モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第19話 灼熱砂漠の戦い

 ドスランポスを倒してから一ヶ月の月日が流れた。

 あれからクリュウは飛躍的に成長した。きっとあの狩りが彼を変えたのだろう。

 ドスランポスもこの一ヶ月でさらに二頭討伐し、武器もその素材を使ったドスバイトダガーに変えた。ドスランポスの軽くて丈夫な皮を盾や柄に使い、刃には巨大で鋭利な爪が使われたその威力はハンターナイフとは比べ物にならない強力な武器だ。

 防具は相変わらずのランポスシリーズだが、彼はすっかりその防具が気に入っていた。

 そんなクリュウはフィーリアと共に今日も狩りに向かった。

 

 二人が向かったのは村から竜車に揺られて三日掛かる場所にあるレディーナ砂漠という狩り場。昼は四〇度を越える湿気ゼロの炎天下で、夜はマイナスを記録する恐るべき場所だ。だが、そんな場所にもモンスターは環境に応じて進化して生きているのだ。

 二人は別の村からの依頼でこの場所へ来た。目的はゲネポスの群れの討伐であった。

 ゲネポスとはランポスの亜種で、砂漠に住むのに特化したモンスターだ。砂漠の色と同じ茶褐色の鱗に包まれ、その鋭利な牙や爪を使って集団で狩りをする。最大の特徴は鋭利な牙から麻痺効果を持った毒液を分泌する事。噛まれたら最後、体中が痺れて動けなくなる。その間に一斉攻撃を喰らったらアウトだ。

 砂漠のハンターとも言うべきゲネポスが、最近レディーナ砂漠で大量発生しているのだ。なんとなく、ランポスの時と同じ感じがした。

「まさか、ドスゲネポスがいるなんてオチはないよね」

 拠点(ベースキャンプ)についたクリュウはアイテムの用意をしながらつぶやいた。

 セレス密林でのランポス大発生はドスランポスがいたからであった。なので今回のゲネポスの大発生もそれを率いるドスゲネポスがいるのではないかと不安になる。そんな彼の言葉にフィーリアは苦笑いする。

「ドスゲネポスの目撃情報はありませんからたぶん大丈夫ですよ。ですが絶対にないとは言い切れないので、もし遭遇した場合はこちらは装備不足。その時は一時離脱しましょう」

 そう言うとフィーリアは支給品や持参したアイテムを道具袋(ポーチ)に入れる。クリュウも同じようにアイテムを詰めるが、ひとつ今まで見た事のない薬品を見つけた。

「この白い液体は何?」

「それはクーラードリンクです。飲むと一時的ですが体内の新陳代謝を加速させて発汗作用を高めて高熱に耐えられるようになります。砂漠や火山では必需品です」

「なかったら、どうなるの?」

「死にます」

 さらっとすごい事を言うフィーリアに、クリュウから笑みが消える。

「今ここは岩場なので日差しが直接注ぎ込みませんから問題なく動けますが、砂漠や火山の気候は通常人間が活動できる範囲を超えています。もしもクーラードリンクなしに突っ込むようなバカな事をすれば、三〇分もかからずに死にます」

 初めての厳しい環境の狩り場の実態を知り、クリュウは青ざめ、慌ててクーラードリンクを飲もうとする。が、

「苦い?」

 ふと気になって訊くと、フィーリアは笑顔で、

「無味無臭です。少々粘り気はありますが、問題なく飲めます」

 そう言ってフィーリアはクーラードリンクを飲む。クリュウもそれをまねて飲む。確かに味はないし匂いもない。少し粘り気があって少々飲みにくいが、問題なく飲める。そしてもうひとつ、心地良いくらいに冷たい。のどを通って胃に流れていくのが感じられる。

 全部飲み干すと、フィーリアは「行きましょう」と言って歩き出す。クリュウもその後に続く。

 岩場の高台に位置する拠点(ベースキャンプ)は見晴らしがいい。だが、どこを見ても砂砂砂というつまらない光景。脇の下り坂を下って下まで降りると、岩場のトンネルが続く。いつの間にか地面は岩盤ではなく砂に変わっていた。そのままさらに進むと、トンネルの終わり。その向こうは砂漠であった。向こうの景色が揺れて見える。蜃気楼(しんきろう)というやつだ。

 二人は無言でトンネルから出る。と、

「あ、暑いぃ……」

「暑いですね……」

 二人から早速その厳し過ぎる環境の感想が漏れた。

 灼熱光線を降り注ぐ太陽は密林や森丘と同じはずなのに、まるで別もののように殺人的暑さを放っている。そしてその熱を砂が照り返し、地面からも熱が上がる。さらに熱風が二人の髪の毛を揺らす。

