モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第191話 決意を胸に抱きて 少女は未来へ向かって歩き出す

 リフェル森丘を出た数日後、一行は無事にイージス村へと到着した。クリュウ達を出迎えたのは歓迎する村人達と、一週間程とはいえクリュウと離れ離れになっていたフィーリア、サクラ、エレナ、そしてツバメとオリガミ。特に彼の姿を見た途端サクラが駆け出し彼へと抱きつき、フィーリアもクリュウの右腕にしがみついて感動の再会に感激する。

 シルフィードはそんな三人の様子を微笑ましくも複雑な心境で見守った後、ツバメに声を掛けた。狩猟の方はどうだったかと尋ねると、ガノトトスを無事に討伐したらしい。だが彼女が予想した通り、二人は怒りに任せてガノトトスを一方的に攻撃し、ツバメとオリガミはあまり出番がなかったらしい。ガノトトス相手に一方的に戦える二人の実力に驚くべきか、類まれなる戦闘能力を何とも子供っぽい理由で限界まで引き出す二人の幼稚さに呆れるべきか、シルフィードの心境は複雑だ。

 ひとまずツバメに労いの言葉を掛け、シルフィードは村長に狩猟の報告を行う。その間もフィーリアとサクラのクリュウへのスキンシップは続くのだが、いつもならここへエレナが怒りながら乱入するのが常だが、今回はそんな彼女よりも先に動く者がいた。

「いい加減にしてください。先輩を困らせないでください」

 甘える二人に威嚇するように堂々と仁王立ちしながら忠告するのは二色の瞳を煌めかせるイビルアイのルフィール。一瞬前まで笑顔全開だった二人も、彼女の登場に一瞬にして感情を殺す。秋空の下、ポカポカと暖かな日差しが降り注ぐ昼下がりのはずなのに、北風も吹いていないのに寒く感じるのは気のせいだろうか。

「……貴様に用はない」

 まず最初に動いたのはやはりサクラ。クリュウを守るようにルフィールの前に立ち塞がりながら刃物のように鋭い隻眼を煌めかせながら不敵に輝く邪眼(イビルアイ)と対峙する。どちらも気の強さだけなら相当な者同士だけあって、互いの瞳は強気に煌めく。

「あなたになくても、ボクにはあるんです。先輩は疲れているんですから、休ませてあげてくださいと意見具申しているに過ぎません。そんな事も気付けないなんて、それでよく先輩を好きとかほざけますね」

 ルフィールの容赦のない物言いにサクラは悔しげに睨みつけながら押し黙る。悔しいが、彼女の言う言葉は全て正論だ。認めるのは癪だが、致し方ない。サクラは鼻を鳴らして彼女の方を一度睨みつけるとその場を去る。残されたフィーリアは一瞬クリュウとサクラの顔を見比べた後、急いでサクラを追って同様にその場を去った。

 去って行く二人の背中を憮然と見送るルフィール。そんな彼女の頭を小突く者がいた。後頭部を小突かれたルフィールは不満そうに振り返る。その先には呆れ返るシルフィードが立っていた。

「君は協調性というものがなさ過ぎるぞ」

「ハルカゼさん程じゃありませんよ」

「……まぁ、否定はしないが」

 協調性の無さという点ではサクラの右に出る者はいないだろう。その点ではシルフィードとルフィールは共通の認識を持っていた。まぁそれは置いといて、ルフィールの協調性の無さも相当なものなのだが。

「ルフィール。そんな言い方しなくてもいいだろ」

 事実上二人を追い払ったルフィールに対しクリュウは苦言を呈するが、ルフィールはどこ吹く風。「ボクは事実を言ったまでです」と取り付く島もない。クリュウは苦笑しながら「まぁ、とりあえず家に戻ろうよ」と彼女の背中を押す。

「あ、エレナ。悪いんだけどランチの予約してもいいかな。フィーリア達の分も、僕が払うから」

「いいわよ別に。それくらいおごってあげるわよ」

「ほんと? 助かるよぉ、今回の報酬金が入らないと手持ち金がほとんどなかったから」

「……そんな時におごるなんて調子いい事言わないの」

 呆れるエレナの言葉にクリュウは苦笑しながら「面目ない」と謝る。そんな彼の笑顔に口元に小さく笑みを浮かべながら「まぁいいわ。席を取っておいてあげるから、適当なタイミングで来なさい。どうせランチタイムも終わってるから」と言い残して先に酒場へと立ち去る。

