣の小さな武器では直撃は防げても吹き飛ばされてそれでも相当なダメージを負っていたはず。動きは鈍いが、やはりガンランスの防御性能の高さには舌を巻く。

 その時、遠くから鐘の音が響き渡った。どうやらルーデルが新たに龍風圧の無効化の旋律を奏でているらしい。正直な所、何とか善戦できているのはやはり彼女の存在が大きい。最大の障壁であった風の鎧がないというのはやはり助かる。

 だが、何とか善戦できているとはいえこれ以上の戦闘は正直厳しいだろう。こんな難敵を相手に夜戦を行う、しかも特に自分はもう何時間と鋼龍と戦っており正直もう体力的に厳しい。こればかりは回復薬や回復薬グレートをいくら飲んでもどうしようもない。これもまたルーデルの強走効果【大】のおかげで持っていると言っていい。だがもうあと持って一時間と言った所だろう。自分でも動きが鈍くなっている事がわかる。だとすれば、ここらで鋼龍に手痛い一撃を与えて村の外に撃退するまでは行かなくとも、とりあえず村の中で暴れない程度に弱らす必要がある。それを可能にする手段と言えば――

「やっぱり、爆破しかないか」

 鋼龍もこれまでの戦いで幾分かダメージは受けているはず。ここで詰めとばかりに大タル爆弾Gを数発ぶつけて大ダメージを負わせれば、ひとまず一夜くらいは大人しくしてくれるはず。希望的観測ではあるが、夜戦を避けると決めた以上夜に暴れられては困る。可能性がある手段と言えば、今自分は使える中ではそれくらいだ。イージス村は普通の村だ。ドンドルマのようにバリスタや大砲が備えられている訳ではない。

 閃光玉で目を封じられて暴れるクシャルダオラに警戒しながら、自然と四人が集まる。ルーデルは「そろそろ日が落ちるわ。夜戦うのは危険ね」と自分と同じ意見を言う。これにはエリーゼも「夜戦はしないわ。効率が悪いし」と同意する。レンはエリーゼに従うつもりなので、自然と四人の意見が纏まった訳だ。

「でもこのままこっちが撤退しても、あいつ絶対大暴れするわよ?」

 面倒だとばかりにエリーゼは腕を組んで頭を悩ませる。その隣に立つレンは「村人は全員避難してるんですか?」とクリュウに尋ねる。

「いや、約一〇〇人程度がまだ村の下の避難壕に退避してる」

「クシャルダオラが暴れれば、その壕も必ずしも安全とは言えないって訳ね」

 ルーデルの言う通り、避難壕も決して安全とは言えない。地下洞窟をそのまま利用している避難壕は元々は嵐などの際に使うものであり、古龍の襲来に備えたものではない。クシャルダオラがこちらが潜んでいる事に気づいて暴れれば、落盤の恐れだってある。最悪は落盤で道を塞がれて全員生き埋めだ。

「だとすれば、やっぱりクシャルダオラに夜の間だけでも大人しくしてもらわないと」

「でも、私達の装備で今からクシャルダオラにそれだけのダメージを負わせられるとは思えないんだけど」

 自分と同意見なルーデルに対し、エリーゼが疑問を投げかける。その疑問もクリュウ達の共通意見だ。だがクリュウには策があった。

「奴を村の南部へと誘導する。そこにはまだ大タル爆弾Gが何発か隠してあるから――それを使って奴を爆破する」

「……やっぱりねぇ、あんたならそう言うと思ったわよ」

「心臓に悪いけど、効率はいいわよね」

「確かに、大ダメージを与えられそうですね」

 三人共程度は違えど、クリュウが爆弾至上主義者だという事はよぉく知っている面々だ。クリュウの策に対して驚く者はもはや誰もいなかった。そんな皆の反応に苦笑しながらも、誰も反対しない事に心の中で感謝しながらクリュウは腰に下げた煌竜剣(シャイニング・ブレード)を構える。それを見て残る三人も同じように武器を構えた。いつの間にか、クシャルダオラの視界が復活してこちらを見据えていた。

「グオォォッ!」

 集まっている敵を一蹴しようと、クシャルダオラは地面を蹴って駆け出す。迫り来る鋼鉄の突進を前にクリュウ、ルーデル、レンの三人は回避行動を取った。だが、ただ一人エリーゼだけは引かなかった。

