モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第186話 孤高の黒狼鳥 絆の力で挑みし若き狩人達の戦い

 イャンガルルガの激しい怒号と共に撃ち出された単発の火球ブレスが開戦の合図となった。

 それぞれが左右に分かれて回避すると、火球はちょうど先程まで三人と一匹がいた陣形の中心に着弾。爆音と共に地面が抉れ、腐葉土がバラバラと飛び散る。

 抉れた地面は火球の威力の激しさを物語っており、リオレイアのそれと比較しても大差ない威力だとわかる。

 まず先陣を切ったのはレイヴン。四本足で地面を蹴りながらイャンガルルガに迫ると、腰に下げたブーメランを二つ一斉に投げ放つ。高速回転しながらブーメランが左右からイャンガルルガを襲うが、二つともイャンガルルガの胴体に当たった瞬間甲高い音と共に弾かれてしまう。

「……チッ」

 軽く舌打ちしてレイヴンは戻って来たブーメランを回収する。その瞬間にイャンガルルガは彼を狙って体を回し、その姿を正面に捉えると再び火球ブレスを撃ち放った。

 レイヴンは横へ跳んでその一撃を回避し、斜め後ろで炸裂する火球の爆風を背に受けながら再びイャンガルルガに迫る。ブーメランから今度はピッケルに持ち替えて懐に潜ると、脚に向かってピッケルで回し斬りを放った。が、刃先が黒狼鳥の鱗に当たった瞬間、再び甲高い音と共にピッケルの刃が弾かれてしまった。

「下がれッ!」

 弾かれた衝撃で体勢を崩したレイヴンにそう指示を飛ばしながらシルフィードが突進する。その右斜め後ろからはクリュウも接近を試みている。

 シルフィードは腰の道具袋(ポーチ)からペイントボールを取り出すとレイヴンを狙うイャンガルルガに向けて投げつける。放たれたペイントボールはイャンガルルガの首元に命中し、独特な匂いと共に黒狼鳥に対するマーキングに成功する。その一撃にイャンガルルガはレイヴンを狙うのをやめてシルフィードへと向き直る。前方から迫る彼女に向かってイャンガルルガは怒号を上げながら前方へ跳躍。激しく首を上下させてついばんで来た。

 シルフィードはその攻撃に横へ身を投げ出すように回避。後続のクリュウが彼女を攻撃した後の隙を突いて襲い掛かる。

「まず一撃ッ!」

 目の前にある頭に向かってクリュウの最初の一撃が炸裂した。刃先が当たった瞬間噴き出す激しい水飛沫が接触面を抉るように迸る。しかしイャンクックの硬いクチバシの前ではかすり傷程度しか付けられない。しかしもう一撃としようとした時イャンガルルガがその場で体を一八〇度右回転させ、クリュウに向けてトゲの付いた尻尾をスイング。その一撃にクリュウは咄嗟に身を屈めて回避し、もう半回転する間に懐へ潜り込むと今度は脚に向かって第二撃を叩き込む。が、

 ――ガァンッ!

「……ッ!? 硬ぁ……ッ!」

 激しい金属音と共に刃先が弾かれてしまった。手首が痺れ、思わずヘルムの下で顔を顰める。硬いとは予想していたが、並みの硬さではない。リオレウスやリオレイアよりもさらに硬い甲殻や鱗だ。その硬い鎧が、オデッセイ改の刃先を跳ね返してしまう。

 脚に攻撃しても無駄だと悟り、クリュウはすぐさま懐を離れる。それと入れ替わるようにして回転を終えたイャンガルルガの顔面に向かってシルフィードが第一撃を炸裂させた。

 豪快にして強力な一撃がイャンガルルガの頭部に叩きつけられる。迸る水飛沫と共に当てられた刃先は確実な手応えを共にイャンガルルガのクチバシに傷を付ける。だがイャンガルルガはまるで効いていないとばかりに一度首を右寄りに引き戻してから頭突きのような形で彼女に噛み付く。寸前でシルフィードは蒼刃剣ガノトトスを横向きに構えてガード。すかさず反撃とばかりに剣を横構えに持ち替えてフルスイング。イャンガルルガの側頭部を叩き抜いた。

 側頭部に重い一撃を受けたイャンガルルガは一瞬怯み、頭を軽く振ると正面に立つシルフィードに狙いを定め、軽く首を引く。そのクチバシの端から火花がが迸るのを、シルフィードは見逃さなかった。

 反射的に横へ転がるようにしてイャンガルルガの正面からシルフィードが消えるのと、イャンガルルガの口から火球ブレスが撃ち放たれるのは同時だった。

 目標を失った火球は轟音を立てながら飛翔し、地面に着弾。激しい爆発と共に地面を砕いた。

 ブレスを回避したシルフィードはすぐさまブレスを撃った直後の隙を突いて再び剣を顔面へと叩き込む。

 前線に立って奮戦するシルフィードを援護するようにクリュウも再度攻撃に加わろうと走り出すが、その横を「邪魔ニャ」とレイヴンが抜き去る。

 イャンガルルガは首をもたげてクチバシをハンマーのようにしてシルフィードに向かって激しく何度も打ち付ける。回避が遅れたシルフィードはその攻撃をガードでやり過ごすが、激しい連続攻撃に大きく後退を余儀なくされる。その隙を埋めるように飛び込んだのがレイヴンだった。

 走りながらレイヴンはブーメランを投げる。大きく旋回しながらブーメランはイャンガルルガの首に当たり、甲高い音と共に弾かれてしまう。だがその一撃にイャンガルルガはゆっくりと振り返った。すかさずレイヴンはいつの間にか腰に背負った小タル爆弾を器用に構え、ピンを抜いて投げつける。放たれた小タル爆弾はゆったりとした放物線を描きながらイャンガルルガの眼前に投擲され、その瞬間に炸裂した。

「ギャアッ!?」

 強固な装甲無視の爆弾攻撃にはさすがのイャンガルルガも驚き怯む。黒煙で一瞬視界が封じられ、風に乗ってそれが消えた瞬間にレイヴンが突っ込む。

 大きく跳躍しながら上段に構えたピッケルをイャンガルルガの首筋目掛けて叩き込む。ガァンッという岩を打ち付けるような音と共に弾かれるが、彼はそれを反動にしてクルクルと回転しながら地面に戻る。その瞬間、彼の横を通り抜けてクリュウが突っ込む。

「僕だってッ!」

 クリュウも負けじと腰に下げた小タル爆弾Gをフックから取り外し、ピンを抜いて投げつける。この一撃もイャンガルルガの顔面で炸裂するが、今度はイャンガルルガも怯まずお返しとばかりに火球ブレスを撃ち放つ。

「……ッ!?」

 間髪入れない反撃にクリュウは慌てて横へ跳んで緊急回避。炸裂する爆音を背に立ち上がると、再びイャンガルルガがこちらに向かってブレスを撃とうと旋回するのが見えた。慌てて走り出してその一撃を回避する。

