モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第188話 空回りする想いを乗り越えた先にあるもの

 激昂するイャンガルルガは怒号を上げながら全力疾走。その先には閃光玉を構えたクリュウが立っている。クリュウはそのまま背後に向けて閃光玉を投擲し、炸裂する閃光はイャンガルルガの視界を封じた。

 視界を封じられた事で突進をやめたイャンガルルガに対して剣士組が一斉に殺到するが、イャンガルルガは甲高く咆哮(バインドボイス)を轟かせ、その歩みを止める。視界を封じられていても、その特化した聴覚がある限り迫り来る敵の気配はわかるのだ。

 だが、クリュウ達は咆哮(バインドボイス)で動きを封じられても、シルフィードの突撃は止められない。鳴き終えてゆっくりと降りるイャンガルルガの顔面に向かって、シルフィードは容赦なく一撃を叩き込んだ。しかし一撃では足りず、そのまま足を踏ん張りながら振り上げの追撃も加える。そんな彼女を援護するようにルフィールは咆哮(バインドボイス)の範囲外である高台から遠距離射撃で支援する。

 シルフィードの剣先がイャンガルルガの顔面を叩いたと同時に、体の動きを封じられていたクリュウとレイヴンも自由を取り戻した。クリュウはすぐにルフィールに声を掛け、手で合図する。ルフィールはそれを理解すると、弓を折り畳んで姿を消した。それを見てクリュウもすぐに腰に下げていたシビレ罠に手を伸ばすと、エリアの中央部分に設置する。くるぶし程の高さしかない草の中に置いて安全ピンを抜いて準備完了だ。

 シビレ罠の設置を終えたクリュウはすぐにルフィールが先程までいた高台を目指す。ツタを登って上まで行くと、ちょうどルフィールが戻って来た。その腕には大きなタルを抱えている。クリュウが用意した決戦兵器、大タル爆弾Gだ。

「ありがとルフィールッ」

 爆弾を運ぶのは重いというのもあるが何よりも誤爆するかもしれないという不安から精神的にも疲弊するものだ。事実ルフィールもクリュウに礼を言われたのに笑顔が引き攣っている。すぐにクリュウは彼女から大タル爆弾Gを受け取ると、同じように腕で抱きかかえる。

「それじゃ、シルフィードを援護しながらイャンガルルガの足止めをお願い」

「了解しました」

 ルフィールはすぐさま弓を展開させると言われた通り閃光玉の効果が切れて執拗に襲いかかるイャンガルルガに苦戦するシルフィードとレイヴンを援護する。番えた矢の数は五本。それらを一斉に撃ち放った。

 ルフィールからの支援の矢は的確にイャンガルルガに命中し、意識が一瞬削がれた。その瞬間にシルフィードは回避から反転攻勢に出る。レイヴンも再びブーメランを放った。

 二人と一匹の攻撃を一瞥し、クリュウは高台から降りる。と言っても一気に飛び降りたら重い爆弾を抱えているのだから転倒する可能性が高い。当然転べば大爆発だ。そんなオチは絶対嫌だからこそ、クリュウは慎重に岩壁のわずかな窪みを足先で見つけ、そこに足を引っ掛けてゆっくりと降りていく。いつも草食竜の卵を運搬する際に使う道だが、手に持っている物が全く違うので、いつもと違った緊張感に額に汗が浮かぶ。それでも一応は慣れた道。何とか下まで降りると、安堵したようにため息を零す。しかしすぐに気を引き締め直し、自分が設置したシビレ罠まで向かう。

「シルフィッ!」

 イャンガルルガと肉薄しながら剣を振っていたシルフィードはその声に振り返る。そしてクリュウの姿を見て全てを悟ると蒼刃剣ガノトトスを背負い、イャンガルルガから撤退する。レイヴンも地面へと潜って離脱した。

 突然撤退する敵を前にイャンガルルガは激昂しながらその背中を追って突進する。

 追いかけて来るイャンガルルガに振り返ると、シルフィードはすかさず真横へと跳んだ。当然突然軌道を変えた相手に合わせられる程イャンガルルガの巨体は軽くはない。止まる事はできず、そのままクリュウが仕掛けたシビレ罠を踏み抜いた。

「ギャワァッ!?」

 足元から強力な麻痺毒が体内へと流れ込み、再三イャンガルルガの巨体の動きを封じた。それを見てクリュウはすぐに持っていた大タル爆弾Gをイャンガルルガの足元に設置し、離脱。手で高台の上にいるルフィールに合図を送ると、待ってましたとばかりにルフィールは一本の矢をギリギリと弓全体を軋ませながら構え、狙いを定めて撃ち放つ。放たれた一撃は寸分違わず大タル爆弾Gに命中。その衝撃で大タル爆弾Gは起爆し、イャンガルルガの腹部直下で大爆発。その衝撃にはさすがのイャンガルルガも耐えられずに横倒しに転倒した。