「エリーゼさんッ!?」

 驚くレンの前で、エリーゼは再び盾を構えた。ヘルムの下の彼女の表情はわからないが、それでもわかる――エリーゼが激怒している事を。

「さぁて、よぉくも私の妹を狙いやがったわね。この落とし前、きっちりつけてもわらないとねぇッ!」

「グオオオォォォッ!」

 ――直後、両者が激突した。

 激しい金属音が響くと、クシャルダオラの突撃が止まった。否、正確には大きく後ろにエリーゼが後退しているのだが、数メートル下がった所で彼女が踏み止まったのだ。巨大な盾に頭突するような形で四本の脚を使って前に進もうとするクシャルダオラに対し、エリーゼは両足を踏ん張って耐えていた。

「グゥ……ッ!」

「……うあああああぁぁぁぁぁッ!」

 まるでかつての狩友と同じように気合と根性で拮抗するエリーゼ。ヘルムの下の顔は苦痛に歪み、脂汗が止まらない。それでも、決して退く事なく押し返す。だが所詮は人間の力。クシャルダオラがあと少し力を加えれば重量級装備とはいえ少女の体など簡単に跳ね跳ばせるだろう――だが、彼女は一人ではない。

「エリーゼさぁんッ!」

 クシャルダオラに向かって貫通弾LV1を連射してレンが援護する。貫通性能の高い弾丸は硬い鎧を貫く事はできなくてもめり込み、鋼鉄にヒビを入れる事くらいはできる。その鬱陶しい攻撃にクシャルダオラが一瞬意識をレンの方に向ける――その一瞬、力が抜けたその隙をついてエリーゼは近衛隊正式銃槍を構えた。狙いを定め、砲撃加速装置のスイッチを入れる。いつの間にか、放熱板は閉じていた。

 再び砲口が燃えたぎり、荒々しい灼熱の業火が集まり始める。空気が燃え、バチバチと火花が迸る。漏れる火炎はオレンジ色から赤色に、そして高熱過ぎる炎は青色と化す。尋常ならざる熱源にクシャルダオラが驚いて振り返った時――怒りの鉄槌が火を噴いた。

 激しい爆音と共に猛烈な火炎が辺りを包み込んだ。激しい爆発は一直線にクシャルダオラの顔面に直撃。悲鳴を上げ、黒煙と火炎に包まれる顔面に悶え苦しみながらクシャルダオラは転倒する。同時に強烈な砲撃の反動でエリーゼは大きく後ろへと後退した。すぐさま放熱板が開いて大量の熱が放熱される。それは空気に触れた瞬間辺りの水分を一瞬で蒸発させる程。結果的に放熱板から大量の白煙が出ているように見えるのだ。

 見事に竜撃砲の強烈な一撃を叩き込んだエリーゼ。呆然とこの光景を見詰めていたクリュウとルーデルに向かって「突っ立ってないで攻撃しなさいバカッ!」と怒鳴りながら自らも再びクシャルダオラへと突撃する。その声にハッとなった二人も遅れて鋼龍へと殺到。倒れているクシャルダオラに向かって猛攻撃を浴びせる。

「やるじゃないッ!」

 倒れたクシャルダオラの眼前に立ちながらサクラノリコーダー改を連続して頭部へと叩きつけるルーデルの言葉に「あんたもねッ」と連続砲撃を浴びせながらエリーゼが答える。

「さぁて、私もそろそろ本気出しちゃおうかなぁッ!」

 口端を吊り上げ、健康的な犬歯を煌めかせながらサクラノリコーダー改を振り上げる。彼女の気合に反応するように、サクラノリコーダー改の鐘の部分に黒い稲妻が迸る。バチバチを破裂音を響かせながら纏う黒雷は、まるで生き物のように鐘の周りで暴れる。それを見てニヤリと微笑んだルーデルは、雄叫びと共に力強くそれを打ち落とした。

 吠えようとしていたクシャルダオラに対し、容赦なく振り落とされた鐘の一撃。激しい黒雷が迸り、美しい音色と共に鋼龍の顔がひしゃげると共にクシャルダオラの口から赤い血が吐き出された。その飛沫が辺りに飛び散る。その一滴が、ルーデルの頬に付いた。その光景を偶然見ていたクリュウは慌てる。

「……ッ!」

「ルーデルッ!」

 彼が慌てたのは無理もない。彼女の二つ名が『悪魔のサイレン』と言われる由縁、それは彼女が常軌を逸した戦闘狂(バーサーカー)だからである。血を見ると興奮し、強烈な破壊衝動に駆られて周りが見えなくなる。以前彼女のその姿を見た事のあるクリュウだからこそ、その発動を恐れたのだ。

