モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第182話 恋姫戦争勃発 二色の瞳を煌めかせる少女の決意

「――ルフィール・ケーニッヒ。只今、先輩の下へ帰還しました」

 

 屈託なく微笑む少女――ルフィールの登場に、フィーリア達は一様に戸惑っていた。突如見知らぬ少女が現れ、クリュウに親しげに声を掛けた。あまりにも唐突過ぎて反応が追いついていないのだ。しかし、乙女の勘が告げている――この少女は、とてつもなく危険な相手だという事を。

 一方、突然の事に面食らっていたクリュウだったが、目の前で微笑むルフィールの姿を見て徐々に状況を理解すると、震える声でゆっくりと彼女の名を呼ぶ。

「ルフィール……」

「お久しぶりですクリュウ先輩。お元気そうで、何よりです」

 礼儀正しく一礼しながら挨拶するルフィールは、確かにクリュウがよく知るルフィール・ケーニッヒであった。そして同時に、それがフィーリア達を見ての仮面だという事も、クリュウは見抜いていた。だからこそ、余計に常識人を振舞おうとする彼女が、愛らしかった。

「ここが先輩の村なのですね。とても過ごしやすいいい村だと――ひやぁッ!?」

 村の感想を述べようとしたルフィールだったが、突如それは制された。

「あ、あのクリュウ先輩……ッ!?」

 顔を真っ赤にして慌てふためくルフィール。目の前には心の底から安堵した表情を浮かべるクリュウの顔。全身を包むのは、彼の優しげな温もり。防具越しでもわかる、彼の優しさに満ちた温かさ。

 突然クリュウに抱きしめられたルフィールは慌てふためくが、当のクリュウはそんな事まるで気にしていない。ただ腕の中にある確かな温もりに、心の底から安堵していた。

「……ずっと、心配してたんだよ」

 耳元でささやかれたのは、ずっと待ち望んでいた彼の声。それも、自分の身を本当に心配してくれていたとわかる、優しげなささやき。その言葉に、ルフィールの瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。

 あぁ、やっぱり変わっていない。あの頃からずっと彼は優しくて、頼もしくて――自分にとっての勇者様(ヒーロー)だ。

「クリュウ先輩……ッ」

「あれ? 少し背伸びた?」

「それを言うなら先輩こそ。前にも増して、かっこ良くなりました」

「そうかな? それを言うなら、ルフィールの方こそ前よりもかわいくなったかな?」

「な……ッ!? せ、先輩? 以前よりも大胆にっていませんか?」

 突然「かわいくなった」と言われ、ルフィールは心の準備もできておらずさらに顔を真っ赤に染めて慌てふためく。耳元でささやかれたのが余計にドキドキする。

 ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、ルフィールはしかし相変わらずなクリュウを見て内心苦笑していた。

 本当は、かっこ良く登場するはずだった。かっこいい決め台詞を言って、彼に凛々しくなった自分を見て欲しかったのだ。だが実際は最初からすっかりその計画は頓挫。彼の言動一つ一つに振り回され、情けない姿しか見せていない――だが、かわいいと言われたのはそんな失敗がチャラになる程に嬉しかったが。

「元気にしてた? 無茶とかしてない? ご飯はちゃんと食べてる?」

「あの、先輩? ボクもう十五歳になったので、さすがに子供扱いするのはいかがなものかと……」

 まるで子供を心配する母親のような問い掛けに、ルフィールは苦笑を浮かべた。相変わらず彼は心配性な人だ。少しは自分を信じてほしいのだが、それでも彼から心配されるのは嫌な気分じゃない。むしろ、胸の底がポカポカと温かくなる。

「まあまあ、僕にとってはルフィールはいつまでもかわいい後輩だから」

「……嬉しいような、寂しいような。複雑です」

 かわいいと言われる事は嬉しいが、後輩止まりな事は不服なルフィール。その心境は複雑だ。だが優しく頭を撫でられると、それだけで全部どうでもよくなってしまう。彼の手はまるで魔法のようだ。

 頭を撫でられて嬉しくて微笑んでいると、そんな彼女の笑顔を見てクリュウも安心したように微笑む。

「それにしても、卒業していた事は知ってたけど。てっきり卒業してすぐに来ると思ってた」

「卒業はあくまでスタートラインに立っただけです。それでは先輩の足手纏いになるのは必至。そんな情けない姿を見せる訳にはいきません。なので約半年の武者修行を経て、ようやく先輩の背中を守れるだけの実力を身に付けたと自負し、こうして参上した次第です」

「相変わらず難しい考え方してるね」

 ルフィールは学生時代はある理由から常に様々な騒動の中心にいたが、それ以外では実に優秀な成績を誇る学生であり、一種の模範生であった。何せ在学中は常に学校トップクラスの成績を誇り、上級生になった頃には学年主席の座にも君臨していた成績優秀な生徒だった。その影響か、妙に堅苦しい所があるのが玉に瑕だが。

