モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第169話 友と再会 豪快な笑顔と共に現れる勇ましき暴風娘

 時は少し遡って、アルフが女王の間で叱責されている頃。アルフの指示でクリュウ達は客間に通されて彼の帰りを待っていた。

 今ここにいるのはクリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィード、エレナの五人。フェニスはアルフと同時に野暮用があるからと去っていた。

 クリュウ達は通された客間でゆっくりくつろぐ手はずになっていたが、実際はその客間のあまりの豪勢さに呆然としていた。

「……チッ、これだから貴族やそれに類する生き物は嫌いなのよ」

 舌打ちして部屋の装飾品を見ながらサクラは悪態づく。その言葉を背中に受けたフィーリアがビクリと震えた事に彼女は気付いていないだろう。

「エムデン宮殿は外見に反してずいぶんと質素な宮殿だったけど、ここは外見通り豪勢な内装が目立つわね」

「アルトリアは蒸気機関を用いた工業品の他、海上拠点としての役割による収益で相当に豊かな国と聞く。おそらく、王族がこのような豪勢な事をしても国民が反発しないだけ国民も豊かなのだろう」

 感心半分呆れ半分という具合でつぶやくエレナの言葉にシルフィードが持てる知識で推理を披露する。実際は彼女の言う通り、アルトリアは国全体が豊かなので王家が多少の無駄遣いをしても反発が起きないのだ。財政面においても、この国は桁外れなのだ。

 室内の豪勢さに話題を見出して会話する女子達の間、クリュウだけは終始無言であった。常日頃何かとこういう会話には入る事の多い彼らしくない。それを不安に思ったフィーリアがそっと彼の横に腰掛けた。

「あの、クリュウ様大丈夫ですか?」

「う、うん。平気だよ。大丈夫だから、心配しないで」

 笑顔で答えるクリュウだが、その笑顔にいつもの輝かしさはない。無理して笑っているのが丸わかりだ。ウソのつけない彼らしいドジだが、今はむしろその無理している姿がフィーリアの心を痛めた。

 本当はもっと彼の支えになってあげたい。でも今回ばかりは自分のできる範囲を超えてしまっている。支えになってあげたくても、自分にはその手段がない。そのもどかしさに、フィーリアの表情も自然と暗くなってしまう。

 そんな二人の様子に気づいたエレナがそっと二人の背後から近寄ると、両手で同時に二人の頭を掴むと、ワシャワシャと乱暴に髪を掻き乱した。

「ひゃあッ!?」

「な、何するんだよエレナッ!」

「なぁに辛気臭い顔してんのよ。らしくないわよ」

 イタズラっぽく笑いながら二人の頭を散々掻き乱しながら言うエレナを見てシルフィードとサクラは同時に小さな笑みを口元に浮かべた。実に彼女らしい荒っぽいやり方だ。

 パッと手を離すと、フィーリアはグチャグチャになった髪を慌てて直し、クリュウは振り返って「いきなり何するんだよ」とエレナに不満気に言葉を吐く。だがエレナは気にした様子もなく「あんたがあんまりにも情けない顔してたのが悪いのよ」と無茶苦茶な言い分を言ってみたり。

「な、何だよそれ……」

「いいから。んな辛気臭い顔されてちゃこっちの息が詰まんのよ――いつものあんたらしく、あんたは笑ってればいいのよ」

 その言葉にハッとなって振り返れば、フィーリアだけではなくシルフィード、サクラも自分の方を見詰めている事に気づく。どちらの視線も、自分を心配しているのが見て取れた。それを見てクリュウは大きくため息を零すと、気持ちを切り替えるように今度こそ自分らしい笑顔で彼女達を迎える。

