モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第184話 非常警戒態勢 凛々しき戦姫の胸を襲う小さな痛み

「シルフィッ!」

 酒場で村長やエレナと一緒に何事かを相談していたシルフィードがその声に振り返ると、クリュウが走って来るのが見えた。その背後にはルフィールとツバメ、いつの間にかいなくなっていたフィーリアとサクラが続く。

「すまないな。旧友との水入らずなひと時を邪魔してしまって。だが非常事態なんだ」

「ツバメに聞いたよッ。ガノトトスとイャンガルルガが出たんだってッ!?」

 酒場へ飛び込んだクリュウの発言に、シルフィードは険しい表情でうなずいた。まだ皆軽く混乱している中、村長がいつもの人懐っこい笑顔を引っ込めながら状況を説明する。

「さっきまで野草採取でセレス密林に行ってたんだけど、海に確かにガノトトスの背ビレを見たんだ。急いで村へ戻って来ると、近くの村の村長からリフェル森丘にイャンガルルガが現れたという伝書鳩を受け取ったんだ。正直、僕もかなり焦ってるんだよね」

 そう言って嫌な汗を流しながらため息を吐く村長。その隣でエレナが「その別の村の村長さんが、ウチの村にはハンターが大勢いるんだからそっちで対処してほしいって言って来たのよ。ガノトトスとイャンガルルガを同時進行で討伐できる程の戦力はうちにはないのに」と、彼女も参ったとばかりに困り切っていた。

 同時討伐でも難しいのに、それがそれぞれが別の狩場にいるのは余計に厄介だ。なぜなら、単純に片方しかすぐには討伐できないか、両方に戦力を分散させる他がないからだ。

「ガノトトスが海にいるとなると、バルト達漁師が仕事ができない。ちょうど定置網を張ったばかりだからさ。それが壊されたら漁業に深刻なダメージを受けちゃうし」

「リフェル森丘とこことの距離はリオレウスの活動範囲内。おそらく、イャンガルルガもほとんど同じくらいの活動範囲を持っているはずだから、こっちも放っておくわけにはいかないのよ」

 村長とエレナの言葉に、ようやく村が置かれた最悪の二重苦の現状を理解した。どちらも放置できず、どちらも迅速な対応を迫られる状況だった。

「どうしようシルフィ」

 こういう時、最も頼れるリーダーのシルフィードに意見を求めるが、今回ばかりはシルフィードも難しい表情のまま沈黙してしまっている。しばらくして、ようやくシルフィードがその重い口をゆっくりと開いた。

「……仕方がない。今回は戦力を分散させて各個撃破で討伐を行うぞ」

「戦力の分散……」

 要するにそれはイージス村の全ハンターを総動員してセレス密林のガノトトス討伐班、リフェル森丘のイャンガルルガ討伐班との二チームに分けるという事だ。村のハンターは五人。ルフィールを含めて六人なので、均等に分けるとすれば三人一隊編成(スリーマンセル)となる――それはつまり、いつもの四人一隊編成(フォーマンセル)よりも人数が減るという事だ。

「戦力の分散は承知しました。ですが、チーム分けはどうするんですか?」

 さすがは歴戦のハンター。フィーリアはすぐに状況を理解すると、シルフィードの意見に賛同しつつ彼女に作戦概要を促す。シルフィードはまたしばらく考え込むが、その間クリュウ達は黙って彼女の判断を待つ。

「……チーム分けは、以下のように行う」

 しばらくして、考えが纏まったシルフィードは彼らが待ち望んでいたチーム分けを発表した。

「セレス密林にてガノトトス討伐を行う第一討伐隊は、チームリーダーをフィーリアとしてサクラ、ツバメ、オリガミの三人一匹としたチームとする」

 第一討伐隊、ガノトトス討伐の命を受けた三人。ツバメは緊張した様子で「ま、任せるのじゃ」と反応したが、フィーリアとサクラは驚愕のあまり固まってしまっていた。そんな彼女達を無視して、シルフィードは続ける。

「リフェル森丘にてイャンガルルガ討伐を行う第二討伐隊は、チームリーダーを私としてクリュウ、ケーニッヒの三人一隊編成(スリーマンセル)としたチームとする」

 第二討伐隊、イャンガルルガ討伐の命を受けたクリュウはツバメと同じく緊張した様子でうなずいた。隣に立つルフィールはシルフィードに指揮される事に不満そうにしつつも、彼と同じチームという事で黙って聞き手に徹している。だが、このチーム分けに異を唱える者がいた。

