モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第204話 幼い頃に交わした約束 交差するそれぞれの想い

「く、クリュウ様って誰かに恋心を抱いた事があったんですか?」

 驚きを隠せないフィーリアの疑問に対しエレナは苦笑しながら「何だかひどい言われようだけど、まぁその通りよ」と答える。

 ここはルナリーフ家の裏庭。倉庫の中では依然としてクリュウとキティが何かを話しているようで、その間に入る事もできなかった四人はそそくさと退場し、ここに布陣してエレナから彼とキティの過去について聞かされていた。

 エレナの放った衝撃の事実に愕然とする面々に対し、しかしエレナは慌てて「そ、そんなに落ち込まないでよッ。初恋って言っても、ほら子供の頃の話だから。私達くらいの年齢で抱くそれとは必ずしも同じ訳じゃないし」とフォローを入れる。だがそれはきっと、彼女自身にも言い聞かす言葉だったのかもしれない。

 キティは自分やクリュウにとって姉のような、大切な家族だ。同時に、自分が好きな男の初恋の相手。彼女としても、この板挟み的な複雑な関係にはほとほと困り果てているのだ。

「ただ、あの頃のクリュウは何かとキー姉ぇに甘えててさ。キー姉ぇもあいつの事をとても大切にしてたから、何だかすごく仲睦まじくて、間に割って入る事ができないくらい……」

 思い出すたびに胸が苦しくなる。幼少期の彼を支えたのは自分ではなく、彼女だった。幼なじみとしての誇りが瓦解するような、そんな感覚。楽しそうに話している二人を見て、子供ながら胸を痛めていた、あの頃の記憶。

「クリュウにとって、キー姉ぇはアメリアさんと同等くらいに大切な人なのよ。幼なじみの私じゃ届かないくらい、あいつにとっては」

「エレナ様……」

 いつの間にか涙目になりながら話し続ける彼女の様子に胸を痛めたフィーリアはそっと彼女の正面から抱きつく。「無理しないでください」と言う彼女の言葉にわずかながらも「無理なんか、してないわよ……」と反発するエレナ。だがそれはいつもの彼女とは比べ物にならない程に弱々しかった。

「た、例えホークラント様がクリュウ様の初恋の相手だったとしても、今は私達の方がずっと強い信頼関係でクリュウ様と結ばれているはずですッ。この強力な関係の前ではどんな過去の出来事など無意味ですッ」

「あいつのファーストキスの相手もキー姉ぇだとしても?」

「……実家に帰らせていただきます」

 エレナの放った強力な一撃を受けたフィーリアは濁った目をしたまま故郷へと帰ろうとする。慌ててシルフィードが止めに掛かるが、まるで魂が抜かれた人形のように彼女はぐったりと動かなくなってしまった。

「……それ、本当?」

 サクラに関して言えば今にも用意した鬼神斬破刀でキティを襲撃しかねない。そんな風に見えた。目は血走っていて、刀の柄を握る腕は怒りに小刻みに震えている。彼女なりに理性を保っているようだが、すでに限界に達しつつあった。

「本当よ。当時のキー姉ぇの部屋で二人が何かしていると思ってこっそり覗いた時、見ちゃったのよ――キー姉ぇが、クリュウを優しく抱き締めながら、あいつの唇を奪っている光景を」

「――あのクソアマ、今すぐ斬り殺す」

「――奇遇ですねぇサクラ様。私も電撃弾の試し撃ちをしてみたいと思っていたんですよぉ」

 こういう時だけはなぜか妙に息がピッタリな二人を、シルフィードが慌てて止める。本当は二人にも似た感情を持っているはずの彼女だが、どうしてもこの二人が暴走すると歯止め役となるので感情的になれない。ある種何とか常識を保っているが、最も損をしていると言えるだろう。

「そうか。ずっと気にはなっていたんだ。最初こそ再会を喜んでいたようだが、その後はずっと二人に近づかなかった君を。今の話を聞いて全て納得した――まぁ、その何だ。君も大変だな」

「人間としての尊厳を失った笑みを浮かべている二人を必死で止めているあんたに比べれば、幾分かマシよ」

 それは彼女なりのせめてもの強気の返しだったのだろう。だがやはりいつもの彼女の力強さは感じられない。ある意味、キティやクリュウと仲がいいからこそ余計に辛い彼女は、このメンバーの中では最も可哀想なのかもしれない。から元気で浮かべた笑顔もまたどこか淋しげで、いつもの彼女の元気さを知っているシルフィードからしてみれば痛々しく見えて仕方がなかった。

