モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第203話 心の傷を乗り越えて 覚悟を胸に抱きし人形姫の舞

 クリュウ達がイルファ山脈に立った日の午後には村長はアルフレアへと出発した。周辺の村の村長とアルフレアの市長との対策会議の為だ。しかし原因が不明な状況では会議も進むはずもなく、ひとまずそれぞれの村やアルフレアに集められた情報の交換が行われた。その中で未確認ながら大型モンスターの存在を疑わせる内容が複数あった。ポポの死骸や何か巨大な生物が暴れた跡、時折山から聞こえて来る咆哮など、もはやイルファに何かがいるという事は疑いようもない事実となりつつあった。

 そして二日後には村長が暗い顔をして戻って来た。村人達がそれを見て、イルファに何かが起きている事を察するのは容易であった。エレナとリリアは未だ帰って来ないクリュウ達の安全を心から祈るしかなかった。

 そしてその日の夕方、クリュウ達は無事に村へと帰って来たのだった。

 

 村の入口に来た彼らを最初に出迎えたのは話を聞いて飛んで来たエレナであった。全員が無事な姿で現れると心から安堵したような表情になる。出迎えてくれたエレナを最初に気づいたのはやはりクリュウだった。幸い、怪我の方はキティによる応急手当とリリア特製の薬のおかげでこの頃には普通に歩ける程にまでは回復していた。

「エレナ、ただいま」

 一目見ても、彼女がずっと自分の事を心配してくれていたのがわかった。他の村人の様子を見ても、どうやら自分達がいない間に彼らを不安にさせるだけの情報が色々と入ったのだろう。クリュウはすぐに「心配掛けちゃってごめんね」と謝るが、エレナは「べ、別に心配なんてしてないわよッ! バカぁッ!」と怒ってしまう。でもすぐに「でも、良かった……」と安心したように微笑んだ。そんな彼女の笑顔を見て、クリュウもまたほっと胸をなでおろした。

 ひとまず不安の一つが減った事で心に少し余裕ができたエレナは、ここで彼以外の面子の様子に気づいた。

 なぜかシルフィードとフィーリアはどこか不機嫌そうで、サクラはどこか落ち込んでいる様子。ツバメとオリガミは何かあったのかどう見ても疲れているように見えた。

「あ、あんた達どうした訳?」

 当然の疑問を口にした時、彼らの背後からキティが現れた。突然出現した彼女を見て困惑するエレナに対し、キティは嬉しそうに小さな笑みを浮かべた。

「お久しぶりなのですレナ。少し見ない間にすごく美人さんになってビックリなのです」

「は、はぁ……」

 一方のエレナは彼女を見ても気づかずに、フレンドリーに接してくる彼女相手に困惑していた。何せ七年も昔で、その頃と今の彼女ではキリンX装備を纏っているのもあってイメージが繋がっていないのだろう。それでも、どっかで会ったような気はするという感じで必死に思い出そうとしている彼女に対し、キティは至極残念そうにつぶやく。

「クー君はすぐに思い出してくれたのに、レナは薄情なのです。ひどいのです。鬼畜の所業なのです」

「そ、そこまで言わなくても……」

 苦笑を浮かべるクリュウとそんな彼に「クー君は甘いのです。あまあまなのです。ハチミツ入りのミルク並みに甘いのです」と突っかかる彼女を見て、エレナの記憶の中でバラバラになっていたピースが一つになった。

「もしかして、キー姉ぇ?」

 彼女の口から飛び出した懐かしい呼び方に対して、キティは満面の笑みを浮かべる。

「やっと思い出してくれたのです。レナ、お久しぶりなのです」

「キー姉ぇッ!」

 思い出した途端、嬉しくなってエレナはキティに抱きついた。そんな彼女を優しく抱き留めるキティの姿はどこか懐かしくて、クリュウも昔を思い出して胸が熱くなって思わず頬が緩んでしまう。そんな彼の手を、そっと背後から握り締めるフィーリア。振り返る彼に対し「あ、あの、ひとまず村長様の所に行きませんか? 色々と報告する必要があるので」と話を進めようとする。事が深刻な状況だけに早く対策をすべきだというのは本心だが、今の発言はどちらかと言えばこの居心地の悪い空気を何とかしたいという想いの方が強かった。

