モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

226 / 251
第218話 絶体絶命 少女の愛が奏でし音色が起こす奇跡の詩

 落とし穴を持ってクリュウが戻って来ると――戦線は崩壊していた。

 上空からはクシャルダオラがゆっくりと降りて来るのが見える。そして、地面に倒れる二人の少女の姿を見た途端、クリュウは二人の名を叫びながら走った。一番近くに倒れているシャルルを抱き起こすと、彼女は苦しげに顔を歪めていた。

「お、おいシャルルッ」

「あ、兄者? 戻って来たんすね……」

「だ、大丈夫ッ!?」

「た、大した事ないっすよ。かすり傷っす……」

「……って、怪我してるじゃないかッ!」

 よく見れば、シャルルは左腕を庇っている。どうやら腕を痛めたらしい。激痛に顔を歪めながら、それでもシャルルは気丈に振る舞う。本当に、自分の弱音を見せたがらない娘だ。

「……ちぇッ、がんばったんすけど、戦線を維持できなかったす――ごめんな、兄者」

 クリュウが戻って来るまで戦線を任されたのに、呆気無くそれを崩壊させてしまった事にシャルルは悔しそうに謝った。そんな彼女の謝罪の言葉に、クリュウは首を横に振った。

「バカ。んな事気にしなくていいんだよ。無茶を言ったのは僕の方なんだから」

「……兄者は優しいっすね――でもやっぱり、シャルとルフィールじゃ古龍はちっとキツイっす」

 それはそうだ。二人共かけだしの部類に入るハンターだ。武器も防具も、とてもじゃないがクシャルダオラに挑むような装備ではない。それでもここまで戦えたのは、二人の類まれなる実力のおかげだ。それでも、もう限界だった。

「すみません、先輩……」

 起き上がったルフィールもボロボロの姿だった。メガネもレンズにヒビが入り、足取りもフラフラだ。クリュウは彼女の言葉に首を横に振った。

「謝らないでよ。がんばってくれて、ありがと」

 クリュウの言葉に、ルフィールは悔しげに唇を噛んだ。

 シャルルは腕を負傷し、ルフィールも少なからずダメージを負っている。こんな状況でこれ以上二人に戦闘を強いる訳にはいかない――クリュウは決断した。

「……ここまで一緒に戦ってくれてありがと――二人は、今すぐにここから離脱して」

 反論の声は上がらなかった。二人共、自分達の今の状態をしっかりわかっていた。今の自分達では、クリュウを援護するばかりか足手まといになってしまう。感情の部分では拒否したくても、このままここに居座る方が彼の迷惑になってしまう。

「……わかりました」

 悔しげに、心の底から悔しげな表情を浮かべながら、ルフィールは了承した。シャルルも何も言わず、黙ってルフィールの肩を借りる。

「せめて、シャルの道具(アイテム)は置いて行くっす。閃光玉、まだちょっとあるっす」

「ボクも、せめてこれくらいさせてください」

 二人はそう言って自らの道具袋(アイテムポーチ)を地面に捨てた。クリュウは「ありがと。大切に使わせてもらうよ」と礼を言うと、二人の肩を優しく叩く。

「この先に避難壕がある。そこに逃げ遅れた村人がいるはずだから。そこに隠れてるんだ。いいね?」

「わかったっす」

「……ご武運を」

 二人は名残惜しそうにクリュウに背を向けて走って行く。シャルルに肩を貸すルフィールが振り返ると、ちょうど降りて来たクシャルダオラに向かってクリュウが突撃するのが見えた。何もできない自分の無力さが、どうしようもなく嫌で、悔しかった。

「――シャル達、がんばれたっすよね?」

「え?」

 すぐ近くにある、痛みを堪えて苦しげな表情を浮かべるシャルルの問い掛け。驚いて彼女の方を見やると、シャルルは痛みを堪えながら笑みを浮かべていた。

「シャル達はここまでっすけど、でもきっと、兄者の役に立てたっす――シャル達は、がんばれたっすよね?」

 それはきっと、自分を責めるルフィールに対する彼女なりの心配りだったのだろう。らしくもなく、言葉で励ます彼女を見て、ルフィールもまたフッと口元を緩めた。

「そうですね。パピメル装備とコンガ装備で、クシャルダオラにあそこまで善戦できるのは、ボク達くらいのものですよ」

「へへへ、シャル達はやっぱり無敵コンビっすね」

「……えぇ、ボク達は無敵コンビです」

 互いに微笑みながら、どちらかとなく差し出した拳を、同時にぶつける。それはシャルルがよくする、心を許した相手にだけする挨拶であり、約束の印。二人の絆の強さの象徴でもあった。

