モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第21話 砂塵の二騎姫

 砂漠に到着した二人は早速岩場にある拠点(ベースキャンプ)で対ドスゲネポス戦の用意を整える。

 幌から詰め込んだ道具を次々に出して装備する。

「今回は緊急を要する狩猟の為、大タル爆弾を使用します。さらにシビレ罠やその他道具がかなりの量あるので、荷車も使います」

「荷車を?」

「はい。以前にも言いましたが、大タル爆弾は強力な道具です。通常は飛竜に使うんですが、今回は急を要するので大タル爆弾で早々に片付けます。動きの速いドスゲネポスにこれはあまり合った道具ではないんですが、シビレ罠と組み合わせます。しかしシビレ罠が効いている間が勝負ですので、スピードが大切です。詳しい作戦は後ほど。状況変化にともなって変更しますので。とにかく今は商隊が逃げ込んだ洞窟に向かいましょう」

「うん。わかった」

 フィーリアはクリュウに説明を終えると荷車に大タル爆弾やシビレ罠、その他多種多様な道具を詰め込むと今度はガンベルトに大量の弾を装備し、残った弾を袋の中に詰めて腰のベルトに掛ける。全ての準備を終えたフィーリアは大きな大タル爆弾などが搭載された荷車を引く。

「さあ、早速行きましょう」

「え? 荷車はフィーリアが引くの?」

 驚いたような顔をするクリュウに対し、フィーリアは気にした様子もなく笑顔を向ける。

「はい。後方支援の私が引いた方が効率がいいんです」

「そ、そっか」

 何となく女の子に重い物を持たせるのは男としては気が引けるが、確かに前衛の自分が荷物を持っていては逆にお荷物だ。

「では、クーラードリンクを飲んでください」

「う、うん」

 フィーリアは早速クーラードリンクを飲む。続いてクリュウも急いで飲み干す。もう慣れたが、やっぱり少し飲みにくい。

 クーラードリンクを飲み終えるとクリュウは前衛に、荷車を引いたフィーリアが後方に続いて歩き出す。

 岩場を出ると、そこはすぐに灼熱地獄。クーラードリンクを飲んでいくら和らいでいてもその暑さは容赦なく二人を襲う。この暑さばかりは慣れるものではない。

 砂漠は相変わらず砂の世界。何も動くものはない死の世界に見えるが、このどこかに大量のゲネポスとドスゲネポスが潜んでいる。

「フィーリア、大丈夫?」

「は、はい――ちょっと待っててくださいね!」

 そう言うと、フィーリアは顔が真っ赤になるほど力を入れて荷車を引っ張る。どうやら砂の上のちょっとの上り坂で苦戦しているらしい。

「て、手伝おうか?」

「い、いいです! これくらい何でもありません!」

 そう言うとフィーリアは荷車を必死に引っ張る。砂の上だからか車輪が空回りして抜け出せないらしい。ようやく抜けた頃には、フィーリアは汗びっしょりになっていた。

「だ、大丈夫?」

 肩を激しく上下させて荒い呼吸をするフィーリアを心配そうに見詰めるクリュウ。そんな彼の声にフィーリアは「だ、大丈夫です……」と息を荒くしながらも答えた。あまり大丈夫そうには見えないのは気のせいだろうか。

「と、とにかく商隊が逃げ込んだ洞窟を目指しましょう。地図で確認するとこの先のようです」

 道具袋(ポーチ)から取り出した地図と照らし合わせながら言うフィーリア。地図を覗き込むと、確かに情報の場所には洞窟がひとつあった。きっとここだろう。

「じゃあ、さっさと行こう。暑いし」

「そうですね」

 二人は再び歩き出す。急ぐ狩猟ではあるが今回は荷車を持っているのであまり機敏には行動できないのだ。

 歩きながらクリュウは辺りを警戒する。砂漠ではどこからモンスターが出て来るかわからないからだ。フィーリアもボウガンのスコープを使って遠方を確認している。

 辺りは不気味なほど静かだった。本当に生命が存在しているのか不思議に思う。

 肌を焦がすような熱線と熱が二人を容赦なく襲う。垂れた汗も砂の上に落ちると一瞬で蒸発してしまった。

 こんな所に生息できるなんて、モンスターは何てタフな生き物なのだろう。

 砂漠という過酷な環境の中を生きるモンスターは、今はその姿を隠している。広大な砂漠で疲れ果てた哀れな獲物を狙う為にだろうか。

 どこまでも続く砂漠を見詰めていると、そんな風に思ってしまう。

 しばらく歩くと、フィーリアが何かに気づいたようにスコープから目を離した。

「どうしたの?」

「前方にゲネポスの群れを確認しました」

「ほんと!?」

 フィーリアからボウガンを借りてスコープでクリュウもその方向を確認する。すると、まだ距離は離れているが、砂塵の向こうに茶色い動くものがいくつも見えた――ゲネポスだ。

