モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第185話 一抹の不安を残して 黒狼鳥の咆哮に始まる狩猟

 

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 イージス村を出発し、竜車に揺られながら数日。クリュウ、シルフィード、ルフィール、レイヴンの三人と一匹は目的地であるリフェル森丘に到着した。

 リフェル森丘はアルコリス地方によく似ているが、最大の違いはアルコリス地方は平野と山岳地帯に分かれているのに対して、リフェル森丘は山岳地帯と盆地でできている事だろう。

 大昔、地殻変動でリフェル森丘一帯は地盤沈下した。高い崖に囲まれた広い土地はそのまま時が流れ、人々によってリフェル森丘と名付けられた。飛竜が休む山頂付近も周りの崖と比較すれば少し高いくらい。

 ガタゴトと揺れる竜車はリフェル森丘を囲む崖の上の道を進む。目指すはまずは拠点(ベースキャンプ)だ。もうすぐ下に続く道へ入り、下に到達したら木々に紛れながら進んでいけば拠点(ベースキャンプ)へと到着する。

 クリュウは幌から出る。運転席に座ってアニエスの手綱を引くシルフィードの隣に腰を落とす。視線を先へ向ければ、眼下には見知ったリフェル森丘が広がっている――だが、その光景はいつも見慣れたものとは決定的に違っていた。

「夜になっちゃったね……」

 視線を上げれば夜空が広がる。煌めく星々が空いっぱいに散らばり、大地を神秘的に照らし出す満月が彼らを出迎える。

「そうだな」

「リフェルの夜って、リオレウス戦以来だね」

「あの時は夜は無理せず休んだがな」

 クリュウ達は主にリフェル森丘には昼間で活動している。朝早くに到着し、夕方前には帰るというのが定例だった。しかし今回は急いで出発した為到着スケジュールなどもなく、結果的に到着時間が夜になってしまったのだ。

「どうするの? 拠点(ベースキャンプ)で朝が来るのを待つ?」

「いや、今回は夜戦中心で戦う」

「夜戦で? 朝が来るのを待っちゃまずい訳?」

「イャンガルルガは比較的夜行性のモンスターだから、夜は活動的に動き回る」

「なら尚更昼間寝ている時に戦えばいいんじゃ……」

「モンスターも人間も、寝起きを叩き起こされるのは気持ちのいい事じゃない。下手すると常時怒り状態となるかもしれないからな。ここは安全を重視して夜戦でいく」

「そっか。じゃあ、ルフィールにもそう伝えておくよ」

「あぁ、頼む」

 クリュウは「オッケー」と気軽に答えると、再び幌の中へと戻る。幌の中ではルフィールがパワーハンターボウ1の緩んだ弦を引き締める作業を行なっていた。緩過ぎても締め過ぎても矢は遠く、そして真っ直ぐ飛ばない。絶妙な調整が必要なのだ。

 弓だけでなく、ライトボウガンやヘヴィボウガンなどガンナーが使う武器は繊細なものばかりだ。近接武器以上の調整が必要で、同じ武器でも個人の調整次第で色々なクセが出やすい。簡単に言えば同じボウガンでもロングバレルを付けて攻撃力を上げるか、サイレンサーを付けて隠密性を上げるか、バレル系を付ける事で発生しやすい弾詰まりやオーバーヒートなどの不測な事態を防ぐ為にあえてバレルを付けないという安全性を重視するか。それはハンターの個性や用途によって変わる。

 だからこそガンナーは、細かな調整を欠かさない。それはルフィールも同じだ。

 ロアーノックをついて弓を床の上に立て、アッパリムとロアーリムにクセづける。このクセも人によって微妙に異なる、個性の部分だ。

「シルフィから伝言。イャンガルルガに夜襲を掛けるってさ」

「そうですか。ボクもまもなく調整が終わりますので」

「前から思ってたけど、弓って調整が大変そうだよね」

「そうですね。単純な整備の難しさならガンランスが構造的に一番ですが、調整の種類の多さや個性が最も出るのは弓でしょう」

「ほんと、僕は片手剣で良かったって思うよ。片手剣は砥石を使って刃を整えるかグリップを巻き直すかくらいしかないから」

 それ以外の本格的な整備は基本的には鍛冶師のアシュアに一任している為、クリュウが行う整備や調整は少ない。武具の調整は専門家に任せ、自分は自分の身体の調整を行う。それが彼のスタンスだった。

