モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第208話 壮烈な人形姫の覚悟 涙の果てに過去との決別の時

 山頂に轟く大爆音。エリア8にで巻き起こった爆風は空からチラチラと降って来る雪と地面の上に積もった雪を吹き飛ばし、熱波は一瞬にして雪を焼いて水に変化させ、さらに次の瞬間には蒸発して白い煙となる。

 まるで火山の爆発のような天に上っていく漆黒の黒煙と、猛々しいまでの火柱。その外縁を包み込む蒸気の壁。それを包囲するように見守る四人の狩人の表情はもはや疲労困憊と言うに相応しいまでに憔悴しきっていた。

 鈍色の雲に覆われていてよくはわからないが、すでに時刻は夕刻を迎えようとしている。朝早くから始まった狩猟はすでにかなり長引いていた。エリア同士が離れているイルファ雪山の地形による移動時間もあるが、それ以上にティガレックスの体力はこちらの予想を遙かに上回っていたのだ。

 もう倒れてくれ。祈るように見詰めるクリュウ達の視線の先で、黒と白の煙が霧散した。

「ゴアアアアアァァァァァオオオォォォッ!」

 黒煙を吹き飛ばしながら天高く轟く怒りの咆哮(バインドボイス)。ゆっくりと姿を表したのは、全身を焼かれ、斬られ、叩き潰されてボロボロの体をした轟竜ティガレックス。そのダメージは相当なもののはずだ。それでも、ティガレックスは倒れる事はなかった。ゆっくりと一歩、大地を踏みしめるように歩きながら、呆然としている狩人達を威圧する。全身を怪我し、体表は流れ出る血で赤く染まっていてわかりづらいが、血走った眼光は怒り状態を意味する。

 威風堂々と立つティガレックスを前に、最後の希望が砕かれたクリュウは呆然としたまま膝を折った。

「……もうダメだよ」

 思わず零れる弱音。だが、それは無理もなかった。

 強敵ティガレックスを相手に、クリュウ達は全力を尽くした。持てる技術(スキル)と道具(アイテム)を駆使して奮闘し続けて来た。だが、ティガレックスはそんな彼らの希望を無惨にも砕いてしまった。

 動き回るティガレックスを拘束する為の必需品だった閃光玉は底をつき、シビレ罠も残りわずか一つ。回復薬や食料といった類も少なくなっていた。決戦兵器として持ち込んだ大タル爆弾G四発も、わざわざフィーリアが眠らせてから設置しての爆破という最も破壊力のある使い方を選んで使った――だが、ティガレックスは倒れる事なく今自分達の前に立ち塞がっている。

 万策尽きた……

 今まで自らを鼓舞し続け、戦意を保ち続けてきた希望が砕かれた今、クリュウにはもう何もできなかった。

 絶望に打ちひしがれているのはクリュウだけではない。フィーリアも電撃弾を全て消費してしまい、残る銃弾もわずかという有様。さすがのシルフィードも万策が尽きた状況に悔しげに歯軋りする。

 もはや戦う気力すら失われてしまったクリュウ達に対し、ティガレックスは唸り声を上げながらゆっくりと迫って来る。まるで、無力なこざかしい敵を嘲笑うかのように、悠々とした足取りで迫る。

 シルフィードがひとまず撤退しようと全員に指示を飛ばそうと決めた瞬間――ティガレックスの前に一人の少女が立ち塞がった。

 戦意を失った三人の視線を一身に受けながら、ただ一人希望の光を失う事なく輝き続ける少女。異国の鎧は戦闘の激しさを物語るように傷だらけ。手に握る愛刀の刃も所々刃こぼれしてしまっている。それでも――彼女の隻眼は猛々しい闘志に満ち溢れていた。

「……私は絶望しない」

 雪風にのって来たのは、そんな彼女のつぶやき。

「……私は貴様に与えられた絶望から生き延びた」

 静かな、それでいて厳しく、そして厳かな彼女の声。

「……私は負けない」

 頬を切ったのか、流れる真っ赤な血を人差し指で拭い取る。

「……例え刀を失っても蹴手繰り倒してやる。足を失っても殴り掛かってやる。腕を失ったら体当たりしてやる。首を切られたら噛みついてやる。歯を奪われたら睨みつけてやる。目を潰されたら罵倒してやる」

