モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第187話 少女の痛々しき決意 同じ失敗を繰り返さない為に

 エリア4を脱した一行はそのまま休んでいたレイヴンを回収し、エリア5を通ってエリア6へと移動した。エリア6は細い木々が無数に乱立するエリアで、シルフィードは荷車をクリュウに任せて自ら蒼刃剣ガノトトスを振るって道を切り開く。そしてエリアの隅にある洞窟の中へと潜り込んだ。そこは以前、リオレウス戦の時に火竜のブレスを受けてエリア9からチーム全員が落下した際、クリュウとシルフィードが逃げ込んだあの洞窟だ。

 荷車を洞窟の奥へ置くと、シルフィードは壁に背を預けるようにして座り込んだ。その様子を入口に立ったまま呆然と見詰めているクリュウに向かって「君も座って休んだらどうだ?」と声を掛ける。

「あ、うん……」

 クリュウもシルフィードのすぐ横に腰を下ろしてディアブロヘルムを脱ぐ。激しく動き回った事で掻いた汗で髪や頬はビショビショだ。すると、そんな彼の前の前にタオルが差し出された。目でその持ち主を追うと、薄っすらと笑みを浮かべたルフィールのイビルアイと目が合う。

「どうぞ、使ってください先輩」

「あ、ありがと」

 クリュウは礼を言って彼女の手からタオルを受け取ると、汗を拭う。そんな彼の様子に満足したようにうなずくと、ルフィールはもう一つのタオルをシルフィードに渡す。

「あぁ、すまないな」

「なぜ、あの場で撤退を指示したのでしょうか?」

 クリュウが抱いていた疑問を、ルフィールは直球勝負で問う。全くもってクリュウ以外の相手には容赦がない。だがクリュウも疑念を抱いていた身。何も言う事はなく、ただシルフィードの返事を待つ。そんな二人の視線を受け、シルフィードは水筒の水で一度喉を潤してから返答を述べた。

「まず第一に、怪我人をあのまま放置しておく事はできない。適切な手当てをする必要があったからな」

 そう言って彼女が視線を向けた先では、荷車の上で横になるレイヴンの姿が。回収する際に起きたらしく、今はこちらを不機嫌そうに見詰めている。その目は「余計な事を……」とつぶやきそうだ。

「人と言うには種族が違い過ぎる気がしますが」

「ルフィール。揚げ足を取らないの」

「大王イカのゲソフライなら強奪するに値しますが」

「……ルフィール、少し会わないうちに性格悪くなった?」

「なぁッ!?」

 クリュウに思わぬ印象を抱かれたルフィールは愕然とその場に立ち尽くす。そんな彼女の様子を見て横になっているレイヴンは一匹ため息を零し、シルフィードは苦笑しながら傷を広げるような事はせず話を進める。

「次に、長時間の戦闘を避けたかったというのもある。体力的にも集中力の面でも無理な長期戦は負担を強いるだけだ。一度態勢を立て直すついでに一息入れたかったのだ」

 狩猟は言うまでもないが体力が必要だ。モンスターを追ったりその攻撃を避けたりする為に走り回り、武器を振るい、常に動き続けなくてはならない。それに加えて常に死と隣り合わせの為にすり減る精神力、一瞬の緩みも許されない集中力。モンスターを相手にしている際には、様々な力が消耗される。そしてそれらは例外なく無限ではない。長時間の使用はいずれどこかで限界を迎える。狩場でその瞬間は死へと直結する。

 だからこそ、シルフィードはそれを避ける為にもまだ余裕があるうちに一度休憩を入れる為に撤退命令を出した。リーダーたるもの、チームメイトに対するそうした気配りも必要だ。

「そして最後に――個人的にあれ以上の戦闘は避けたかったんだ」

「どういう事?」

 クリュウが尋ねると、シルフィードは苦笑しながら左手で右手を軽く叩く。

「さっきのブレスを避け損ねた時に、ちょっと手を痛めてな」

「えッ!? だ、大丈夫なのッ!?」

 怪我したと言うシルフィードの言葉にクリュウが目に見えて慌て出す。そんな彼の姿が少し愛らしくもあったが、シルフィードは「心配するな。軽く打っただけだから薬草でも塗っておけば次の戦闘では支障はないさ」と自身の怪我が問題ない、心配するなと彼に言う。それを聞いてクリュウは安心したらしくほっと胸を撫で下ろした。