 自分達の知らないキティ・ホークラントという人物と、自分達の知らないクリュウとエレナ、その関係性を前にして何だか自分達が除け者扱いされているような、そんな居心地の悪さがフィーリア達にはずっとあった。竜車の中でも楽しげに話す二人を、フィーリア達はただ見守る事しかできなかった。

「そうだね。色々報告があるから、村長にも報告しないと」

 フィーリアの提案を快諾したクリュウはキティとエレナに近づくと村長の所へ行こうと提案する。エレナも「そうね。村長も他の村長とかとの対策会議から帰って来たばかりだから、あんた達の報告を待ち望んでるわ」と言って早速村長の家に向かって歩き出す。しかしフィーリア達の思うような展開にはならず、三人は歩きながらも楽しそうに話し続ける。

「……何だか、嫌な感じです」

「そう言うな。相手はクリュウにとって姉代わりの人間だぞ。それに、久しぶりの再会で沸き立つのに水を差したくはない」

「そ、それはそうですが……」

 頭ではわかっていても納得出来ない。そんな感じのフィーリアはふと後ろ歩くサクラを見る。相変わらずサクラはうつむいたままずっと沈黙している。クリュウとキティが楽しげに話していても、いつもなら真っ先に間に割って入るはずなのに、ずっとこうして黙っていた。

 その時、何気なしに顔を上げた彼女と目が合ったフィーリア。しかしサクラはすぐに気まずそうに視線を逸らしてしまう。そんな彼女を見て何かを言おうとしても、結局何も言えず正面に向き直りため息を零すフィーリア。時を同じくしてフィーリアとサクラの微妙な距離も全く縮まってはいなかった。

 好きな相手が別の女と自分が間に入れないような話題で楽しげに話しているのと、一向に元に戻りそうもない仲間達の微妙な空気。一つでも厄介なのにそれが同時並行で起きている為、ほとほと困り果てているシルフィードはどうしたものかとため息を零した。

 そして、そんな気まずい雰囲気にずっと付き合わせれていたツバメとオリガミも、ほとほと疲れ果てたという具合に大きなため息を吐く。

 そんな背後の微妙な空気にも気づかず、クリュウとエレナ、そしてキティの三人は楽しげに話しながら村長の家へと到着した。

 

「いやぁ、まさかキーちゃんが帰って来てくれるなんて驚きだよぉ。見ないウチにずいぶん立派になっちゃって」

「村長は相変わらずお変わりないのです」

「竜人族は七年くらいじゃ見た目に大きな変化は起きないよ」

 久しぶりに再会できたキティ相手に村長は上機嫌だ。

 ここは村長の家の大広間に案内されたクリュウ達は上座に村長を置いて四角を描くように座っている。クリュウ達の他にもクリュウ達からの報告を待つリリアやアシュアなども列席している。しかしいずれもキティとは初対面とだけあって何やら居心地の悪そうにしている。

「さて、本当はもう少し君との再会の余韻に浸っていたいんだけど、そうも言ってられない状況だからね。とりあえずクリュウ君、状況を報告してもらえるかな?」

 キティとの会話も程々に村長はそう言ってクリュウを促す。指名されたクリュウは少し考えた後に、事前にシルフィード達と纏めた総意を伝える。イルファ山脈周辺にはポポの亡骸が無数にあり、いずれも何か強大なモンスターに喰い殺されたような凄惨な光景であった。そしてクリュウ達は山頂にて正体不明の大型モンスターと交戦。おそらくそのモンスターにポポが食い荒らされている。それがクリュウ達の総意での考察だった。

 クリュウの話を聞いた村長は「やっぱりかぁ……」と特に驚いた様子はなかったが、それでも予想通りの最悪な状況に頭を抱えた。雪山にそのモンスターが居座る限り、生息しているポポは食い殺され、残ったポポも山の周囲から去ってしまう。このままではイルファ雪山のポポは全滅してしまう。そうなれば村の財政にも計り知れないダメージが及ぶ。村を治める長として、村長の苦悩もまた計り知れない。