 すると、クリュウの言葉にルフィールは不満げな表情を浮かべて反論する。

「難しいも何も、無力では何もできない事は事実です。ボクは自分の無能さで先輩を再び危険な目に遭わせたくありません。その想いから、自分に厳しくしているんです」

「だから、あれはもう気にしなくていいってば……」

 ルフィールが言う危険な目とは、クリュウが最終学年で卒業課題として行ったドスランポス討伐の際に狩場に乱入したドスファンゴの攻撃から彼女を庇って負った負傷の事。幸いハンターを続けていく上では何の障害にもならなかったが、背中には大きな傷跡が残ってしまった。彼自身はそんな事はまるで気にしていないのだが、ルフィールはずっとその事を気にしている。以前シャルルが、そう言っていた。

 気にするなと言うクリュウの言葉に対して、ルフィールは首を横に振って明確に拒否した。

「あれは、ボクの人生最大の汚点です。自分の実力不足のせいで先輩の手を煩わせた上に、先輩に一生残る傷跡を作ってしまった。決して、許されるような事ではありません」

「いやだから、許すも何も僕は気にしてないって……」

「先輩は優しい人ですから、必ずそう言います。そしてそれは詭弁ではなく、本当に気にしてなどおらず、ボクを恨んでいるという事もないでしょう――ですが、ボクは自分で自分が許せないんです。先輩に一生残る傷を負わせて、平々凡々と生きている事がボクは許す事ができないんです」

 悔しげに唇を噛み、悲痛に満ちた表情で言う彼女の姿に、クリュウの表情もまた暗いものへと変わっていく。自分は決して、彼女にそんな顔をしてほしくて、あの時彼女を庇ったのではない。だが結果的に、自分の行動が彼女をここまで追い詰めてしまっている。それが、彼にとっても苦しかった。

「もう一度先輩の背中を任せてもらう為には、自分をもっと鍛えなければなりません。だからこそ卒業後も厳しい修行を行い、実力を磨き、強くなってこうして先輩の前に再び現れました――もう二度と、先輩に血は流させません」

「ルフィール……」

 眩いまでに煌めく碧色の右目は、強い意志に満ちていた。己が決めた信念を必ず貫く、そんな強い志を感じる強い光。彼女の言葉が詭弁ではなく、本気だという何よりの証拠だ。

 きっかけはどうであれ、それが彼女を強くしたのは事実だろう。見ただけで、彼女が努力に努力を重ねて強くなった事はわかる。武具はもちろん、顔立ちや雰囲気も一年半前に比べてずっと凛々しく、一人前のハンターのそれに変わっていた。

 自分とまた一緒に狩りがしたい。その一心で彼女はがんばってきたのだろう。そう思うと、何だか恥ずかしいし嬉しくなる。

 悲痛な覚悟を彼女は背負ってしまった。だが、その覚悟があったからこそ彼女はこうして立派なハンターとなった。今は、そう前向きに考える事にしよう――彼女に無茶をさせない事、それが自分の役目なのだろうから。

「何はともあれ、疲れたでしょ? ここは辺境の村だから利便性も悪かったでしょ?」

「狩場を行き来するのと大差ありません。それに、先輩に会えると思えば火山のような死の大地でも一流リゾート地に思えますから」

「何だよそれ」

 おかしそうに笑うクリュウの笑顔を見て、ルフィールは安堵したように微笑んだ。先程までの決意に満ちた悲痛なそれではなく、心から楽しげな笑顔だ。

 だが、それも一瞬の出来事であった。ルフィールはここでようやく周囲の状況に気づいたのだろう。ある一点を見ると突然表情を消し、威嚇するような目に変わった。その豹変に驚きながら彼女の視線を追うと――背後でこちらを厳しい表情で見詰めているフィーリア達と目が合った。

「……ところで先輩。あの方々とは一体どのようなご関係で?」

 先程までの嬉々とした声色とは打って変わって、何の感情も伺えない淡々とした事務的な問い掛け。だがクリュウは知っている――これは彼女の機嫌が急速に悪くなっている事を意味していた。そして、

「……クリュウ様、その子は誰ですか?」

「……その小娘、誰?」

 フィーリアとサクラの声も、いつになく冷たい。喜怒哀楽に表情がころころと変わるあのフィーリアが全くの無表情でいたり、一見するといつもと変わらぬ無表情のサクラだがその隻眼は厳しい。いつの間にかジュースを持って戻って来たエレナもこちらを不機嫌そうに睨みつけている。

 シルフィードとツバメはこの状況に完全に困惑していて、クリュウとルフィール、フィーリア達との間で視線を何度も行き来させている。

 それらの視線の中心にいるクリュウは、何やら自分を取り囲む空気が急速に険悪の一途を辿っている事に気づいていた。嫌な汗が背を流れる。

「先輩? よろしければご説明願えますか?」

 問い掛けてはいるが、彼女の口調は明らかに決定事項だ。冷たい瞳でこちらをジッと見詰めて来る彼女に苦笑しながら、クリュウはジト目で見詰めて来るフィーリア達を紹介する。