「それじゃ、手当てしないと」

「いや、これくらい自分でできるさ。私よりもレイヴンの手当てを頼む」

「え、でも……」

 躊躇する彼の背中を押して、シルフィードは改めて大丈夫だと言いたげに凛々しく微笑む。その頼もしい笑みを前にしてクリュウはうなずくとルフィールと共にレイヴンの手当てを始める。幸い、彼も大した怪我ではないのでしばらく安静にしていれば戦線復帰も可能だろう

 シルフィードは一人、道具袋(ポーチ)から塗り薬を取り出す。リリア特製の打撲や打ち身用の塗り薬だ。これを塗っておけば、完治が早くなる上に痛み止めにもなる。面と向かっては言わないが、リリアが村に来てからは狩りもずいぶんしやすくなった。道具類も以前より揃うようになったし、こうした薬品類は特に重宝している。

 慣れた手つきで薬を痛む部分に塗り、包帯で縛って手当てを終える。その頃にはレイヴンの手当ても終わっており、彼を横にしたクリュウとルフィールが戻って来た。

「どうだ? イャンガルルガを初めて相手にした感想は?」

 戻って来た二人にシルフィードが尋ねると、クリュウは苦笑しながら「攻撃パターン自体はリオレイアやイャンクックの動きと似ているから何とかなるけど、あの咆哮(バインドボイス)と鱗の硬さは厄介だね」と答えた。実際、クリュウは今回の戦闘ではずっと咆哮(バインドボイス)に動きを封じられ、鱗が硬過ぎて思うように攻撃ができなかった。

「やはり、ボクが今まで相手にして来たモンスターの中では最上位に位置する難敵です。咆哮(バインドボイス)の範囲も広く、間合いの見極めが難しいです」

「そうだな。私は耳栓スキルがあるからむしろ咆哮(バインドボイス)中は絶好の攻撃チャンスなのだが、クリュウの言う通り奴の装甲の硬さは非常に厄介だ。生半可な武器ではほとんどが弾き返されてしまう」

「バサルモス級の硬さだからね。とりあえず、次は爆弾を使ってダメージを与えてみようかと思ってる」

「確かに、今回は様子見の部分もあった。次からは道具(アイテム)類を多用して本格的に戦う。それまでに消耗した道具(アイテム)の補充をしなくてはな。クリュウ、閃光玉の補充を頼む」

「任せといて」

 早速閃光玉の調合に取りかかるクリュウを一瞥し、シルフィードは「さて」と話題を変えるように彼の背中を見詰めているルフィールの方へ向き直る。

「ケーニッヒ、少しいいか?」

「ルフィールで結構です。一体何用でしょうか?」

 シルフィードが話しかけるとルフィールは礼儀正しくこちらに向き直った。最初の頃は視線すら合わしてもらえなかったのだから、どうやらこの狩りの間に幾分かは彼女の信頼は得られたようだ。それを確認できて、シルフィードは一人安心したように胸を撫で下ろす。だが再び彼女の表情は引き締まる。

「単刀直入に言うが、君の戦い方は異常だ」

「存じています」

 意外にも、ルフィールはあっけなく自らの戦い方の異常性を認めた。これには切り出すか切り出さざるべきか迷っていたシルフィードも面食らう。だが動揺する所を見せない為にもあえて平静を装って話を進める。

「なぜ弓で近接戦闘を行う? 弓なら中距離を保ちながら射撃すればいいだろう」

 本来ガンナーに分類される弓は中距離からの攻撃を前提としている。その為防具もガンナー用のそれを使っている。ガンナー用の防具は、決して接近戦を想定してはいない。剣士のような強固さはなく、飛竜種の攻撃なら一撃でも大怪我を負う可能性もある。

 剣士用の防具はそれこそ飛竜種の攻撃にもある程度耐えられる設計がされているが、ガンナー用はどちらかと言えば武器を使う際の負担軽減、必要最低限の防御を前提としており、そもそも設計が異なる。

 だからこそ、ガンナーは接近戦を想定していない。その攻撃範囲の広さを最大限利用してのアウトレンジ攻撃がガンナーの真骨頂。決して、ルフィールのような戦い方はガンナーのそれとは異なる。