 巨体故に一度転べばなかなか起き上がれない。そこへ爆発の衝撃を回避していたシルフィードとクリュウ、地面の中へ退避していたレイヴンが殺到。そして高台の上からもルフィールが再び的確な矢の雨を降らす。横倒しになった今だからこその集中攻撃だ。

 シルフィードは溜め斬りではなく、あえて普通に剣を振り下ろした。その一撃はイャンガルルガの腹部に炸裂。すぐさま斬り上げから再び振り下ろしへと攻撃を繋げていく。転倒の場合は起き上がるまでの時間が短い。溜め斬りだと不発になる可能性がある為にわざと彼女は溜め斬りを使わなかったのだ。

 レイヴンも地面の中に隠していたのか、小タル爆弾を構えて投擲。倒れたイャンガルルガの顔面で爆発させた。

 そしてクリュウもイャンガルルガの背中へとオデッセイ改の刃を叩き込む。背中の鱗は強固だが、これまでルフィールが浴びせた無数の矢のおかげでわずかではあるが鱗も疲弊していた。オデッセイ改の刃はそんな鱗を弾き飛ばし、中に隠された肉を斬り裂く。迸る血と水の舞の中、クリュウはひたすらに剣を振るい続けた。

 ルフィールも負けじと誰もいないイャンガルルガの下半身部分を狙って矢を降らせる。今のうちに少しでも脚にダメージを与えておけば再び転倒させる事ができる。そんな計算が彼女の頭にはすでにあった。

 だがクリュウ達の猛攻撃はそう長くは続かない。シルフィードの思っていた通りイャンガルルガはすぐに起き上がってしまった。急いで全員イャンガルルガの即撃範囲から離脱する。しかしそんなのはイャンガルルガにとっては無駄な事。すかさず咆哮(バインドボイス)を轟かせてクリュウとレイヴンの動きを封じた。シルフィードが急いで前に出るが、イャンガルルガは二人纏めて吹き飛ばそうと必殺の三連ブレスを放った。すかさずシルフィードはクリュウの前に立ち塞がると蒼刃剣ガノトトスの太い峰を前に出しながら横へ構え、腰を落として衝撃に備える。直後、強烈な一撃が彼女を襲った。

 一瞬にして爆発に包まれた二人を見て、ルフィールの顔が真っ青に染まる。だがすぐに巨大な剣を振り回して煙を払ったシルフィードが現れる。その背後では体の自由を取り戻したクリュウも健在だ。

「あ、ありがとシルフィ。助かったよ」

「礼を言われるような事じゃないさ。いくぞッ」

 シルフィードは蒼刃剣ガノトトスを背負い直すと、ブレスを撃った反動で一瞬動きを止めているイャンガルルガに接近を試みる。遅れてクリュウ、そして彼らが攻撃されている間にイャンガルルガの側面へと移動したレイヴンが一斉に攻撃を仕掛ける。驚いていたルフィールもほっと胸を撫で下ろすと、再び矢を番えて撃ち放った。

 先陣を切ったシルフィードはイャンガルルガにいち早く接近するが、イャンガルルガも激しく暴れて抵抗する。大きく顔を振り上げて硬いクチバシをハンマーのように地面へと叩きつける。その一撃で地面は簡単に割れる。信じられないような威力だ。しかも一発ではなく連続しての攻撃。仕方なくシルフィードは正面を諦めて迂回する。その間に後続のクリュウと側面に回っていたレイヴンが先に動いた。

 レイヴンは再び二本のブーメランを投げ飛ばし、クリュウも今持っている最後の小タル爆弾Gを投げ飛ばした。ブーメランと小タル爆弾Gが炸裂したのはほぼ同時。ブーメランは翼膜にわずかな傷を追わせ、小タル爆弾Gは顔面に命中して爆発。一瞬だけイャンガルルガの視界を封じた。その隙にクリュウは一気に接近し、イャンガルルガの硬いクチバシにオデッセイ改の刃を叩き込んだ。一撃では足りず、もう一撃、そして回転斬りへと繋げる。一方のシルフィードもイャンガルルガの懐へと潜り込むと、蒼刃剣ガノトトスを大きく振り上げ、腹の鱗を削り取った。そしてレイヴンもイャンガルルガの脚へと近づくと狙いを定める。狙うは鱗と爪のわずかな隙間。そこへ的確にピッケルの刃を滑り込ませる。鱗を無視した直接のダメージにイャンガルルガが悲鳴を挙げてたたらを踏む。レイヴンは初めて自分の攻撃でイャンガルルガが怯んだのを見てニヤリと不敵に笑った。

 剣士組の奮闘を支援するように、ルフィールも高台の上からの支援射撃をやめない。的確にイャンガルルガの背中に矢を命中させていく。その時、人間が入れるような場所ではないもっと高台の上から何かが来る気配を彼女は察知した。次の瞬間、エリアに突如現れたのは三匹のランポスだ。思わぬ侵入者に剣士組の目がそちらに向く。その隙にイャンガルルガは咆哮(バインドボイス)を轟かせながら浮き上がり、後ろへ大きく後退した。

