モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第216話 滅びゆく村 崩れ落ちる少年に振り下ろされる死爪

 第一次避難隊が村を出発してから一週間の月日が流れた。村に残された女性や子供、高齢者といった面々はなるべく一箇所に集まりながらレヴェリからの救援を待ち続けていた。

 主のいない村長の家は配給所となっており、人々が集めた食料で炊き出しを行なっている。今は昼時で、配給を取りに来た者達で賑わいを見せている。炊き出しの料理を作っている人の中にはエレナの姿もあった。自慢の腕を振るって次々の料理を作り上げている。その料理を食べて笑顔になる人々を見て、自らも笑みを浮かべる。だが、その笑顔にはどこか陰りがある。時々視線を辺りに巡らせて誰かを探すような素振りをみせる。誰を探しているかなど、決まっている。

 エレナが探し求める人物は、一人村にある矢倉の上で望遠鏡でイルファ山脈の様子を探る。厳戒態勢という事もあって、武具は完全装備し、ディアブロヘルムも脇に置いている。念には念を入れて必要な道具(アイテム)類は村長の家の庭に置いた荷車に積載している上に、村の各所に道具(アイテム)を設置している。これは最後の手段として市街戦を想定している為だが、そのような事態にならない事を切に願う。

 握り飯を頬張りながら、クリュウは先程からこうして双眼鏡片手にイルファ山脈を見詰めていた。エレナの温かい手作り料理ではないのは、彼女に会う事を躊躇っているせいだ。もう四日も彼女とは口を利いていない。時間が経つにつれて、話しかけにくくなっていた。

 謝らなければいけない。そんな事はわかっている。でも、気まずくてできなかった……

「はぁ……」

 思わず零れるため息。せっかくリリアが一生懸命に握ってくれた握り飯なのに、味がわからなかった。まぁ、リリアが塩を入れ忘れてしまったのでそもそも味などついていないのもあるが。

 ただ、今の自分には優先すべき事柄があるのも事実だ。この一〇〇人を無事に守り抜く事。それが今の自分の役目である。幸いこの村は元々小型モンスターの襲撃には強い。村の中心部に繋がる道を事前に封鎖したおかげでモンスターが潜り込んで来る事もなく、非常時だというのに平和な時が流れていた。

 そんな長閑な日々が流れていたのだが、リリアから握り飯を貰った際に彼は気づいた。遠くに聳え立つイルファ雪山上空に垂れ込めていた厚い雲が、解けているのを。慌てて矢倉へと上がり、その様子の観察を始めて今になる。

「晴れてる……?」

 イルファ山脈上空を覆っていた雲が解け、山を温かな陽の光が照らし始めている。一ヶ月以上陽の光を浴びる事のなかったイルファ山脈の突然の天候回復。クリュウが困惑するのも当然と言える。何せ鋼龍クシャルダオラが居座った為にずっと山は嵐に支配されていたのだから。

 だとすれば、クシャルダオラがいなくなった?

 フィーリア、サクラ、シルフィードの三人がクシャルダオラを倒したのだろうか? 

 何の情報もない今は、どう判断すればいいのかもわからない。とにかく、この状況をみんなに伝えなければ。そう思い、矢倉を降りようとした時だった。突如猛烈な風が吹き荒れ、矢倉が大きく揺れ出した。

「わわわわ……ッ!?」

 ハシゴに掴まりながら、必死に振り落とされないようにするクリュウ。だがその突風はすぐにおさまり、安堵のため息を漏らし、下がっていた視線を再び上げた時――彼は見てしまった。

「何で……」

 そうつぶやかずには、いられなかった。

 曇天の空に、奴はいた。全身が硬そうな灰色の鋼の鎧に変わってはいるが、見間違えるはずなどない。巨大な翼、鋭利なフォルム、細くも屈強な四本足、直視すれば身震いする程に恐ろしい鋭い碧眼――見間違えるはずなど、ない。

「何で、ここにいるんだよ――クシャルダオラあああああぁぁぁぁぁッ!」

 

 突如吹き荒れた強風に誰もが驚いた直後に響いたクリュウの怒号に誰もが天を見上げ、そして言葉を失った。村上空に突如現れた鋼の龍は風を纏いながら、呆然と見上げる人々を睥睨する。鬱陶しい敵の数に苛立ち、クシャルダオラは威嚇するように怒号を放った。

「グギャアアアアアァァァァァッ!」

 その怒号に呆然と見上げていた人々は正気を取り戻し、慌てて逃げ出す。何の統率もされておらず、バラバラの方向へと逃げる様は彼らの混乱っぷりを表しているかのようだ。

 散り散りに人々が逃げる中、一人だけその流れに逆らって鋼龍クシャルダオラの方へ向かう者がいた。

「クリュウッ!」

「ば、バカッ! 何してんのッ!? 早く逃げないとッ!」

 逃げる人々を掻き分けて駆け寄って来たエレナに激怒するクリュウ。だがエレナは首を横に振って「あんたも逃げんのよッ!」とクリュウの肩を掴んで無理やり連れて行こうとする。

「僕が逃げるのは一番最後だよッ! 今はみんなの避難が終わるまで奴を食い止めないとッ!」

「あんた一人で何ができんのよッ! あんた一人で――そんなに震えていて何ができんのよッ!?」

 エレナに言われて初めて自分が震えている事に気づいた。圧倒的な力で自分を鎧袖一触したクシャルダオラを前にして、すっかりビビってしまっているらしい。情けない自分の姿に吐き気が出そうだった。それでも、

「このッ!」

「あ、あんた何してんのよッ!?」

 クリュウは拳を何度も自分の震える足に殴りつけた。防具越しとはいえそれなりに痛い衝撃を何度も与えていると、少しずつ震えが収まった。呆然としているエレナに、クリュウは不敵に微笑んでみせる。

「そりゃ、怖いさ。みんなと一緒でも全く歯が立たなかった相手に一人で挑もうとしてるんだから」

「だ、だったら……ッ!」

「――情けなくても、虚勢くらい張らないと。みんなに示しがつかないでしょ?」

 そう言って彼が見詰める先を見て、エレナは言葉を失った。

 民家や木の陰などに隠れている村人達が、こちらを不安げに見詰めていた。中には二人に早く逃げるよう叫ぶ者もいたが、クリュウはこれらに対して首を横に振る。その間も、クシャルダオラはゆっくりとこちらに迫っている。