「この方向は洞窟があるよね? つまりあれが包囲しているゲネポスって事?」

「おそらくは。まだ洞窟が見えないので正確な数はわかりませんが、洞窟から多少なりとも離れたこの位置に数匹のゲネポスがいるという事は、本陣はかなりの数が予想されます」

「三〇匹くらいいたりして」

 笑い飛ばすクリュウだが、フィーリアは首を横に振る。

「ドスゲネポスがいるとしたら、五〇匹はいるかもしれません」

 笑いが止まった。暑さとは違う汗が背中に流れる。

「えっと……」

「ちなみに私がドンドルマで狩りを行っていた頃にはゲネポスの討伐依頼で、ドスゲネポス二匹が率いた別々の群れ、合計一〇〇匹以上のゲネポスを狩りに出て行った四人編成のパーティが見事に依頼を完遂させた事がありました」

「……上には上がいるなぁ」

「まぁ、こう言ってはなんですがクリュウ様はまだまだかけだし。上は五万といます」

「五万人もッ!?」

「いえ、ものの例えなのですが……」

 そんなアホな会話を繰り返す二人だが、今回は時間もない。さっさと商隊を救出しなければならない。何せ命が懸かっているのだ。

「ではいつものようにクリュウ様が前衛で、私が後方から支援という形で」

「わかった」

 二人はゲネポスに向かって歩き出す。距離にしておよそ三〇〇メートル。二人はその間もまわりを警戒しながら進む。そして距離が一〇〇メートルほどに縮まり、フィーリアは荷車を置いてヴァルキリーファイアを構える。それを合図に、クリュウは地面を蹴って駆け出した。

 砂塵の向こうにいたゲネポスもこちらに気づき、敵襲の鳴き声を響かせる。その声に反応して奥からさらに五匹のゲネポスが同じく鳴き声を上げて突進して来た。

 クリュウは最初に鳴いて突っ込んできたゲネポスを回転斬りで吹っ飛ばす。砂の上に倒れたゲネポスだが、その程度ではまだ死なない。続いてゲネポス二匹が突撃して来る。最初に一匹を斬りつけ、後続の二匹目の突撃は盾でガード。すぐさまフィーリアの援護射撃が襲い掛かりゲネポスは体を撃ち抜かれる。突然の奇襲に体を仰け反らせて悲鳴を上げるゲネポスに、クリュウは前転して背後に回るとドスバイトダガーを叩き込む。ゲネポスは吹っ飛んで砂の上に倒れて動かなくなった。

 次にさらに三匹の後続のゲネポスが突っ込んで来る。クリュウはバックステップして一旦距離を取り、その隙にフィーリアが本領発揮の射撃を開始する。

 散弾LV1を装填したフィーリアは容赦なく連続攻撃を放つ。弾倉が空になると目にも留まらぬ速さで再装填。すぐさま撃ち放つ。

 鉄の暴風とも言うべきすさまじい集中砲火。命中寸前で炸裂して無数の小型弾丸が吐き出され、ゲネポスの体や砂を撃ち抜きすさまじい砂煙が舞い上がる。

 体中を無数の弾丸に撃ち抜かれた三匹のゲネポスが倒れる。残った三匹は血だらけの体のまま鉄の暴風を抜けて突撃して来る。敵ながらすごい。

「ギャアッ!」

 クリュウは突撃してくる先方の二匹の片方にまず一撃を入れ、もう一匹に蹴りを入れる。といってもこれは攻撃にはならずあくまで牽制。続く二撃を最初のゲネポスに叩き込み、ゲネポスは倒れた。蹴りを受けてひるんでいたゲネポスにクリュウはすぐさま薙ぎ払うように剣を振り抜く。それでゲネポスは吹っ飛び倒れて動かなくなる。残った一匹はフィーリアが正確に撃ち出した貫通弾LV1が頭部を貫き吹っ飛んだ。