「レイヴンッ」

 ルフィールの声にレイヴンはすかさず前線を離れると、威嚇の声を挙げるランポスへと突撃する。同時にルフィールも狙いをイャンガルルガからランポスへと変え、速射砲のように続けざまに矢を放った。

 ルフィールとレイヴンが突然の乱入者であるランポスへと攻撃を切り替えた為、前線はクリュウとシルフィードの二人に託された。それを見てクリュウが真っ先に動いた。閃光玉を投擲してイャンガルルガの視界を封じ、接近してイャンガルルガの顔面を叩く。シルフィードも接近すると再び懐へと潜り込み、アキレス腱を狙って蒼刃剣ガノトトスをフルスイング。わずかにイャンガルルガが動いたせいでアキレス腱には当たらなかったが、偶然にも膝の裏側へと命中した一撃に、イャンガルルガは堪らず転倒した。

 倒れたイャンガルルガへと、二人は攻撃の手を緩めない。シルフィードは尻尾の付け根部分を狙って必殺の溜め斬りを。クリュウも顔面を狙って剣を振り下ろす。

 シルフィードの溜め斬りは見事に炸裂するも、次の一撃を入れる前にイャンガルルガが起き上がってしまう。怒り狂ったイャンガルルガは大きく咆哮(バインドボイス)を轟かせてクリュウの動きを止める。しかも彼が立ち止まったのはイャンガルルガのすぐ目の前だ。目の前で動けずにいる憎き敵目掛けて、イャンガルルガは容赦なくクチバシの一撃を振り下ろした。

「があああぁぁぁッ!?」

 直撃だった。硬いクチバシの一撃を受けてディアブロメイルが悲鳴を上げる。その衝撃は尋常ではなく、クリュウの体は簡単に吹き飛ばされてしまった。地面を何度か転がると、視界がグルグルと回っていた。頭を振って半身を起こすと、体に激痛が走り顔が歪む。直撃したとはいえ堅牢なディアブロシリーズ。直接の痛みは衝撃で負った打ち身くらいだ。

 クリュウはすぐに回復薬グレートを飲んで失った体力を回復させると、すぐに前線へと復帰する。だがイャンガルルガはシルフィードの猛攻を無視して接近するクリュウに再び襲い掛かる。クチバシを大きく振り上げて叩き落すあの攻撃だ。クリュウは一撃目は何とか避けたが、二撃目は避けられずに盾でガードする。当然勢いは殺せずに大きく後ろへと後退させられた。先程負った怪我に響く衝撃に、クリュウは思わず膝を折った。

 クリュウが膝を折ったのと同じ頃、ランポス全てを撃破したルフィールとレイヴンがそれぞれ戦線に復帰した。レイヴンのはなったブーメランとルフィールの矢の雨がイャンガルルガの集中を阻む。

 クリュウがいなくなった穴を埋めるようなルフィール達の猛攻撃にイャンガルルガは彼への追撃を断念し、先程から懐で暴れるシルフィードに向かってイャンガルルガは二歩後退し、必殺のサマーソルトを放つ。ちょうど剣を振り終えたばかりだったシルフィードはその一撃を受けて吹き飛ばされてしまう。痛みに顔を歪めながらもゆっくりと起き上がるシルフィード。そんな彼女への追撃を防ぐ為、クリュウはすかさず閃光玉を投げて再びイャンガルルガの視界を封じた。

 シルフィードは手で礼を表すと、回復薬グレートを飲んで失った体力を回復させる。続けて全身を蝕む鈍痛や吐き気に慌てて解毒薬を取り出すと、一気に飲み干した。毒状態を脱したシルフィードはそのまま砥石を使って蒼刃剣ガノトトスの刃を回復させる。

 視界を封じられたイャンガルルガは敵の接近を阻む為に咆哮(バインドボイス)を轟かせる。だが今回はクリュウとレイヴンは迂闊には近づかず、攻撃はルフィールの遠距離射撃に任せていた。一人攻撃役を引き受けたルフィールは容赦なく連続攻撃を続ける。

 剣士組がそれぞれ砥石などを使って態勢を整えるのと、イャンガルルガの視界が回復したのは同時だった。それぞれイャンガルルガを包囲するように展開する。だがどんな攻撃にも対応できるよう全員が離れたと同時にイャンガルルガは突如翼を大きく広げると、激しい風圧を発生させながら浮き上がった。そしてそのままゆっくりと上昇していく。慌ててルフィールが矢を放つが、その一矢は最大到達高度まで昇ってもイャンガルルガに触れる事はできず、あっけなく地面に落ちた。そしてイャンガルルガはさらに上昇すると、人間では手が出せない上空で水平飛行に移ると、そのまま別のエリアの方向へと夜の空に消えて行った。

 イャンガルルガがいなくなった事でエリアに静けさが戻る。全員の緊張が解け、クリュウもほっと一安心。高台の上にいたルフィールも降りて彼へと近づく。一方シルフィードは珍しくその場に腰を落とすと、道具袋(ポーチ)の中から水筒を取り出すと中の冷たい水を一気に飲む。さらにそれだけでは足りず、頭から水を被った。冷たい水が動き続けていた事で火照っていた体を冷やし、風をより冷たく感じる事ができる。