 壮絶でいて、強い覚悟に満ちた言葉を口にしながら、ゆっくりと人差し指についた血の滴を、そっと鬼神斬破刀の刃先に垂らす。

「……私は負けない。私が負けを認めたら、私の背後にいる人を守れない」

 彼女の言う《人》は、クリュウ達の事であって、クリュウ達の事ではない。護衛の女神とも謳われる彼女の信念――守ると決めた、全ての守るべき者達。

「……私は決めた。全てを守るって。例え夢物語だとしても、私は夢を諦めない」

 それは、クリュウと再会した時に彼女が言った言葉。彼女が全てを失って、そして得た、彼女の信念。

「……嘲笑うなら好きにしなさい。英雄気取りだって卑下するなら勝手にしなさい。子供の妄言だと一蹴するならほざいてなさい」

 言っている事は、子供のわがままの延長線かもしれない。それでも、彼女はその夢を諦めない。

「……私は負けない。命が尽きるその瞬間まで、私は負けを認めない」

 ゆっくりと刃先から鍔にかけて、鬼神斬破刀の刃を血の滴が流れ落ちる。

「……だって私は」

 ゆっくりと垂れる血の滴が、まるで鬼神斬破刀が飲み込んだかのように、鍔先に消える――

「――私は勝利しか信じない」

 構えられた鬼神斬破刀が猛烈な電撃を迸らせる。周辺の雪を一瞬にして蒸発させるような強烈な電撃は、辺りを神々しく、猛々しく、荒々しく煌めかせる――それはまるで、主の想いに応えるかのような鬼神斬破刀の忠誠心の雷撃だったのかもしれない。

 辺りを包み込む水蒸気と電撃を纏う戦姫を前に、ティガレックスはその歩みを止めた。彼女の威圧に足を止めたのか、単純な気まぐれなのか、警戒心からなのか、それはわからない。だが、その蒼色の瞳は雷撃姫の姿を捉えたまま離さない。

「……クリュウ」

 迸る電撃を纏いながら、サクラは少し振り返ってそっと背後で膝を折っているクリュウに声を掛ける。彼女の勇ましい背中をずっと見詰めていたクリュウは、彼女のわずかに見える横顔を見詰める。

「……例え使える道具がなくなっても諦めてはダメ。その時は決してあなたを裏切らず、且つ決してあなたの傍を離れない、あなたに忠誠を尽くす――私を使って」

 雪を蹴散らし、サクラは雷撃を纏いながら跳躍する。猛烈な勢いで周囲の雪を蒸発させながら、怒濤の勢いで彼女はティガレックスの正面から突っ込む。迫り来るサクラに対し、ティガレックスは雪玉を投げつける。

 眼前から迫る巨大な雪玉相手でも臆する事なく、彼女はさらに加速する。そして――雪玉を真っ二つに斬り裂いた。驚くティガレックスに向かって、彼女は止まる事なく突き進む。

 ティガレックスの眼前に向かって跳躍したサクラは雷撃を纏う鬼神斬破刀を構えながら突貫。ティガレックスの額目掛けて刀を振り下ろした。迸る電撃と共に決まった一撃に、ティガレックスは悲鳴を上げて仰け反る。だがサクラは構わず刀を横に振り抜いてさらに一撃を入れると跳躍。ティガレックスの背後へと回り込むと、後ろ脚目掛けて鬼神斬破刀で斬り掛かる。

 唸り声を上げながら振り返るティガレックスの側面に移動するように動きながら正面を避けると、腕に向かって刀を振り抜く。それを迎え撃つようにティガレックスは腕を振るうが、サクラは振るわれる腕を僅かにリーチの長い鬼神斬破刀の先端で斬りつけると、ティガレックスの腕が雪上を滑るのを見届けてから刀を槍のように突きの構えで姿勢を落とし、ダンッと雪を蹴って突貫。振り返るティガレックスの首筋を貫く。

 悲鳴を上げて仰け反るティガレックスに深々と刀を突き立てる。迸る血飛沫と雷撃にティガレックスは滅茶苦茶に暴れ狂う。刀が深々を刺さっているせいで離れられないサクラは歯を食いしばりながらティガレックスの背中にしがみつき、鬼神斬破刀をさらに深々と突き刺していく

「サクラッ!」

 暴れるティガレックスを包囲するように戦意を喪失していた三人が動く。サクラは援護に回りたくてもどう動けばいいか悩む彼に一瞥をくれると、深々と突き刺した鬼神斬破刀を一気に引き抜く。大量の鮮血が噴水のように吹き出し、悲鳴を上げるティガレックスから転げ落ちたサクラは雪の上に倒れるがすぐに起き上がると、血に濡れた鬼神斬破刀を構える。