「――弓は、ボクに似ています」

 調整を終えたパワーハンターボウ1を構え、矢を番える事なく弦を引き絞る。摘んだ弦を離すと、パンッと心地良い音が響く。月明かりを受けて弓を構える彼女の様は、どこか幻想的に見える。

「……弓は自らを痛めつける事で、矢を撃ち放ちます。何かを成し遂げるには、それに見合うだけの痛みを受ける。ボクは不器用ですから、目的の為には自分の心身を痛めずには成し遂げる事はできません。ボクの生き方は、まさに弓そのものです」

 自虐のようにも聞こえるが、彼女は決してそういう意味で言っているのではない。目的の為なら自分がどれだけ傷つこうが構わない。それほどまでに、彼女には強い目標があるという事だ。強い目標があれば、人はそれに向かって突き進み、強くなる。

 彼女が急成長した背景には、そんな彼女の強い想いがあるからでもあった。

「――ボクはもう、二度と目の前で大切な人を失いかけるような失態は犯しません」

 彼女をそこまで強くさせる理由。それは、クリュウの背中の傷。

 自分を守る為に、大好きな彼が生死の境を彷徨い、背中に一生残る大怪我を負ってしまった。自分の無力さを恨んだ、最悪の出来事。彼女にとってはトラウマに等しい。

 クリュウは彼女の言葉に表情を曇らせた。自分は彼女にそんな辛い覚悟をさせる為にあの時命懸けで助けた訳じゃない。だが、結果的には背負わせてしまった。それが、彼の最大の後悔だった。

「ルフィール……」

「ボクはもう二度と負けません。負けてはいけないんです――それが、ボクの信念です」

 痛々しい程に必死で、痛々しい程に本気。だがその顔は、月明かりに晒されるその顔は、美しい程に真剣だった。

 人とは、目標を持ち、それに向かって真っ直ぐに進んでいる時が一番輝いて見えると言う。皮肉にも、悲痛な覚悟は彼女を強くさせ、美しくさせる。

 ――だからこそ、彼女の目標を全否定できない。それはきっと、彼女の努力を否定する事に等しいから。

 神々しい月を見上げる彼女の覚悟に満ちた横顔を、クリュウはただ見つめる事しかできなかった――声を掛ける事も、この手で触れる事もできない自分が、どうしようもなく情けなかった。

 

 リフェル森丘の拠点(ベースキャンプ)は森林地帯にある、木々の葉や枝が天井のように天を隠すここは上空から視認する事はほぼ不可能な隠れ家だ。近くには川の水が流れ込んだ池があり、魚達が気持ちよさそうに泳ぐ。

 拠点(ベースキャンプ)でありながら天幕(テント)がないのは、利用者が少ないのでわざわざ建てる必要がないからだ。その代わり、竜車がそのまま天幕(テント)の代わりになる。

 停車した竜車をロープでタイヤを固定し、逃げる心配のないアニエスを放し飼いにしておき、積んでおいた干し草も用意しておく。積んであった道具箱(アイテムボックス)を設置し、ひと通り拠点(ベースキャンプ)の設置は終わる。

 道具箱(アイテムボックス)からシルフィードは一人積んでおいた荷物を取り出し、それを個別に分けていく。こういう作業はいつもシルフィードかフィーリアが行っている。

「拠点(ベースキャンプ)の設置、終わったよ」

「そうか。すまないな」

「まぁ、力仕事くらいは任せてよ。えっと、これが僕の分かな?」

「そうだ」

 クリュウは自分に配当される道具(アイテム)類を確認しながら一つずつ道具袋(ポーチ)の中に詰めていく。回復薬に携帯食料、砥石などの基本品の他に閃光玉やペイントボールなどの狩りに役立つ品。その他今回は解毒薬などの類も入り、いつも以上に道具袋(ポーチ)は膨らむ。大タル爆弾Gや落とし穴のような物は荷車に既に積載が終わっている。

「ルフィール。君の分も――」

 振り返り、彼女を呼ぼうとしたクリュウ。だが、その先の声は彼の口から出る事はなかった。

 木々の隙間からわずかに漏れる月の木漏れ日に照らされながら立つルフィール。パワーハンターボウ1を静かに構え、矢を弦に番えて引き絞るその姿は実に凛々しい。狙いを定めた先には、五〇メートル先に立つ一本の木。その幹には先程彼女がつけたバツ印の傷が。