「――だがまぁ、過去は過去だと思うぞ」

 ゆっくりと語る彼女の言葉に、制止されていた二人とエレナが驚いたような表情を浮かべて彼女を凝視する。するとそこには、いつもの頼もしい戦姫と、一途に一人の少年を愛する恋姫としての、二つの顔を持った乙女、シルフィードの自信に満ちた笑顔がそこにあった。

「例え過去にクリュウが好きになった相手でも関係ない。私はどんな相手であろうと蹴散らし、あいつを物にしてみせる――もちろん、君達も例外ではないぞ?」

 まるで挑発するかのような物言いと笑み。しかしそれを見た三人は――

「……面白い。貴様らなど鎧袖一触で蹴散らしてやるわ」

「ふぅん、いい度胸じゃない。言っておくけど、私だって容赦しないわよ」

「わ、私だって負けませんッ!」

 臆するどころか、逆にその挑発に見事に乗ってみせた。あの程度の挑発で臆する者はここにはいない。ここにいるのは、何が何でも勝利を掴もうとする恋の猛者達。クリュウ・ルナリーフを一途に愛し続ける健気な乙女達だ。

 不敵に笑う三人を見てシルフィードもまた「クリュウを奪い取る為には倒すべき敵が多い事は今に始まった事じゃない。これまで通り、仇なす者全てを蹴散らせばいい。そういうものだろ?」と不敵に笑ってみせた。

 四人の恋姫達は互いに不敵な笑みを浮かべ合うと、誰からともなくおかしそうな笑みに変わる。

「まぁ、正直クリュウの初恋の相手というのは厳しいが、あくまで子供の頃の話さ。今の彼の事を知っているのは我々だ。臆する事はないさ」

 そう言って頼もしげに微笑んでみせる彼女を見て、フィーリア達は彼女の強さと凛々しさを改めて認めた。相手がどんな強敵でも臆する事なく、ただ前へと前進し続ける。これが天下に名を轟かせる最強の乙女、蒼銀の烈風なのだ。

「そ、そうですね。子供の頃の話と今の私達と想い。比べようがありません」

 まるで彼女の言葉に力を得たように意気込むフィーリアの言葉にサクラも同意するようにうなずく。

「……奴は私がいない隙を突いてクリュウに近づいた。私がいる今は、奴の好き勝手にはさせない」

「それだとまるで私が不甲斐ないみたいに聞こえるんだけど?」

 サクラの凛々しき言葉に苦笑しながら答えるエレナ。しかしその表情は他の面々同様に先程までのような気まずさはなく、やる気と気合に満ち溢れていた。

「それでは、ひとまず停戦しましょう。打倒キティ・ホークラント様ッ! あの方からクリュウ様をお守りする、乙女連合発足ですッ!」

 強敵を前に共闘を宣言するフィーリアの言葉にシルフィードもエレナも同調した。サクラも「……勝手にすれば」と突き放したような事を言うが、皆は知っている。これは彼女なりの了承なのだと。

「まずはホークラント様からクリュウ様をお守りするッ! そしてクリュウ様死守の後はイージス村防衛に全力を注ぐ。これで行きましょうッ!」

「……まぁ、村の防衛が二の次になっているが、それでいくか」

 苦笑しながらシルフィードも了承し、ここに四カ姫条約が締結されたのであった。

 

「こんな感じかな」

 そう言ってクリュウは用意した道具類を並べてみる。彼が常日頃持ち歩く基本装備として回復薬、回復薬グレート、こんがり肉、砥石、ペイントボール、閃光玉。強敵仕様の小タル爆弾G、大タル爆弾G、落とし穴、シビレ罠、トラップツール、ゲネポスの麻痺牙。それに今回は雪山が舞台という事でホットドリンクも忘れない。

 入念に準備を進めるクリュウ。そんな彼の背中をキティは頼もしげに見詰める。

 少し会わない間に、すっかり成長した弟の勇姿を瞳に焼き付けるように。キティは彼の後ろ姿を見詰める。昔とは違って大きく逞しくなった彼の背中。横を向く度に見える彼の横顔もすっかり凛々しく成長し、見違えた。昔は可愛い印象だった彼も、今も可愛いには可愛いがその中に男の子特有のかっこ良さも加わり、素敵になった。

