モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第171話 玉座に君臨する幼き少女王イリスとの出会い

 一行はジェイド総軍師の補佐官を務めるエイリーク・アトランティス少佐に連れられて、今まさに女王の間へと向かっている最中だった。そしてその女王の間には、この国を統べる女王――イリス・アルトリア・フランチェスカ女王が玉座に君臨している事であろう。

 先頭を歩くエイリークに続くようにクリュウ達は後を追って歩いている。ハンターとしての正装は防具姿ではあるが、さすがに一国の君主を前にしてはそのような出で立ちではマズイ。特に武器なんてご法度だ。その為今のクリュウ達はエルバーフェルドでフリードリッヒと対面した時と同じ正装に身を包んでいる。

 クリュウは黒いスーツに白いワイシャツ、赤色の紐ネクタイを施した正装姿。彼の一張羅だ。

 フィーリアも白を基調に黒で装飾されたゴシックロリータ調のドレス姿。胸元の網状に結ばれた赤いリボンがワンポンイトで、ワンピースの上から黒い上着を纏う事でかわいらしさと少し大人っぽさを意識したチョイス。前回と違うのは今回はツインテールではなくいつもの流しただけの髪型という点だけ。

 サクラは全体的に大人な雰囲気の赤を基調に下地が黒いワンピース。決して過剰ではなく適度に飾り付けられたフリルがかわいらしさも忘れない。上生地の赤い部分は大きく少し大胆に開きつつも黒い下生地がフリルのように胸元を優しく隠すという少し凝ったデザインで、スマートなスタイルのサクラの魅力を存分に発揮するデザイン。

 エレナは赤系を基調とした服で白いシャツに赤いチェック柄のスカート。腰は前を編み上げた黒い革地のコルセットで締め、足には黒いレース状のレギンスと長い茶色の革ブーツ。最後に胸元には赤い紐ネクタイでかわいらしさを出したもの。

 そしてシルフィードはクリュウと同じような男装用のスーツ姿。彼女らしくかっこいいのだが、シュバルツと対峙した時のドレス姿でないのが残念だ。フリードリッヒの時と同様恥ずかしいので辞退したらしい。

 私服自体はフィーリア達は皆明るめなもので雰囲気も柔らかいがその表情は皆緊張の色に染まっていた。一国の長に会う事になるのはエルバーフェルド帝国でのフリードリッヒ・デア・グローセ総統以来二度目だ。二度目とはいえ、そう慣れるものではない。あのサクラでさえ緊張しているのだから皆の緊張の度合いはかなりのものだろう。ちなみに彼女が緊張しているかどうかは、クリュウにしかわからない事だ。

 無言で歩く一行の中、しかし女性陣の視線はずっとクリュウ一人に注がれていた。なぜならエイリークが現れてついて来いと言ってから、彼は一言も言葉を発してはいないのだ。ずっと何か考え事をしているらしく、無言を貫いている。いつもは陽気に振る舞う彼が沈黙していると、どうしても緊張の度合いは跳ね上がってしまう。彼自身に自覚はないが、フィーリア達にとっては彼の明るい振る舞いこそがどんな苦境や恐怖にも打ち勝つ力になっているのだ。それが失われている今、彼女達の不安も膨らむばかりだ。

 不安そうに彼を見詰めながら歩く仲間達を前に、シルフィードはため息と共に足を早めると、考え込むクリュウの頭の上に手をポンと置いた。その衝撃に、考えに耽っていたクリュウは一瞬にしてこちらの世界に引き戻される。

「え? あ、シルフィ?」

「エレナにも言われただろう? 君が黙っていると彼女達が不安になるんだ」

「あ……」

 シルフィードの忠告に思い出したように振り返り、自分を不安そうに見詰めているフィーリア達と目が合う。その瞬間、彼の表情が申し訳なさそうに曇った。それを見てシルフィードはまたため息を零して彼の額をデコピンで弾く。