「無茶し過ぎだよッ!」

 駆け寄って来たクリュウが怒るのも無理はない。突然ティガレックスに襲いかかったかと思うと、危険な立ち回りで猛攻を仕掛けたのだ。彼女の身体能力あってこその凄技だが、少しでもミスれば大怪我を負いかねないものだ。だからこそその危険度を下げる為にも、そういう立ち回りは周りの歩調が合っている時にすべきもの。だが彼女は、全く周りと歩調を合わせず単独で突っ込んでしまった。

 怒るクリュウに対し、サクラはジッと彼を見詰める。

「な、何……?」

「……私はまだ戦える。クリュウは?」

 驚くクリュウを、ジッとサクラは純粋な瞳で見詰める。その隻眼は彼の答えを純粋に待ち望んでいる。だがその輝きは、自分が思っている答えを彼が言ってくれるものだと信じて疑っていない、綺麗な輝きに満ちていた。

 サクラの問いかけに対し、クリュウは何も答えず辺りを見回す。遠くではティガレックスが頭を振りながらゆっくりとこちらに振り返るのが見える。そして自分達の周りには、サクラと同じく彼の言葉を無言で待つフィーリアとシルフィードが立っている。

 再びサクラに視線を向けると、クリュウは覚悟を決めたように表情を引き締めると厳かにうなずいた。

「僕も、まだ戦えるよ。例え道具(アイテム)がもう残ってなくても、まだ僕には戦う為の剣がある」

 そう言ってクリュウは腰に下げたデスパライズの柄を握り締める。ここまでティガレックスと奮闘して来た愛剣もまた、所々刃零れを起こしている。だがその輝きは決して衰える事はなく、まだまだ戦えるとばかりに刃先は煌めいていた。

 クリュウの答えにサクラは満足げにうなずくと、彼の隣に並び立ち、刀を構える。クリュウもまた剣を引き抜いて構える。並び立つ二人の剣士を前に唸るティガレックスを見据えながら、二人は互いを見合う。

「こっからは小細工なし。正々堂々勝負してやる」

「……過去の因縁と決着をつける」

 覚悟を決める二人の姿を見守っていたフィーリアとシルフィードは、どちらからとなくため息が零れた。

「まったく、二人で勝手に盛り上がらないでください」

 そう言いながらフィーリアは残弾数が少ない通常弾LV3を装填(リロード)し、二人の背後に立つ。そんな彼女と同じように苦笑を浮かべながら「私の事も忘れてもらっては困るぞ」とキリサキの柄に手を当てながらシルフィードも並び立つ。

 いつの間にか、四人の狩人(ハンター)達の戦意は元に戻っていた。その瞳には闘志の炎が燃え盛り、強敵を前にしてももう絶望しない、必ず勝ってみせる。そんな意気込みが感じられる。

 闘志を取り戻した狩人(ハンター)達を前にティガレックスは警戒心を向きだしにする。威嚇するように天高く咆哮(バインドボイス)を轟かせる。それを戦闘再開の合図にしたかのように、四人は一斉に雪を蹴って駆け出す。

 迫り来る敵に対し、ティガレックスは迎撃するように雪玉を投げ飛ばす。四人は散開してこの一撃を避けると、互いに間隔を開けながら接近する。

 まず第一撃を放ったのはフィーリア。走りながら的確な射撃で命中弾を与える。当然ティガレックスは彼女の方に向くが、それは計算のうち。振り向いた事で反対側に死角が生まれる。その死角から、雪塵を纏いながら怒濤の勢いで突貫していたサクラが斬り掛かる。

「……あぁあぁぁッ!」

 袈裟斬りでティガレックスの体表に傷を付けると、すぐさま横切りと同時に離脱する。ティガレックスは迎撃するようにその場で回転するが、サクラはその範囲外に離れている。

 サクラがティガレックスの攻撃をうまく回避すると、今度はクリュウとシルフィードがフィーリアの援護射撃を受けながら突撃する。ちょうどフィーリアの正面から突っ込む形となった二人。ティガレックスはサクラを諦めて鬱陶しく攻撃を続けるフィーリアを狙って振り返るが、そこへ二人の剣撃が直撃する。

 振り上げた剣を、二人は同時に振り下ろす。その刃先はどちらもこちらに向き直ったティガレックスの顔面。額に二本の剣が激突すると、鱗が砕け、額が割れ、真っ赤な血が噴き出す。だがティガレックスは怯む事なく二人に向かって噛みつく。クリュウは何とか盾でガードしたが、剣を振り下ろしていた事でガードができなかったシルフィードは牙は何とか避けたが、硬い鼻先でのタックルを受けて吹き飛ばされる。が、うまく着地したおかげで転倒はせず、すぐに態勢を立て直す。