「ご、ごめんね。心配掛けちゃって、ちょっと考え事してただけだからさ。ほんと、心配されるような事じゃないから」

「そ、そうか? なら構わないのだが……」

「……クリュウ、大丈夫?」

「平気だよ。ごめんねサクラ」

「……心配。今日、夜添い寝して――」

「――調子に乗るなセクハラ娘」

 抱きつこうとするサクラの頭にチョップを入れ、ため息と共に呆れ果てるエレナ。頭を摩りながら文句を言いたげなサクラの視線を無視し、クリュウの額にデコピンをかます。

「あたッ!」

「紛らわしい事してんじゃないわよ。まったく、事が事だけにみんな不安なんだから」

「ご、ごめん……」

 申し訳なさそうに謝るクリュウだが、それを遮るように再びエレナは容赦なく彼の額を指で小突いた。

「だぁから、辛気臭い顔すんなって言ってんのよ」

「ご、ごめ……うん」

「……ったく、世話焼かせんじゃないわよバカ」

 厳しい口調で言うものの、その表情は先程までとは違いどこか明るい。本人は否定するが彼を心配していた身としては、いつもと違う彼の様子が心配するような事ではないとわかってほっとしているのだ。

「だが、何をそんな顔して考え込んでいたんだ?」

「いや、大した事じゃないんだ。うん、もう平気だからさ」

「そ、そうか? ならいいのだが」

 シルフィードはまだ疑問が残っていてもそれ以上は問いかける事はしなかった。本人が話したくないのなら、無理に聞き出すような事は彼女は決してしない。

「……クリュウ、平気?」

「大丈夫だよ。サクラもごめんね、心配掛けちゃって」

「……うん。でも、無理しないで」

 サクラの言葉にうなずき、クリュウは気持ちを切り替える事にした。まだ解決した訳ではないが、それでもとりあえず解決する兆しも見えない為、ここで悩むのは諦めたのだ。

 クリュウの表情が幾分か穏やかになったのを見て今度こそ彼の様子を心配していた少女達は一様に安堵の息を漏らした。皆彼の様子がおかしい事に緊張していたのだ。

 皆が自分の事を心配していたと気づくと、クリュウは首を横に振って邪念を飛ばす。今回の騒動の当事者たる自分がここで弱きな姿を見せれば、皆の不安を煽ってしまう。決して、自分の弱い所を彼女達に見せてはならない――そう思っていたが、実際は自分のそんなウソはまるで通じず、皆の不安を煽ってしまった。

 だが、エレナは言った。いつもの自分らしくしろ、と。

 難しい事を考え過ぎるのは自分の悪い癖だとは自覚している。楽観視しろとまでは言わないが、それでも無駄に考え過ぎるのはやめよう。次のステップにどう進むかという問題は片付いてはいないが、それでも今は彼女達の信頼に応えよう。そう決意した。

 その時、突然部屋のドアがノックされた。クリュウが答えると「私よ、開けてもらえるかしら?」と優しげな声が扉の向こうから響く。フェニスの声だ。

 ドアを開けようと腰を浮かした途端「私が行きます」と率先してフィーリアが動いた為に少し浮いた腰をクリュウは再び下ろした。

 ドアに近づいたフィーリアはそっとドアを開いてフェニスを迎え入れた。笑顔でお礼を言いながら優雅に入って来るフェニス。その背後にもう一人の人間が居る事は何となく全員が気配で気づいた。警戒しながらその人物の登場を待っていると、ゆっくりと部屋の中にその人物は入って来た。その瞬間、クリュウの目が大きく見開かれた事に恋姫達が一斉に気づいた。

 美しい紫色の髪を凛々しくポニーテールに纏めた少女だった。凛々しく勇ましい、自信に満ち溢れた顔つきも。常に勝気で煌く紫色の瞳も。その圧倒的な存在感と猛々しさもまた、あの頃と何ら変わらない――いや、むしろ以前よりも幾分か大人へと近づき、よりかっこ良く、そして美しくなったかもしれない。その豪快さと美しさから、かつて周りから《炎の女神》と称された少女。

 ニッと口端を吊り上げ、凛々しい笑みを浮かべながら少女は驚くクリュウに近づくと、突然彼の首に腕を回して引き寄せ豪快に笑った。その無作法さというか、豪快さもまた懐かしい。