「僕はこの村のハンターだ。村を守る責任がある。それに、第二次避難隊約一〇〇人を守る義務もある。そんな僕が、逃げる訳にはいかないよ」

「で、でも……ッ!」

「……エレナ、頼みがある。みんなを早く地下の避難壕に誘導してほしい。どうがんばっても、僕ができるのはその時間を稼ぐ事くらいだからさ」

 ここで「大丈夫。この村は僕が守ってみせるさ」と豪語できない自分が本当に情けない。それでも、ウソをついた所で何も解決しない事もわかっている。だったら、素直に自分のできる限界を示すしかない。その方が、特に自分のウソを見破るのが得意なエレナには伝わる。幼なじみだからこその選択だ。

「クリュウ……」

 まだ震える足で立ちながら、それでも勝てない戦に挑もうとする幼なじみの姿に、もうエレナは何も掛ける言葉が見つからなかった。

「エレナのがんばり次第で、僕もがんばれる。頼まれて、くれるかな?」

「わ、わかったわ」

「そう言ってくれると思ってたよ。さすが僕の幼なじみだね」

 笑いながら言う彼の言葉に、胸が熱くなるのを感じる。頬まで赤らんでしまい、慌てて背を向けてそれを隠す。ニヤける口からはそれを隠すように「こ、この前は人の事他人扱いしたくせに。都合のいい時だけ幼なじみ扱い?」と意地悪な台詞が飛び出す。

「あ、あれはその……ごめん」

「いいわよ。あんただって、いっぱいいっぱいだったんでしょ? それに気づけなかった私も悪かったんだし。でも今度ドンドルマで高級レストランでのランチ、おごってもらうわよ?」

「……わ、わかったよ。それくらい安いもんさ」

「おぉ、羽振りがいいわねぇ。約束だからねクリュウ――死ぬんじゃないわよ、クリュウ」

「うん――みんなを任せたよ」

 それを最後に、クリュウはクシャルダオラへと歩み出て、エレナは村人の方へと走っていく。本当は危険に立ち向かう彼の肩を掴んで無理やりでも連れて行きたい。でも、今のこの状況でクシャルダオラにわずかでも太刀打ちできる可能性があるのは、彼だけなのだ。そして彼はそれを自分の責務として、逃げる事なく立ち向かおうとしている。自分にこれを、止める権利はない。

 だから、祈るしか無い。彼がきっと生きて帰って来ると。これまでと同じように、自分には祈る事しかできない。

 でも今は――

「みんなッ! 今すぐに避難壕に逃げるわよッ! 焦らず、でも急いでッ! クリュウがそれまでの時間くらいは稼いでくれるッ! だからお願いッ――あいつに無理はさせないでッ!」

 

「……ありがと、エレナ」

 背後で村人達が避難を始めるのを気配で感じながら、クリュウはゆっくりと歩み続ける。その間もクシャルダオラは巨大な翼を羽ばたかせ、風の鎧を纏いながらゆっくりと近づいて来る。いつの間にか村の上空には厚い雲が支配し、辺りを強い風が吹き抜けている。

 ディアブロヘルムを被り、視線を上げると、すぐそこにクシャルダオラは浮かんでいる。その凶悪な碧眼が自分を捉えた事を悟り、足の震えは更に加速する。引きつる表情を無理やり不敵なものに変え、精一杯の虚勢を張る。

「この村は来る者は誰でも大歓迎ってのが習わしだけど、さすがにお前にはお帰り願いたいね――さっさとこの村から出て行けクソ野郎」

「グオオオオオォォォォォッ!」

 言葉を理解した訳ではない。それでも、目の前に小賢しい者が自分に歯向かう者だというくらいは悟ったのだろう。それまでただ辺りを威嚇するだけだった気配は一瞬にしてより攻撃的なものにシフトする。その気配を一身に受けながら、クリュウは腰に下げた剣の柄に手を伸ばす。

 前回の戦いで使ったバーンエッジでは歯がたたない事はわかっている。何度か風の隙間に潜り込んで剣を叩き込むチャンスがあったが、クシャルダオラの鋼の鎧の前ではまともに傷をつける事ができないばかりか、弾かれてしまうだけだった。ならば、自分が持っている武器の中で最高の切れ味を誇る武器で応戦するしかない。

 クリュウが持つ、最高の武器。それは――

「……イリス、使わせてもらうよ」

 つぶやくように言いながら彼が取り出したのは灰銀色の剣と黄金の盾が一対になった武器。伝説の銀火竜と金火竜の素材を使って作られた、どんな甲殻や鱗をも引き裂く剣と様々な攻撃に耐える強固な盾。最強と呼ぶに相応しい伝説の武器。

 アルトリア王政軍国現女王にして従姉妹のイリス・アルトリア・フランチェスカから授けられた、クリュウが持つ武器の中では群を抜いての攻撃力と防御力を誇る武器。銘を――煌竜剣(シャイニング・ブレード)と言う。

 鋼龍クシャルダオラに対抗できる、彼が持つ唯一の武器。本当は自分の力で手に入れた訳ではない武器だから、正直使うのは少し気が引ける。だが今はそんな事を言っているような状況ではない。使えるものは全て使ってでも戦わなければいけない時なのだ。

 柄を握り締めると、実戦で使うのは初めてだというのに、まるでこれまでずっと死線を共にしてきた相棒のように手に馴染む。この武器はアルトリア王族の血に反応するとイリスは言っていた。その片鱗を見たとはいえ、まだ半信半疑は否めない。だが改めてこの手に馴染む感じを見れば、信じたくもなる――否、信じたい。この武器が、自分の最高の武器だという事を。可愛い従姉妹の選んだ剣で、村の命運を懸けた戦いに挑む。これを運命と言わずして何と呼ぶか。

 ゆっくりと剣を引き抜き、刃に映る自らの姿を一瞥し、剣先を飛翔する鋼龍クシャルダオラに向ける。

 自らに武器を向ける小賢しい者。先日の戦いで鎧袖一触に跳ね飛ばした相手。そういう認識しかなかった。だが今彼が握り締めている武器は何やら強力な力を秘めているような気がする。恐れている訳ではない。それでも、興味を持つには十分だった。

