モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第193話 望まぬ再会で始まる血塗られた聖剣の闇の軌跡

 大都市ドンドルマ。中央大陸最大規模の城塞都市として、中央大陸中部の政治・経済・物流・文化の中心地として栄えている為、中部地方は実質ドンドルマを中心に準国家のような状態となっている。

 西シュレイド王国独立貿易都市ミナガルデ、エルバーフェルド帝国帝都エムデン、城塞都市ドンドルマ、アルトリア王政軍国王都アルステェリア。この四都市の事を世間一般には四大都市、または世界都市と言う。

 他の三都市に比べればドンドルマの面積は狭いし、人口も少ない。しかし物流の拠点となっている事から他の都市よりも経済力は大きい。特に中央地方にてドンドルマに次いで物流が栄えていたヴィルマが崩壊以後は、ドンドルマへの物流が一極化してしまい、西竜洋諸国やテティル共和国、中部地方の街や東方地方などは有事の際に物流が滞る事に対する不安や、関税で大儲けするドンドルマに対する不信や不満は募り続けているなど、世界は常に一般人の知らない場所で動き続けているのだ。

 そんな経済都市としても優れたドンドルマだが、一般的にはハンターズギルドのお膝元とあってハンターが大勢集まる事から、別名ハンターの都とも呼ばれている。拠点を置くハンターの数も年々増え続け、出稼ぎに来るハンターの数も多い。一日に動くハンターの数は、それこそ西竜洋諸国の一国に常駐するハンターの全員に匹敵するとも言われている。

 だからこそ、ドンドルマに来れば様々な依頼や品物がハンター達を出迎える。そしてそれだけの数のハンターが集まれば、道を歩いているだけで見知った顔に出会う事も少なくない。そのまま意気投合して飲みに行ったり、勢いに任せて狩りに行ったり、後日また会う事を約束して一度その場を離れたり。対応は様々だが、そんな出会いがドンドルマにはある。

 だがしかし、世の中には決して喜ばれぬ出会いも存在する。そしてドンドルマという場所は、そんな出会いも呼び寄せてしまうのだ。

 

 ドンドルマ中央に位置するハンターズギルド本部。その一階部分は大衆酒場として主にハンター相手に開放されている。昼間だというのに、ここは一般人の時間間隔からは一線を画した生き方をするハンター達が飲んで騒いでを繰り返している。その飲み方も勝利の美酒に酔いしれている者もいれば、敗北の苦酒を味わう者もいるなど、千差万別だ。

 そして、そんな飲んで騒いでの酒場の一角に彼らはいた。

「はぁ、疲れたぁ……」

 そう言いながらぐったりとテーブルに突っ伏す少年。全身を角竜ディアブロスと言う砂漠に住まう飛竜の素材から作られたディアブロシリーズで身を固め、横に脱いだディアブロヘルムを置いている。腰には様々な鉱石を配合した特殊な鉄で作られたオデッセイ改と言う、盾と短剣が一対になった片手剣と下げている。疲れて突っ伏す少年の若葉色の髪が時折換気口から入って来る風にそよそよと揺れる。

 少年の名はクリュウ・ルナリーフ。中央地方北部に位置するイージス村という辺境の村出身で、同村に拠点を置くいわゆる村ハンターだ。今回は出稼ぎでドンドルマを訪れている。

「通常の討伐依頼ではなく納品依頼だから楽かと思ったが、なかなかスリルがあったな」

 そう言って苦笑を浮かべるのは全身を珍しい蒼色の火竜、リオレウス亜種の素材から作られたリオソウルシリーズで纏った美少女。背中には鎌蟹ショウグンギザミの素材から作られた蒼剣、キリサキと言う巨大な剣が背負われている。その切れ味は大剣の中では最高峰とも言われ、どんな物も一刀両断にする力を秘めている。武具だけを見ても、彼女が相当な実力者である事がわかる。

 少女の名はシルフィード・エア。元ソロハンターであり、現在はイージス村に拠点を置いてクリュウや他のメンバーで構成されたチームを率いる若き隊長だ。

 今回は他の二人、ライトボウガン使いのフィーリア・レヴェリと太刀使いのサクラ・ハルカゼがそれぞれリオレイア討伐依頼と商隊護衛依頼で留守な為、余った二人でドンドルマへ依頼を探しに来たのだ。冬が近づくと村の周りではランポスなどの小型モンスターによる被害が減る為、仕事がないのだ。その為、より依頼が豊富にある大都市ドンドルマを訪れたのだ。