「よぉ、久しぶりじゃねぇかクリュウ。元気にしてたかぁ?」

「痛い痛いって……ッ」

 嬉しさのあまりか、妙に力強く抱き寄せられたせいで首が締まりクリュウはギブギブとばかりに彼女の背中を叩く。少女が「おっと、いけね」と解放すると、クリュウは「まったく、君は相変わらずだね」と苦笑と共に変わっていない彼女の印象を口にする。

 改めて彼女に向き合い、クリュウは笑顔で彼女を出迎えた。

「久しぶりだね――シグマ」

「おうよッ。卒業以来だから一年以上ぶりか。テメェもあまり変わってねぇな」

 そう言って屈託なく豪快に笑うのは、彼がドンドルマのハンター養成訓練学校在学中にクラスを巻き込んで何度もライバルと壮絶な戦いを繰り広げ、五年生の時には敵クラスの委員長として、最後の学年では自分と同じFクラス委員長として奮闘し、何度もクリュウ達の危機を救ってくれる同い年だが頼れる姉御。共に青春時代を切磋琢磨し合った大切な学友――シグマ・デアフリンガーであった。

「ハッ、軍上層部も大騒ぎだぞ。突然外国人が我が国の飛行艦に乗ってやって来たってな。んな大胆不敵な事をするのはどんな連中かと思ったが、まさかテメェだったとはな。まぁ、テメェならこれくらいの無茶はやりかねねぇけどな」

「まぁ、学生時代散々無茶したからね。でもそれはシグマだってそうでしょ?」

「ハハハッ、違いねぇ」

 豪快に笑いながらシグマはクリュウの背中を勢い良く何度もバンバンと叩く。クリュウはその威力に眉を顰めるが、同時にこれが彼女のスキンシップだと知っているので我慢するしかない。ただ、昔より腕力がついたのか以前よりも痛いが。

 苦笑しながら彼女の過剰なスキンシップに耐えていると、ズイッと二人の間に割り込む者がいた。

「お、何だこいつ?」

「さ、サクラ?」

「……気安くクリュウに触るな、殺すわよ」

 クリュウとシグマの間に入って彼女を押しのけ、その鋭い隻眼に睨みつけるサクラ。彼女はこれがシグマ流のあいさつだと知らないが故に、彼女の行いを暴力行為と認定して止めに入ったのだ。その点は実に思いやりのある行動なのだが、問題はその容赦が無さ過ぎる発言だ。

 いきなり初対面の相手に「殺す」発言され、さすがのシグマも目を白黒させる。その横ではあちゃーとばかりにクリュウが頭を抱え、シグマの背後ではフェニスがおかしそうに笑っている。

「クリュウ、誰だこいつ?」

「えっと、サクラって言って、今の僕のチームメイト」

「……サクラ・ルナリーフ。クリュウの嫁よ」

「何どさくさに紛れて大ほらを吹いてやがりますかッ!」

 間髪入れずにフィーリアが怒りながら間に割って入って来た。邪魔をされて舌打ちするサクラに詰め寄って怒る彼女の姿を見て混乱に余計拍車が掛かって呆然とするシグマに、クリュウはため息と共に彼女を紹介する。

「この子はフィーリア。彼女も僕のチームメイトだよ」

 さりげなく紹介されたのを見てフィーリアは慌てて姿勢を正して一礼した。一瞬慌てふためいたとはいえ礼儀正しく一礼する彼女に合わせてシグマも戸惑いながら礼で答える。

「……何か調子狂うな。まるでシャルル達を相手にしてる時みたいだ」

「まぁ、性格は全然違うけどあの頃みたいに騒がしいのは変わりないから」

 苦笑しながらそう言うと、クリュウは改めてちゃんと自分の仲間達を紹介した。サクラ、フィーリア、シルフィード、エレナの順でフルネームと自分との関係を説明する。まぁ、当然彼の関係説明に乙女達は不満を抱くが、今は胸の奥に押し留めている。

 一通りの説明を終えると、待ってましたとばかりにシグマは盛大なため息を零した。

「……お前、一年経っても相変わらずだな。神様ってものがいるとしたら、テメェは好かれてんのか試されてんのかわかんねぇぞ」

 呆れ果てるシグマのセリフにクリュウは意味がわからずに首を傾げた。その反応を見て彼が全くの無自覚であると再認識すると、今度はフェニスの方へ向き直った。するとフェニスはお手上げとばかりに肩を竦ませる。そしてもう一度ため息を零し、

