モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第190話 胸の奥で輝き出す淡い恋心 彼の笑顔が眩し過ぎて

「ただいまぁ」

「お帰りなさい先輩」

 拠点(ベースキャンプ)に戻った彼を出迎えたのはルフィール。彼の持っている釣り道具を受け取り、片付ける。その姿は帰宅した夫を出迎える妻にも見える。が、ここは家でなくて狩場の拠点(ベースキャンプ)であり、彼女もエプロン姿ではなくパピメルシリーズ姿だ。ある意味、その光景はシュールとも言える。

「とりあえず、サシミウオが八匹釣れたよ。積み込んである食材と合わせて朝食にしちゃおう」

「そうですね。夜通しで狩りをしたから、お腹ペコペコです」

 そう言ってルフィールはお腹をこする。最後にまともな食事をしたのは昨日の夕方、狩場に着く前に摂ったものが最後だ。以後は携帯食料やこんがり肉などで小腹を満たしていたが、後半戦では食べる暇も惜しんで猛攻を積み重ねた為、最後に食事を摂ってからすでに数時間が経過している。そりゃ空腹にもなるだろう。

「それじゃ、早速料理始めようかな」

「あ、ボクも手伝います」

「大丈夫?」

 クリュウの中でのルフィールの料理スキルはお世辞にも得意とは言えなかった。良くも悪くもマニュアル人間な彼女は料理本に書いてある通り、計量は一グラム単位で細かい。料理本がなければまるで料理などできない。一年半前の彼女はそんな娘だった。だが、

「これでもソロハンターとしてやって来たんですよ? 料理くらいもう克服してます」

 ルフィールは常に己を磨き続ける娘だ。不得意な部分があれば早急に克服し、得意なものも常に上を目指し続ける。一秒一秒、彼女は成長し続けている。いつまでも自分が知っている彼女ではない、クリュウは少し寂しい気もしたが、そんな彼女の姿を微笑ましげに見詰める。

「そっか。じゃあ、手伝いよろしく」

「はいッ」

 笑顔で任せてくださいとばかりに胸を叩く彼女を連れて、クリュウは早速荷車から料理器具を降ろすと、それらを並べて料理を開始する。その傍ではシルフィードがクリュウに教えを請いながら手伝いをしている。そんな二人の姿を少し離れた場所から見ていたレイヴンは、楽しそうに笑うルフィールの笑顔を見て小さく口元に笑みを浮かべた。

 一方、そんなクリュウ達から離れて一人竜車の運転席に腰掛けているのはシルフィード。筆を取り、何かを認(したた)めている。それはアルフレアにあるハンターズギルド支部宛ての手紙。黒狼鳥イャンガルルガを捕獲した為、受け取りを要請する為の物だ。さすがに彼らの荷車だけではイャンガルルガを移動はできないし、そもそも村で捕獲したモンスターをどうこうしようなどという考えも設備もない。こういうのは研究対象になったり、闘技場で歴戦のハンター達の腕試しの相手にされたり、まぁ用途は色々だ――クリュウは知らなくてもいい残酷な結末もある。

「良し」

 手紙を書き終えたシルフィードはいつの間にか隣で待っていたアイルーに手紙を渡す。アイルーは「確かに承ったニャ」と手紙を受け取ると、大事そうに腰に下げた小タルの中に入れる。シルフィードは「いつもすまんな」と彼の頭を優しく撫でると、チップとしてマタタビを数個渡す。アイルーは満面の笑みを浮かべながらそれも小タルの中へ大切そうに入れる。

「君とも結構長い付き合いになったな」

「ニャァ。オイラも蒼銀の烈風ともあろう人がこんな辺境の狩場に何度も来るとは思わなかったニャよ」

「……リオレウス戦の際にはまぁ、仲間が無茶苦茶してすまなかったな」

「それもう何度も謝られてるニャ。もういいニャよ、オイラ達もリオレウスから怯えなくて済んだんだから、お互い様ニャ。それに、今回はイャンガルルガ。お前さん達ニャぁいつも感謝してるニャよ。って、長老が言ってたニャ」