 クリュウが結果的に囮役になったのを見てシルフィードとレイヴンが同時に左右からイャンガルルガに襲い掛かる。が、イャンガルルガはそれを妨げるように翼を広げると同時に甲高い咆哮(バインドボイス)を轟かせながら空中へと浮き上がった。

 咆哮(バインドボイス)を受けてレイヴンは地面に倒れ込んで耳を塞ぐが、耳栓スキルを備えるシルフィードは構わず突撃。大地を震わせながら着地したイャンガルルガの眼前に突っ込み、すかさず蒼刃剣ガノトトスを引き抜き、その刃先をイャンガルルガの額に向けて叩き込んだ。

「ギャァッ!?」

 その強烈な一撃にイャンガルルガは首を激しくもたげて怯む。そこへクリュウが横から入り込み脚に向かってオデッセイ改を叩き込むが、その鱗の硬さの前に弾かれてしまい連続した攻撃に繋げられなくて悔しがる。それでもめげずに再び剣を構えた時、

「準備できましたッ」

 突如響いたルフィールの声に彼女の方へ振り返ると、弓を構えながら立つルフィールの足元には設置を終えた落とし穴がある。事前の作戦会議でルフィールは会敵後すぐに落とし穴の設置を任されていた。その設置がようやく終わったらしい。

 ルフィールの声に後退を始める二人と一匹。それを援護するようにルフィールは弦を引き絞って番えた矢三本を一斉に放った。軽い放物線を描きながら飛翔した弓は咆哮(バインドボイス)を響かせるイャンガルルガの背中に命中するが、硬い鱗に阻まれてその全てが弾かれてしまう。しかしその攻撃でクリュウの方を向いていたイャンガルルガがの意識が彼女の方へと向けられる。それを見てルフィールはすかさず矢を一本番え、弦を限界まで引き絞って一矢を撃ち放つ。空気を切り裂きながら突貫する矢はイャンガルルガの硬い鱗と鱗の隙間に捻り込み、突き刺さった。

「ギョワアアアァァァッ!」

 イャンガルルガは怒号を放ちながら彼女に向けて走り出す。左右に逃げて走るシルフィードやクリュウを追い抜いて迫るイャンガルルガは動こうとしないルフィールに必殺の体当たりを仕掛ける。が、あと一歩という所で彼が踏み抜いたのは彼女が設置した落とし穴。突如開いた穴にイャンガルルガは下半身を埋め、さらに強力な粘着性のネットが絡まり身動きが取れなくなった。

「グェァッ!? ガァッ!」

 必死に藻掻いて脱出を図ろうとするが、落とし穴は一度捕まえたものは効果が持続する間は決して離さない。身動きが取れないイャンガルルガは、格好の的でしかない。散り散りになっていたクリュウ達が一斉にイャンガルルガに殺到する。

「各自一斉攻撃ッ! 抵抗する隙を与えるなッ!」

 シルフィードの怒号を合図にクリュウ達が一斉にイャンガルルガへと襲い掛かる。イャンガルルガの正面からはシルフィードが、背中にはクリュウが、左右はレイヴンとルフィールがそれぞれ突っ込む。

 暴れるイャンガルルガの頭部を狙ってシルフィードは必殺の溜め斬りの構えを取る。その間に一足早くクリュウとレイヴンがそれぞれ剣とピッケルの刃先を鱗の隙間を狙って叩き込み攻撃を開始するが、全力で振るう一撃を隙間に的確にねじ込む事は不可能に近い。事実、どちらもそのほとんどが鱗に当っては甲高い金属音と共に刃が弾かれ苦戦を強いられ、腕に走る痛みに顔を歪めながら必死に武器を振るっている。

 何度か剣を振るった腕は痺れ、痛みすら走る。ヘルムの下で苦悶の表情を浮かべながらオデッセイ改の刃先を見るといつの間にかかなり刃毀れしてしまっていた。弾かれているのに無理して力任せに剣を振るった結果がこれだ。事前に砥石をいつもの倍であり一度の狩りで持ち込める限界数ギリギリまで持って来ておいて正解だ。

 クリュウは砥石を使う為に一度戦線を離脱する。それと同時に力を溜めるように剣を構えていたシルフィードの必殺の溜め斬りが炸裂する。藻掻くイャンガルルガの顔面に的確にブチ当てられたその一撃はイャンガルルガに激痛を与え悲鳴を天高く轟かせる。さらに顔を上げたイャンガルルガに向けて月をバックに無数の矢が降り注いだ。しかもそれらの矢は命中と同時に爆発し、イャンガルルガの体を一瞬にして炎で包み込んだ。

 爆発を見て同時にイャンガルルガから距離を取ったシルフィードとレイヴン。二人が振り向いた視線の先では同時に複数の矢を一斉に放っては再装填し、再び放つという動作を高速で繰り返すルフィールの姿があった。よく見れば放たれる矢はただの矢ではない。その一つ一つに小さなビンが縛り付けられており、中には赤い液体が揺れている。

 弓使いの必殺攻撃、強撃矢だ。ニトロダケを原料とした液体火薬を入れたビンを矢に備え付け、それをモンスター目掛けて放つ攻撃。その威力は矢のみの時よりも高く、弓使いの決戦兵器と位置づけられる。

 ルフィールの容赦のない強撃矢の嵐にイャンガルルガは悲鳴を上げて暴れる。だがいつまでも拘束させてはおけず、限界に達した落とし穴が壊れてイャンガルルガが翼を羽ばたかせながら上空へと脱する。それを見たルフィールは強撃矢から普通の矢へと戻し、降り立つ瞬間を狙う。同時に砥石を使って切れ味を正したクリュウがイャンガルルガ目掛けて駆け出した。それを見て負けじとピッケルを構えたレイヴンも駆け出す。

 翼を羽ばたかせながらゆっくりと降りて来るイャンガルルガ。その真下では大きな翼から放たれる風が荒れ狂い近づく事を拒む。その風圧に駆け寄ろうとしたレイヴンは妨げられてしまうが、クリュウは構わず突っ込む。彼が着るディアブロシリーズは風圧【小】無効スキルを備えており、イャンガルルガ程度の風圧攻撃なら無力化できるからこその突撃だ。

 荒れ狂う風圧の中、クリュウは今まさに地面に降り立とうとするイャンガルルガの顔面に向かって切れ味を最大まで回復させたオデッセイ改で斬り掛かる。

「ガァッ!?」

 着地と同時に炸裂したクリュウの一撃にイャンガルルガが悲鳴を上げて仰け反った。さらにそこへシルフィードが放った閃光玉が炸裂。激しい光の爆裂にイャンガルルガは目を焼かれ、視界を封じられた。

 苦しげに悲鳴を上げるイャンガルルガを前にクリュウはその両脚の間を潜り抜けて揺れる尻尾に向かって斬り掛かった。これまで散々攻撃してもまともに刃先が入らずに弾かれていたクリュウだったが、この一撃には自信があった――そして、オデッセイ改の刃先がイャンガルルガの尻尾の鱗の一部を砕いた瞬間、ヘルムの下で彼の口がわずかに綻んだ。

