砂漠初体験から二週間後、クリュウは砂漠に慣れる為にゲネポスやガレオスの討伐をこなしていた。そのおかげあってか砂漠の暑さや足場の悪い砂の上でも普通に動けるようになった。といっても、やっぱり暑さは変わらないので辛いのには変わりなかったが。
そんな砂漠慣れし始めたクリュウだったが、そんなクリュウに新たな試練が待っていた。
「商隊がゲネポスに襲われたぁ?」
鉱石採掘の為に密林に一人で出掛けていたクリュウが戻ってくると、酒場にいた私服を着ているフィーリアが村長とそう話していた。
二人、特にフィーリアは突然のクリュウの登場にかなり驚いた。そして合わせた視線を気まずそうに逸らすが、すぐに向き直って話し始める。
「……はい。レディーナ砂漠を通過していた商隊がゲネポスの群れに襲われたらしいんです」
フィーリアの言葉にクリュウはようやくその重大性に気づき、彼女と共に近くのテーブルに座って本格的に聞き始める。
「で、商隊は無事なの?」
「現在商隊は近くにあった洞窟に逃げ込んだらしいんですが、ゲネポスに包囲されていて身動きが取れないそうなんです。ですので伝令を走らせて付近の各村に救援要請を求めたそうです」
その一つがこのイージス村にも届いたらしい。テーブルの上には確かに救援要請の依頼書がある。だが、ここでひとつわからない事がある。
「護衛はいなかったの? 普通モンスターが住むエリアを抜ける時はハンターを雇うでしょ?」
この危険なご時世、モンスターの住むエリアを通過する場合は貴重な資金を使ってでもハンターを雇うのが常識だ。ハンターを雇わずにエリアを通過しようとすれば、モンスターに襲われて全財産を失う危険があるからだ。その為にも貴重なお金を使ってでも商隊はハンターを雇うのだ。
クリュウの問いに、フィーリアは力なく首を横に振る。
「実は一応護衛の為に流れのハンターを二人護衛に雇ったらしいんですが、ゲネポスの奇襲に逃げ出してしまったらしいんです」
「何それぇ?」
この世界にはハンターは大きく分けて三種類存在する。ハンターズギルドに登録した正式なハンター。クリュウのように各村と契約を結んで依頼をこなす村ハンター。そしてそのどちらにも属さない流れのハンターだ。上記二つのハンターには契約者であるギルドや村という監督するものがいるが、流れのハンターにはそれがない。その為に通常ハンターは依頼成功や失敗によってギルドポイントというポイントが存在し、そのポイントによって色々と待遇を得る事ができ、それがハンターのレベルに値する。高ければ高いほど高度な依頼が来て、低ければ簡単な依頼しか来ないというものだ。だが、流れのハンターにはそれがないので自由に依頼を受けられる。その為失敗すればペネルティや減点といった規則に縛られていないので今回のような事態が起きるのだ。といっても、何もハンターは命を懸けてその依頼主を守るという規則はない。自分の身が危なくなったら逃げても規則上は問題ないが、信頼などに大きく響く。一度失った信頼は、そう簡単には戻らないものだ。
クリュウは流れのハンターを雇った商隊に同情してしまう。
「結果、護衛の消えた商隊は洞窟に逃げ込む事は成功したんですが、護衛なしの中での混乱で重傷者はなくとも軽い怪我をして動けない者もいるそうです。と言っても、包囲されていてはどっちにしろ逃げるのは難しいでしょう。さらに洞窟の中は外とは逆で雪山のような極寒ですから、あまり長い間は隠れていられません」
「なら、早く助けに行かないと!」
クリュウは慌てて依頼書に名前を書こうとする。一刻の猶予もない。彼は引き受けるつもりだった。だが、毛筆が紙に触れる寸前、その依頼書はフィーリアに奪われてしまう。
「ど、どうしたの?」
「この依頼には問題があります」
「問題?」
「はい。まず一つはゲネポスの数です。報告によるとおおよその数は三〇匹ほどです。それ以上いる可能性もあります。そして何よりもう一つは」
フィーリアは依頼書の一文を指差す。
「未確認情報ですが、ゲネポスの群れの中に一際大きなゲネポスが群れを指揮していたと書いてあります。おそらくこれはドスゲネポスと考えて良いでしょう」