 背後で孤軍奮闘の戦いを繰り広げるクリュウに対し、二人は心からその無事を祈りながら、何とか避難壕へと逃げ伸びる事ができた。そこでエレナと合流を果たし、シャルルはすぐさま手当てを受ける事となった。ルフィールも打撲や切り傷を多数受けており、同時に手当てを受ける事となった――どちらも、これ以上の戦闘は無理である事を示していた。

 

 ルフィールとシャルルが撤退してから一時間後、クリュウは地面に片膝をついていた。息は荒く、全身は更にボロボロになっていた。霞む視界の向こうには未だ健在のクシャルダオラの姿があった。だがその体表には無数の傷が生じていた。

 閃光玉の補充を済ませたクリュウは閃光玉を駆使してクシャルダオラに猛攻を加えた。かなりのダメージを与えられたはずだが、まるで効いていないかのように鋼龍は彼の前に立ち塞がり続けた。結果、彼もまた少なからずのダメージを負ってしまう。

 単独でこれ以上の戦闘はもう無理だった。やはり、ルフィールとシャルルがいた時の方がずっと戦いやすかった。もちろん相手の注意が分散するというのもあるが、頼れる仲間がいるという安心感はこの追い詰められた状況では何にも代えがたいものだった。

 だが、二人はもうここにはいない。今は避難壕で二人共疲労困憊で眠っている。救援に来る事はない。

 ――もう、奇跡は起きない。

「くそぉ、どうすればいいんだ……ッ」

 悔しげに吐き捨てる彼の横には、無惨に壊れた落とし穴があった。結局、クシャルダオラに落とし穴は効かなかった。踏み抜いたはずなのに、落とし穴に落ちる事はなかった。それが奴の他を圧倒する飛行浮遊能力の成せる業だという事には後から気づいた。

 とにかく、奴を足止めできるのは閃光玉だけだとわかった。しかし、その肝心の閃光玉も残り僅か。なのに、相手はまるで倒れたり弱ったりしている素振りを見せない。

 正直、もう逃げ出した方がいい事はわかっていた。だが自分は今故郷を守る為の戦いをしている。負ける訳にはいかないのだ。

 周りには無惨に壊された村の設備や家屋が散らばっている。守るべきはずだったものは、尽く壊されてしまった。クシャルダオラに対して怒りを抱かずにはいられないし、守り切れなかった自分にも怒る。

 それでも、刃を納める訳にはいかない。奴がこの村を出て行かない限り、自分は決して奴の前から消えてはいけないのだ。

「こうなったら、一か八かやってやるか……ッ」

 そう言ってクリュウは小タル爆弾G二つを両脇に抱いた。そしてそのまま、クシャルダオラに向かって真正面から突撃した。クシャルダオラは鬱陶しげにクリュウに向かって風ブレスを放つが、クリュウはこれを回避。すかさず小タル爆弾Gのピンを抜くと、そのままクシャルダオラに突っ込む。そして、起爆寸前でクリュウは至近距離でこれをクシャルダオラの顔面目掛けて投擲した。直後に爆発が起き、クシャルダオラの頭部が爆炎の中に消える。

「これでどうだ……ッ!」

 クリュウの捨て身とも言える特攻。だが、風がより威力を増して辺りに吹き荒れ、一瞬で黒煙を霧散させると、そこには相変わらず悠然と鋼龍クシャルダオラが佇んでいた。

「……ッ!?」

 すぐさま撤退しようとするが、直後に風の鎧に巻き込まれて転倒してしまう。慌てて起き上がろうとするが、目の前にはすでにクシャルダオラが爪を振り上げて待ち構えていた。

「あ……」

 ガードする事も逃げる事も不可能。振り上げられた巨悪な爪が自らの体を引き裂くのは、その一瞬後。もう、どうする事もできなかった。

 そして、ゆっくりと鋭爪が振り下ろされる。

 