 シルフィードから借りたノートには、イャンガルルガは全身が異常に硬くてかなり切れ味のいい武器でないと太刀打ち出来ないと書かれていた。だがどんな装甲でも必ず弱点がある。彼女のノートにはそれがしっかりと書かれていた。

 イャンガルルガは確かに全身が硬い鎧に包まれている。だが体の構造上どうしても鱗でガードし切れない頭部と、細さと靭やかさを兼ね備える上でどうしても鱗が弱くなる尻尾に関しては通常の武器でも攻撃可能。クリュウは彼女のメモを信じて尻尾へと攻撃を加え、その刃先は見事に通り、クリュウは初めてイャンガルルガの血を見た。

「いけるッ!」

 体を強制停止させ、振り返ると同時にもう一撃尻尾に剣を叩き込む。刃先は尻尾を叩き、確かな手応えと共に手傷を負わせた。だがその代償は大きかった。

 イャンガルルガは小賢しい敵を振り飛ばそうとその場で尻尾を大きく振りながら旋回。大きく振られた尻尾はそのまま攻撃直後の体勢が整っていないクリュウの脇腹に激突。骨が折れるかのような一撃にクリュウは顔を歪め、軽々と吹き飛ばされた。

「先輩ッ!」

 地面に激しく叩きつけられ、何度か転がりながら倒れたクリュウにルフィールが血相を変えて駆け寄る。それを見たシルフィードは閃光玉を取り出すとイャンガルルガの眼前に投擲。炸裂する膨大な光量で再び視界を封じられたイャンガルルガはクリュウへの追撃を阻止された。すかさずレイヴンが駆け寄りブーメランとピッケルで攻撃し、シルフィードも動けずにいるイャンガルルガに向かって蒼刃剣ガノトトスを力任せに叩き込む。

 半身を起こしたクリュウは激痛に耐えながら回復薬グレートを飲み干す。痛む脇腹に手を当てると、手甲にわずかな血が付いた。どうやらトゲの一部がディアブロメイルの装甲を貫いて皮膚にまで達してしまったらしい。傷の具合は大した事はなく、これならあとで手当てすれば問題はないだろう。ほっとひと安心した時、視界がぐにゃりと歪んだ。

「……あ」

 気がつくと、地面が視界の右端にあった。それが自分が倒れている事だと気づくのには少し時間が掛かった。まるでモヤが掛かったかのように、思考がスッキリしない。そればかりか吐き気や激しい倦怠感、鈍痛などが体を蝕む。起き上がろうとしても体が言う事を聞かず、全く体を起こせない。困惑していると、視界の隅に慌てた様子で駆け寄って来るルフィールの姿を捉えた。

「先輩ッ!」

 ルフィールは腰の道具袋(ポーチ)から解毒薬を取り出すと、倒れているクリュウを抱き起こし、ディアブロヘルムを脱がせて素顔を晒し、焦点の定まらない目で自分をぼーっと見ているクリュウの口に解毒薬のビンの縁を当てた。

「飲んでください」

 言われた通り、口の中に入る解毒薬を吐きそうになるのを我慢して喉の奥に押し込む。するとすぐに効果が表れ、体を蝕んでいた様々な障害がキレイさっぱり消え去った。

 クリュウの瞳の焦点が定まり、顔の血色も良くなったのを見てルフィールは安堵する。

「ルフィール……?」

「具合はいかがですか先輩?」

 ルフィールの腕から起き上がったクリュウは一度軽く首を横に振って視界を確かめると「大丈夫みたい」と答える。それを聞いてルフィールは安心するとディアブロヘルムを彼に返した。

「気をつけてください。イャンガルルガの尻尾には強力な毒針がありますから、皮膚にわずかに触れただけでも毒状態になります」

「わかってたんだけどね。まさかサマーソルト以外の攻撃でも毒に侵されるとは思わなかったよ」

「尻尾のトゲには当たらないよう注意してください」

 それだけ忠告するとルフィールは弓を構えて未だ視界を封じられてシルフィードとレイヴンの攻撃に晒されているイャンガルルガに突撃する。矢から引き抜いたのは通常の矢ではなく強撃ビンを備えた強撃矢。旋回攻撃でシルフィードとレイヴンを追い払おうとするイャンガルルガの頭を狙い、限界まで引き絞った一矢を解き放った。風を切り裂いて飛翔する矢は寸分狂わず旋回を終えたイャンガルルガの側頭部に命中。途端に強撃ビンが割れて爆発。イャンガルルガは短く悲鳴を上げて蹈鞴(たたら)を踏む。

 ギロリとイャンガルルガが睨む先には、弓を構えたルフィールが立つ。その激怒に満ちた視線で睨まれたルフィールはビクリと震えるが、負けないとばかりにイビルアイで睨み返す。

「ギョワアアアァァァッ!」

 イャンガルルガは怒号を上げながらルフィールに向かって全力で走り出す。体を左右に揺らしながら無我夢中で彼女を叩き潰そうと走るが、ルフィールはそれを横へ走って回避し、すれ違いざまに一矢を背中に向けて放つ。

 目標を見失っても急に止まる事はできず、イャンガルルガはしばらく走った後に体を投げ出すようにして倒れて体を強制停止する。起き上がるまでのわずかな間、それを無駄にしない為にシルフィードが駆け寄る。

 ゆっくりと起き上がるイャンガルルガの尻尾。無防備に晒されている尻尾の先端に向かってシルフィードは背負った蒼刃剣ガノトトスの柄に手を当て、引き抜くと同時に躍動する筋力を駆使して全力で振り下ろす。刃先は寸分違わず黒狼鳥の尻尾に当たるが、たった一撃では致命打にはならない。

 まるでダメージを負っていないかのように振る舞うイャンガルルガを前に舌打ちし、次なる一撃を構えるシルフィード。だがその眼前でイャンガルルガの尻尾が大きく動くと、イャンガルルガはその場で体を旋回させ、ムチのように尻尾を振るってシルフィードを襲う。激突寸前でシルフィードは蒼刃剣ガノトトスでガードするも、彼我の力の差は歴然であり大きく後退を余儀なくされる。

 シルフィードが後退したのを見てすかさずレイヴンがイャンガルルガへと走り寄り、脚元で動き回りながらピッケルを振るってイャンガルルガを翻弄する。それに合わせてルフィールも中距離を保ちながら次々に矢を放つ。ルフィールとレイヴンの連携攻撃は言うまでもなく見事だ。ルフィールはレイヴンの動きを見て彼に当たらないように矢を放ち、レイヴンもイャンガルルガの意識がルフィールの方へ向かないように気を逸らしている。

 だがイャンガルルガはそんな連携攻撃を物ともせず翼を広げ、咆哮(バインドボイス)を放ちながら体を浮かせて後退。脚元にいたレイヴンと比較的距離を詰めていたルフィールを咆哮(バインドボイス)で動きを封じつつ、距離を取った。すかさず前方で動けずにいる敵に向かってイャンガルルガは容赦のない三連ブレスを撃ち放った。