「クー君」

 そっと近づいたキティは、後ろから優しく彼の背中を抱き締める。突然背後から抱きつかれたクリュウは「き、キー姉ぇ?」と戸惑う。そんな彼の可愛い反応を見て口元に笑みを浮かべると、キティは抱く腕に力を込めて彼を引き寄せる。

「クー君、少し見ない間に立派になったのです」

「そ、そうかな?」

 キティに言われると、何だか嬉しくなってしまい照れ笑いを浮かべるクリュウ。だが横顔を覗き込むようにじぃっと見詰めて来る彼女を見て今の自分の状況に気づく。

「あ、あのさキー姉ぇ。離れてくれないかな?」

 無防備に抱きついて来るキティは昔よりもずっと大きな胸が背中に押し付けられている。その温かさと柔らかさだけでも一杯一杯なのに、彼女に至近距離で見詰められると、どうにも落ち着けない。

 この状況に困る彼を見て楽しげに微笑みながら「クー君は私の事が嫌いなのですか?」と尋ねる。

「いや、嫌いって訳じゃないけど……」

「じゃあ――好き?」

 純粋な一途な瞳に見詰められたままの問い掛けに、クリュウは一瞬ドキッとする。恥ずかしそうに赤面しながら、彼なりに頑張って「す、好きだけど」と小さな声で返す。そんな彼がいじらしかったのだろう。キティはさらにぎゅーっと抱き締める。

「き、キー姉ぇ……ッ」

「恥ずかしがる事ないのです。クー君と私はチューもした仲なのです。今更恥ずかしがる事は何もないのです」

「は、恥ずかしいよッ」

 恥ずかしがる事なく平然と言ってのける彼女の言葉に、クリュウは顔を真っ赤にして叫ぶ。頭の中には幼い頃の記憶、当時の自分はキティの事が大好きで大好きで、彼女に向かって「大きくなったらキー姉ぇと結婚する」と告白した。その返事として彼女は自分の唇を奪った。返事は結局「クー君が大きくなった時も変わらない気持ちだったら、考えてあげるのです」という曖昧な形に終わったあの日。

 子供の頃の事とはいえ、何とも大きく出た告白をしたものだ。十七歳になったクリュウは過去の自分の大胆さに驚く。そして――

「では、クー君は私と結婚するのです」

 ――昔の頃の約束をしっかり覚えていて、それを遂行しようとする彼女にも驚いた。

「え? 結婚って……」

「忘れたのですか? クー君は昔、大きくなったら私と結婚したいと言っていたのです」

「そ、それは覚えてるけど……本気なの?」

「私はクー君の事なら何でも本気なのです。クー君の為に、ちゃんとバージンは取っておいたのです」

「そ、そういう事を女の人が平然と言わないのッ!」

 顔を真っ赤にして怒る彼を見ておかしそうに笑うキティ。そして自分がからかわれている事に気づいてさらに顔を真っ赤にさせてそっぽを向いてしまうクリュウ。昔と変わらない、仲のいい姉弟の姿がそこにはあった。

「もう、キー姉ぇのバカッ」

「ごめんなさいなのです。あまりにもクー君が可愛かったので」

「可愛いって、僕は男なんだけど……」

 言われ慣れているとはいえ、やっぱり可愛いと言われる事は嫌なクリュウ。そんな不貞腐れる彼を見て「ごめんなのです。許してほしいなのです」と謝るキティ。そんな彼女の言葉に「べ、別にもういいけどさ」と折れるクリュウ。昔と同じ、彼女とのこういうやり取りでは自分の方が先に折れるのだ。

 許してもらって微笑むキティは、再びそっと彼の背中に抱きついた。

「だ、だからキー姉ぇ……ッ」

「――でも、クー君がその気なら、私はクー君のお嫁さんになるのですよ?」

 やめてと言おうと振り返った瞬間、息が掛かるような距離でキティは少し照れながらそう言った。その言葉と距離に思わずクリュウはドキッとしてしまう。それどころか、キティはゆっくりと顔を近づけて来る。