 頭から水を被ってビショビショになったシルフィードは頭を振ると、再び道具袋(ポーチ)に手を伸ばす。だが目的の物を掴む前に、近寄ってきたクリュウがその目的の物、タオルを差し出していた。

「……すまない」

 彼のタオルを受け取ると、シルフィードは頭と顔を拭く。汗も一緒に拭い取れ、かなりサッパリした。そんな彼女の姿を、ディアブロヘルムを脱いだクリュウが不安げに見つめていた。

「シルフィ、一人でがんばり過ぎだよ」

 今日の狩りで、シルフィードは常に前線に立って戦っていた。別にそれ自体は珍しくはない。彼女が前衛に立って戦うのはいつもと変わらない。だが彼女に匹敵する程の攻撃力を有し、且つ他を圧倒する機動力を持って戦場を翔ける侍がいない今、彼女への負担はいつもよりも大きい。

 心配するクリュウの言葉に、シルフィードは「別に大した事じゃないさ」と心配するなと言いたげに答えた。

「私は元々はソロハンターだ。それに、時々ソロで活動する事もある。これくらい造作も無いさ」

「で、でも……」

「心配するな。蒼銀の烈風の腕はなまっちゃいないさ」

 不安そうな彼を安心させるように、シルフィードはそっと彼の頭を撫でた。するとクリュウは「こ、子供扱いしないでよッ」とその手から逃れる。そんな彼の姿を「すまんすまん」と笑いながら謝るシルフィード。クリュウは恥ずかしさで頬を赤らめながらフンッとそっぽを向いてしまう。

 そんな二人の姿を、少し離れた場所から見ていたルフィールは不満そう。ムッとしながら彼へと近づくと、その腕を取って自分の方へ引き寄せ、威嚇するようにイビルアイでシルフィードを睨みつける。するとシルフィードは「別に彼をどうこうする気は私にはないさ」と敵意がない事をアピールするように両手を挙げる。そんな彼女を睨みつけたまま、ルフィールは静かに問いかけた。

「……蒼銀の烈風、以前ソードラントにそんな二つ名を持つ剣士がいたと聞いた事があります」

 彼女の口から《ソードラント》という言葉が出た瞬間、柔和だったシルフィードの表情が厳しいものに変わった。クリュウは知っている。彼女に《ソードラント》の話を振るのはタブーだという事を。慌てて止めようとしたが、それよりも先にルフィールが動いてしまう。

「一般人も巻き込んだ市街戦に、古龍戦の際に共闘しているはずの別のパーティーをわざと見殺し、数々の暴力騒動に防衛対象の破壊。悪い噂には事欠かない連中だと認識しています」

「……まぁ、確かにその通りだな」

「あなたはかつてそのチームに所属していたんですか?」

「……あぁ」

 シルフィードの返答に、ルフィールの表情が変わる。これまでと違った、明らかな敵意や嫌悪感に満ちた瞳。自然と、言葉遣いも厳しいものに変わる。

「そんな史上最悪のチームに属していた人が、何で先輩と一緒にいるんですか。どうして平然とボク達の前にいられるんですか。一体何を企んでいるんですか?」

「ルフィール」

 追撃の手を緩めないルフィールを止めたのはクリュウだった。驚くルフィールと、彼女の激しい口調に返す言葉も無く黙っていたシルフィードも、そんな彼をジッと見詰める。

「昔の事だよ。それにシルフィは例えそんな連中と一緒だったとしても、そういう事はしてないよ」

「確証はあるんですか? 昔の事を、先輩はどれだけ知っているんですか?」

「……多くは知らないさ。でも――今日のシルフィの戦い方を見て、彼女がそんな人に思えた?」

 クリュウの問いかけに、ルフィールは気まずそうに「そ、それは……」と押し黙る。正々堂々真っ向勝負。どこかのバカが好きそうな言葉を表したかのような振る舞いで戦う彼女は、決して彼女が認識しているような連中とは違う。正直、彼女自身も半信半疑だったのだろう。

「あまり人の過去は詮索しないの。今の彼女を見てあげてよ」

 クリュウの言葉に、ルフィールはうなずくとシルフィードに深々と頭を下げて謝罪した。シルフィードも「気にするな。そういう追求には慣れている」と彼女の罪悪感を軽くしようと発言する。

「過去を知られたくないのは、ボクも同じです。なのにボクは……」

「やめてくれ。まだ狩猟の最中だ。そんな気持ちで接せられても困る。これまで通り、良き狩友(とも)として接してくれ」

「狩友(とも)……」

 目を大きく見開いてルフィールは驚いた。そんな風に言われたのは、いつ以来だろうか。イビルアイがバレれば嫌悪され、罵倒される。隠している時はいつバレるかわからないという恐怖から他人とあまり深く関わろうとはしなかった。だから、そんな風に言われたのは本当に久しい。それも、自分のこの瞳を認めながら。