 ブレスの一発はレイヴンの近くで炸裂。爆風に彼の体は吹き飛ばされるが、大したダメージは負わなかったらしい。ルフィールも至近距離で炸裂したブレスを横へ跳んで回避した。

 だがイャンガルルガの猛攻撃は止まらない。今度はルフィールに狙いを付けて単発のブレスを撃ち放つ。迫る業火の一撃に再び横へ跳んでギリギリの所で回避する。何とか避けられたものの、ルフィールの表情はかなり辛そうだ。

 弓使いは限界まで弦を引き絞って矢を放つ為、見た目に反してボウガンなんかよりもずっと体力を使う。それに加えてギリギリ回避の連続は普通に動く時よりもずっと体力を使う。ハンターとして鍛えているとはいえ、それでも十代中頃の少女に変わりはない。呼吸は乱れ、体の動きが少し鈍くなる。そのわずかな鈍さが、狩場で命取りになってしまう。

 イャンガルルガはまたしてもルフィールを狙って単発ブレスを撃ち放った。シルフィードが阻止しようと投げた閃光玉は一瞬遅く、ブレスが放たれた直後に炸裂。イャンガルルガは動きを封じられるが、放たれたブレスは止まらない。

 迫り来るブレスに慌てて再び回避しようと動く――その瞬間、急に足から力が抜けて転倒してしまった。度重なるスタミナ消費は、確実に彼女の体に疲労という形で蓄積されていた。

「しまった……ッ」

 立ち上がり、再び回避するには時間が足りない。迫り来るブレスを前にしてルフィールはとっさにパワーハンターボウ1でガードしようとするが、いくら弓の中でも耐久力があるパワーハンターボウ1でも、所詮は弓。イャンガルルガの火球ブレスをガードできる程の強度はない。

 迫り来るブレスを前に愕然とした時、自分とブレスの間に滑り込む者がいた。ハッとなってその背中を見て、ルフィールは泣きそうになった。

 学生時代のハンターシリーズとは比べ物にならないほど強固で無骨なデザインのディアブロシリーズ。ヘルムまでしっかり被っている為その表情を見る事はできないが、それでもその背中の温かさを、自分は知っている。

「先輩……ッ!」

 ルフィールを背後にブレスの前に立ち塞がったクリュウはすかさず盾を構えながら膝を折り、腰を落としてガードの体勢になる。直後、ブレスが爆発。爆炎がクリュウとルフィールを呑み込んだ。

「クリュウッ!」

「ルフィールッ!」

 シルフィードとレイヴンの悲鳴が上がるが、それは杞憂だった。

 立ち上る黒煙は風に払われ消え去る。そこには確かにクリュウとルフィールの無事な姿があった。

 倒れたルフィールは呆然とクリュウの背中を見詰め、彼女の前に立つクリュウは鎧や盾から黒煙を上げながらもまるでダメージなどないように立っている。

「怪我はない?」

 振り返らずに問い掛けるクリュウの言葉にルフィールは「は、はい」と自分が無事な事を伝える。その返答に安心したのかクリュウは余計に入っていた肩の力をそっと落とす。

「せ、先輩こそ平気なんですか?」

「ディアブロシリーズの堅牢さは折り紙つきだよ。ガードすればあれくらいの攻撃大した事じゃない」

 イャンガルルガのブレスを大したものじゃないと言い切るクリュウの言葉にルフィールは目を丸くして驚いた。確かに上級飛竜に位置づけられるディアブロスの素材を使ったディアブロシリーズは強力な防具だ。その堅牢さがあればイャンガルルガのブレスでさえ防ぐ事はできるかもしれない。だが、いくら強力な防具を着ているとわかっていても、人間には恐怖心というものがある。迫り来る火球を前にしてそう簡単にそれを克服できるものではない。それをねじ伏せるには、それこそ場数を踏む必要があるだろう。

 だからこそルフィールは改めて知った。彼がそれだけの場数を踏んで来た事を。自分が知る一年半前とは比べものにならない程、彼が成長していた事を――以前よりも、ずっとかっこよくなっている事を。

 呆然と彼を見上げていると、そっと目の前に手を差し伸べられた。その優しい手を追えば、ディアブロシリーズを纏った彼と目が合う。無骨なディアブロヘルムで彼の顔は見る事はできない。それでも、隙間から覗く若葉色の瞳はとても優しかった。

「立てる?」

「は、はい」

 ルフィールは彼の手を取って立ち上がる。心なしか引かれる時の力も以前よりも強くなっているように感じた。

 立ち上がると、まるで自分を激励するように彼が背中をポンポンと叩いた。ヘルムの隙間から覗く瞳は柔らかく、どんなに無骨な鎧を纏っていても、彼の体からは自分を安心させてくれる優しさが、温かさを感じる。

「――援護、任せたよ」

 彼はそう言い残すと、すでに攻撃を開始しているシルフィードとレイヴンの方へ走っていく。

 月明かりに照らされる彼の背中をぽけぇっと見詰めていたルフィール。頭の中で反芻される彼の言葉に、自分の中で言葉では言い表せない熱が溢れる。

 胸が熱く高鳴り、顔には自然と笑顔が浮かぶ。弓を握り締める手にも力が入り、二色の瞳(イビルアイ)はキラキラと目映く煌めく。

「任せてくださいッ」

 大声でそう答えると、ルフィールは弓を構える。弦に番える矢の数は五本。彼女が一斉に撃ち放てる最大数だ。ギリギリと弦を軋ませながら狙いを定めるは閃光玉を受けてその場でグルグルと旋回しながら尻尾を振り回すイャンガルルガの直上。

 狙いを定め、限界まで引き絞った弦を一気に解放。パァンッという心地良い音と共に五本の矢が一斉に放たれ、闇夜を切り裂きながら飛翔。そして、それら五本全てがイャンガルルガの背中や翼に命中する。

 遠距離からの難しい五本撃ち、それも全本命中。並みの実力では不可能な技を、彼女はやり遂げてみせた。

 ――だが、ルフィール・ケーニッヒの本気はこんなもんではない。

 腰に伸ばした手はスルリと道具袋(ポーチ)の中へ潜り込み、中を弄る。取り出したのは強走薬と怪力の種、どちらも一時的にスタミナと筋力を強化する道具(アイテム)だ。黄色い液体、強走薬の入ったビンのコルクを抜き、手にした怪力の種を一粒口に放り込むと、一気に強走薬を飲んで一緒に呑み込む。天空を見上げるように体を反らしながら一気に飲み干し、拳で唇の端に垂れる液体を拭い取る。月夜の下で、イビルアイが不敵な輝きで煌めいた。