「スリルって……燃石炭採取で散々火山中を歩きまわるハメになるわ、ショウグンギザミに追いかけられるわ、やっと燃石炭を集めたと思ったら潜んでいたガミザミに足を引っ掛けられて転んだ拍子に燃石炭の入った袋を溶岩の中に放り投げるわ。こういうの、散々って言わないかな?」

 彼の口から語られる事だけ聞いても、彼らがどれだけ苦労したかが何となくわかる。狩場は常に何が起きるかわからない。時に神様からいじめられているのでは? これもギルドの陰謀か? と思わずにはいられない程の不幸が次々に襲いかかる事もある。今回の彼らはそんな理不尽な不幸の恩恵を受けてしまったのだろう。

「まぁ、でも燃石炭を掘っている間に色々な鉱石が手に入ったからな。貴重な鉱石も手に入ったし、何より余計な分は売り払えばいい金になる。君の資金不足もこれで解決だな」

 二人が達成した依頼とはドンドルマのハンター達から一般的に火山と呼ばれるラティオ活火山にて燃石炭を採取しろと言うもの。燃石炭の採掘を主とする会社が探索の結果、ラティオ活火山に新たな燃石炭の鉱脈が発見したのだが、運悪く鎌蟹ショウグンギザミが住み着いてしまい、近づけなくなってしまった。その為、研究サンプル用の燃石炭の採取をハンターズギルドに依頼し、それを二人が引き受けたのだ。

 なぜショウグンギザミの討伐ではなく、燃石炭の採取なのか。シルフィード曰く燃石炭にもグレードというものがあり、そのグレードは鉱脈ごとに違う。それこそドンドルマのハンター達の武具を一手に製造、調整する中央工城のたたらに使われる最高級品から、黒煙は大量に出るがその分安価でもパワーがある為に軍艦の動力源など主に軍隊で用いられる軍用品、はたまたご家庭の台所などで大活躍する庶民品など、グレードごとに用途は様々だ。そして当然、中には燃石炭とは名ばかりにほとんど燃焼力がない粗悪品もある。今回新たに発見された鉱脈にある燃石炭のグレードを調べない事には、採掘に踏み切れないのだ。その為、討伐依頼よりも依頼料を安くでき、尚且つすぐにサンプルが手に入る採取依頼として出したのだ。

 まぁ、この先の事は依頼主達の問題だ。彼らハンターの役目は指定された依頼を遂行する事。それさえ終わってしまえば、後はどうでもいい。ちゃんと報酬金さえもらえれば、それでいいのだ。

「そうだねぇ。これでしばらくは依頼がなくても困らなそう」

 そう言ってクリュウは今回の依頼の最中で手に入れた戦利品を見る。

 燃石炭はピッケルで岩の割れ目から掘り出すのだが、その際周りにある別の鉱石も一緒に採れる事が多い。今回は燃石炭の採取に手間取った為、結果副産物である別の鉱石が大量に手に入ったのだ。

 アシュアが喜びそうな大量の鉄鉱石。他にも円盤石やマカライト鉱石、貴重なドラグライト鉱石に紅蓮石など、様々な鉱石を手に入れた。武具を作る際、結構鉱石は素材同士を繋げたり、モンスターの素材だけでは補えない部分に使われたりと、用途は様々だ。持っていて損はないし、鉱石は結構高く売れたりするのでいい小遣い稼ぎにもなる。まさに今回は一石二鳥な依頼だったのだ。

 特にクリュウは自身が今装備しているディアブロシリーズを作るのに有り金を全て使ってしまった為、ここ最近はずっと節約をして何とかしのいでいた。その為、今回の臨時収入はかなり嬉しいのが本音だ。

「あら、それならいっぱい注文してよね」

 背後からの声に驚いてクリュウが振り返ると、そこにはきれいなギルド嬢がニッコリと笑みを浮かべながら立っていた。ハンターズギルドの花、酒場での接客や給仕を主とするギルド嬢。その頂点に君臨するギルド嬢長、ライザ・フリーシアだ。

「あ、いや、まぁ程々に」

 苦笑いを浮かべるクリュウを前にシルフィードは「今は報酬金しかないからな。まぁあまり期待はするな」と助け舟を出す。するとライザは「えぇ~、ケチンボぉ~」と言いながら抗議するように頬を膨らませる。そんな彼女に対しシルフィードは呆れながら「まったく、君もいい年なんだからそういうのは自重したほうがいいぞ」と苦言を呈する。すると、