 感想――死ぬほど暑い。

「クーラードリンクを飲んだのに、暑いよぉ?」

「あれはあくまで高熱に体が耐えられるようにするだけで、体感温度は仕方ありません。これでもクーラードリンクで暑さもかなり和らいでいる方なんですから」

「うへぇ……火山はもっと暑いんでしょ?」

「はい。しかも熱気が包まれていますので余計に。まだ蒸し暑くない砂漠の方がマシです」

「……フィーリアは火山も行った事もあるの?」

「何回かは。ですがあまりの暑さに、最初一人で行った時にはさすがに安全な場所で一時的に下着姿になったほどです」

 辛い体験談を言うフィーリア。だが、クリュウはふとこの前間違って見てしまった彼女の下着姿を思い出す。白いキャミソールという清楚な出で立ちが頭にフラッシュバックする。

「クリュウ様? 顔が赤いですが大丈夫ですか?」

 そう心配する彼女の顔には玉のような汗が流れている。その火照った姿がまたなんとも……

「ご、ごめんなさい!」

 とっさに謝ったクリュウだが、フィーリアはなぜ謝られたのかわからず困惑する。

「とにかく先を目指しましょう。このままここにいてもクーラードリンクの効き目が切れるだけですから」

 そう言ってフィーリアは歩き出す。その後ろからまだ頬の赤いクリュウがそそくさと続く。

 一歩歩くたびに砂の中に足が足首辺りまで沈むのは、とてつもなく歩きづらく体力を奪われる。玉のように流れ出る汗も厄介だ。それの原因は体で直接浴びたら串刺しにされるんじゃないかと思うような強烈な日差し。そして、ただ呼吸をするだけで肺が焼けそうになる。あまりにも厳し過ぎる環境だった。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 砂漠の景色は殺風景であった。進めど進めど砂しかない。モンスターにも会わない。体力が急激に失われる。今までの狩り場とは桁違いに過酷だ。

 フラフラになりながら進むクリュウの先を進むフィーリアはそんなクリュウと違って疲れた様子もなく歩く。やっぱり踏んで来た場数が圧倒的に違うのだ。今回が砂漠初体験のクリュウじゃそんなの無理だ。

「一度休みましょうか?」

 予想していたのだろう。フィーリアは笑顔でそう訊いてきた。クリュウはすがるようにうなずく。

 二人は近くの大きな岩の陰で一休みする。日差しが遮られただけでずいぶんと暑さが和らぐと実感した。

 クリュウは腰に掛けた水筒の水を飲んだ。だが先の事を考えてのどが軽く潤う程度でフタをする。

 一方、フィーリアは支給された地図と睨めっこしている。その姿からは疲労は微塵も感じられない。踏んで来た場数が違うのだと自分に言い聞かせるが、年下の女の子に体力的に負けてしまっている事実はクリュウの小さな男としてのプライドに容赦なく突き刺さる。

「フィーリアはすごいねぇ」

 気づくと自然とそう言葉が漏れていた。

「え? 何がですか?」

 クリュウの声に、フィーリアは地図から顔を上げて不思議そうに首を傾げる。

「いやさ、こんな砂漠にいても平然としてるし」

「そんな事ありませんよ。私だって暑くて仕方ありません」

 そう苦笑いしながら言うフィーリアだが、汗を掻いている以外は平然そうに見える。やっぱり踏んで来た場数が……やめよう。なんだか情けなくなってきた。

 しばし休み、クリュウが少し動けるようになってから再び歩き出す。

 燦々(さんさん)と照りつける太陽の日差しにうんざりしながら、二人は歩く。だが、見えるのは砂ばかりで、モンスターどころか虫一匹出て来ない。

「全然いないね、モンスター」

「まあ、砂漠ですから遭遇するのは簡単じゃありません。私達はただ歩いて探すしか手がないですから」

「うぅ……暑い……」

 温暖な気候で育ったクリュウには、この過酷な世界はあまりにも厳し過ぎる。

 フラフラとなりながらそれからも続く退屈な砂の世界を歩いていると、

「ん?」

 遠くに何か動くものを見つけた。ゲネポスだろうか。

「フィーリア。あれ」

「はい。見えています。行ってみましょう」

 二人はその動くものに向かって進む。すると、近づくにつれてその姿が見えてきた。それは砂から生えた大きなヒレだった。まるで海を翔けるサメのようにヒレを砂上に出して砂中を泳いでいるように見える。あれは確か……