 シルフィードの問いかけに、ルフィールは一度目を閉じて深呼吸すると、ゆっくりとそのイビルアイを開く。

「ガンナーは遠距離戦に甘んじるあまり、突発的な近接戦に弱い。狩場では想定を超える事態というものが常に発生します。混戦となれば、距離を取っている暇など到底ありません」

「確かにその通りだ。だからこそ小型モンスター相手の接近戦なら私も納得できる。だが君は大型モンスター相手でも接近戦をしようとする。それは些か分不相応だと思うが」

「――あなたは、ケンカをした事がありますか?」

 突然の突拍子のない問いにシルフィードは一瞬呆けると、何とも答えづらそうな表情を浮かべながらもゆっくりと首を縦に振った。

「まぁ、あまり自慢できる事ではないが、人並みにはしているな」

「ならば、あなたも気づいているはずです――生物の視界というのは、至近距離が大きな空白地帯となる事を」

「灯台もと暗しという奴だな」

 シルフィードの言葉にルフィールはこくりとうなずいた。

「確かに近距離戦は危険を伴います。ですが、うまく立ち回れば肉薄する事は決して危険とは限りません。むしろより正確な攻撃が可能となり、狩りを優位に進める事も可能。単純にガンナーの武器は近ければ近い程に攻撃力が高い。弾にも矢にも撃ち出された瞬間、初速が最も速いのですから。さらに言えば遠距離に比べて近距離は攻撃範囲の広角が狭く、回避の動きも最低限で済みます。非常に効率的だとボクは判断しますが」

 ルフィールは淡々と自らの戦法の有効性を強調する。確かに彼女の言う通り接近戦は攻撃力と命中性などでは優位であり、隙の大きい攻撃の回避は容易になる。だが反面、近距離戦は遠距離戦では受けないような攻撃を受けるようになる。モンスターが脚を少し動かしただけでも、体が衝突してダメージを負う。それから身を守る為に剣士の防具は強固であり、その恩恵があるからこそ剣士は接近戦を行える。

 接近戦は、それに見合うだけの防具を備えているからこそ実現できるもの。ガンナーのそれは、決してそれに見合うだけの強固さはない。

「確かに君の言う意見にも一理あるが、ガンナーの役目はあくまで後方からの支援だ。前衛は剣士に任せるべきだと私は思うが」

「それはチーム戦に慣れているガンナーだからこその考え方です。ボクは他人に甘える、そんな負け犬のような戦い方はしません。他人に頼り過ぎる者は、頼りにする人を失った際には無力です。その無力さが、頼りにしている人を危険に晒す事だってあります。だからこそ、ボクは全てを自分一人でしなくてはならないんです――二度と、同じ失敗を繰り返さない為にも」

 最後の一言は、まるで自分に言い聞かすようにルフィールはつぶやいた。その一瞬、彼女の表情が悲痛に歪んだのを、シルフィードは見逃さなかった。

「失礼します」

 恭しく一礼し、ルフィールはレイヴンの下へと歩み寄る。そんな彼女の背中を見ながら、シルフィードは一人ため息を零した。そこへレイヴンの手当てを終えたクリュウが戻って来る。

「シルフィ、怪我は大丈夫?」

「あぁ。私は問題ないが、レイヴンの具合はどうだ?」

「あっちも大丈夫。しばらく休めばまた戦線復帰もできそうだよ」

「そうか――なら、次は君の番だな」

 半ば呆れたように言うシルフィードの言葉にクリュウは目をパチくちさせる。そんな彼の反応を見て苦笑しながら彼の脇腹を指差した。

「大した事ないだろうが、手当てくらいしておけ」

「……あはは、バレてたんだ」

「当たり前だ。君とは短くない付き合いなんだからな。隠しても無駄だよ」

「……うーん、ルフィールの目は誤魔化せたみたいなんだけど」

「誤魔化せてませんよ」

「うわッ!?」

 背後からの声に驚いて振り返ると、ジト目でこちらを見上げるルフィールと目が合った。ルフィールはそのままクリュウの脇腹を見ると、軽く小突いた。

「……ッ!?」

「痛いのならさっさと手当てしてください」

「容赦ないな……」

 声も上げられないような激痛に悶えるクリュウを呆れながら見下げるルフィール。その隣でシルフィードが彼女の容赦のない行動に苦笑を浮かべていた。そんな二人の視線の先で、悶えていたクリュウが涙目で振り返る。