 自分が探し求める彼女は見つからない……だが不思議だ。目の前にいるこの小賢しい敵と、かつての彼女の姿が重なって見えた――面白い。

 この瞬間、これまで自らに近付く下等な生物としか思っていなかったクリュウの事を、クシャルダオラは一人の《敵》として認識した――敵ならば、全力で叩き潰すしかない。

 ゆっくりと翼を羽ばたかせ、クシャルダオラは地面へと降り立つ。

 村のメインストリートに降り立ったクシャルダオラ。それに対するは、この村で生まれ育ち、この村をこよなく愛する少年ハンターのクリュウ。

 イージス村という一つの村の存亡を懸けた戦いが、今始まる。

「行くぞクシャルダオラあああぁぁぁッ!」

「グオオオオオォォォォォッ!」

 ――互いの叫び声と共に、双方が大地を蹴って駆け出した。

 

「グオオオオオォォォォォッ!」

 浮遊する鋼龍クシャルダオラの風の鎧の外壁で次々に起こる爆発に次ぐ爆発の連鎖。風の鎧のおかげでダメージはないが、それでも鬱陶しい事この上なく、苛立つようにクシャルダオラは低く唸る。そんな彼に向かって次々に爆破攻撃を仕掛けるのは、先程からちょこまかと動き回っては小細工を重ねる敵。

「このぉッ!」

 こちらを見据えたまま動かずにいるクシャルダオラに向かって、クリュウは構えた小タル爆弾Gを二発投げつけ、続けて打ち上げタル爆弾Gを水平に撃ち込んだ。しかしいずれもクシャルダオラの周りの風が弾き飛ばしてしまい、全く関係のない場所でタル爆弾四発が起爆する。後には虚しい爆音だけが響く。

「いくら何でも反則だよ、それ」

 引きつった笑みを浮かべながら、クリュウは爆撃に対して全く動じていないクシャルダオラに向かって今度は投げナイフを二本投げつける。これらはうまく風の鎧を通り抜ける事に成功したが、いずれも今度はクシャルダオラの鋼の鎧に弾かれてしまう。諦めず、クリュウは今度は試しに音爆弾を投げるが、全く効果はない。

 一方、クリュウの度重なる攻撃に鬱陶しくなったのか、クシャルダオラは低く唸り声を上げると、動き回る彼に向かって風ブレスを撃ち放った。クリュウはこれを何とか回避したが、目標を見失った風ブレスはそのままクリュウの背後の家屋に直撃。その尋常ならざる威力に家は呆気無く破壊された。

「しまった……ッ!?」

 バラバラに砕けた家を見て、クリュウは悔しげに、そして憎らしげクシャルダオラを睨みつける。

 ここは狩場ではない。生まれ育った故郷、イージス村の敷地内だ。下手に動いてクシャルダオラの攻撃を避ければ、その先で知っている誰かの家が壊れる危険性がある。だが、だからと言ってクシャルダオラの攻撃を全てガードできるはずもない。そんなの物理的に無理だし、何より身体が持たない。

「くそ……ッ!」

 クリュウは舌打ち、崩壊した家屋を一瞥して走り出す。何とかクシャルダオラをなるべく家屋が少ない場所に誘導しなければ。ここはメインストリート沿いなので、被害が大きくなり過ぎる。そう考えて走り出すクリュウだったが、そううまくはいかない。横に走る彼を狙ってクシャルダオラが突進で迫る。慌てて回避したが、再びクシャルダオラは別の家屋に突っ込んでしまう。鋼の身体の直撃を受けた木造家屋が耐えられるはずもなく、木っ端微塵に全壊してしまう。

「……ッ!? この野郎ぉッ!」

 激昂し、怒りに任せて反転攻勢に出るクリュウ。だがそれを待っていたかのようにクシャルダオラは風ブレスで応戦する。頭に血が登っていたクリュウはこれを回避できずに直撃。全身を引き裂かれるような激痛と共に天空へと舞った。そのまま背後にあった家屋の壁に叩きつけられ、激しく咳き込む。

 だが休んでいる暇はない。再びクシャルダオラは風ブレスを撃ち放った。慌てて回避するが、またしても背後の家屋が損壊する。

「グリードさんの家が……ッ」

 何かが壊れる度に、クリュウの心は焦り、そして疲弊していく。

 慣れない市街戦。鋼龍クシャルダオラという圧倒的な存在。短時間の戦闘でも精神的、肉体的疲労はいつもの比ではない程に増加していく。しかもこちらの攻撃のほとんどが通用しないのだから、焦りばかり募ってしまう。

 クシャルダオラの背後に回り込み、再び小タル爆弾Gを投擲するも、風の鎧のせいで届かない。虚しく起爆する爆弾は、これで一体何発目だろうか。

「やっぱり、大タル爆弾Gじゃないとダメか……ッ」

 さすがのクシャルダオラの風の鎧も、圧倒的な火力を誇る大タル爆弾Gの威力は流し切れないだろう。相手に大ダメージを与えるには、それしか現段階では方法がない。だが、仲間の援護がある状況ならまだしも、単独でそれができるかどうか。

「できるかどうかじゃない。やるしかないんだ……ッ!」

 こちらに振り返るクシャルダオラに対し、クリュウは素早く撤退する。村の数ヶ所に大タル爆弾Gを設置してある場所がある。さすがに信管は抜いてあるが、それでもすぐに使える。問題は、信管を抜く隙をどう作るかだ。

「使いたくないけど、地の利しかないか」

 ここは自分が生まれ育った村だ。裏道や防御に使えそうな岩の位置などは全て把握している。地の利ではこちらが圧倒的に有利だ。だがそれは同時に村の設備や知り合いの家を危険に晒す事になる。村を守る為の戦いなのに、その村を犠牲にしなければないけない。身体を動かしているのとは違う胸の痛みが、彼を苦しめる。それでも、それしか方法がないのだ。

 林に逃げ込み、クシャルダオラの視界からうまく消える。それでもクシャルダオラは風ブレスであっという間に林を薙ぎ払ってしまう。だがそのわずかな隙でクリュウはうまくクシャルダオラを撒く事に成功した。後は一番近い大タル爆弾Gの設置場所に向かうだけだ。