「……ありがとうございます」

「何故礼を言われる事がある。さぁ、無駄話はこれくらいにして奴を追うぞ」

 話を切り上げて立ち上がると、シルフィードは一人歩き出す。そんな彼女の背中を見詰めていたルフィールの肩をクリュウが優しく叩いた。

「あれはシルフィなりの照れ隠しだよ」

「そう、なんですか?」

「シルフィは優しいよ、僕よりもずっとね」

「……先輩の優しさに勝てる人など、この世には存在しません」

「恥ずかしい事言わないでよ」

「――でも、ボクはあの人の事を少し誤解していたかもしれません」

 そう言ってレイヴンと並んで先を進むシルフィードを見詰めるルフィールの瞳は、ずいぶんと柔らかいものに変わっていた。クリュウやシャルルを見る時と同じ、心底安心しているような、信頼に満ちた瞳。彼女の中で、シルフィードに対する評価が変わった証拠だ。

「先輩があの方を信頼されるの、少しだけわかる気がします」

「そっか……」

 クリュウは短くそれだけ答えると、そっと彼女の背中を押して一緒に歩き出す。

 しばらく歩いているど、クリュウはルフィールから離れてシルフィードの横へつくと、何かを相談し始めた。お互いに意見を出し合いながら、より良い狩りの方向性を模索する。そんな二人の、互いを信頼し合った関係――ちょっとだけ、羨ましく思った。

「……仲間、か」

 自分はクリュウだけいればそれでいい。ずっとそう思っていたし、その基本方針は今後も変わる事はないだろう。だが、あの二人を見ていると、互いに信頼し合える仲間というものを羨ましく思える。

 

 ――あなたもきっといい狩友(ともだち)ができるわよ。私の友達にも素直じゃなくてずっと一人だった子がいたけど、今では唯一無二の親友……ううん、姉妹を得た。あなたもきっと、いつかそんな狩友(ともだち)ができるわよ。この街でのあなたの友達である私が言うんだから、間違い無いわよ――

 

 ふと頭の中で、ドンドルマでやたら自分を気にかけてくれていたギルド嬢の言葉が過る。

 自分に仲間なんて、存在するのだろうか。こんな異質な瞳を認め、自分でも自覚がある他人に厳しすぎるこの性格も認めてくれて、それでいて傍にいてくれる人。クリュウ以外に、存在するだろうか。

 

 ――仲間を助けるのに、理由なんてないっす――

 

 クリュウの卒業試験の際、突如乱入してきたドスファンゴから身を呈して守ってくれた底抜けのバカが言った言葉が頭の中に響く。

 シャルル・ルクレール。

 きっと、百歩譲って、自分にとってそういう存在になるのはきっと……

「……弱音は吐かないって決めたんだ、もう二度と」

 頭の中でバカ丸出しな笑顔を浮かべる年上の同級生の顔を掻き消し、ルフィールは気を引き締め直す。今はイャンガルルガの討伐中だ。今は目標に向かって全力で前に進むだけ。振り返っている暇など、ない。

「……無理するニャ」

 いつの間にか隣を歩いていたレイヴンの言葉にルフィールは静かにうなずき「大丈夫よ」と短く答えた。その表情は再び狩人のものに変わっていた。レイヴンは何も言わず、そんな相棒の横を歩き続ける。

 一行はエリア2の高台へと移動し、荷車を回収してから元来た道を戻るようにエリア6へと入る。そして先程と違ってエリア7へと向かう。ペイントの匂いはその先、エリア8から漂って来る。

 レイヴンを先頭にクリュウとルフィールが並び歩き、その背後を殿役のシルフィードが荷車を引いて歩くという今回のチームでの基本陣形のまま、一行はエリア8へと入った。

 

「ギュワアアアァァァッ!」

 怒号と共に放たれた単発の火球ブレス。クリュウはそれをギリギリで回避すると構わず突撃を続け、ブレスを撃った後のわずかな隙にイャンガルルガのクチバシにオデッセイ改の刃を叩きつけた。

「無理するなクリュウッ!」

 切れ味が悪くなった為にクリュウに前衛を任せて退却し、今まさに砥石を使って切れ味を正していたシルフィードが叫ぶ。そこから少し離れた場所からはルフィールが矢を撃ちながら彼を援護し、レイヴンもイャンガルルガ側面からブーメランを投げている。

 エリア8での戦闘は実に二十分以上経過していた。その間にクリュウ達は的確に攻撃を重ねてイャンガルルガの体力を消耗させていた。だが反面クリュウ達も疲労が積み重なり、最初の頃に比べて明らかに動きにキレがなくなり始めていた。

 皆の士気は高いが、体が追いついて来ていないのだ。シルフィード自身も先程から荒い息を繰り返している。

 体力的には辛いのは事実だが、皆の士気が高いのもまた事実だ。退却すればここまで最高に維持してきた戦意を下げる事になる。それはそれで辛い。特に剣士組の武器が弾かれる煩わしさは戦意を失わさせる最大要因だ。