 息を整え、風が吹くのが止まった瞬間――彼女の手から矢が放たれる。

 弦が元に戻ろうとする力はそのまま矢を飛ばす起爆剤となる。撃ち出された矢は目に止まらぬ速さで飛翔し、寸分狂わず狙った木に突き刺さる――その鏃は、見事にバツ印の中心に突き刺さっていた。

「フゥ……」

 止めていた息を再開し、身に纏った緊張を解す。それまで無音だった世界が、一気に音を取り戻した。

「すごい……」

 近くで彼女の飛躍した腕を見ていたクリュウは目を丸くしていた。わずか一年ちょっと見ないうちに、彼女の実力は飛躍的に成長していた。

「弓はボウガンよりも狙いをつけるのが難しいと聞く。スコープもなく、弾よりも矢の方が風の影響なども受けやすいからな。あの若さであの実力、大したものだ」

 隣で同じように彼女の力量を見ていたシルフィードも感心したように語る。専門外とはいえ、あのシルフィードが認める実力。努力の天才ルフィール・ケーニッヒは、それほどの実力者に変わっていた。

「……あれくらい、ルフィールなら当然ニャ」

 フッと軽く笑いながら語るのはレイヴン。この中の誰よりも最近の彼女と一緒にいた彼だからこそわかる――ルフィールはまだその実力の半分も出してない事くらい。

 慣れた手つきで弓を折りたたんで背負い直して振り返ると、自分に注目するクリュウ達と目が合う。その途端、ルフィールの頬がほんのりと朱色に染まる。

「あまり、ジロジロ見ないでください……」

「あ、ごめん」

 クリュウが慌てて謝ると、そんな彼を唇を尖らせてルフィールはそっぽを向いてしまう。だが時々困る彼を盗み見ては、その頬をより濃い朱色へと染めている。そんな二人の様子を遠くから苦笑しながら見ていたシルフィードの近くで、レイヴンが動く。

「準備ができたならさっさと行くニャよ」

 憮然とそれだけ言うと、どんぐりメイルを着たレイヴンはどんぐりヘルムを深く被って一人勝手に歩き出してしまう。

「あ、ちょっと……」

「ずいぶん勝手なアイルーだな」

 戸惑うクリュウの隣で呆れたようにつぶやくシルフィード。その隣をスッとルフィールが一人通り抜ける。

「ああいう子なんです。それより、ボク達も行きましょう」

 そう言ってルフィールはクリュウの手を取って、こっちも勝手に歩き出してしまう。彼女に連れられたクリュウは戸惑いながらもついて行き、その途中でシルフィードの方へ振り返る。するとシルフィードは諦めたように肩を竦めて荷車を引いて後に続く。

 ついて来るシルフィードの方ばかり気にしているクリュウを見て、ルフィールは不満げに唇を尖らせると繋いでいた彼の腕を抱き締め興味を引こうとする。抱きつかれたクリュウは彼女の予想通りにこちらを向いてくれ、それをルフィールは満足そうに微笑んだ。

「久しぶりに一緒の狩り、楽しみですね」

「う、うん。そうだね」

 すっかりいつもと違うペースに引きずられながらも、楽しそうな彼女の笑顔を見てクリュウも微笑む。こういう狩りも、たまにはいいかもしれない。

 いつもと違う面々で、いつもと違う雰囲気の狩場を行く。目指すは黒狼鳥イャンガルルガ。神秘の月夜の下で、彼らの戦いが始まった。

 

 拠点(ベースキャンプ)を出た一行をまず迎えたのはエリア1と分類された川沿いの広場。片手に地図を、もう一方の腕にはルフィールを抱きつかせ歩くクリュウ。この地図は自作のもので、シルフィード達と一緒に作ったものだ。エリア分けしてからは移動や採取も非常に便利になった。

「それ、先輩が作ったんですか?」

 持って来た鬼人薬を飲みながら、ルフィールは地図を見て歩く彼の背中越しに地図を見て問い掛ける。

「僕だけじゃないけどね。みんなで作ったんだ」

 少し自慢気に言うクリュウをルフィールは尊敬に満ちた目で見詰める。そんな二人の様子を背後からはシルフィードが、前方からはレイヴンが苦笑しながら見守っていた。

 拠点(ベースキャンプ)に繋がる道を背後に進むと、川沿いのエリア1に入る。ここは普段アプトノスが草を食んでいる姿が見受けられるが、夜だとその姿は消えて代わりに大雷光虫がフワフワと忙しなく動き回っている。大雷光虫はこちらから手を出さなければ害はない為無視して進む。