「笑えとは言わん。だがそう暗い顔になるな。不安や緊張というのは風邪以上に人に移りやすいのだからな」

「う、うん。ごめんね?」

「……フッ、わかればいいんだ」

 クリュウの表情が幾分か明るくなったのを見て表情を和らげると、シルフィードは彼の背中を優しく叩いて激励すると速度を落として先程と同じフィーリア、サクラ、エレナの後方へと下がる。すると、前方を歩く三人が自分に振り返っている事に気づいた。何だとばかり首を傾げると、代表するようにエレナが「ありがとね」と照れた笑みを浮かべながらそう言った。程度は違えど、見ればフィーリアとサクラも同じような様子だ。三人とも、クリュウの空気を変えてくれた彼女に感謝しているのだ。

 その光景にしばし呆然としてたが、すぐにフッと口元に笑みを浮かべると「大した事じゃないさ」とクールに彼女達の礼に言葉を返す。彼女らしい実にかっこいい照れ隠しだ。

「それにしても、さっきから何をそんな難しい顔してたのよ。そんなに厄介な考え事な訳?」

 クリュウの空気が柔らかくなったのを見計らって先陣を切ったのはエレナだ。長い付き合いなだけあってこういう微妙な状況でも彼に切り込めるのは彼女の特権とも言えよう。そんな彼女の問い掛けに対しクリュウは「ちょっと厄介かもね」と具体的な事は何も言わずはぐらかす。それがムッとしたのだろう。

「何よそれ。どうせ私達にも少なからず関わりのある事なんでしょ? だったら隠してないでさっさと吐いちゃいなさいよ。その方が楽になるわよ?」

「え、エレナ様? それじゃ犯罪者に対する尋問に等しいかと……」

 おずおずと会話に入って来たのはフィーリアだ。ずっと会話に入る機会を見計らっていたのだろう。彼女の問題提起に対しエレナは「ウソをついたりと隠し事をする奴は犯罪者予備軍みたいなもんでしょ」としれっと返す。その真っ直ぐというか無茶苦茶な理論にはさすがのフィーリアも呆れてものも言えない。ちなみに彼女の理論を採用すれば、全人類が犯罪者予備軍に該当する。当然、クリュウに対して想いを隠しているという点で言えばエレナも十分予備軍の一員だ。

 エレナの容赦のない追求に対してクリュウは「今はまだちょっと。僕の中でも決着がついてなくてさ。ごめんね」、やんわりと回答を拒否する。納得できないエレナは更に追求しようと前に出るが、それを制したのはサクラだった。

「な、何よ?」

「……騒々しい。クリュウを信じられないなら帰れ」

 エレナ以上に容赦のない物言い――そして誰よりも正論で、誰よりも真っ直ぐな言葉だ。

 サクラは余計な事は考えない。クリュウに絶対忠誠を誓い、信じ、愛し、そして彼の為に全力を尽くして全てを捧げる覚悟をとっくに決めている。その中には当然自身の保身もプライドもかなぐり捨てている。

 想いの強さなら恋姫達全員は同率かもしれない。だが、覚悟という面ではサクラは圧倒的に他の恋姫達を凌駕している。

 自分は考えず、好きな人の全てを信じて全力を尽くす。そう決めているからこそ、エレナのように彼を追求する事はない。信じているからこそ、何も言わずについて行くのだ。

「わ、わかったわよ……」

 格の違いを見せつけられたような気がして、エレナは不満気に、しかし素直に負けを認めて大人しくなった。

 結局、自分が怒っていたのは彼が何も自分達に話してくれない不満――要するに自己満足だ。納得できなくて、頼りにされていない気がして、不安と不満から彼を問い詰めた。情けない、自己満足。

 本当にクリュウの事を想っているなら、サクラのように彼を信じて無言でついて行く。

「……敵わないなぁ」

 思わず弱音が零れてしまった。だがそれはエレナだけではなく、サクラを除くこの場にいる恋姫全員が想った感想だ。

 サクラが常に全恋姫の中で先陣を切れるのは、運や大胆な性格や行動力だけで成せている訳ではない。彼を愛するという覚悟が、他を圧倒しているのだ。それを間近で見せつけられたような気がして、恋姫達は一斉に口を閉じてしまう。

