イージス村からそれほど離れていないセレス密林が今回の目的地だ。海に面し、背の高い木々などに包まれた原生林。人の手があまり加わっていないからこその自然の世界だ。
一般人は半日ほど掛けて大きく迂回して海路で行くのが比較的安全だ。陸路でも一応行けるが道なき道を歩くので危険だ。だが実際は徒歩で二時間も掛からない距離に位置する。クリュウはあえてそんな陸路を選んだ。ハンターだからこそできる決断だ。おかげですぐにセレス密林に着く事ができた。
セレス密林は高い木が生い茂っているので視界はそれほど良くはない。死角も多く、常にまわりを警戒していないと奇襲を受ける危険性も持っている。しかし死角が多いというのは同時にこちらが身を隠すにも適している。
そんな密林の中で木の木陰でクリュウは休んでいた。
先程からランポスを求めて結構な距離を歩いたが、いまだランポスは現れなかった。
「ふぅ」
クリュウは水筒の中の水をそっと飲むと支給品の携帯食料を食べる。固形の食べ物で味はほとんどせず、正直おいしくはないがお腹は満たされる。
拠点(ベースキャンプ)に置いてあった地図を見ながらクリュウは頬を掻いた。
「ここもダメか。じゃあ、今度は海岸だな」
そう言ってクリュウは地図を道具袋(ポーチ)に押し込んで立ち上がる。
枯れ葉や腐葉土で足が取られる上に木の根を隠してしまうのでとても歩きづらい。そんな腐葉土とかの隙間からはキノコなどが顔を出している。
慎重かつなるべく早く西に向かって歩く。
密林の西側は海が広がっている。
海に面しているので木々が中心部よりは少ないので視界は良好。海風で枯れ葉が溜まらないので足下も心配はない。戦うなら絶好の場所だ。
まわりを気にしながら海岸に向かうと、蒼い海が見えた。白い波が不特定なリズムで砂浜を洗う。その景色はとても心地良くのどかなものだ。
だが、空や海の蒼と違った別の《青》が動いていた。
とっさにクリュウはしゃがんで自らの姿を隠す。
木の陰からそっと覗くと、鮮やかな青色の鱗を纏ったモンスターが数匹海岸周辺を動き回っている。
「ランポスだ」
青い鱗を全身に纏い、黒い縞模様を持つのが特徴的な小型肉食モンスター。それがランポスだ。
ランポスは鳥竜種と呼ばれる種族で、祖先は鳥に近い姿をしていたと言われている。鳥のような尖った顔と嘴(くちばし)を持ち、退化した前脚と発達した後脚。爬虫類(はちゅうるい)の特徴を持ち合わせたモンスターだ。
ランポスはそんな鳥竜種の中でも最も生息範囲が広く、どこにでもいるといっても過言ではないモンスターだ。
木の陰からそっと覗くと、ランポスは全部で五匹いた。どうやら獲物を仕留めて食事中らしい。しかし食べているのは三匹で残りの二匹はまわりを警戒している。
ランポスは群れで生活する生き物だ。その連携力はモンスターの中でも随一の実力を持つ。村長の言うとおり単体なら初心者でも隙を突かれなければ大した相手ではない。しかし集団で襲い掛かれば熟練のハンターでもなければ苦戦するだろう。
幸いまだ相手はこちらには気づいていない。
そっと道具袋(ポーチ)の中を確認する。道具袋(ポーチ)の中には拠点(ベースキャンプ)に置いてあった支給品や持参した道具が入っている。その中には閃光玉も入っていた。
閃光玉とは文字通り光を放つ玉だ。すさまじい光で敵の視界を奪い、その間に一斉攻撃を加えたり態勢を立て直したりする時間を稼ぐ道具だ。
ギュッと閃光玉を握るが、ランポスを一瞥するとしまった。
閃光玉は初心者には貴重な道具だ。クリュウは修行を積んでいるので完全な初心者とまではいかないが、閃光玉なんかの数はあまり揃ってはいない。その為今回も一発しか持って来ていない。
五匹程度だったらなんとか自分の腕だけで倒せると思ったのだ。
見張り役のランポスが背中を見せた瞬間、クリュウは地面を蹴って突貫した。
ぐんぐんと迫るランポス達をしっかりと視界に押さえてハンターナイフを手に持つ。
食事中に襲い掛かって来る招かざる客にランポス達は体を反らして怒りの声を高らかに上げる。
「ギャアッ! ギャアッ!」
その声に食事をしていた三匹も振り向く。
突撃して来るクリュウにまず見張り役の二匹が突っ込んで来る。クリュウはすぐさま一番近いランポスに向かって針路を変えて突っ込む。
迫るランポスは口を大きく開けてクリュウに噛み付こうとするが、ぶつかる寸前で体を回転させてそれを避ける。同時に剣を振るって斬り付ける。
赤い血が視界を塞ぎ、激痛の悲鳴と仲間を傷つけられた怒りの怒号が木霊(こだま)する。
右足に力を入れて勢いを殺して反転をすると、すぐさま地面を蹴ってこちらに向いたばかりのランポスに第二撃を与える。
悲鳴を上げるランポスにさらに連撃を加えると一旦離れた。
自慢の青い鱗を赤い血で染め上げ、ランポスは怒りの目でクリュウを睨む。が、そこで彼は力尽きた。
地面に倒れた仲間を見て他の四匹が怒り狂ったように突撃して来る。
正面から迫る一匹目を剣で振り払い、横から迫っていたもう一匹の攻撃をなんとか盾で耐える。するとその後方から一匹が飛び上がって頭上からクリュウを襲う。
「くッ!」