 一方クリュウはすぐさま再び斬り込み、サクラも側面から斬り掛かる。遠方からはフィーリアが通常弾LV3で援護射撃を続けている。

 上段からの斬り下げの後、その勢いを滑らせて今度は斬り上げ。続けて体を回転させながら横へ剣を閃かせる回転斬りへと繋げ、クリュウは次々に軽快に剣を滑らせていく。サクラも素早く刀を振るい、峻烈な剣撃の嵐を浴びせる。

 ティガレックスは二人の猛攻撃を避けつつ、遠くから攻撃するフィーリアを狙って彼女の方に向かって跳び掛かる。迫り来る轟竜を前にフィーリアはバックステップでこれをうまく回避する。目の前に着地したティガレックスに向かって、恐れる事なく銃弾を浴びせる。

 低く唸りながら彼女を睨みつけるティガレックス。その背後からはシルフィードが後ろ脚を狙ってキリサキを振り下ろす。鋭い剣先は轟竜の鱗を弾き飛ばし、その下で守られていた肉を斬り裂き、真っ赤な血が迸る。

 ティガレックスを追って迫るクリュウとサクラ。だがティガレックスは振り返ると、二人に向かって唸り声を上げながら突進して来る。怒り状態という事もあって猛烈な速度で迫る恐怖を前に二人は冷静に左右に分かれて回避すると、ティガレックスは誰もいない二人の間をすり抜ける。だがティガレックスは二人の後方で雪塵を立ち上らせながら信地旋回。集結する四人目掛けて怒濤の勢いで迫る。

 再び散開する三人に対し、シルフィードはその場を動かなかった。驚くクリュウ達の前でシルフィードはキリサキを背負うようにして構える。

 唸り声を上げながら迫り来るティガレックスを見据えながら腰を落とし、力を溜めるシルフィード。迫り来る飛竜相手に逃げる事なく真っ向勝負を挑むのは無謀とも言える。だが、彼女の姿を見た三人は誰も何も言わずとも動き出す。

 皆、シルフィードを信じているのだ。彼女ならきっと、やってくれる。そんな仲間の期待と信頼を一身に受けながら、シルフィードは迫り来るティガレックスと真っ向勝負を挑む。目を閉じ、神経を集中しながら力を溜めていく。

 彼我の距離が縮まり、その凶悪な牙と爪が彼女を襲う――寸前、カッと彼女の閉じられていた瞳が見開かれ、静から動へとギアチェンジ。

「うらあああぁぁぁッ!」

 気合いの咆哮と共に振り上げた剣を一気に叩き落とす。空気を切り裂きながら振り下ろされる剣撃は猛烈な勢いと共に重力や彼女の鍛え抜かれた腕力を味方にキリサキの鋭い刃がティガレックスの顔面を叩き斬る。

「ガァッ!?」

 驚きの悲鳴と共にティガレックスの頭は地面にめり込み、凶悪な進撃が止まる。顔を地面に埋めて横転するティガレックス。シルフィードは剣を構え直すと再び上段に構えて斬りかかる。同時に彼女が進撃を止めてくれると信じ動いていた三人は一斉に剣や刀、銃を構えて襲いかかる。

 クリュウは上段から抜刀斬りを決め、続けて左右へと剣を滑らせると、最後は回転斬りで締める。片手剣を使う上で最も素早く、そして扱いやすい剣撃のコンビネーションだ。

 サクラもこれまでに溜まっていた練気を解放して気刃斬りで一気に畳みかける。峻烈な連撃は轟竜の鱗を蹴散らし、肉と共にティガレックスの体力を削り取って行く。

 シルフィードも二人に比べれば手数は多くはないが、重撃を一撃一撃確実に積み重ねていく。腰を落としてしっかりと叩き込まれる一撃は、一撃で多大なダメージを与えられる。

 そして剣士組と違い接近はせず、しかし冷静に的確な射撃を続けるフィーリア。その表情には疲労の色が見え、序盤に比べれば時折命中精度が鈍っている。それでも、スコープを覗きながら再びの転倒を狙って脚を狙い撃つ。

 四人の猛攻撃を受けながらも、ティガレックスは必死になって起き上がろうとする。巨体を起こすのは難儀だが、それでもようやくゆっくりと起き上がる。唸り声を上げ、辺りを威嚇するティガレックス。起き上がる寸前で剣士組は距離を取ってフィーリアと共にティガレックスを包囲する。