「えっと、右からフィーリア、サクラ、シルフィード、ツバメ、エレナって言って。フィーリアとサクラ、そしてシルフィードは――今の僕のチームメイトだよ」

「ち、チームメイト……?」

 クリュウの紹介に、明らかにルフィールが動揺する。紹介された面々を、特に前半三人を親の仇を見るような目で睨みつける。そんな彼女の視線に反撃するように睨み返すフィーリア達に、今度はルフィールの事を紹介するクリュウ。

「ほら、前に学生時代の話をしたでしょ? その時にシャルルともう一人後輩がいたでしょ? それがこの子、ルフィール・ケーニッヒだよ」

「ルフィール・ケーニッヒって……」

「……イビルアイの?」

 クリュウの説明に一段と表情を厳しくさせるフィーリア達。そんな彼女達の視線にルフィールはムッとすると、牽制するように睨みつけながらクリュウの背に隠れる。そんな彼女の反応により厳しい目つきに変わるフィーリア達にクリュウが慌てて間に入った。

「そ、そんな目で見ないであげてよ。ほら、彼女そういう視線にデリケートなんだからさ」

「あ、いえ私達はイビルアイだからと言って見ていた訳ではないんですが……」

「……クリュウとその女が親しげなのが、気に障るだけ」

 言うまでもないが、彼女達は別にルフィールがイビルアイだからと言って警戒している訳ではない。彼女達の警戒の理由は唯一つ――クリュウとルフィールが実に親しげな事。片思いの人が、他の女の子と親しげに話している事が、警戒せずにはいられないのだ。

「先輩、この方々はボクの事……」

「前に学生時代の事を話す機会があってね。君の事は話してあるから大丈夫――もちろん、イビルアイの事も」

「……そうですか。誰であれ、先輩が信頼されている方々なら――」

 何かを決意したようにうなずいてルフィールは彼らに背を向けると、メガネを外した。そして、左目を隠していた眼帯を取り外し、再びメガネを掛け直す。そしてゆっくりと振り返り、閉じていた瞳を見開く。

 ――夏の太陽の眩い光の下、二色の瞳が煌めく。

 右は南海の海のような美しい碧色の瞳。左は神々しく煌めく神秘的な金色の瞳。左右で色の違う瞳が輝く者を、人々はこう呼ぶ――邪眼姫(イビルアイ)。

 大陸に伝わる伝説の一つに、かつて左右で目の色の違う悪魔の女がいた。人々を怪しい瞳の輝きで惑わし、人々の心に恐怖を植えつけた悪魔。彼女の事を邪眼姫(イビルアイ)と呼び、以降彼女と同じように左右で目の色の違う事をイビルアイと呼ぶようになった。そして、その異質さから人々は伝説を信じるも信じなくともその存在を嫌い、迫害の対象としてきた。

 ただ目の色が違うだけ。それだけで、イビルアイ達は周りから拒絶されていた。

 ルフィールもイビルアイだからという理由だけで実の親に捨てられ、学生時代は迫害を受け続けてきた。それが常識だと、間違っているという認識を疾うの昔に捨てて、絶望の中を生きていた。

 だがクリュウはそんな彼女の常識を打ち破った。彼女をイビルアイとしてではなく、一人の少女として接し、仲間として迎え入れた。

 ルフィールは自分の目を何度も呪った。何度も片目を潰そうと思ったが、結局は怖くてできなかった。だがこのイビルアイのおかげで初めて手に入れた幸せ、それが彼との出会いだった。

 今でもこの瞳で苦労する事は多い。それでも今はこの瞳が好きだ。だって、好きな人にきれいだと言われた、大切な瞳だから。

 今は眼帯を片目にする事で自分の正体を隠して、何とか人並みには暮らしている。だからこそ、誰かの前でこうしてイビルアイを見せるのは久方ぶり。彼を信じているとはいえ、その内心は怯えていた。

「イビルアイ……」

 初めて見るイビルアイを前に、一同は呆然と彼女の瞳を見詰める。その好奇な視線を一身に受けるルフィールは耐え切れず視線を逸らしてしまう。それを見たクリュウはルフィールの前に立って彼女を隠した。驚くルフィールの頭をポンと叩くと、フィーリア達に向き直る。少し怒っている彼の表情を見て、フィーリア達が一斉に慌てだした。

「ち、違いますよッ。初めて目の当たりにしたのでちょっとビックリしただけですッ」

 フィーリアの言葉に皆同じだとばかりにうなずいた。クリュウはしかし「それでも、人をそういう目で見ない方がいいと思うよ」と忠告。彼の視線に若干の軽蔑が含まれている事に、フィーリア達は一斉に気まずそうに視線を逸らし、沈黙する。

 クリュウはフゥと小さくため息を零すと、頭の上に自分の手を乗っけたままでこちらを見上げているルフィールに向き直る。

「まぁ、みんないい子達だからさ。きっとルフィールとも仲良くできると思うよ」

「……そうでしょうか?」

 クリュウ越しに落ち込んでいるフィーリア達を見詰めるルフィールの表情は冴えない。彼は相変わらずの鈍感っぷりで気づいていないようだが、見ればわかる。彼女達はその大部分がクリュウに対して自分と同じ感情を抱いている。だからこそ、彼の言う《仲良くなれる》というのは疑点になってしまう――彼の伴侶になれるのは、一人だけなのだから。