ドスゲネポスとはドスランポスと同じくゲネポス達を束ねる親玉の大型モンスターだ。大きさはドスランポスより少し大きい程度で動きもほとんど同じだ。しかし最も恐ろしいのはゲネポス以上に強力な麻痺性の牙。これを喰らえば麻痺して動けなくなってしまう。そうなれば確実に殺される。しかもまわりにゲネポスがいればさらに危険は増す。ランポスの亜種だけあって、やはり厄介な相手だ。
「ドスゲネポスがいればかなり厄介です。ゲネポスやドスゲネポスの執拗(しつよう)な攻撃に麻痺してしまう危険性もあります。今回の依頼はあまりにも危険です」
フィーリアのいつになく真剣な表情に、クリュウは黙ってしまう。
「本来なら、ドスゲネポス討伐はもう少し先にしたいんです。せめて、対麻痺効果を備えたゲネポス装備を揃えたいのですが、残念ながら素材も時間もありません。私個人としては、クリュウ様の講師として今回の依頼は拒否したいのです」
「そ、そんなッ! それじゃ商隊はどうなるのさ!」
「今のところ他の村で受注したという情報はありませんが、私達が動かなくとも他の村の誰かが引き受けてくれる可能性があります」
「……誰も引き受けない可能性だってあるじゃないか」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
フィーリアは複雑そうな顔をする。彼女としてはクリュウはまだこの依頼には早過ぎると考えていた。しかももし自分一人で受けるにしても、相手が悪すぎる。距離を取って攻撃する遠距離タイプのガンナーにとって人海戦術は苦手な分野だ。群れで囲まれれば、剣士のように機敏には応戦はできなくなってしまう。さらにドスゲネポスがいるならなおさらだ。
結局、自分が取るべき選択のどれもが封じられている。今回の依頼は拒否するしかないのだ。
「とにかく、今のクリュウ様と私ではかなり厳しい戦いになります。ですので今回は諦めて――ちょッ!?」
フィーリアが言い終わる前に、クリュウは彼女から依頼書を奪い取った。驚く彼女の目の前ですぐさまクリュウはすぐ名前を書き込んでしまった。
「これで良しッ!」
「な、何してるんですか!?」
フィーリアはそう大声を上げると慌てて彼から依頼書を取り返そうとするが、伸びて来た手に対しクリュウは依頼書を高らかに掲げて避ける。
「何考えているんですか! 言ったはずです! 今回の依頼はクリュウ様には早過ぎると!」
いつになく顔を真っ赤にして本気で怒るフィーリア。その怒りは無謀なクリュウを責めるのと同時に彼を心配する気持ちも込められている。だが、
「だからと言っても、商隊を見捨てる訳にはいかないよッ!」
クリュウも必死な表情で言い返す。その彼の強い意思にフィーリアは驚くが、今回は彼女だって譲れない。
「いけません! 危険すぎます!」
「危険なのは百も承知だよ! でもハンターなら危険は当然でしょッ!?」
「無理と無茶は違います! 未契約の今ならまだ破棄ができます! 依頼書を返してください!」
フィーリアは依頼書をを取り返そうと手を伸ばすが、クリュウはそれを拒んで離れる。
「どうしてそんなに否定するんだよ!」
「クリュウ様にはまだその依頼は早過ぎます! もう少し時間が必要なんです!」
「でも、だからって商隊を無視できないよ!」
「それは他の誰かがやってくれるはずです!」
「誰も受けない可能性だってあるでしょ!? とにかく、僕はこれを受ける!」
「そ、そんな事私が許しません!」
「だったらフィーリアは来なくていいよッ! 僕一人でやる!」
「そ、そんなぁッ!」
フィーリアが愕然としたような顔をする。まさかそこまで言われるとは思ってもいなかったのだ。
いつになく緊迫した二人に、村長とエレナが困ったように顔を見合わせる。
「ちょ、ちょっと二人とも。ケンカはやめなさいよ」
エレナの言葉に二人は静かに席に座り直す。だが、どちらも顔を合わせようとせず気まずい雰囲気が流れる。そんな二人にエレナは静かに水を差し入れた。そして村長も困ったように長い鼻を掻く。