 一瞬の睨み合い。まだまだ戦闘は長引く事を想定して身構えるクリュウ達だったが、彼らは自分達が重大な誤解をしていた事に気づく。

 ――突如ティガレックスは彼らに背を向けると、そのまま脚を引きずりながら去っていく。

「弱ってるッ!?」

 驚くクリュウと同じように、他の三人も驚いている。凶悪なまでにタフな体力と戦闘能力を持つティガレックス。自分達の攻撃がまるで通じていないなどと錯覚してしまう程に圧倒的な相手。だがこの世に無敵や不死というものは存在しない。自分達のわずかなダメージの積み重ねは、確実にティガレックスを弱らせていた。そして今、それが形となって現れたのだ。

 逃げるティガレックスを追って四人が突っ込む。怒濤の勢いで迫るサクラが抜刀斬りでティガレックスを襲うが、逃げるティガレックスはそんな攻撃など目もくれずに歩き続ける。そして、空へと跳び上がるとそのまか滑空してエリアを去った。

 残されたクリュウ達無言のまま、互いの顔を見合う。いずれも疲労の色が濃く、疲れ果てている。だが、その瞳には希望の光が強く煌めいていた。

「……もう少し、だね」

「あぁ、もう少しだ」

 クリュウの問いに、シルフィードは自信満々に答える。他の二人も、やっと見えた希望の光に頬を緩ませている。だが、勝利への可能性が見えて来たとはいえ、ティガレックスを倒せた訳ではない。緊張を解くにはまだ早い。

「たぶん奴は巣へ向かったはず。そこで奴との最終決戦だ」

 クリュウの言葉に、三人は力強くうなずいた。

「サクラ。君の過去の因縁と決着をつけるよ」

 サクラは厳かにうなずくと、手に持っていた鬼神斬破刀を背負う。

 いつの間にか曇天の空は相変わらずだが、空から降って来る雪はだいぶ弱まっていた。もうしばらくすれば止むだろう。そうすれば雲も晴れ、いい星空が見えるに違いない。

 クリュウ達は最後の決戦への期待と気合いを胸に、決戦場となる飛竜の巣があるエリア3を目指して歩き出した。

 

 途中、ティガレックスが暴れ回っていた事で隠れていたのか、ギアノスやブランゴの襲撃を受けるもクリュウ達の敵ではなかった。砥石や携帯食料、回復薬などで万全の準備を済ませた状態で、クリュウ達は飛竜の巣であるエリア3の中へとゆっくりと進み入る。

 エリアの広さはさほど広くはなく、ちょっとした広場程度。高い岩壁に覆われており、北側の岩壁の上にぽっかりと空いた穴が、大型モンスターの行き来する出入口だ。天井には大型モンスターは通れなくてもそれなりに広い穴が空いていて、そこから洞窟の中を薄暗くも照らし上げている。

 そんな飛竜の巣、エリア3の中央でティガレックスは静かに眠りについていた。わずかな寝息を立てながら眠っていても、辺りの空気はどこかピンッと張りつめているような錯覚に陥る。それほどに、ティガレックスの存在は威圧的だ。

 岩陰に隠れながら、クリュウ達は眠るティガレックスを観察する。

「……どうする?」

 岩に背を預け、横目でティガレックスを覗き込むサクラは周りに膝を折っている仲間に問いかける。正面に控えるシルフィードは拳を顎に当てながら何かを考え込む。

「シビレ罠は残っているな? なら、捕獲するのが最適だと思うが……」

「そうですね。ティガレックスはまだ未知のモンスターという事ですから、研究サンプルとしても生け捕りした方がギルドに恩を売る事はできるのですが……」

 シルフィードとフィーリアは捕獲する方が得策だと言いつつも、その言葉はいつもに比べてそれほど強くはない。まるで何かを気遣うような、そんな歯がゆい感じ。事実、二人の視線は絶えずサクラに注がれていた。

 ティガレックスはサクラにとって憎き親の仇だ。彼女の運命を変えた、運命の分岐点。恨みや憎しみを抱いて当然の相手であるが、今回の狩猟では彼女は憎しみを捨てて村の為に戦うと決意してくれた。そのおかげで自分達は狩猟をうまく続けられ、そして今こうしてティガレックスをここまで追いつめる事ができた。

 でもせめて、サクラには自分の過去の因縁との決着をつけてほしい。そう願うなら捕獲ではなく、完全なる勝利と言える討伐が相応しい。だが当然、そうなれば最後の戦いが始まる。道具(アイテム)に余裕がない状況で、これ以上の戦闘は正直控えたいのが本音だ。