「とりあえず疲れたでしょ? こっちにおいでよ」

 そう言ってクリュウはルフィールを連れて元の席に戻る。先程までシルフィードが座っていた隣に彼女を座らせると、呆然としているエレナを呼ぶ。

「あのさ、悪いけどジュース一杯もらえるかな? 代金は僕が持つから」

「え? あ、いいわよ別に……」

 先程はお金がないからと叫んでいたのに、ルフィールにおごると言い出す彼を見てエレナはつまらなさそうだ。彼は決してかっこつけている訳でも見栄を張っている訳でもない。かわいい後輩を気遣っているに過ぎないのだが、それがつまらないのだ。

 機嫌を損ねたまま厨房へ消えるエレナを見送り、フィーリア達は無言で席に戻った。席は自然と移動し、クリュウとルフィールの正面にフィーリアとサクラ。隣のテーブルにシルフィードとツバメが移動する。

 やがてジュースを持ったエレナが戻って来て、ルフィールの前にジュースを置くと彼女はツバメの横に座った。全員が席についたのを見計らって、改めてルフィールが自己紹介する。

「改めまして、クリュウ先輩の学生時代の後輩のルフィール・ケーニッヒです」

 恭しく一礼して名乗るルフィール。礼をわきまえているとはいえ、それでも表情は相変わらず厳しいままでイビルアイを鋭くさせたままフィーリア達を牽制するように睨みつける。すでに警戒態勢全開なルフィールを相手にいつもは社交的なはずのフィーリアやシルフィードも彼女を警戒していて黙ったままだ。自然と彼らの間には気まずい沈黙が降りる。

「うぬ。ワシはクリュウとケーニッヒの関係を知らぬ。詳しい説明は追々求めるとして、お主はクリュウの学生時代の後輩なのじゃな?」

 この中で唯一ルフィールの事を知らないツバメは気まずい雰囲気になる事もなく、いつものように社交的に接する。そんな彼の問いかけに対してルフィールは首肯する。

「僕が最終学年の際に半年間組んでいたチームのメンバーの一人なんだ。知識豊富な上に弓使いとしての技術も優秀で、半年間僕の背中を守ってもらってたんだ」

 ツバメに対してまるで自分の事のようにルフィールとの関係を語るクリュウ。簡単ながら彼女との出会いの経緯や、その後の関係性などを語る彼の話を横目にルフィールはクールな振る舞いを崩さない。そんな彼女の様子を横目で見ていたクリュウは内心苦笑を浮かべた。

 先程はクリュウに会えた嬉しさから周りが見えずに素の彼女が全開だったが、元々ルフィールはクリュウ以外には冷たく、笑顔は見せたがらない子だ。今はすっかりクールな仮面を被ってしまっているらしい。シャルルくらい仲良くなれれば少しは緩くなるだろうが、そうなるには時間が掛かる。

 クリュウはひとまずルフィールの事は置いておいて、手短にツバメに彼女の紹介を行う。もちろんイビルアイの事や、それが原因でのいじめなどもできる限り。真剣な表情で聞くツバメをルフィールは不思議そうに見詰めていた。

「……なるほどのぉ。お主も苦労しておったのじゃな」

 話を聞き終えたツバメはルフィールに同情的な言葉と視線を投げかける。ルフィールはそれに対してずっと疑問に思っていた事を口にした。

「アオゾラさんは、ボクの目を何とも思われないのですね」

「ツバメで良い。そうじゃな、イビルアイというのは中央大陸の伝説なのじゃろ? ワシの故郷の東方大陸や大陸東方部ではそのような伝説は聞いた事もない。じゃから、別段お主の目を恐れる理由もないのじゃよ」

 イビルアイが悪魔とされる伝説を知らないからこそ、ツバメは特に嫌悪感も抱かない。それを聞いたルフィールは納得したようにうなずく。

「しかし、話を聞く限りではお主達相当互いを信頼し合っているようじゃな」

 思った事をそのまま、何気なしに言うツバメの言葉にフィーリア達が一斉にビクッと反応するが、クリュウは気づく事なく「どうだろ? 僕はルフィールの事は信頼してるけど」と答える。するとそれを聞いたルフィールが「ボクは先輩に絶対の信頼を置いています」と短く答えた。あくまでも、第三者の前ではクールを装いたいらしい。

「あは、ありがとう」

 信頼されていると言われた事が嬉しかったのだろう。喜ぶクリュウのお礼にルフィールは「いえ……」と素っ気ない返事を返すも、彼から見えない位置でニヤけてしまう。いくらクールに装っていても、大好きな彼から褒められればそんな鉄の仮面も簡単に砕けてしまう。