「待つニャ」

 このままエリア1を縦断しようとしていたクリュウ達を、先頭を歩くレイヴンが止める。

「どうしたの?」

「……チャチャブーニャ」

 ルフィールの問い掛けに短く答えると、レイヴンは首で前方を示す。その先には奇妙な人影がある。背丈は人間の子供程で、奇妙な仮面にその小柄な体格にしては大ぶりな剣を携えている。その奇妙な仮面から奇面族とも呼ばれるチャチャブーだ。

「無視して進む……訳にはいかないな」

 チャチャブーはちょうどエリア2へと行く坂の途中でゆっくりと歩き回っている。まだこちらには気づいていないようだ。

 クリュウが「任せて」と踏み出そうとした時、そんな彼をルフィールが止める。

「先輩の手を煩わせる必要はありません」

 そう断言すると、ルフィールは静かにパワーハンターボウ1をセッティングし、矢筒から一本矢を引き抜くと弦に番えて構える。それを見たレイヴンが突然走り出した。

 四足歩行で大地を蹴り、跳躍を繰り返しながら突撃する。そんな彼の姿を発見したチャチャブーが奇声を上げて威嚇する。が、その仮面にルフィールの放った矢が突き刺さった。

「ピギャッ!?」

「……どこを見ているニャ」

 ルフィールの放った矢に驚いている隙に接近したレイヴンがチャチャブーの前に現れる。すかさず背負ったピッケルを引き抜いて構える。だが刃を向けるのではなく逆手に構えると、柄の部分でチャチャブーの足を払った。視界外への攻撃にチャチャブーは対処できずに倒れる。その顔のすぐ右横に再び矢が、左横にはピッケルの刃先が突き刺さる。

 驚きのあまり動けずにいるチャチャブーに向かって、ピッケルを地面から引き抜いたレイヴンがどんぐりヘルムの隙間からギロリを睨み、威圧する。

「邪魔ニャ。さっさと消えないと、次は本気で殺すニャよ」

 その脅しが効いたのか、それとも圧倒的な戦力差を見て戦意を喪失したのか。どちらにしてもチャチャブーは慌てて地面を掘り出すと潜ってしまった。穴の大きさに合わずに脱ぎ捨てた奇面族の仮面だけが、虚しく残されている。レイヴンは興味ないとばかりにピッケルの刃で仮面を突き刺すと、それを川へ放り捨ててしまった。

 邪魔者は片付けたとばかりに振り返るレイヴンを見て、ルフィールが「行きましょう」と二人を促す。

 事の成り行きをただ呆然と見ていた二人は顔を合わせると、ひとまず彼女の言うように歩みを進める。 それを見てレイヴンはまた単独で勝手に先行してしまう。呼び止めるクリュウの声を無視して、レイヴンは曲がり角の岩壁で姿が見えなくなってしまった。

「ああいう子なんです。気にしないでください」

 隣を歩くルフィールの言葉にうなずきつつ、クリュウは曲がり角を折れて少し先を歩くレイヴンの背中を不安げに見詰める。

 リフェル森丘に来るまでもレイヴンはあまり自分と会話をしようとはしなかった。こちらから話題を振っても黙殺されてしまう。何だか自分以外に対するサクラの冷たさによく似ており、嫌われているのではと思わずにはいられない。

「大丈夫かな……」

 つい零れた弱音に、ルフィールが「どうしました?」と反応する。

「僕ってレイヴンに嫌われてる?」

「そんな事ないですよ。あの子は誰に対しても素っ気ないんですから」

「ならいいんだけど……」

 慣れないチームに若干の不安を抱きつつも、決して歩みは止めずに前へ進み続ける。そんな彼の様子をルフィールが不安げに見詰めている。

 前を進むそんな二人の様子を背後から見守っていたシルフィード。いつもと違う面々で色々と調子を崩しているのは何もクリュウだけではない。彼女もまた慣れない狩りに平静を装いつつも違う雰囲気に違和感を感じていた。

「いつもなら、この辺りでサクラがクリュウに無茶をしてフィーリアとケンカになるのが通例だが、今日はそれもなしか――夜の静けさとは違う静けさ。何となく物足りない気もするな」