 頭を抱える村長に対し、村の財政について口を挟める立場ではないクリュウ達はそんな彼を心配そうに見詰めるしかできなかった。すると、妙な沈黙が支配した中ピッと手を挙げたキティ。当然周りの視線は全て彼女に集中する。

「ここからは、その正体不明のモンスターに関して私が知っている限りの情報を提示するのです」

 キティの言葉にクリュウ達ハンターの眼の色が変わる。今回の原因とされるモンスターについては正体不明という事で彼らには全く情報がない。そんな状況下では彼女が持つ情報は貴重そのものだ。

 こほんとわざとらしく咳払いをすると、キティは語り始める。

「まず最初に、仮称だけどギルドでは奴の事を轟竜ティガレックスと呼称しているのです」

「轟竜、ティガレックス……」

 自分の両親と家族を殺したモンスターの名前。サクラはまるで噛み締めるように静かにつぶやいた。

「あの、竜という事はやはり飛竜種に分類されるのでしょうか?」

 おずおずと手を上げて質問したのはフィーリア。彼女とツバメはまだティガレックスと遭遇してはいないが、クリュウやシルフィードの話を聞く限り、飛竜種に分類されるかが少々疑わしかった。そんな彼女に疑問に対し、キティは「イエスなのです」と肯定する。

「ただしティガレックスは世間一般に知られている飛竜種とは致命的に異なるのです。それは――奴が全ての飛竜種の元祖に近しい系統の竜だという事なのです」

「飛竜種の元祖に近しいとは、一体どういう意味だ?」

 シルフィードの疑問に対し、キティはどう説明したものか少し考える。そしてある程度考えが纏まると、ピッと人差し指を立てながら語り始めた。

「君はティガレックスを見て、他の飛竜種と何が致命的に異なる感じたのです?」

「え? あ、そうだなぁ……色々とあるが、やはり一番目立つのは翼の形状が異なる事だろうか?」

「イエスなのです。飛竜種が前脚が翼へと進化して大なり小なり飛行能力を持っているのに対し、ティガレックスは前脚は本来の前脚としての形を十二分に残し、翼は補助的にしか備わっていないのです――つまり、かつて翼のない古の竜が進化して大空を制する翼を得たのです。そしてティガレックスはその途中、飛竜種の最も古い形状の体格を持つ竜だと言う事です」

 全ての飛竜は元々翼を持って生まれた訳ではなく、進化の過程で翼を得た。これはハンターでなくても世界での常識だ。鳥だって元々は翼のない生物が進化して翼を得て空を飛ぶようになったのだから。

 前脚を次第に翼へと変化させ、ついに完全な飛行能力を得たのが現在の飛竜種である。しかしティガレックスはその完全な飛行能力を備える前、まだ飛行能力を補助的にしか使えなかった頃の飛竜種の生態に限りなく近しい種。これがギルドのティガレックスに対する見解であった。

「なるほど。という事は、奴はそんなに大規模な飛行はできないのだな?」

「イエスなのです。奴は飛ぶ事はできても他の竜のように自ら翼を動かして自由に飛ぶ事はできず、主に高所から飛び降りて長距離滑空する程度なのです」

 それを聞いてクリュウ達はひとまず安心した。ここからイルファ山脈までは結構な距離がある。相手が飛行能力が低いなら村が奇襲される恐れはない。それを聞けて皆一様に安心したのだ。しかしそんな彼らに対しキティは「しかし反面、地上戦での戦闘能力の高さは他の飛竜種とは比較にならない程脅威なのです」と気が緩み掛ける面々に忠告する。

「陸の女王リオレイア、砂漠の魔竜ディアブロス。いずれも機動力と強力な脚力で地上戦において無敗とも言える強さを誇る飛竜種なのです――しかしティガレックスはこの二頭をも遥かに超える地上戦能力を有し、地上では古龍種以外に敵なしとも言える凶悪極まりないモンスターなのです」