 ――カラン、カラン……――

 

 突如、どこからともなく鐘の音が響き渡った。その途端、辺りに猛烈な風が吹き荒れた。これにはクシャルダオラも驚き、振り上げた前脚を地面に着けると一歩退く。その隙にクリュウは慌てて後方へと脱した。

 何とか助かったと安堵するクリュウだったが、クシャルダオラはまだ健在だ。再び煌竜剣(シャイニング・ブレード)を構えて相対した時、クリュウは奴の異変に気づいた。

「……風の鎧が、消えてる?」

 距離を置いたクシャルダオラは、何事もなかったかのように悠然と佇んでいる。だがその周りに吹き荒れていた風は、今は存在しない。

 困惑するのは何もクリュウだけではない。クシャルダオラ自身も、何度も風を呼び起こそうとするが、まるで能力を封じられたかのように風は生まれて来ない。

 互いに困惑し、一瞬の沈黙が舞い降りる――突如、その沈黙を破る爆発がクシャルダオラを襲った。

 自らの背中で次々に炸裂する爆発にクシャルダオラは悲鳴を上げる。

 一方、突然の事にクリュウは戸惑っていた。一体何が起きているのか。もしかして、ルフィールとシャルルが戻って来たのか。戸惑っていると、クシャルダオラの背後から二人の狩人が突撃するのが見えた。

「いいッ!? 私があいつを引き付けるッ! あんたは後方からの支援に専念ッ! 無茶すんじゃないわよッ!」

「はいッ!」

 指示を飛ばしながら走って来るのは、全身を硬い岩のような鎧に身を包んだ人物。クリュウはその装備を良く知っている。それは以前彼が使っていたバサルシリーズであった。岩竜バサルモスの甲殻などを駆使して作られたそれは、堅牢な防御力を誇る防具だ。背中には巨大な槍が備えられており、二つに折れているその形状からガンランスだとわかる。強力な砲撃能力と切れ味、そして堅牢な盾が自慢な近衛隊正式銃槍だ。

 バサルシリーズの人物は頭までフル装備の為、その姿を把握する事はできない。だが、その背後から砲撃音を轟かせながら支援砲火を行う人物の姿を見て、二人の正体にすぐ気づいた。

 大小の箱が上下に重なり、小さい箱から銃身が伸びた独特な形状を持つライトボウガン。それを構えながら拡散弾LV1を撃つのは全身を世にも珍しい青色のイャンクック亜種の素材から作られたクックDシリーズを纏った少女。しかし堅牢な防具の中で唯一頭だけは使い込まれたレザーライトヘルムを被っている何とも珍妙なその姿。ヘルムの下から覗く紺色のセミロングヘアと、クリッとした同色の瞳。愛らしいその顔つきは、何とも小動物のようで、守ってあげたくなる不思議な保護欲が駆り立てられる。その少女の名は――レン・リフレイン。

「レンッ!? って事は……ッ!?」

 クシャルダオラに迫ったバサル装備の人物は風の鎧を失った事で裸同然の鋼龍に対して側面から迫ると、その脇腹目掛けて近衛隊正式銃槍を構えて突き入れる。重いガンランスを物ともしない鋭い突きの一撃だったが、クシャルダオラの鋼の鎧に弾かれてしまう。だがバサルは構わず続けて砲撃を放った。硬い鱗など無視した内部への直接攻撃だ。これには今まで経験した事のない攻撃にクシャルダオラは驚く。その隙を突いてバサルは腰を落とすと銃槍を固定。そのまま砲撃加速装置のスイッチを入れた。

 途端に辺りに響き渡る加速装置の作動音。そして砲身先端が膨大な熱量を纏って青く煌めき出した途端、それは真っ赤な業火となって大爆発を轟かせた。まるで至近距離から火竜がブレスを放ったかのような強烈無比な一撃に、クシャルダオラは堪らず横転する。

 ――竜撃砲。ガンランスが持つ最大最強の必殺技だ。火竜のブレスを参考にした、一撃必殺に等しい破壊力を持つ強力な攻撃だ。その衝撃は凄まじく、重装備のはずのバサルシリーズを纏っているはずなのに、バサルを大きく後退させる程だ。