 まだ会ってから半日と経っていないはずのアリアでさえ、サクラの本気の愛と覚悟を前に言葉を失っている。彼女からしてみればかつての大敵ルフィール・ケーニッヒ以上に厄介な恋敵(ライバル)に位置づけられる。

「あ、あれ? どうしたのみんな?」

 今度はフィーリア達が一斉に表情を暗くしたのを見てクリュウが心配そうに声を掛ける。それに慌ててフィーリアが「な、何でもないですッ」と手をブンブンと振って何でもないとアピールする。

「……気にしなくてもいい。自分の矮小さに嘆いているだけよ」

 さらりと言ってのけるサクラの言葉に、恋姫達が一斉に軽く殺意を覚えたり。漏れ出したその殺気にシグマとフェニスはビクリと震えるが、クリュウは天性の鈍感さからそれにも気づかずサクラに「どういう意味?」と聞き返している。

「……クリュウには関係のない事よ」

「そ、そうなの? ならいいんだけど……」

「くだらん話はそこまでにしてくれ。この先は許可された者しか入れない区画だ」

 クリュウ達の会話を止めて振り返ったエイリークの背後では軍服に剣を携えた兵士二名が守る門があった。鉄柵扉で閉じられた向こうはどうやら政府高官しか入る事が許されない区画らしい。エイリークが先頭を歩いているので兵士達は敬礼して彼らを中へ通す。

 全員が重要区画側へと入ると、外から兵士が鉄柵扉を閉めて鍵を掛ける。閉めるたびに鍵を掛ける所は厳重な警備が施されている証拠だ。鉄柵扉は重厚そうで、鉄鉱石をかなりの密度に高めたものを使っているらしい。これならイャンクック程度の突撃なら何とか一撃くらいは耐えられそう。当然、人間がどうこうできるようなレベルではない。

 ガチャリと鍵が掛けられると、それまで前を向いていたエイリークが不意にこちらへと振り返った。周りを威圧するような雰囲気と鋭い瞳でクリュウ達を見ると、真剣な表情のまま彼らに向けて最後の確認を取る。

「ここから先は我が国の中枢であり、我が国の国政や軍事面で重要なものが揃っている。然るにここで見た事聞いた事は決して他言無用。それとこれから君達は我が国の君主であらせられるイリス女王陛下へと謁見する。くれぐれも失礼のない振る舞いをする事。この二つが誓えないのであれば、即刻ここから退去してもらう」

「ち、誓います」

 エイリークの迫力に呑まれながらも何とか声を振り絞ってそう答えた。エイリークはクリュウの確認が終わると他の面々に確認を取る。全員が誓う事を宣言すると一つうなずいて再び前を向いて歩き出す。その瞬間、緊張の糸が切れたように全員の肩から力が抜ける。それだけエイリークの気迫はすさまじいものだったのだ。

 再びエイリークの後を追ってクリュウ達は歩き出す。今さっきここから先は状況が違うと言われた手前、誰一人無駄話をする事なく、結果的に一行は無言のまま歩き続ける。余計なものを見ないように、前だけに集中して歩き、来た道を忘れかける頃、先頭を歩くエイリークが足を止めた。そこは巨大な木製の扉であった。見るからに硬く、荘厳な趣きのある扉。

「……ユクモの堅木ね」

「何それ?」

「……東方大陸原産の良質な木材よ」

 素っ気なく答えるサクラだが、まさかこんな所で幼い記憶の中にあった家の柱と同じような木目の木材と出会えるとは思っていなかったので少し困惑しているのだ。

 さすがは海洋貿易拠点。世界中の品物が集まるだけに、中央大陸ではなかなかお目にかかれない東方大陸原産の木材をこうも堂々と扉の素材に使えるとは。

 クリュウ達が感心しながら扉を眺めていると、エイリークが振り返って静かにその扉へ手の平を上にしながら向ける。さながらその姿はツアーコンダクターにも見えなくはないが――如何せん表情が厳し過ぎる。