「そ、そんなに強い相手なんですか?」

 リオレイアはともかくとしてセクメーア砂漠にてディアブロスと戦闘経験のあるフィーリアからすれば想像もできないような相手だ。あのディアブロス戦だって相当な苦戦を強いられたのだから。

 信じられないとばかりに言う彼女の問いに対し、キティは「イエスなのです。ティガレックスとディアブロスでは地上戦においての根本が違うのです」と肯定する。

 要するにディアブロスは古の地竜が飛竜種へと進化した後に、地上戦特化の為に飛行能力を犠牲にして脚力の強化や体格の大型化が行われたモンスターである。それに対してティガレックスは元々の古の地竜が飛竜種へと進化する過程の体格を持っている為、地上戦に特化していると言える。つまり、ベースとなるのがディアブロスが飛竜種であるのに対してティガレックスは古の地竜。地上戦に対する骨格形状がそもそも異なるのだ。

「クー君はティガレックスと戦ってみて、どう思ったのです?」

 キティの問いかけに対しクリュウは素直に「正直、ディアブロスの比じゃない程強かったと思う。前脚も使って突進するから突進後の隙がないばかりか、ディアブロス以上の突進力に加えてリオレイアのように方向転換を容易にできる所を見ると、そう判断せざるを得ないね」と強敵だったと答える。それを聞いてフィーリアの表情があからさまに曇った。ディアブロス戦だって相当な苦戦を強いられたのに、相手はそれを超えるモンスター。正直、フィーリアからすれば自らの能力を遥かに超える相手だ。

 しかし事態はそんなレベルではない。これまでの飛竜は個々で異なるが、大まかな行動や攻撃などは共通している部分が多かった。その為、別の飛竜で得た知識や技術をうまく使う事で戦いを優位に進める事ができた。しかしティガレックスはそもそもそれらの飛竜とは異なる存在だ。当然、これまで別の飛竜で得たものは何も使えない。本当の意味でのゼロベースからのスタートなのだ。

「今後、ギルドハンターなど試験狩猟などを経て、次第に生態やより細かい攻撃パターンなどが追加発表されるのです。現時点では、ほとんどデータがないと言っても過言ではないのです」

 全くの未知の敵。それを理解したクリュウ達の表情は一様に暗かった。これまでモンスターはシルフィードやフィーリアの優れた知識で弱点属性や弱点部位、細かい生態や攻撃パターンなどを事前に知った上で対策を練って挑んで来た。しかし今回はそれも通用しない。そればかりか、数分程の出来事とはいえ実際に戦った、しかも当時のサクラは冷静さを欠いていた事から、冷静にティガレックスと観察できたのはクリュウだけ。むしろクリュウが皆に大まかな特徴などを説明しなくてはならないのだ。

 さすがのシルフィードも未知の相手となれば勝手が違う。いつになくその表情は険しい。

「で、でもそいつがいる限りポポは食い荒らされるんでしょ? そのティガレックスとかいう飛竜がいつ山を去るかわからないんじゃ、こっちもどうしようもないわよ……」

 エレナの言う通り、ポポの生息数の激減は明らかにティガレックスが住み着いた事によるものが原因だ。奴を排除しない限り、ポポは減り続ける。そうなれば村の冬越えに必要な資金調達は難航する。そればかりか下手をすれば村にも被害が出るかもしれない。飛行能力が低いとはいえ、こちらに来ないという確証はないのだから。

「その、こんな事頼める事じゃないんだけど……キーちゃんは凄腕のハンターなんでしょ? 討伐を、頼む事はできないかな?」

 未知のモンスターを相手にするという事で臆するクリュウ達を見て酷だと思った村長はすがるようにキティに頼む。しかしキティは申し訳なさそうに首を横に振った。

「私としても、故郷のようなこの村を救いたい気持ちはあるのです。でも――」

「――村長、エンペラークラスのハンターはギルドの許可なく勝手な狩猟を原則的に禁じられているんだ」

 話づらそうに言うキティを助けるようにそう言ったのはシルフィード。驚く村長が「ど、どうして?」と尋ねると、シルフィードは少し考えてから説明する。

「エンペラークラスのハンターは、一人で小国並みの軍事力に匹敵するとまで言われる猛者だ。勝手な行動をされると周辺諸国との関係が崩れる場合もある。それに、無用な狩猟にて貴重な戦力を疲弊させる訳にはいかない。有事の際、エンペラークラスのハンターは中核となる存在だ。それこそ、対古竜戦では数十人のハンターを束ねる最高司令官になる事もある。最強のハンターとは、そういうものなんだ」