「――ハッ、いい声で泣くじゃない。もっと楽しませないよッ!」

 血走った目で罵声を浴びせながら、ルーデルの攻撃が更に鋭く、激しいものへと変わる。やはり起きてしまった彼女のアレ状態。解除しようにもここには彼女の事を熟知しているフィーリアはいない為、対処方法がない。戦闘とはまた違った焦りにクリュウは頭を悩ます。だが、

「ルーデル?」

 ゆっくりと起き上がったクシャルダオラに対し、ルーデルは攻撃をやめて大きく後退する。以前の彼女ならただ目の前の相手を殴りつける事だけを考えて構わず武器を振るっていただろう。だが今の彼女はしっかりと引き時をわかっていた。それだけではない。

「ほらほら、こっち向け古龍(アルトドラッヘ)ッ!」

 起き上がった途端、自分を無視して転倒のきっかけを作ったエリーゼを狙うように浮かび上がって彼女の方へと向くクシャルダオラに対してルーデルは角笛を吹いて鋼龍の気を引く。その音色を聴いてこちらへと向いた途端、閃光玉を投擲して視界を奪いつつ見事に撃墜してみせた。

 地面に落ちて藻掻くクシャルダオラに対し、ルーデルは笑い声を上げながら突撃する。そんな彼女の動きを呆然と見ていたクリュウだったが、フッとその口元に笑みが浮かぶ。

「……ルフィールやシャルルだけじゃない。みんな、成長してるんだ」

 どうやらルーデルはあれから戦闘狂(バーサーカー)状態を克服したらしい。完全には制御できてはいないとはいえ、あれなら味方もろとも吹き飛ばすような行動はしないだろう。彼女なりに、仲間と狩りをする為にがんばった結果なのだ。

 レンもエリーゼも以前に比べて格段に動きや連携が良くなっている。ガノトトス戦以後も、二人はたゆまない努力を続けてきたらしい。

 強くなり続ける五人の姿を見て、クリュウの心の中に『負けられない』という想いが膨れ上がった。自分だって、それぞれの別れから成長していない訳じゃない。ハンターとしての実力も、人としての器も以前よりも優れているはず。

 だからこそみんなに見てほしい――クリュウ・ルナリーフという男の今の姿を。

「僕だってッ!」

 視界はまだ封じられてはいるが、それでもゆっくりと起き上がったクシャルダオラ。攻撃を続けようと接近するルーデルとエリーゼを牽制するように爪を振り回す。我武者羅に振るわれる攻撃とはいえ、硬い鋭爪が掠ったりすればそれだけで大ダメージを負ってしまう為、二人は近づけない。その間はレンが単独で中距離を保ちながら銃撃を続けている。そこへ、クリュウは突っ込んだ。

「ちょ、クリュウッ!?」

 ルーデルの驚きの声を背後に聞きながら、クリュウは暴れるクシャルダオラに向かって突っ込む。相手は視界を封じられている為、こちらの接近には気づいていない。それでも、無茶苦茶に動いて敵の接近を拒んでいる。意思のない攻撃は離れていればただの悪あがきでしかないだろう。だがこちらが肉薄すればむしろ意思がないだけあって予想外な方向からダメージを負う事も考えられる。だからこそ二人は接近しないのだ。だがクリュウは違う。

「奴の前方特化型のモンスター。正面にさえ立たなければ怖くないよッ!」

 そう、クシャルダオラは風と鋼の鎧に守られている為に難敵と言える。だがむしろその鎧さえ無視できれば奴の攻撃は爪とブレスのみの前方に対するものだけ。グラビモスやバサルモスのように全方位攻撃がある訳でも、ショウグンギザミのように超信地旋回ができる訳でも、ましてやリオレウスやリオレイアのようにその場で尻尾を全方位に振り回すような事もない。間合いさえわかれば、恐れるような相手ではないのだ。

 孤独な、長く苦しい鋼龍との戦いは、いつの間にか彼の中に恐怖を打ち勝つ力を与えていた。

 クリュウはクシャルダオラの正面を避けるように背後へと回り込むと、そこから一気に接近。がら空きの後ろから無造作にゆったりと動いている尻尾に向かって襲い掛かった。

 煌竜剣(シャイニング・ブレード)の最高の切れ味が鋼龍の尻尾を傷つける。その一撃に背後から敵が迫っている事を知ったクシャルダオラはすぐさまその場で爪を振るいながら回転するが、クリュウもそれに合わせて動き、今度は右の脇腹目掛けて剣を振るう。