「――あらシルフィード。私、ちょっと今の聞こえなかったなぁ。何て言ったのかしら、ねぇ?」

 満面の笑みを浮かべながら、ライザは尋ねる。だがその笑顔はなぜかすごく怖い。ニ゛ッコリとした笑顔、見詰める瞳は一切笑っておらず、不気味に煌めく。クリュウはガクガクと震えながらシルフィードの方を見るが、シルフィードも顔を青ざめさせている。

「い、いや。何でもない、ただの独り言だ」

 声を震わせながら、引きつった笑顔のまま慌ててなかった事にするシルフィード。するとライザはその不気味な笑顔を浮かべたまま「あらそう? それならいいのよ。オホホホホホホホホホホ」と妙な笑い声を上げなら去って行った。途中後輩のギルド嬢とすれ違ったが、すれ違った瞬間にギルド嬢は顔面蒼白になってガタガタと震え出す。一体どんな顔をしていたのか、想像すらしたくない……

 厨房の方へ彼女が消えたのを確認して、二人は一斉にため息を零した。

「もうシルフィ。君にはデリカシーってものがないの?」

 彼女の軽はずみな言動を早速注意するクリュウ。するとシルフィードは心外だとばかりに「確かに今のは私が悪いが、デリカシー云々に関しては君だけは言われたくないな」と反論しながらプイッとそっぽを向く。クリュウが「どういう意味さ?」と尋ねるが、シルフィードは「君には一生わからないかもな」と取り付く島もない。

 一方、クリュウはそんな彼女の反応に内心ちょっぴり嬉しかった。

 つい半月程前に後輩のルフィール・ケーニッヒが突然嵐のように現れ、そして嵐のように去った。以後、なぜかシルフィードはこれまでと違ってやたら自分に甘えるようになった。それに連動して時折見せる女の子っぽさも増え、日々少しずつ歳相応の少女らしさを取り戻しつつあった。

 凛々しい彼女はもちろん好きだが、クリュウとしては時折見せる可愛らしい彼女も好きだった。それが少しずつ取り戻されているのであれば、こんなに嬉しい事はない。

 嬉しさのあまり、つい表情が緩んでしまう。そんな彼のニヤケ顔を、シルフィードは見逃さない。

「何だクリュウ。何をニヤけている」

「べ、別に何でもないよ」

 慌てて笑顔を引っ込めるが、シルフィードはそんな事では誤魔化されない。ズイッと身を乗り出して彼に近づくと、至近距離でジト目で見詰める。じーっという擬音がつい頭の中で再生されるような、そんな目だ。

「さっきの君の笑顔は、実に不愉快だったぞ。まるで、人を小馬鹿にしたようなそんな笑顔だった」

「べ、別に僕は小馬鹿になんかしてないよッ」

「……という事は、笑っていた事は認めるんだな?」

「うぐ……ッ」

 見事に誘導尋問に引っかかったクリュウ。シルフィードは楽しげにふふんと自慢げに「君もまだまだだな」と勝利宣言。何の勝負かはわからないが、クリュウは自分が敗北した事を認めざるを得なかった。重ねて言うが、何の勝負かはわからないが……

「シルフィってさ、やっぱり最近ちょっと意地悪になったよね?」

「君はいじめたくなるんだよ」

 くくくと楽しそうに笑う彼女に、クリュウは「もう……」と不貞腐れる。どうにも最近子供扱いされるというか、妙にいじられる。前からそういう傾向があったのだが、ルフィールが去ってからはそれが顕著になった。何というか、前に比べてやたら構われるような。

「シルフィ、何かルフィールが帰ってから変わった?」

 この半月程気になっていた疑問を投げかけてみると、コーヒーを飲んでいたシルフィードは「ぶほッ!?」とむせ、激しく咳き込む。慌てるクリュウを前に「いや、大丈夫だ……ッ」とむせながら言う。

「だ、大丈夫?」

「あ、あぁ。君が突然変な事を言うから、驚いただけだ」

「そんな変な事言ったつもりないんだけど」

 首を傾げる彼を横目にシルフィードは平静を装うが、その内心は穏やかではない。

 半月程前、ルフィールや彼女の相棒であるオトモアイルーのレイヴン、そしてクリュウと一緒に黒狼鳥イャンガルルガを捕獲した。その際、ルフィールは自分でも気づかなかった本心を的確に見抜き、少々強引な手段で自覚させてくれた。