「ガレオスですね」

 名前を出す前にフィーリアが先に言った。

 ガレオス。それは砂竜と呼ばれる砂漠だけに住む奇怪なモンスター。三角形の頭を持ち、それ以外は脚がある以外は極めて魚類に似たモンスターで、強靭な脚と尻尾を使って砂の中を泳ぎ回る。音に敏感で離れた足音も聞き逃さない。砂中からいきなり襲い掛かり、砂ブレスという砂の塊を吐き出して攻撃してくる。しかも砂上に出ればのろいが、砂中では人間じゃ追いつかないほど速いので捕捉が難しい。分類上通常モンスターに位置づけられているが、その大きさはドスランポスなんかよりも大きい。砂漠では避けて通れない厄介な相手……と、これもまたモンスター図鑑に書いてあった。

 数にして三匹。グルグルと広大な砂場を回遊している。厄介な事になった。

「ど、どうする?」

「迂回して行くのも手ですが、それにはかなりの距離を取らないと彼らの聴覚に引っ掛かりますのでかなりの遠回りになります。ここは強硬手段が良いかと」

「強硬手段って、狩るって事?」

「はい」

 フィーリアはそう答えるとヴァルキリーファイアを構えた。だがそんな彼女に対しクリュウは慌てる。

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕らは音爆弾を持ってないんだよ。どうやって砂中から引きずり出すの?」

 音爆弾とは人間には聞こえない超高音を炸裂させる投げ玉で、音に敏感なモンスターならその強烈な爆音に等しきすさまじい大音響にもがき苦しみ、その間の隙を突くという閃光玉などと同じ補助アイテムである。しかもガレオスの場合は砂中から引きずり出す事も可能なのだ。だからガレオスを相手にする時は音爆弾は必需品となる。しかし今回はゲネポスが相手なので持って来ていないのだ。

 そんなクリュウの言葉に対し、フィーリアは「そうですね」とうなずいた。しかしフィーリアにはある自信があった。

「確かに今回の目的はあくまでゲネポスでしたので音爆弾はありません。しかしそれは剣士での話。見ていてください」

 そう言うとフィーリアはボウガンを構え、弾丸の入った袋から目的の弾を取り出すと装填。そして動き回るガレオスのヒレに狙いを定め……撃つ。

 撃ち出された弾は動き回るガレオスに吸い込まれ、命中する直前で炸裂。無数の小さな弾丸が広範囲に撃ち出された。ガレオスのヒレはその無数の弾丸によって撃ち抜かれ血が飛び散る。だがそれでもガレオスは構わず突き進むが、第二射が再び炸裂し血が迸(ほとばし)る。そして、

「ガアァッ!」

 悲鳴を上げてガレオスが砂上に飛び上がって来た。その大きさにクリュウは目を見開く。

 ガレオスは砂上に落ちるとそこで苦しそうにジタバタともがき苦しむ。

「今です!」

「え? あ、うん!」

 クリュウは慌てて走り出す。砂の上は走りづらく少し足が遅くなるが、それでもすぐにガレオスに到着する。

 腰からドスバイトダガーを抜き、クリュウはすかさずガレオスの体に叩き込む。ランポスよりは硬いがそれでもドスランポスのそれに比べればもろい。

 一撃二撃と攻撃を加え続ける。が、

「ガアアアァッ!」

 突如ガレオスは立ち上がった。クリュウは間一髪のところでバックステップして離れる。

 クリュウは立ち上がったガレオスの大きさに改めて驚く。ヒレが立つとその体高は二メートル以上はありそうだ。体長はその倍はあるか。

 ガレオスは自分を攻撃して来たクリュウを見つけると低く唸る。距離が離れているのでガレオスは動き出すが、その速度はあまりにも遅い。人間の歩行よりも遅いくらいだ。

「今だ!」

 クリュウは緩慢な動きをするガレオスに突貫する。いくら強くてもこんなに動きが鈍ければ簡単に避けられる。

 近づくクリュウにガレオスは「グルゥゥゥ……」と低く唸ると、いきなりその大きな身体を仰け反らせた。クリュウはそんなガレオスの行動を不思議に思いながらも構わず突っ込む。

「クリュウ様! 避けてください!」

 フィーリアの声に慌てて足を止める。が、もう遅かった。

「ガアアァァッ!」

 鳴き声と共にガレオスの口から何かが吐き出された。クリュウはとっさに盾を構える。刹那、盾に鉄球がぶち当たったかのような音と衝撃が走った。そのあまりに威力にクリュウは軽く吹き飛ばされ、暑い砂の上に、クリュウは倒れた。