「わ、わかってるなら優しくしてよ」

「先輩は優しくするとつけ上がりますから」

「……やっぱり、性格悪くなったよねルフィールって」

 苦笑しながら言う彼の言葉が癇に障ったらしく、ルフィールは無言で彼の怪我している部分に強めの一撃を入れた。当然クリュウはその場で崩れ落ちて悶え苦しむが、ルフィールは不機嫌そうに鼻を鳴らしてレイヴンの所へ戻ってしまい、シルフィードも彼の自業自得だとばかりに助ける事はなく、クリュウはしばらく激痛に悶える事になった。

 

 クリュウの手当てが終わり、レイヴンが回復した頃を見計らって一行は改めてイャンガルルガを追って行軍を開始した。

「無理するなよ」

「……フン、図に乗るニャ」

 シルフィードが掛けた言葉にレイヴンは鼻を鳴らしながら一蹴する。そんな彼の反応を見て大丈夫だと判断したのだろう。それ以上は何も言わず、彼に先頭を任せる。

 隊列はレイヴンを先頭に荷車を引いたシルフィード、その背後をクリュウとルフィールが並びながらゆっくりとした歩みで進む。

 現在一行はペイントボールの匂いを追ってエリア6からイャンガルルガがいるエリア2を目指して進んでいる。エリア6とエリア2は一本道で進めるが、エリア2の出口は高台の上に出てしまうので荷車はその手前で放棄しなくてはならない。なので直前で必要な道具(アイテム)を持って進入する必要がある。

 道沿いに深い木々が立ち並び、天井を覆うように延びた枝に生える無数の葉が月明かりを塞ぎ、彼らが進む道は少し薄暗い。先頭を歩くレイヴンと殿を歩くクリュウの手にはそれぞれ松明が握られており、それだけが道を照らす明かりだ。

「あのさ、ルフィール」

 松明で辺りを照らしながら歩くクリュウは、隣を歩くルフィールの方を向かずに彼女に声を掛ける。彼と並ぶように歩いていたルフィールは彼の方へと振り返った。

「何でしょうか?」

「さっき、シルフィとの会話を聞いたんだけど」

「……盗み聞きとは、あまりいい趣味とは思えませんが」

「洞窟の中で話していれば、普通に聞こえるでしょ」

「……まぁ、別に構いませんが。それが何か?」

「――頼っても、いいんだよ?」

「はい?」

 彼の言葉にルフィールは立ち止まると、首を傾げた。そんな彼女の一歩先で立ち止まったクリュウはそこでようやく彼女の方に振り返ると呆然とこちらを見詰める彼女の頭をポンと叩いた。

「な、何ですか?」

「何でも一人でやろうとするなって事。僕達はチームなんだからさ、ちゃんと頼ってよ」

「……先輩を頼りにしていない訳ではないんですよ。ただ、先輩に負担を掛けたくないだけです」

「負担なんて、僕は全然そんな事思ってないよ」

「先輩が負担に感じていなくても、ボク自身が許せないんです。二度とあんな事、ごめんですから」

「ルフィール……」

「別に、先輩の事を責めている訳ではありません。助けてもらった事は心の底から感謝しています。ですが、ボクは先輩の背中に一生残る傷を負わせてしまった、自分の失態を許せません」

 ギリッと唇を噛みながら悔しげに握り締めた拳は小刻みに震えている。それはかつての失態を恥じる悔しさや無念さ、そして自分への怒り。その迫力に、クリュウは彼女へ声を掛ける事もできなかった。ただ――

「先輩……?」

 ――ただ、何も言わず、クリュウはルフィールのその小さな体を抱き締めた。

 突然背後から抱き締められたルフィールは困惑しながら彼の方へ振り返る。その頬は松明の明かりに照らされたのとはまた違った淡い朱色に染まっていた。

「あの、先輩……」

「言ったでしょ」

「はい? あの、一体……」

「――君は、僕の背中を守ってくれてた子だって」

 その言葉にルフィールは大きくそのイビルアイを見開く。だがその言葉の意味を噛みしめるようにうなずくと、顔を悲痛に歪めた。

「でもボクは、そんな先輩の背中を守れませんでした……ッ」

「――だったらさ、今度は大丈夫だよね?」

「え……?」

 驚くルフィールの頭を、クリュウは優しく撫でる。そして、そんな彼女に向けてクリュウはまるで春の日差しのような暖かく、柔らかい笑顔で微笑んだ。

「――僕の背中は君に預けた。守ってくれるよね?」

 クリュウの優しげな問い掛けに、ルフィールはしばし呆然と立ち尽くしていたが、その表情が見る見るうちに水を得た花のように煌めいていく。そして、それは満開の花を咲かせた。