「き、キー姉ぇ……」

 少し見ない間に、自分もだが彼女も大きく成長した。最後に会ったのは今のサクラくらいの年だったが、今ではすっかり大人の女性に変わっていた。昔よりもずっと大人の女っぽくなって、胸も大きくなって、笑顔もさらに素敵になっていた。昔好きだった頃よりもずっと、彼女は魅力的に変わっていた。

 ゆっくりと近づいて来る彼女を、クリュウは拒む事ができなかった。ドキドキとときめく胸に、自分の気持ちがわからなくなる。自分は今も、彼女の事が……

「クー君」

 柔らかそうな唇が、そっと自分の唇に触れる――寸前、そのわずかな隙間を猛烈な勢いで刀の刃が通り抜ける。

「のわッ!?」

 二人の間を引き裂くように現れた刀に驚いて身を退くクリュウ。微かにカタカタと震える刀の柄の方を見て、クリュウは自分の中でサーッと血の気が引くのを感じた。そこには刀を持ったまま涙目になって怒るサクラがいた。その背後には不気味なくらいすごい笑顔なフィーリアと、今にも爆発しそうな怒りを堪えている感じのエレナ、そして不機嫌そうにそっぽを向いているシルフィードといった面々が揃っていた訳で。

「……クリュウ、最低」

 涙目のまま短く一言つぶやくサクラ。その言葉がクリュウの胸にグサリと刺さった。だがもちろんそれだけで終わる訳ではなくて、右腕をフィーリア、左腕をエレナに拘束される。

「ちょっとクリュウ様、裏の林で処刑――じゃなくてお説教がありますので来てください」

 とてもとても清々しいくらいの笑顔で言うフィーリアだが、その瞳は濁っていて全く微笑ましくはない。むしろ恐怖すら覚える。

「来なさいクリュウ。裏の林で処刑――じゃなくて話があるから」

 ちょっと突いただけでも今にも爆発しそうなエレナ。こういう時のエレナは全く容赦がない訳であって。

「あ、あのさ二人共。お説教とか話の前に一回処刑って言ってなかった? 言ってたよね? ね? ねぇッ!?」

 ズルズルと腕を拘束されながら引きづられていくクリュウ。いよいよ身の危険を感じたらしく慌ててシルフィードに助けを求めるが、彼女はそっぽを向いたまま無視する。彼女は助けてくれないとわかるやすぐに今度はキティに助けを求める。が、

「クー君はとてもとてもモテモテなのですね。お姉さんは安心したのです」

 と、むしろ微笑ましく見詰めている訳で――ようやく、助け舟がないと悟ったクリュウ。「ちょ、ちょっと待って二人共ッ! 話せばわかるからッ! 情状酌量を求め――」と必死に叫びながら、彼は連行されていった。

 倉庫に残されたのは問題のキティとサクラ、そしてシルフィードの三名。当然、サクラとシルフィードはキティに敵意剥き出しだ。だがそんな二人の視線にも気にせず平然としているキティ。さすがはエンペラークラスの凄腕ハンターと言った所か。

「……貴様、死ぬ前に何か言い遺す事はあるか?」

 容赦なくキティの首元に鬼神斬破刀を構えるサクラ。その目は鋭く、誰が見ても本気だとわかる。気持ちはわかるが、さすがに流血沙汰にはしたくないシルフィードが止めに入る。が、

「――幻獣を統べる雷の覇王に剣を向けるからには、命を懸ける覚悟はあるのです?」

 口調こそこれまでと何ら変わらないキティ。しかし彼女から放たれる気は明らかにこれまでとは違う。一国を統べる冷徹な帝王であったフリードリッヒともまた異なる、圧倒的なまでの威圧感。幾多の人物と相対して来たシルフィードですら彼女の凄みを前に恐怖すら覚える。しかしサクラは、

「……クリュウの為なら、私は命を捨てる覚悟はとうにできている――あの人の事を、好きになったあの日から、ずっと」

 最強の狩人を前にしても、彼女は臆する事なく堂々とそう言い放った。その背中は恐怖で震える事もなく、ただ真っ直ぐに正面を覇王に向け続ける。例え相手がどんな人物だろうと、己が道を信じ、貫き続ける。前進する事しか知らない彼女らしい、でもその一点を突破する突貫力は誰にも負けない。不器用な、でも力強い乙女の背中。