「こっから一番近いのは、ステラさんの畑の裏ッ!」

 いつも瑞々しいシモフリトマトを分けてくれる優しいおばあさんの家。今は来春に備えて土作りをしている、そんな畑の裏に大タル爆弾Gを二発設置していた。隠しておいた爆弾を取り出し、手早く信管を抜く。これでもう起爆準備はできた。後は、

「さぁ、来いクシャルダオラッ!」

 構えた角笛を勢い良く吹く。村全体に響き渡る笛の音色は、今まさに地下の避難壕に逃げ込もうとしている人々にも響く。それらを誘導するエレナもまた、その音に顔を上げて、今まさに死闘を繰り広げているクリュウを想う。

「クリュウ……」

 角笛の音色は、確かに届いた。彼の姿を探していたクシャルダオラは振り返り、咆哮しながらその音源であるクリュウを目指して飛翔する。

 ちょうどクシャルダオラから自らを隠していた林の木々が荒れ狂い、その向こうからクシャルダオラが現れる。その姿に畏怖しつつも、クリュウは不敵に微笑む。

「さぁ、来いッ」

 その声に反応してか。クシャルダオラは唸り声を上げながら滑空して迫る。クリュウはバックステップで大タル爆弾Gから距離を取ると、その時を待つ。そして、

「喰らえッ!」

 持っていたペイントボールを投げつけた。放物線を描きながら飛ぶそれは、迫り来るクシャルダオラに向けたものではない。その直前に設置してある大タル爆弾Gに命中する。そのわずかな衝撃にも、中に詰め込まれた火薬は敏感に反応し、起爆。凄まじい爆音と爆風と共に爆発した。荒れ狂う爆風はクシャルダオラの風の鎧をも凌駕する風圧。距離を置いていたのに身体が吹き飛ばされそうになる程だ。

 この程度で倒れたとは思わない。それでも、それなりにダメージは与えられたはず。

 バイザー越しに黒煙の中にクシャルダオラの姿を探す。だが、それは必要なかった。突如風の向きが変わったかと思うと、立ち上るだけだった黒煙が渦を巻き始めた。まるで黒い竜巻と化したそれは、次第に黒煙を遥か空高くまで吹き飛ばしていく。そして、土煙だけとなった竜巻はまるで内部から爆発したかのように霧散――中から、クシャルダオラが現れる。

「く……ッ!」

 やはり、大タル爆弾G二発程度では大したダメージは与えられない。見ればクシャルダオラの体表にはわずかな焦げや傷があるが、どれも掠り傷と言っていい程だ。風の鎧がだいぶ威力を緩和し、そして残った破壊力も鋼の龍鱗の前ではその威力を防がれてしまう。本当に、無茶苦茶過ぎる相手だ。

「グオオオオオォォォォォッ!」

 クシャルダオラは怒鳴り声を上げ、クリュウに向けて迫る。距離が詰まっていた事もあり、クリュウは回避する時間もなく直撃する。寸前でガードしたとはいえ、鉄の塊がぶつかるような衝撃を逃がし切れるはずもなく吹き飛ばされ、背後のステラの畑に倒れる。柔らかな土のおかげでほとんどダメージはなかった。

 慌てて起き上がると、いつの間にか空へと登ったクシャルダオラが上空から風ブレスを叩きつける。寸前で回避したが、その一撃で畑には一瞬で大穴が空き、ステラが何十年かけて作った土が四方八方に無惨に飛び散った。さらに風ブレスは連続して放たれ、井戸を破壊し、小屋を破壊し、そして最後にはステラの家そのものを木っ端微塵に砕いた。

 背後で無惨な姿になったステラの家や畑を、クリュウは呆然を見詰める――もう、あの甘いトマトを食べる事はできない。

「……このぉ、お前だけは……お前だけはああああぁぁぁぁぁッ!」

 怒りに任せて、クリュウはあろう事か正面からクシャルダオラに向けて突っ込んでいく。冷静さを失った瞳は鋭い刃物のようにクシャルダオラを射抜く。だがそんな彼の鋭い視線も、クシャルダオラの硬い鎧の前では傷ひとつ付ける事はできない。バカ正直に真正面から突っ込むクリュウに対し、クシャルダオラは風ブレスで応戦する。逃げる事も、避ける事もせず、我武者羅に突っ込むクリュウはその一撃に呆気無く吹き飛ばされた。

 全身を切り刻むような風に跳ね飛ばされ、クリュウは地面の上に倒れる。震える腕を突っ張りながら何とか立ち上がろうとする彼を狙って再び襲う風ブレス。再び吹き飛ばされたクリュウは、今度は水路に落ちた。全身ずぶ濡れになり、思わず飲んでしまった水を咳と共に吐き出す。だが幸いにも三度目のブレスは水路の壁自体が防壁となってくれたおかげで受けずに済んだ。

 だがいつまでも水路に隠れていても安全とは言えない。姿勢を低くしたまま水路を進み、クシャルダオラの右側面から現れると、再び剣を構える。幸い水を浴びた事で冷静さを取り戻した彼は無闇に突撃する事はなく、回避と防御どちらにも動ける構えと距離でクシャルダオラと対する。そんな彼の方へとゆっくりと向き直ったクシャルダオラは、再び空中へと躍り出た。

「くそぉ……ッ! また空へ逃げるか……ッ!」

 別に相手は逃げている訳ではない。クリュウは人間で、クシャルダオラは古龍。全く違う種族の戦いは、お互いの主戦場が異なる。だがその差が、空を飛べない人間であるクリュウにとっては最大の壁だった。更に両者の間には例え真正面から戦い合ったとしても、埋められない程に力の差が歴然だった。クリュウも冷静な部分ではわかっている。むしろ相手がちょこまか動き回ってくれているおかげで、真正面からやり合わずに済んでいる。だからこそ、何とかここまで食い下がっていられるのだ。

 だが、互いに正面から戦う事を避ける戦いは、結果的に戦いを長期化させてしまう。戦いが長引けば、圧倒的にクリュウが不利だ。

 ならば、ここで逃げるのか?