「任せてくださいッ! 先輩の背中は、この邪眼姫(イビルアイ)のルフィール・ケーニッヒが必ずやお守りしてみせますッ!」

「頼りにしてるよ」

「はいッ!」

 先程までの悲痛な表情から一転して、ルフィールは自信に満ちた笑顔と共に元気良く答えた。そんな彼女の満面の笑みを見て安心したクリュウもまた、優しげな笑みを浮かべている。

 少し離れた場所からその様子を見守っていたシルフィードとレイヴン。そのどちらからとなく、口元に優しげな笑みが浮かぶ。

「まったく、本当に私の周りには常識の箍が外れた人間が多いな」

「ハンターになるような人間は、皆何かしらの問題を抱えているニャよ」

「ほぉ、それは私も問題児と言いたいように聞こえるが?」

「言葉の綾ニャ。気にするニャ」

 視線をこちらに向ける事なくそう言い切って先へ進むレイヴンの背中を見詰め、シルフィードは苦笑しながらその後を負う。振り返れば大役を任されて輝きを取り戻したルフィールと、そんな彼女の背中を見て安心しているクリュウが続く。

「……まったく、どうしたらそんなに女子を笑顔にできるのだ。ある意味才能だな」

 クリュウの生まれ持ったポテンシャルの高さに苦笑しつつ、シルフィードは視線を再び前に向ける。その時、前方の方から黒狼鳥の甲高い咆哮が轟いた。その声を聞いて、少しばかり緩んでいた気合いを締め直す。

「夜はまだ長い。これからが本番だな」

 見上げれば、いつの間にか深い木々に覆われていた天井は消え、そこには満天の星空が広がっていた。神々しく煌めく淡い月明かりが照らす道の先に、黒狼鳥イャンガルルガが待ち構えている。

 一行はイャンガルルガを目指して一路エリア2へと進み続ける。

 

 エリア2に入る手前、シルフィードは荷車を置いて必要な道具(アイテム)を各自に分配。声を上げずに手で指示を送りながら自ら先陣を切ってエリアへと突入した。

 匍匐前進で高台を藪に隠れながら進むシルフィード。その視線の先では月明かりに照らされた黒狼鳥が静かに佇んでいる。

 シルフィードは視線を離さずに背後に同じように伏せている二人に合図を送る。それを見て、ルフィールは一つうなずくとその場で起き上がり、膝を地面につきながら弓を構える。矢を一本引き抜いてそれにペイントビンを備え付けると立ち上がり、弦にペイント矢を番えて引き絞る。

 ルフィールが矢を放つのを合図に、それまで伏せていたクリュウとシルフィード、レイヴンが一斉に動き出す。高台から飛び降りると、二人は正面突破でイャンガルルガへ突撃し、レイヴンは側面から迫る。

 上空で弧を描くようにして飛翔した矢は寸分狂わずにイャンガルルガの背中に命中し、砕けたビンの中に入っていたペイントが背中の一部を桃色に染め、弱っていた独特な匂いを重ね塗る。

 矢を受けたイャンガルルガは振り返り、突撃して来るクリュウとシルフィードの姿を見て威嚇の声を上げる。

 まず最初に到達したのはクリュウ。こちらを向いて低く唸っているイャンガルルガの顔面に向かって切れ味を最大まで回復させたオデッセイ改を振り下ろした。力強く振るい落とされた一撃は空気中の水分を集めながら水を迸らせ、強烈な水流の一撃と共に炸裂。水を纏った一撃は弾かれずらく、刃先がイャンガルルガのクチバシに傷をつける。

「ガアアアァァァッ!」

「……ッ!?」

 イャンガルルガは甲高い咆哮(バインドボイス)を放ちながら翼を広げて後退する。耳栓スキルを持たないクリュウはその咆哮(バインドボイス)の直撃に耳を塞いでその場から動けなくなる。だが耳栓スキルを備える彼女にはそれは通じない。

 クリュウの横を通り抜けて突撃するのはシルフィード。背負った蒼刃剣ガノトトスの柄を握り締めると、ちょうど着地するイャンガルルガの顔面に向けてその強烈な一撃を叩き込む。が、イャンガルルガはそれを首を振って跳ね返すと、一瞬隙が生まれた彼女に向かって旋回攻撃。ムチのように尻尾をしならせて毒針を備えた一撃を叩き込む。