 自分勝手で無茶苦茶で、周りをいつも騒がせるある種の問題児。でも、シルフィードは思った――こんな素晴らしい仲間は、他にはいない。彼女こそ、自分が心から信頼出来る仲間なのだと。

 恫喝にも恐れる事なく己が信念を貫き続けるサクラを前に、キティは無言で彼女を見据える。その時間が一分、十分、一時間にも感じられるが、実際はほんの十秒程の事。その果てに、

「……クー君は幸せ者なのです。こんなにも、愛してくれている人が傍にいるのですから」

 そう言って、キティは小さく口元に微笑を浮かべた。それはまるで、弟の事を案じる姉の顔そのものであった。

「安心するのです。私はクー君の事は弟のように思っているだけなので、あなた達の好きとは違う意味なのです。私はあくまで、クー君のお姉さんなのです」

 彼女の言葉にシルフィードはほっと胸を撫で下ろした。何せエレナから相手はクリュウの初恋の相手だと聞いていたので、これまでの恋敵(ライバル)とは根本から異なる難敵だった。その相手がクリュウの事は異性としてではなく、家族として見ていると聞いたのだから彼に恋する身としてはほっとするのも当然だ。そして、

「……失礼しました、お義姉さん」

「君にはプライドというものはやはり無いのかッ!?」

 すかさずクリュウの夫という立場を主張し始めるサクラにすかさずツッコミを入れるシルフィード。その気持ちの切り替えの早さと図太さと機転の早さは呆れを通り抜けて感心すらしてしまう程だ。驚くべき点は、その瞳はとても純粋だという事。後ろめたさや後悔する事なく心の底から己が行動を正義と思っている所。何というか、ここまで我が道を突っ走られるともはや傲慢というよりは浪漫すら感じられるレベルだ。

「あなたはクー君の事が好きなのですか?」

 キティの問い掛けに対し、サクラは迷う事なく「……心よりお慕い申し上げております」と答える。こういう事を恥ずかしがる事もなく堂々と言える所も彼女のすごい所を言えるだろう。そういう点に関してだけ言えば、シルフィードも彼女を尊敬する。

「あなたは、好きなのですか?」

 そう言ってキティは今度はシルフィードに尋ねる。同時にサクラも振り返ってこちらをジッを見詰めている。二人の眼差しを一身に受けながらシルフィードは一瞬躊躇うが、すぐに覚悟を決めて頬を赤らめながらも小声で「す、好きだ」と答えた。それを聞いてキティは嬉しそうに笑い、そしてサクラも小さく鼻を鳴らした。

「さっきクー君を連れてった娘も、そしてレナもクー君が好きなのですね。かわいい女の子にこんなにも好かれているクー君はとてもとても幸せ者なのです」

 うむうむと何度もうなずく彼女の言葉に、二人は苦笑を浮かべる。その結果、自分達は一人の少年を奪い合っている訳なのだが。まぁそれはあまり言わないでおこう。

「……お義姉さんは、クリュウとキスした事があると聞いた。それは事実か?」

 場の雰囲気が少し和み始めた頃、それを見事に正面からブチ壊すようにサクラが疑問をブチ込んだ。あまりにも容赦がない彼女の言動に絶句するシルフィードに対し、幾多の死地を乗り越えて来たキティは動じる事はない。

 サクラの問いに対し、キティは迷う事なく「イエスなのです」と肯定した。その瞬間、明らかにサクラの隻眼が鋭くなったが、キティは動じる事なく指を立てながら答える。

「私は可愛いものが大好きなのです。子供の頃のクー君はそれはもう可愛くて仕方がなくて、ついついキスしてしまったのです。今思えば、さすがにやり過ぎたと反省しているのです」

 つまり、これもまた恋愛感情によるキスではなかったと彼女は説明する。その返答に一定の理解を示したサクラとシルフィードだったが、結果的にそれが彼のファーストキスだったのだから、彼に恋する乙女としては許せないのが本音だ。

 そんな彼女達の気持ちを汲み取ったのか、キティは小さく笑みを浮かべると「安心するのです」と言葉を発する。その言葉の意味がわからず首を傾げる二人に向かって、キティは笑顔で答えた。

「今のクー君は純粋に姉として私を慕ってくれているのです。だから私は、クー君が好きになった娘を妹のように可愛がるのです――当然、あなた達も私の妹になる権利はまだ十二分にあるのですよ? がんばるのですよ」

 