「まあ、確かに優しいクリュウくんなら見捨てられないかもしれないけど。だからといってフィーリアちゃんの意見も見過ごしできない。さて、どうするか」
村長も困ったような顔をしている。本当はフィーリアの意見を尊重してクリュウには諦めてもらいたいのだが、彼は意外と頑固なのできっと断らないだろう。その辺は亡き彼の父そっくりである。曲がった事を許さず己が志(こころざし)を貫く。本当に親子揃って不器用なハンターだ。
しばしの沈黙が続く中、動いたのはクリュウ。いきなり立ち上がると驚く皆に背を向けてしまう。その背中には覚悟したような気迫があった。
「とにかく! 僕は行くから!」
「クリュウ様!」
クリュウは鉱石が入った袋を担ぐと、村長に依頼書を渡して出て行ってしまう。フィーリアも「待ってくださいクリュウ様ッ! 考え直してくださぁいッ!」と必死に説得しながら慌ててその後を追う。
離れて行く二人の背中を見詰め、エレナも不安になって二人を追いかける。一人ポツンと残された村長は困ったようにクリュウから渡された依頼書を見詰めて苦笑いをしていた。
「もう一度考え直してください!」
倉庫の中で必要な道具を持ち出すクリュウにフィーリアは必死になって説得する。が、クリュウは一貫してそれを拒否する。
「とにかく! 早くしないと商隊が全滅しちゃうんだよ!」
「ですが! 今回は危険過ぎます!」
フィーリアはクリュウの肩を掴んで必死に止める。だがクリュウは「放してよ!」とその手を乱暴に振り払う。
「クリュウ様ぁッ!」
「フィーリア、どうせ言っても無駄よ。こいつ昔から一度決めた事は決して曲げない奴だから」
そう言ってフィーリアをの肩を叩いて止めたのはエレナ。驚いて振り返ると、そこには諦めたような顔をしているエレナがいた。
「エレナ様……」
「ごめんね。でも、こういう奴なのよ」
エレナは呆れたような言葉を言うが、その顔は少し嬉しそうだ。どんなに成長しても、そういう彼らしい部分はまるで成長していない。それがちょっぴり嬉しかった。
「クリュウ」
「エレナ……」
エレナは小さく微笑むと、クリュウの肩をポンと叩いた。
「どうせ何言っても無駄なんでしょ? だったらがんばって来なさい」
「エレナ……」
「でも、危なくなったら帰って来なさい。いいわね?」
「うん」
クリュウはうなずくと、エレナも満足そうにうなずく。
そしてクリュウは必要な荷物を持って倉庫を出ると、村外れに止めてある竜車に向かう。シルキーは大タルの中に入った水をおいしそうに飲んでいたが、クリュウとフィーリアの姿を見ると嬉しそうに鳴いた。
クリュウは荷物を幌の中に入れると、再び倉庫に戻って残った物を運び入れる。そして準備は完了。だが、ここで一つ問題が……
「僕そういえば、竜車運転できないや」
二人は危うく盛大に転びそうになった。何とか耐え抜いたエレナは体をプルプルと小刻みに震わせながら怒鳴る。
「何考えてるのよあんたはッ!? バカじゃないのッ!?」
「ご、ごめん! すっかり忘れてた!」
「はぁッ!? 何が忘れてたよバカクリュウ!」
エレナはブチギレてクリュウの襟首を掴んでガクガクと揺らす。そんなエレナをフィーリアが慌てて止めて二人は離れるが、クリュウは困ったように頬を掻く。
「ど、どうしよう……」
困るクリュウの前で、エレナははぁと大きくため息した。
「仕方ないわね。私が送ってあげるわよ」
「ほ、本当!?」
満面の笑みを浮かべて大喜びするクリュウに対し、エレナは少し頬を赤らめてフンッそっぽを向く。
「し、仕方ないでしょ! あんた運転できないんだから! 仕方なくよ仕方なく!」
そう念押しすると、エレナは「じゃあ私も準備するからちょっと待ってて」と言って走り出そうとする。その時、
「待ってください!」
そう言って二人を止めたのは今まで静観していたフィーリア。驚いて二人が振り返ると、フィリアは何かを決意したような顔でクリュウを見詰めていた。
「わかりました。そこまで仰るなら、私も付き合いましょう」