 初めてクリュウに会った時、自分は彼の事をずいぶん昔に亡くした弟にどこか似ていると思った。だからこそ、ソロ狩りを好んできたのに突然彼らと一緒にリオレウスを狩るなど、らしくない事をしてしまった。

 以後、拠点をここドンドルマから彼の故郷であるイージス村に移し、彼や仲間と一緒に過ごして来た。

 自分にはもう存在しない故郷。でもイージス村は自分の事を明るく、優しく出迎えてくれた。村人は優しく接してくれ、ちょっと癖はあるが信頼出来る仲間もできた。ここが自分にとっての第二の故郷だと、心からそう思えた。

 もう六年近く前の話だ。その頃の自分には故郷があり、家族もあった。まだまだかけだしのハンターで、ランポスを間引くくらいしかできなかったが、がんばる自分を褒めてくれる家族や村があった。そしてどこか頼りないかわいらしい弟もいた。

 別に刺激なんて特にない、どこにでもある普通の村。過ごす時間も毎日が同じ繰り返しのような感じ。でも当時の自分はそれで満足していた。村の為にがんばる。みんなに喜んでほしい一心でがんばっていた。まだまだ大型モンスターが出現すれば別の街のハンターに討伐依頼を出していたが、いずれは自分が村を守ると決めていた。

 だがそんな幸せな日々は突然、失われてしまった。

 自分がちょっと別の街で依頼を受けて村を離れている間に、村は火竜リオレウスち雌火竜リオレイアの番いの襲撃を受け、壊滅した。木造家屋が多かった為、二頭のブレスで村は大火災を引き起こした。結果、村は焼け野原と化し、生存者は誰一人いなかった。

 一瞬にして村を、家族を、全てを失った。残ったのは、モンスターに対する並々ならぬ怒り、恨み、憎しみだけ。焼け焦げた匂いが充満する黒い大地の上で泣き叫んだ記憶は鮮明に覚えている。

 以後、自分はどこにぶつけていいかわからない憎しみをひたすらモンスターにぶつけていた。目に入るモンスターはそれが例えアプトノス一匹だろうが容赦なく斬り殺した。人外の存在全てを憎み、一時はアイルーすら殺そうとした程、自分はモンスターに対する憎しみに支配されていた。

 世界中のモンスター全てを根絶やしにする。そんな不可能を目標に、ただひたすらに力を求めていた。

 力に溺れ、非道な力でも構わないと思った。だからこそ、当時実力はあるがその悪逆非道から誰もが忌避していた剣聖ソードラントに入り、ひたすらモンスターを殺し続けた。

 だがそんな人生に転機が訪れた。それが後の師匠となった【砂漠の狼】の称号を持つエルディン・ロンメルとの出会いだった。彼は憎しみの渦の中にいた自分を心配し、何かと気遣い、ソードラントを抜けさせるきっかけとなった。

 一年程彼の下で修行を積んだ後には、モンスターに対する憎しみはかなり失われていた。しかし元ソードラントという経緯から誰も自分に近づこうとはせず、自身も誰とも組むつもりもなかった為、以後はずっとソロ狩りに専念していた。そんな自分の姿に周りも少しずつ評価を改め、いつの間にか【蒼銀の烈風】などと呼ばれるようになった。

 そして、そんな頃にクリュウと出会った。

 彼と一緒に狩りをするのが楽しく感じた。これまで狩猟はあくまで仕事だと割り切っていた自分が、狩猟を楽しめるようになった。もちろん命を奪う事に快楽を抱くような事はないが、一緒に死と隣合わせの戦いをする事に、何か喜びにも似た感情を抱くようになったのは事実だ。何より、彼と一緒時間を過ごすのが嬉しかった。

 最初は弟のような存在だと思っていたが、いつの間にか少しずつそんな気持ちは変化していった。気がつくと彼の事ばかり感がてしまったり、彼の笑顔を見て幸せになったり、時折見せる彼のかっこいい姿にドキッとしたり、彼に優しくしてもらうとすごく嬉しかったり。初めて抱く感情に、ずっと困惑していた。