「ったく、アリアが苦労する訳だぜ……」

「……だから、何で話の途中途中でアリアの名前が出て来る訳?」

 何気なく疑問を投げ掛ける彼の声に再びため息を零すも、気を取り直してシグマは威風堂々と客人の前に立ち塞がった。自信に満ちた勇ましい表情は、あの頃と変わらず輝き、美しい。

「名乗られたからには俺も名乗るぜ。俺はシグマ・デアフリンガー。クリュウとはドンドルマのハンター養成訓練の同級生で、時には腹心として、時には敵として共に切磋琢磨し合った仲だ」

 そう名乗ってシグマは豪快に笑いながらクリュウの背中をバシバシと叩く。その衝撃にクリュウはよろけて咳き込む。それを見てフィーリア達の表情が険しくなったのを見て、シグマは今日何度目かわからないため息を零した。

「……こりゃ、学生時代よりも状況が混沌としてるな」

「あ、そういえばシグマ。君エルとはその後どうなの?」

「ぶほぉッ!?」

 突然思いもよらぬ人物の名前が出た事にシグマは激しく咳き込んだ。「だ、大丈夫?」と心配するクリュウの首根っこを掴んで真っ赤になった顔で叫ぶ。

「テメェ……ッ、何でここであいつの名前が出て来やがんだッ!」

「え? だ、だって学生時代仲良かったから……ほら、君だって妹みたいに可愛がってたみたいだし」

「う、うるせぇッ! エルと俺は何でもねぇって言ってんだろうがッ!」

「えぇッ!? 何でそんなに怒るのッ!?」

「うふふふ、クリュウ君って本当にすごい子ね。何でこう絶妙に爆弾を爆破できるのかしら」

 ものすごい剣幕でシグマに怒鳴られるクリュウは至近距離での大爆音に耳をやられたのか、クラクラしながら彼女のされるがままガクンガクンと激しく首を前後に振る。そんな二人の様子を楽しげにフェニスは見守っていた。

 ようやく解放される頃にはフラフラと力なく後退し、慌ててシルフィードが支えて何とか倒れずに済んだ。そんな彼を一瞥し「フンッ」と鼻を鳴らしてシグマはそっぽを向く。だが次の瞬間大きく目を見開くと、再び気を失いかけているクリュウを凝視した。その瞳はまるで信じられないものを見る目だ。

「お、お前……それ、レウスシリーズか?」

「……シグマ、気づくの遅過ぎ」

 呆れ声と共にため息を零すフェニスの言葉を無視し、シグマは目を丸くしてクリュウの装備を見詰める。

「ま、間違いねぇ。これはレウス装備だ……クリュウお前――これどこで盗んで来た?」

「いきなりそれッ!? 君の中での僕の評価ってそんなに低いのッ!?」

 一瞬前までは気を失いかけてフラフラとしていたとは思えない鋭いツッコミ。観衆がいたら拍手が湧きそうな見事な切り替えの速さだ。さすが数少ないツッコミ役と言った所か。そんな彼の背後では彼の勇姿を頬を赤らめながら見詰めるサクラが「……かっこいい」と漏らし、エレナが「あんたのかっこいい基準って……」と少々呆れていたり。

「これは僕の所有物だよッ! ちゃんとリオレウスを討伐して作ったんだッ!」

「……でもよぉ、お前学生時代実技は凡だっただろ? それにいくらクリスティナの野郎クラスの天才でも、さすがに一年じゃリオレウスは無理だろ? それにお前、ウソつくの下手だったろ?」

「そ、それは……ッ。な、何というか、その……仲間に恵まれてた……から?」

「……寄生か?」

「だからぁッ! どうして君の中の僕の評価はそうも人間として最低の部類になる訳ッ!? 当たらずも遠からずだから余計に傷つくわッ!」

 シグマのボケというか、容赦のない物言いにクリュウのツッコミの才能が全力開花する。これほどまでに彼のツッコミの才能が全力で使われる事はいつ以来か。何となくだが、彼が生き生きしているように見えるのは気のせいだろうか。