「い、今のが砂ブレス……ッ!」

 砂なんてもんじゃない。あれはもう岩石だ。そのすさまじい威力を受けた左手はビリビリと痺れている。

 正面から突っ込むのは危険だ。ならば、

 クリュウは横に走った。ガレオスの側面に位置すると一気に距離を詰める。ガレオスは慌てて顔を向けようとするが、遅すぎる。

「てりゃぁッ!」

 剣を思いっ切りガレオスの砂色の体に叩き込む。血が噴き出し、ガレオスは悲鳴を上げる。だが、構わず斬り付ける。そして何度か剣を入れると、

「うわッ!?」

 突如ガレオスの身体が激しく痙攣した。かと思ったら砂上にぐったりと倒れる。やったのだろうか。

「クリュウ様!」

 フィーリアが駆け寄って来る。

 クリュウは動かなくなったガレオスを呆然と見詰める。

「ランポスよりは攻撃のひとつひとつは強いけど、動きが緩慢(かんまん)だから結構楽だった」

 正直な感想を言うと、フィーリアもうなずく。

「そうですね。砂中にいる時はとても厄介ですけど、いざ砂上に引きずり出せば動きは緩慢なので、ひたすら斬りつけていれば恐ろしい相手でありません」

「へぇ、結構簡単なんだね」

「まあ、単体はそうかもしれませんが、ガレオスもランポスと同じく集団で生活するので一匹に構っていると背後から砂ブレスを喰らうという事もありますので、油断は禁物です」

「まあね。でも楽だったよ」

「集団で来なければ恐れる相手ではありませんが、ドスガレオスにはその常識は通用しません」

「ドスガレオス?」

 ドスガレオスとはドスランポスと同じくガレオスを束ねる大型モンスターだ。ガレオスの身体よりさらにふたまわり以上も大きく、黒い皮膚をしているのが特徴。砂中でも巨体なのにガレオスと同等、またはそれ以上で泳ぐ。砂上に上がったらガレオスと同じく動きは緩慢だが、攻撃力は桁違いに高いし、牙には強力な麻痺毒があり、砂上を滑空して獲物に噛み付き痺れさせるという荒業もする。

「はい。ドスガレオスとガレオスは基本的には同じですが、その攻撃力と巨体を生かした攻撃範囲は圧倒的で、ヘタすれば一撃で吹き飛ばされてしまう事もあります。ですので、ドスガレオスの場合は徹底的に食い下がるのではなく、一撃離脱(ヒットアンドウェイ)を心がけてください」

「わかった」

 フィーリアのハンターとしての知識を、また頭に刻み込む。そしてふと周りを見回すと、残り二匹いたガレオスは別々の砂上で倒れて動かない。これはもしや……

「あ、あのさフィーリア。あのガレオスは……」

「え? あぁ、私一人で片付けました。ガレオスにはガンナーが向いているんです」

 そうさわやかな笑顔で言うフィーリア。

 いくらガンナーだと倒しやすくても早過ぎだ。クリュウが一匹を相手にしている間に二匹を片付けておつりの時間までできてしまうのだから。やっぱりフィーリアはすご腕のハンターだ。改めてそれを実感する。

「さすがフィーリアはすごいなぁ」

「そんな事ありませんよ」

 フィーリアは謙遜するが、やっぱりすごい。

 クリュウは死んだガレオスの前で手を合わせると、手際良く皮膚を切り裂いて鱗などを剥ぎ取る。すると、

「あ、これは《魚竜のキモ》!」

 そう嬉しそうに叫ぶと、フィーリアはためらいもなくガレオスの腹の中に手を突っ込む。一瞬クリュウは「えぇッ!?」と声を上げて驚いた。いくらかわいい顔立ちやきれいな髪をしている女の子でも、やっぱりフィーリアはハンターなんだと改めて思う。

 そんなこんなでフィーリアがガレオスの体内から引きずり出したのは内臓だった。さすがのクリュウもこれには「うわぁッ!」と声を上げて驚き後退る。

「な、何それ!?」

 クリュウが悲鳴に近い声で問うと、フィーリアは笑顔で答える。

「これは魚竜のキモです。これ自体はハンターには無縁ですが、このキモは大変美味でして、貴族や王宮などが晩餐会(ばんさんかい)の為に欲しがる物なんです。これは臨時収入になりますよ」