「な、納得できませんッ! なぜケーニッヒ様がクリュウ様と一緒で私達が別働隊なんですかッ!?」

「……納得出来ない。命令を拒否する」

 予想通り、フィーリアとサクラが反発する。だがそれはシルフィードも想定していた事だ。伊達に短くない間彼女達と一緒にいる訳ではない。彼女は冷静にこのチーム分けの根拠を話す。

「まず第一に、各隊に一人づつガンナーを分配したかったからケーニッヒとフィーリアは別チームとなる。その際、君は火炎弾を撃てるヴァルキリーブレイズを持っているから、火属性に弱いガノトトスの相手が適任だ。同じ理由で飛竜刀【紅葉】を持つサクラも当然ガノトトスの相手をしてもらう。この二人の補佐を行う為にツバメとオリガミを配置した」

 火属性に弱いガノトトス相手に、属性攻撃を最大限に活かした攻撃手を適切に配置したまでだと淡々と答えるシルフィードの言葉に、二人は押し黙ってしまう。確かに、彼女の言っている事は正論だ。だからこそ、反発ができない。

「……ならクリュウもバーンエッジを持っている。それに、クリュウはガノトトスの討伐経験がある。適任だわ」

 そう。クリュウも火属性の片手剣を持っている。それもそのバーンエッジで以前アルザス村でガノトトスの討伐を行った事もある経験者だ。サクラの意見も正論であり、フィーリアも「そうですそうですッ」と援護に回る。その背後で結果的にすっかり邪魔者扱いとなったツバメが一人落ち込んでいたのだが、それはとりあえず無視する。

 だがサクラの意見に対してもシルフィードは首を横に振った。

「確かにクリュウは火属性の武器を持ち、実際にガノトトスの討伐経験もある」

「……だったら」

「だが同時に、彼はオデッセイ改というイャンガルルガに効果のある水属性の武器も持っている。すでに火属性の武器を扱う者が二名いる時点で、そっちにそれ以上分配するよりこっちの攻撃手にした方が適任だ」

 クリュウは以前フィーリアとルーデルと一緒にリオレイアを捕獲した事がある。その際に得た雌火竜の逆鱗を使って作ったのがオデッセイ改という水属性の片手剣。水属性はイャンガルルガの弱点属性でもある。

「さらに言えば、我々はクリュウ以外全員ケーニッヒとは初対面だ。となると、自然とチーム分けはクリュウとケーニッヒが一緒になる。その二人を指揮しながら前衛を務める役は耳栓スキルを備える私が適任だろう。だからこのようなチーム分けを行った訳だが、不服か?」

 シルフィードの説明は全て見事に的を射ていた。だからこそ不満を露わにしたフィーリア達も彼女の説明に返す言葉も無い。不満はあっても、納得せざるを得ないのだ。

 恨めしい目付きでシルフィードを見詰める二人に苦笑しながらシルフィードは「すまないな」と謝りつつ、改めて表情を厳しくして皆に向き直る。

「これが私が考えた最善の策だと思うが、何か意見がある者はいるか?」

 不満はできるだけ減らしておきたい。だからこそ改善できるところは改善する。その為にも全員に意見を求めるが、クリュウとツバメは彼女の作戦を支持しており、フィーリアとサクラはものすごく不満そうではあるが渋々了承している。そしてルフィールは、

「一つ、意見があります」

 小さく手を挙げるルフィールにシルフィードが視線を向けると、ルフィールはいつの間にか背後に立っていたレイヴンを紹介した。

「この子はレイヴン、ボクのオトモアイルーです。なかなかの手練なので、是非連れて行きたいのですが」

 ルフィールの紹介にレイヴンはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。その姿を見てシルフィードは「君のオトモアイルーか。まぁ今は文字通りアイルーの手も借りたいところだ。こちらとしてもその方がありがたい」とレイヴンの同行を許可する。

「……俺の足手纏いにはなるニャよ」

「ほぉ、言うじゃないか。それでは、お手並み拝見と言くとしようか」

 威勢のいいレイヴンの言葉に、シルフィードも満更でもない様子。一目見て彼がなかなかの手練だという事を見抜いているからこそ、その発言に不満はない。振り返り「クリュウも、構わないな?」と彼に確認を取ると、彼も「構わないよ」と了承する。ルフィールは深く一礼した。