 ツバメはオリガミと共に村長に連れられて去り、残されたクリュウ、ルフィール、シルフィード、レイヴンのイャンガルルガ討伐組は村人達の感謝の言葉の花道を抜けると、ひとまず自宅を目指す。その道中、リリアとエリエに出会った。帰って来たクリュウの姿を見ると二人は満面の笑みを浮かべて駆け寄って来た。リリアはクリュウに正面から抱き付き、エリエもクリュウと幾つか言葉を交えながら嬉しそうに笑っていた。そんな小さな女の子二人にモテるクリュウの姿をジト目で見詰めるルフィールとレイヴン、複雑な表情を浮かべながら見守るシルフィード。

 二人と十分ばかり会話をした後に別れ、一行はようやく自宅へと戻った。家の中に入ると、そこには先程去った二人の姿があった。どうやらテーブルに向かい合いながら座ってクリュウの帰りを待っていたらしい。だが二人が最初に目撃したのは愛しい彼の姿ではなく、愛しい彼と自分達を引き離す邪魔者。ルフィールの姿を見た途端二人共明らかな不快感を示すがルフィールは全く気にしていない。もはや肝が据わっているとか、そういう次元ではないようだ。

 だがクリュウの姿を見た途端二人の表情が柔らかいものに変わる。視線を合わせたクリュウは優しく微笑みながら「これから酒場でランチしようと思うんだけど、二人も来る?」と二人を誘ってみる。当然返答は全力でイエス。二人の回答に満足気にうなずき、クリュウは「じゃあ半刻後に行くからね」と言い残して一人部屋の方へと消えて行った。

「さて、じゃあ私はひとっ風呂浴びようかな」

 そう言ってうーんと腕を伸ばすシルフィード。するとフィーリアが「火はくべておいたので、もう入れると思いますよ」と気の利いた事を言ってくれる。シルフィードは「おぉ、助かるよ」と彼女に礼を言って一人風呂場の方へと消えた。レイヴンもいつの間にか姿を消し、リビングにはフィーリア、サクラ、ルフィールというある意味最悪のトライアングルが残された訳で……

『……』

 リビングには信じられないくらい重苦しい空気が漂う。誰も一言も口を利かず、誰一人沈黙を貫きながら睨み合ったまま立ち尽くす。友好的な雰囲気は一抹たりともなく、気まずい沈黙が続く。

「……あぁ、ルフィール。私と一緒に風呂でも入るか?」

 そこへこの三人だけで残しておく事はまずいと気づいて戻って来たシルフィードがルフィールを風呂に誘う。するとルフィール「……そうですね」と短く答え、二人の方を睨みながらシルフィードの方へ移動し、彼女に連れられて風呂場へと去った。

 気まずい雰囲気が消え、二人共ほっと胸を撫で下ろす。そこへ今度は私服姿に着替えたクリュウが戻って来た。リビングでぐったりとソファに腰掛ける二人を見て「どうしたの?」と声を掛ける。

「い、いえ何でもありませんッ」

 慌てて姿勢を正して何事もない事をアピールするフィーリア。その隣では同じように姿勢を正してコクコクと同調するようにサクラがうなずいている。

「ふーん。シルフィとルフィールは?」

「お風呂に行きました」

「そっか」

 手頃な椅子を引いてクリュウは腰を落とす。深呼吸すればそこは我が家の香り。やっと家に帰って来たという安堵が、胸いっぱいに広がるような不思議な感覚だ。

 ようやくリラックスできたとばかりにくつろぐクリュウに、早速フィーリアが声を掛けて来た。

「あの、お疲れ様ですクリュウ様。黒狼鳥イャンガルルガを見事討伐されたんですよね」

「正確には捕獲だけどね。いやぁ、甲殻とかが硬過ぎたせいで腕がまだ痛いよ」

 そう言ってクリュウは苦笑を浮かべながら腕をプランプランとさせてみる。正直、しばらくは筋肉痛などで日常生活にも軽く支障が出るかもしれないレベルだ。こんな後を引く感じはバサルモス戦以来だ。あの時に比べれば筋肉もついているはずなので、イャンガルルガの硬さには改めて驚嘆せざるを得ない。