仲間の血がベットリと付いた剣でランポスは叩き落された。が、ランポスはもう一匹いた。それはクリュウの後方から飛びかかって来る。
「うわッ!」
とっさに盾で防ぐが、ランポスの爪がクリュウの肩を的確に狙う。幸いその一撃は鎧のおかげで防がれたが、鈍い鈍痛が肩を襲う。
「くうッ! このッ!」
盾で押し返すが、ランポスはきれいに着地して何事もなかったかのようにクリュウを睨む。他の三匹も態勢を立て直す為に一度離れる。
いつの間にかクリュウはランポス達に四方を囲まれた。さすがは連携狩りのプロだと言った所か。
剣を横に構え、盾を前方にかざす。が、
「くッ……」
左肩に鈍い痛みが走る。先程の一撃のせいだ。
鎧のおかげで直接的な攻撃は防がれたが、大人ほどに大きいその全体重と重力を加えた一撃の衝撃は防ぎ切れなかったらしい。
この状況でこの痛みはかなり苦しいが、まだ戦える。
獲物が弱まっている事に気づいたのか、クリュウの背中側にいたランポスはジャンプして上から襲い掛かる。
「ギャアッ!」
「うわッ!?」
突如頭上から声がして顔だけ振り向くと、黒い影があった。次の瞬間、背中にすさまじい衝撃が襲い、そのまま押し倒された。
平均的な大人の体重かそれ以上の重さでのしかかり、勝利の声を上げているランポスの下で、クリュウはうつ伏せ状態で押し倒されていた。
「このッ! 降りてよッ!」
体を捻ると、ランポスはバランスを崩して倒れる。その瞬間に剣を構える。
下から突き上げる一撃と自らの全体重が加わり、ハンターナイフは油断したランポスの青い体を突き抜け赤い血をばら撒いた。
たったその一撃で、ランポスは沈黙した。
急いで剣を抜くと同時に立ち上がるが、二匹のランポスが襲い掛かる。
一匹目の攻撃を盾で防ぎ、二匹目の攻撃を横に跳んで避ける。
数を三匹に減らしたとはいえ、その機敏(きびん)さは仲間を殺された怒りを受けてより速く、より凶悪になっている。
クリュウは痛む左肩に一瞬顔をしかめる。
「やっぱり、無茶はダメだね」
実はクリュウ、ハンター養成所に入門していた時は最高でもランポスは三匹までしか相手にできなかったのだ。
すでに二匹を片付けているとはいえ、残る三匹は一匹が負傷。残る二匹が無傷という状況。肩を痛めたクリュウは劣勢だった。
剣の刃を見るが、まだ刃こぼれはしていないようだ。
じりじりと迫るランポスを睨み、剣を構え直す。
長期戦になればこっちが不利だ。だったら、
「こっちから斬り込むまでだッ!」
全力で地面を蹴って突撃する。その行動に無傷のランポス二匹が応戦する為に突撃した。
迫る一匹目を体を捻って華麗に避けると、振り向きざまに一撃を加える。もう一体の攻撃を盾でなんとか防ぐと、一匹目にさらなる追撃を与えようとするが、盾で防いでいるランポスが暴れてそれを防ぐ。見事な連携だ。だがクリュウはもう一度盾で押さえ込むと、隙を突いて一匹目に一撃を加える。
体を仰け反らせて悲痛の声を上げるランポスにさらにもう一撃加えると、バランスを崩して倒れた。とどめの一撃を加えると、ランポスは動かなくなった。
目の前で仲間をやられたランポスは驚きのあまり一瞬動きが止まった。だが、その一瞬が彼の命運を分けた。
盾でランポスを押し返し、バランスを崩して仰け反ったランポスに、最も肉質が柔らかい腹に渾身の一撃を加える。
白い腹は一撃で真っ赤に染まり、ランポスは音を立てて地面に倒れた。
自分をかばって死んだ仲間を目の前に、残ったランポスは単身で怒り狂った声を上げて突撃して来る。その勇猛な行動は敵ながら賞賛に値する。
「ギャアアアァァァッ!」
クリュウは迫るランポスを避ける事もせず、その誠意に答えて真正面から斬り掛かる。すでにダメージを受けていたランポスはその一撃で絶命した。
五匹のランポスとの死闘を制したクリュウは、荒い息をしたままその場に崩れ落ちた。
「はあ……はあ……はあ……」
肩で息をするたびに今自分が生きているという実感する。
「やっぱり、無理はしない方がいいね……」
そんな教訓を得て、クリュウは息を整える。
思っていた以上に体力を消耗していたので、クリュウはポーチの中から支給品の応急薬を取り出すと一気に飲み干す。
やっと立ち上がるだけの体力が戻った所で腰からハンターナイフとは違う剥ぎ取り専用のナイフを取り出し、先程仕留めたランポス達から必要な物を剥ぎ取る。早くしないと鳥竜種は死ぬと体を分解し始めるので、もたもたはしていられない。
死闘を繰り広げた相手に対する敬意を込めてその体は無駄なく使う。それがハンターとしての礼儀だ。
五匹のランポスから十分な量の素材を剥ぎ取ると、クリュウは倒れているランポス達に向かってそっと手を合わせて目をつむる。
倒した相手の冥福を祈る。それは担当教官、彼にとっては師匠のような人から教わった教えだ。
目を開けて辺りを確認するが、援軍はいないようだ。
ほっと胸を撫で下ろすと、クリュウはズキズキと痛む左肩を押さえる。
戦闘ではあまり痛くはなかったが、こうして安心するとズキズキと痛む。
「……依頼討伐数の三匹はもう倒したし、帰ろう」
そう言って左肩を押さえながら、クリュウは拠点(ベースキャンプ)に戻って荷物を整えると、セレス密林を後にした。