 翌日の早朝、狩猟の準備を整えたクリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィードの四人は崖下に停めてある竜車に荷物を積載していた。今回は念入りに道具類を多めに用意しており、積載作業は難航するかと思われた。しかし村の男達が手伝ってくれた為に予定よりも早く終わり、四人は手伝ってくれた面々に感謝の言葉を述べる。だがいずれも返って来るのは「がんばってくれ」「頼むぞ」「気をつけてな」など彼らを労ったりする言葉ばかり。村の危機を救いに行く彼らに対し、男達の自分達ができるせめてもの行為だったのだろう。彼らの気持ちをしっかりと受け取ったクリュウ達はいよいよ出発の準備を整え終える。

「私の知っている情報は全て提示したのです。これがバレたらギルドから怒られるですが、まぁその時はその時なのです。ギルドマスターに「私を叱責すると、怒ってギルドから抜けちゃうのです」とでも言えば、手のひら返してくれるのです」

「……たぶんじゃが、ギルドマスターはご高齢じゃからそんな事言えばポックリ逝ってしまうかもしれんぞ?」

 何とも頼もしいような危なっかしいような発言をするキティにすかさずツバメがツッコミを入れる。一緒に夕食を食べたりした関係で、どうやら二人の距離もある程度近づいたらしい。元々キティは誰にでも気兼ね無く接する人間なので、相手によっぽどの問題がなければ大体は仲良くなれる。何とも不思議な人なのだ。

「キー姉ぇの厚意を無駄にしない為にも、全力でがんばるよ」

 そう言って微笑むクリュウの言葉を聞いて、キティも安心したように笑みを浮かべる。だがすぐに顔を引き締めると、四人に向かって先輩ハンターとしてアドバイスを送る。

「相手はまだ生態もハッキリとは判明していない相手なのです。本当にゼロベースから戦わなくちゃいけない相手なのです。でも、あなた達は勝てるのです。あなた達の実力は装備や風格で何となく理解しているのです。それに加えてあなた達の絆はとても強い。総合的に判断し、私は十二分にあなた達がティガレックスと互角に戦えると見込んでいるのです。相手のペースに呑まれる事なく、常に互いの事を意識し合って、自分達の戦いを遂行するのです。そうすれば、必ず勝機は見えるのです――健闘を祈っているのです」

 キティの言葉に四人はしっかりとうなずくと、それぞれ竜車へと乗り込む。いつものように幌の中に三人が入り、運転席にシルフィードが座る。幌の中には今回の狩猟で使うであろう装備が満載されており、これだけの装備を持っての出撃はずいぶん久しぶりだ。念には念を入れての装備は、まさに万全を期していると言えるだろう。

「村の安全はワシとオリガミに任せておくのじゃ。まぁ、直ちに実害が出るような範囲でもないし、村に害を及ぼすモンスターの数も多くはないから何事もないじゃろうがな」

 幌の外でオリガミは頼もしげに笑う。その隣では「任せておけニャ」とオリガミも自らの胸にポンと手を当てて自信を見せている。いつもこの四人で出撃する際は村の留守番をお願いしている為か、すっかり慣れた様子。頼もしいには頼もしいが、何だか申し訳ない気持ちもあったりなかったり。

 頼もしい仲間に村の安全を任せ、いよいよクリュウ達の心残りはなくなる。これで安心してティガレックス討伐に全力を注げる。そういう意味でもツバメとオリガミの存在はありがたいのだ。

「よろしく頼むよ」

「うむ」

 大きくうなずいてツバメは拳を突き出した。その意味を理解したクリュウも笑いながら己が拳を突き出す。互いの拳は引かれ合うように近づき、軽く互いを小突き合う、それはまさに男同士の約束だ――残念ながらどちらも女の子にしか見えない外見と女の子っぽい外見のせいで、せっかくのかっこいいシーンも何だか微笑ましくなってしまうのは内緒だ。

「キー姉ぇ。色々とありがとう。感謝してるよ」

「何を言うのです。私は可愛い弟と愛する故郷の為に自分ができる事をしているだけなのです。何も、お礼を言われるような事はしていないのですよ」

 そう言って口元に小さく笑みを浮かべるキティ。心の底からそう思っているのだろう事はその純真な笑顔を見ていればわかる。自分の事よりも他人の事を優先する。これは彼女の昔からの信念であり――クリュウの信念の礎となったものだ。昔は彼女のような人間になる事を憧れ、今は彼女のような人間になれるようがんばっている。自分は今、昔の自分が憧れていたような人になれているだろうか? ふとそんな疑問が、胸を過ぎる。