 砲身のハッチが開き、辺りにもうもうと白煙を吹き出す。竜撃砲はその破壊力は絶大だが、一度使うと砲身を冷却しないといけない為、次の発射まで時間が掛かる事が難点だ。つまり、これからしばらくは竜撃砲は使えない事を意味している。

 横転するクシャルダオラに背を向けて、レンとバサル装備の人物がこちらに駆け寄って来る。

 突然の事に呆然としているクリュウに対し、レンは人懐っこい笑みを浮かべて挨拶する。

「お久しぶりですお兄さん。ご無事で何よりです」

「レン……って事はやっぱり君は……?」

「――何よ。私の顔を忘れたとでも言う訳?」

 バサルヘルムのバイザーをカッを開けると、そこには勝ち気な瞳が不機嫌そうに煌めいていた。良く見ればヘルムの隙間からは桃色の髪が見える。

 レンの絶大な信頼を受け、その勝ち気な瞳と強烈無比なガンランスの使い手と言えば、クリュウは一人しか知らない。

「エリーゼまで……どうしてここに?」

 エリーゼ・フォートレスは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らすとそっぽを向いてしまう。

「私は別に来たくなかったんだけど、レンがあんたに会いたいって聞かなくて仕方なく来たのよ。そしたらクシャルダオラに襲われてるって知って、私は無視しようって言ったんだけど……こいつが聞かなくて」

「た、確かにイージス村に来たいって言ったのは私ですけど、クシャルダオラに襲われてるって知った時に真っ先に救援に行こうって言ったのはエリーゼさんの方じゃ――ひゅばばばばばばばばッ!?」

「余計な事を言うのはこのいけない口かしらあああぁぁぁッ!?」

「ふぉ、ふぉへんははいッ! ひゅひゅひへふははいッ!」

 先程のかっこいい登場とは打って変わって、何とも情けない姿の二人。そんな相変わらずな二人の姿を見て、思わずクリュウも笑みを浮かべてしまう。

 散々レンの頬を引っ張った後、エリーゼは「で? 何であんた一人であいつとやりあってる訳? 他にメンバーいるんでしょ?」と本題に戻る。エリーゼの問いに対し、クリュウは言いづらそうに答えた。

「本来のメンバーは、イルファ山脈でクシャルダオラの足止めをしてたんだけど、振り切られちゃったみたい。さっきまではルフィールとシャルルが手伝ってくれてたんだけど、二人共戦闘不能になっちゃって」

「ルフィールとシャルル? 何よその学生時代の問題児トリオは?」

「ははは……」

「んで? 今はあんた一人で寂しく戦ってたって訳?」

「まぁ、そんな感じかな……」

 命がけの孤軍奮闘の死闘を、一人寂しく戦ってたと表現するあたり相変わらずなエリーゼだ。しかも当たらずといえども遠からずなのが余計に嫌味っぽい。

「だったら、私達も手伝いますッ!」

 そんな中、一人明るく振る舞うレンの言葉にクリュウは慌てて首を横に振った。

「い、いや、ダメだってッ! 相手はクシャルダオラなんだよッ!?」

「でも、お兄さんの故郷をこんなにした奴、私許せませんッ!」

 そう言ってレンは辺りを見回す。辺りは村の原型を留めていない程破壊され、林もなぎ倒され、家屋は崩れ、水路も潰れ、畑は土が抉れ、見るも無残な姿になっていた。そんなイージス村の姿を見て、レンはいつもは可愛らしい笑みを浮かべるその表情を、いつになく怒りに染めていた。

 そんな彼女の姿を見て、エリーゼは面倒そうにため息を零す。

「こいつ、言い出したら聞かないのよね。ったく、付き合わされるこっちの身にもなってほしいわ」

「だ、だからダメだってッ! 危険過ぎるッ!」

「あぁッ!? あんた、いつからのこの私を心配できる立場になった訳ッ!?」

 二人の気持ちは嬉しいが、危険な戦いに巻き込めないと二人の応援を拒否するクリュウに対し、彼のその言い方にムカついたエリーゼが逆切れる。

「あのバカシャルルにできて、この私にできない事なんてある訳ないじゃないッ! 私の苗字は要塞(フォートレス)よ。バサル装備の堅牢さ、ナメんじゃないわよ」

「い、いやでもさ……」

「――それに、ちょうど三人加わるから四人編成になりますし」

 笑顔で言うレンの言葉に、エリーゼに追い詰められていたクリュウがピクリと反応する――今、三人って言った?