「……ボクの本気、先輩に見せてあげます」

 ――刹那、ルフィールの姿が消えた。否、一瞬にして走り出した為消えたように錯覚したのだ。それほどまでに彼女は速かった。

 姿勢を低くしながら突貫する彼女は、俊足を誇るサクラにも匹敵する速度でイャンガルルガに迫る。

 イャンガルルガに向かって走っていたクリュウは背後から迫る気配に振り返る。その瞬間、ルフィールがすさまじい速度でルフィールが抜き去った。驚く彼の前で、ルフィールはさらに彼を驚かせる行動に出た。

 走りながら腰に備えた矢筒から五本の矢を引き抜き、構えた弓の弦に番える。前方のイャンガルルガに狙いをつけ、番えた五本の矢を一斉に撃ち放った。闇夜を飛翔する五本の矢は全てがイャンガルルガの背中や翼に命中するが、そのほとんどが弾かれてしまう。だが、それでも閃光玉呪縛から脱したイャンガルルガの意識が確実に彼女の方へと向いた。

 ルフィールの方を向いた瞬間、イャンガルルガは彼女に向かってジャンプするように駆け出し、彼女の眼前で何度もクチバシをハンマーのように振るい落とす。だがルフィールはそれをギリギリで転がるようにして回避すると、イャンガルルガのすぐ首の下へ抜ける。起き上がると同時に矢筒から矢を二本取り出して両手にそれぞれ一本ずつ構える。

 ギョロリとイャンガルルガの目が動き、視線がぶつかる。その瞬間ルフィールはクチバシに向けて二本の矢を叩き込んだ。クチバシのわずなか隙間を狙って矢を捩じ込む。その鏃のすぐ下に光るのは――強撃ビン。

 クチバシの中に矢を捩じ込むとすぐさま矢を離して腕を引き戻す。刹那、強撃ビンが割れてイャンガルルガの口の中で爆発した。

「ギョワァッ!?」

 突如口の中で起きた自分の意志とは関係のない爆発にイャンガルルガは悲鳴を上げて仰け反った。それを見る事もなくルフィールは矢筒からさらに五本の矢を抜き放つと、すかさず弦に番えて引き絞る。そして至近距離から一斉にイャンガルルガに向けて撃ち放った。それらのビン全てには強撃ビンが装填されており、命中と同時に爆ぜる。

 ルフィールの連続攻撃にイャンガルルガは黒煙を上げながら怒号を放つ。だが彼女の方へ向こうとした瞬間に彼女とは反対側の側頭部で爆発。意識が削がれる。レイヴンの投げた小タル爆弾だ。

 レイヴンの攻撃で一瞬イャンガルルガの意識がルフィールから離れる。だがその一瞬が、レイヴンの生み出したルフィールに対する援護だ。

 イャンガルルガの意識が離れた一瞬の隙を突いてルフィールはイャンガルルガの腹の下に潜り込むと、腰に下げていた打ち上げタル爆弾二発をすかさず設置。ピンを抜いて離脱する。直後、打ち上げタル爆弾が飛び上がり直上の腹で炸裂。イャンガルルガは低く唸りながら足を滑らせながら尻尾を振るう。だがルフィールはそれを屈んで回避すると、バックステップで距離を取りながら矢筒から取り出した矢三本を一斉に放つ。振り返ったイャンガルルガのクチバシに命中し、装填された強撃ビンが爆ぜる。

「ギャアアアァァァッ!」

「――私の事も、忘れてもらっては困るぞ」

 音に敏感な耳が捉えたのは、そんな小さくも凛とした声。直後、後頭部に蒼刃剣ガノトトスが炸裂した。鱗の一部がひしゃげ、水と血が暴れ狂う。激痛に耐えながら振り返ると、そこには巨大な剣を構えて不敵に微笑む戦姫シルフィードの姿が。

「あまりガンナーが前に出るの感心しないが、君はどうやら剣士としての才能もあるようだな」

「遠近両道、それが私の弓道です」

「なるほど。だがまぁ、無理はするなよ」

 横に並んで弓を構えるルフィールに不敵に笑いながらそう忠告すると、シルフィードは向き直るイャンガルルガに突っ込む。それに対してイャンガルルガは三連ブレスで迎え撃った。

 激しい爆発を自身の前方、帯状に炸裂させて敵の接近を阻む。確かにその一撃はシルフィードの接近を阻んだ。だが、彼はシルフィードだけではなくもう一人のハンターの存在も忘れていた。

 ブレスを撃った直後の一瞬の隙。背後から迫ったクリュウは小タル爆弾G二発を投げ放つ。放物線を描いて飛翔する小タル爆弾Gはそのどちらもがイャンガルルガの足下で炸裂した。

「ガァッ!?」

 足下での突然の爆発にバランスを崩したのか、イャンガルルガは転倒する。そこへクリュウがオデッセイ改を構えて襲いかかる。

「ここならどうだッ!」

 倒れた事で足下にまで下がった尻尾に向かってクリュウは剣を上段から振り下ろす。刃先が炸裂した瞬間、確かな手応えが剣越しに伝わって来る。その瞬間、ディアブロヘルムの下で笑みが浮かぶ。

「やっぱり、ここなら弾かれないッ」

 クリュウは予想通りの結果に喜んだ。

 事前にシルフィードのノートを熟読したクリュウは、イャンガルルガは体全体が鋼鉄でてきているかのように硬い事もわかっていた。その中で剣士である自分はどこを攻めれば良いか、その答えは彼女がしっかりと書き記していた。

 全体は確かに鋼鉄のように硬いイャンガルルガだが、動きを制限できない場所は比較的柔らかい。その場所が頭と尻尾だった。尻尾も確かにイャンクックなどに比べれば硬いが、弾かれる程ではない。

 クリュウはシルフィードの知識通り、やっと自分が狙える場所を見つけたのだ。

「このぉッ」

 だが同時にそこは常に自分の身長と同等の高さにある難所。だからこそ、こうして狙いやすい高さにまで下がったこの瞬間を無駄にはできない。

 そこへイャンガルルガが放ったブレスの爆煙の中からシルフィードとルフィールが現れる。状況を瞬時に理解した二人はすぐさま攻撃に転じた。

 シルフィードは正面からイャンガルルガの頭の前に立ち、その場で腰を落として剣を背負うように溜め斬りの構えを摂る。ルフィールもまたイャンガルルガから中距離を保つと矢を三本取り出す。その場で道具袋(ポーチ)とは違う袋から取り出したのはビン。だがこれまで使っていた強撃ビンではなく、黄色い液体の入ったビン。それはマヒダケから抽出した麻痺毒が入った麻痺ビン。ルフィールはそれを矢に手早く縛り付けると弦に番えて引き絞る。狙うは倒れているイャンガルルガのがら空きの背中。風が消えたその瞬間、限界まで引き絞った弦と矢を一斉に指先から離す。解放された矢は闇を切り裂きながら飛翔し、倒れているイャンガルルガの背に命中。ビンが割れ、中に入った麻痺毒がブチ撒けられる。マヒダケの毒は触れただけでその効果を発揮する。鱗の間から中の肉へ染み込み、確実に麻痺毒がイャンガルルガの体内に蓄積される。だがその巨体故に毒が効果を発揮する為にはこの程度ではまだ足りない。ルフィールは続けざまに麻痺ビンを矢に結び構える。だが彼女が狙いをつけようとした瞬間、イャンガルルガがゆっくりと起き上がった。