 シルフィードの説明を聞いてクリュウはそっとキティを見詰める。何だか、七年という月日は彼女と自分の距離をどうしようもないくらいに広げてしまったような気がした。昔はいつも一緒にいた姉は、いつの間にか自分が目指す道の最強となってしまった。近くても遠い、そんな気がした。

「例外としては付近の村全域に避難勧告を発令するような、周辺の村々が滅びる可能性が極めて高い場合のみなのです。現状、この村の置かれている状況はそこまで深刻ではない為、この例外事項に当てはまらないのです」

 以前のフルフルやリオレウスのような討伐しなければ村に直接危険が生じるような急を要する場合ならこの例外事項が通用しただろう。しかしティガレックスは現在イルファ雪山のみでの活動で、周辺の村や商隊を襲っている訳ではない。現状では例外事項が適用されるほど深刻な状況ではないのだ。

「どうしてもと言うなら、私もギルドに逆らう覚悟で討伐を請け負うのです。この村は私にとっては第二の故郷なのです。その故郷の為ならお上に背く事も辞さないのです」

 そう言ってキティは羽織っていたマントを翻す。現れたのは最強の証であるG級装備、それも古龍に類別される幻獣キリンの素材を使ったキリンXシリーズ。生ける伝説と言われるハンターしか使う事を許されない、まさにエンペラークラスのハンターの姿だ。

 黙り込む村長を前にキティは静かに宣言する。

「――雷帝覇王の名に掛けて、ティガレックスを討伐するのです」

 彼女の口から放たれた《雷帝覇王》という称号名に、その場にいた全員が驚いた。何せその称号は、大陸全土に響き渡る超有名ハンターの称号だったからだ。

「雷帝覇王、あの現役女性最強とも言われるバリアブルハンターか……」

 驚くシルフィードのつぶやきに、キティは大きくうなずいて肯定した。

 雷帝覇王とは、これまで数多の古龍や危険なモンスターをソロにて討伐して来た、エンペラークラスの中では確実に五本の指に入るような実力者だ。あのヴォルフガング兄妹よりもさらに上、現役の女性ハンターでは最強と言われているハンターなのだ。

 その特徴は他の多くのハンターが一つ乃至二つの武器を得意とするのに対し、彼女は全ての武器を達人並みに使う事ができる。複数の武器を扱う事ができるハンターの事をバリアブルハンターと呼ぶが、彼女はその最強に君臨するハンターなのだ。

 特に彼女は雷属性の武器を好む事やキリンX装備を纏う事、その圧倒的な力で他を寄せ付けない高貴さからついた称号が雷帝覇王。称号に王の名がつく程の実力者、それがキティ・ホークラントというハンターだった。

 場がこれまでとは違った緊張感に包まれる中、キティはこれまでのように自由だった。臆するクリュウに近づくと、その頭をいい子いい子と撫でる。

「安心するのです。私は雷帝覇王である前にクー君のお姉さんなのです。昔と何ら変わらない、クー君が大好きなお姉さんなのです」

 そう言って彼女は笑った。その笑顔は、数多の竜を撃破して来た猛者のものではなく、純粋に弟を可愛がる姉の笑顔だった。その笑顔を見るだけで、彼女が昔と何も変わっていないとい悟ったクリュウ。遠くに行ってしまったように感じていたのは、自分だけだったのだ。