「そうか。長老によろしく言っておいてくれ。それじゃ、手紙を頼んだぞ」

「任せておくニャ。村の伝書鳩で明日にはアルフレアのギルド支部には届くから、数日以内にはイャンガルルガは回収されるニャ。それまでは村の自警アイルー達が監視しておくから安心するニャ」

「わかった。よろしく頼むぞ」

「ニャハハハ、オイラと姉御の仲じゃないかニャ。任せておけニャ」

 アイルーは胸を軽く叩くと彼女に別れを告げて足早に去って行った。彼はリオレウス戦の際に負傷したクリュウを看護したアイルーのうちの片割れだ。あれ以降どうやらこのリフェル森丘においてイージス村のハンター担当になったようで、何かとクリュウ達のアシストを行うようになった。今回も、彼に世話になった訳だ。

 筆記用具を片づけ、シルフィードは地面へと降りる。荷車越しに聞こえてくるクリュウ達の声の方へ出ると、クリュウとルフィールが二人で料理中だった。シルフィードは近くの岩の上に腰を落とすと、そんな二人の姿を見詰める。

 クリュウと楽しげに会話をしているルフィールの横顔をぼぉっと見詰めていると、隣にレイヴンが腰掛けた。

「お前は手伝わないニャ?」

「私は致命的に料理スキルがないようでな。台所には基本的に出入厳禁にされているんだ」

「……厳禁とは、穏やかじゃないニャ」

 シルフィードの思わぬ情けない部分を知ってレイヴンは小さく笑うが、シルフィードが睨みつけると手で謝り黙り込む。そうしてしばらくそうして二人の料理している姿を見詰めていた時、そんな沈黙を破ったのはシルフィードのため息だった。

「どうしたニャ。お前らしくないニャ」

「……そうか?」

「数日の付き合いだからお前の事を詳しくは知らないニャ。でも、いつもと雰囲気が違う事だけはわかるニャ。正確には、オイラとあいつが釣りに出る前と後で違う――ルフィールと何かあったニャ?」

 レイヴンの問い掛けにシルフィードは何も答えない。ただ無言で前を見詰め続ける。その視線の先には、いつの間にかルフィールではなくクリュウの姿だけが映っていた。

「……ルフィールに怒られたよ」

「ほぉ、それはまた珍妙ニャ」

 くくくと心底楽しげに笑うレイヴンの隣で「君もずいぶんと意地が悪いな」と釘を差しつつシルフィードはゆっくりと目を閉じて、つい数十分前の出来事を思い出す。

 

 ルフィールの執拗な質問攻めを受け、無様に水の中で四つん這いになっているシルフィード。そんな彼女を見下げるルフィールのイビルアイは彼女の口から出る情けない言葉の数々にすっかり気勢が削がれ、呆れ返っていた。

「……それ、要するに先輩の事が好きって事じゃないですか」

 シルフィードの情けない言葉を全て聞いた上で彼女が出した結論がそれだった。腕を組みながら呆れたように言う彼女の言葉に、シルフィードは伏せていた顔をゆっくりと上げる。その顔には困惑の色が見えた。

「私が? クリュウの事を好き……だと? まぁ、当然嫌いではないのだが」

「そういう事じゃありません。はぁ、先輩みたいな面倒な鈍感キャラは一人で十分間に合ってるんですけど」

 深いため息を零し、ルフィールはそっと彼女の前で膝を折る。視線を彼女の高さと可能な限り合わせながら、羞恥で真っ赤になり、瞳の端には薄っすらと涙を浮かべたシルフィードの情けない顔を見てもう一つため息を零すと、そんな彼女の額をデコピンする。。

「ハッキリ申し上げます。あなたは先輩に対して明確な恋心を抱いています。まず、間違いありません」

「そ、そんな事は……」

「十中八九間違いありません」

「それではわずかではあるが違うという可能性も……」

「人の揚げ足を取らないでください。先日ボクも先輩に言われましたけど」

 嫌な事を思い出した為か、ルフィールは深いため息を零す。そんな彼女をシルフィードが訝しげに見詰めていると、ルフィールは気を取り直すように軽く咳払い。再び真剣な眼差しで彼女の方へ向き直る。