 全員が納得した形となり、シルフィードは一度うなずくと改めて皆に向き直る。いつになく真剣な彼女の表情が、今の状況の悪さを表しているかのようだった。

「準備が出来次第、各隊ただちに出発するように。詳しい事はそれぞれのリーダーに判断を仰いでくれ。それでは、解散」

 

 シルフィードの解散指示に従い、六人と二匹はそれぞれ分けられたチームごとに集合した。フィーリア率いる第一討伐隊(ガノトトス組)は引き続きエレナの酒場で作戦会議となり、シルフィード率いる第二討伐隊(イャンガルルガ組)はクリュウの家にて作戦会議となった。

「さて、まず先に問うておくが。ケーニッヒ、君はイャンガルルガの討伐経験は?」

 リビングのテーブルにそれぞれが腰掛け始まった作戦会議。開口一番にシルフィードがルフィールにイャンガルルガの討伐経験の有無を確認する。

「ありません。ボクはまだ一番上級の飛竜の討伐経験が合同でリオレウス。単独ではバサルモス止まりです」

 首を横に振って否定するルフィール。その装備を見れば、イャンガルルガの討伐経験がない事は明らかだが、人は見た目によらない事もある。事前の確認だ。

「シルフィは、イャンガルルガの討伐経験は?」

「一度だけな。その時の知識が今回は役立つと思う。それでは、事前に奴の生態及び行動パターンの説明を行うぞ」

 それから、シルフィードのイャンガルルガについての説明が行われた。クリュウにとっては自分が知らないモンスターとの戦闘前は必ず行われる講義のようなもの。ルフィールも黙って彼女の解説を聞き続ける。

「まずイャンガルルガは別名《黒狼鳥》と言われる。読んで字の如く黒い鳥だ。分類的にはイャンクックと同じ鳥竜種に分類され、姿形もイャンクックに酷似している。その為以前はイャンクックの亜種とされていたが、数年前に全く別のモンスターである事が立証された。その凶暴性、攻撃力、危険性は明らかに飛竜種、それもリオレウスやリオレイアに相当すると言われている」

「全く姿形は違うけど、攻撃パターンってリオレイアに似てるって聞いた事があるんだけど」

 クリュウのおずおずとした質問にシルフィードは「その通りだ」とうなずく。

「奴は火球ブレスを吐くが、リオレイアと同じく単発及び三連ブレスを駆使する。同様に尻尾に毒を持っており、サマーソルトも使う。強力な攻撃はリオレイアに似ているが、細かい動作ではどちらかと言えばイャンクックに似ているな。ついばみ攻撃などはその最たるものだが、その破壊力は桁が違う。一撃で地面など簡単に割る事ができる程にな」

 シルフィードの説明を細かくメモしながら聞き続けるクリュウに対して、ルフィールはずっと沈黙を貫いている。そのくらいの知識なら彼女はとっくに頭の中に入っている。さすがは元主席だけの事はあり、博識さでは他の追随を許さない。

「肉質の硬さもまたかなりのものだ。普通に攻撃していては簡単に弾かれてしまう。弱点部位である頭や尻尾を確実に狙い、攻撃を積み重ねる方が得策だ」

「それなら、尚更ツバメをこっちに入れた方が良かったんじゃないの?」

 ツバメは双剣使いであり、鬼人化をする事で筋力が増して武器が弾かれなくなる。硬い肉質のモンスター相手ならそれこそ彼が必要となるだろう。だが、

「確かにその通りだ。鬼人化を使える双剣使いのツバメをこちらに入れた方がより有効的に狩りを進められるだろう。だが、そうすると必然的にツバメが主力となってしまう。正直、まだツバメはイャンガルルガ相手に主力を担えるだけの力はない。危険性を考慮すれば、こちらのチームに入れない方がいいだろう」

 シルフィードは何も効率だけでチーム決めをしている訳ではない。それぞれの実力や個性を見た上で、的確にチームを分けている。ツバメの負担をあまり大きくさせない為の配慮が、彼を第一討伐隊に含めた理由だった。

「……あとはまぁ、今のフィーリアとサクラは機嫌がすこぶる悪い。ツバメには悪いが、八つ当たりで暴走しかねない二人のブレーキ役を担ってもらう」

「そういえば、何で二人共あんなに機嫌が悪いのかな」

『……』

 心底分からないという様子の彼を見て、二人と一匹は同時に深い深いため息を吐いた。気を取り直して、シルフィードは説明の続きを行う。

「それと、一番の問題として奴は咆哮を駆使する事。他のモンスターに比較して細かく咆哮を使う事で敵の動きを封じて攻撃して来る。耳栓スキルを持つ私は関係ないが、君達は気をつけるように」