 懐に敵に潜られた。クシャルダオラはすぐさま後方へと跳んで距離を開く。だがそこには――

「あんたばっかりにいい格好させられないわねッ!」

 まるでこれを見越していたかのようにサクラノリコーダー改を構えたルーデルが待ち構えていた。唸り声を上げるクシャルダオラに対し、ルーデルは雄叫びを上げながら重撃を叩き込む。体全体を使っての全力でのフルスイングはクシャルダオラの細い首を捻じ曲げ、鋭利な頭部を砕く。血と悲鳴を吐くクシャルダオラに対してクリュウ達の猛攻は止まらない。

「喰らいなさいッ!」

 遅れて接近したエリーゼがすぐさま近衛隊正式銃槍を構え、装填されている砲弾全てを使い切っての連続砲撃を浴びせる。全弾撃ち尽くすと、すぐさま装填(リロード)して続けて連続砲火。更にレンも冷静に銃撃を浴びせてクシャルダオラの意識を削ぐ。

 四人の猛攻に、クシャルダオラは為す術がなく一方的にやれるのみ。だがそれも彼の視界が回復するまでの短い時間に過ぎない。視界を回復させたクシャルダオラは上空へと浮かび上がると、まるで空を滑るように四人の背後へと回り込むと、すかさず風ブレスを撃ち放つ。この攻撃にルーデルとレンは脱出するもエリーゼとクリュウが被害を受けた。だがエリーゼは回避を諦めてガードに徹し、クリュウも直撃は避けた為に二人共大した怪我は負わなかった。

 回復薬グレートを一気に飲み干す二人を援護するようにレンが銃撃を浴びせ、ルーデルがクシャルダオラへと突撃する。だがクシャルダオラはそんな二人を無視して回復薬グレートを飲み終えたばかりのエリーゼに向かって滑空で迫る。

「チッ……ッ!」

 舌打ちしながらエリーゼは回復薬グレートのビンを投げ捨てて盾を構える。鉄と鉄が激突し、激しい金属音が辺りに轟いた。圧倒的な質量を持つクシャルダオラの突撃に、エリーゼはガードするも衝撃を逃し切れずに後ろへ吹き飛ばされた。そのまま数メートル飛んだ末、背後に会った木に背中から激突してしまう。

 バサルメイルの強力な防御力のおかげでかなりのダメージは防げたとはいえ、背中を襲う痛みにエリーゼは顔をしかめて倒れてしまう。

「エリーゼさんッ!」

 慌ててレンが駆けつけようとするが、それを予期していたかのようにクシャルダオラは再び空を滑るようにして移動。走るレンの側面へと移動すると、驚くレンに向かって爪を振る。盾を持たないガンナーの彼女にそれを防ぐ術はなく、突き飛ばされて地面へと倒れる。必死に起き上がろうとするが、視界が歪んでうまく立てない。クシャルダオラがこちらに迫っているかもしれないという恐怖に体全身の震えが止まらない。

「しっかりしなさいッ」

 そこへルーデルが近づくと、彼女を無理やり立たせてレザーライトヘルムの上から引っ叩く。乱暴だが、その一撃にレンの視界がハッキリとなる。どうやら一時的に目眩状態になっていたらしい。

「あ、ありがとうございます」

「ほら、さっさと姉さん助けて来なさい」

 お礼を言うレンの背中を叩いてエリーゼの所へ向かわせると、こちらに迫るクシャルダオラに目を向ける。

「ハッ、弱っている女の子を狙うなんて、古龍(アルトドラッヘ)の名が泣くわよッ!」

 滑空で迫るクシャルダオラに対しルーデルは横へと走ってこれを回避すると、すぐさま方向転換して追い掛ける。だがクシャルダオラは着地はせずそのまま空中で回転すると、首を大きく引く。その動作に風ブレスを予期したルーデルは鋼龍の正面を避けるように横へと走った――だが、これが間違いだった。

 確かに、クシャルダオラは風ブレスを撃ち放った。轟音を立てながら荒れ狂う風はまるで竜巻のようだ。だが今度の風ブレスはこれまでのように一直線に塊となって放出されたものではなかった。猛烈な風が、絶えず鋼龍の口から放たれて地面を抉る。そしてそのままクシャルダオラは首を曲げる。すると、風ブレスがまるで薙ぎ払うかのように横へと針路を変えたのだ。

「な……ッ!?」

 まさかの新技、滞空放射風ブレス。全くの予想外な攻撃だった。正面さえ避ければ風ブレスなど恐れるものではないと思い込んでいたルーデルは、回避する事もできずにその直撃を受けてしまう。轟音と激痛が全身を包み込み、風の刃が全身を斬り刻むかのように襲い掛かる。そしてそのまま吹き飛ばれた彼女の体は地面の上を数度転がってようやく止まった。