「ここが我がアルトリア王国の様々な物事や法案を最終決定する場所――女王の間よ」

 まるでそれが合言葉だったかのように、彼女の背後のユクモの堅木でできた荘厳な扉がゆっくりと開いた。巨大な扉が全開するまでには多少に時間がかかり、それはまるでゆっくりと視界が広がっていくかのような錯覚。

 ガタン……と開け放たれた扉の向こう。まず目についたのは天井から吊るされた巨大なシャンデリア。部屋はちょっとしたダンスホール程に広く、城の内装各所に施された芸術的な彫刻や調度品は特にこの部屋ではより美しいものが揃っている。シャンデリアから注がれる光はガラス細工独特のまばゆさで思わず見上げ、目を細めてしまう。

 最奥に位置する玉座に向かって一直線に真っ赤な絨毯が伸びており、それに沿うようにして居並ぶのは軍人。奥の方にはメイドの姿も数人見えるが、基本的にはこの空間には軍人の方が数が多い。見れば玉座には四方を囲むように薄いカーテンが掛けられており、そこに居るであろう女王の姿はよく見えない。

 緊張しながらゆっくりと足を踏み入れると、まるでそれを歓迎するかのように軍人達は一斉に一糸乱れぬ動きで敬礼で出迎える。だが誰一人笑う事なく、氷のような表情のまま敬礼で出迎えるのは歓迎というよりは圧迫に近い。改めて、自分達が招かれざる客だという事を思わざるを得ない。

 先頭を歩くクリュウがその圧迫感に思わず足を止めると、後続のフィーリア達も一斉に足を止める。フィーリアも居並ぶのが全員男性の軍人で、しかも怖い目をしている事から怯えているらしく先程からクリュウの影に隠れっぱなしだ。逆にサクラは自分やフィーリア達はともかくクリュウに対してそのような視線を向けられるのが腹立たしいらしく、先程から負けじと鋭い眼光で睨み返して周囲を威嚇している。エレナもサクラ程ではないが、負けじと大の大人相手に威風堂々と振舞っている。

 そんな二人の姿を羨ましく思っていると、背中をポンと叩かれた。振り返ると頼もしい笑みを浮かべたシルフィードがまるで「そう緊張するな」と励ましてくれているかのように立っていた。その頼もしさに感謝しつつ、クリュウは改めて真っ直ぐと前とを見据える。もう恐れたりしない。そんな強い意思を抱きながらの彼の横顔は真剣で、その凛々しい顔つきに乙女達は一斉に見惚れ、思わず頬を赤めた。

 クリュウは恐れる事なく一歩を踏み出す。その一歩に勇気づけられるように他の面々も止めていた足を一斉に進める。

 周りの居並ぶ軍人達の視線を恐れる事なく進み続けると、前方に居並ぶ軍人達とは明らかに違う一団が彼らを出迎える。

 玉座を中心に立っているのは四人。その全員が他とは明らかに違うオーラを纏いながら彼らを出迎える。

 左端にはアルフ、その横に白っぽいクリーム色の長髪に凜とした、でもどこか優しげな碧眼が特徴的な貴婦人が立つ。玉座を挟んでその横に控えるは飾り気のない軍服に灰色の髪、右目にモノクルを掛け憮然とした表情で立つ青年。そしてその隣、右端には立派な口髭に聖騎士団の制服を身に纏った筋肉巨漢の大男が迫力全開で仁王立ちしている。