 イャンガルルガの素材は耳栓スキルを強化する装飾品に使われる事もある。それはつまり奴が装飾品の素材にできるだけの咆哮に対する耐性がある事を意味し、それは同時にそれだけ咆哮を使いこなす事を意味する。

「攻撃パターンは主に君達が戦って来たモンスターのパターンに似た物が多い。冷静に焦らず戦えば、決して勝てぬ相手ではないはずだ」

 シルフィードの説明にイャンガルルガの事を改めて再確認し、どう攻略すべきか早速考え始めるクリュウ。こういう狩りに対して前向きなところが、彼の良い所だとシルフィードは常々思う。

「補足説明、よろしいのでしょうか?」

 そこへピッと真っ直ぐと挙手したのはルフィール。シルフィードは一瞬そんな彼女の行動に面食らった様子だったが、すぐに「何だ?」と彼女を促す。

「トラップ関連の事です。イャンガルルガはイャンクックと違い音爆弾による音やられは無効であり、シビレ罠の拘束時間も短いと聞きます」

「そうだな。同じ鳥竜種でもイャンガルルガには音爆弾は効かない。シビレ罠に関してはイャンクックやバサルモスに比べれば短いのは確かだ。だが正確にはリオレウスやリオレイアと同じくらいの短さなので、クリュウは問題無いだろう。君はその点を念頭に入れておいてくれ」

「それと、怒り状態では落とし穴が通じないと聞きましたが」

「あ、それ僕も聞いた事がある。何でも、通常時は大丈夫だけど怒り状態になると効かないって」

 クリュウとルフィールの問いに、シルフィードは「確かにその通りだ」とうなずいた。この生態は、今までにないかなり特殊なものだ。

「人間にも頭に血が上ると周りが見えなくなる者と、逆に妙に冷静になって今まで見えなかったものまで見える者もいる。イャンガルルガが後者で、怒り状態では落とし穴を見破ってしまい、そればかりか爪で器用にネットを引き裂いてしまう。だからこそ、貴重な落とし穴を無駄にしない為にも通常時と怒り状態をしっかりと見極めないとならないな」

「厄介な相手だね」

「確かに簡単に倒せる相手ではない。だが決して勝てぬ相手でもないはずだ。準備をしっかりと行い、各々が自らの役目をしっかり果たし、連携すれば我々は必ず勝てる」

 シルフィードの言葉に、クリュウはしっかりとうなずく。

 そう、相手は古龍のように何も完全なる未知な相手ではない。攻撃パターンは今まで倒して来た飛竜に酷似しているし、種族も鳥竜種。全てが未知に包まれた古龍を相手にする訳ではない。これまでの経験をフルに発揮できれば、決して勝てぬ相手ではないはず。

 何より、信頼出来る仲間と一緒なら不可能だってきっと可能にできる。自分の周りには、そんな仲間が大勢いるのだ。

「――問題があるとすれば」

 そこでシルフィードは視線をルフィールの方へ向ける。自分が注目された事を知ると、ルフィールは平然とした様子で「何か?」と彼女の視線に対する。

「私とクリュウは今の君の実力を知らない。装備を見る限りでは、イャンガルルガを相手にするには少々酷かもしれん。何より、君と連携できるかどうかも未知数だ。ケーニッヒ、君は見知らぬ私を信じてついて来れるか?」

 仲間というのは何よりも信頼関係が重要だ。例えランクの低いハンターと一緒でも、しっかりとした信頼関係を築いて連携すれば決して足手纏いにはならないし、むしろ頼れる仲間へと成り代わる。

 シルフィードはルフィールとは初対面で、まだ出会ってからわずかな時しか経っていないし。そもそも会話もほとんどしていない。彼女を信頼できるかどうかは、まだ未知数なのだ。

 シルフィードとルフィールの間の妙にピリピリとした雰囲気を見ながら、クリュウは沈黙している。ここで「ルフィールは信頼出来る子だよ」とフォローを入れる事は簡単だ。だがそれでは上辺だけの信頼になってしまう。二人が本当に互いを信じられるには、お互いに一対一で決着をつけるのが一番だと、クリュウは考えていた。