「……ッ! やりやがったわねぇ……ッ!」

 腕を震わせながら起き上がろうとするルーデル。辛そうに立ち上がる彼女の姿は、誰が見てもかなりのダメージを負っているように見える。風ブレスの直撃を受けたのだから当然の結果だ。それを見てクリュウはすぐに援護に走る。レンはエリーゼに寄り添っているし、エリーゼもまた今は動けそうにない。今彼女を助けられるのは自分だけだ。

「間に合え……ッ!」

 全速力で走りながら、クリュウは道具袋の中に手を伸ばす。もう持参の閃光玉は尽きてはいたが、まだこの中には最高の後輩からの激励の品、受け取った閃光玉が残っている。クリュウはそれを手にすると、ルーデルに向かって追撃のブレスを放とうと空中から狙いを定めるクシャルダオラの眼前に投擲した。膨大な光が一度に放出され、当たり一面が一瞬真っ白に染まる。その圧倒的な光量の直撃を受けた鋼龍は視力を奪われ、同時にバランスを崩して地面へと落ちる。転倒して藻掻くクシャルダオラを一瞥し、クリュウはルーデルに駆け寄ると彼女の肩を抱きながら、同じく二人から受け取った回復薬グレートを二本彼女に手渡す。

「早くこれを飲んで。すぐに撤退するよ」

「……チッ、敵に背を向けるのは私の流儀に反するんだけど」

「そんな状態でまともに立ち回れる訳ないでしょ」

「言ってくれるじゃない、格下。でもまぁ、正直ちょっとキツイわねぇ……」

 減らず口は相変わらずだが、それでもかなりのダメージを負っている事は確かだ。彼女が回復薬グレートを飲み干すのを待ってから、同じく回復を済ませたエリーゼとレンが合流するのを待ってクリュウは改めて撤退を宣言した。

「そうね、私もそれに賛成。これ以上の戦闘は、圧倒的にこっちが不利よ」

「弾の数も少なくなって来ました。どちらにしてもどこかで調合しないと持ちません」

 エリーゼとレンもクリュウの撤退案に賛同した。間もなく日が落ちる。これ以上の戦闘は夜戦となり、ただでさえ難敵のクシャルダオラを闇夜の中で戦わなければならなくなる。こちらの命中率は下がり、むしろ被弾率は上がるだろう。

 だが同時に、ここで相手に背を向ければクシャルダオラは一夜を通して暴れ回るだろう。そうなれば村の被害はいよいよ甚大なものになるだろう。だからこそ――

「戦線を大きく下げる。このまま村の南側に撤退して、配備してあるありったけの大タル爆弾Gで奴を爆破して暴れられなくなる程度のダメージを与えた後に避難壕に完全撤退する。これでいいよね?」

 クリュウの撤退案に対し三人は同時にうなずいた。それを確認し、クリュウは「このまま南に逃げるよ。ついて来てッ」と三人を誘導しながら走り出す。背後では起き上がったクシャルダオラが暴れているが、まずは相手の視界が回復する前にその視界から姿を消さなければならない。クリュウは村の地形を熟知している為、林や家などを駆使してうまく撤退を成功させた。そのまま目的地である村営倉庫にまで移動し、倉庫内に隠してあった大タル爆弾G、計六発を引っ張りだす。

「……なんちゅうもん隠してんのよあんた」

 呆れるエリーゼの言葉に苦笑を浮かべながらクリュウは全ての大タル爆弾Gを用意を終え、改めて作戦内容を伝える。

「このままここで角笛を吹いて奴を引き寄せるけど、大タル爆弾Gを確実に当てる為には相手の動きを封じなくちゃいけない。でも奴には落とし穴は効かないし、おそらくシビレ罠もあの鋼鉄の鎧には効かないと思う」

「じゃあ、動きなんて封じようがないじゃない。閃光玉だってあいつ暴れるし。レンの武器は属性弾も状態異常弾も撃てないから、眠らせたり麻痺らせたりは期待できないわよ?」