 エイリークを先頭に無言でその玉座へと近付く一行。そして、数メートル程という距離でエイリークは足を止めると、ゆっくりとした動作でその場に跪いた。振り返れば背後にいたアリア、シグマ、フェニスの三人も同様に跪いており、クリュウ達も慌てて同様の動作を行う。その時に拒否しようとしたサクラをクリュウが腕を引っ張って無理やりさせた。その際に「……乱暴にしないで」となぜか頬を赤らめながら言う彼女にとりあえず謝りつつ、クリュウ達は無言で玉座の前に跪いた。

「三獣士のご令嬢一同と、先頃入国した大陸人一同をお連れいたして参りました」

「ご苦労。こちらへ来い」

 そう彼女を労い呼び寄せたのはモノクルを掛けた灰髪の青年。エイリークは短く返事をすると立ち上がり、クリュウ達を残して青年の背後へと移動し、そこで補佐官としての役目を全うするように控える。

 一瞬の無言。それを打破したのは話始めようとした青年の咳払いだった。

「顔を上げたまえ」

 その命令に素直にクリュウ達は従って顔を上げる。当然同じようにクリュウも顔を上げ、威風堂々と立つ青年の顔を見て目を見張った。それは隣に跪いていたフィーリアも同様だった。なぜなら、クリュウとフィーリアはその青年に面識があったからだ。しかし青年の方はクリュウ達を見ても何の反応を見せない。忘れているのか、覚えていないのか、それともあえて無視しているのか。とにかく、その事を尋ねられるような雰囲気ではない事は確かだ。

「事情はレキシントン農水大臣から聞き及んでいる。本来なら《栄光ある孤立》を掲げる我が国は君達のような大陸人を受け入れる事はない。密入国者は原則国外追放が我が国の対応だ」

「そ、それじゃあ……」

「あぁ、それはあくまで原則って話だ。それにお前達は密入国者ではないからな。どこぞのアホが見事に大臣の権限を使って連れ込んできたんだから、密入国にはならない。だから追い返すような真似はしないさ」

 そう言って彼らに安心するよう言ったのは右端の大男。屈強な体つきはまるで熟練のハンターのようで、しかし身に纏うのは自分達のようなハンター用の防具ではなくシグマがしているような聖騎士団のそれだ。

「先程、法務大臣から特例として入国許可書が発行された。これであなた達はアルトリア政府公認の入国許可人。安心してこの国を楽しみなさい」

 そう言って微笑むのはアルフの隣に佇む貴婦人。優しげな笑顔が魅力的だが、どこか厳しさも忘れない雰囲気は優しさだけではなく厳しさも兼ね備えた《できる女》という印象を抱く。そして、まさに貴族というオーラが彼女の身を包む。

 そんな二人の言葉に彼らに顔を向けていたクリュウは、その二人がそれぞれ誰かに似ている事に気付いた。女性は顔つきが、男の方は何というか雰囲気が。もしかしてと思って振り返ると、いつの間にかアリア、シグマ、フェニスの三人が立ち上がって自分達の左右を迂回するようにして前に出ると、それぞれ別の人物の横に並んだ。

 フェニスはアルフの横に、アリアは貴婦人の横、シグマは大男の横に。それが、彼の中で確信に変わった。

「紹介が遅れましたわねクリュウ。この方はアルカディア・ヴィクトリア。私の母で、ヴィクトリア家現当主ですわ」

 娘の紹介に貴婦人――アルカは「よろしく」とその場で優雅に一礼する。アリアやフィーリアの一礼もどこか高貴なものを感じるが、彼女のそれはどちらかと言えばセレスティーナに近い。本物の貴族という立ち振る舞いだ。

「こっちは俺の親父だ。名前はオメガ・デアフリンガー。家じゃ母さんの尻に敷かれ、呆れるくらいの娘バカだが、これでもアルトリア聖騎士団の総団長を務めてる武士(もののふ)だ」

「おいおい、ひどい言われ様だな。お父さん泣いちゃうぞ」

「キモイから泣くな」

 そう言いつつ苦笑するシグマの頭を大男――オメガは優しく撫でる。シグマもそれを拒否する事なくどこか嬉しそうに受けるのを見る限り、言葉とは裏腹に二人は仲のいい親子だという事がわかる。とても微笑ましい光景だ。