「ありがと、キー姉ぇ」

 安心したように微笑む彼の姿を見て、キティも満足そうにうむうむとうなずく。そして振り返り、改めて村長に向き直ると「どうするのです?」と尋ねる。

 村長からすれば雷帝覇王に村の脅威を討伐してもらえるのなら願ったり叶ったりだ。彼女程の実力があれば不安もない。これ以上の好条件などなかった――だが、

「……いくら村の為とはいえ、君に政治的な負担を掛けるつもりはないよ。気持ちは嬉しいけど、これは僕らの村の問題だから」

 そう言って、村長は残念そうに彼女の申し出を断った。そんな彼の英断を、この場にいた全員が心から支持していた。村の為とはいえ、《家族》に将来を潰すかもしれないような事は頼めない。家族を愛する、それがイージス村の伝統だ。

「――それに、僕達にだって対抗手段がない訳じゃない」

 そう言って村長はニッコリと笑うと、ずっと黙っているクリュウ達を見る。突然注目された事に驚く彼らに対し村長はまるで自分の宝物を自慢するように、心の底から嬉しそうに話す。

「僕達には頼れる村の防人がいるじゃないか。これまで何回も村の危機を救ってくれた、最高のハンター君達が」

 村長の言葉に、クリュウ達は一斉に顔を見合わせた。

 これまで、何度も村の為に立ち上がり、その脅威を撃破してきた最強のチーム。どんなに苦戦する戦いの中でも決して諦めず、互いを鼓舞し合いながらひたすら勝利を目指して奮闘して来た、信頼し合える最高の仲間達。これまでも、そしてこれからもずっと続く村専属のハンター達の戦い。これもまた試練にして通過点――これくらいの危機を救えなくて、何が村のハンターだ。

「――僕は、やるよ。ティガレックスを倒してみせる」

 村長の方へ向き直ったクリュウは迷う事なくハッキリとした口調でそう宣言した。それを聞いて驚く者もいれば彼らしい答えに思わず頬が緩む者もいる。村長は後者だった。

「そっか。まぁこっちも支給品などでできる限り応援するよ」

「クー君の為です。私も調べた情報をできる限り提示するのです」

 クリュウの答えを聞いて嬉しそうに笑う二人の言葉に「ありがとうございます」と笑顔で礼を述べるクリュウ。そんな彼の隣でやれやれとばかりにため息をつくシルフィード。

「まったく、一応リーダーは私なんだから私を通じて宣言してほしいものだな」

「ご、ごめん。つい……」

「ふん、まぁいいさ。私も強敵を相手にできるとなればハンターとしての腕が鳴るというものだ」

「シルフィ……」

「君一人で行かせられるか。君の隣に私がいない狩猟など、認めないぞ」

 そう言ってシルフィードは頼もしく笑った。その笑顔を見るだけで、クリュウの中で勇気と自信が満ち溢れる。例えどんなに強敵でも彼女が一緒にいれば怖くない。心からそう思えた。

「わ、私も行きますッ! ディアブロスよりも強いというのは少し怖いですが、村の為にがんばりますッ!」

 そう言ってフィーリアも慌てて立候補する。村の窮地を救いたいというのは本心だが、何よりもクリュウの傍にいたいというのが本音だ。それに自分はチーム唯一のガンナーにして後方支援役。みんなを弾丸や道具類を駆使して助けられるのは自分だけなのだ。そんな誇りにも似た気持ちが、彼女を突き動かす。

 クリュウにシルフィード、そしてフィーリア。村専属のハンター三人が立候補する中、事実上補欠となっているツバメは小さくため息を零すと隣に座るサクラの肩を叩く。

「お主はどうするのじゃ?」

「……私は」

「気持ちはわかるが、両親を殺された恨みで行動するのだけはダメじゃ。その場合は問答無用でワシがチームに入る。冷静さを失ったお主を抱えて万全な狩猟ができるとは思えぬからのぉ。単純に考えるのじゃ。村の危機を救いたい、仲間と一緒に戦いたい――クリュウの隣に立っていたい。いつものお主らしいお主を見せておくれ」

 ツバメの言葉に、今までずっと伏していた顔を彼女はゆっくりともたげる。そして彼を崖下に落としてしまってからずっと目を合わせる事すらできなかったクリュウの顔を、しっかりと見据える。その瞬間、クリュウは彼女を安心させるように笑った。その笑顔を見て、サクラの中で覚悟が決まった。