 ドスランポスを倒せるまでに成長したクリュウと、リオレイアと激闘ができるフィーリアのコンビの前では、ゲネポスごときは敵ではない。

「ふぅ……」

 クリュウは暴れる心臓を空気を吸って押さえようとし、そのあまりにも熱い空気に肺が焼かれるような感じがして咳き込む。

「だ、大丈夫ですか?」

 置いてきた荷車を取りに戻っていたフィーリアが心配そうに訊く。そんな彼女にクリュウはちょっぴり無理をして笑顔を向ける。

「大丈夫だよ。本当は素材を剥ぎ取りたいところだけど……」

 今回は時間がない。師匠の教えに背く事になるが、この際仕方がない。名残惜しげにゲネポスの亡骸を見詰めながらクリュウは歩き出す。それに続いてフィーリアも荷車を引きながら歩き出した。再び振り向いた時には、鳥竜種は死すと溶解液を出すので溶けてしまったゲネポスの亡骸はすでにない。

 二人は再び歩き出した。

 熱風が吹くたびに砂が舞い上がり、視界を塞ぐ。障害物がない砂漠で唯一視界を奪うのがこの砂塵(さじん)。

 見えぬ周りを警戒しながら二人はゆっくりとだが確実に進む。

「そろそろ洞窟の周辺ですが」

 フィーリアは風に地図が飛ばないようにしっかりと押さえながらつぶやく。クリュウはうなずくとで前方を確認するが、砂塵が舞っているのでまるで見えない。

 しばし見詰めていると、ようやく視界が晴れた。

「クリュウ様!」

「うわッ!?」

 突如後ろからフィーリアに押し倒され、クリュウは受け身もできずに倒れる。幸い下は砂なので痛みはないが、熱い。

「な、何するの!?」

「前方にゲネポスの群れ! 大群です!」

「え?」

 クリュウは伏せながら前方を見る。と、距離にして五〇〇メートル先にぽっかりと洞窟が空いていた。そしてその周りには無数にゲネポスが動き回っている。その数は三〇ないし五〇といったところ。クリュウから血の気が引いた。

「ほ、本当に大群だなぁ……」

「これは厄介ですね……」

 フィーリアもあまりの数の多さに唇を噛む。これだけの数を二人でやるのは不可能に近い。そして何より、まるで傍観しているかのようにゲネポスの群れの中央にはその倍近い体格を持った大きなゲネポス――ドスゲネポスがいた。頭の上の左右に分かれた特徴的なトサカがリーダーの証だ。

 ドスゲネポスを呆然と見詰めるクリュウの横でフィーリアはギリリと歯軋りする。自分達の状況の悪さに言葉も出ない。

「クリュウ様……」

 その声には《本当に行くんですか?》という確認が混ざっていた。クリュウは決断を迫られるが、揺れている。その時、

 ドガァンッ!

「「!?」」

 突如洞窟の前で爆発が起きた。ゲネポス達が一斉に動き出す。

 立ち上る黒煙の中から現れたのは二人の人間――ハンターだった。

「ハンターッ!? 何でここにッ!?」

「流れのハンターでしょうか?」

 驚く二人はそのままその二人のハンターを見詰める。遠くてよくわからないが、二人の武器はランスらしい。しかし片方はその先端から爆音と共に砲撃している。どうやらガンランスのようだ。

 二人の奇襲にゲネポス達は慌てるが、ドスゲネポスの一声で一斉に動きが変わる。

 まるで軍隊だとクリュウは思った。

 ドスゲネポスの掛け声と共にゲネポス達は一斉に五匹程度の小隊に分かれて動き出す。すさまじいチームプレーだ。

 一方のランスとガンランスのハンターは一旦後退して洞窟の前で構える。どうやらあの二人が洞窟を守っているからゲネポスは洞窟の中に入れないらしい。

 だがランス、ガンランスは共に対大型モンスターの武器。その巨大な槍の一撃は強力な飛竜の鱗をも貫き、その巨大な盾は全武器最高の防御力を誇り、上級武器ではあの火竜のブレスをも防ぎ切る事ができる。しかしその反面機動性が低いので、こうした小型モンスターの群れに囲まれた際は不利な武器でもある。