「やっぱり、三人の親だったんだ」

「おうよ。俺とフェニスの父親、アリアの母親はアルトリアの貴族の中でも古い家柄で、王家に対して忠誠を誓っている一族さ。親父達は特に先代女王の代から二代続けて王家を支えていて、その功績から三獣士なんて呼ばれてる。俺達はその娘達で、親同様に三人仲良くやってるって訳さ」

 シグマの説明に「おかげで、二人とはそれこそ国立幼稚園の頃からの腐れ縁になったのですわね」と苦笑交じりに、でもどこか照れたように頬を赤らめながらアリアが補足説明を行う。

「あなたの事は、娘から聞いている。思っていた通り、可愛らしい少年ね」

 楽しそうに笑うアリカの笑顔は、自分と同い年の娘がいるとは思えないほどに若く、美人で魅力的だ。そんな人に突然そんな素敵な笑顔を向けられたクリュウは思わず頬を赤らめて「は、はぁ……」と、いつもなら返すであろう「それって褒め言葉じゃないです」という返しも出て来ない。

「クリュウ様、見境がなさ過ぎます……」

 隣でフィーリアが深いため息と共にそんな事をつぶやいたが、意味がわからなかったのでとりあえずスルーしておく。

「うぅん、お前の言う通り女々しい少年だな。体つきはカツラを付ければ女に見えなくもない」

「だろ? あの容姿だから学生時代隠れファンは少なからずいたんだぜ」

 親子揃って自分をからかうような事で盛り上がるオメガとシグマから聞こえる声に、思わず苦笑を浮かべながら「母さん似っていうのも、考えものだなぁ」と零す。クリュウはそんな反応を見せたが、一方シグマの方の言葉に敏感に反応したのはフィーリア達だ。

「か、隠れファンがいたんですか……」

「……クリュウは私だけのアイドルでいいのに」

「まぁ、普段からあの無尽蔵の優しさを振りまいていたプラス、あの容姿なら女子に人気が出るのも頷けるな」

「ある意味無差別襲撃に等しいわね」

 危機感を持ったり、嫉妬したり、彼らしいなぁと苦笑を浮かべたり、変わらない彼に呆れたり。四者四様の反応を見せるフィーリア達。自分が好きになった人は、どうにも自分達の苦労を増やすばかりらしい。だがなぜか、だからといって彼を憎む事はできない。なぜなら、自分達はそんな彼の無尽蔵というか無差別の優しさに惚れた身なのだから。それを否定するのは自分達の恋心の否定と同義。恋する乙女の葛藤だ。

 恋する乙女のため息が一斉に零れる。それを見て、当の本人はどうしたのだろうと首を傾げている。それを見て、また一斉にため息が零れた。

「アリア。あなたも難儀な人に恋したな」

「……本当ですわ」

 クリュウには聞こえない声で娘の苦難に苦笑を浮かべながらつぶやくアルカの言葉に、アリアはため息と共にそう返した。それ以外、今の言葉の他には出て来なかったのだ。

 わいわいと勝手に盛り上がる三獣士とその娘達、そしてクリュウ達。そのあまりにも世俗に染まった会話内容に居並ぶ軍人達もポカンとなっていることすらも彼らは気づかない。だがその軍人達も、そしてクリュウ達も話を戻そうとした青年の咳払いで元に戻る。

「話を戻すぞ。君達には入国許可が出た。つまり、国外退去処分を命じる事はない。長期滞在は認められないが、最大で一ヶ月程度の滞在なら可能だ。好きに動くがいい。ただし、イリス陛下の政を妨げるような行いをした場合には、問答無用で強制国外退去だ。いいな?」