「そっちはどうだった? まぁ二人がいればガノトトスくらい大した事じゃないと思うけど」

 フィーリアとサクラ、それぞれ単独でもガノトトスくらい余裕で討伐できるような実力者だ。その二人がタッグを組み、さらにツバメとオリガミが加わっているのだから特に問題なく討伐できた事は想像に難くない。が、

「ま、まぁそうですね……」

 何とも煮え切らない答えで返しながらフィーリアは視線をサクラの方へ向けるが、サクラはそんな彼女の視線に目を合わせようとしない。まぁ、言えるはずもない。怒りに任せてガノトトスを一方的にボコったなんて。その戦いぶりはツバメとオリガミが互いに抱き合ったまま震えていた程なのだから。命を大切に想う心を持つ彼には、絶対に言えるような描写ではない。

「ケーニッヒ様とは、その、連携の方は……」

 訊きづらそうにに尋ねる彼女の問いにクリュウは「うん? そりゃあもうバッチリだよ。さすが昔僕と組んでいただけあって、互いの動きがよくわかる。いいパートナーだよ」とにこやかに答えるが、その返答に二人の少女が猛烈なダメージを負う事を、彼は知らない。

「……わ、私の方がクリュウのパートナーに相応しい」

 フラフラと力なく立ち上がりながらも、凛とそう宣言するサクラ。クリュウの相棒として彼と連携して動ける者は他にはいない。そういう絶対の自信と自負とプライドが、彼女の心に炎を燃えたぎらせる。

「わ、私もクリュウ様の背中を守れるのは私だけだと自負していますッ」

 フィーリアも負けじと自らをアピールする。

 妙に対抗心を燃えたぎらせる二人のアピールにクリュウは「う、うん。二人共頼りにしてるよ、もちろん」と若干引きながら答える。そんな彼の返答に不満はあるも、ひとまず浮いていた腰を戻す二人。

「そりゃあもちろん、二人に比べれば圧倒的に経験が少ないからね。現時点ではまだまだだよ。でもまぁ、あの子は才能もあるし、決して弛まぬ努力を続けると思う。そうすればきっと、ルフィールは凄腕のハンターになれるよ」

 ルフィールの実力はまだまだこの程度ではない。今はまだ経験が足りないだけ。それにまだ彼女は若い。これから多くの経験を積めば、その実力はまだまだ開花していくだろう。その潜在能力はきっと、自分をも上回るだろう。それだけの才能が彼女にあり、それだけの才能を引き出す努力を、彼女は諦めないだろう。

「ルフィールは、強くなるよ」

 後輩の成長した姿を想像して、楽しげに笑う彼の笑顔を二人は複雑そうに見守る。ルフィールとクリュウは、自分達とクリュウとは違う関係性だ。先輩と後輩、ある意味ただの仲間という関係性より密接な関係と言えるだろう。その関係性が、今は少し羨ましかった。

「そ、それで……、あの、クリュウ様」

 覚悟を決めたように何かを切り出そうとするフィーリアにクリュウは「うん? どうしたの?」と彼女の方へ視線を向ける。フィーリアは一度大きく深呼吸すると、意を決したように切り出す。

「――クリュウ様は、私やサクラ様を、見捨てたりしませんよね?」

 泣きそうな表情で必死にすがるように言う彼女の言葉に、クリュウはそれまでの和やかだった表情を一変させる。視線を逸らすと、同じような表情でジッとこちらを見詰めているサクラと目が合う。気まずそうな雰囲気の中、クリュウはゆっくりと口を開いた。

「そりゃあ、見捨てたりしないよ。しないけど……」

「私はクリュウ様と、これからもずっと一緒にいたいです」

 クリュウの手を握り締め、必死に訴えかけるフィーリア。彼女のすがりつくような視線と言葉に対してクリュウは「もちろん、僕だってそうだよ」と素直に答える。その返答に幾分かフィーリアは安心したように微笑むが、その隣で憮然と立っているサクラの表情は厳しいままだ。

「……なら、これまで同様のチーム編成という事で異論はないわね?」

「いや、それはもうちょっと待って。もう少し、考える時間がほしい」

 サクラの歯に衣着せぬ直球な問い掛けに対してクリュウは答えを出す時間をもう少しほしいと返した。その返答にサクラの表情に一瞬動揺が走ったが、すぐに平静を装い「……構わないわ。ただ、結論は早い方がいい」とだけ返すと一人階段を上って行ってしまった。