 予想通り、ゲネポスの連続攻撃に二人は次第に押され始めた。これはまずい。

「フィーリア! 援護に行くよ!」

「はいッ!」

 クリュウの掛け声と共に二人は一斉に駆け出した。クリュウは先発、フィーリアは荷車を引っ張って遅れて突撃する。

 突如現れた二人に最初に気づいたのはドスゲネポス。

「ギョオワッ! ギョオワァッ!」

 その声に後方にいたゲネポス十匹が方向転換して二人に向かって突撃する。

 クリュウは迫るゲネポスに向かって道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出してピンを抜き、投げつける。二人が一斉に目をつむった刹那、閃光玉が炸裂した。

 次に目を開けると、ゲネポス十匹とドスゲネポスが目を潰されていた。

 二人は目で合図し混乱するゲネポスに突っ込む。邪魔な二匹を薙ぎ払い、そのまま突っ込む。その先にはドスゲネポス。

「フィーリア!」

「はいッ!」

 フィーリアは荷車を急停止させてシビレ罠を投げ、クリュウはそれをうまくキャッチする。一瞬ズシンと重みが腕を襲ったが、すぐに無視してドスゲネポスの下に潜り込み、設置。すぐさまピンを抜く。

「ギョオワァッ!?」

 ドスゲネポスは悲鳴を上げて痙攣する。シビレ罠成功だ。

「フィーリア!」

 そう叫んだ時にはすでにフィーリアが大タル爆弾を二つ抱えて持って来ていた。結構重いからか、その足取りはフラフラしているが、しっかりと前に進む。

「クリュウ様! 急いで!」

 フィーリアから片方の大タル爆弾を受け取り、ドスゲネポスの横へ設置。その反対側にフィーリアも設置する。後は起爆させるだけだが、大タル爆弾自体には起爆装置はない。

 二人は一斉に駆け出す。そろそろシビレ罠が解ける頃。フィーリアは急いでボウガンを構えて撃ち放つ。その一撃は大タル爆弾を貫通し、爆発した。

 ドガアアアァァァンッ!

 すさまじい爆発が辺りを包む。先程のガンランスの爆発よりはるかに巨大な爆発だ。すさまじい爆風が二人を吹っ飛ばす。

 舞い上がる黒煙。ゲネポス達はそれをただ呆然と見詰める。

 そしてクリュウとフィーリアはすぐに起き上がって確認する。あの一撃はかなりの威力。何せ飛竜の強力な鱗すら吹き飛ばす威力の爆弾。ドスゲネポスごときではその威力の前では無力だ。

 黒煙が晴れた。二人は息を呑む。

 見詰める先には……ドスゲネポスが立っていた。

 クリュウは悲鳴を上げる。その横でフィーリアは新たな弾を装填して構えた。

 ドスゲネポスはギロリと二人を睨みつける。その恐ろしい形相にクリュウは恐怖する。

 だが、さすがに大タル爆弾二発は彼にとっても大ダメージらしい。焼け焦げた皮膚からは赤い血がダラダラと流れている。

 ドスゲネポスはしばし二人を睨んでいたが、そのうち回れ右して走り出す。逃げ出す気だ。フィーリアが貫通弾LV1をドスゲネポスに向かって連続射撃するが、決して深追いはしない。本当は追いたいところだが、今回の依頼はドスゲネポスの討伐ではなく商隊の救出だ。逃げてくれるのはこちらとしては嬉しい事だ。

 ゲネポス達は呆然としていたが、慌ててボスの後を追って駆け出す。

 残ったのは十匹以上のゲネポスの死骸。このほとんどは先程の大タル爆弾の爆発に巻き込まれたものだ。

 二人は去って行くゲネポスの群れを一瞥し、洞窟の前で死守していた二人のハンターに駆け寄る。

 二人は膝をついて荒い息をしていた。そんな二人に近づいたクリュウはその姿を見て少し驚いた――二人とも女の子だった。

 ランス使いは頭以外をイャンクックの桃色の鱗や甲殻に包まれたクックシリーズに銀色のパラディンランスを装備した、薄桃色の髪をポニーテールで纏めた少女。

 ガンランス使いは同じく頭以外に色違いの世にも珍しい青いイャンクック亜種の素材を使ったクックDシリーズに武器は鉱石を使ったアイアンガンランスを装備した同じく薄桃色の髪をツインテールで纏めた少女。