 そんな仲良さげな二人の様子をフィーリア達は不機嫌そうに見詰めていた。二人の仲の良さが気に入らない。というか、怖いのだ。まるで自分達と接している時のように、クリュウはルフィールに対して本当の意味での素の姿で接している――要するにそれは、少なくともルフィールの事を自分達と同じくらい信頼している証だ。

「そう言うておるが、どうじゃ?」

「なぜ私に問う?」

 正面に座るツバメから問い掛けられるシルフィードはそれまでずっと目を閉じて沈黙を続けていたが、その問い掛けに片目だけを開いてどこか不機嫌そうに短く答えると、そっぽを向いてまたしても沈黙してしまう。そんないつになく冷たい彼女を見てツバメはそっと苦笑を浮かべた。

「これはまた、厄介な事になったのぉ……」

 どうしたものかと考えあぐねるツバメの目の前で、彼の好む好まざる関係なく状況は動き出す。

「それで、ケーニッヒ様はどのようなご用件でこの村に?」

 いつもは人当たりのいいフィーリアもルフィール相手では厳しい口調だ。表情には一切の笑顔はなく、瞳も幾分か険しい。一つ年下のルフィール相手でも、まずは様子見とばかりに敬語で接するなど、警戒心バリバリだ。それはサクラやエレナも同じ様子で、二人共腕組みしながらルフィールの動向を窺っている。

 誰が見ても、彼女達はまるで歓迎していない。クリュウはらしくない彼女達の対応に困惑しているが、ルフィールはどこ吹く風。幸か不幸か彼女は歓迎されない事の方が慣れている為、まったくもって気にした様子もなく淡々と彼女の問いに答える。

「当然、先輩の背中を再び預けてもらう為――要するに先輩の相棒に戻りに来ただけです」

 淡々と答えるルフィールの反応に、フィーリアはムッとした様子。それはエレナも同じだが相手はハンターだ。村を守る防衛力が増す事に対しては反対はしない。が、これまでクリュウの相棒役を担って来たのは自分の友達でもあるフィーリアやサクラだ。いきなりポッと出て来た小娘にそんな重要なポジションを与える気はない。

 サクラとシルフィードはまだ無言を貫いている。こういう時には真っ先に食って掛かるはずのサクラが黙っているのは少し違和感を感じるが、何か考えがあるのだろう。親友が味方であると信じて、フィーリアは単独でルフィールに挑みかかる。

「ケーニッヒ様とクリュウ様のご関係は以前クリュウ様から教えていただいたので承知しています。ですが、それはあくまで《過去》のもの。《今の》クリュウ様は私達とチームを組んでおります故、定員オーバーです」

 妙に時系列的な部分を強調しながら言うフィーリアの言葉に、今度はルフィールがムッとする番だった。険悪なムードになる二人を心配しながら、ふとクリュウは今のやり取りに似たような出来事が昔あった事を思い出す。それはフィーリアとケンカ別れした後にサクラが仲間になってくれた直後、ドンドルマで偶然フィーリアと再会した際にフィーリアとサクラが睨み合いながら同じようなやり取りをしていた。

 

「初めまして。クリュウ様と《以前》組んでいたライトボウガン使いのフィーリア・レヴェリです」

「……クリュウと《現在》組んでいるサクラ・ハルカゼ」

 

 状況もあの時とよく似ている。

 あの時は互いに互いを認めず、牽制し合い、二人の間には険悪なムードが漂っていた。しかしあれから約一年。今では二人はお互いを親友と認め合う仲にまで発展した。今でもよくケンカしているが、それはきっと《ケンカするほど仲がいい》という事なのだろう。

 だとすれば、フィーリア達とルフィールもいい友達になれるのではないか。そんな期待を抱くが――残念ながら今の状況ではその片鱗すら見えそうにない。

 フィーリアの牽制に対してルフィールはしかしすぐに反撃する事はなく、用意されたジュースを一口飲んで出掛かった言葉と一緒に胃に押し戻してから、一度じっくり考え直してから改めて反撃する。こういう一つ一つの言動に余裕がある態度が彼女の真骨頂だろう。

「そうですね。正直、先輩が新しいチームを作っていた事は驚きです。昔から節操のない人だとは思っていましたが、相変わらずなようです」

「節操が無いって……、そんな言い方しなくても」

「――また一緒に狩りをする。この約束、忘れた訳じゃありませんよね?」

 口調こそ厳しいものだが、その表情はどこか不安そうに歪んでいる。本当に、忘れてしまっているのではないか。そんな不安が、彼女の胸にある。きっとその一言が、彼女をここまで支えていたのだろう。また一緒に狩りをする――そんな、些細な夢を支えに。

 もちろん、忘れてなどいない。あれは卒業式の後にある表彰式が終わった後にそれぞれのクラスに戻った時の事。

 卒業する事になった自分を前に、別れたくない一心から心から卒業を祝えずにいたルフィールと話した。その時に一年という単位を秒単位で計算された時には本気で頭が痛くなった事を今でもよく覚えている。