 クリュウはそんな彼女の背中に向ける言葉が見当たらず沈黙していたが、そんな彼にフィーリアが静かに声を掛ける。

「……クリュウ様の優しさ、私は大好きです。でも、時にそれは残酷だって事、重々理解しておいてください」

 そう言い残して、フィーリアは親友の後を追うように二階へと消えた。一人残されたクリュウは無言のまま柱へと近づくと、その柱に向けて思いっ切り頭突きをかました。視界が一瞬揺れる程の衝撃と、額に走る激痛。でもきっと、二人はずっとこの痛みなんかよりも痛い想いをしていたに違いない。二人のあんな寂しそうな顔、見たくなかったのに。

 額を柱に押し付けたまま、クリュウはしばらくそうしてぐったりとうなだれていた……

 

「え? 旅に出るって……」

 全員の着替えが終わり、オリガミから昼食の支度ができた事を聞いた一行はエレナの酒場にてランチをする事になった。エレナお手製の絶品ランチを堪能し、飲み物片手に団欒を楽しんでいた一行に対し、突如ルフィールが告げたのは、再び旅に出るという趣旨の発言だった。

 動揺が広がる面々を前にしても、当のルフィールはひどく冷静だった。お茶を一口飲み、口の中を潤すと、動揺するクリュウ達に対して冷静に自らの意見を述べる。

「今回の狩猟を通して、自らの未熟さを痛感しました。修行を積み、一定の功績を残し、自らの実力は先輩の背中を守れるだけのものに成長したと自負していましたが、結果は惨憺たるものでした。ボクは自らの過信を改め、再度修行を積むべきだと判断しました。名残惜しいですが、ボクはまだ先輩の相棒には相応しくありません」

 淡々と述べる彼女の発言に他の面々は戸惑いを隠せない。そんな中、クリュウは静かに砂糖たっぷり入った紅茶を淹れたカップをソーサーの上に戻す。

「僕が言うのも何だけど、君はまだかけだしのハンターだよ。それがいきなり経験を積んで一人前として前線で戦うハンターと比較して弱いなんて、ある意味当たり前。比較対象にする事すら無理な話だよ。特にシルフィは二つ名まで持つような猛者だからね」

 クリュウの言葉にシルフィードは複雑そうな表情を浮かべている。強いと褒められる事はハンターとして嬉しい事だが、女としてそれはどうなんだろうという葛藤を抱いているのだが、当のクリュウはそんな彼女の葛藤など気づく事なく続ける。

「それに、僕の個人的な意見を言えば――卒業後半年でその実力ならすごいと思うよ。当時の僕よりもずっと強いくらいだもん」

 苦笑しながら彼が言う通り、ルフィールの実力は彼が卒業半年後の時よりも上だ。元々の才能の差もあるが、何よりも彼女の弛まぬ努力が自らを鍛えていたからに他ならない。だがクリュウの褒め言葉にも、ルフィールはゆっくりと首を横に振る。

「ボクの目的はあくまで先輩の相棒になる事です。その為には、最低でも先輩と同等かそれ以上の実力を身につけなければなりません。現時点で先輩よりも実力が劣っている時点で、ボクは第一条件すら果たせていないんです」

「……別に、僕は実力で仲間を決めている訳じゃないよ。ただ信頼出来るか出来ないかであって、その点でルフィールは十分信頼出来る。仲間だとしても何の問題もない」

「ありがとうございます。先輩に信頼されている、それだけでボクはどんな苦行にも耐えられる。今回、その先輩の想いを再確認できただけで、ここへ来た価値は十分にありました。ですがやはりボクはまだまだ未熟者です。もっと経験を積んで、もっと見聞を広め、もっと強くなる為にも、また旅に出る必要があるんです」

 ルフィールは一度決めた事は絶対に曲げない子だ。その彼女が明確な決意と目標を持って決めた事だとしたら、先輩としてクリュウがすべき事はただ一つだ。

「……そっか。なら、もう止めないよ。いつか、君が本当に僕の相棒になれる日が来るのを楽しみにしてるよ」

 笑顔で言う彼の言葉にルフィールも「……ボクもきっと、その日が来ると信じています」と微笑みながら答えた。

 クリュウの言葉に引っかかりはあるものの、とりあえず現時点でのチーム解散という最悪の危機は脱した。ほっと胸を撫で下ろすフィーリア、サクラ、エレナ、シルフィード。だがルフィールは再び表情を引き締めると突如ビシッと彼女達を指差した。何事だとばかりに驚く彼女達を前に、ルフィールはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。二色に煌めく必殺のイビルアイを輝かせ、強気に、言ってやった。