 すると、そんな彼の様子を見ていた恋姫達の表情が一斉に曇った。なぜかと言うと……

「クリュウ様のツッコミの能力が存分に発揮できないのは、私達が不甲斐ないせいでしょうか?」

「……嫁として、夫を立てられない自分が情けない」

「いや、あんた達のボケは少し自重しなさいよ」

「エレナの言う通りだ。パスというのは適度な速度で送るものであって、毎回豪速球で送られても手に余る。特にサクラはな」

 とまぁ、クリュウのツッコミ能力を存分に発揮させられない自分達の不甲斐なさを嘆いているのだが、エレナとシルフィードの言う通りこの四人のボケ(特にサクラの)はかなり濃い内容なので、クリュウが数を捌き切れないという事情がある。その点ではシグマなどのボケは威力も連射速度も手頃と言えるだろう。

 そんな乙女達の会議を背後にクリュウは必死になってシグマとこれまで特に訊いて来なかったフェニスに説明する。まぁ、説明すればするほどに三人の猛者の実力が目立ってしまうので、最終的にシグマが至った結論が「いや、それ寄生と言っても過言じゃないぞ」との一言で寸断された時は、さすがのクリュウも膝から崩れ落ちた。

「……まぁ、必至に弁明しても結局はそうなんだけどね」

「いや、今の冗談だから。お前がそういう人間じゃないって事はわかってるからさ……だからそんなに落ち込むなって――っていうか、早くテメェが立ち直ってくれねぇと俺がお前の仲間に殺されそうなんだが」

 落ち込むクリュウを何とか立ち直らせようとするシグマの頬を嫌な汗が流れる。背後から身を貫くような八つの瞳が彼女のタフなはずの心臓を縮めていた。そんなあまり見慣れぬシグマの姿を、フェニスは楽しげに見詰めている。

 クリュウがようやく立ち直ると、シグマはわざとらしく咳払いして話題を変える。

「国に戻ってからは親父の言う通りに従って軍に入り、今は聖騎士団の団員って訳さ」

 今の自分を見よとばかりに自信満々の表情でシグマは仁王立ちした。

 よく見れば彼女の服装はただの服ではない。戦闘の際に身を守る戦闘服だ。

 それはハンターの防具を全身くまなくを硬いモンスターの素材で守る鎧と例えるなら、それは必要最低限の場所にのみ鉄製の装甲を施した装甲服と言うものだろう。利き腕の逆の左肩と胸に装甲板を構え、腕にはガントレット、足は鉄製の軍靴。腰回りに布製のスカートを穿いている所は遊び心かもしれないが、その下の腰回りにも鉄製の装甲が施されているのがわかる。動きやすさを追求した軽装備の出で立ちだ。国によって多少デザインは変わるが、一般的な兵士の野戦服はこのようなデザインである。

 だがこのような軽装備でも、ハンターの装備での動きを見ればわかるが大した違いはない。これには事情があって、モンスターの素材の加工技術ではハンターズギルドが世界一の技術力を誇る。しかもその技術を独占し、外部に漏らす事を徹底的に禁止している事から諸外国はモンスターの素材を用いた技術力は低く、とてもハンターの防具のような優れた能力を持つ防具など作れない。それを鉄製に代用すれば同規模の防御力を持つ事はできてもその重さから身動きが取れなくなってしまう。その他、モンスターの攻撃のどれもが一撃で死に至る可能性を持つ事から、転倒や衝突から守る最低限の防御力を備えれば良いという事から、こうした軽装備が軍では主流となっているのだ。

 クリュウ達は知らないが、何の装甲も施していないエルバーフェルドのカレンのような軍服は正装と言う正式な場などで使う軍服であり、彼女が纏っているのは実戦で使う野戦服と呼ばれるもので、下士官クラスまでなら正装を施す場合以外は基本的にこれが通常服となる。