 撤退するべきか、それともこのままの勢いを維持して一気に畳み掛けるか。シルフィードは選択に迫られていた。

 シルフィードが悩んでいる事を、比較的近くにいたルフィールは気づいていた。彼女自身はこういう場合は一気に畳み掛けるタイプだが、撤退するべき理由も理解していた。正直、結構足はフラフラだ。

 状況を冷静に分析しながらも、それでも葛藤するシルフィードを見てルフィールは突然動いた。

 自分は攻撃続行支持派だ。ならば、悩む指揮官の背中を押すような動きをすればいい。彼女はそう考えたのだ。それに、自分のかっこいい所を彼に見ていてもらいたい。そんな気持ちも、彼女を突き動かしていた。

 矢を連続して放ちながら一気に接近すると、突然前衛に出て来た彼女に驚くクリュウの横を通り抜け、矢筒の中から矢を六本取り出すと、三本ずつ左右の手に握り締める。いずれも強撃ビンを備えた強撃矢だ。

 旋回攻撃で尻尾を振るって接近を阻むイャンガルルガに対して、ルフィールは姿勢をわずかに低くして尻尾のスイングを回避し、一気にイャンガルルガの懐へと入るとクリュウやレイヴンがこれまで積み重ねてわずかに鱗が剥がれて肉がむき出しとなった部分に向けて右手の強撃矢を叩き込んだ。

 衝突と同時に爆発し、深々と矢が肉へと刺さる。続けて左の強撃矢も同じ箇所を狙って叩きつけた。一本はへし折れたが、合計五本の矢がイャンガルルガの内側の太腿に深々と刺さった。続けて今度は通常矢を二本ずつ両手に構えたルフィールは足元から脱するとクチバシを上下に振り回すイャンガルルガの右横へと現れ、下がり切ったクチバシに矢を叩きつけた。

 激痛に耐えながら威嚇するようにクチバシを大きく開いたイャンガルルガ。そこへルフィールがいつの間にか導火線に火をつけた小タル爆弾Gを捩じ込んだ。「グエェッ!?」と驚きの声を上げてクチバシを閉じた瞬間に起爆。イャンガルルガは自らのブレスとは違う爆発が起きた口を大きく開いて天を仰ぐ。口の中からは黙々と黒煙が上がり、見ればクチバシのヒビはより深いものに変わっていた。

 ルフィールの猛攻は続く。イャンガルルガを翻弄するように脚元を動きながら矢を的確に傷口へと捩じ込んでいく。その動きは常に紙一重での回避の連続だ。クリュウはルフィールの動きがあまりにもギリギリ過ぎて自分が勝手に動けば邪魔になるのではと動けずにいた。その間も、ルフィールの猛攻は止まらない。

「いけるッ」

 自分の連続攻撃について行けていないイャンガルルガを見て、ルフィールは勝てると思った。このまま相手を翻弄するように動けば、順調に狩りが進めば、勝てる。そう思った。

 ――だが、狩りとは必ずしも順調に進む訳ではない。むしろ、思うように進むものではない。高ぶる気持ちが、狩りの基本を彼女から失念させていた。

 突如イャンガルルガは頭をもたげると、周りを威嚇するように天高く吠える。甲高い強烈な咆哮(バインドボイス)が辺りを包み、小賢しい敵を威圧する。

 次なる一撃を放とうとしていたレイヴンも、様子が変わった事に慌てて閃光玉を投げようとしたクリュウもイャンガルルガの咆哮(バインドボイス)で動きを封じられる。そしてそれはイャンガルルガのすぐ傍にいたルフィールも同じだ。

 生物としての本能に存在する恐怖感を刺激するモンスターの咆哮(バインドボイス)。耳栓スキルさえあれば防ぐ事はできても、一度呼び起こされた恐怖感を妨げる事はできない。それは生物としての生が脅かされる際に本能が危険だと知らせる働き。生物である以上、生物としての本能には決して逆らう事はできない。

 イャンガルルガのすぐ傍で両耳を塞ぎながら鼓膜を守るも、一度呼び起こされた恐怖で体は全く動かなくなるルフィール。頭では早く動かなくてはいけない事は重々承知しているが、体が全く言う事を聞いてくれない。まるで自分の体じゃないかのように、硬直したまま動けない。

 一足早くイャンガルルガが咆哮(バインドボイス)を終え、ゆっくりと動き出す。だがクリュウ達が動けるようになるのは一瞬遅れてしまう。その一瞬こそが、イャンガルルガの一発逆転の時間だった。

 足下にいるルフィールを狙って、イャンガルルガはゆっくりを足を滑らせるように後退する。その予備動作が意味するものを、彼女もクリュウ達もよく知っていた

 ――サマーソルト……ッ!?――

 頭ではイャンガルルガが次に放つがわかっている。なのに、体は自分の思うように動いてくれない。そしてようやく体の自由が戻った時にはもう、避けられないタイミングにまで状況が悪化していた。

 ゆっくりと、イャンガルルガが浮かび上がり、その場で後転する。死の瞬間というのは時間がゆっくり流れるように感じると何かの本に書いてあった。そんなどうでもいい情報が流れ込むほど、彼女の頭はもうなにも考えられなくなっていた。頭ではわかっている――もう、どうしようもないのだと。