 起き上がったイャンガルルガの頭部目掛けてシルフィードは限界まで力を溜めた一撃を叩き落とす。だがイャンガルルガはその一撃を耐えると、そればかりか力勝負で彼女の刃を押し返してしまった。

 思わぬ反撃にシルフィードは剣を取り零して転倒した。

「しまった……ッ」

 慌てて地面に落ちた剣に手を伸ばすが、蒼刃剣ガノトトスが落ちたのは彼女から少し距離のある所。とてもじゃないが手が届きそうにはない。そしてイャンガルルガは、その絶好のチャンスを無駄にするような相手ではなかった。

 目の前で倒れるシルフィードに狙いを定め、イャンガルルガは勢い良く息を吸い込む。喉の奥で火花が迸った瞬間、必殺の火球ブレスを撃ち放った。

 爆音を轟かせながら撃ち出された火炎の砲弾はシルフィードを襲う。直撃かと思われたが、彼女は寸前の所で無理矢理体を動かして体をほんの一メートル程ずらした。そのわずかな距離が、彼女を直撃から救った。だが、

「があああぁぁぁッ!?」

 至近弾には変わりはなく、着弾と同時に爆ぜた爆風が彼女を襲い、吹き飛ばした。

「シルフィッ!」

 クリュウは慌てて閃光玉を投げようとするが、そこへ思わぬ妨害を受けた。

「キキィッ」

 突如甲高い鳴き声と共に、背後から何かに体当たりされる。バランスを崩したクリュウは閃光玉を投げる事はできずにそのまま転倒した。

「な、何ッ!?」

 襲われた背後を振り返ると、そこには人間の子供程の大きさの巨大な昆虫がいた。青い甲羅で身を覆い、くすんだ赤く細長い脚で跳躍を得意とするモンスター。

「か、カンタロス……ッ!?」

 起き上がりながらクリュウはカンタロスを睨みながらヘルムの下で唇を噛んだ。

 この狩場には何もイャンガルルガしかモンスターがいない訳ではない。夜の密林ではカンタロスが出現する事は予想できていた事だった。なのに、自分はイャンガルルガにばかり目を向けていてその存在をすっかり失念していた。それが、こんな形で自分の行動を妨害するとは。

「くそ……ッ」

 クリュウはすかさずカンタロスをオデッセイ改で殴りつける。一撃では足りず何度か攻撃を当てるとカンタロスは呆気無く砕け散った。邪魔者を排除したクリュウはすぐさま吹き飛ばされたシルフィードの姿を探す。するとブレスの着弾点から数メートル離れた場所でシルフィードは倒れていた。慌てて駆け寄ろうとすると、それを制止するかのようにシルフィードが身を起こす。

「……つぅッ、さすがに今のは効いたな」

 そう言いつつも大してダメージはなさそうだ。幸いにも彼女が着ているのはリオソウルシリーズ。高い防御力に加えて優れた耐火特性を持つ。ブレスの至近弾ならそれほどのダメージにならないらしい。

 起き上がったシルフィードはそのまま戦線を離れるように後退する。いくら大丈夫と言っても回復しないで戦える程ではない。彼女が抜けた隙を埋めるようにクリュウ、ルフィール、レイヴンがイャンガルルガに殺到する。だがイャンガルルガはそれを拒むのように甲高い咆哮(バインドボイス)を放って彼らの動きを封じる。運悪く、シルフィード以外は全員耳栓スキルを持たない為にその攻撃で全員が足止めを食らってしまう。

 シルフィードは回復薬グレートを飲み、携帯砥石を使っていた所ですぐに加勢に加える状況ではなかった。

 咆哮(バインドボイス)を終えたイャンガルルガはまだ動けずにいる目の前の敵、レイヴンに向かって狙いを定めると体を反らし、天高くまで上げた首を一気に振り落とした。

「ニャはぁ……ッ!?」

 クチバシをハンマーのように地面へ叩きつける一撃。レイヴンは回避できずにその一撃の直撃を受けて地面に体を沈める。ゆっくりとクチバシが上げられると、激痛に苦しみながら力なくレイヴンが横たわっていた。

 遅れて体の自由を取り戻したルフィールはすぐさま弓を構えると麻痺ビンを装填した矢を一斉に放つ。炸裂する矢の連撃にイャンガルルガの意識がレイヴンから離れた。

「先輩ッ!」

「わかってるッ」

 ルフィールが叫ぶ前に走り出したクリュウは彼女の方に意識が向いている間にイャンガルルガの懐に潜り込むと、倒れているレイヴンを救出する。ぐったりとしている彼の小さな体を抱き上げて離脱を図る。

「大丈夫?」

「……余計な真似するニャ」

「大丈夫みたいだね」

 言い返せるだけの元気はあるようなので一安心するクリュウ。彼を抱き抱えたまま一度エリアの隅へ移動するとそれを補うようにシルフィードが戦線に復帰する。

「はあああぁぁぁッ!」

 勇ましい咆哮と共に振り返るイャンガルルガの顔面に蒼刃剣ガノトトスを叩きつける。が、寸前の所でイャンガルルガは咆哮(バインドボイス)と共に空中へ逃れる。目標を失った刃先は虚空を斬り、地面に深々と突き刺さる。

「……チッ」

 舌打ちしながら急いで剣を地面から引き抜く。と同時にクリュウの方を見ると、彼はエリアの隅にある林の中へ飛び込んだ。おそらく、イャンガルルガが入り込めない木々の密集した場所にレイヴンを避難させているのだろう。

 クリュウはすぐ戻るとしてもレイヴンが抜けた穴をどう埋めるか。瞬時に作戦を練り直しながらシルフィードは蒼刃剣ガノトトスを構える。

 風を纏いながら地面に着地するイャンガルルガ。その背中に三本の矢が炸裂し、備えられたビンが割れて麻痺毒が迸った。

 イャンガルルガから中距離を保ちながら的確に麻痺ビンを備えた矢を放つルフィール。先程からかなり動き回っているが、息は全く乱れていない。

 先程彼女が飲んだのは強走薬と呼ばれる薬品で、強走薬グレートと並んでこんがり肉なんかよりもずっと腹持ちして一時的にスタミナを底上げする効果がある。一説には狩場で消費するカロリーの何分の一に相当するカロリーが入っているとされる、究極のスタミナ飲料と言える。鬼人化の際にスタミナを激しく消費する双剣使いは特に使用者が多く、次いでハンマー使いや弓使い、ランス使いなども愛用者が多い道具(アイテム)だ。

 さらに彼女が先程強走薬と一緒に呑んだ木の実もまた愛用者が多い怪力の種。こちらも一時的に筋力を強化して身体能力を飛躍的に向上させる効果がある。特に腕力を強化する効果がある為、攻撃力を上げる木の実としてハンターの間では有名な木の実だ。