「わ、わかったから! そんな気持ち悪い物を持ちながら笑顔で説明するのはやめて!」

 あまりにも不釣合いな光景にクリュウは悲鳴を上げる。

 フィーリアは苦笑いしつつも素材袋の中にそのキモを入れる。ついでにという具合に砂竜(ガレオス)の鱗を数枚ほど袋に入れ、何事もなかったかのように立ち上がる。

 一方、あまりにもショッキングな映像を目撃したクリュウは軽い吐き気を感じていた。今まで彼が見たのは鱗や皮である。内臓のようなものは初めて見たのだ。

「クリュウ様。飛竜種ともなれば内臓も立派な素材です。これくらい慣れておかないと後が大変ですよ」

 フィーリアはそう軽く言うが、免疫のないクリュウには衝撃が強すぎた。

「と、とにかく先を急ごう」

 少しフラフラしながら歩き出すクリュウの後を、そんな彼の姿におかしそうに笑いながらフィーリアが続く。

 またも続く砂だらけの世界に、クリュウはため息する。

「歩いても歩いても砂しかないよぉ」

「砂漠ですからね。仕方ありませんよ」

 フィーリアは苦笑いして答える。彼女だって彼の気持ちはわかる。まだまだかけだしの頃はそんな風に思った事は何度もあった。今はそれが砂漠というものだと理解してしまったので不思議には思わない。《慣れ》とは恐ろしいものだ。変だと思うのに、変と思わなくなってしまう。だが、こういう《慣れ》こそ油断に繋がる。フィーリアは初心を忘れないようにと心がけてきたが、そう考えると自分もずいぶん《慣れ》に支配されてしまった。

「怖いですね……」

 ぽつりとつぶやく。

「え? 何?」

「何でもありません」

 不思議そうに振り返るクリュウ。その顔には疲労が覗えるが、瞳はキラキラと輝いている。初心者だからこその、何も知らない無垢な瞳。自分はとっくの昔に捨ててしまった輝きだ。

「ただ、クリュウ様がうらやましいんです」

「僕が?」

「はい、そのキラキラした瞳が――私にはないその輝きがうらやましくて」

「フィーリア……」

 少し悲しそうな彼女の笑みに、クリュウは黙ってしまう。なぜそんな笑みをするのか、彼にはわかるはずもない。

「さあ、早くゲネポスを狩って村に帰りましょう。エレナさんに怒られてしまいます」

「そ、そうだね」

 普通の笑みをして言うフィーリアに、クリュウはそれ以上の追求はしなかった。訊かない方がいい。そんな警告が胸でしたから。

 クリュウが前で、フィーリアが後ろに続いて砂漠を歩く。もうお決まりの陣形(フォーメーション)で、二人は砂だらけの世界を歩く。

 

 ガレオスとの遭遇戦から半刻ほどしたところで、ようやくゲネポスの群れを発見した。

 二人は小さな岩の陰に隠れて様子を覗う。

 ゲネポスはランポスの亜種だとは知っていたが、本当にそっくりだ。ただし、その鱗は褐色色。いくらか顔つきも恐ろしい。

 ゲネポスは五匹。赤い瞳をギョロリと向けて各自それぞれ別方向を見て警戒している。見たところ隙はない。

「奇襲はできませんね」

「強襲するって事?」

「そうですね。ゲネポスの戦い方はランポスと同じです。ですのでランポスに対する対処方法で十分勝てます。しかし噛み付きには注意してください。噛まれたら体が痺れて一時的とはいえ全く行動不能となってしまいます。その間に集団で襲い掛かれば、命はありません」

「う、うん」

 ランポスと同じでいいという安堵と、痺れたら一巻の終わりという恐怖に複雑な顔をする。そんな彼の表情に心境を悟ったのか、フィーリアは優しく微笑む。

「大丈夫ですよ。もしクリュウ様が痺れられても、その時は私が全力で掩護しますよ」

「あ、ありがとう」

 フィーリアの優しさにクリュウは安堵したように微笑むと、剣の柄を握る。

「後方支援、任せたよ」

「はいッ!」

 フィーリアの返事に、クリュウは岩陰から飛び出す。続いてフィーリアもボウガンを構えて走り出すと通常弾LV3を連射する。突然の攻撃の嵐にゲネポス達は悲鳴を上げる。その間にクリュウはゲネポスに向かって突貫する。だが一番先頭にいるゲネポスがフィーリアの攻撃の嵐の中を突っ切ってクリュウに突進して来た。