「チッ……」

 直撃寸前の所でシルフィードは蒼刃剣ガノトトスを縦に構えてガードして何とか直撃を避けた。が、その威力を前に大きく後退を余儀なくされた。

 咆哮(バインドボイス)から解放されたクリュウと大回りして側面から突撃するレイヴンがそこへ同時に攻撃を仕掛ける。

 レイヴンは二つのブーメランを同時に左右へ放ち、ピッケルを構えてイャンガルルガの脚に攻撃。大きくそれぞれ左右に膨らみながら飛翔するブーメランも同時にイャンガルルガの左右の翼へ命中。わずかにその表面を削った。さすがに翼膜は装甲化されてはおらず、狙いうちできる。一方で脚は硬く、ピッケルは簡単に弾かれてしまう為レイヴンは一度その場から離脱する。そこへクリュウが攻撃手を代行。背後へ回り込む時間がないとわかると、すぐに攻撃ポイントを変更してイャンガルルガの顔面に一撃を入れようと構える。が、

「クリュウぅッ!」

 シルフィードの声を聞かずともわかる。イャンガルルガがその場で片足を半歩引くのを見てクリュウは次にサマーソルトが来る事を確信した。が、距離が近過ぎる為回避は間に合わない。そう判断すると同時に盾を構えてガードの体勢を取る。

 次の瞬間、イャンガルルガはその巨大な翼を力強く羽ばたかせて空中へ浮き上がると、その場でその巨体を信じられない速度で後転させた。一瞬遅れて、盾に強烈な一撃が炸裂する。しならせながら振り上げられた尻尾の一撃はそれこそハンマーの全力でのブチ上げと大差ない。その強力な一撃を前にクリュウの体は耐え切れずに吹き飛ばされた。

 地面の上を何度か転がった後、クリュウはふらふらと立ち上がる。幸い直撃は避けたし、防具の堅牢さもあって大した怪我はしていなかった。頭を振って一瞬回る視界を正す。

 高台の上からクリュウの無事を確認したルフィールは安堵の息を漏らす。すかさずルフィールは矢を弦に番える。その矢には再び麻痺ビンが備えられている。ルフィールは狙いをすましてレイヴンが囮となってその場で足止めしているイャンガルルガに向かって構えた矢の一撃を放つ。

 弧を描くようにして飛翔する一矢は吸い込まれるようにしてイャンガルルガの背中に命中。ビンは砕け、中の黄色い液体がブチ撒けられる。その瞬間、麻痺毒が美しく煌めいた。空気に触れる事で麻痺毒は光り輝く性質を持っている。クリュウの持つ片手剣デスパライズも同じだ。

 麻痺ビンを備えた矢を新たに三本弦に番え、ギリギリと軋ませながら弦を引き絞る。

「援護します先輩ッ!」

 狙いを定め、引き絞った矢を一気に撃ち放つ。放たれた矢は鏃を月明かりにキラキラと反射させながら飛翔し、イャンガルルガの背中に炸裂する。飛び散る麻痺毒もまた闇夜で神々しく煌めく。

 麻痺矢の集中砲火を浴び、イャンガルルガはその場から逃げ出すように駆け出す。その向かう先には接近しようと迫っていたシルフィードが走っている。迫り来るイャンガルルガ相手にシルフィードはすぐに横へ走ってその針路から身を回避。だがイャンガルルガは突如突進をやめると逃げるシルフィードの背後へと向きを変え、追いかけるように激しく首を上下に降りながら迫る。

 背後からの攻撃にシルフィードは腰を落として緊急回避。体が擦れそうになるような至近距離にまで迫ったイャンガルルガ。その顔面に向かって上空からブーメランが襲ったのはその瞬間だった。

 左右から飛来するブーメランが黒狼鳥のクチバシに当たる。が、それは致命打にはならない。だが一瞬とはいえシルフィードに対する意識が削がれた。その隙を突いてシルフィードはイャンガルルガの真下へ潜り込むと、背負った蒼刃剣ガノトトスを打ち上げるように振り上げた。鋭い刃先は強烈な衝撃と共にイャンガルルガのクチバシに激突。イャンガルルガは悲鳴を上げて天空を見上げた。そこへルフィールの放った麻痺矢と共にクリュウが襲いかかる。