 薬と木の実の効果で飛躍的に身体能力を向上させたルフィール。その身体能力は一時的ではあるがあのサクラにも匹敵するだろう――問題は、そういう物を使わなくてもすでに並外れた身体能力を持つサクラはやはり人間離れしているという証明にもなる事だが、ここではあえて触れない事とする。

 手早く三本の矢にそれぞれ麻痺ビンを縛り付けて弦に番えると、弓を構え、狙いをつけながら弦を引っ張る。ギシギシと軋むアッパーリムとロアーリムが、彼女の筋力が飛躍的に強化されている事を物語っている。

 限界まで引き絞り、十分に力を溜めてから矢を放つ。放たれた矢は一直線にイャンガルルガの首元、脇腹、太股にそれぞれ命中し、割れたビンの中からブチ撒けられた麻痺毒が確実にイャンガルルガの体内へと蓄積される。

「まだダメですか……」

 依然麻痺する兆候のないイャンガルルガを見てルフィールは舌打ちする。イャンクックならすでに麻痺状態になっていてもおかしくないが、やはり相手は最強の鳥竜種。飛竜種並みの身体能力があるとすれば、まだあと数発は当てないと麻痺状態にはできないだろう。

「……こちらのビンには限りがある」

 調合素材も一応持って来たが、それでも麻痺ビンには限界数がある。さらに言えば麻痺状態になる事を繰り返しているうちに耐性ができてしまい、回を重ねるごとに必要になる麻痺ビンの数は増えてしまう。数に限りがある上に、無駄遣いもできない。

「だったら……ッ」

 ルフィールは矢を麻痺ビンを備えた矢を一本矢筒から引き抜くと弦に番えたまま走り出した。ギリギリと弦を引きながら弓を軋ませ、イャンガルルガに突撃する。

 着地と同時に矢を受けた為、イャンガルルガも接近して来るルフィールに意識が向いている。正面から突っ込んで来るルフィールに対してイャンガルルガは三連ブレスで迎え撃つ。

 扇状に放たれた火球ブレスは辺りを一瞬で焼き払う。あまりにも広大な範囲を攻撃され、接近しようとしていたルフィールは完全に足止めを食らって動けなくなる。

「チッ……」

 舌打ちしながら正面を見ると、イャンガルルガは彼女目掛けて突進を仕掛ける。迫り来るイャンガルルガに対してルフィールは横へ走ってその射線上から逃れて何とか回避。イャンガルルガは体を投げ出すようにして地面に倒れ込んで身を止める。そこへレイヴンを脱出させたクリュウが戦線へ復帰し、すぐ傍にいるイャンガルルガに向かって襲い掛かる。

 レイヴンを安全な所に置いたついでに携帯砥石を使って刃の切れ味も回復させた。鋭い刃先が捉えたのはまたしてもイャンガルルガの尻尾。先端の膨らんだ部分と細く靱(しな)やか尻尾本体を繋ぐ付け根の部分を狙って振り下ろした一撃は弾かれる事なく鱗の一部を吹き飛ばし、確かな手応えをと共に血が爆ぜる。

 だがもう一撃を入れようとした所でイャンガルルガは立ち上がってしまい、尻尾はまたしても狙いづらい高さへと離れてしまう。そうなればいつまでも危険なイャンガルルガの攻撃範囲内に留まる必要はなく、すぐに離脱を図る。

 起き上がったイャンガルルガは振り返る。比較的近くにいて攻守どちらにも動ける構えのクリュウの姿を確認すると脚を滑らせるように地面を撫で、尻尾を揺らしながら低い声で唸る。刹那、イャンガルルガは天高く咆哮(バインドボイス)を轟かせた。

 甲高い怒号が辺りに響き渡り、近くにいたクリュウの動きを封じた。耳を押さえながら蹲(うずくま)る彼を見て様子見で距離を取っていたシルフィードは慌てて距離を詰める。だが、そんな彼女の目の前でイャンガルルガが動く。

 クリュウに正面を向けると、ゆっくりと顔をもたげる。それは飛竜種がブレスを撃つ際の予備動作。クリュウは頭では次にブレスが来る事がわかっていても、本能にある恐怖心を刺激されて動けずにいる体に焦る。このままではブレスの直撃を食らってしまう。

 クリュウが狙われている。それを見てルフィールが動いた。

 ギリギリと弓を軋ませながらイャンガルルガに狙いをつける。その距離は五〇メートルなど優に超えてしまっている。それでも、彼女はイャンガルルガの一部分を狙って、限界まで弦を引き絞って必殺の一矢を放った。

 闇夜を切り裂き、空気の壁を貫きながら飛翔する一矢は寸分狂わずブレスを撃つ為に喉の奥で火花を迸らせたクチバシの中へ飛び込み、炸裂した。

 衝撃で備えられた麻痺ビンは割れ、中にあった麻痺毒が飛び散る。それも、鎧などがわずかもない全てが肉の壁に覆われた口腔内で――その瞬間、ルフィールに笑みが浮かぶ。

「薬は注射より飲むのに限りますよ、黒狼鳥さん」

 ――刹那、イャンガルルガはその場で痙攣して動きを止めた。ルフィールの放った麻痺矢による効果がようやく発揮されたのだ。

「よくやったぞケーニッヒッ!」

 シルフィードは嬉々と叫びながら彼女が生み出したチャンスにイャンガルルガへ突撃を仕掛ける。

 一方、クリュウは目の前で硬直しているイャンガルルガを前に自身もまるで麻痺毒を受けたかのように硬直していた。否、呆然と立ち尽くしていたのだ。

「先輩ッ!」

 そんな彼の耳に、頼もしい後輩の声が届く。振り返れば、麻痺ビンから再び強撃ビンに切り替えた弦に番えて弓を構えるルフィールと目が合う。その瞬間、ルフィールは頼もしい笑みを浮かべた。闇夜で、彼女のイビルアイが神秘的に煌めく。

「――ボクが作った隙、無駄にしないでくださいねッ」

 彼女の言葉に、少しずつクリュウの目に輝きが戻る。そしていつもの頼もしい顔に変わると、確かなうなずきで答えた。

「任せといてッ!」

 クリュウはすぐに走り出し、イャンガルルガへ襲い掛かる。そんな彼を援護するようにルフィールも彼の後ろに続きながら支援射撃。走りながら矢を番えては、狙いを定め、撃ち放つ。その動作を、目にも留まらぬ早さで繰り返す。

 すでに痺れるイャンガルルガの正面ではシルフィードが蒼刃剣ガノトトスを構え、溜め斬りの為に腰を落として力を蓄えている。躍動する筋力を押さえ込み、暴れ狂う力を制御する。次に解放する時は、それらが全て全力の攻撃の原動力へと変わる。

 次なる攻撃に備えて沈黙しながら力を蓄える彼女の横を通り抜け、クリュウが肉薄する。痙攣すると筋肉が縮まる影響から関節が全て折り曲がり、その結果黒狼鳥の尻尾も狙いやすい位置にまで降りていた。