「クー君は、とても立派ですよ」

 まるで自分の心の中を読んだかのような彼女の言葉に驚きつつも、クリュウは苦笑を浮かべながら「そっかな?」と疑問を抱く。自分は立派という言葉とは遠い気がする。失敗もするし器用な方ではないし、何より自分一人じゃ何も出来ない。そんな自分を、昔の自分が見たらきっと情けないと思うだろう。

「少なくとも、私はクー君をすごく立派な人間だと思っているのです。村の為に、一生懸命になってがんばる君の姿は、とても凛々しくて、かっこいいのです。これを立派と言わずして、何と呼ぶのです?」

「僕、かっこいいかな」

「とてもかっこいいのです。きっと、エッジさんとアメリアさんもそう思っているのです」

 褒められて照れ笑いを浮かべるクリュウだったが、ふと彼女の口から出て来た両親の名前に疑問を抱く。彼女は二人に会った事はないはず。名前くらい知っていたとしても、なぜここで二人の名前が出て来るのか。そんな彼の疑問に気づいたキティは小さく笑みを浮かべると、そっと口を開く。

「クー君。私は、あなたのご両親を知らないのです。でも、あなたのご両親の名前は、今でもハンターズギルドに伝説として語り継がれているのですよ」

「父さんと、母さんが?」

 驚くクリュウの口から零れた疑問に対し、キティは「イエスなのです」と肯定すると、ピッと指を立てる。

「《彗星の剣狼》のエッジ・ルナリーフ、《流星の姫巫女》のアメリア・ルナリーフ。歴史上唯一、夫婦でエンペラークラスとなったハンターだと聞いたのです。どちらも現在のエンペラークラスの中でも上位に入る程の猛者だったと。その二人が揃った時は、如何なるモンスターも彼女達を押し通す事はできないと言われていたそうです」

「彗星の剣狼、流星の姫巫女、聞いた事があるな。二〇年以上前に活躍していた伝説級のハンターだったとか。君のご両親だったのか」

 博識なシルフィードは、昔耳にした事のある名に少し驚きながら答える。そんな彼女の言葉に、キティは「イエスなのです」と肯定する。

 もう二〇年以上も前、クリュウが生まれる前まで二人が現役だった頃の話だ。今ではすっかりその名も廃れてしまっているが、それでも今でも当時親しかったり世話になった者達が語り継いで、今もわずかではあるが二人の英雄伝を知る者は存在する。きっとこれからも、細々と語り継がれていくであろう、クリュウの両親の伝説。

「二人は報酬と見合わない仕事でも、困っている人がいれば手を差し伸べる。そういうハンターだったと聞いているのです。クー君のお父さんとお母さんらしいのですね」

「昔から、二人共お人好しだったからね」

「……あぁ、まぁ個人的見解を言えば君にだけは言われたくない気もしなくもないが」

 苦笑しながら言うシルフィードの言葉に首を傾げながら「どういう意味?」と尋ねると、シルフィードは「いやまぁ、深い意味は無いんだ。気にしないでくれ」と笑って誤魔化す。

「君はそんなご両親と同じ道を、しっかりと歩んでいるのですよ」

「……父さんや母さんと、同じ道」

 幼い頃に死んでしまった父と母。その二人が目指していたものは一体何だったのか。それはよくわからない。でも、自分がそんな二人と同じ道を歩んでいて、そしていつか二人が届かなかったゴールに辿り着ければ……それはきっと、最高の親孝行と言えるだろう。

「私が協力できるのは、ここまでなのです。ここから先はクー君の力で――クー君と、クー君が心から信頼出来る仲間と共にがんばるのです」

 彼女の言葉にゆっくりとクリュウは背後へ向き直る。視線の先では三人の娘が笑顔を浮かべて立っていた。ずっと一緒に狩りをしてきた、心から信頼出来る仲間達。

「がんばりましょうクリュウ様ッ」

 天真爛漫な笑顔を咲き誇らせ、屈託なく笑う天使のような女の子。その小さな手で撃つ一撃は点を射抜くような正確さを持ち、これまで何度も助けてもらって来た最高のガンナー乙女――フィーリア。