 もうさすがに、住民は避難壕へと避難したはず。自分の当初の目的であった住民が逃げる時間を稼ぐ目的は果たしたはず――だが、この村を守るという、子供の頃に決意し、その為だけにがんばってきた最大の目的は、それでは果たせない。

 背後には、無惨に壊れた建物や畑が広がっている。このまま相手を暴れさせ続ければ、更に被害は増えてしまう。それに避難壕だって決して安全とは言えないし、クシャルダオラがここに常駐すれば逃げ出す事もできない。備蓄している食糧だって限界がある。

 全ての問題を解決するには、やはりクシャルダオラを撃退する他道はない。

 だがそれを、自分一人でできるかと問われれば――無理だ。自分一人では、火力も機動力も低過ぎる。何より単独では作戦を立てようにも使える手段が限られる。自分にとっては姉のような存在であり、現役最強の女性ハンターと謳われるキティ程の力があれば話は別だが、自分は至って凡なハンターだ。

 ゆっくりとこちらにクシャルダオラが向き直る間、クリュウの頭はこの絶望的な状況に対する焦りや不安でいっぱいになる。考えれば考える程に状況を理解し、それは最悪だと認めざるを得なくなってしまう。

 それでも、自分にできる事は――抗う事だけだ。

 例え見苦しく、勝てない戦だとしても、抗わなければいけない。

 例え仲間がいなくて、孤軍奮闘の負け戦になるとしても、少しでも相手に傷を負わせられれば、きっとクシャルダオラを追って戻って来ているであろう三人の負担を減らせる。

 勝てないとわかっていても、戦わなければならない時がある――それが、今だ。

 振り返ったクシャルダオラと目が合う。その瞬間、クリュウは握り締めていた剣を構えながら間髪入れずに突撃する。

 迫り来るクリュウに対し、クシャルダオラ正面から相対する。空中からクリュウ目掛けて蹴り掛かるが、クリュウはこれを回避。鋼の爪に抉られた大地を一瞥し、クリュウは一気にクシャルダオラに迫る。

 だが、クシャルダオラは自らの纏う風を強め、彼の接近を拒む。何度も接近する度に妨害された、あの風の鎧だ。これでは、クリュウはクシャルダオラに近付く事はできない――だが、例え負け戦だとしても、抗うからには全力で抗う。クリュウには、策があった。

 いや、策と言うにはあまりにも稚拙だ。ひらめきと言う方が相応しい。それでも、この圧倒的に劣勢な状況をわずかにも脱せる可能性があるなら、それに懸けるまでだ。

 クリュウは左手に握り締めたものを、クシャルダオラ目掛けて投げつけた。それは彼が最も良く使い、絶大な信頼を持つ相棒とも言うに相応しい道具(アイテム)。拳大のそれは、クシャルダオラの眼前で炸裂すると猛烈な光を放出して相手の目を焼いた。

 凄まじい光の直撃を受けたクシャルダオラは悲鳴を上げて地面へと落ちた。悠然と戦っていたクシャルダオラが初めて見せた情けない姿。横倒しになって暴れるクシャルダオラの周りに――風はない。

「今だッ!」

 地面へと落ちたクシャルダオラ目掛けてクリュウは煌竜剣(シャイニング・ブレード)を構えて襲い掛かる。これまで彼の接近を阻んでいた風の鎧はなく、安々と近付く事ができた。そのまま斬り掛かると、やっと刃が届いた。

 だが、刃自体はようやくクシャルダオラに届いても、彼を包む最後の鎧である鋼の鎧は非常に硬く、叩きつけた一撃はいとも簡単に弾かれてしまった。金属を殴りつけた時のような音と衝撃に顔を顰めるも、諦めず何度も剣を叩きつける。そのほとんどは弾かれてしまうが、よく見ればクシャルダオラの体表にわずかな傷が見えた。本当にわずかで、これでダメージを与えられているとは思えない。それでも、バーンエッジの時にはなかった光景だ。

 煌竜剣(シャイニング・ブレード)の切れ味の高さは、確かにクシャルダオラにも通用するのだ。自分の武器が通用する。それはハンターにとって何にも代えがたい希望だ。クリュウの顔もこれまでの暗いものからわずかながらも明るいものに変わった。

「行けるッ!」

 柄を握る手にも自然と力が入る。頭上高くまで振り上げた剣を一気に力強く下へと振り下ろす。火花を散らしながらも、鋭い刃先はわずかに鋼の龍鱗を削る。藻掻くクシャルダオラの横っ腹を何度も叩く。

 やっとの事で掴んだ一瞬の攻勢。でもそれは本当に一瞬の出来事であり、閃光玉の効果が切れると辺りに再び風が吹き荒れる。猛烈な風はもう一撃と剣を構えたクリュウをいとも簡単に吹き飛ばした。

 背中から地面に倒れたクリュウはすぐに起き上がる。その視線の先でクシャルダオラは再び風の鎧を纏い、辺りを震わせるような咆哮でクリュウを威嚇する。だがその声にも、クリュウは口元に不敵な笑みを浮かべる。

「やっぱり、閃光玉が効いている間は風は消えるんだ……ッ」

 イルファでの戦いの中で、一瞬だけ見えた光景。閃光玉でクシャルダオラの動きを止めていた際、風が弱まっていたように見えた。何度もあの時の光景を思い出し、この考えに至った。ある種の賭けだったが、どうやらその賭けは成功したらしい。

 だが、楽観的にはなれない。閃光玉の持続時間は短く、その時間しか風を止める術はないのだから。それに加えて閃光玉の数も限りがある。古龍の体力がどれだけあるかわからないが、限られた閃光玉で、しかも単独で与えられるダメージなどたかが知れている。正直、焼け石に水でしかない事くらい薄っすらわかっている。それでも、わずかな希望でも今の彼を動かすには十分だ――そうでも思っていないと、あまりの劣勢さに絶望しそうになるから。

 死中に活を求める。これしか今の自分にできる事はない。

 再び風を纏ったクシャルダオラはこちらに向かって地面を駆けて突進して来る。クリュウは横へ走ってこれを回避すると、背後に閃光玉を投擲。振り返るクシャルダオラは再び閃光玉で目を塞がれ、風の鎧を強制解除される。

 クリュウは再び接近を図るが、そう何度も同じ手段に引っかかるような相手ではない。目が見えなくても敵が近付く事くらいわかる。正面から迫るクリュウに対し、クシャルダオラはその鋼鉄の爪で薙ぎ払う。