 そこで彼女は言い切った――「一年です」と。覚悟を胸に、わずか一年で卒業してみせると豪語した彼女。そして、確かに言った。

 ――ボクは必ず一年で卒業してみせます。そして、今度こそ先輩の片腕になれるような立派なハンターになって、また先輩の前に現れます。その時は、また一緒に狩りに行きましょう――

 そんな彼女の言葉に、自分は確かに頷いた。その事自体は今でも一切の後悔はない。彼女とまた狩りをしたい。その気持ちにウソはないし、今でもその気持ちは変わっていない。だが――

「もちろん覚えてる」

「だったら……」

「……少し、考えさせてくれないかな」

 いつになく、弱々しい返事だった。その口調、内容にはその場にいたクリュウ以外の全員が驚いた。ルフィールもフィーリア達も、どちらも自分を選んでくれると信じていたからこそ、「考えさせてほしい」という彼の言葉が信じられなかった。

「クリュウ。本気で悩んでいるのか?」

 まさか、これまでの自分達の絆がたった一人の少女を相手に崩れ去る危機に瀕している。それが信じられないという様子のシルフィードの問い掛けに、クリュウは力なくうなずいた。

「その、もちろんシルフィ達の事は大切な仲間だし、大事に思ってる。だけどさ――それと同じくらい、ルフィールの事も大事に思ってる。二者択一とすれば、後悔しないように考えないと」

「いや、しかし……」

「じゃがクリュウ。今はそれは置いとくのはどうじゃろうか? せっかくお主に会いに遠路遥々来た後輩をそんな顔で迎えるのは可哀想じゃろ? 今は一年半という時間を埋めるように、楽しく話そうではないか」

 重苦しい雰囲気になるクリュウ達を前に、ツバメは愛想良く笑いながらそう言った。そんな彼の言葉に一番に反応したのは、意外にもルフィールだった。

「そうですね。ひとまずそれは置いておきましょう。まずはお互いの近況報告でもしてみましょうか。一年半の間に起きた私が知らない先輩の勇姿、ぜひお聞かせください」

 

「なるほど。あの角竜ディアブロスまでも討伐されたのですか。さすが先輩です」

「いや、あれはフィーリアやサクラ、シルフィードのおかげなんだけどね」

 セクメーア砂漠でのディアブロス討伐の話を終えると、それをじっくりと聞いていたルフィールは満足気だ。彼女からしてみれば、自分の大好きな先輩はそれくらいやってくれないと困る、という勝手な期待があったのだろう。どれだけクリュウの事を神格化しているのだろうか。実に可愛らしい期待だ。

「相変わらず先輩は自分を過小評価して謙遜なさるのですね」

「いや、別に本当の事を言ってるだけなんだけど」

「まぁ、それはいいです。だから今、先輩はディアブロシリーズを着ている訳ですが。とてもお似合いですよ」

「あ、ありがとう。そういえばルフィールのそれって見た事ない防具だね」

 クリュウが装備しているディアブロシリーズは優秀な防具であるが、熟練のハンターなら使っている人は多くドンドルマなどでは見かける事は決して少なくはない。だがルフィールが着ている色鮮やかな防具と言うには装甲がまるでない防具は、ドンドルマでもあまり見かけないものだ。その理由の一つが、

「まぁそうでしょうね。これは女性専用防具ですから」

 防具の中には男性専用、女性専用の防具がそれぞれある。男性専用ならガーディアンシリーズ、女性専用ならヒーラーシリーズが代表例だろう。そしてハンターの人口は圧倒的に男性の方が多いので、女性専用防具などは早々お目にかかれる品ではない。

「これと対を成す男性専用防具は、オウビートシリーズですね」

「オウビートって、あのドスヘラクレスを使う奴?」

 オウビートシリーズはドスヘラクレスを素材に使った防具で、ヘルムに巨大な一本角を備えるなど、見た目もドスヘラクレスに酷似した防具だ。麻痺や毒などの特殊攻撃を強化できる事からクリュウも一度は考えた防具だが、結局レウスシリーズを貫いてしまった。

「って事は、それもドスヘラクレスを使ってるの?」

「はい。ですがオウビートと違ってこれはオオツノアゲハが主役になります。名をパピメルシリーズ。足だけは余裕があったのでパピメルSフェルムを備えました。回避性能と特殊攻撃に特化した防具です」

 そう言ってルフィールは立ち上がると軽くその場で回って全体を披露する。オウビートがドスヘラクレスを模しているなら、こちらはオオツノアゲハを模しているのだろう。全体的に黄色い蝶がイメージされており、何やら物語の中に出てくる妖精を思わせるデザインだ。

 防具らしいかと訊かれれば疑点になってしまうが、女性専用防具だけあって実に女の子らしいデザインの防具だ。ルフィールの可憐さも加わると、本当に妖精のように見えてしまう。

「その、似合っているでしょうか?」

 上目遣いで尋ねて来る彼女の問い掛けに、クリュウは彼女を見ながら「うん。すごくかわいいと思うよ」と思った事をそのまま返答した。するとルフィールは頬を赤らめて「あ、ありがとうございます……」と語尾を萎ませながらお礼を言う。恥ずかしくはあるが嬉しいのだろう。真っ赤になった顔を隠し、彼からは見えない位置で口元を綻ばせていた。