 それが、ルフィールとの強引なやり取りの中でついに自覚してしまった――自分が、彼の事を好きだという事を。

 自らの胸の奥で躍動する恋心。今まで感じた事のなかった、初めての感情。今でも困惑しているし、どうしていいか全然わからない。自覚してから一週間くらいはクリュウとまともに話す事ができず、彼を避けるような行動ばかりしてしまい、二人の間に妙な距離感が生まれてしまった。

 だがまぁ、一週間も経つ頃には少しずつ彼との関係は戻り始めた。そして今では、以前と全く変わらぬように接する事ができるようになった――否、前とは違う。こうして二人っきりでいるだけでドキドキが止まらないし、彼を欲する気持ちはより一層強くなっている。もう前のような、ただの仲間という関係性だけでは我慢できなくなってしまった。

「……三人の気持ちが痛いくらいわかるよ」

「え? 何か言った?」

「何でもないさ。何でも、な」

 首を傾げるクリュウを前にシルフィードは苦笑を浮かべて誤魔化す。こちら側になってみて、改めて彼の鈍感さには呆れを通り越して感心すら覚えるようになった。フィーリアやサクラ、エレナが今まで様々なアタックを繰返しても玉砕して来た理由がわかる。これは確かに難攻不落の要塞だ。

 ちなみに、これまでは誰に特定する事なく、三人を平等に応援していたシルフィード。しかし自覚してからは三人の事は恋敵(ライバル)と認め、正々堂々と彼を奪い合う事を決意。最初こそギクシャクしたが、今では互いが互いを良き友であると共に良き恋敵(ライバル)だと認め合うようになった。

 結果、クリュウを奪い合う戦いはより過激さを増し、クリュウは心休まる日を失った訳だが。

 そんな状況が一段落したのが、二人の遠征である。ちょうどツバメとオリガミが旧友であるクレア姉妹から手紙をもらってアルフレアへ遊びに行って帰って来た事もあり、村を彼らに任せてクリュウとシルフィードはこうしてドンドルマにやって来たのだ。

 他の二人と違い、シルフィードはあからさまにクリュウに甘えるという事はない為、結果としては二人の間には穏やかな雰囲気が流れている。元々シルフィードはフィーリアのように甘えたり、サクラやエレナのように彼を襲ったり――それぞれで意味合いは違うが――するような事はないので、クリュウとしても久しぶりの平穏を満喫していた。

「やっぱり、シルフィと一緒は落ち着くよ」

「そ、そうか?」

 騒がしかった日常がウソのように穏やかな日々。思わずクリュウが素直な気持ちを吐露すると、シルフィードは少し狼狽しながらも平静を装う。その実は彼の言葉にドキドキしっぱなしだ。

「わ、私と一緒だと落ち着くのか」

「そうだね。うん、静かでゆったりとした時間が流れるっていうか、落ち着くんだ」

 穏やかな笑みを浮かべながら語る彼の言葉に、平静を装いつつもシルフィードの内心は歓喜に満ちる。気を抜けばすぐに顔がニヤケてしまうような、そんなギリギリの攻防で何とか平静を保っている。

 自らの気持ちに素直になってから、こんな事ばっかりだ。彼の言動一つひとつに振り回され、感情の上下運動を激しく繰り返す。だが自然と悪い気はしないのが不思議だ。こうして二人で過ごす時間が、幸せに感じられる。他の面々には申し訳ないが、これが本音だ。

「さて、この後どうする? たぶんまだ二人共村には帰ってないと思うし」

「そ、そうだな。君は何かしたい事はあるか?」

「うーん、鉱石採取は今回十分できたし。あ、でもライトクリスタルが全然足りてないんだよ。ノヴァクリスタルなんて一個もないし。ジォ・テラード湿地帯に行く? ここからなら竜車で一日も掛からないからさ」

 クリュウの言うジォ・テラード湿地帯とは、ドンドルマのハンターが旧沼地と呼ぶ狩場である。ドンドルマから最も近い狩場であり、エルバーフェルド共和国(当時)がハンターズギルドにクルプティオス湿地帯(沼地)を解放するまでは沼地と言えばここの事を指していた。夜になると毒沼が発生する沼地に対し、旧沼地は比較的穏やかであり、常に地面が泥濘んでいる場所もあれば地盤がしっかりした場所もある。沼地に比べて危険度の高いモンスターが現れる可能性が高く、これまでに雌火竜リオレイア、鎧竜グラビモス、幻獣キリン、霞龍オオナズチなどの強敵の出現が確認されている。