「……ッ!?」

 寸前の所で足を止めたおかげで当たらなかったものの、クシャルダオラは構わずそのまま何度も辺りを爪で薙ぎ払う。鋭い切れ味の爪はいとも簡単土をしっかり固めたはずの村の道路を抉る。あんなものの直撃を受ければ、ディアブロシリーズの強固な防御力でも危険だ。

「クソォ、大人しくしてろよッ!」

 それでもクリュウは迫る。風の鎧は閃光玉の持続中しか解除できない。暴れる相手だとしても、今は接近できるチャンスなのだ。

 暴れるクシャルダオラの爪を避けながら、何とか懐に潜り込む。そこで足を踏ん張って、構えた煌竜剣(シャイニング・ブレード)を叩き込む。例え弾かれても、何度でも。だが、想いとは裏腹に閃光玉の効果を脱したクシャルダオラは再び風の鎧を纏ってしまう。吹き飛ばされ、背後の家の窓ガラスを割って中に弾き飛ばされるクリュウ。そこへクシャルダオラの風ブレスが放たれ、家は木っ端微塵に粉砕された。

 瓦礫と化した家の中から、ゆっくりとクリュウは起き上がる。全身を瓦礫で強打し、これまでの戦闘でのダメージも加わって足はフラフラ。正直、自分でも立ち上がれた事にびっくりしているくらいだ。視界が赤く染まっているのは、頭を怪我したせいか。痛む箇所に手を当てると、いつの間にかディアブロヘルムが脱げている事に気づく。辺りを見回しても、見つからない。きっと瓦礫の下に埋もれてしまったのだろう。

「……最悪だな」

 自分でも笑ってしまう程の最悪の状況だ。それでも、

「クシャルダオラ。正直、僕はお前が許せない」

 道具袋(ポーチ)から秘薬を取り出し、それを呑む。これでひとまず体力だけは元通りだ。全身の痛みもだいぶ緩和された。

 浮遊(ホバリング)するクシャルダオラはゆっくりと地面へと降り立つ。そこは花を愛するシリカ姉さんが丹精込めて世話している花壇の上。無惨にも踏み千切られ、纏う風の鎧は花々を茎から圧し折っていく。今はちょうど冬の花が咲いていたきれいな花壇は、グチャグチャだ。辺りを見回してみても、クシャルダオラによって村の建物や設備がかなり壊されている。木々もへし折られ、水路も途中で決壊してしまっている。正直、村の状況は中破といったところか。

「この村には、みんなの大切なものが詰まっている。それをお前は、ことごとく破壊した」

 低い唸り声を上げながら、こちらを睨みつける鋼龍クシャルダオラ。そんな彼に対し、クリュウも負けじと睨み返す。いつもの彼らしくない、怒りと憎悪に満ちた黒い眼光。

「だから僕は――お前をぶっ殺すッ!」

「グオオオオオォォォォォッ!」

 咆哮するクシャルダオラに向かって、クリュウは閃光玉を投げてから突っ込む。だがそう何度も同じ手段を食らう相手ではない。跳躍して閃光玉を回避してしまう。結果、閃光玉は鋼龍の背後で炸裂してしまう。クリュウは舌打ちして仕方なくクシャルダオラに接近する。遠くに行けば風ブレスの標的になってしまう。ある程度近づいて風ブレスを封じながら、風の鎧の範囲外で奴の隙を見極めるつもりだった。

 だが迫り来るクリュウに対しクシャルダオラは空中へと浮かび上がると、滑るように横移動してあっという間にクリュウの背後へと回り込む。慌てて気づいたクリュウが振り返るのと同時に、クシャルダオラは前脚で薙ぎ払うようにして彼を跳ね飛ばした。幸いガードが間に合ったので直接のダメージはないが、体勢を崩してしまった。そこへ容赦なくクシャルダオラは風ブレスを放つ。逃げる事も防ぐ事もできず、クリュウは吹き飛ばされて地面の上に倒れた。

 倒れたクリュウ目掛けてクシャルダオラが滑空で迫るが、寸前の所でクリュウは横に転がってこれを回避。すぐさま起き上がると急いでクシャルダオラから距離を取り、腰に下げていた手持ちでは最後の小タル爆弾Gを投げつけた。振り返ったクシャルダオラの顔面で炸裂した爆弾に、さすがの鋼龍も怯んだ。その隙にクリュウは改めて閃光玉を投擲した。炸裂する眩い光の一撃はクシャルダオラの視界を奪い、そして同時に風の鎧も奪い去る。

 無防備な姿となったクシャルダオラに向かって、クリュウは再び突っ込む。暴れるクシャルダオラの我武者羅な攻撃を全てかわし、懐に潜り込むと、クリュウは握り締めた煌竜剣(シャイニング・ブレード)を構え、力強く叩き込んだ。

 例え弾かれても、何度も何度も叩きつける。鬱陶しい相手を追い払うように振るわれる爪の薙ぎ払いに特に注意しながら、クリュウは猛攻を続ける。だがそれもわずか数秒の事。すぐに風の鎧が復活し、彼の体を強制的に排除する。クリュウは自らを押す風に逆らう事なく、むしろその風を利用して大きく後退。クシャルダオラと距離を取った。

 離れた相手に対し、クシャルダオラは唸り声を上げながら突進を仕掛ける。迫り来る鋼龍クシャルダオラに対し、クリュウもまた煌竜剣(シャイニング・ブレード)を握り締めて真っ向勝負を挑む。

 一人と一頭の激しい戦いは、それから一時間近くも続いた。

 

「がはぁッ!」

 背中を木に激しく強打し、肺の中の空気を一気に吐き出す。地面に倒れると、激しく咳き込んだ。腕を突っ伏して何とか起き上がろうとするが、もう力が入らず起き上がる事もできない。

 地面の振動が、ゆっくりとクシャルダオラが迫っている事を知らせる。霞む視界で辺りを見回せば、こちらに向かってクシャルダオラがゆっくりと迫っているのが見えた。相変わらず風の鎧は健在で、鋼の龍鱗は至る所に傷はあるが、どれも致命打にはなっていない。それがクリュウの全力攻撃の末の結果なのだから、力及ばずと言ったところか。 

 全身を襲う痛みは、もはや痛いを通りすぎて何も感じない。ただ、全身に力が入らない。痛みは生物としての生存が危うい際の危険信号だと言われているが、それが壊れているのだとすれば、自分はもうヤバイのかもしれない。