「あれ? でもルフィールって確か虫が全くダメなんじゃなかったっけ?」

 クリュウが思い出したのは、何でもこなせる完璧超人なルフィールの数少ない弱点の一つだった。狩場や演習場などに出た際、虫に全く触れられずに常にシャルル任せ。彼女によくその事でからかわれていたはず。

 クリュウが不思議そうに首を傾げていると、ルフィールが「あぁ、それならもう克服しました」と平然と答えた。それを聞いてクリュウは目を丸くして驚いた。

「え、でもルフィール。虫を眼前で見ただけで気を失うほど苦手だったでしょ?」

「……まぁ、そうですけど」

 クリュウが自分の情けない姿を忘れないでくれていた嬉しさと不満という相反する想いに板挟みになりながら複雑な表情になるルフィール。そんな彼女の様子に気づく事もなくクリュウは「そんな状態だったのに、克服できたの?」と話を進める。

「克服しなければハンターとしてはやっていけません。ハンターの使う道具(アイテム)類の多くは虫を使うものばかり。いつまでも虫に触れないのでは半人前もいい所です」

 と、なぜか自慢気に言うルフィールの言葉に苦笑を浮かべる者が二名。一人は考え方も言い方も相変わらずなルフィールを見て浮かべるクリュウ。もう一人は実は未だに虫類が苦手なフィーリア。彼女の言う半人前の条件に該当し、微妙な心境のようだ。

「どうやって克服したの?」

「学生時代、シャルルさんと虫修行をして克服しました」

「虫修行?」

「鎖で手足を封じ、虫をひたすら体にくっ付けていくというものです」

「……それ、誰の発案?」

「シャルルさんです」

「やっぱりあいつか……」

 想像通りの回答に、クリュウは頭を抱えた。要するにシャルルの考えたアホらしい方法を順守して克服したらしい。結果的には克服できたが、手段としては外道極まりない。手足を鎖で封じられて泣き叫ぶルフィールに悪魔のような笑顔で虫を纏わりつかせるシャルル――日頃ルフィールに負かされているシャルルからしてみれば絶好の仕返しタイムだ。

「たぶん、先輩が想像している通りの光景でした。結果的に克服できたとはいえ、あんな事は二度とゴメンです」

「だろうね。僕だって積極的にやりたいとは思わないよ」

 今度シャルルに会ったらとりあえず軽く一発殴っておこう。そう心に深く刻み込むクリュウであった。

「っていうか、ルフィールも断れば良かったのに」

「先輩。ボクが力でシャルルさんに勝てるとでも?」

「……ごめん。僕が悪かったよ」

 シャルルは小柄な体格ながら信じられない怪力を持つ少女だ。下手すれば体格のいい男子とでも力勝負に勝ってしまうような筋肉バカ相手に、頭脳担当のルフィールが勝てるはずもない。要するに虫克服を手伝うという大義名分のもとに無理やり鎖で縛られ、ドスヘラクレスなどをくっ付けられていたのだろう。

「とりあえず、今度あいつにあったら蹴手繰り倒す」

「是非お願いします」

 まぁ、何はともあれ自分の弱点を一つ克服したルフィール。努力に努力を重ねて実力を身につけた彼女のがんばりは素直にすごいと思う。

 卒業後に村へ凱旋し、フィーリア達と出会って実力を磨いたクリュウ。おそらくルフィールはクリュウが卒業してから、ずっと彼以上の努力を重ねてきたのだろう――全ては、もう一度クリュウと一緒に狩りがしたい為に。そう思うと、そんな彼女の気持ちが嬉しくて涙が出て来そうになる。

「――ひとつ、訊かせてもらえないか?」

 そんな二人の会話に割って入ったのはシルフィードだった。それまでクールを装いながらも喜怒哀楽をわずかながら浮かべて話していたルフィールだったが、シルフィードの乱入に完全に表情を消した。そして鬱陶しいものを見るような目でシルフィードを見て「何でしょうか」と、全く抑揚のない声で答える。

「……クリュウとそれ以外で態度が露骨過ぎるぞ」

「大きなお世話です。それで、一体ご用件は?」

「いや、大した事じゃないんだが。パピメルSフェルムは確か素材に火竜の体液を使うはずだ。火炎袋はイャンクックでも代用できるとはいえ、そればっかりは代用はできない――君は、リオレウスの討伐経験があるのか?」

 その博識さからルフィールのリオレウス討伐経験の有無を尋ねるシルフィード。クリュウはまさかルフィールがリオレウスを討伐しているなど夢にも思っていなかったのだろう。驚いた顔で彼女を凝視する。

「――先日、他のハンターと一緒に討伐しましたが」

 ルフィールは平然とそう答えた。愕然とするクリュウを一瞥し、シルフィードは「そうか。野暮な事を訊いてすまなかったな」と潔く撤退する。だが戦地に残されたクリュウは平然としているルフィールを前に困惑していた。