 いつもの騒々しい面々がいないと、やっぱり寂しいものだ。頼れる仲間であり、良くも悪くもムードメーカーな二人がいないと調子が狂う――そんな事を考える自分に気づき、シルフィードは苦笑を浮かべた。

「……すっかりあのチームに慣れてしまった。昔はソロハンターだったのにな」

 以前はソロハンターとしていつも一人で狩りをして、生活をしていた。だが今はイージス村でクリュウ、フィーリア、サクラと一緒に狩りをするようになった。その期間はソロハンターの期間に比べれば全然短いが、それでもすっかり自分の身に染み込んでしまっているらしい。それが内心呆れつつも嬉しかった。

「――だが、今は二人はいないんだ。いつも以上に私がしっかりしないとな」

 そう言って一度パンッと両頬を手で打ち叩く。彼女なりの気合の入れ方で、その痛みをきっかけに気を引き締め直す。表情も心なしか前よりも凛々しくなったように見える。

 先頭をレイヴン、中間をクリュウとルフィールが並んで続き、殿兼荷車を最後尾でシルフィードが続いての陣形で三人と一匹は狩場の奥へと歩んで行く。

 エリア1を抜けた一行は続いてエリア2へと入る。ここはエリア1よりも少し登った先にある広場で、エリア3とエリア6に続く道がある。ただしエリア6へ行く為には高台を登らないといけない為、荷車を引いている際は行く事はできない。ちなみにエリア6とは以前のリオレウス戦で負傷したクリュウが逃げ込んだ洞窟がある場所だ。

 エリア2へと入った一行を迎えたのはランポスの群れだった。数にして三匹と多くはないが、全てがこちらに気づいて威嚇の声を上げている。

「私に構わず、各個撃破で倒せ」

 シルフィードの指示に従い、二人と一匹はそれぞれランポスを一匹ずつ引き受けての各個撃破に動く。まず隊列を飛び出したのは先頭にいたレイヴン。続いてクリュウ、そしてルフィールの順に飛び出した。

 真っ先に飛び出したレイヴンは威嚇の声を上げるランポスに向けて腰に下げたブーメランを投擲する。高速回転しながらブーメランは大きく弧を描いてランポスの右脇腹に命中。鋭い刃先がランポスの表面の皮を引き裂く。皮を引き裂いたブーメランはまるでランポスから離れるように空へ舞うが、そこへジャンプしたレイヴンが器用にキャッチすると、すかさず再投擲。今度もまた大きく回り込むようにしてブーメランが迫り、ランポスの左側の胴体へ深々と突き刺さった。悲鳴を上げるランポスに落下中のレイヴンは器用に身をよじって体勢を整えると、背負ったピッケルを引き抜いて空中からランポスに背中に向けて叩き込んだ。

「ギャァッ!?」

 悲鳴を上げて仰け反るランポスに着地したレイヴンは返り血を浴びたピッケルをクルクルと器用に回転させて血油を跳ね飛ばし上段に構えると、一気に踏み込む。今度は脚を払うようにしてピッケルを振るい、ランポスを転倒させる。倒れたランポスにすかさずピッケルを叩き込みつつブーメランを回収。すぐさま距離を取った。

 起き上がろうとするランポスを見てレイヴンは再びブーメランを投げる。しかも腰にもう一つ下げていたブーメランも一発目とは反対方向へと投げた。それぞれのブーメランは弧を描くようにして起き上がったばかりのランポスの左右から襲う。さらに正面からはピッケルを構えたレイヴン自身が突っ込む。二つのブーメランはそれぞれランポスの左右の胴体に突き刺さり悲鳴を上げる。そこへ正面から迫ったレイヴンが上段から一気にピッケルを振り落とす。その一撃は深々とランポスの首元に刺さり、悲鳴を上げる事もできずにランポスは崩れ落ちた。

 レイヴンがランポスと交戦を開始した頃、クリュウとルフィールもそれぞれランポスへの攻撃を始めていた。クリュウは慣れた手つきで剣を振るい、器用にランポスの攻撃を避けながら攻撃を加え、あっという間に倒す。

 一方のルフィールは接近しながら矢を数本発射。何本かは避けられるが、大多数は命中してランポスは悲鳴を上げる。そこへルフィールは弓を畳みながら突っ込んだ。

 矢筒から矢を三本引き抜き、うち一本を右手に構え一瞬の隙を突いてランポスの首筋に突き刺す。その一撃にランポスは声帯をやられたのかくぐもった悲鳴と共に血を吐き出した。構わずルフィールは左手から器用に一本を右手に移し替えるとまるで双剣の要領で二本の矢を連続して剣のように振るう。斬り上げ、斬り下げと翻弄しながらルフィールはランポスの背後へ回り込むと血に塗れた二つの矢をそれぞれランポスの両脚の太腿に向けて突き刺した。