「確かに、私はクリュウに対して何らかの感情を抱いている。これは事実だ。だが、それが必ずしも君やフィーリア、サクラと同様の感情とは限らないぞ……」

 自分よりもずっと小さな少女相手に押し負かされている自身の姿に情けなくなってくるが、彼女の真剣な眼差しの前ではなぜか強く出れず、結果語尾が弱々しくなってしまう。

 シルフィードの言葉にルフィールはしかしキッパリと「ボクのイビルアイをナメてもらっては困ります。あなたが先輩に恋心を抱いている事など、丸わかりです」と彼女の意見を否定する。真っ向から否定され、シルフィードは頬を赤らめたまま「いや、だが……」とまだ納得出来ない様子。そんな彼女の姿を見てルフィールは呆れ気味にため息を零す。

「じゃあ、ボクが先輩を奪ってもあなたは何も言いませんね?」

「それは、当事者同士の問題だからな。私が口を挟む余地など――」

「――ではあなたの目の前で先輩とキスをします。もちろん、ディープキスです」

 ゆっくりと立ち上がり、頭上から真面目な顔で堂々と言ってのける彼女の勇気と意志の強さに感服しつつ、シルフィードはクリュウとルフィールのキスシーンを想像してみる。互いに舌を絡ませてのいやらしいキス。次第に勢いが強くなり――そこまで想像した時、彼女の顔は羞恥で真っ赤に染まった。そして、胸の奥で猛烈な絶望感が膨れ上がった。

「い、いや、それはさすがに……」

「ほら、嫌なんじゃないですか」

「いや、道徳的に公然とキスをするのは如何なものかと……」

「まだそんな事を言って自分の気持ちから目を背けるんですか? 蒼銀の烈風ともあろう凄腕の剣士が聞いて呆れますね。正直になってください。ボクと先輩がキスしても、本当にあなたは構わないんですね? それ以上先の展開に発展したとしても、あなたは何も文句は言いませんね?」

 ルフィールの強い口調にシルフィードは押し黙る。だが、彼女の言葉一つ一つに胸の奥がズキズキと痛む。二人がイチャイチャしている姿を想像すれば、その痛みは無視できるようなレベルではなくなる。その痛みが意味するもの、よく考え、シルフィードはゆっくりと言葉を零す。

「……い、嫌だ」

「聞こえません。もっと大きな声で言ってください」

 キラキラと意志の強い二色の瞳を煌めかせながら問いかける彼女の言葉に、シルフィードは自棄になったように顔を真っ赤にしながら、思いの丈を叫んだ。

「そんな事嫌に決まってるだろうがッ!」

 自棄クソばりにほぼ逆ギレのように怒鳴るシルフィードの言葉に対し、ルフィールは静かに笑みを浮かべると「言えたじゃないですか」と満足気にうなずく。

 真っ赤になった顔を隠すように、そして冷やすように水を両手ですくって顔を洗うシルフィード。少し熱が冷め、冷静さを取り戻した頃。シルフィードはゆっくりと顔を上げる。

「いや、今のは違う。その、弟に彼女ができた時の姉の虚しさのような、そんなものだ」

「まだそんな言い訳するんですか? 往生際が悪いですよ」

「……まだ、自分でもよくわからないんだ。というか、信じられないんだよ」

 いつになく弱気な言葉を吐くシルフィードの頬はまだ少し赤い。平静を装ってはいるが、その実はまだ自分の中に芽生えた気持ちを前に混乱しているのだ。そんな彼女に対して、ルフィールは優しく微笑む。

「別に変な事じゃありません。誰かを好きになる、それは当然の感情です。恥じる事ではありません」

「……私は今まで、クリュウの事は弟のような存在だと想っていたんだ。それが急に、一人の男性として好きだと言われても、困る」

「何を困る必要があるんですか。好きなんだから、素直に先輩を抱き締めればいいじゃないですか」

「……いや、そんな恥ずかしい事できないよ」

 顔を赤らめてうつむかせながら人差し指をツンツンと突き合うシルフィード。その姿はいつもの頼もしく凛々しい戦姫の勇姿は微塵も感じられない、歳相応の恋する乙女だ。そんな彼女の姿にルフィールは「……先輩に匹敵するような幼稚な情緒ですね」と呆れる。