「このぉッ!」

 振り上げたオデッセイ改を目の前の脚へと叩き込む。吹き荒れる水と共に打ち出された一撃は黒狼鳥の鱗の一部を削りながら刃先は肉へと到達し、わずかな傷を与えた。が、それ以上に刃先が跳ね返される衝撃に彼の腕が悲鳴を上げる。

「……ッ!? ま、まだまだぁッ!」

 それでも、激痛が走る腕を無理矢理動かして剣を振り上げ、もう一撃脚の向かって叩き込む。刃先が割れそうになるような硬い脚相手でも、クリュウは構わず剣を叩き込む。狙うはこれまでの攻撃で幾分か鱗が損耗した箇所。そこを狙って何度も攻撃を繰り返すが、常に動く目標に対しては外す事も珍しくない。その度に鱗が健在な箇所に刃先が当たり、腕に走る衝撃は激痛に変わる。彼は歯を食いしばりながら、諦めずに剣を振るい続けた。

 そんな彼の攻撃を鬱陶しく思ったのか、イャンガルルガはその場で突如体を反らすと甲高い怒号(バインドボイス)を放った。直下にいるクリュウはその声に動きを封じられてしまう。すぐに耳栓スキルを備えるシルフィードが援護に回るが、それよりも早く動く者がいた。

「先輩ッ!」

 高台の上からの声。シルフィードが振り返った時、月下に輝く狩人の放った一矢が天を舞った。飛翔する一矢は空気を切り裂きながら突き進み、咆哮(バインドボイス)を終えたイャンガルルガの首筋に突き刺さる。同時にビンが砕け、中に入っていた液体がブチ撒けられてイャンガルルガの体表に発光しながら飛散。次の瞬間、イャンガルルガは突如体を痙攣させて動きを止めた。それを見て月明かりをバックにした少女の口元に笑みが浮かぶ。

「先輩ッ! 今ですッ!」

 ルフィールの声に咆哮(バインドボイス)による硬直から脱したクリュウはうなずくと、目の前で麻痺毒によって動きを封じられたイャンガルルガへ襲いかかる。狙うは先程から狙いを定めている尻尾だ。

 麻痺状態となって動けずにいるイャンガルルガに対して、クリュウだけではなくシルフィードが攻撃に加わり、イャンガルルガの眼前に立って溜め斬りの構えを取る。そこへ一瞬姿を消していたレイヴンが地面の中から飛び出して来た。その手には自分の体くらいはある大きさの小タル爆弾が握られている。

 レイヴンは無言でイャンガルルガへ接近すると、手にした小タル爆弾を投擲。上部から伸びる導火線には火が灯り、その長さを短くしている。そして、痺れるイャンガルルガの背中に当たった直後に導火線の火種が中の火薬に着火。激しい爆発が黒狼鳥の体を襲う。

 一瞬広がった黒煙の中から、今度はレイヴン自身が突っ込む。手にしたピッケルを勢いよく振り上げ、そして全身を使って一気に振り下ろした。その一撃はイャンガルルガの右翼についている鋭い爪に命中。そのうちの何本かをへし折った。

 砕け散る黒狼鳥の爪と同時に落ちるレイヴン。だがその顔には不敵な笑みが密かに浮かんでいた。そんな彼の行動を一瞥し、口元に笑みを浮かべながら力を溜めるシルフィード。痺れて痙攣するイャンガルルガの顔面に改めて狙いを定めると、限界まで引き絞った力を一気に解放。勇ましい咆哮と共に強烈無比な一撃を叩き込む。

 悲鳴も上げられずに溜め斬りの直撃を受けるイャンガルルガ。そこへクリュウが突っ込む。同じく痺れて動かない尻尾に向かってオデッセイ改を引き抜くと、その刃先を全力で叩き込んだ。

 もう何度目の攻撃かもわからない。でも少しずつ鱗は剥がれ、次第に肉が顕になる。オデッセイ改の刃先はそこへ的確に滑り込み、血を迸らせる。疲労で痛む腕を鼓舞しながら、必死になって狙いを定めて剣を振るい続ける。そうして何発か的確な攻撃を当てた頃、そろそろ体の自由を取り戻すと判断したシルフィードが全員に下がるよう指示を出し、それに従ってクリュウとレイヴンも離れる。