「今ならッ!」

 ルフィールが作ってくれた隙を無駄にしない為にも、クリュウはこの機会を逃さない。構えたオデッセイ改を、助走の勢いも加えて全力で振り下ろす。刃先が当たった瞬間、僅かに鱗に跳ね返される感触。それを力押しで封じて刃先を押し込むと、今度は肉を斬る確かな手応えに変わる。

 すぐさま剣を戻し、今度は左右から斬り払うようにして何度もオデッセイ改を叩きつける。

「うおらぁッ」

 勇ましい声と共にクリュウは右足を軸として体を回転。構えたオデッセイ改を横に一閃。全力の回転斬りをイャンガルルガの尻尾に叩き込む。それと時を同じくして、シルフィードも静から動へ移り変わる。

「はあああああぁぁぁぁぁッ!」

 力強い叫び声と共にシルフィードは背負った蒼刃剣ガノトトスを背負い、そして振り落とした。その強大な一撃は狙い狂う事なくイャンガルルガのクチバシに叩き込まれる。刃先がクチバシを叩いた瞬間、黒狼鳥の鋭いクチバシの一部が砕け散った。

「ギャワアアアァァァッ!?」

 狩りが始まって以来のイャンガルルガの悲鳴が響き渡った。

 クチバシの部位破壊をやり遂げ、口元に笑みを浮かべながらシルフィードは続けてハンマーのように自身を中心に重い剣を振るって回転斬りを叩き込み、すかさずその勢いを利用して斬り上げ、再び振り落とす。

 シルフィードとクリュウが容赦のない攻撃を仕掛けているのと同時並行して、ルフィールも強撃ビンを備えた矢を撃ちながら接近すると、イャンガルルガの懐へと潜り込む。すぐさまそこで打ち上げタル爆弾を二発発射し、そのまま真下から腹部に向かって連続して強撃ビンを装着した矢を撃ち上げる。会敵してから休む暇もない緊張感が続いているのに、彼女は的確にして間髪入れぬ連続射撃を続けている。彼女の腕が新人のそれを遙かに上回っている証拠だ。

 麻痺状態にあるイャンガルルガは文字通り指一本動かせず、クリュウ達の一方的な攻撃を受け続ける事になった。シルフィードは力の限り蒼刃剣ガノトトスを振るい、クリュウもまた連続してオデッセイ改を縦横無尽に振るう。どちらも付加属性の水飛沫が迸り、イャンガルルガの体表を血と共に濡らす。密林でも生息できるのにも関わらず、イャンガルルガの鱗などは湿気に弱く、湿るとその強固さが幾分か失われる事が学術研究で実証されている。原因は不明だが、黒狼鳥が水属性に弱いという事はハンター達の常識となった。

 その常識の通り、二人の剣士が水属性の剣を振るう。風に揺れるポニーテールの隙間から覗くシルフィードのうなじには薄っすらと汗が浮かんでいる。額にも浮かぶ汗が、彼女の激しい動きの対価を意味している。

 二人の剣士の猛攻撃に連携するようにルフィールも弓を折り畳むと、再び両手にそれぞれ矢を強撃ビンを装着した矢を構えると、痺れて動けずにいる脚に向かって矢を振り下ろす。当然鏃は堅牢な黒狼鳥の鱗を突破する事はできない。それでも鏃が激突する瞬間に爆ぜる強撃ビンの爆発は確実なダメージとして蓄積される。爆発する一瞬前に手を離しているのでルフィールは無事。それを繰り返して何本もの矢を連続して脚に振り下ろし、爆発させる。それはまるで爆弾で殴りつけているかのような豪快な攻撃だ。

 しばらくの間クリュウ達の猛攻撃は続いたが、いつまでもイャンガルルガの巨体を封じられる程麻痺毒の効果は長くはない。強烈な一撃を叩き込んだシルフィードは蒼刃剣ガノトトスを背負うとすぐにその場から離脱を図る。それを見てクリュウも体全体を使っての回転斬りを一撃入れた後にイャンガルルガから離れる。そんな二人の様子を見てルフィールもすぐに懐から離脱すると何も備えていない通常矢に切り替えて援護射撃を開始する。

 三人が突発的な攻撃可能な範囲を脱すると同時に、イャンガルルガの麻痺毒による拘束が解かれた。

 体の自由を取り戻したイャンガルルガ。自らを束縛し、一方的に身を痛めつけた相手に対する憎悪は、すでに彼の激情を噴火させる程にまでなっていた。

「ギュワアアアアアァァァァァァッ!」

 一際甲高く大きな激咆を天空高く轟かせ、イャンガルルガは激しい激情と共に地団駄を踏むようにその場で何度もジャンプしながら首を激しく上下に振り回す。

 内燃機関である火炎袋が制御レベルを超えて燃え盛っているのか、クチバシの端からは溢れ出した火炎液が漏れ、空気に触れて火花を散らす。呼吸が乱れているせいか火炎袋内で酸素が足りずに不完全燃焼を起こしているのだろう、口の端からは火花と一緒に黒煙も噴き出している。

 黒煙を吐き散らしながら怒号を上げて怒り狂うイャンガルルガ。その瞳にはもはや理性の欠片も残されていない、それはまさに獣。怒りに身を任せた暴れる脅威――怒り状態だ。

 スゥ、とイャンガルルガは息を吸い込むと、前方に散る敵に向けて連続して三発のブレスを撃ち放つ。轟音と共に撃ち出された火球は通常時のそれよりも遙かに色が濃い。それはつまり、温度も威力も桁違いに跳ね上がっている証拠だ。

 着弾と同時に火球は爆ぜ、激しい爆発と爆風を当たりに炸裂させる。暴れ狂う暴風はそのままクリュウ達を襲い、動きを封じた。その爆風と目の前で吹き飛ぶ地面を見れば、その桁違いの威力がどれほどまでに凶悪かなど異とするに足りない。

 怒り狂うイャンガルルガと真正面から対峙するクリュウは静かにその姿を視界に納めながら、オデッセイ改を握り締める手に力を入れる。相手の動きに合わせて動けるように構え、意識を集中させる。その時、

「撤退するぞッ!」

 シルフィードの指示が飛ぶ。これからだと思っていたクリュウは些かその指示に困惑するが、理由を問うほどの時間はない。すぐにシルフィードは閃光玉を投擲してイャンガルルガの動きを封じ、さらにペイントボールを投げて匂いを塗り重ねる。これでまたしばらくはイャンガルルガを見失う事はない。

 シルフィードはすぐに荷車を回収すると、先頭を走って離脱を図る。クリュウはルフィールと合流すると、その場で咆哮(バインドボイス)を轟かせて辺りを威嚇するイャンガルルガを横目にエリアからの離脱する。

 イャンガルルガが完全に視界を取り戻した時、すでにエリア4には虫一匹すら動くものは何もいなくなっていた。


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