 クリュウが不安そうに見守る中、シルフィードの問い掛けに対してルフィールは静かに返答する。

「――ボクが信頼するのは先輩だけです。ですが、その先輩が信頼される方ならボクは反抗する気はありません。ボクと先輩は一心同体。先輩があなたを信じてついていくなら、ボクの進むべき道の先にあなたがいるまでです」

 平然とした様子でルフィールは返答した。だがそれはクリュウが待ち望んでいた言葉とはあまりにもかけ離れている。彼女はシルフィードを信頼した訳ではなく、自分を信頼している。そしてその自分が信頼している相手なら、信頼はせずとも反抗する気はない――要するに、あくまでの利害の一致という関係に過ぎないと言い切ったのだ。

 これにはさすがのクリュウも文句を言おうと腰を上げかけた時、彼女の返答を聞いたシルフィードの口元にフッと笑みが浮かぶのを彼は見逃さなかった。

「――いい答えだ。初対面の相手、それも実力も測れない相手をいきなり信用しろと言う方が無理な話だ。君が信頼できるのはクリュウだけ。そしてクリュウは私について来てくれる。それで十分さ。元々私達のチームはクリュウを中心に構成されていると言っても過言ではない。メンバーが変わっただけで、根本は何も変わっていないのさ」

 呆気に取られるクリュウとルフィールを前に、シルフィードは満足そうな様子で先程用意したコップに入った水を一気に飲み干す。

 クリュウが彼女の言っている意味を理解したのは、その直後だった。

 自分は信頼しなくても構わない。だが、クリュウだけは信じてやってくれ。彼女の言っていた意味の根底はそこにあった。初対面の相手をいきなり信用できる人間などそうはいない。だからクリュウを信頼してルフィールは行動すればいい。自分はその二人のコンビの援護に回るだけ――いつものように、自分は支える側だ。

 その意味を理解した途端、クリュウの口元にも笑みが浮かんだ。

「ほんと、シルフィは最高のリーダーだよ」

「フッ、褒めても何も出ないぞ」

 クリュウの言葉に凛々しい笑みと共に答えるシルフィード。そんな彼女の様子を観察していたルフィールの口元にもまた、小さな小さな笑みが浮かんでいた。

 学生時代から、彼が信頼する人は皆お人好しばかりだった。それはどうやら今も変わっていないのだろう。シルフィードを見ていると、そう思える――確かに、クリュウが信頼するだけあってシルフィードは頼れる人物だ。ルフィールの中で、シルフィードの人物評価がそう付けられた瞬間であった。

 一気に水を飲み干して空になったコップをコトンとテーブルに置き、シルフィードはいつものようにかっこ良く、勇ましく、そして凛々しげな表情で告げる。

「――夕方には出発する。それまでに各自しっかりと準備をしておくように。それではひとまず解散とする」

 

 作戦会議がひとまず終了し出発まで解散となった第二討伐隊の面々であったが、結局は準備などで同じ倉庫を使うので三人と一匹揃って倉庫へと向かった。家の横に備えられた倉庫にはイージス村に所属するハンター全員の武具や道具(アイテム)類が保管されており、彼らの生活を支えていると言っても過言ではない場所だ。

 比較的広い倉庫の中に入り、クリュウとシルフィードはまず最初に個人区画へと向かう。倉庫の中は大まかに分けると共同区画と個人区画に分かれ、共同区画には皆で共有するアイテム類が置かれ、個人区画にはそれぞれの武具だったり特に多用するアイテム――フィーリアならボウガンの弾系――などが保管されている。

 クリュウは自分の区画へと入ると、壁に掛けられている武器を見回す。ここには彼の持つ武器が全て揃っており、比較的主力として使っているデスパライズやバーンエッジ、アルトリアにてイリスから授かった煌竜剣《シャイニングブレード》も保管されている。クリュウがその中から取り出したのはシンプルなデザインの片手剣。鈍い青色の刀身に同色の盾が一対となった武器で、銘をオデッセイ改と言う。クリュウが持つ唯一の水属性の武器である。元々持っていたオデッセイを、以前にフィーリアとルーデルと共に捕獲したリオレイアから手に入れた雌火竜の逆鱗を使って強化した武器だ。

 イャンガルルガの弱点属性は水属性。今回はこの武器が必要となる。

 武器を取り出し、今度は道具(アイテム)類を取り出し始める。クリュウが取り出すのは主に閃光玉やトラップ類。共同区画にも当然あるが、彼はこれらの道具(アイテム)を多用する事もあって個人でもかなりの数を有している。完成している物もあれば、トラップツールとゲネポスの麻痺牙、ネットなど素材面でも充実している。これも日頃狩場やリーフ農場で素材を集めているおかげだ。