「……私も行く。今度は、復讐者としてではなくて――狩人(ハンター)として奴を叩く」

 そう言った瞬間、彼女の隻眼が眩く煌めいた。剥き出しの戦意がギラギラと輝く、凛々しくも頼もしく、そして荒々しくも繊細な、サクラ・ハルカゼという武士(もののふ)の本気の瞳がそこにあった。

 侍の目を取り戻した彼女を見て安心する一同。クリュウもまた自分のせいでずっと落ち込んでいた彼女がやっと元気を取り戻してくれてひと安心する。ほっと胸を撫で下ろしていると、何かの視線を感じる。振り向くと、サクラがジッとこちらを見詰めていた。

「な、何?」

「……今度こそ、御身を守ってみせる。我が命に代えても」

 周りが萎縮するような威圧感と共に、彼女はそう宣言した。彼女の迫力と本気を前に場が一気に張り詰め、妙な緊張感が支配する。もう二度と失態は犯さない。今度こそ、必ず。そんな彼女の意思がヒシヒシと伝わって来る。だからこそ、彼は言った。

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

 笑顔で言う彼の言葉に一瞬呆けたサクラだったが、すぐにフッと口元に笑みを浮かべると「……クリュウらしい」とつぶやく。いつもと変わりない彼を見て、いよいよ覚悟が決まったサクラは立ち上がるとその場で抜刀して見せる。飛竜刀【紅葉】を器用に使って剣舞を舞うと、ダンッと床を蹴る。彼女愛用の東方伝来の足袋がしっかりと床を踏みしめ、腰を落として刀を構えながら、隻眼を輝かせ――

「……サクラ・ハルカゼ、出陣する」

 ――見事な見得を切ってみせた。

 

 出撃は明朝という事となり、ルナリーフ家に戻った四人はそのまま武器や道具類が収められている倉庫にて各自キティのアドバイスを受けながら武器の選定や持ち込む道具の選定など、狩猟の準備を開始した。

「確実な事は言えないのですが、この金華朧銀の対弩はほぼ全ての属性弾を使えるのです。可能な限りの属性弾で試した結果、最もティガレックスに有効な属性は雷と推測するのです。その為、武器の選定は可能な限り雷属性を使う事をおすすめするのです」

 倉庫にて武器の選定に悩むクリュウ達を後押しするようにキティが言ったのは自身の偵察調査で得た情報、現時点で最も効果があるとされるティガレックスの弱点属性に対する情報だった。

「それ、本当ッ!?」

 自らの武器を並べて困っていたクリュウの言葉に、キティは大きくうなずいた。

「ティガレックスは現時点では雪山と火山にて発見されているのです。その為、この時点で火属性と氷属性には耐性があると考えるのです。残る水属性と雷属性を重点的に調べた結果、最も効果があるのは雷属性だというのが私の結論なのです」

 そう言って彼女が見せたのは自身の武器、金華朧銀の対弩。銀火竜と金火竜、それも特に長生きしていて体も大きく歴戦の飛竜二頭から獲れる厳選素材を用いて作られるこの武器は単純火力でも相当なものだが、同時に滅龍弾以外の全ての属性弾を撃てるという驚異的な能力を秘めている。キティはこれを用いてティガレックスの属性に対する耐性もすでに調べていた。そして至った結論が、ティガレックスの弱点属性は雷であるという事だった。

「となると、僕はサンダーベインで行くべきかな」

 そう言って彼が手に取った武器は以前に討伐したフルフルとゲリョスの素材を使って作られた雷属性の武器、サンダーベイン。刃を除いた部分に絶縁のゴム質の皮を用いる事で刃の部分に集中的に内蔵された電気袋から発せられる電撃が炸裂する、片手剣では最もメジャーな雷属性の武器だ。

「うーん、しかしサンダーベインは火力不足になりかねない。攻撃力も属性攻撃力も低いからな。できればもう一段強化したいが、その為には古龍骨が必要だからずっと強化できずにいたしな」