 エリーゼの言う通り、現状クシャルダオラを完全に足止めする策はない。だが大タル爆弾Gを確実に当てる為には奴の動きは一時的にとはいえ止めなくてはいけない。

「ちゃんと策は考えてるよ。ここでキーマンになるのは――ルーデルだよ」

「わ、私?」

 突然名前を呼ばれて驚くルーデルに対し、クリュウは厳かな表情でうなずいた。

「ルーデルの使う狩猟笛は打撃武器だよね。頭を狙い続ければ、どうなる?」

 クリュウの言わんとしている事を理解したルーデルは苦笑を浮かべながら彼の疑問に答える。

「――スタンを狙えって事ね?」

「できる?」

「……無茶苦茶言ってくれるわね――でもまぁ、問題ないわ」

 確かにクリュウの立てた作戦は無茶苦茶だ。正面特化型のクシャルダオラに対し、正面に立って頭部を集中的に狙ってスタンを狙う。危険度はこれまでとは比べ物にならない。

 危険な役目を押し付ける事に罪悪感を抱くクリュウ。だがそんな彼の心情を察してか、ルーデルはあえて明るく振る舞った。

「こちとら狩猟笛で数多のモンスターの頭蓋骨を粉砕して来てんのよ。相手が古龍(アルトドラッヘ)だろうが関係ないわ」

「やって、くれるかな?」

「仕方ないわね。まぁこっちはあんたに借りがある訳だし、これで貸し借りなしよ」

 自信満々に微笑むルーデルの言葉にクリュウの表情もようやく安堵したように明るいものに変わった。そんな二人の姿を傍から見ていたエリーゼは「なら、このドジも少しは役に立つんじゃないかしら?」と不敵に微笑む。彼女の言葉の意味が理解できず困惑するレンに対し、クリュウは小さくうなずいた。

「そうだね。レンにも徹甲榴弾で頭部を集中的に狙ってルーデルを援護してほしいんだ」

 徹甲榴弾は弾頭部が貫通弾並みに硬く、鱗や甲殻に突き刺さる事ができる。しかも弾着と同時に中の火薬に時間差で火がついて命中後数秒で爆発。硬い鱗や甲殻を持つモンスターに対して特に効果を発揮する弾丸だ。しかも徹甲榴弾は頭部に命中させれば爆発の衝撃が直接脳を揺さぶるので、打撃武器で頭を叩いた時のような脳に直接ダメージを与えられる。蓄積すれば脳震盪を起こしてスタン状態に追い込む事ができる。以前轟竜ティガレックス戦の時にフィーリアがクリュウの援護に使ったのと同じ方法だ。

 クリュウの意図を理解したレンは期待されている事に不安を抱きつつも同時に喜びを感じていた。頬を紅潮させ「ま、任せてくださいお兄さんッ」と意気込む。

 作戦方針は決まった。攻撃のメインはルーデルとレンに託し、クリュウとエリーゼは二人の援護に徹する。三人が作戦を理解したのを確認し、クリュウは角笛を吹いた。

 村全体に角笛の音色が響く。それは再び避難壕にいた村人達の耳にも、そして四人の姿を見失って苛立っていたクシャルダオラの耳にも届いた。

 ――林の向こうで猛烈な竜巻が吹き荒れる。木の枝や石、瓦礫などを巻き上げながら渦巻く灰色の竜巻の中から、鋼色の古龍が姿を現す。猛烈な風を纏いながら、鋭利な瞳は待ち構える四人を確実に捉えていた。嵐を纏いながら怒り狂う鋼龍。その気迫に思わず身震いしてしまう四人。怒り狂うクシャルダオラの口の端からは白い息が漏れ出ている。風ブレスは強力な力で空気を圧縮し、前方へと解放する事で撃ち出される攻撃だ。怒りのあまり圧縮し過ぎているのか、奴の体内には凄まじく圧縮された風が押し込まれているのだろう。空気は圧縮されると熱を発生させるので、あの白い息は体内の膨大な熱が漏れている証なのかもしれない。

「……本当かどうかはわからないけどね」

 思わずそんな事を冷静に考えてしまう自分に苦笑を浮かべる。余裕があるのか、それとも現実逃避なのか。どちらにしても、小難しい事を考えていても仕方がない。怒り狂うクシャルダオラは更に風を纏い、辺りに無数の竜巻を発生させる。瓦礫が舞い上がり、様々な物体が空の上で狂い踊る。

「……ったく、何もかも桁違いね」

 エリーゼの言葉に、その場にいた全員がうなずいた。竜巻を纏いながら、雷鳴のような咆哮を轟かせ、風翔龍が迫る。竜巻で巻き上げられた瓦礫が、まるで意思を持っているかのようにクリュウ達に向かって降り注ぐ。辺り一面に叩きつけられる大小様々な瓦礫をクリュウとルーデルは器用に避け、エリーゼはレンを背中に隠して自らの巨盾で守り切る。そして、瓦礫の雨が晴れるといよいよ本命がお出ましだとばかりにクシャルダオラが怒号を上げながら突っ込んで来た。上空から急降下しながら迫る鋼龍に対し、四人は散開してその突撃を避けた。