 必要な道具(アイテム)類を取り出し、それを袋に入れて共同区画に戻ると、ルフィールが興味深げに道具(アイテム)類を見詰めている。

「ここにある道具(アイテム)なら自由に使ってもいいよ」

「いえ、ボクは自分の物がありますから」

「遠慮しなくてもいいよ。今回は村の防衛戦なんだから、道具(アイテム)もこっちで提供するからさ。何かほしいのある?」

「……そうですね。強いて言えば」

 ルフィールはクリュウにスタスタと歩み寄ると、周りをキョロキョロと確認した後――彼をギュッと抱き締めた。

「る、ルフィール?」

「強いて言えば――先輩が欲しいです」

 頬を赤らめ、上目遣いでこちら見詰めながら甘えて来るルフィールにクリュウもまた頬を赤らめて困ったような、恥ずかしいような微妙な笑みを浮かべる。

「あ、あのルフィール?」

「必ず、先輩を幸せにしてみせます」

「それ、普通は男の僕が言うセリフだよね?」

「でしたら、先輩がボクを幸せにしてくれるんですね」

「そういう意味ではないんだけど……」

 上目遣いで見詰めながら甘えてくるルフィール。周りを見て誰もいない事を確認すると、ようやく彼女が《素》の姿を見せている事に気づいた。彼女は他の誰も見ていない、クリュウと二人っきりの時だけ本当の自分を見せる――本当のルフィールはすごく寂しがり屋で、甘えん坊で、すごく可愛らしい恋する女の子なのだ。

「以前より、先輩の顔が遠くて寂しいです」

「どういう意味?」

「先輩の背が伸びているという意味です。前よりもかっこ良くなった反面、それがちょっと寂しいです」

「そっかな? 自分ではあまり伸びたって感じはしないんだけど」

「自分で自分の成長というのはわかりづらいものです。ですが、ボクはわかります――先輩は以前よりも凛々しく、かっこ良くなられました」

 満面の笑みを浮かべて褒め称える彼女の言葉にクリュウは「あ、ありがとう」と照れ笑いを浮かべる。そんな彼の反応が可愛らしかったのか、ルフィールはクリュウをよりギュッと強く抱き締める。

「あぁ、ボクは今すごく幸せです……」

「僕は今、すごく恥ずかしいんだけど……」

「構わないじゃないですか。今ここには、先輩とボクの二人だけなのですから」

「――あぁ、取り込み中すまんが。できればそこを退いてもらいたいんだが」

 突然の声にルフィールは目を丸くして驚き、慌てて彼の背後を確認する。そこには気まずそうに立ってこちらを苦笑いしながら見ているシルフィードが立っていた。

「……ッ!?」

 ルフィールは顔を真っ赤にさせて慌てふためくが、すぐに彼から離れると何事もなかったかのようにメガネのブリッジをクイッと上げてクールに振る舞う。が、一度紅潮した頬はなかなか元には戻らず、顔は真っ赤のままだが。

「邪魔してすまなかったな」

「いや、むしろ助かったかな――って、シルフィ。その武器は」

「あぁ。今回の狩りで使う武器――蒼刃剣ガノトトスだ」

 そう言って彼女が構えたのは透き通った蒼色の大剣だった。

 これまで彼女が使う武器は煌剣リオレウス、キリサキと青色の武器だった。今回もまた青色の武器に変わりはないが、これまでと違ってその武器は実に美しい剣であった。

 翠水竜の上ビレをベースに翠水竜と水竜の上鱗などを用いて加工。刀身の骨組みや柄の部分には上竜骨を用いる事で耐久性としなやかさを両立させ、絶大な攻撃力を発揮する。刃の部分は鋭い上ビレを加工してより切れ味を増させたものであり、こちらも耐久性と切れ味を極限まで高めている。

 武器としても芸術品としても完成度の高い大剣、それが蒼刃剣ガノトトスであった。

「シルフィってそんな大剣持ってたんだね」

「あぁ。最近アシュアに発注したんだ。まさかこんなに早く出番が来るとは思ってはいなかったがな」

 そう言ってシルフィードはその場で蒼刃剣ガノトトスを構えてみせる。大剣は言うまでもないが巨大な剣だ。それを慣れた様子で、勇ましく、そして凛々しく構えてみせるシルフィードはさすがと言えよう。これ程までに大剣が似合う女性はそうはいないだろうとクリュウは心から思う。