「レン、今三人加わるって言ったよね? でも、君達は二人でしょ?」

「え? あ、はい。ここに来る途中で会った人なんですけど、お兄さんの知り合いみたいですよ?」

「僕の知り合い?」

「はい――あ、ちょうど来たみたいですよ」

 そう言ってレンが指差した方向、背後に振り返ったクリュウは目を見張った。

 

 ――カラン……カラン……――

 

 心地の良い鐘の音が聞こえた瞬間、体に力が漲るのを感じた。まるでスタミナが無尽蔵に沸き起こるかのような、そんな無限の力を得たかのような感覚。さっきまで疲労困憊だったのがウソのように、今は体が元気に満ち溢れている。

「さっすが狩猟笛ね。不思議なもんだわ」

 感心するエリーゼの言葉など、クリュウには聞こえていなかった。だって、そこにいたのは……

 

「久しぶりねクリュウ。あんた、まだ生きてた訳? しぶといわね……」

 そう嫌味を言いながらも、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた白みがかった金髪を優雅に流した少女。全身を包むのはカブレライト鉱石を主体にマカライト鉱石、ドラグライト鉱石、そして岩竜の涙などの鉱石で作られた淡い桃色の塗装を施されたハイメタUシリーズ。そしてその背には同色の巨大なハンドベルのような武器が背負われていた。その音色で自分及び周辺の味方やモンスターに多くの音響効果を与える支援型武器の究極系、狩猟笛。その一つ、世にも珍しい桜色の鱗で身を包んだリオレイア亜種の素材で作られた狩猟笛、サクラノリコーダー改。

 装備は以前と変わっているが、そのエリーゼにも負けず劣らずな勝ち気な瞳。でも今はそれを安堵から柔和なカーブを描かせ、暴言ばっかり吐く口も嬉しそうに口端を上げている。その笑顔の下にルフィールとはまた違う黒い過去を背負いつつも、健気にハンターとして生きる少女。フィーリアの親友であり、クリュウとは彼女を争ったライバルであり、共にリオレイアを捕獲した戦友――悪魔のサイレン、ルーデル・シュトゥーカだった。

「る、ルーデル? 君までどうして……」

「はぁ? そっちから助けてくれって手紙を寄越して来たんじゃない」

 何を言ってるのよこのバカ、とでも言いたそうな表情で呆れるルーデル。その言葉にクリュウの中で合点がいった。

 ルーデルは現在レヴェリを中心に各地を飛び回っているハンターだ。だとすれば、フィーリアが送った救援要請を彼女も知ったのだろう。それで駆けつけて来てくれたのだ。

「もしかして、僕達を助けに来てくれたの?」

「ま、まぁそうなるかしら?」

 なぜか頬を赤らめてそっぽを向くルーデル。だがそんな彼女の言葉にクリュウの顔に笑みが浮かぶ。すかさずルーデルの両肩を掴むと、彼女を無理やり振り返らせる。驚く彼女の手を掴み、クリュウは心から感謝した。

「あ、ありがと……ッ」

「ちょッ!? な、何でそんな泣きそうな顔してる訳ッ!?」

 慌てふためくルーデルの気持ちなど知りもせず、クリュウは何度も頭を下げる。その背後では「ねぇ、私達の時とはえらい違いなんだけど」「……お兄さん、ひどいですぅ」と完全に外野にされてしまった少女二人が不服そうにしていた。

「ま、まぁ正確には話を聞いた途端に私の制止も振り切って跳び出したバカ二人を追いかけて来たんだけど」

「それって、もしかしてルフィールとシャルルの事?」

「そう。今あの二人、レヴェリの屋敷に居候してるから。私が面倒見てたって訳」

「そ、そうなんだ。その、重ね重ねありがと」

「べ、別にあんたの為にやってる訳じゃないわよ」

 相変わらず素直じゃないルーデルの言葉も、何だか懐かしく感じてしまう。自然と微笑んでしまう彼の笑顔を見て、ルーデルもこっそりとほっと胸を撫で下ろした。イージス村の近くに古龍が現れたと聞いた時はどれほど心配した事か。それこそ本当に衝動的に跳び出した二人のように着の身着のままで飛び出したかった。だが相手は古龍だ。万全の準備を施して行かないと逆に足手まといになる。