 一方で火山程ではないが鉱石が豊富に採掘できる場所としても有名であり、白水晶や黄金石などハンターには無縁でも高い需要を持つ鉱石が採れる為、常にこの手の採掘依頼には事欠かない場所でもある。

「あ、いや、狩場に行くのは遠慮したいのだが」

 希少な鉱石に思いを馳せるクリュウに対してシルフィードは慌てて狩猟以外でと補足事項を加える。正直、また狩場に出てピッケルを振るうのは勘弁だ。あれは剣を扱うのとはまた違う筋肉を使うので、意外と重労働なのだ。

「え? それじゃ、それこそ何かがしたいって事はないよ」

 ドンドルマ市内でする事と言えば素材集めくらいだろうが、特筆して市場に出回っている素材で欲しいものはないし、今日は安売りの日でもない。

 うーんと悩む彼を見ながらシルフィードは「まぁ何だ。君が行きたい場所がないなら、私に付き合え」とどこか緊張しながら誘ってみる。

「シルフィが行きたい場所? 別にいいけど、どこに行くの?」

 シルフィードが行きそうな場所に心当たりがないクリュウは首を傾げながら自然に尋ねる。そんな彼を前にシルフィードは「そ、そうだな」と慌てて考え始める。言ってみたはいいが、どこに行きたいなどは特に考えていなかったようだ。

「そ、そうだ。ちょうど服を買いたいと思っていたんだ」

 見つけたとばかりに少し声を大きくして言う彼女の言葉に「服? ふぅん、じゃあファッションショップに行きたいの?」とクリュウが尋ねると「そ、そうだ」となぜか偉そうに答えるシルフィード。

「うーん、でも僕が行くべきかな? 女性ものの服なんてわかんないし」

 それに、クリュウの頭の中ではいつだったかサクラにドレスを買ってあげた際、店員に女子に間違えられた上に男子と承知の上でかわいい服を勧められるというトラウマもある為、あまりその手のお店に近づきたくなかったりする。

 あまり乗り気ではない彼の反応を見てシルフィードは慌てて「い、いや。私も服についてはあまり詳しくないんだ。だからこそ、君が思う私に似合う服を選んでほしいんだ」と彼の説得に掛かる。

「それなら店員さんに訊けばいいんじゃない?」

 何とも見事な正論が返って来てシルフィードは押し黙る。「わざわざ僕が行かなくてもいい気もするんだけど」と続ける彼を前にシルフィードは必死に彼を納得させられる説得を考えるが、思いつかない。そのうち「じゃあ、ここから先はバラバラに行動しようか」とクリュウが提案してしまう。その言葉にシルフィードは慌て倒した末――

「き、君に服を選んでほしんだッ!」

 ――見事に落とし穴を踏み抜いたのであった。

 穴があったら入りたい。時間を巻き戻す力があるなら今すぐ戻したい。記憶を消せる力があるのなら多少強引な手段でも行使したい。そんな決してやり直しができない状況に現実逃避しかかるシルフィード。ポカンとしているクリュウを前にシルフィードは顔を真っ赤にして「あ、いや、今のはその……ッ」と慌てふためく。そんな彼女の様子を注視していたクリュウは、

「うぅん、そういう事なら付き合うよ。でも、僕の価値観だから必ず似合うって保証はできないよ?」

 仕方ないなぁと苦笑を浮かべながら了承した。シルフィードは「ほ、本当かッ!? た、助かるッ!」と大喜びし、嬉しそうに笑みを浮かべる。そんな彼女の喜ぶ姿を目にしてクリュウもまた良かったとばかりに微笑む。クリュウからすれば女子の服装を選ぶ自信はないが、それでも普段からオシャレには程遠い彼女の服装を見てれば、少しくらい手助けになれると思ったのだ。

 クリュウとのデート(シルフィード視点)にこぎつけたシルフィードは大喜びしながら「そ、それでは今すぐ行くぞッ」と我慢出来ないとばかりに早速行こうと立ち上がる。クリュウも「仕方ないなぁ」とつぶやきながら立ち上がった。

 クリュウとのデートに思いを馳せながら、嬉しそうにシルフィードが立ち上がった彼の手を取る――その時、辺りに広がっていた喧騒が一瞬にして鳴り止んだ。

 突然の沈黙が舞い降りた酒場。クリュウが何事かと見回せば、ちょうど酒場にとある一行が入って来るのが見えた。シルフィードも彼の視線を追ってその一行を目撃する。その瞬間、シルフィードから一切の感情が表情から消えた。