「君達は準備は終わったのか?」

「僕は一応。ルフィールはまだだよね? ここの自由に使っちゃっていいから」

「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」

 そう言って、ルフィールはテキパキと必要となるだろう道具(アイテム)を選んでいく。そんな彼女の背中を見詰めるクリュウの背後から、シルフィードが小声で声を掛ける。

「……なぁクリュウ。私は彼女に嫌われているのだろうか?」

「ルフィールは基本僕以外には誰に対してもあんな感じなんだ。シルフィの事を特筆して嫌いとか、そんなんじゃないから」

「本当に、君の事が好きなんだな……」

 道具(アイテム)のカテゴリー別に分かれているカゴの中から必要な物を取り出すルフィールの背中を見ながら、シルフィードは静かにそうつぶやくと口元に小さな笑みを浮かべた。

 何事においても、本気でがんばる人間がシルフィードは好きだ。彼女の目を見れば、彼女が本気でクリュウの事が好きな事は簡単にわかる。不器用なりにがんばるその姿は、つい応援してしまいたくなる程だ。

 残念ながら、自分は中立を貫くと決めている。フィーリアにもサクラにも同じくらい応援しているつもりだ。誰か一人を推薦する事はできないし、仲間としてそれはしてはいけない事だ。何より、きっと彼女達の誰もが望んではいない――自分の力で彼を振り向かせる。それは彼女達の共通の想いなのだから。

 シルフィードは「後は頼んだぞ」と言い残し、倉庫を出た。きっと自分がいたのではルフィールは素の自分を見せられないだろう。ここは邪魔者は早々に退散するのに限る。

「……お前も不器用だニャ」

 庭に生えている一本の木。クリュウがよく修練を積む為に使ったり冬には薪を割ったりする場所に生えている木だ。その根元に小さな背中を幹に預けて腕組みして立つレイヴンが静かにつぶやく。

「私が不器用? どういう意味だ」

「さぁニャ。それは、自分で考えるんだニャ」

 そう謎の言葉を言い残して、レイヴンは去った。一人残されたシルフィードは彼の残した言葉に首を傾げる。全くもって心当たりがなかった。

「何だ、一体……」

 薪を割る際に使う切り株に腰を落とし、ゆっくりと天を仰ぐ。今日は暑いくらいに晴天だ。あと数時間もしないうちに夕方になり、空が完全な茜色に染まる前に村を出発する予定だ。

 ふと、視線は二人を残してきた倉庫の方へ向けられる。ドアが閉められているので中の様子はわからないが、きっとルフィールは素の自分で彼に甘えているのだろう。

 ――チクリと、胸の奥が痛む。

「またか……」

 前々からあったこの小さな痛み。だが最近は次第にその頻度は増え、痛みは増し、後を引くようになっていた。左胸に手を当てるも、鬱陶しい程にその痛みはそこに残る。

 シルフィードは、この痛みについては何もわからなかった。一度本格的に医者に診てもらった方がいいかもしれないが、何となくだがそれは無駄な気がする。この痛みの感じは身体的ではなく、おそらくは心理的なものだから。

「突発的に起きるこの痛み。一体何なんだ……」

 自分の胸に残る痛みに、シルフィードは心底困惑していた。だが――

「――ただ一つ言えるのは、フィーリア達がクリュウに甘えている時に起きる事ぐらいか」

 最近になって、痛みが起きる引き金を少し理解できた。クリュウが誰か他の女の子と親しげに話している時に高頻度で起きる、それがこの痛みの引き金だった。だがだからと言って、それがどうして痛みを起こすかまでは、彼女はわからない――それが彼女が気づいていないある想いから来る痛みだと、彼女は知らない。

 胸の奥に妙に残る痛み。手を添えながら、シルフィードは無言で空を見上げる。

 ゆっくりと流れていく雲は、風任せの旅だ。決して自分の意志で動く事も止まる事もできない。ただただ、流されるだけの存在。

 ギリ……ッと、悔しげにシルフィードは唇を噛む。

「クソ……、何でこんなにイライラするんだ」

 天を見上げていた視線は、いつの間にか再び二人のいる倉庫へと向けられていた……

 