 狩人としてはここで捕獲するのが正解だ。だが仲間としては、ここは決着をつけるのが正解。二つの相反する想いの中で、二人は揺れていた。

 そんな二人の想いに気づいていたサクラ。ふぅと短く息を零すと、首をゆっくりと横に振った。

「……捕獲する」

 彼女の口から発せられた捕獲の二文字に、二人は驚いたように互いの顔を見やると、ゆっくりとサクラに視線を向ける。

「いいのか?」

「弾は残り僅かですが、それでも戦闘ができない事はありませんよ?」

 二人の気遣うような言葉に対しても、サクラは首を横に振った。

 確かに、相手は自分の父と母を殺した憎き敵だ。正確には個体で言えば違うだろうが、それでも自分の運命を狂わせた相手には違いない。当然、この手で息の根を止めてやりたいとは思う。だが――

「……私は決めた。今度の狩りは復讐者としてではなくて、狩人(ハンター)として戦うって。だから、ハンターとして判断した――ここは、捕獲が最適」

 仲間達は自分の決意を信じて同行を認めてくれた。協力してくれた。ならば、自分にできる事はそんな仲間達に心配をかけず、己の決意を示す事――仲間の期待に、応える事だ。

 悔しい、という気持ちがない訳ではない。本当は自分の手で決着をつけてやりたい。そんな気持ちはもちろんある。でも、自分のエゴで仲間を危険に晒してはいけない。今回の狩猟は雪辱戦ではないのだから。

 サクラの決意を知ったシルフィードは厳かにうなずくと、作戦方針を決めた。

「それでは、捕獲作戦で行くぞ。フィーリア、捕獲用麻酔弾の準備を」

「承知しました」

 捕獲作戦へと方針が決まり、準備を始める二人。そんな二人の姿を頼もしくも、どこか寂しげに見詰める彼女の横顔を、見逃さない者がいた。

「――僕は、決着をつけるべきだと思う」

 そう言い出したのは、これまでずっと沈黙を貫いていたクリュウだった。驚く一同を前に、クリュウは脱いだディアブロヘルムを抱きながら、しかし臆する事なく自分の考えを貫く。

「ティガレックスは、ここで討つ」

「……クリュウ」

「しかし、残る装備の事を考えるとこれ以上の長期戦は厳しいぞ」

 皆で決めた作戦方針に異を唱えるクリュウ相手に困惑しながらも冷静に状況の厳しさを指摘するシルフィード。彼女の言う通り、ティガレックスとの激戦はかなりの長期戦となり、結果として装備はもはや貧弱と言える程にまで消耗してしまっていた。正直、ホットドリンクだって残りわずかだ。下山する分も含めれば、その量はギリギリと言えるだろう。

 これ以上の長期戦は無謀だ。それがシルフィードのハンターとして、リーダーとしての意見だった。彼女の考えにはフィーリアも同意していて「私も、もう弾丸は本当にわずかしか残っていません」と残弾数の少なさを強調する。ボウガン使いは剣士を違って弾がなくなれば、もう何も出来ない。戦闘力を失うのだ。そんな状況の一歩手前、フィーリアは限界を超えた戦いの末にそんな状況に陥っていた。

 そんな仲間の意見も十分に吟味した上で、しかしクリュウは改めて《決戦》を進言した。

「……クリュウ、どうして」

「――決着、つけたくないの?」

 戸惑うサクラのつぶやきに対し、クリュウは彼女の方を見ると優しくそう尋ねた。驚く彼女の隻眼をジッと覗き込む。彼に見詰められて思わず頬を赤らめて視線を逸らしてしまうが、クリュウはそれを許さず彼女の肩を掴むと、ゆっくり彼女を正面に向けさせる。