「――先輩は絶対に渡しません。覚悟しておいてください。ボクは、あなた方を超えてみせます。このイビルアイに誓ってッ!」

 不敵に、それでいて楽しそうに、堂々と宣言する彼女の言葉に驚く一同。だがしかし、そんな彼女の宣戦布告に対してニヤリと笑いながら応える恋姫達。

「まぁ、期待して待っているさ。だが私も、そう簡単に負けるつもりはないがな」

 腕を組みながら大人の余裕という感じで威風堂々と受けて立つシルフィード。

「わ、私だって負けませんッ! レヴェリの名に懸けてッ!」

 可愛らしくギュッと胸の前で両の拳を握り締めながら、年下相手には絶対に負けないとばかりに強気に受けて立つフィーリア。

「……貴様に受けた恥辱、未来永劫忘れない。貴様だけには、絶対に負けない」

 強気に煌めく隻眼を輝かせながら、不敵に仁王立ちし、そして嘲笑する。何とも失礼極まりないが、それが彼女なりの覚悟の表れなのだろう。自信満々に売られたケンカを買うのは、さすがと言うか。

「……いや、そもそもあんたがあんな物を隠し持ってたのがいけないんでしょ」

 一人冷静にサクラのボケにツッコミを入れるエレナ。しかしフッと口元に笑みを浮かべるとルフィールを前に「まぁ、私はハンターじゃないけど。料理の腕ならあんたなんかには絶対に負けないわよ」と別枠で勝負を買う。

 四人の言葉にルフィールはブルブルと体を震わせる。強敵を前に恐怖しているのではなく、むしろ武者震い――否、彼女の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。そんな彼女の姿をジッと見詰めていたクリュウは、心の底から安心したような笑みを浮かべた。

 どこかぎこちない、それでも心から嬉しそうな満面の笑みを浮かべながら、彼女は尋ねる。

「――その前に、ボクと友達になってくれませんか?」

 彼女を認めてくれる友達ができた事を、クリュウは心から喜んだ。

 

 出発は明日とかなり急だが、可及的速やかにに修行を始めたいという彼女の意向を汲み、準備は進められた。今回村を守ってくれたお返しとして村長がドンドルマへ帰る手段として漁船を一隻提供してくれる事となった。

 その夜、ルフィールの送別会という事で恒例のように村全体がお祭りモードとなった。村人達はイビルアイの彼女に対して何の偏見も持たずに接していた。元々田舎だけあって邪眼姫(イビルアイ)の伝説があまり伝わっていないという事もある。あれは元々アテネ神教に登場する悪魔なので、無神論者ばかりのイージス村では意味を成さない。それに村を守ってくれたという事実が、彼女を受け入れる最大の理由となった。

 村の子供達もルフィールに殺到し、ルフィールは困惑しながらも子供達といくつか言葉を交わした。あまりこういう大勢での歓迎を受けた事がない彼女はかなり困惑し、ずっとクリュウの背中に隠れていた為に他の恋姫の嫉妬心はすごいものだった。しかし友達になったからには今日だけはルフィールに彼を預けると決めた以上手出しはできず、皆一様に酒を飲み倒して酔い潰れたのはまた別のお話。

 散々騒いだ後、祭りはお開きとなった。酔い潰れた女子陣をクリュウ、ルフィール、ツバメ、アシュアの面々がそれぞれの部屋に送った後、クリュウとルフィールは二人で出掛けた。

 

「……何で、わざわざここに来たのさ」

 慣れている所でも、さすがに夜に来る事はない為にクリュウは薄気味悪そうに辺りを見回す。そこは村の外れにある共同墓地。昼間には両親の墓参りに来る事はあっても、夜に好き好んで墓地には来ない。

 そんな夜の墓場に、クリュウとルフィールの姿はあった。クリュウは下は長ズボン、上はTシャツにケルビの皮で作られた上着を羽織ったラフな格好。一方のルフィールはずいぶんとオシャレを意識した姿をしていた。燕尾服のような袖口が広めな白いシャツに黒を基調に四重のフリルがついたスカート。フリルは上から黒、紅白のチェック柄、黒、またチェック柄のように交互に二種類の生地が使われている凝ったデザイン。左腰にはオシャレチェーンを下げ、胸元にはノヴァクリスタルの欠片を六角柱に加工したペンダントが煌めく。言うまでもなく、クリュウを意識したオシャレ服だ。すでにお披露目を済ませ、クリュウにもかわいいと褒められた自信満々の服装だ。少し肌寒いが、オシャレの為ならそれくらい我慢できる。思考も昔に比べてずいぶんと女の子っぽくなった。