 現れたのは四人組のハンター達。周りのハンター達はその姿を見た途端に黙ったり、入口近くにいた者達がまるで蜘蛛の子を散らすよう避けていく。それは異様な光景だった。屈強な男達も彼らの姿を見た途端、いつもの血気盛んさを忘れて逃げる。

 周囲のハンター達が退散したのを見て、四人はゆっくりとした足取りで酒場の中へ入って来る。

 先頭を歩くのは銀髪赤眼の男。鋭い瞳で辺りを威嚇するように見回しながら進む。身に纏うのは古龍に次いで生息数が少ない上に、古龍以上に生息域が独特な銀火竜ことリオレウス希少種の素材、その中でも選りすぐりの素材を使って作られたS・ソルZシリーズ。伝説のハンターと呼ばれるような存在が纏う装備だ。背中には金色に輝く剣が携えられている。銀火竜と対を成し、同じく希少な金火竜ことリオレイア希少種の素材を使って作られた炎の剣。左腕には同じ素材を使って作られた盾を備えた、ゴールドイクリプスと呼ばれる最強クラスの火属性の片手剣だ。

 さらに男にくっ付くようにして歩いているのは年の頃はシルフィードと同じくらいか。長い銀色の髪を耳の後ろ辺りから伸ばしたツインテールで纏めた赤眼の少女。顔立ちはどこか銀髪の男に似ていて、瞳も幾分か鋭い。それでも今は幸せそうに穏やかなカーブを描いている。身に纏うのは銀髪の男と同じS・ソルZシリーズ。背負うのは火竜リオレウスの貴重素材を使って作られたライトボウガン、銘火竜弩。速射能力が高く、その砲撃性能は全ライトボウガンでもトップクラスに入る武器だ。

 そんな二人に続いて入って来たのは不気味な人物。全身をボロボロの黒い布で覆ったようなデザインのデスギアシリーズと呼ばれる防具で纏っている。左肩には巨大な、グリーヴにも大きく何かの生物の頭骨を持つ、不気味な防具だ。フードを深く被っているので顔を窺い知る事はできない。男女どちらかも、わからない。背負うのは地獄の死神が持つような不気味な大鎌型の太刀、鎌威太刀。猛毒袋を大量に装備した強力な毒液で刃を濡らした毒太刀でもある。

 そして最後に入って来たのは身長が二メートル程もありそうな大男。身に纏うのは鎧竜グラビモスから採れる素材の中で厳選したものを使ったグラビドSシリーズ。その巨大な防具が余計に男を大きく見せ、辺りに与える威圧感も大きい。デスギアのハンターと同じくしっかりとグラビドSヘルムを被っていて顔を窺い知る事はできない。背中に備えたのは黒鎧竜の素材を使って作られた漆黒の巨銃槍、ブラックゴアキャノン。防御性能、砲撃性能共に優れた重武装型のガンランスだ。

 四人全員が並々ならぬ実力の持ち主である事は、装備を見れば一目瞭然だ。だが、皆の驚き方はただの実力者を前にした時とは違う。何か、異質な存在に対する畏怖にも似たような、近付く事すら恐れるようなものだ。

 四人はゆっくりとした足取りで酒場の中を進む。周りのハンター達の視線を浴びながら、威風堂々とした歩みで。向かう先は受付カウンター。立っている受付嬢は慌てた様子で中へと引っ込む。すぐに出て来たのは先程の受付嬢ではなく、ギルド嬢長のライザ。顔にはいつも以上にしっかりと営業スマイルの仮面を被って、万全の構えでの登場だ。

「シルフィ。あの人達って一体……」

 見知らぬ一団に困惑していたクリュウはシルフィードに振り返って尋ねようとするが、その先の言葉は出て来なかった。無言で一団を見詰めるシルフィードの表情は、クリュウが知っている彼女のどの表情とも違う。嫌悪、焦燥、憤怒、様々な負の感情が混ざったような、いつになく厳しい表情。シルフィードの並々ならぬ様子にクリュウは開きかけた口を閉じた。

 その間も四人は歩き続け、受付に到達する。その瞬間、ライザは「ドンドルマハンターズギルド本部へようこそ。ずいぶん久しぶりじゃない」と営業スマイル全開で応対する。先頭を歩いていた銀髪の男は「あぁ。今までリーヴェルの方にいたからな」と面倒そうに答える。彼が言ったリーヴェルとは東シュレイド共和国の首都である。