 急いで行きたいのに、慎重に準備をしなければならない。そんなモヤモヤした時間に耐え、やっとの想いで彼の所に辿り着いた。ずいぶんボロボロにはなっているが、それでも無事な姿を見れて安堵したのだ。

 感動の再会。その余韻に浸っていたい所だが、相手はそんな余裕を与える気はないらしい。ゆっくりと起き上がったクシャルダオラは低く唸り声を上げてこちらを睨みつける。そんな古の龍を前にしてどこかぎこちないものの勝ち気な笑みを崩さないエリーゼ。そんな彼女の背後に立って怯えながらも健気に銃口を向けるレン。

「さぁって、ライザが聞いたら全力で止められるような相手にどう挑むべきかしら」

「古龍を見たら逃げろってのが世間一般の常識ですよね」

「まぁ、普通はね。でもごめんね、逃げるって選択肢はないんだ」

 これまでクシャルダオラと単身で激闘を繰り広げたクリュウはもはや臆する事なく二人の前に出る。自分だって普通は鋼龍に挑む事すらできない身分だ。自分よりも格下の、何より女の子を守らないとという彼らしい思考がそうさせているのだ。だが、そんな彼の肩を掴んで更にその前に出る者がいた。

「レヴェリは鋼龍を神龍と崇めているけど、さすがにこの悪行は許せないわね」

 そう言って最前衛に出たのはルーデル。持っていたサクラノリコーダー改を器用に自らの頭上で回転させ、最後には槍のように前方に向けて構える。その横顔は不敵に微笑んでいて――悪魔のサイレンという二つ名に相応しいものだった。

「安心してクリュウ。こっちは相手がクシャルダオラだって知って色々準備して来たんだから」

「準備? もしかして、その装備の事?」

「そうよ。これが私が用意できる最善――対鋼龍撃滅用装備よッ!」

 そう叫ぶと、ルーデルは単身でクシャルダオラに向かって突っ込んでしまう。慌ててクリュウとエリーゼが追いかけ、レンも遅れて銃を構えながら突撃する。

「ま、待ってルーデルッ! 奴は風の鎧を纏ってて近づけないよッ!」

 これまで幾度と無く自分の攻撃を阻み、そして自らの体を吹き飛ばした恐るべき鎧。未だそれを突破するまともな対抗手段を持ち合わせていないクリュウは焦ったように叫ぶ。だがルーデルはそんな彼の忠告を無視して更に加速する。どうやらすでに移動速度強化を施しているらしい。

「あのバカッ! 何が対鋼龍撃滅用装備よッ! ただの特攻じゃないッ! レンッ!」

「は、はいッ!」

 エリーゼの指示でレンが慌てて援護射撃を加える。装填されているのは貫通弾LV2。風の鎧を突破できる貫通弾の中で攻撃力と操作性が最も優れた銃弾だ。放たれた銃弾は簡単にクシャルダオラに命中して火花を迸らせる。

 そんなレンに援護射撃に一瞬クシャルダオラの意識がそちらに向いた瞬間、ルーデルがサクラノリコーダー改を構えてクシャルダオラの右斜め前から突っ込む。そこは風の鎧に守られていて近づけない角度だ。

「ルーデルッ!」

 焦るクリュウに向かってルーデルは一瞬振り返った。そして、その表情を見てクリュウは言葉を失った。なぜなら彼女は――笑っていたから。

「言ったでしょ? 対鋼龍撃滅用装備だって――粉砕撃破(ツェアシュラーゲン)ッ!」

 勇ましく咆哮するルーデルはクシャルダオラに飛び掛かる。その体は風の鎧で吹き飛ばされる――はずだった。だが、風の鎧は発生しなかった。驚くクシャルダオラの側頭部に向かって、不敵な笑みを浮かべたルーデルがフルスイングでサクラノリコーダー改で殴りかかった。