「え、本当にリオレウスを討伐したの? 卒業してから半年も経ってないよね?」

「まぁ、他の方々と一緒でしたから。一緒と言ってもリオレウス討伐の為だけに結集された即席のチームですけど」

 それが何か?と言いたげに首を傾げるルフィールを見て、クリュウは返す言葉もなく力なく苦笑を浮かべた。自分だってリオレウスを討伐したのは早い方ではあるが、それでも卒業から半年は超えていたはずだ。単純に、ルフィールは自分よりも早いスピードで成長しているらしい。

 普通ならリオレウスを討伐した、という事実があればかけだしハンターなら自慢したくなる話題だが、ルフィールは当然の事をしたまでと言いたげに平然としている。肝が据わっているというか、ルフィールらしいというか。

「リオレウスの討伐。それがボクが自分に課した先輩の下へ帰る条件でした。それを果たしたからこそ、ボクはこうして先輩の下へ参上した訳です」

 平然と言ってのけるルフィールの言葉に、クリュウは一人苦笑を浮かべた。

 リオレウスを討伐するまで我慢する。一年で卒業を見事果たした彼女が自分に課した条件はあまりにも厳しい。リオレウスの討伐など普通なら最短でも卒業後一年や二年という過酷なものだ。それを、わずか半年で彼女はやってのけた。

 全ては、クリュウの為。クリュウに会いたい、クリュウとまた狩りをしたい、クリュウの背中を守りたい。そんな強い想いが彼女を尋常じゃない速度で成長させたのだ。

 呆然とする一同を前に無表情を貫くルフィールの姿を見て、クリュウは一人泣きそうになった。そこまで自分の為にがんばってくれるなんて、嬉し過ぎる。

「……寄生という可能性も捨てられないけど」

 そう言ってルフィールを睨みつけたのは、こういう失礼極まりない事を平然と言ってのける少女、サクラ。今まで沈黙していた彼女の突然の発言に言葉を失う一同を前に、ルフィールは別段気にした様子もなく、いつものようにメガネのブリッジをクイッと上げながら淡々と答える。

「――世の中、全ては結果です。過程や努力も評価基準にはなりえますが、あくまで補助的なものに過ぎません。結果さえ良ければ過程など問題はありません」

 それは、努力に努力を重ねて強くなった彼女が言うにはあまりにも不可解な発言だ。だが彼女はそういう子なのだ。努力は評価にはほとんどならない。なぜなら、努力する事は当然の事だから、努力を含めて初めてゼロベースとなる。あとの評価基準は結局は結果。

 努力を否定する訳ではないが、努力だけを見ようなどとは愚かな考え方。勝てば官軍負ければ賊軍。彼女はそういうサッパリとした考え方を持つ子なのだ。

 ルフィールの発言に、サクラの隻眼が幾分か鋭さを増す。隣にいるフィーリアは自分に向けられている訳ではないのに、恐怖のあまりビクビクとしている。

「……寄生は、否定しないか」

「別にあなたにどう思われようとボクは一切関係ありません――それに、ハンターならハンターらしく、腕を見ればわかる事をいちいち口で言うだけ無駄ですから」

 無表情で睨み合うサクラとルフィール。どちらも隻眼とイビルアイを鋭くさせながら互いを牽制し合う。当然二人の間には険悪な雰囲気が舞い降りる。そんな二人の雰囲気を見かねたクリュウが慌てた様子でルフィールの肩を叩いた。

「その、お腹空いてない?」

「何ですか突然」

「いや、空いてるなら何か作ってあげようかなって。久しぶりに僕の手料理とかどうかなぁって」

「……先輩の手料理。それは是非食してみたいです」

「そ、そっか。なら僕の家においでよ」

「承知しました」

 と、勝手に二人の間でとんとんと話が進んでいくのを呆然と見ていたフィーリア達だったが、二人して立ち上がるのを見て慌てて腰を浮かせる。が、

「あ、フィーリア達は悪いけどちょっと出ててくれないかな? その、ルフィールと二人きりになりたいからさ」

「そ、そんなぁ……ッ」

「……クリュウ、待って」

「ほら、積もる話もあるからさ。お願いッ」

 手をパンッと胸の前で重ねながら頼み込む彼の姿に、フィーリア達は困り果ててしまう。そこまでされてしまうと強く言い出す事もできなくなってしまうからだ。サクラもクリュウのお願いには弱く、不満げな表情を浮かべるもそれ以上何も言わなかった。

 皆が渋々納得したのを見て、クリュウは事の成り行きを見守っていたルフィールを連れて自宅へと向かう。そんな彼とルフィールの背中を、フィーリア達は不安げに見詰める。

「クリュウ様、何だか楽しそう……」

「……クリュウ」

「あれが、私達が出会う前のクリュウの仲間という訳か……」

「何よ。飯ならここでも食べられるじゃない」

「……これはまた、嵐が吹き荒れそうじゃのぉ」

 こうして、酒場に残された一同はそれから数時間、悶々とした時間を過ごすしかないのであった。


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