「バカ、言ってんじゃねぇ……ッ」

 妙に冷静な自分を叱責しながら、クリュウはそれでも起き上がろうとして足掻く。力の入らない腕を無理やり突っ張って何とか今さっき自分の背中を強打した木に背を預けるのが精一杯。足にはもう全く力が入らなくて、立ち上がる事は無理っぽい。

 思考もまるでモヤが掛かったみたいにハッキリせず、頬を流れる血は今も止まる気配はない。手当てが必要な事はわかっていても、そんな余裕もなかった。ずっとクシャルダオラの風に吹き飛ばされまくっていたのだから。

 閃光玉があった時は、何とか立ち回れていたが、それが底をつきた途端に一方的な戦いへと戻ってしまった。接近すれば風で跳ね飛ばされ、距離を取れば風ブレスで吹き飛ばされ、どちらも風という不可視な攻撃の為、距離感が掴めずどうしても回避がしづらい。結果、回復系の道具(アイテム)がほとんど失われる程のダメージを受けてしまった。

 回復手段もわずか、隙を作る閃光玉は底をつき、全身にはもう力が入らない。笑えるくらい絶望的な状況だった。

「クソォ……ここまでだって言うのかよ……ッ」

 自分はまだまだ戦える。戦わなくちゃいけないのに、体が言う事を聞かない。納得出来ないし、したくもない。だが、受け入れなくてはいけない現実だ。

 ゆっくりと足を進めていたクシャルダオラが、その歩みを止めた。低く唸りながら、こちらを睨みつけている。手にはしっかり煌竜剣(シャイニング・ブレード)だけは握り締めているが、振るう力もない。

 不気味な沈黙が数秒流れた後、クリュウは不敵な笑みを浮かべてクシャルダオラを見据える。

 何か策を思いついた訳ではない。状況は変わらず最悪だし、起死回生の何かがある訳でもない。それでも、最期の一瞬まで負けるつもりはない。

「僕一人を倒すのにここまで時間が掛かるなんて――お前も案外大した事ないな」

 人間の言葉を理解した訳ではない。それでも、自分をバカにされた事くらいは雰囲気でわかったのだろう。怒鳴り声を上げながら、クシャルダオラはその凶悪な爪を振り上げる。苦し紛れに、クリュウが盾を構えようとしたその時、突如爆音が辺りに轟いた。それもすぐ傍で。

「な、何……?」

 見れば、クシャルダオラに向かって次々に打ち上げタル爆弾が側面から撃ち込まれている。それらはこれまでクリュウが試したように風の鎧で弾かれて全然違う場所で炸裂しているが、クシャルダオラの意識を逸らすだけの効果はあった。

 突然の乱入にクシャルダオラが鬱陶しげに振り返る。その視線を追ってクリュウが目を向けると――少女が一人、無鉄砲にもクシャルダオラに向かって突っ込んで来るのが見えた。

「うおりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 勇ましい咆哮を上げながらバカ丸出しに突っ込んで来るのは全身を桃毛獣ババコンガやその幼体コンガの素材で作られたコンガシリーズで纏ったオレンジ色のツインテールを風に揺らす少女。腰に乗せて構えているのは柄の先端に鉄の檻が付いたようなもので、その中には不思議な光が煌めくバインドキューブと呼ばれるハンマー。

 その姿を見て、クリュウは我が目を疑った。

「な、何で……お前がここに……」

 霞む視界の向こうに見える少女は、見間違えるはずがない。自分にとって可愛い後輩であり、自分がピンチの時には勇ましく助けに突っ込んでくる。バカみたいに真っ直ぐで、バカみたいに直情的で、バカみたいに猪突猛進で、バカみたいに素直で、バカ丸出しな少女の名は――シャルル・ルクレール。

「兄者に何してやがりますかぁッ!」

「ば、バカッ! 突っ込むなッ!」

 シャルルは知らない。クシャルダオラは全身に風を纏っていて、近付く事すらできない事を。バカみたいに無鉄砲で、バカみたいに真っ直ぐ突っ込むシャルル。その体が風の鎧で吹き飛ばされる事くらい安易に想像できた。だが突如シャルルの背後に投擲された物を見て反射的に目を閉じると、それはまぶた越しでもわかる程の強烈な光を放った。閃光玉だ。

 目を開くと、閃光玉の影響でクシャルダオラは目を潰され、風の鎧は強制解除されていた。そして、無防備となったクシャルダオラの顔面に向かって、接近したシャルルは必殺の横殴りの一撃を放つ。体重と遠心力が加わった重い一撃は、クシャルダオラの顔面を吹き飛ばし、鋼龍は悲鳴を上げて倒れた。

「うぉっしゃあああぁぁぁッ!」

 自らの一撃で古龍をぶっ倒した事に歓喜の雄叫びを上げるシャルル。そんな彼女を呆然と見詰めていると、突如空から無数の矢が降り注いだ。風の鎧が解けている状態のクシャルダオラに対し、矢は寸分違わず次々に命中する。強撃ビンを備えた矢は次々に爆発し、例え鏃が弾かれても強撃ビンによってダメージを蓄積する。硬いモンスター相手には的確な攻撃だ。

 無鉄砲なシャルルに対する的確な援護と、鋼龍クシャルダオラの特徴を理解した道具(アイテム)の選択、そして遠距離からの的確且つ強烈な援護射撃。これら三つを併せ持つ者は、クリュウが知る限り一人しかいない。

「――間に合って良かったです、先輩」

 振り返ると、そこには妖精が立っていた。

 全身をオオツノアゲハの素材を使った黄色い飛膜で覆われた極彩色の鎧、パピメルシリーズを纏った少女。手には適度な連射力と遠距離射撃に適した硬いワイヤーとフレームを備えた鋼鉄製の弓、パワーハンターボウ1が握られている。

 極彩色の少女は、ぐったりとしている自分を心から心配していた。メガネの奥の不安そうに震える瞳がその証拠だ。その瞳は左右で色が違う。右目は晴天の空のような碧色、左目は燦々と煌めく太陽のような黄金色の瞳。