 激しい打撃音と共にサクラノリコーダー改の鐘の部分から黒い稲妻が迸った。その黒雷はクシャルダオラの体表にまとわり付き、火花を迸らせる。

 サクラノリコーダー改の打撃と、その特殊効果による黒い稲妻を受けたクシャルダオラが短く悲鳴を上げて仰け反った。そのままバランスを崩して再び横倒しになってしまう。

 一撃でクシャルダオラを横転させたルーデルの荒業を前に呆然とする三人。そんな三人の目の前にきれいに着地してみせたルーデルは不敵に微笑む。

「サクラノリコーダー改。こいつは龍属性の武器で、古龍が最も苦手とする属性よ。そしてこいつは――鋼龍の龍風圧を無効化する力があるのよ」

「龍風圧の無効化……って事は、風の鎧を無くせるって事?」

「肯定(ヤー)。つまり、私がいる限り、あいつは風の鎧を纏う事はできない。奴は裸同然って訳よ」

 不敵に微笑みながら自信満々に語る彼女の言葉に、クリュウは言葉を失った。今まで自分が何度挑んでもなかなか突破できなかった風の鎧。それを、ルーデルは難なく攻略してしまった。呆気無いと言えばウソになる。今までの自分の努力はなんだったのか……でもそれ以上に――

「――やっぱり、ルーデルには敵わないなぁ。すごいよ、ルーデルは」

 心から、戦友の頭のキレの良さを褒め称えた。彼女は危険を冒してここまで来てくれた。しかもただ来てくれただけではなく、ちゃんと鋼龍の情報を集め、精査し、その中から有益な情報をピックアップ。そしてその情報を元に最善の準備を整えてやって来た。

 情報が不足していた事は否めないが、対策を素早く実行できる彼女の実力はすごい。何より、彼女からすればこの村は今日初めて訪れた何の縁もない村だ。その村を守る為に、駆けつけてくれた。これが何よりも嬉しい。もちろん、その意味ではエリーゼとレンにも感謝の言葉でいっぱいだ。

「な、何よ急に。褒めたって別に何もないわよ」

 突然クリュウに褒められ、ルーデルは頬を赤らめてそっぽを向く。でもその表情は、どこか嬉しそうだ。

 藻掻くクシャルダオラを前に、クリュウ、ルーデル、エリーゼ、レンの四人が集結する。それぞれが選んだ最高の鎧を身に纏い、それぞれの手には最高の相棒が握られている。

 ゆっくりと起き上がるクシャルダオラと対しながら、四人もまた武器を構える。

「本当は逃げるべきなんだと思う。でも、ここは僕の大切な故郷。守りたい、故郷なんだ――だから、みんな力を貸してッ!」

 クリュウの言葉に、三人の乙女達はそれぞれが頼もしく微笑んだ。

「当たり前でしょ? 何の為にこんな辺境の片田舎まで来たと思ってんのよ」

「任せてくださいお兄さんッ! 私、がんばっちゃいますッ!」

「割に合わない仕事はしない主義なんだけど、売られたケンカは買わないと女が廃るのよ」

 三人の言葉にクリュウは嬉しそうに微笑むと、気を引き締めて再び正面に向き直る。すでに起き上がったクシャルダオラはこちらを憎々しげに睨みつけながら低く唸り声を上げている。その周りにあった風は、ルーデルの狩猟笛の効果で姿を消している。

 鋼鉄の鎧は厄介だが、最大の難敵だった風の鎧はない。これまでの長く苦しい戦いに比べれば状況はかなり好転している。何より、自分には頼れる仲間がいる。それが、彼にとっては何よりも心強かった。

「行くよッ!」

 彼の勇ましい掛け声と共に、乙女三人も鋼龍クシャルダオラに向かって走り出す。古龍を前にした戦いだというのに、その行軍は怯えを感じさせず、むしろ勇ましく感じる突撃だ。

 士気旺盛。勇ましく突っ込んでくる敵を前に、クシャルダオラもまた雄叫びを上げながら相対する。

 クリュウ・ルナリーフ、ルーデル・シュトゥーカ、エリーゼ・フォートレス、レン・リフレイン対鋼龍クシャルダオラの戦いが、今始まった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。