「クリュウッ! 落とし穴を準備してくれッ!」

「わかったッ!」

 シルフィードの指示にクリュウは前線を離れて腰に下げた落とし穴とベルトを繋いでいるロープをオデッセイ改の刃で切断し、すぐさま設置する。場所はちょうどエリアの中央付近。どう動いても誘導しやすい場所だ。

 ピンを抜いた落とし穴はすぐに溶解液を下部から噴出させて直下の土壌を一瞬で液状化させる。さらにネットを展開させて完了。この間はわずか数秒の出来事だ。その間に体の自由を完全に取り戻したイャンガルルガはゆっくりと目の前に敵を見据える。そのクチバシの端から零れ出る危険な黒煙を見てシルフィードの表情に戦慄が走った。

「しまった……ッ」

 慌てて背負い直した大剣の柄を握り締めて走り出すシルフィードだが、そんな彼女の姿など見えていないようにイャンガルルガはある一点を恨めしげに睨みつける。その先では落とし穴の設置を今まさに終えたばかりのクリュウが屈み込んでいる最中だ。

「クリュウッ」

 シルフィードの声にハッとなって顔を上げると、こちらを睨みつけているイャンガルルガの怒り狂った瞳と目が合ってしまった。狩猟中、モンスターと目を合わせてはいけないと言うハンターもいる。その理由は、殺意に満ちた瞳で見られる事で恐怖で体が萎縮して動けなくなってしまう事があるからだ。熟練のハンターならいざ知らず、比較的かけだしの部類に入るハンターは特にその注意が必要だ。

 自分に向けられた明らかな敵意と殺意。赤みがかった黄色い瞳は恐怖を煌めかせながら彼を射抜く。背筋がゾクッと震え、一瞬離脱する為の動きが止まる。そして、まるでそれを待っていたかのようにイャンガルルガは突如怒号を上げながら彼に向かって駆け出した。

 全身を左右に揺らしながら身を投げ出すようにして走るイャンガルルガ。シルフィードの「逃げろッ!」という声を聞くまでもなくクリュウは慌てて落とし穴の背後へと逃げる。が、

「バカ……ッ!」

 遠くからレイヴンのそんな声が聞こえた。何事かと振り返ると、イャンガルルガはちょうど彼が仕掛けた落とし穴の上へと到達した。その瞬間、心の中で奴が罠にかかった事に喜ぶ自分がいた――だが、その彼は次の瞬間跡形もなく吹き飛んだ。

 落とし穴を踏み、ネットが重みでたわんだ瞬間。イャンガルルガは突如翼を大きく広げると羽ばたかせ、猛烈な風と共にその場から浮き上がった。しかもその瞬間、脚の先の鋭い爪で落とし穴のネットを引き裂くという器用な技を披露。クリュウの目の前で、今しがた設置したばかりの落とし穴は無残にも破壊されてしまった。

「しまった……ッ」

 クリュウは目の前で起きた出来事に自分の失態を悔やんだ。

 イャンガルルガは怒り状態の時では落とし穴に引っかからない。それどころか今目の前で起きたように爪の先でネットを引き裂いて使用不能にしてしまう。自分で知識として知っていて、さらにシルフィードに詳しく説明してもらったのに。今自分は、そんな事前知識を無視した行動を取り、貴重な落とし穴を一つ失ってしまった。

 ディアブロヘルムの下で、悔しげに彼の顔が歪む。オデッセイ改を握り締める拳にも、ただ握り締めるのとは違う力で拳が震える。

 シルフィードはクリュウの安全及び、彼の目の前で壊された落とし穴を見比べると、低空飛行で後退しながら地面へと着地するイャンガルルガへと視線を向け、悔しげに唇を噛んだ。

「私のせいだ……ッ」

 クリュウが失敗したのではない。自分の判断ミスが原因だ。

 イャンガルルガの怒り状態を見極める事ができずに落とし穴を設置するよう指示を出し、結果的に落とし穴は失われてしまった。彼に仕掛けるよう指示した、自分の判断ミスだ。

 地面に着地し、今しがた落とし穴を切り裂いた爪で地面を何度も擦りながらイャンガルルガは低く唸り、こちらを睨みつけている。再び鶴翼陣形でイャンガルルガの包囲を試みるクリュウ達。だがそんな彼らを威嚇するようにイャンガルルガは天高く咆哮(バインドボイス)を轟かせた。


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