 どちらもクリュウやフィーリアと同じくらいの年頃の少女だ。よく見ると二人はそっくりな顔をしている。双子だろうか。

「だ、大丈夫?」

 クリュウが声を掛けると、ポニーテールの少女が凛とした鳶色(とびいろ)の瞳でキッと睨みつけてきた。

「あんた誰? 何でこんな所にいるのよ」

 礼儀というものを知らないで育ったかのような粗暴な態度。クリュウは怒るよりも呆れてしまう。すると、隣のツインテールの少女が慌てた様子で笑顔を振り撒いた。

「助けていただきありがとうございます」

 クリッとした鳶色の瞳がかわいいこっちの少女は礼儀正しい。きっと双子なのだろうが、一体どこで遺伝子が遺伝のボイコットをしたのだろうか不思議だ。

 ツインテールの少女はフィーリアにもお礼を言うと自らの胸に手を当てて名を名乗った。

「私はレミィ・クレアと言います。あ、こっちは私の双子の姉でラミィ・クレアです」

「こっちとか言うなッ!」

「うぅ、ごめんなさい」

 なるほど。この乱暴で礼儀もクソもない男女がラミィで、こっちの優しくて礼儀正しい女の子の鏡のような子がレミィか。うーむ。やはり双子らしい。ここまで性格が正反対だともはや奇跡としか言いようがない。

 クリュウは睨みつけるラミィとじっと見詰めるレミィに今度はこっちが自己紹介する。

「僕はクリュウ・ルナリーフ。彼女はフィーリア・レヴェリ。よろしくね」

 クリュウと紹介されたフィーリアは柔和な笑顔を向ける。レミィは「こちらこそ」と笑顔で応え、ラミィは「よろしくね」とフィーリアだけに笑顔を向け、クリュウは睨まれる。何か悪い事でもしただろうかとクリュウは困惑する。

 ラミィはキッとクリュウを睨んだ後再びフィーリアに向き直るが、そこで硬直した。レミィがそんな姉に気づいて彼女の視線を追い、そして硬直した。

 二人の視線の先にはフィーリア――正確には彼女が身に纏うレイアシリーズに集約されていた。

「え? うそッ!? これレイアシリーズ!?」

「はわわわッ! これが噂に聞く雌火竜の素材を使ったレイアシリーズですかぁッ!?」

「え? そ、そうですよ」

「すっげぇッ!」

「すご過ぎですぅッ!」

 二人はハイテンションでフィーリアをキラキラした目で見詰める。

 ハンターにとって武器や防具はそのハンターの実力の象徴である。実はすご腕だがあえて弱い装備をする者も確かにいるが、基本的には皆自分の実力に見合った装備をする。そしてレイアシリーズは見た感じまだかけだし(クリュウよりは上だろうが)に近い二人にとっては尊敬の存在であった。