「ギャアッ!」

 クリュウは自分に突っ込んで来るゲネポスを回避する。そこへ無数の銃弾が炸裂しゲネポスの体を貫く。

 連携攻撃。一緒に狩りに出続けたので二人はこれくらいの意思疎通はできるようになっていた。

 後方のゲネポスはフィーリアに任せ、クリュウは続いて迫る二匹のゲネポスのうち右側の方に斬り掛かる。

「せいやぁッ!」

 ドスバイトダガーがゲネポスの褐色の身体を斬り裂く。

「ギャアッ!?」

 突然の激痛にゲネポスは悲鳴を上げて仰け反る。その隙に連続してクリュウは斬り掛かった。

「クリュウ様!」

 フィーリアの声に反射的に後退する。すると、先程まで自分がいた所に別のゲネポスが口を大きく開きながら飛び込んで来た。もしフィーリアの声で下がらなければ、あの爪が、牙が、自分を襲っていただろう。

 バックステップして離れると、そこへすかさずクリュウに向かって襲い掛かろうとするゲネポスに無数の銃弾の雨が降り注ぐ。フィーリアの後方支援だ。

 二匹のゲネポスが銃弾に貫かれて悲鳴を上げる。そして銃弾の雨が止むと血まみれのゲネポス二匹にすかさずクリュウが斬り掛かる。《斬りつける》というよりは《叩きつける》との方が相応しいだろう一撃の数々。

 斬って斬って斬りまくる。

 薙ぎ払うような剣を振り抜き、手前のゲネポスを吹き飛ばす。吹き飛ばされたゲネポスは砂の上に倒れて沈黙した。

「ギャアッ!」

 もう一匹のゲネポスが牙を向けて襲い掛かって来る。その一撃は盾で防ぎ、その勢いで後方に退避する。が、

「ギャアッ!」

「うわッ!?」

 別のゲネポスが後ろから遅い掛かって来た。完全な死角からの攻撃に、クリュウはなすすべもなく押し倒される。

「うぐぅッ!」

 クリュウは砂の上に仰向けに倒れた。上にゲネポスにのし掛かられ、動けない。

「くぅッ! このぉッ!」

「ギャアッ!」

 ゲネポスは仲間の仇と言わんばかりに血のように真っ赤な瞳でギロリと睨みつけ、ガバァッと口を開いて鋭利な牙を向ける。そして、

「ぐわぁッ!」

 ゲネポスはクリュウの肩に噛み付いた。その瞬間、身体がビクッと痙攣した。体が痺れ、動けなくなる。

(しまったッ! 麻痺が……ッ!)

 体が痺れて動かない。ヤバイ……ッ!

 麻痺というのは初体験だが、本当に身体が動かない。口も、目も動かせない。聞こえるのは上に乗りかかるゲネポスの獲物を獲た歓喜の声。

 恐怖した。

 ゲネポスは口をガバァッと開けて噛み付こうと首を下げる。目の前に、ゲネポスの顔が、口が、牙が近づく。

(やられる……ッ!)

「クリュウ様から離れなさいッ!」

 至近距離で聞こえたフィーリアの声の後、フィーリアが突貫して来た。ってえぇッ!?

 フィーリアはクリュウに噛み付こうとしたゲネポスにボウガンで殴り掛かった。いきなり殴り掛かれたゲネポスはバランスを崩してクリュウの上から倒れる。そして、倒れたゲネポスの頭にゼロ距離からフィーリアは容赦なく弾倉の中の弾全部を撃ち出した。ある意味恐怖の後継だ。そして、頭を撃ち抜かれたゲネポスは動かなくなる。