「フィーリア……」
「待っていてください。すぐに準備しますから」
そう言ってフィーリアは急いで家に戻った。そんな彼女の背中を嬉しそうに見詰めるクリュウ。そんな彼を見詰め、エレナは小さく微笑んだ。
「いい仲間ね」
「うん。僕のわがままに付き合ってくれるなんて、ほんとにいい仲間だよ」
「まあ、がんばって来なさい」
「うん」
その後、完全武装したフィーリアと合流したクリュウは、村長やエレナに見送られてレディーナ砂漠を目指して出発した。
砂漠へ向かう竜車の中、二人に会話はなかった。フィーリアは運転席にいるが、クリュウは幌の中にいたからだ。
クリュウはチラリチラリとフィーリアを盗み見るたび、ため息する。
こうして無理してついて来てくれたのは嬉しい。だが、あんな言い合いの後だ。気まずくて話しづらい。どう話し掛けたらいいかまるでわからない。
「フィーリア、怒ってるよね」
何もしゃべらずに竜車を運転するフィーリアに、クリュウはため息する。
どうしたらいいかわからず、とにかく手元にある道具の調整をする。今回はシビレ罠に予備としてゲネポスの麻痺牙とトラップツールというトラップ系の調合道具の入っている箱を持って来ている。これを調合すればシビレ罠が現地で調合できるのだ。
他にはクーラードリンクを数本持っている。砂漠に支給されているクーラードリンクの数は少ない上、今回は緊急依頼なのでちゃんと支給さているかもわからないからだ。
他にも色々な装備を持って来た。そんな道具に囲まれながら、クリュウは品物を確認する。と、急に竜車が止まった。
「ど、どうしたの?」
クリュウがフィーリアの所に行くと、彼女はなぜかそこで立ち上がってボウガンを構えていた。
「ど、どうしたの?」
「ランポスです」
その視線の先を見ると、竜車を睨むランポスが二匹いた。まさかこんな所にまで出て来るなんとは思っていなかったクリュウは驚く。だが、フィーリアは驚きもせずにスコープを覗き込み、そして無言のままに引き金を引いた。瞬時のランポス二匹は銃弾に貫かれて悲鳴を上げる。構わず連発するとランポスは吹き飛んで倒れた。それを確認するとフィーリアはボウガンを背に背負い直して座ると再びシルキーを動かして竜車を走らせた。
そんな運転を再開したフィーリアに、なんて声を掛けるべきか悩むクリュウ。と、
「困った方です」
フィーリアがため息をしながら口を開いた。
「え? 誰の事?」
「クリュウ様に決まってるじゃないですか」
「そ、そうだよね。ごめん」
「まったく、私は一応あなたの講師として村に置いていただいてるのに、その講師の言う事を聞かないなんて問題児ですよ?」
少し責めるような言い方に、クリュウはしょんぼりとする。
考えてみれば、悪いのは自分の方だ。彼女は自分の事を心配して止めてくれたのに、自分はそれを無視して勝手に行動し、結局彼女を巻き込んでしまったのだ。
「ごめん……」
「なぜ謝るんですか?」
フィーリアは振り返らずに訊く。
「だ、だって、僕のわがままのせいで……フィーリアも巻き込んじゃったし」
落ち込むクリュウにフィーリアは振り返って彼の瞳を見詰める。向けられた瞳は責めるように感じたが、それは誤解だった。次の瞬間、フィーリアは頬を緩めてフッと笑った。その笑みにクリュウは驚く。
「何を今さら。これまで散々クリュウ様の無茶に付き合わされて来たじゃないですか」
「うぅっ……」
フィーリアの言葉にクリュウは何も言えなくなってしまう。そんなクリュウをくすくすと笑いながら、フィーリアは嬉しそうに言う。
「でも、私はそんなクリュウ様が大好きですよ」
「え……?」
クリュウは驚いて彼女を見るが、フィーリアは再び前を見詰めて運転に集中していた。訊き返したかったが、やめた。
手綱を引く彼女のその後姿にクリュウは小さく微笑むと「ありがとう」と小さくつぶやいて幌の中に戻った。
クリュウからは見えなかったが、フィーリアの頬は真っ赤に染まり、その唇は柔らかに曲線を描いていた。
二人を乗せた馬車はそのまま商隊が助けを求めるレディーナ砂漠を目指して進んだ。