「まぁ、ボクとしては恋敵(ライバル)は少ない方がいいですが――あなたは本当にそれでいいんですね? 戦わずして負けを認めるなど、ボクは絶対に嫌です」

 確認するように問いかける彼女の問いに、シルフィード「いや、別にクリュウの事を諦めた訳では……」と語尾の弱い言葉を述べるが、「そんな生半可な気持ちで挑んで、ボクに勝てるとでも?」と嘲笑する。

 言い方は厳しいが、どうにも彼女の言動の裏には自分を叱咤激励するような意味が感じられるシルフィード。顔を上げ、堂々と立つルフィールの姿を見上げる。

「君は何故、私にそんな事を問うんだ? このまま、私が自覚しなければライバルは少なかっただろうが。なのになぜ、わざわざライバルを増やす必要がある?」

 シルフィードの疑問に対し、ルフィールは唇に拳を当てて少し考え、そして答える。

「確かに、ボクの今回の行動は自らに不利に働くかもしれません。ですが――ボクの事を友だと言ってくれたあなたに対して、ボクは全力でぶつかってみたいと思いました。全力で、正々堂々と、先輩を奪い合う。そう決めたんです」

 バカみたいに真っ直ぐな彼女の言葉に、シルフィードは一瞬ポカンとするが、すぐに口元に小さな笑みを浮かべると「そうか……」と小さくつぶやく。どうやら彼女もクリュウと同じ、理屈云々関係なく正々堂々とした若者らしい。有利不利ではなくて卑怯になりたくない。真っ直ぐに己の信念を曲げずに貫く。そのどちらも、シャルルの影響だという事は言うまでもないだろう。

 ルフィールはそっとまだ膝を折っているシルフィードに手を差し伸べた。シルフィードは無言でその手を掴むと、ゆっくりと立ち上がる。

「改めて問います、シルフィードさん。あなたは先輩の事、どう想っていますか?」

 ルフィールの再びの真っ直ぐな問い掛け。先程は己の心の本音がわからず、口先で誤魔化していた。だが今は、己の本心を知った今なら、真っ直ぐに、己の本音を、ハッキリと、言葉にできる。

「私は、クリュウの事が――好きだ」

 

 ゆっくりとまぶたを開くと、そこには先程までと同様に楽しげに会話をしながら料理をする二人の姿があった。どうやら思いの外考えに耽っていたようだが、実際にはどれほど時間は経っていなかったらしい。隣を見れば、レイヴンが眠そうにあくびをしている。

 再び視線を前に、少し離れた場所で料理に勤しむクリュウの姿を追う。楽しそうな彼の横顔を見ていると、自然と胸の奥が温かくなる。今まではこの反応に困惑していたが、ルフィールのせいですっかりその正体を理解してしまった今では恥ずかしくもあるし、むず痒くもある。何とも奇妙な感覚だ。

「……これから、どう彼と接したものか」

 正直、しばらくは面と向かって会話できそうにないかもしれない。たぶん、彼と見詰め合うような事があれば自然と顔は真っ赤に染まるだろう。それこそ、フィーリアやサクラと同じように。

 今までどおり、とはもういかない。シルフィードはため息を吐きながら顔を伏せ、片手で顔を覆う。そんな彼女の姿を訝しげに隣でレイヴンが見詰めている事にも、彼女は気づいていない。

「それより、二人に謝らないといけないか。気が重い……」

 自分はフィーリアとサクラに対してどちらに加担せず、どちらも応援する腹づもりだった。二人もそれを承知している。だが、自分はそんな二人に対してもはやどちらの応援もできない。そんな事をし続ければ、自分が壊れてしまいそうな、そんな恐怖が過る。

 自分に、二人を押しのけてクリュウを奪う覚悟があるだろうか――正直、ない。実力で奪う自信も、二人の悲しげな顔をねじ伏せて彼を奪う覚悟も、今の自分にはない。クリュウと同じくらい、二人にも悲しい顔をしてほしくない。それがリーダーとして、仲間としてのシルフィードのもう一つの本心だ。