「クリュウ様! しっかりしてください!」

 フィーリアは大事なヴァルキリーファイアを放り投げてクリュウに抱き付く。

「クリュウ様! 死なないでください!」

 ギューッと抱き締めて泣きそうな顔でクリュウの顔を覗き込むフィーリア。彼女のきれいな顔が目の前にあってクリュウは心の中で悲鳴を上げる。

 痺れていて動けないししゃべれない。なのでフィーリアの激しい抱擁(ほうよう)攻撃に対してクリュウは全く抵抗ができない。

「クリュウ様! クリュウ様ぁッ!」

「……は……放して……」

「あぁッ! クリュウ様良かったぁッ!」

 ようやく麻痺が解け始め、クリュウはわずかに口を動かして声を絞り出す。

「放し……て……」

「え? あ、すみません!」

 フィーリアは顔を真っ赤にしながら慌ててクリュウから離れる。

 ようやくフィーリアの拘束を解かれたクリュウはゆっくりと起き上がった。まだ体はかなり痺れるが、口はもう問題なく動く。

「し、死ぬかと思ったぁ……」

「ご無事で何よりです。それより傷の手当てを」

「え? あ、うん……」

 フィーリアはクリュウの肩の傷を見る。幸いそれほど深くは刺さっていない。これなら放っておいても問題はないだろう。でも一応消毒だけでもしておく。

 手当てをやっている間に、クリュウの痺れは完全になくなっていた。

 クリュウは何気なく周りを見回すが、すでにゲネポスの姿はない。全て狩ったようだ。しかしその死骸はどこにもない。時間が掛かり過ぎたのだ。

 原因はわからないが、モンスターは死すと身体から特殊な成分を分泌して己が亡骸を処分するのだ。だから時間が掛かり過ぎると剥ぎ取る前に消えてしまう。ハンターの常識であった。

「あーあ、無駄にしちゃったなぁ」

「仕方ありませんよ。ですけど、ゲネポスはどうでしたか?」

 そう訊くフィーリアに、クリュウはすごく悔しそうな顔をする。

「ランポスとあんまり変わらないけど、慣れない狩り場と麻痺牙にやられた」

「まあ、初めての狩り場ですから仕方ありません。砂漠は足場も悪いですし」

「でもさぁ……」

「そう落ち込む事ないですよ。誰だって初めては失敗するものです」

 フィーリアは励ますように笑顔で言う。そんな彼女の優しさに、クリュウは小さく笑みを浮かべて感謝する。

「じゃあ行きましょう。あと十匹は狩らないといけませんからね。さぁ」

 座り込むクリュウにフィーリアは笑顔で手を差し伸べる。

「う、うん」

 クリュウはそれを掴んで立ち上がった。

「では、行きましょう」

「うん」

 二人は炎天下の砂漠を並んで歩く。その先には地平線の向こうまで砂の世界が広がっていた。

 

 その後、クリュウとフィーリアは十五匹のゲネポスを片付けた。元々ランポスの亜種程度の相手にドスランポスにも勝てるクリュウが負けるはずはない。最初こそはその動きの細かな違いや麻痺など知らない事ばかりで苦戦したが、すぐにそれはなくなった。

 クリュウ達はゲネポスの鱗や皮、麻痺牙などを手に入れた。特に麻痺牙はフィーリアによるとシビレ罠の調合素材にもなるらしい。貴重な素材だ。

 目標数の討伐を終えた二人は帰路に着いた。砂漠という慣れない狩り場にくたくたとなったクリュウは帰りの竜車の中でぐったりとしていた。

 

「ふー、とても気持ち良かったです」

 ほかほかと湯気を体から上げて戻って来たフィーリアにクリュウは笑顔で迎えた。

 フィーリアは今までお風呂に入っていたのだ。砂漠に行ったので体中砂だらけになっていたのでクリュウがお風呂を勧めたのだ。

「ごめんね。小さなお風呂で」

 この家に彼女が住み込みになってから今まで普通にお風呂は使っていたが、やっぱりお風呂は小さいのに変わりない。この村ではこれが平均的だが、ドンドルマのと比べれば多少なりとも小さいのだ。