 邪眼姫(イビルアイ)。大陸伝説の一つ、人々に災厄をもたらす堕天使と同じ目をした少女。その瞳のせいで、辛い目にもたくさん遭ってきた。それでも彼女は腐らず、成長を続け、今こうして目の前に立っている。

 少し前に一度会っているはずなのに、何だかとても懐かしい。久しぶりに見る彼女は実に元気そうで、そして何より自分のピンチの時には必ず駆けつけてくる。自分にはもったいないくらいに頼りになり、可愛い後輩だ。

「ルフィール……何で……?」

 クリュウの問いに、少女――ルフィール・ケーニッヒは口元に小さな笑みを浮かべた。

「先輩の村が一大事だという事で、駆けつけて来ました」

 ルフィールは当然とも言いたげに、淡々と答えた。でもそれは、クリュウにとっては涙が出る程嬉しい言葉だった。

「兄者、無事っすか? 立てるっすか?」

 こちらに駆け寄って来たシャルルもまた不安そうにクリュウを見詰めながら手を差し伸べてくれる。

「あぁ、大丈夫だ」

 不思議だ。さっきまで立つ事もできなかったのに、今は何とかフラつきながらも立ち上がる事ができた。二人の姿を見て元気が出たのか、それとも後輩の前で情けない姿を見せたくないというちっぽけなプライドの為か。どちらにしても、二人のおかげでまた立つ事ができた。

「お前達……」

「詳しいお話は後です先輩。今は奴をどうにかしないと」

「あいつ無茶苦茶硬いっすよ――んで、あの野郎は何者っすか?」

 シャルルの言葉に思わず倒れそうになるのを何とか踏み止まった――こいつ、相手が古龍だと知らずに突っ込んだのか。相変わらず無茶苦茶で、そしてどうしようもないバカだ。

「あれは鋼龍クシャルダオラ。古龍の一種で、全身に風を纏った面倒な相手です」

「ほぉ、あれが古龍っすかッ!? ニッヒヒヒ、それはまたぶっ飛ばし甲斐がある相手っすね」

 楽しそうに言うシャルルを見て、クリュウは思わず苦笑を浮かべた。

 古龍を目の前に一度は戦意すら失った自分に対し、シャルルは相手が古龍だとしてもむしろ闘志を燃えたぎらせてしまう。戦闘バカと言えばそれまでだが、彼女のこういう真っ直ぐさは素直に尊敬できる。

「そうですね、先輩の大切な村をこんなにしたケジメは、しっかり取っていただかないと」

 そう言いながら、パワーハンターボウ1を構えるルフィールの表情はいつになく真剣だ。イビルアイは鋭く、怒りに満ちている。彼女は一度この村に来た事があり、この村の長閑さや村人の優しさを知っている。だからこそ、変わり果てた村を見て怒りを抱いているのだ。そしてそれは、見知らぬ村のはずのシャルルも同様だ。

「先輩の故郷を無茶苦茶にした奴を、シャルは絶対に許さないっすッ!」

 バインドキューブを構え、怒りに満ちた鋭い眼光でクシャルダオラを睨みつけるシャルル。そんな二人の少女の背後で、クリュウは閃光玉の効き目が切れて風の鎧を再び纏うクシャルダオラを一瞥し、二人の肩を掴む。

「気持ちは嬉しいけど、二人に負担は掛けられない。これは僕の戦いだ。だから二人はすぐに逃――げふぅッ!?」

 最後まで言う前に、腹部に炸裂した拳に悶絶するクリュウ。そんな彼を、殴ったシャルルが呆れたように見詰める。

「何らしくもなくかっこつけてやがるんすか。シャルはこれっぽっちも負担なんて思ってないっすよ」

「シャルルさんの言う通りです先輩。それに、先輩の戦いなら、それを全力で援護するのがボク達の役目――ボク達は、共に苦境を乗り切った第77小隊なんですから」

 そんな彼女達の言葉に、クリュウは呆然と二人を見詰める。二人共、いつの間にかずいぶん頼もしい顔つきに変わっていた。もう二年近く前、学生だった頃とは違う、成長した二人の後輩の姿――どうやら自分は、二人の事を少々軽く見ていたらしい。先輩として、情けない限りだ。

「……わかった。なら、こっちからもお願いするよ。正直、僕一人じゃあいつには全く歯が立たない。でもルフィールとシャルルと一緒なら、もしかしたら一矢くらいは報えるかもしれない。厳しい戦いになると思う。それでも――僕と一緒に、戦ってくれる?」

 クリュウの問いに対し、二人の返す言葉など最初から決まっている。

「何言ってやがりますか。んなもん当たり前っすよ」

「ボクと先輩は一蓮托生です。不肖イビルアイのルフィール・ケーニッヒ。先輩を全力援護させていただきます」

 笑顔で答える二人の返答に、クリュウもまた満面の笑みで返した。

「ありがと二人共。二人はやっぱり、僕の最高の後輩だよ」

 二年ぶりに再結成された第77小隊。もうひとりのメンバーであるクード・ランカスターはいないが、後輩二人と一緒のチームを組むのはずいぶん久しぶりだ。相手が鋼龍クシャルダオラというのは正直かなり厳しいが、それでも――たった一人で戦うよりはずっと心強い。

「シャル達の絆の力を、あの鋼野郎にたっぷり魅せつけてやりますよッ!」

 気合十分とばかりにバインドキューブをブンブン振り回して意気軒昂なシャルル。

「弓で挑むのは正直相性が悪い相手ですが、そこは知略で何とかします。ボクの武器は弓だけではありませんので」

 メガネのブリッジをクイッと上げて、相手にとって不足はないとばかりにパワーハンターボウ1を構えるルフィール。

「さぁクシャルダオラ。第77小隊の力、思い知らせてやるよ」

 煌竜剣(シャイニング・ブレード)を構え、不敵な笑みを浮かべながら一歩二人の前に出るクリュウ。

 三人の敵を前に、クシャルダオラは面白いとばかりに咆哮すると、大地を蹴って三人に向かって一直線に突撃して来る。

 迫り来る鋼龍クシャルダオラを前に、クリュウの「行くぞッ!」という掛け声を合図に三人もまたクシャルダオラに向かって突撃する。

 クリュウ・ルナリーフ、ルフィール・ケーニッヒ、シャルル・ルクレール対鋼龍クシャルダオラの戦いが、今始まった。


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