「サクラ。過去の因縁と、決着つけるんでしょ?」

 真剣な面持ちで尋ねる彼の言葉に、サクラは視線を逸らす。照れたからではなく、彼の純粋な眼差しを正面から受け止める事が、今の彼女にはできなかった。

「……でも」

「このまま、中途半端な形で終わってもいいの? サクラはそれでいいの?」

「……」

 クリュウの問いに、サクラは何も答えられなかった。否、答えられないのではなく、答えを拒否したのだ。だって本心は……

 いつもは凛々しい隻眼も明らかに動揺の色が見える。そんな彼女の手を、クリュウは優しく掴む。

「サクラは本当は、どうしたいの?」

「……私は」

 自分の本心は……決まっているじゃないか。

「……あいつを、殺したい……ッ」

 堰を切ったように零れ出したのは、彼女の本心。必死に我慢していた想いと共に、隻眼から零れ落ちたのは、彼女の涙だった。

 戦いの最中、何度奴を殺したくて理性が吹っ飛びそうになった事か。本心では怒りに任せて斬り殺したいとずっと思っていた――でも、頼れる援護をしつつもどこか危なっかしいフィーリアや女の自分でも時々惚れそうになってしまう程漢らしく勇猛果敢なシルフィード、そして自分に優しく接してくれて共に戦ってくれるクリュウの姿を見て、ずっとそれを我慢していた。

 戦況的に捕獲という判断を下したのも、ハンターとして、さらに言えば仲間の為の苦渋の決断だった。

 ――でもクリュウは、自分の中の本心をしっかりと見抜いていたのだ。

「……殺したい、あいつが憎い、許せない。でも今は復讐戦じゃないから、ずっと我慢してた」

「うん。ずっと気づいてたよ、君が無理してるって」

 彼の優しい言葉に、サクラは思わず苦笑を零した。どんなに取り繕っても、どうやら自分は彼にウソをつけないらしい。恥ずかしいような、自分の事をちゃんと理解してくれている事が嬉しいような、ちょっと悔しいような。何だか妙な感情が彼女の中で渦巻く。

「……でも、本当はあいつを殺したい。殺したいのよ」

「わかってる。でも、もしも君が復讐の為にあいつを殺したいって思うなら、僕はここで捕獲を容認するよ」

「……え?」

 てっきり自分の味方をしてくれていると思っていたクリュウから、突然突き放された事にサクラは驚きと共に戸惑い、そして動揺する。困惑する彼女を前に、クリュウはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「僕は、君が過去との決別の為に決着をつけるって言うなら、全力で協力するよ。でも、復讐の為に戦うっていうなら、僕は協力できない。復讐ほど、意味がなくて虚しいものはないんだから」

 クリュウの優しく語りかけられる言葉に、サクラは無言だった。そんな彼の言葉にわずかに苦笑を浮かべたのはシルフィード。かつて自分は復讐に狂った身だから、彼の言葉はちょっと自分にもダメージがある。でもそれは決して嫌な痛みではなく、何だか小っ恥ずかしいような、そんな感じだ。

 クリュウは優しく指先でサクラの涙を拭い取ると、そっと彼女の顔を覗き込む。顔を覗き込まれる恥ずかしさと泣き顔を見られてしまった恥ずかしさに頬を赤らめながら、しかし今度は彼の視線をサクラは真っ直ぐと受け止める。

「どうする?」

 クリュウの問いかけに、サクラは顔を伏せて少し考える。そんな彼女の姿を他の二人も心配そうに見詰める。しばらくして、ゆっくりと顔を上げる。するとそこには、いつもの彼女の凛々しい姿が戻っていた。

「……奴と決着をつける。過去の因縁を、断ち切る為に」

「そっか」

 サクラの答えを聞いて、クリュウは嬉しそうに微笑む。彼はきっと、彼女の答えをわかっていたのだろう。サクラならきっとこう答える。確信にも似た、彼女を知り尽くしているからこその信頼。それが彼とサクラの間にはある。

「……クリュウ」

 彼を名を呼ぶと共に、サクラはそっと彼の手を取った。首を傾げ、優しげな笑顔を浮かべて自分の言葉を待ってくれる彼の優しさに感謝しながら、サクラは彼を見上げる。これだけでも十分嬉しいのに、自分は彼に甘えようとしている――違う、甘えではない。

「……一緒に、戦ってくれる?」

 一人では不安だ。

 一人ではティガレックスに敵わないから?

 違う。勝てないとか、そんな理由じゃない――ただ純粋に、彼と一緒にいたい。そんな自分のわがままでもあり、そして彼に対する信頼から発せられる言葉。

 一人は怖い。でも、彼と一緒なら――愛する彼と一緒なら、自分はどんな戦いにも身を投じられる。勇気をもらえる。凛々しく、勇ましく狩場を翔けられるのだ。

 サクラの問いに対し、クリュウは優しく微笑みながら、決まり切っている言葉を紡ぐ。

「もちろんだよ。一緒に戦おう、サクラ」

「……ありがとう、クリュウ」

 涙を浮かべながら、サクラは嬉しそうに微笑んだ。それは小さくも、彼女からすれば精一杯の満面の笑みだった。それを知っているからこそ、クリュウも安心したように微笑む。

 クリュウとサクラ。不器用者同士の、ちょっと回りくどくて、でも互いを気遣い合った、優しさと優しさの紡ぐ二人の絆。昔から変わらない、二人の信頼関係だ。

「……まったく、勝手に話を進めないでもらおうかな」

 そんな言葉に振り返ると、シルフィードがやれやれとばかりに肩を竦ませる。ゆっくりと立ち上がると呆然としているサクラの額当てを人差し指を弾く。デコピンをされて驚くサクラに対し、シルフィードは苦笑を浮かべる。