 ルフィールは無言でリリアの店で買った雪山草の花束をそれぞれ並んで埋葬されているクリュウの両親の墓の前にお供えする。傍に置かれたランプの明かりが、墓石に刻まれた両親の名前をゆらゆらと浮かび上がらせる。

「せっかく先輩の故郷に来たんですから、先輩のご両親に挨拶するのが当然です。明日はドタバタしますので、できるのが今日の夜しかなかったんです」

「……そっか」

 クリュウは膝を折って手を合わせるルフィールの頭を優しく撫でると、同じように膝を折って両親の墓の前で手を合わせる。

 しばらくの無言があって、クリュウが閉じていた瞳を再び開く。視線を感じてそちらの方へ向くと、ジッとこちらを見詰めているルフィールと目が合う。

「どうしたの?」

「ボクには、両親がいません。正確にはそういった類がいたからこそボクは存在してますが、ボクの記憶にはそういった存在はありません」

「……捨て子、だもんね。教会出身だったっけ?」

「はい。エルバーフェルドの片田舎にあるアテネ神教の教会でした。そこにはローレライの悲劇で生まれた孤児が何人もいて、ボクもその一人でした。アテネ神教ではボクのこの目は悪魔の象徴でしたけど、神父さんやシスターさんはボクや子供達に邪眼姫(イビルアイ)の事は伏せて育ててくれました。おかげで迫害される事はありませんでした。しばらくして、聖書を読んでいた際にボクは自分の異質さを知る事になりましたが」

「って事は、君はエルバーフェルド人なんだ」

「一応そうなりますね。まぁ、祖国に対して何の感情も抱いてはいませんが」

「君の名前も神父さんが?」

「はい。ケーニッヒはエルバーフェルド語で王を意味します。神父さんはボクに王のように勇ましく、気高く、強い人間になるよう意味を込めたそうです」

「そっか。一度、その神父さんに僕も会ってみたいな」

「無理ですよ。現政権になってからは徹底的にエルバーフェルドではアテネ神教が排斥されましたから。先日エルバーフェルドを巡った際に教会も訪ねましたけど、すでに取り壊された後でしたから」

 悲しそうに言う彼女の言葉にクリュウは「ごめん……」と短く謝った。ちょっと考えればわかる事だった。自分も数ヶ月前に同じくエルバーフェルドに行った。アテネ神教が同国でどういった類として扱われているかなど、重々承知していたはずだ。

 自分の軽率な発言を反省するクリュウを前にルフィールは「別に構いませんよ。たぶん、本国の方に帰って平和に暮らしていると思いますから」と微笑んだ。本国とはもちろん神聖ローマリア法国の事だ。

 ルフィールは「でも、ボクはまだマシな方です」と言葉を続けると、そっとクリュウの母であるアメリアの墓を優しく撫でた。

「先輩はご両親に愛されて育ちました。だからこそ、そのお二人を失った時は言葉には出来ない程苦しまれたと思います。ボクは最初から両親の愛を知らずに育ちましたから、失うものが何もないボクと、大切なものを失った先輩。同じ孤児状態でも、ボクと先輩は違います」

「……そうかな。両親を知らないって方が、ずっと辛いと思うけど」

 クリュウの記憶の中には、両親と過ごした幸せな日々が刻み込まれている。父親の記憶は子供過ぎた為に曖昧だが、それでも優しかった父親の事はよく覚えているし、何かと手を焼いた母親の事は特に大切な思い出だ。

 ルフィールにはそんな両親と過ごした記憶が無い。それは、ある意味で自分よりも辛いのではないか。でもルフィールはそんな事を感じさせない。本当に気にしていないのか、あるいは……

「まぁ、いずれボクにも両親ができるかもしれませんが」

「え? そうなの?」

 驚くクリュウの反応を見てルフィールは疲れたようにため息を吐く。困惑する彼の目の前で「お義母さん、あなたは息子さんにどんな鈍感スキルを育んだんですか」と、アメリアの墓に向けて苦言を呈する。