「と言っても、俺は普通の軍人とはちょっと異なるけどな」

「どう異なるの?」

「うん? 普通の軍人は基本的に敵対勢力との交戦を主とする、要するに人と戦うもんだ。だが俺は親父直轄の対モンスター戦を主とする第七聖騎士団っていう特殊部隊に属してるんだ。まぁ、普通の軍人よりはハンターに近い部類になるな」

 エルバーフェルドでのエルディン率いる独立歩兵師団や、アルトリアでのシグマが所属する第七聖騎士団など、先進国の間では外敵勢力と戦う軍隊の中に、こうした対モンスターを専門とする部隊を昨今編成するようになった。それまでは人とモンスター区別なく軍隊が討伐を行なっていたが、皮肉にも敵を撃破する為の兵器や戦法という概念が進化した事によってモンスターとの戦闘と大きく戦い方が異なった為にこうしてモンスター専門の特殊部隊が必要とされるようになったのだ。

「チームとかってあるの?」

「ハンターのようなチームって単位じゃないが、一応聖騎士団じゃ一分隊四名編成にはなってるな」

 分隊とは軍における最小の部隊単位であり、国によって異なるが大体一分隊四人編成となっている。これは四人という人数が戦闘、役割、人間関係などで最も理想的な人数とされているからであり、一説にはハンターズギルドの人数設定もジンクスなどではなくハンターの能力を最大限に発揮できる人数を四名としているからとも言われている。

 ハンターは軍隊で言う所の分隊が基本編成であり、一度の狩りに最大四人までしか参加はできない。だが軍隊では実際一度の討伐作戦では戦闘部隊として歩兵一個中隊(約一〇〇名)に火砲による火力支援を行う砲兵部隊と陣地形成及び補給物資の管理を行う支援部隊の各一個小隊(約二〇名)、治療を行う医療部隊一個小隊(約十名)の計一五〇名程が投入される。これはエルバーフェルドの独立歩兵師団でもほとんど同じような編成となる。

 国によって多少の編成人数の違いはあれど、平均して一個師団(この世界における軍隊の最高部隊単位。アルトリアでは一つの聖騎士団に該当)約三〇〇〇~四〇〇〇名で編成される。

 一回の狩り(リオレウスなどの飛竜種を基準とする)に実戦部隊(歩兵・砲兵を含む)一〇〇人以上を投入する。ハンターからしてみればまるで古龍迎撃戦のような人数だが、これが一般的な軍隊の討伐隊の編成だ。そもそもハンターというものを職業としている人間達が異常な存在なのだ。巨大な飛竜相手に最大四人で戦いを挑むなど、普通は考えれない。そういった連中が軍隊という組織を作るのだ。

 装備品の加工技術、特殊訓練による高度な人材育成、そして個人の驚異的な戦闘スキル。どれをとってもドンドルマ、つまりハンターズギルドは桁が違う。対して軍は多人数による連携攻撃と遠距離からの火力支援の二つを主として運用する組織力で対抗しており、その結果こうした大規模な編成が行われているのだ。

 だが、結局は対モンスター戦の装備が貧弱なのは軍隊という組織が本来は人を相手に戦う組織だからというのが一番の原因だ。より遠距離から火砲によって殲滅する事を目的としているので、兵士の防具に対する技術革新が進んでいないのが現状だ。

「俺も一応国内で保護区域から漏れ出たリオレウスの討伐作戦に参加した事はあるけど、その頃の俺はまだ新人だったから前線に立たせてもらえなかった。が、距離を置いた場所で暴れ狂うリオレウスの恐ろしい姿は十分見れたけどな」

 保護区域とは特定生物生息保護区域の通称で、文字通りモンスターの生態を守る為に人間が立ち入らない自然を残した地域の事を示す。この中でならモンスターがどれほど暴れようが人間の介入する事ではないが、人間の線引きなどモンスターにとっては無意味なものであり、よく保護区域から漏れ出すモンスターもいる。主に第七聖騎士団はこの漏れ出たモンスターの討伐を主としているのだ。