「君が無理をしている事に気づけなかった私にも過失はある。だが、君にも問題があるぞ。やりたい事があるなら遠慮せずに言ってくれ。普段遠慮がないのに、どうして君は肝心な事を遠慮するんだ」

「……シルフィード」

「――仲間なんだ。言いたい事があるなら遠慮はするな。君が貫きたい事があるなら、私は必ず力になる。私だけではない。クリュウやフィーリアもだ」

「そうですよ」

 シルフィードの背後から現れたのは、ハートヴァルキリー改を携えたフィーリア。その腰や太股などに巻かれているガンベルトには、もうほとんどの銃弾が残っていない。カートリッジやバラの弾丸が納められたバレットポシェットにも残弾は少ない。長期戦が不可能な事は、誰が見ても明らかだ。

 フィーリアはそっとサクラの前に跪くと、驚く彼女に向かって優しげに微笑んだ。

「サクラ様、言ってくれたじゃないですか――私の事を、親友だって」

「……あ、あれは言葉の綾よ。気にしないで」

 たぶん自覚なく言っていたのだろう。思い出して恥ずかしそうにそっぽを向く彼女のいじらしい姿に笑みを浮かべながら、フィーリアはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「親友だったら、遠慮は無用です。言いたい事があったら、言ってください。私、全力で協力しますよ」

 眩しいくらいに純粋で、真っ直ぐな笑顔。心優しく、親友の為なら何だってする。そんな想いから生まれるその笑顔は優しく、そして美しい。

 親友の優しさに、サクラは思わず泣きそうになった。でもそれは決して表には出さない。プライドやキャラという理由もあるが、何よりも――恥ずかしいからだ。

「……じゃあ、クリュウと私の結婚式の仲人をして」

「絶対に嫌ですッ!」

 照れ隠しの冗談に対し、フィーリアは怒る。眠っているティガレックスを起こさないよう声を控える所は、最低限のハンターとしての心構えだけは残っていたらしい。

「……何でもするって言った。フィーリアのウソつき」

「ものには限度というものがあります」

 唇を尖らせて不満を漏らすサクラの言葉に、フィーリアは呆れながら返す。だがその表情は呆れているというよりは、いつもと変わらぬ親友の姿を見て安堵しているように見える。

「サクラ。僕だけじゃない、みんな君の味方だよ」

 クリュウの言葉に、サクラはゆっくりと仲間の姿を見回す。

 頼もしく、やれやれとばかりに肩を竦ませながらもこちらを見詰めている友、シルフィード。

 ちょっと頼りない所はあるが、自分が心から信頼できる最高の親友、フィーリア。

 そして、自分が心から愛し、そして永遠の忠誠を誓っている最愛の人、クリュウ。

 皆、自分の答えを静かに待ってくれている。

 サクラは泣きそうになるのを何とか堪えながら、グッと想いを呑み込む。そして、自分のずっと奥で言葉を整理し、ゆっくりと、息と友に答えを紡ぐ。

「……みんな、私のわがままに付き合って」

 ゆっくりと差し伸べられたサクラの手。三人は互いに顔を見合わせると、優しく微笑みながらその手を取った――答えなど、最初から決まっていたのだ。

「君のわがままに付き合わされるのは日常茶飯事だ。今更何の問題もない」

「水くさい事言わないでください。私達、一蓮托生じゃないですか」

「行こうサクラ。これが本当に最後の戦いだよ」

 三人の頼もしく心癒される言葉に、自分の差し伸べた手を包む三人の手の温かさに、三人の信頼と慈愛に満ちた笑顔に、サクラは知る――自分は一人じゃない。

 我慢できず、ほろりと隻眼から涙が零れ落ち、頬を垂れる。顎まで流れた涙は、滴となって落ち、雪に消える。

「……ありがとう、みんな」

 そう言って、サクラは泣きながら微笑んだ――幸せに満ちた、最高の笑みを浮かべて。


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