「……安心して。クリュウは私が護る」

 口元に不敵な笑みを浮かべながら頼もしげに仁王立ちをする女の子。疾風のように大地を翔け、蝶のように天を舞い、夜叉の如き剣撃の嵐で如何なるモンスターも斬り伏せる侍乙女――サクラ。

「君が進む道、その隣に私がいる事を忘れてもらっては困るぞ」

 頼もしげに凛々しく微笑みながらそっと腕を伸ばす女の子。背負う巨剣で数多のモンスターを蹴散らし、その勇ましき奮戦と指示を飛ばす勇声で仲間を常に進むべき道を示す、頼れる我等がリーダー乙女――シルフィード。

 この世界中を探しても、これほどまでに頼れる仲間はいないだろう。クリュウは心からそう思った。彼女達と一緒ならきっと、どんな遠い場所にも、どんなに道のりが険しくても、行けそうな気がした。

 自分の言葉を待つ彼女達に、自分は一体どんな言葉を掛ければいいのだろう。振り返ると、キティは何も言わず優しく微笑んでいる。そんな彼女の笑顔に応えるようにひとつうなずくと、クリュウはフィーリア達に向き直る。どんな言葉を掛ければいいか逡巡し、これだと思った言葉を言い放つ。

「フィーリア、サクラ、シルフィ――こんな僕だけど、また力を貸してッ」

 ここで「絶対勝つよッ」とか「ティガレックスなんかに負けないよッ」とか勇ましい言葉や、「この戦いが終わったら、話があるんだ」というような死亡フラグを立てる事もない、頼もしいようでやっぱりどこか情けない一言。でも同時にそれは実に彼らしい。そしてそれは――彼に心から信頼され、力を貸してほしいという願いの証。

 三人の恋姫は互いに顔を見合すと、同時に笑みを浮かべ――

「もちろんですクリュウ様ッ」

「……言われるまでもないわ」

「まぁ、こんな私で良ければ喜んで」

 ――彼の言葉に答えた。

 

 イルファ雪山を目指して出発したクリュウ達。四人の乗る竜車は次第に小さくなっていき、見えなくなる。見送っていた村人達も村へと戻る中、エレナもその列の中に混じって村へと戻る。その途中、少し先を歩いているキティの姿を見つけた。

「あ、あのさキー姉ぇ」

 声を掛けると、キティはくるりと振り返って「レナから声を掛けてくれるとは珍しいのです。感激なのです」と、嬉しそうに返事する。そんな彼女の笑顔を見て少し躊躇したが、それでも覚悟を決めてエレナは前に出る。

「私今さ、お父さんとお母さんに代わりに酒場やってるんだ。良かったらこれから、朝食でもどう?」

「おぉ、レナの手料理なのですか? それはとても楽しみなのです。ぜひお呼ばれするのです」

「そ、そう? じゃあ一緒に行こうよ」

 エレナの手料理を食べられると聞いて大喜びするキティを横目に、エレナは小さく笑みを浮かべる。

 クリュウが彼女の事を好きだと気づいてから、ずっと彼女とは距離を置いていた。本当のお姉さんのように自分を可愛がってくれた人なのに。子供の頃の自分はずっと、冷たく接していたと思う。

 でも今は違う。ちゃんと、彼女に向き合えるようになった。

 だから――子供の頃にちゃんとできなかった姉孝行を、今からちゃんとやるのだ。

「あ、あのさキー姉ぇ。私さ、キー姉ぇの事、好きだよ?」

 照れながら、小さな声で言ってみた。だがキティはそんな自分の小さな小さな声も聞き漏らす事なく、しっかりと聞き取ってくれた。そして小さく笑みを浮かべると、

「私もレナの事、大好きなのですよ」

 そう言って、キティはそっとエレナを抱き締める。

 伝わって来る姉の温かさ、匂い、優しさ。子供の頃に、自分から手放してしまったもの。そして仲直りする事もできないまま別れてしまい、もうずっと出会えないと思っていた姉が、こうして今自分を抱き締めてくれている。

 薄っすらと浮かぶ涙を、キティは優しく拭きとる。

「――いっぱいいっぱい、お話するのです」

「……うん」

 エレナの手にはそっと、キティの優しい手が添えられていた。


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