 まるで決められている事が書かれた紙を読んでいるかのように、その口調は《決定事項》という言葉が裏に隠れている。その有無を言わせぬ迫力に、思わずクリュウはうなずいた。特に反論する要素もなかったから余計にだ。ただし、そんな青年の物言いにフィーリア達はあまり良い印象を抱かなかったのか表情は微妙だ。特にサクラは早速彼を睨みつけてい隠している始末。それでも、こちらは招かれざる客なのだから追い返されない事になっただけ彼には感謝はしている身。プラスマイナスでプラスが勝っているからこそ黙っているのだ。

「見知らぬ国で宿を探すのも大変だろう? 滞在中は城の客間を使うといい。イリス陛下の心優しい計らいだ。感謝しろよ?」

 そう笑いながら言うオメガの視線は自然と玉座に向けられる。その視線を追えば、当然全員の視線も同じ場所に注がれる。未だレースのカーテンで隠された玉座はやはり中の人物を詳しく見る事はできない。シルエットは何とか見えるが、それを見る限り中にいる女王はあまり身長の高い人物には見えない。むしろフィーリアなんかよりも小柄に見える。それが少し気がかりではあったが、女王は未だ顔を見せる事はおろか声も発さずに自分達の会話を見守っている。

「あの、ありがとうございます」

 自分達の為に宿まで用意しれくれたイリス女王の計らいに、クリュウは反射的にそう礼を述べていた。だがそれは上流階級に接した事のない、平民のクリュウらしい実に飾り気のない礼の言葉。実際、その失礼にも聞こえる言葉に青年の表情が厳しくなる。が、何かを言おうと開けられた口は突然横から投げかけられた声で閉じられた。

「――良い。欲と権力で飾り立てられた礼より、妾は何の飾り気もない真っ直ぐな礼の方が好きじゃ」

 レースに隠された玉座から響く凛とした静かな声。決して大きな声ではないのに、その声はとても澄んでいて水面に落ちる水滴で生まれた波紋のように部屋中へと響いた。

 並ぶ軍人やアリア達が一斉に玉座へと振り返る。クリュウ達の視線も当然玉座に向けられるが、今の彼らの視線は信じられないものを見ている目に変わっていた。

「……子供?」

 サクラの小さなつぶやきは、皆の心の内の言葉を代弁したものだった。

 そう、玉座から広がった女王の声は――子供、少女のものだった。子供が大人びた口調と雰囲気を真似している、そんな滑稽にも思える声。だが不思議と嘲笑するような気持ちは生まれなかった。なぜなら、その声の奥にしっかりとした意志を感じたからだ。明確な強い意志と女王としての品格と決意。自分達とは違う、《王》としての尊厳。人の上に立つ者にだけある、己が信念を貫こうとする心――それはエルバーフェルド帝国総統、フリードリッヒ・デア・グローセと同じ、王の声。

 その聴き惚れるような、美しくも気高い声に思わずクリュウは玉座を凝視してしまう。レースに隠された玉座はそうした所で透けたりする訳ではない。でも、その声はまさに《人を魅了する声》だった。

「それにジェイド。お主まだ自身を名乗ってはおらぬな。無礼じゃぞ」

「……申し訳ありません」

 女王に一喝されたジェイドはそれまでの威圧感を微塵も感じられない程に小さくなる。どうやら彼は相当女王陛下に頭が上がらないらしい。まぁ、最高国家権力者に逆らうような事は普通はしないだろうが。それを差し引いても彼は実に素直に自分の否を認めている。それだけ、彼にとっては女王の存在は大きいのだろう。

「失礼した。私はジェイド・クルセイダー勲功爵。アルトリア王政軍国総軍師、及び王軍艦隊司令長官を兼任している者だ」

 青年――ジェイドは素直に頭を下げてから自らを名乗る。まぁサクラとシルフィードは以前にヴィルマで遠目に、クリュウとフィーリアは直接会っているので今更な感じもするが。唯一その自己紹介が意味を成したのは全く面識のないエレナだけだ。