「……見事な八方塞がりだな、これは」

 自覚はしたものの、確実にこれまで奇跡と言ってもいい程のバランスで成り立っていた自分達の関係が良くも悪くも変化してしまう。下手すれば、関係が壊れてしまうかもしれない。それほどまでに、自分達の関係は砂上の楼閣のように脆い。

 こうなってしまった以上、もうこれまでのような関係に戻る事は不可能だ。仮に自分が気持ちを黙殺して接すると決めたとしても、彼とこれまでと同様に接する事など不可能だ。微妙にズレが生じ、いずれはそのズレが関係を致命的に破壊してしまうかもしれない。

 まさに進むも地獄、退くも地獄とはこの事だ。

 シルフィードは一人今後の関係についてどうすべきかを悩み続ける。そんなこんなしているうちにクリュウ達の料理は終わり、クリュウが竜車に乗せている組み立て式のテーブルと下ろし、ルフィールがそれを組み立てて完成。後は完成した料理をその上に載せつつ、椅子を用意して準備完了だ。

「これで良し。シルフィ、朝食ができたよ」

 クリュウが元気良く声を掛けるが、シルフィードは悶々と苦悩しており彼の声が届かない。クリュウは訝しげに彼女を見詰めながら仕方なく近寄って直接声を掛ける事にした。彼女へと近づく彼の背中を、ルフィールが黙って見詰める。

 シルフィードの背後に迫ったクリュウは「シルフィ、ご飯だよ」と声を掛けながら、そっと彼女の肩を叩いた。その瞬間、

「ひゃあッ!?」

 シルフィードは突然素っ頓狂な声を上げて振り返った。そして同様に驚くクリュウを至近距離で見た瞬間、彼女の顔はカァッと真っ赤に染まる。

「な、なな何だクリュウか。ど、どどどうした?」

「いや、朝食の準備ができたから声を掛けただけだんだけど……シルフィ、顔真っ赤だよ? もしかして熱でもある?」

 心配そうに彼女の額に手を伸ばそうとするクリュウだったが、シルフィードは「だ、大丈夫だッ」と後退って彼の手を避ける。訝しげに見詰めて来る彼の視線から逃れるように「食事はあっちか」とテーブルの方へ歩き始める。そんな彼女の背中を見送りつつ、クリュウは困惑しながら彼女の後を追った。

 一方、彼から逃げるようにテーブルへと到達したシルフィードを待っていたのはルフィール。自覚した途端に情けない事この上ない状態になっている蒼銀の烈風の末路を見た彼女は一言。

「――アホですか?」

「……おそらく、どうしようもない阿呆だよ私は」

 自覚があるからこそ、シルフィードは深いため息を零した。驚いたとはいえ、何て情けない声を上げて醜態を晒しているのか。避けられた彼にも悪いし、早速クリュウとの接し方に困惑してしまう。そんな彼女の姿を見て、ルフィールは呆れたように深いため息を吐いた。

「これじゃ、ボクの恋敵(ライバル)になるのはまだまだ先のようですね」

「そのようだな」

 苦笑しながら答えるシルフィードの言葉にフッと笑みを浮かべると「席に着いてください。せっかく先輩が用意した料理が冷めてしまいます」と自ら進んで席に着席する。

 シルフィードもルフィールはの対面の席に座り、遅れてやって来たクリュウとレイヴンはそれぞれルフィール、シルフィードの隣へ腰掛ける。

 今日の朝食メニューは先程クリュウとレイヴンが釣ったサシミウオを油で揚げ、持ち込んだエレナの自家工房で焼いたマスターベーグルとクリュウお手製のタルタルソース、特売品の熟成チーズを組み合わせたフィッシュバーガー。さらに事前に家で作っておいた棍棒ネギ、ヤングポテト、激辛ニンジン、レアオニオン、くず肉をシモフリトマトとマイルドハーブで煮込んだ野菜スープを狩場で温めたもの。おいしそうな香りが、狩りで失われた栄養を欲しているお腹を刺激する。

「はぁ、お腹空いた。ほら、冷めないうちに食べちゃってよ」

 自ら作ったフィッシュバーガーを早速食べ始めるクリュウ。おいしそうに食べる彼の姿を見ていると、忘れていた空腹が一気に蘇る。鼻孔をくすぐるようなおいしそうな香りに、お腹が素直な反応をする。