 脚をやられランポスはその場に崩れ落ちる。だが死んだ訳ではなく、必死に立ち上がろうともがくが、脚をやられた身ではそれも叶わない。そこへ首筋に冷たい感触。ハッとなって視線を向けた瞬間、彼の命は途絶えた。

 至近距離からの弦を限界まで引き絞って放った一矢はランポスの首を貫通。その下の地面に深々と突き刺さった。

 あっという間にランポス三匹は全滅する。それを遠目で見ていたシルフィードは感心していた。クリュウの実力はもちろん申し分ないが、レイヴンもなかなかの手練のようだ。ランポス相手でもオトモアイルーはその体格の小ささからなかなか苦戦する事が多い。それなのに彼は単独で、それも余裕を持って倒している事から、歴戦のオトモアイルーだという事がわかる。

 だがシルフィードは一人だけ、ルフィールの戦い方にだけ少し疑問を抱いた。ガンナーでありながら彼女は接近戦でランポスを仕留めた。確かに弓使いは矢を剣のようにして接近戦を行う事はあるが、それは不用意に相手に近づかれてしまった際に使うもので、積極的に近接戦闘を行う弓使いはそうはいないだろう。しかも彼女の場合はまるで双剣使いのように矢を器用に扱って戦っている。ただの弓使いではない、そんな気がした。

 疑問を抱いていたのは何もシルフィードだけではない。一足早く片付けたクリュウはルフィールの戦い方を見ていたが、正直その表情は優れなかった。

 以前にシャルルからルフィールの戦い方がかなり攻撃的になったと聞いてはいたが、確かに攻撃的だ。弓使いなら距離をある程度取って安全に弓矢で戦うのが常だ。だが彼女はあえて弓を畳み、両手にそれぞれ矢を剣のように構えて接近戦をしてみせた。確かにその方がより高い攻撃力で攻撃はできるが、当然危険度は増す。剣士使いはその危険度に比例して防具が強力になるのだが、ガンナーのそれは動きやすさやスキル重視の為に最低限の防御力しか持たない。だからこそガンナーが接近戦を行うのは危険なのだが、彼女はそれを平然とやってのけた。

 倒れたランポスを気にした様子もなく隊列に戻る彼女の姿を見詰めながら、クリュウは少しだけ彼女に不安を感じていた。

 一行はそのままエリア2を抜けてエリア3へと入る。エリア3はひょうたん型の地形の広場で、山頂へ向かう道と森林地帯へ抜ける道が二つある、リフェル森丘の分水嶺となる場所だ。そして以前ここはクリュウが初めてリオレウスと遭遇した場所でもある。入ってすぐにある折れた木はあの時リオレウスにへし折られらもの。木自体は結局枯れてしまったが、その木に這うように今はツタが青々とした葉を広げていてちょっとした藪のようになっている。それが改めて、あれから半年以上の月日が流れている事を示していた。

 先頭を歩くレイヴンの後にルフィールと並んで続いていたクリュウは突然彼女の隣を離れた。驚くルフィールを背に彼が駆け寄った先は殿のシルフィード。

「シルフィ」

「どうした?」

 何事かと首を傾げるシルフィードの横にクリュウは立つと、背後の折れた木を見る。

「ここで君と一緒に初めてリオレウスと戦ったんだよね」

「……そうだが、前にも同じ事を言わなかったか?」

「そうなんだけどね。夜の姿で見るのが何だか新鮮でさ」

「そうか。まぁ、あの時のヒヨッ子君がここまで立派に成長するとは正直驚きだがな」

「ひどいなぁ」

「フッ、これでも褒めてるんだぞ? 君の成長っぷりにはな」

 おかしそうに笑いながら語るシルフィードの言葉にクリュウもまた楽しそうに笑顔を浮かべる。その姿は仲のいい姉弟のようにも見え、恋人同士のようにも見える。そんな二人の様子を見ていたルフィールは不満そうに頬を膨らませた。