 そんなクリュウの言葉にとんでもないと言いたげにフィーリアは首を振る。

「そんな、とても気持ち良かったですよ。あ、でも、私が一番風呂をいただいて良かったのでしょうか?」

「いいよいいよ。男が入った後の湯船なんて嫌でしょ?」

「いえ、そんな事ありませんよ」

 タオルで髪を拭きながら椅子に腰掛けるフィーリア。そんなフィーリアの姿に、クリュウはつい見とれてしまう。

 元がかなりの美少女であるフィーリア。それにさらにお風呂上りという要素が加わった魅力は破壊的(お風呂上りは魅力が一・五倍に跳ね上がる)。

 そんな感じで見とれていると、夕食を作りに来ていたエレナの一撃が後頭部に炸裂する。

「な、何するんだよッ!」

 いきなり頭を殴られたクリュウは振り向きざまに怒るが、エレナはそんなクリュウを見下したような瞳で見詰める。

「エッチッ!」

「ち、違うよッ!」

「何が違うのよッ!」

「ち、違うったら違うのッ!」

 言い合う二人にフィーリアは不思議そうに首を傾げる。もちろん二人が言い合っている理由などわかる訳もない。彼女も結構鈍感なのだ。

「さてと、僕もお風呂に入るかな」

 言い合いもひと段落した所でクリュウはタオルを掴んで部屋を出る。

 ランプの炎がゆらゆらと揺れ、部屋を幻想的に照らし上げる。

「エレナ様はお風呂に入られないんですか?」

「私? 私は自分の家で入るわよ――あ、もう沸いてるかな? じゃあ私一旦家に帰るね。あと一時間は煮込まないといけないから。あのバカが上がったらそう言っといて」

「わかりました」

 エレナは手を振って家を出て行った。

 一人残されたフィーリアはエレナが用意してくれた紅茶を飲みながら本を読む。

 しばらくすると、タオルを首から掛けて頬を赤らめたクリュウがほかほかと湯気を出しながら戻って来た。

「ふー、気持ち良かったぁ……ってあれ? エレナはどこ行ったの?」

「あ、家に戻られてお風呂だそうです」

「へー、何でまた自分の家のを。ここの使えばいいのに」

「お湯を沸かしてしまったからではないんですか?」

「あー、あり得るね」

 クリュウは笑いながらフィーリアの対面の椅子に腰掛ける。

「何読んでるの?」

「あ、これですか?」

 そう言ってフィーリアは本の表紙を見せる。それはクリュウにも見覚えのあるものだった。

「ハンターに大人気の月刊誌『狩りに生きる』です。都市部のハンターの皆さんの愛読書です」

「ああ、僕もドンドルマにいた頃はよく読んだな」

「こちらに来てからはお読みになっていないんですか?」

「ははは、イージス村は辺境の村だからね。なかなかそういうのは回ってこないんだよね。残念ながら」

「でしたら私のをお読みになりますか?」

「いや、いいよ。別段読みたいって訳じゃないし」

「でも読んだ方がいいですね。特にクリュウ様のような初心者には重要な事が書いてありますから」

「あー、確かにハンターの基本は読んだね。でも実戦で実行できるかと言われれば難しいよね」

「まあ、状況や相手によって大きく変わりますから、この通りにいくという事はほとんどありませんね。あとは自分の経験や実力が重視されます。これに書いてあるのはあくまで基本ですので、応用は自分で考えるか人に聞くしかありません」

「だよねぇ、僕はまだ想像もつかないよ」

 苦笑いするクリュウに、フィーリアは優しく微笑んだ。

「その為に私がいるんです。クリュウ様がお一人でも十分戦えるハンターになるまでは、ふつつかながら私が講師です。そういった事は私が教えていきますのでご安心を」

「ありがとう」

 クリュウは嬉しそうに微笑む。そんな彼に微笑むと、ふとフィーリアは先日の砂漠での狩りを尋ねてみる。

「初めての砂漠はどうでしたか?」

「それって訊くぅ?」

「ふふふ、そうですね。訊くまでもないですね」

 砂漠は恐ろしく過酷な狩り場だった。

 身を焦がすような太陽の日差しはそれだけでも熱線なのに、砂に熱を溜め込み下からも熱が来る灼熱地獄。よくあんな所にモンスターは住めるなぁと感心してしまう。人間はあんな場所には住めそうもない。

「砂漠かぁ、あんまり行きたい場所ではないなぁ」

「気持ちはわかりますが、ハンターならこれくらい耐えねばなりません。狩り場の中には砂漠より過酷な火山地帯がありますし」

「そりゃそうかもしれないけどぉ……」

 クリュウは今回の狩りを思い出す。ガレオス戦、ゲネポス戦全てにおいて感じたのはあの集中力を奪うような暑さだ。正直辛過ぎる。

「これから先、砂漠はもちろん火山にも行くでしょう。これくらいで悲鳴を上げていたらキリがないですよ」

「うぅ、経験者の言葉には重みがあるぅ」

「とにかく、これからは密林と森丘の他に砂漠も含めた三ステージで狩りを行います。砂漠にもこれからどんどん進出しますからね、覚悟してくださいよ?」

「うへぇ……」

 クリュウはがっくりとする。せっかく風呂に入って体を温めたのに、心は先の事を考えて寒い。

 そんな明らかに嫌がっているクリュウに、フィーリアは昔の自分と重ねて見詰める。昔は自分も彼と同じ時があったものだ。

 それからは普通の会話が続いた。そして戻って来たエレナと一緒に夕食を食べる。いつもと同じ、いつもの光景。

 狩りの話をエレナに話し、エレナはクリュウのダメぶりをからかい、クリュウはふてくされ、フィーリアがフォローを入れる。そんないつもの日常。

 明日もまた狩りがある。この平和なひと時が、続くように……


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