 最期の瞬間を覚悟して、迫り来るイャンガルルガの尻尾から目を逸らす――その時、迫り来る毒トゲの付いた尻尾とルフィールとの間に体を捩じ込ませる者がいた。それは白銀の美しい長髪を勇ましくポニーテールで結った凛々しき戦姫――シルフィード。

 シルフィードはルフィールの前に立つと同時にすぐさま背負った蒼刃剣ガノトトスを前でガードするように横向きに構え、腰を落として衝撃に備える。それは一瞬の動作。そして次の瞬間、強烈な一撃が蒼刃剣ガノトトスに激突。シルフィードの体は大きく後退し、ルフィールも巻き込んで転倒した。

「シルフィッ! ルフィールッ!」

 クリュウは今度こそ構えた閃光玉を投げてイャンガルルガの視界を再び封じて倒れた二人に駆け寄る。レイヴンは単騎でその場で暴れるイャンガルルガに迫り、ブーメランを駆使して攻撃。わずかなチャンスも無駄にしないのが彼のポリシーだ。一見すると冷徹にも見えるが、時々チラリとルフィールの方を見ている事が彼がそうではない事を証明しているだろう。

 倒れたルフィールは背中を強打したらしく咳き込んでいる。だが自身を襲う痛みは予想していたよりもずっと大した事はなく、驚きを隠せない。そして、自分の横で倒れているシルフィードの姿を見て、言葉を失った。

「……さ、さすがに重い一撃だな」

 自身も倒れた際に頭を強打したらしく痛そうに後頭部を押さえながらシルフィードは起き上がる。そしてゆっくりと振り返ると自分を呆然と見詰めているルフィールと目が合う。その瞬間、月明かりの下でシルフィードは頼もしい笑顔で彼女を出迎えた。

「怪我はないか?」

「は、はい……」

「そうか」

 それだけ返してシルフィードは立ち上がってルフィールの腕を掴んで彼女を立たせると、まだ呆然としている彼女の頭の上にポンと手を置くと、少し乱暴に頭を撫でる。

「まぁ、無理はするな。前衛は私に任せてもらえないか? 君の援護、頼りにしているぞ」

 そう言ってシルフィードはルフィールの肩を優しく叩くと、レイヴンを援護するようにイャンガルルガに突撃する。一瞬前にイャンガルルガの強力なサマーソルトの一撃を耐え抜いたとは思えない強靱さだ。

 呆然と突撃していくシルフィードの背中を見詰めていると、背後からゆっくりとクリュウが近づいて来た。

「怪我はない?」

「は、はい。大丈夫です」

「シルフィも大丈夫そうだね。良かった」

 心からほっとしたように言う彼の言葉に、ルフィールの表情が曇る。

 これで二回目だ。一回目はクリュウに庇ってもらい、そして二回目はシルフィードに庇ってもらった。自分は今日の狩りで、仲間を二回も危険に晒してしまった。

 クリュウと一緒の狩り。それが嬉しかったのは事実だ。だがそれが自らの判断を鈍らせ、二人に迷惑を掛けたのも事実だ。

 本当は、こんなはずじゃなかった。

 今回の狩りはいつもと違う。クリュウと一緒の狩りだ。自分の今の実力を、彼に見て欲しかった。

 がんばろう、自分の成長した実力を彼に見てもらおう。そんな想いが彼女を突き動かしていた。だが実際は気持ちだけが先に走ってしまい、空回りしてしまった。結果的に彼の仲間に迷惑を掛け、彼の目の前で失態を晒してしまった。

「すみません……」

 彼女の口から零れたのは、そんな弱々しい謝罪の言葉だった。

 もう二度と、クリュウに迷惑を掛けない。そう決めていたのに、彼と一緒にいるのが幸せで、彼に頼られるのが嬉しくて、彼と狩りができるのが楽しくて、つい調子に乗ってしまった。

 冷静に状況を見極め、できうる最大限の力と方法で的確に、そして鋭く攻めるのが自分の狩猟道だ。なのに今の自分は、そんな自分で決めた基本方針ですら守れていない。有頂天になって返り討ちにあった、ただの情けない負け犬だ。

 悔しくて、悲しくて、空しくて、許せなくて。唇をギュッと強く噛む。様々な自分を責める感情が彼女の中で膨れ上がった。

 黙りこんでしまったルフィールを見て、クリュウは少し考えると、彼女の頭を少し強めに小突いた。突然殴られたルフィールは驚いて視線を上げる。なぜ殴られたのかわからないと呆然と立ち尽くす彼女に向かってクリュウは静かに言う。