「では、いただくとするか」

 シルフィードも目の前に置かれたフィッシュバーガーを手に取って一口頬張る。砲丸レタスは出撃の際に村の八百屋で朝に採れたばかりのものを購入した。それを氷結晶を敷き詰めた箱で冷蔵しておいた為、まだシャキシャキ感が十分過ぎる程に残っている。そのレタスのシャキシャキ感と採れたばかりの新鮮な魚を揚げた揚げ物のジューシーさと魚の風味、そしてその味を邪魔せずに見事に引き立てるタルタルソースの味のハーモニーはまさに絶品だった。

「うん、うまいな。さすがクリュウだ」

 料理の実力ならクリュウ達のチームはシルフィードを除いた全員が凄腕だ。実力派全員五分といった具合か、若干クリュウが上くらいのレベル。それぞれ郷土料理なら誰にも負けない実力者だ。まぁ、その三人よりもずっと上のレベルにいるのがエレナなのだが、彼女の場合は専門職なので必ずしも比較はできないが。

 その料理上手なクリュウが調理したフィッシュバーガーはまさに絶品だった。野菜スープもいい感じに煮込まれ、味が染みている。クズ肉が野菜の旨味を吸いつつ、自らの旨みをスープに出している、相乗効果が素晴らしい。激辛人参が入っているので少しピリ辛だが、辛すぎずに味にどこか甘みを残しつつ爽やかな風味が鼻孔をくすぐるのはマイルドハーブのおかげだろう。

 自分にはこんな絶品料理は不可能だなと苦笑を浮かべるシルフィードの前で、同じようにクリュウの料理を食べているルフィールの顔もまた複雑そうだった。

「どうしたのルフィール? もしかして、おいしくなかった?」

「……おいしいです」

「な、なら何でそんな難しい顔してるのさ」

 クリュウが問うと、ルフィールは深いため息を零して頭を抱えてしまった。心配するクリュウの事など忘れているかのように、ルフィールはがっくりとうなだれた。

「学生時代よりも圧倒的に料理スキルが向上しています。ボクも努力して来ましたが、それを上回る勢い。悔しいですが、料理では先輩には敵いません……うぅ、手料理で喜ばす事もボクにはできないなんて、先輩の常軌を逸したスキルの高さが恨めしい……」

 どうやらクリュウの料理スキルの向上を前に、自らのスキルの低さに絶望しているようだ。隣でクリュウは苦笑しながらどうしたもんかとシルフィードに助けを求めるが、シルフィードも諦めているとはいえ料理スキルではクリュウに全く敵わない身。助け舟を出す事もできず、無言でスープを飲む。

「本気で、料理の道を目指したらいかがですか?」

「いや、僕のはあくまで家庭料理だからさ。エレナみたいにそれで商売ができるようなレベルじゃない。料理ではエレナに、ハンターとしてはフィーリア達に、何だか僕って器用貧乏みたい」

 苦笑しながら言う彼の言葉にルフィールはどこか寂しそうに「また自分を卑下するような事を言って……」と苦言を呈する。そんな二人の会話に苦笑しながら、シルフィードは野菜スープをすする。

「まぁ、私は君の手料理は好きだぞ。家庭料理というのが、結局一番落ち着くしな」

 何気なく言ったシルフィードの言葉にクリュウは一瞬呆けたが、すぐに優しげな笑みを浮かべると「ありがとシルフィ」と礼の言葉を言う。そんな彼の言葉と笑顔にシルフィードは多少慌てながら「まぁ、フィーリアやサクラの料理もうまいがな」と続ける。そんな彼女の腰抜けな姿を見てルフィールは一人ため息を零す。

 そんな感じの会話を交えながら食事は終わり、後片付けを終えた後、シルフィードが皆を集めた。集まった面々を見回しながらシルフィードは「さて、狩猟を終えて間もない所すまないが、そろそろ帰還の準備を始めるぞ」と通告する。

「おそらく、フィーリア達はすでに帰還しているだろう。あまりあの二人を、特にサクラをあのまま放置しておくのは村の治安に関わるからな。なるべく早く戻るべきだろう」

「……何となく事情は理解できましたが、ハルカゼさんはどういった人物なんですか?」

「扱いづらい所はあるが、まぁ根はいい奴なんだ。それだけ理解ておいてくれ」

 シルフィードの説明に首を傾げつつも一応納得するルフィール。そんな彼女の説明にクリュウも苦笑を浮かべる。彼女の言う事はまぁ合っている。根はいい娘なのだ、根だけは、ね?