「先輩のバカ……」

 ムッとした様子で二人の様子を見詰めるルフィールを振り返ったレイヴンがジッと見詰めている事にも、彼女は気づいていない。

「イャンガルルガってリオレウスと同じような行動範囲のはずだから、ここにも現れるかもね」

「そうだな。ならリオレウスの時と同様待ち構えるか?」

「……いや、今回は探してみようよ。夜の狩場の雰囲気や活動しているモンスターの違いなんかを見る為にさ」

「なるほどな。やはり君はリーダーとしての素質がある」

「そんな事ないよ。シルフィに比べればまだ全然――うわッ!?」

 楽しげにシルフィードと話していたクリュウの腕にルフィールが突如しがみついた。驚く彼の視線を無視してルフィールは必殺のイビルアイでシルフィードを睨みつけて威嚇する。その姿は抗議する時のサクラに似ていて何だか妙な気分。声を掛ける暇もなくルフィールはクリュウを連れて離れてしまう。そんな彼女の背中を見詰めながら、シルフィードは小さく苦笑を浮かべた。

「ある意味フィーリアやサクラよりも厄介だな」

 クリュウに対する依存度は二人よりも高いようだ。まぁ、彼女の過去を知っている身とすればある意味当然かもしれないが、そのせいで完全に自分は敵視されているらしい。

「そんなつもりはないんだがな」

 そう言っても彼女は信じてくれないだろう。

 今回の討伐対象は黒狼鳥イャンガルルガという危険な相手だ。だがそれ以前にどうも今回のチームは連携という部分では不安が残る。だからこそ今回はいつも以上に自分がしっかりしないといけないのだと改めて強く感じる。

 ルフィールに腕を引かれながら不安そうにこちらを振り返るクリュウに「大丈夫だ」というジェスチャーで返してシルフィードは荷車を引いて歩みを再開する。

 山頂へ抜ける道を通り過ぎてエリアの奥まで進むと、その先は二手に分かれている。どちらも森林地帯に繋がる場所であり、木々が生い茂るエリア8と、同様に緑が深く水飲み場となる池があるエリア4へと通ずる。その分かれ道の前で立ち止まったレイヴンが振り返った。どちらに進むか判断を待っているのだろう。

「どちらに進みますか先輩?」

 ルフィールは抱きついたままのクリュウにしなだれ掛かりながら彼に問うが、クリュウは振り返り背後のシルフィードを見る。その視線にシルフィードは少し考え、

「このまま真っ直ぐエリア4へ行こう。水飲み場は比較的飛竜種が出現しやすいポイントだからな」

 シルフィードの判断にうなずく一同。早速レイヴンが先頭を歩いてエリア4へと通じる狭い道を進む。その後ろをクリュウとルフィールが並んで続き、最後尾を荷車を引いたシルフィードが続くというこれまでと変わらない陣形で進む。

 エリア3とエリア4を結ぶ道は山の斜面にできた狭い道が続き、洞窟を抜ける道のり。森林地帯はどちらも山の麓の為これまで登って来た標高を降りなければならない。細い下り坂を荷車を引いて降りるのは最初こそ苦労するが、シルフィードも慣れた様子。

 坂道を下り、洞窟へと入ると真っ暗になってしまう。すかさずクリュウは荷車へと走りその中から何かを取り出す。それは木の棒の先端に布を巻きつけたもので、布の表面が湿っているのは油を塗っているからだ。クリュウはそれを手に取ると肉焼きセットの火打石で手際良く火花を散らし、布に着火させる。引火した途端辺りが一気に明るくなった。

「先輩、それは……」

「松明(たいまつ)だよ。あまり使った事はないけど、こういう真っ暗な場所では必須かな。ギルドの方で道具(アイテム)登録してる訳じゃないから。まぁ、ご当地アイテムだと思ってよ」

 そう言ってクリュウはルフィールから離れると作業を見守っていたレイヴンの前に出る。それを見たレイヴンが「先頭は俺の役目だニャ」と憮然とした声で言うが、クリュウは「明かりを持っている人が先頭を歩くべきだよ」と言って彼を下がらせる。

 隊列をクリュウを先頭にレイヴン、ルフィール、シルフィードの順に変更して一行は洞窟を進んで行く。

 洞窟に入って十分程下ると、ようやく外へ通ずる出口に出る。月明かりの下へ戻るとクリュウは松明を消し、先頭をレイヴンへ譲る。

 再び元の隊列に戻り、洞窟を抜けた一行はそのまま残る坂道を下って緑が深い森林地帯へと入る。しばらく進むと木々に囲まれて狭かった道が急に開ける場所に着く。そこがエリア4とクリュウ達が呼ぶ場所だ――そして、そいつはそこに悠然と立ち止まっていた。