 そう言ってサンダーベインを持ち出す事を渋るのはシルフィード。彼女の言う通り、サンダーベインはどうしても火力という点で劣る。なので今までは雷属性に弱いモンスター相手でも攻撃力の高い武器で挑んでいた。今回も、雷属性の武器を選びたい所だがどうしても火力という点で劣ってしまう。

「じゃあ、やっぱりこいつだよね」

 そう言って彼が手に取ったのは、これまでずっと幾多のモンスターを共に戦って来た愛剣デスパライズ。ドスゲネポスの強力な麻痺毒を仕込んだ麻痺属性の武器で、これまで幾多の戦いでモンスターを麻痺状態にして仲間の攻撃の隙を作って来た、クリュウが最も信頼する武器であった。

「そうだな。奴は常に動き回るモンスターらしいから、攻撃する隙が少ないだろう。君が、その隙を作ってくれ」

「うん、任せて」

 クリュウは今回の狩猟で使う武器をデスパライズと決めた。

 一方、サクラはすでに武器を雷属性の愛刀、鬼神斬破刀に決めていた。チーム随一の高威力の雷属性の武器を使う彼女は、今回は必然的に主力となる。鬼神斬破刀を背負ったサクラの目はいつになく本気だ。

 そしてフィーリアも武器は自らの防具と合わせてハートヴァルキリー改を選んだ。この武器は彼女が持つ武器の中で唯一電撃弾を撃てる武器であり、今回の狩猟では彼女もまた火力的な意味で主力となる。そしてシルフィードは、

「残念ながら私は雷属性の武器は持ち合わせていないからな。まぁ、いつもの通り単純攻撃力で他を圧倒するこの武器でいくさ」

 そう言って彼女が選んだはクリュウにとってのデスパライズと同じく、これまで最も多くの狩猟を共にしてきた愛剣キリサキ。ショウグンギザミのハサミなどを素材にしたこの武器は無属性ながらその抜群の切れ味で幾多の硬いモンスターをも地に伏して来た名剣だ。

「こんな感じの武器の選択だけど、大丈夫かな?」

「問題ないのです。確定情報ではないので、無理に雷属性で攻めるよりはこうしてある程度のバランスを持たせた方が得策なのです」

「そっか。それでキー姉ぇ……」

 いつもならシルフィードに色々と教えを請うような状況だが、彼はこれまでずっとキティに色々と教わっていた。もちろん交戦経験があり、様々な情報を持っている彼女に色々と教えてもらおうというのは正しい選択だ。だが、いつも頼られているシルフィードとしては、やはりどこか面白くない。

 いつになく不機嫌そうに立っていると、その両隣をフィーリアとサクラが並び立つ。

「……あの女、嫌い」

「そんな事言っちゃダメですよ……でも、何だか落ち着かないです」

「まぁ、相手はクリュウにとって姉のような人だ。仕方あるまい」

 何かにつけてキティを頼るクリュウを、どこかムッとしながら見詰める三人。すると、そんな彼女達の背後から同じようにクリュウを見詰めていたエレナが短くため息を零した。

「どうしたエレナ、そんな浮かない顔をして」

「べ、別にそんな顔してないわよ……ただ、ちょっとキー姉ぇがねぇ」

 シルフィードの問い掛けに対し何とも微妙そうな顔を浮かべるエレナ。そんな彼女の妙な反応に疑問を抱くフィーリアは「ホークラント様はエレナ様にとっても姉のような方だってクリュウ様は言ってましたが、違うんですか?」と首を傾げながら尋ねる。キティはクリュウにとっても、そしてエレナにとっても幼少期に色々と世話になった姉的存在だ。それは違いないのだが……

「まぁ、そうなんだけど。その、あまり面と向かっては話しづらいというか……」

「どういう意味だ?」

 首を傾げるシルフィードの問い掛けに対し、エレナは楽しそうに話しているキティとクリュウを見ながら、どこか淋しげに口を開き――三人の恋姫を驚愕させる事実を語った。

「キー姉ぇは――クリュウの初恋の人だから」


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