「捕獲したイャンガルルガの事はすでにアイルー経由でアルフレアのギルド支部へと通告した。後の事はいつもの通り現地のアイルーに任せておけばいいだろう。それでは各自出発の準備を進めておいてくれ」

 シルフィードの言葉に全員うなずき、それぞれ出発の準備を始める。と言っても行きは狩猟に備えて準備していた為に荷物も多かったが、帰還時は道具(アイテム)類を使い切った後なので実は荷物と言える物は少ない。特にリフェル森丘から出るには長い上り坂を登らなければならない為、ある程度計算して帰る際には積載量を可能な限りなくす必要がある為だ。その為、村を出る時の半分くらいの時間で準備が完了する。

 全員の準備が終わった事を確認すると、全員竜車へと乗り込む。幌の中にクリュウとルフィール、運転席にはシルフィードが手綱を持って座り、その隣で憮然と座るのはレイヴン。

「出発するぞ、準備はいいな?」

 シルフィードの問い掛けに幌の中からクリュウの「いつでもオッケーだよ」という声が帰って来る。それを聞いたシルフィードは小さくうなずくと「じゃあ、帰るか」と隣に座るレイヴンに声掛けるが、反応はなし。苦笑しながらシルフィードは黙って手綱を引く。

「キュイッ」

 可愛らしい声を上げてゆっくりとアニエスが動き始め、竜車が進み出す。

 時間にして約半日リフェル森丘で過ごし、慣れないチーム編成で見事黒狼鳥イャンガルルガを撃破した一行。来る時にあった見知らぬ相手に対するどこかギシギシとした空気はすでになくなり、幾分か和やかな雰囲気が一行を包んでいた。半日の狩りは、三人と一匹に確かな信頼の絆を生み出したらしい。

 運転席にてアニエスに指示を出しながら村へと帰路を進むシルフィード。背後からはクリュウとルフィールの楽しげな会話が聞こえて来る。先程からその話題が気になって仕方がないが、運転している身としてはここを離れる訳にはいかず、先程からそわそわしっ放しだ。

 そんな彼女の様子に気づいているレイヴンはしばらく黙って彼女の隣に座っていたが、突然深いため息を零すと彼女の手から手綱を奪い取った。

「お、おい何をするんだ」

「……気になるなら行って来るニャ。運転は俺がするニャ」

「いや、別に私は……」

「お前には借りがあるニャ」

「借り?」

「……相棒を守ってくれた事、感謝するニャ」

 そう言って――彼は笑った。いつも憮然としているレイヴンが、その時だけはアイルーらしい可愛らしい笑顔を浮かべて、心の底からのお礼を彼女に言ったのだ。彼の表情、言葉からどれだけ彼が相棒であるルフィールを大切に想っているかがわかる。

 互いに望まぬ形でコンビになった二人。だが今ではもう、互いが互いを必要とする、そんな大切な関係になっている――そう、今の自分とクリュウのように。

「借りがあったままじゃむず痒いニャ。これでチャラニャよ」

 照れ隠しか、再び憮然とした表情に戻って手綱を引くレイヴン。シルフィードはそんな彼の姿に苦笑を浮かべながら「ずいぶんと対価が軽いな」とからかう。するとレイヴンは「別に嫌なら俺は向こうに行くだけニャ」と冷たく返す。そんな彼の姿に一瞬笑うと、シルフィードゆっくりと立ち上がった。

「じゃあ頼むとするよ――感謝する」

「フン」

 鼻を鳴らすだけで何とも素っ気ない反応。だが彼の尻尾は口と違って素直にぴょこぴょこと左右に揺れていた。

 シルフィードは幌の中に消え、すぐに会話の中に彼女の声も混じる。時折聞こえて来る相棒の笑い声に口元を綻ばせながら、レイヴンは竜車を前へ進み続けた。


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