 地面に激突する寸前で器用に体勢を立て直して浮遊(ホバリング)するクシャルダオラ。すぐさまルーデルが龍風圧を無効化する音色を奏でて彼の纏う風の鎧を消し去る。だがもはやそれも予想済みなのだろう。クシャルダオラは恐れる事なくその場で風ブレスを放った。先程ルーデルを蹴散らしたのと同様に浮遊(ホバリング)状態からブレスを吐き続ける。しかも今度は旋回しながら全方位に猛烈な竜巻と化した風ブレスを薙ぎ払った。クリュウとルーデルは直撃こそ避けるも吹き飛ばされ、エリーゼはレンを庇いながら何とかこの全方位ブレスを耐えた。

 ブレスが止むと同時に、エリーゼの盾から跳び出したレンがクシャルダオラの頭部を狙って引き金を引く。装填されているのはクリュウの指示通り徹甲榴弾、そのLV2だ。銃声と共に撃ち出された弾丸は嵐の風の中を突っ切って唸り声を上げるクシャルダオラの頭部に命中する。遅れて起爆し、その爆発に驚いてクシャルダオラが地面へと落ちた。そこを狙って一斉に剣士組三人が突撃する。

 事前の作戦通り、ルーデルがクシャルダオラの頭部側へと向かい、他の二人は側面から攻撃を仕掛ける。クリュウは斬撃、エリーゼは砲撃で攻撃を開始。そしてルーデルは構えたサクラノリコーダー改を振り上げ、藻掻くクシャルダオラの顔面に向かって振り下ろす。だがその寸前でクシャルダオラが起き上がってしまい、鐘は虚しく空振りに終わり地面に陥没する。

 舌打ちし、すぐに構え直すルーデル。横薙ぎにサクラノリコーダー改を振り抜き、今度こそ側頭部から殴りつけた。続けてもう一撃と構えたが、視界を封じられても敵が正面に立っている事くらいは気づいているのだろう。クシャルダオラは苦し紛れに爪で前方を薙ぎ払った。運悪くサクラノリコーダー改を振り上げていたルーデルはこれを避ける事ができずに直撃。数メートル吹き飛ばされて地面に倒れた。

「ルーデルッ!」

 駆け寄ろうとするクリュウに対しルーデルは手振りで大丈夫と伝えて立ち上がるとすぐに回復薬グレートを飲む。ビンを放り捨てると同時に自らのハイメタ∪メイルを見て身を震わせた。鉱石の中でも特に硬いカブレライト鉱石で作られたハイメタ∪メイル。その表面には無残にも抉られた爪痕が残っていた。まだ防具としては機能しそうだが、あと一撃でもまた爪の直撃を受ければ耐えられるかどうか怪しい。スキル性能を重視して自らの持つ防具の中では比較的低い防御力の防具を選んだ事がここに来て仇になったようだ。

「……やってくれるじゃないッ」

 だが逆に、この傷跡は彼女の闘争心に火をつけた。面白いとばかりにルーデルは狩猟笛を構えて演奏を開始。再び自らの移動速度強化を重ねがけし、更に強走効果【大】に加えて先程のレンの失敗を考慮して気絶無効まで演奏。チーム全員の強化を完了すると同時にクシャルダオラの視界が回復した。

 視界を封じられている間も、重量級の一撃は彼女しか出せないと知っているクシャルダオラは当然仕返しとばかり彼女を狙って首を動かす。そこへ再びレンが放った徹甲榴弾LV2が頭部に命中して爆発。その衝撃にクシャルダオラはルーデルからレンへと攻撃目標を変える。

 命中と同時に自分が狙われる事を予想していたレンはすぐに銃を背負って横へと走って移動する。遅れて彼女が先程までいた場所にクシャルダオラの風ブレスが地面を抉りながら炸裂。彼の攻撃は不発に終わった。

 風ブレスを撃った後の一瞬の隙を突いて接近したエリーゼが足元から砲撃を喰らわせて撹乱。そこへルーデルが再び接近してクシャルダオラの頭を狙うが、クシャルダオラは後ろへと跳んでこれを回避してしまう。後方へと退避して威嚇の声を上げながら、クシャルダオラは再び空へと舞い上がる。だがそこへクリュウが放った打ち上げタル爆弾Gが二発命中する。倉庫の中には大タル爆弾G以外にも道具(アイテム)類が隠されており、今彼が放ったのも補充した道具(アイテム)だ。