「でも、先輩のご両親にはお会いしたかったですね。どんな方だったんですか?」

「う、うーん、ちょっと説明するにはややこしぃかなぁ」

 苦笑を浮かべるクリュウの反応にルフィールは不思議そうに首を傾げた。まぁ、母親が元王族で父親と駆け落ちして来た、なんて夢物語と言うかこれ以上面倒な説明はない程に複雑な関係だ。まぁ、それは追々話すとしてクリュウは「うーん、優しい人だったよ。父さんも母さんもハンターだったからさ、僕はその背中を見て育ったから」と二人の印象を話す。

「ご両親は、お強かったんですか?」

「うん。すっごく強かったよ、父さんは銀レウスの、母さんは金レイアのG級武装を身に纏って、どんなモンスター相手にも勇猛果敢に挑んでた。凄腕のハンターだよ」

「お強かったのですね。それでは先輩は、そんな有能なお二人の血を受け継いでいらっしゃるので、今後お二人を超えるようなハンターになるでしょう」

「どうかなぁ? 僕はハンターとしての才能はあまり受け継いでないと思うけど。自分で言うのも何だけど、平々凡々だし」

「東言葉に大器晩成という言葉があります。世の中にはその実力を開花するには時間が掛かる人もいる、という意味です。先輩はその部類に入りますよ」

「だといいけどねぇ」

 自分が凄腕のハンターになる。そんな姿はあまり想像できない。一人で古龍に挑む姿など、全く思いつかなかった――でも、仲間と一緒に力を合わせて挑む姿だけは、少しだけ想像できた。それは、どんなに頼もしい光景か。

「ボクも、負けてはいられませんね」

 そう言って、ルフィールは握り締めた両の拳を胸の前で揺らす。日進月歩、常に前へ進み続ける彼女の姿は、実に頼もしくて、勇ましい。その小さな体は、まだ無限の可能性を秘めているのだ。

「まぁ、無理はしないようにね。無理し過ぎて体を壊しちゃ意味がないんだからさ」

 そう言ってクリュウはルフィールの頭を優しく撫でた。ルフィールはそんな彼の温かくて優しい手を頭に感じながら嬉しそうに目を細め、屈託なく微笑む。

「ほんと、先輩はお優しい方ですね」

「それだけが取り柄みたいなものだからさ」

「またそんな事言って……」

 苦笑を浮かべながら頭を撫でる彼の言動に呆れつつも、どこか安心したようにルフィールは微笑む。自分が知っている彼の姿と、今の彼の姿は変わっていない。昔よりも強くなったとか、かっこ良くなったとか。そういう事ではなくて、もっと根っこの部分で変わっていない。彼が自分の知っている彼でいてくれている。それが、ちょっぴり嬉しかった。

「先輩を見ていると、きっとご両親も素晴らしい方だったのだと想像できますね」

「うん、自慢の両親だよ」

「……お墓参り、できて良かったです」

 そう言ってルフィールはゆっくりと立ち上がる。クリュウもそれに合わせて置いておいたランプを手に取って落としていた腰を上げた。ルフィールはクリュウの両親の墓を見下ろしながら、静かに微笑む。

「……また来ます」

「ルフィール」

 名前を呼ばれて振り返った瞬間、ルフィールの両目が大きく見開かれた。

 目の前で優しげな笑顔を浮かべながらクリュウが立っている。美しい月明かりをバックにして立つ彼はそっと自分の方へ手を差し伸べた。視線を落とし、彼の手を数秒見詰めた後、ルフィールは口元に微笑を浮かべながら彼の手を握り締めた。肌越しに伝わる彼の優しさ、温もり。少し冷えた手を、温かく包んでくれる。

「帰ろっか」

「……はい」

 握ってくれる彼の手を、ルフィールもしっかりと握り返した。

 二人並んで、クリュウとルフィールは歩き出す。共同墓地を出て、村の中枢へと繋がる一本道を互いの温もりを感じ合いながら無言で進む。

 ルフィールはうつむき加減で彼の隣を歩いていたが、意を決したように繋がっている彼の手をグッと引き寄せると、そのまま彼の腕にしがみついた。両腕で彼の片腕を抱き締め、グッと近くなった彼の驚く顔にイタズラっぽく微笑む。

「先輩は、誰にも渡しません。先輩は――ボクだけの先輩ですからねッ」


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