 

 エリア4は広場の周囲を深い木々が生い茂り、屋根のように大地に陰を作る。中央部には四方から伸びた枝葉が届かずに穴が空き、飛竜種が降り立つだけの広さを持つ。そこから降り注ぐ月明かりが池の水面をキラキラと輝かせる光景はとても神秘的だ――そして、その月明かりの下に黒狼鳥の姿があった。

 大きさはリオレウスなどに比べれば小型だが、イャンクックよりひと回り程大きい。全身を包むのは月明かりに美しく輝く紫色の鱗や甲殻。その色合いは闇夜に溶け込むように計算されているかのように、一見すると周囲にその姿を隠しているようにも見える。まさにそれは夜の王と言うに相応しい姿だ。

 イャンクックの亜種という学説は否定されたが、イャンクックとイャンガルルガは同じ鳥竜種であって原初は同じと言われている。だからこそ両者は非常に酷似しており、イャンクックの特徴である巨大な耳もまたイャンガルルガは備えている。しかし進化の過程において一体何があったのかは不明だが、その耳はわずかな音を聞き取ると同時に弱点だった強烈な音波攻撃は鼓膜が瞬時に調整してしまう為に相殺されてしまう。当然、音爆弾は効果はない。

 巨大な耳に大きなクチバシはイャンクックと同じ特徴だが、そのどちらもが見ただけでイャンクックのそれとは比べ物にならない程硬いとわかる。それこそあのクチバシで地面に打ち付けられたら肋骨が何本折れるか知れたものではない。耳の後ろには黒狼鳥と言われる所以である狼のような白い襟巻きが凛々しい。全身を包む鎧も明らかにイャンクックよりも硬いだろう。もしかすると、リオレウスやリオレイアに匹敵する程の硬さかもしれない。

 尻尾はイャンクックのようなただ細長い尻尾ではなく、リオレイアのように先端が膨らみ、そこからはトゲが備えられている。リオレイア同様、それは毒針であり突き刺されば大怪我の上に毒を受ける。あの凶悪なサマーソルトを、奴も必殺技としている。

 月明かりを受けて悠々と立つ夜の王者――黒狼鳥イャンガルルガ。

 シルフィードはその姿を確認するやすぐに荷車を木陰に隠して全員に手で合図を送る。その指示に従い各自決められた陣形を形成するために動く。イャンガルルガが気づいたのは、こちらの陣形が整った時だった。

 何気なしに振り返った先に展開する小さな敵。自らのテリトリーを害する招かれざる客は、彼の逆鱗に触れた。

「ギュワアアアァァァッ!」

 イャンガルルガは突如ジャンプして激しく身体をバタつかせて怒りを露わにする。それは彼が敵と認識した相手に対する威嚇。確実なる敵意がクリュウ達に向けられた。

「来るぞッ!」

 先頭に立つシルフィードが怒鳴る。その右斜め後ろではクリュウがディアブロヘルムを被り武器を構えている。反対側では毛を逆立てて警戒するレイヴンが、そして最後尾には弓を展開して矢を一本弦に番えて構えるルフィールが。剣士三人、ガンナー一人というクリュウ達のいつもの陣形(フォーメーション)だ。

 それぞれが武器を構えて待ち構える。その一角を担うクリュウはまだ慣れたばかりのディアブロヘルムの視界にしっかりとイャンガルルガの姿を捉えながら、握り締めたオデッセイ改の柄をより強く握り締めた。

 チラリと背後を見れば、緊張した様子で弓を構えるルフィールの姿が。

 今回はいつものメンバーとは違う。背中を任せられるフィーリアもいなければ、無双の旋風姫サクラもいない。決してルフィールとレイヴンを信頼していない訳ではないが、どちらも二人の実力と比べれば格下なのは間違い無いだろう。

 何より、可愛い後輩であるルフィールを守る事は自分の役目だ。そう思うと自然と気は引き締まる。

 いつもと違う狩場、いつもと違うメンバー、そして初めて相対するモンスター。

 だからこそ、クリュウは叫ぶ――皆を、そして自分を鼓舞するように。

「絶対勝つよッ!」

 

 ――月明かりに淡く照らされるリフェル森丘にて、クリュウ達とイャンガルルガの戦いの火蓋が切って落とされた。


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