 今度はクリュウに狙いを定め、クシャルダオラは三連続風ブレスを放つ。一撃目は余裕をもって避けたが、二撃目はギリギリ。そして三撃目は掠って吹き飛ばされてしまう。しかしうまく受け身を取って着地した為大したダメージではない。むしろその間に再びエリーゼがクシャルダオラの足元へと接近し、上方に向けて連続で砲撃を放つ。その攻撃に嫌気がさしたのか、クシャルダオラはゆっくりと着陸した。そこへルーデルの振り殴りの一撃が炸裂した。

「グオォッ!」

 怒りの声を上げるクシャルダオラだが、そこへ更にレンの銃撃が加わる。後方からはエリーゼの砲撃とクリュウの打ち上げタル爆弾Gの攻撃が援護する。四方から攻撃を受けるクシャルダオラは次なる目標を一瞬迷った。その隙を突いてルーデルが突っ込む。

 次なる目標を迷うクシャルダオラの死角から迫ったルーデルは雄叫びを上げながら突撃する。その声と気迫にようやくクシャルダオラは彼女の接近に気づいた――だが、もう遅い。

「粉砕撃破(ツェアシュラーゲン)ッ!」

 気合裂帛。

 ルーデルは力の限り振り上げた重量のあるサクラノリコーダー改を一気に叩き落とした。空気が震え、轟音を立てながら勢い良く振り落とされたその一撃は驚愕するクシャルダオラの正面から額に向かって激突。鐘と鋼龍の額が甲高い音を立てて衝突する。猛烈な勢いで振るわれたその一撃は相当な大ダメージと共にこれまで彼女と、そしてレンが蓄積していたスタン値の上限を超えた。

「グオオオォォォッ!?」

 悲鳴を上げてクシャルダオラの体が揺れる。視界が歪み、平衡感覚が失われる。制御できなくなった巨体は立っている事すらも維持できず、呆気無く横倒しとなった。今自分がどの方向を向いているのかもわからず、立ち上がろうと藻掻くがそれすら叶わない。

 目眩状態に陥った鋼龍クシャルダオラ――四人はこの瞬間を待っていた。

 すぐさまクリュウとエリーゼが大タル爆弾G二発ずつ持ってクシャルダオラに迫る。ルーデルもすぐに武器を背負って残る大タル爆弾G二発を手に取って二人を追いかけて再びクシャルダオラに接近する。

 まずクリュウがクシャルダオラの頭の右側に二発設置し、続いてエリーゼが反対側に二発設置。そしてルーデルがその間に二発設置した。合計六発の大タル爆弾Gがクシャルダオラの前方に隙間なく設置される。

「爆破(シュプレンゲン)ッ!」

 急いでクシャルダオラから離れながらルーデルが叫ぶのと同時に、すでに大タル爆弾Gを狙って銃を構えていたレンが引き金にかけていた指を引く。

 銃声と共に撃ち出された銃弾は吸い込まれるようにして寸分狂わずエリーゼが設置した大タル爆弾Gの一発に命中。連鎖的に他の五発の大タル爆弾Gも誘爆し、クシャルダオラは巨大な爆発の炎と煙の中に消えた。

 猛烈な爆音と爆風が吹き荒れる中、クリュウが叫ぶ。

「撤退するよッ! こっちだッ!」

 クリュウに案内されてすぐさま三人は脱出する。クリュウは走りながら効くかどうかもわからないがとにかく無我夢中で道具袋(ポーチ)の中から次々にけむり玉を後方に向かって投げまくる。放物線を描きながら着弾したけむり玉は次々に白煙を吹き上げて辺りが真っ白な煙に包まれた。その煙を隠れ蓑にして四人は迅速に離脱した。

 黒煙が空の彼方に消え、しばらくするとけむり玉の煙も風に流されて立ち消えた。そして、爆風で半壊した倉庫の傍らには巨大なクレーターができていた。大タル爆弾G六発という大火力のすさまじさを物語っている。そして、その中心に鋼龍は鎮座していた。

「グルウウウゥゥゥ……」

 低い唸り声を上げながら辺りを見回すが、すでに四人は姿を消していた。

 鋼の鎧の奥には猛烈な怒りがこみ上げるが、さすがの古龍も大火力の爆発の直撃を受けたダメージは大きい。もちろんこれまでクリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィード、ルフィール、シャルル、ルーデル、エリーゼ、レンの積み重ねていた攻撃も決して無駄ではなかった。

 まだ倒れる程のダメージではないが、それでもさすがに疲れた。日も暮れて敵の姿もない以上、無闇に暴れるのは得策ではないと判断したのだろうか。クシャルダオラはそのまま翼を畳むと、静かにその場で丸くなった。眠っているのか、それともただ単に休んでいるだけなのか。それはわからないが、それから鋼龍は夜の間はその場から動く事はなかった。


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