 日は傾き、空が次第に茜色に染まり始める頃。村の外にある漁港にてフィーリア率いる第一討伐隊とシルフィード率いる第二討伐隊が出発の最終準備を行なっていた。

 第一討伐隊はバルトの手配した漁船で海路にて向かいセレス密林へ向かい、第二討伐隊は陸路での移動となる。双方がそれぞれ船と竜車に荷物を載せる中、クリュウも大タル爆弾などを積載する作業に勤しんでいた。

「クリュウ様」

 最後の大タル爆弾Gの積載を終えて一息ついていた時に掛けられた声。振り向くと、そこにはフィーリアとサクラが不安げな表情でこちらを見詰めていた。

「どうしたの二人共? もう積載作業は終わったの?」

「は、はい。私達はクリュウ様程爆弾を多用はしませんから、荷物は少ないので」

「……漁船に積める量にも限界がある」

「なるほどね。それで、僕に何か用?」

 ちょうど自分の方の準備も終わり、少しくらいなら話ができる余裕があるクリュウ。彼の問いかけに対し二人は顔を見合わせ、一瞬辺りを警戒するようにキョロキョロとして邪魔者がいない事を確認してから、小声で話し始める。

「あの、クリュウ様。ケーニッヒ様には注意してください」

「……あの女は危険。私より質が悪い」

 二人は真剣な様子で彼にそう忠告した。だがクリュウからすれば彼女達の発言は突拍子がなさ過ぎる。当然、意味がわからず首を傾げた。

「どうして?」

「どうしてと問われましても、説明に困るんですが……」

「……とにかく、あの女は危険。気をつけて」

 サクラはクリュウの手を掴むと、真剣な眼差しで見詰めながらつぶやく。そんな彼女の言葉にクリュウは困惑しつつも「う、うん」ととりあえずうなずいておく。それを見て二人はまだ不安そうだったが、途中で準備を終えたツバメに呼ばれた。

「えっと、ご武運をお祈りします」

「……気をつけて」

「うん。大丈夫だと思うけど、そっちも気をつけてね」

 別れの挨拶を手短に済ませ、フィーリアとサクラはツバメとオリガミと合流。漁船に乗り込むとすぐさま出発した。こちらに向けて船尾から手を振って別れを告げる三人と一匹を船が木々の向こうに消えるまで見送った。

「さて、我々も出発するぞ。準備はいいか?」

 チームリーダーであるシルフィードの問い掛けに二人と一匹が振り返る。第二討伐隊も第一討伐隊と同じくも三人一匹のチーム編成だ。

「こっちは準備完了だよ」

「いつでも行けます」

「……とっくに終わってるニャ」

 三人の返事に満足そうにうなずくと、シルフィードは一度二人と一匹の顔を一人ずつ見渡す。そしてフッと口元に凛々しい笑みを浮かべ、高らかに声を張った。

「行くぞッ!」

『はいッ』

 クリュウ、シルフィード、ルフィール、レイヴン。慣れぬ面々で出撃する一同ではあったが、誰一人その顔に不安はなかった。

 一人運転席に座り久しぶりの旅路にご機嫌なアニエスの手綱を引くシルフィード。その背後の幌の中では隅の方でレイヴンが瞑想するように目を瞑って鎮座していた。そして、

「先輩……」

「……ルフィール」

 困ったような表情であぐらを掻いて座るクリュウ。そんな彼の膝の上にルフィールは膝枕のように頬を乗せて幸せそうに甘えている。出発し、シルフィードが幌の視界から消えた瞬間にはもうこの状態。その俊敏さにはある意味脱帽してしまう。

「えっと……」

「申し訳ありませんが、少々寝不足なので休ませてもらいます」

「それはいいんだけど、何で膝枕なのかなぁって」

「これが一番落ち着くんです」

 そうハッキリと言い切ると、それ以降ルフィールは何も答えずに沈黙した。眠ったのか、それともただ単に黙っているのか判別できない。仕方なくクリュウは小さくため息を零すと、そんな彼女を膝の上に乗せながら一人シルフィードに借りたノートを読み返す。

 幌は後ろ側は開かれている為、そこから夕焼けの柔らかな日差しが幌の中を淡く照らし上げる。クリュウは夕焼けを時々見ながら、おさらいするようにノートを読み耽る。そんな彼の膝の上で眠るルフィールの頬は、淡い夕焼けとは違う赤みが薄っすらと浮かんでいる。

 幸せそうに眠る彼女の寝顔を一瞥し、クリュウは苦笑しながらもどこか幸せそうにつぶやいた。

「――おやすみ、ルフィール」


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