「……共和国大統領の名義で抗議文が届いてるんだけど? 勝手に国有林で狩猟をした挙句、天然記念物に指定されている樹木を相当数台無しにしたみたいじゃない。上層部が頭を抱え倒してたわよ?」

「何言ってるのよ。あたし達は善意で霞龍オオナズチを討伐してあげたのよ。感謝こそされど文句を言われる筋合いはないわよ。ねぇお兄様♪」

 銀髪の男に寄り添いながらコロコロと笑う少女。彼女の発言にライザは頭を抱えながら「だとしても、国有林を無茶苦茶にしていい理由にはならないわよ」と溜息混じりに言う。

「だって邪魔だったんだもん。霞龍って姿を消せるからさ、邪魔な樹木を伐採した方が効率がいいじゃない」

「……しかもご丁寧に山火事まで起こしたそうね」

「火を放った方が手っ取り早いんだもん。ほら、霞龍って火に弱いじゃん? 効果抜群だったよ。キャハ」

 心から楽しそうに笑う少女を前に何を言っても無駄だと悟ったライザは大きくため息を零すと、改めて男の方に向き直って「後でギルドマスターからお話があるそうよ。ちゃんと怒られて来なさい」と忠告。男は「あぁ、あのジジイまだ生きてんのか」と興味無さげに答え、ライザは何度目かわからないため息を零した。その時、ライザの目が一瞬クリュウ達の方を向いた。何事かと驚くクリュウの手を取ったまま、シルフィードは「行くぞ」といつになく感情を殺した声で告げると、彼を連れて酒場を出て行こうとする。

「あ、あのさシルフィ。ちょっと待って、手が痛いよ」

「……」

 クリュウの言葉も無視し、無言で歩き続けるシルフィード。その時、突然シルフィードは彼の腕を引っ張ると自らの背後へと隠した。続けて背負った大剣キリサキを勢い良く引き抜くとその場で横へ振り抜く。驚くクリュウの目の前で、シルフィードは突然襲って来た鎌威太刀の刃を弾き飛ばした。弾き飛ばされた鎌威太刀はそのまま近くの酒樽に突き刺さる。

 声を失ったままその場にペタンと腰を落とし驚くクリュウの目の前で、シルフィードはまるでモンスターを相手にした時のようにキリサキを構える。その視線の先では、鎌威太刀を投げつけてきたデスギアのハンターが酒樽に突き刺さった自らの武器を回収する。

 突然の騒動にいよいよ誰も言葉を一言も発しなくなり、酒場に不気味な沈黙が舞い降りた。その中で背を向けていた銀髪の男がゆっくりと振り返る。そして、剣を構えたまま立つシルフィードの姿を見た途端、それまでのヤル気のなさそうな表情が一転し、まるで壊しがいのあるおもちゃを見つけた子供のような、不気味な嬉々とした表情に変わる。そんな彼の顔を見て、シルフィードの嫌悪感は限界にまで達する。

「よぉ、シルフィード。久しぶりじゃねぇか」

 男に名を呼ばれたシルフィードは背後で腰を抜かしているクリュウの方を一瞥すると、警戒心全開のまま「あぁ、そうだなアイン」と返事する。

 アインと呼ばれた男は「へへへ、俺の名前を覚えててくれるたぁ、嬉しいなぁ」と人を馬鹿にしたような嘲笑で応対する。それに対しシルフィードは「貴様のような外道の名前、そう簡単に忘れられるか」と吐き捨てるように答えた。

 そんな二人の会話を見ていた少女の表情はいつの間にか憤怒に染まり、デスギアとグラビドSの男は事の成り行きを傍観している。そして、ようやくゆっくりと立ち上がったクリュウはいつになく怖い表情をしたシルフィードの背後から、躊躇いがちに声を掛ける。

「あ、あのさシルフィ。あの人達、シルフィの知り合い?」

 小声で尋ねる彼の問い掛けに、シルフィードは一切彼の方を見る事なく、吐き捨てるように答えた。

「あいつは【サントロワの亡霊】の称号を持つG級ハンター、アイン・ヴォルフガング――剣聖ソードラントのリーダーだよ」

 シルフィードの返答に、クリュウは言葉を失う。そして初めて見る剣聖ソードラントの姿に、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


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