 一人残されたクリュウは苦笑いする。

「さ、さすがレイアシリーズだね」

「でもさ、何であんたみたいな人がこんな雑魚と組んでるの?」

 グサァッとラミィの言葉がクリュウの胸を貫く。レミィが慌てて「新米ハンターの教習か何かですかぁッ!?」とフォローを入れる。

「建て前はそうですけど、私達は大切な仲間同士ですよ」

 フィーリアの言葉に、クリュウはジーンとする。心の中で何度もありがとうとお礼を言ってしまう。

「えぇ? この程度の奴がぁ?」

 グサァッとラミィの言葉がクリュウの心を貫く。確かに自分は彼女達のクックやクックDよりも弱いランポスシリーズだ。彼女達にとっては《この程度》である。

 ラミィはジッとクリュウを見下したような目で見る。その視線にクリュウはムッとしながらも耐える。

「あんた、イャンクックを倒した経験は?」

「な、ないけど……」

「はぁ? バカじゃないの?」

 とどめの一撃。クリュウはその場にがっくりと倒れた。

「クリュウ様!? お気を確かに!」

「お姉ちゃんのバカぁッ! あぁッ! 大丈夫ですか!?」

 フィーリアとレミィが慌ててクリュウを起き上がらせて励ますが、クリュウは泣きそうな顔をしている。

 周りには自分と同じくらいの女の子なのに、自分よりも強いハンターばかり。男として、ハンターとしてのプライドが、原形を留めていないくらいボロボロになった。

 そんなクリュウをフィーリアは看護する。

 すると、ラミィは思い出したように不思議そうな顔をして二人に問う。

「でもあんた達何でこんな所にいるのよ」

「それは、この洞窟の中にいる商隊の救援依頼を受けて――」

「はぁッ!? それはあたし達が受けた依頼よ!?」

 ラミィの言葉に、クリュウとフィーリアは顔を合わせて驚く。まさか二重契約(ダブルブッキング)だろうか。そうなると厄介な事になる。

「きっと緊急の依頼だったから統制がとれてなかったんですね。だからこんな事態に……」

 レミィの説明に、三人は納得した。緊急依頼は何かおかしな事が起こるのは結構ある。それだけ急いでいるのだ。今回もそれの一つだろう。

「でもギリギリ四人で良かったですよぉ。それ以上いたら大変でしたぁ」

 そう言ってレミィは笑顔を浮かべる。

 彼女が言うのは、ハンターのチームは四人という暗黙の了解の事だ。

 これにはある伝説が関わっている。それは何十年も昔、シュレイド地方にあるココット山にて行われた古龍討伐の際、後にココットの英雄と呼ばれるハンターと四人の仲間は激闘の末にこれを討伐したが、彼の婚約者であった女性が命を落とした。これがココット村英雄伝説であり、後の世にハンターという存在を世に知らしめた話である。これ以降ハンターは五人以上で組むと仲間を失うというジンクスが生まれ、ハンターは四人以下で組むのが通例になった。レミィが言ったのは五人以上だと不幸が起きるというジンクスからだ。

「まあ、もし死人が出るとしたらあんただろうけどね」

 ラミィはクリュウを見ながら笑いながら言う。さすがにこれにはクリュウもカチンをくるが、女の子にむきになる訳にはいかないとグッと怒りを押さえ込む。

 無礼極まりない態度をするラミィの横では、レミィがすみませんを連呼している。なんともかわいそうな妹だ。

「とにかく、商隊の方々に会いましょう」

 フィーリアの提案に三人はうなずくと、辺りにゲネポスの姿がないのを確認して洞窟に入る。

 洞窟の中は当然ながら暗い。そして何より寒い。灼熱の日光が遮られ、冷たい地下水が流れるここは雪山並みに極寒である。暑いのは嫌だが寒いのも嫌だ。

 ラミィとレミィ(正確にはレミィだけだが)に案内されて中へ進むと、開けた場所に出た。そこには五匹のアプトノスと五台の竜車が止まっていた。そのまわりには数十人の人々が寒さから逃れようと固まっていた。

「みなさぁん! ゲネポスの群れは離れましたよぉッ!」

 レミィが元気良く言うと、人々の顔に笑顔が浮かんだ。皆一瞬にして希望に満ち溢れる。

「本当かい嬢ちゃん!?」

「本当よ。だったら確かめて来なさいよ。辺り一面砂しかないから」

 ラミィが自慢げに言う。ここで頭であるドスゲネポスを追っ払ったのは自分達だなんて言ったら、たぶんあの体に不釣合いなほど大きな槍で貫かれるだろう。

「そうかいそうかい! じゃあ早速出発だ!」

「助かったよお嬢さん!」

「ハンターさんありがとう!」

 人々は口々にラミィとレミィにお礼を言う。そんな光景をクリュウとフィーリアは見守る。と、人々の何人かそんな二人にも気づいた。

「おや? そっちのハンターさんは?」

「あの方達がドスゲネポスを追っ払ってくれたんですよ!」

 レミィは嬉しそうに満面の笑みで話す。途端に人々は二人の周りにも群がって口々にお礼を言う。二人はそれに笑顔を浮かべるが、ふと視界の隅でラミィがレミィの頭を引っ叩いているのが見えた。かわいそうに。

「では行きましょう! あくまで追っ払っただけですので、いつ戻ってくるかわかりませんから!」

「あんたが仕切るなぁッ!」

 ラミィの怒鳴り声を無視し、クリュウは先頭に立って商隊を外へ連れ出す。再びの灼熱地獄。しかしそこにはゲネポス達の姿はない。人々から歓喜の声が上がる。

「じゃあ今のうちに脱出しましょう!」

「だから仕切るなってッ!」

 クリュウ達四人のハンターは商隊を護衛しながら灼熱地獄である砂漠を進み出した。


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