「――ルフィールは強くなったよ」

 それは、ルフィールが求めていた感想だった。驚く彼女の前でクリュウは続ける。

「ほんと、ビックリするくらい強くなった――でもさ、何だか昔よりも辛そうに見えるよ」

「辛そう……ボクが?」

「うん。何だか色々と無理してるみたいでさ――まるで、自分の実力を認めてもらおうと無理してる感じ」

 クリュウの言葉に、ルフィールは頭を殴られたような衝撃を受けた。そしてしばし呆然と立ち尽くした後、全てを理解した彼女の顔には、自虐的な笑みが浮かんでいた。

「……全部、お見通しだったんですね」

 やっぱり、彼には敵わないなぁ。改めてそう思った。

 自分がこの狩りに特別な想いを込めて挑んでいる事を、彼はとっくに気づいていたらしい。心の内を表に出さない事では結構自信があったのだが、どうやら彼には全く効果がなかったようだ。

「……ボクは、先輩に強くなった自分を見て欲しかったんです。だから、ちょっと無理してたのは認めます」

 自覚はあった。イャンガルルガ相手に近接戦を挑むのはかなり無理があったのだ。でも、少しでも自分の強さを彼に見て欲しい。そんな想いが、ずっと自分に無茶をさせていたのだ。

「シルフィが言ってたでしょ。前衛は任せろって。だからさルフィール、昔のように――僕が背中を預けられるような弓使いになってくれるかな?」

 彼は言ってくれた。自分に背中を預けると。過去にあんな失態をしでかした自分に、もう一度預けてくれると。そして今、どうしようもなく子供みたいな理由で無茶をしていた自分に、また預けてくれると言った。彼の優し過ぎる言葉が、胸にしみる。

 自分はバカだった。シャルルの事をとやかく言えない程に、バカだった。

 何を難しく考えていたのか。自分の成長した姿を見せたいとか、強くないと彼の傍にいてはいけないとか。クリュウはそんな事微塵も思っていなかった。ただ彼は――自分との狩りを楽しんでいただけだったのに。

「ボクは、大バカものです」

「ルフィールはバカじゃないよ。ただちょっと小難しく考え過ぎるだけ――もしかして、僕の背中を任せるのってそんなに負担になるの?」

 少しでも彼女の負担を取り除こうとする彼の言葉に対して、ルフィールは首を横に振る。

「そんな事ありません。ボクにとって、先輩の背中を任せてもらえる事は何にも代えがたい勲章です――そうです、難しく考えなくてもいいんです。しっかりと先輩をお守りできれば、それで」

 そうつぶやくように言う彼女の顔からは、まるで憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしていた。どうやら、自分なりの答えが見つかったらしい。それを見て、クリュウもひと安心する。

「じゃあ、よろしく頼むよ。言っておくけど、これでも僕は自分の背中を預けられる人は選り好みするタイプだよ? そんな僕が自信を持って任せられるのは、そう多くない。この意味、わかる?」

 試すような口ぶりでクリュウは彼女の耳元でささやく。その言い方は実に彼らしくない上から目線だ。だがルフィールはとっくに気づいている。それはきっと、自分を鼓舞する為のものだって事を。だからこそ、そんな彼の優しさと期待、そして何より彼に信じられている事が嬉しくて仕方がない。胸に湧き上がる高ぶりに、ルフィールは満面の笑顔を浮かべて答えた。

「はいッ!」

「いい返事だ。それじゃ、僕とルフィールが本気を出したらすごいって事を、イャンガルルガに見せつけてやろうッ」

「了解しました。ボクと先輩の絆の強さは、誰にも負けませんッ」

 クリュウは大きく頷くと彼女の背中を軽く二度叩いた。そして、この間をずっと戦線を保ってくれていたシルフィードとレイヴンの方へと駆け寄っていく。そんな彼の背中を見詰めながら、ルフィールはそっと胸の上に手をのせた。

 胸の奥がポカポカする。彼と一緒にいると、いつも心は温かい。自分が生きていると実感できる。言い過ぎではなく、自分にとってクリュウ・ルナリーフという存在は生きる原動力だ。

 自分を信じて、託してくれた彼に応えられる方法はただ一つ。

 ゆっくりと背中に腕を回し、背負っていた弓を取る。矢筒から五本の強撃ビンを備えた矢を取り出すと、弓を構え、矢を番える。狙うはクリュウも戦線に加わり、剣士組が見事に動きを封じているイャンガルルガ。距離はかなり離れているが、風はない。それは彼女にとって――造作も無い距離だ。

「ボクは忘れていました。自分のスタンスを――」

 目を細め、狙いを定め、イャンガルルガの動きが止まる一瞬を狙う。そして――パンッ。

 まるで無音の中に突然弾かれたかのような心地良い音は良く響いた。放たれた矢は勢い良く飛翔し、見事にイャンガルルガに命中すると強撃ビンが割れて爆発を起こす。

 悲鳴を上げて驚くイャンガルルガは怯む。イャンガルルガと肉薄していた剣士組が一斉に振り返る。そのどの顔も、彼女の実力を信じていた。皆の顔はそう――やっと戻ってきてくれた。そう言っているような気がした。

 ゆっくりと弓を下げたルフィールは、そんな彼らに向かって一瞬だけ微笑むと、凛々しき戦姫の顔となる。

「――冷静沈着な狩猟。それがボクの狩猟道です」


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