「礼に始まり礼に終わる、人と話す際には大切な事じゃ。決してそれを忘れてはならぬ」

「はッ」

「……とは言うものの、妾も名乗っていない無礼者には違いないがな」

 一瞬、王の仮面が崩れて歳相応の少女らしいイタズラっぽい声に変わった。それを聞いて、やはり王も人間なのだなぁと妙な部分で感心してしまうクリュウ。それはフリードリッヒの時も同じだった。

「妾もこのような布越しで失礼じゃったの。このレースは特殊な繊維でできており、銃弾やナイフのような類を防ぐ役割を持っておるのじゃ。まぁ、人の上に立つ者はそれ相応に命を狙われたりする。用心じゃよ」

 おかしそうに言うが、その内容は決して笑えるものではない。

 世の中、万民が幸せになる事はできない。誰かが幸せになれば、誰かが犠牲になる。そういう風に世界の構造はできている。王や君主などは、その比率を操る存在だ。大を助け小を切り捨てる。結果的にそれで多くの人民を救い、幸せにしてもわずかな民がその犠牲となる。世の中は天秤だ。何かを吊ってバランスを取る為には、それ相応の対価、犠牲が必要だ。

 故に、天秤を操る役目を担う王や君主は常に犠牲になる者達からは憎まれ、恨まれ、時には命を狙われる事もある。そしてそれは国民からの圧倒的な支持率を誇るイリス女王も例外ではない――例えまだまだか弱い少女であっても、人の上に立つからにはそれ相応の覚悟を持たねばならない。そして彼女は、すでにその年でその覚悟ができている。

 きっと、声からするに年齢は自分やフィーリアよりも下のはず。それでも、その声から感じ取れる覚悟や決意は、自分達よりもずっと大人だ。

「ジェイド。レースを開けよ」

「しかし陛下……」

「良い。三獣士の娘達が認めた少年とその仲間。心配するような事は何も起こらんよ」

「……御意」

 ジェイドは一礼すると背後に吊るされている縄紐を掴み下へ引く。それに合わせて玉座を取り囲んでいたレースがサーッと開かれて、中にある玉座が現れた――そして、その玉座に君臨する幼き女王の姿も。

 玉座を囲むレースが取り払われると同時に、少女王は静かにその小さな体に不釣合いな程に大きな玉座を降りて立ち上がる。颯爽と靡かせるのは美しい銀色の髪。純白に近い、白銀と称するに相応しいシルフィードの髪とは違う、光り輝く美しい銀髪。それを腰程にまで流し、まるで彼女を取り囲むように風が吹き、その銀髪を美しく靡かせる。

 閉じられた瞳が開かれる。まるで南洋の海を模したかのような美しい蒼色をした碧眼は凛々しく、意志の強さを感じさせる強い光に満ち溢れている。

 だが何より目を引いたのは、その美しく整った顔立ちだった。まるで世界一の人形技師がその半生を注ぎ込んで創り上げた至宝の一品のように美しい。肌は陶磁器のように白く、見るだけでその美しい肌が柔らかいとわかる。思わず手を伸ばして触ってしまいたくなるが、当然そんな事はできるはずもないが。

 子供ながらの小柄な体格で、当然シルフィードのような大人の女性らしいスタイルでは決して無い。それでも、銀髪と美しい白肌に合わせた純白のドレスに包まれた体は、まるで守ってあげたくなるように華奢だ。口調こそ大人びていても、その正体はそんなまだまだ子供であると表しているかのよう。

 まだまだ子供という感じが拭えないが、それでも少女は美しい。将来は絶世の美女が約束された、そんな片鱗を持つ少女は今でも十分に美しい。クリュウは思わず相手が子供である事も忘れて、ついその姿に見惚れてしまった。

「――改めて名乗る。妾の名はイリス・アルトリア・フランチェスカ。このアルトリア王政軍国の女王じゃ」

 アルトリア王政軍国女王――イリスはニッと子供っぽくもどこか凛々しい笑顔と共に名乗り、クリュウ達の前に威風堂々と君臨するのであった。


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