「じゃあ、シグマは卒業してからハンターとして戦った事はないの?」

「そんな事はないぞ。ランポス程度の撃退なら分隊単位で任務を請け負う事もあるから、聖騎士団の中で分隊を組んでる三人とはよく出撃するし、スケジュールさえ合えばフェニスとアリアと一緒に狩りに出掛けてたな。イャンクックやダイミョウザザミは簡単に倒したし、俺達で一番の獲物と言ったらバサルモスだな」

「バサルモスかぁ、うん今思い出しても厄介な相手だったよ」

 以前フィーリアとサクラと共に討伐したバサルモス戦を思い出すクリュウ。バサルモスは岩竜とも称され、文字通り岩のように硬い甲殻を持つ事から比較的駆け出しの頃のハンター、特に剣士が大苦戦する事から別名『剣士泣かせ』とも言われる。クリュウも実際に片手剣で戦ったが、あまりの硬さに腕が何度も痺れた苦い思い出がある。

「腕が折れるかって思うくらいに硬いのな、あいつ」

「そうそう。でもって岩に擬態するから見つけるのが面倒でさ」

「火山には爆弾岩があって、俺あれに間違って近づいて爆死し掛けた事もあるぞ」

「あぁッ、僕も爆死し掛けたッ!」

 と、バサルモストークで盛り上がるクリュウとシグマ。お互い剣士という事もあり、バサルモスで苦戦した話は出るわ出るわ。そのうちに一緒に参加していたフェニスも入って三人で盛り上がってしまう。

 すっかり取り残された形の四人だったが、その中でシルフィードだけはこの状況に首を傾げていた。

 確か自分の記憶が正しければクリュウはフィーリアとサクラ、初めて三人で組んだ際にバサルモスの狩猟を行ったそうだ。ならば一緒の狩りを経験している訳だから輪の中に入る事もできるはず。特にサクラなら容赦無くクリュウと話したいから話を割って入る事くらい造作も無いはず。しかしなぜか二人共決して動こうとはせず、しかもなぜか気まずそうに視線を逸らしている。そんな二人の妙な態度に、シルフィードは首を傾げ続ける。

 彼女は知らないが、フィーリアとサクラにとって乙女のプライドを傷つけられた上にクリュウに見てほしくない姿を見られまくったババコンガ戦と、クリュウを奪い合って対立し取っ組み合いの大ゲンカとなってクリュウに激怒されたバサルモス戦は二人にとっては忘れたい、思い出したくない過去なのだ。特にバサルモス戦は自分達のいがみ合いで大失敗し、クリュウを危険な目に遭わせただけではなく、初めてクリュウに本気で怒られた。思い出すだけで二人して泣きそうになる、狩りとは別の意味で死ぬかと思った戦いだったのだ。

 一方のクリュウはそもそも自分が危険な目に遭ったはの自分の失態だし、二人がケンカしたのも最初の狩りだったから意思統一がうまくできなかったのだと認識ている事から、全く気にしていない。この辺が、朴念仁と恋する乙女の差といった所か。

 そんな感じでしばしバサルモストークで盛り上がる三人に対して、残された四人は気まずい沈黙が漂った。シルフィードは事情を知らないし、エレナも事情はクリュウなどから知っていてもあえて口には出さず、四人とも沈黙が続く。

「あ、そういえばアリアはどこにいるの?」

 クリュウ達のバサルモストークが一段落しほっと胸を撫で下ろしたフィーリアとサクラの耳が、クリュウの口から突如飛び出した新たな女の子の名前がキャッチした。その瞬間、二人の恋姫はすさまじい警戒態勢になる。女の勘で、シグマとフェニスはともかく、そのアリアという名の女の子が危険人物だと悟っているのだ。

「アリアには外国人がお前だってわかると同時に伝書鳩を飛ばしておいた。屋敷にいるはずだから、伝書を受け取ってればそろそろ現れるはずだが――っと、噂をすれば何とやらって奴か」

 ニヤリと笑みを浮かべながら言う彼女の言葉にクリュウが思わず「え?」と声を漏らした時、突然部屋のドアが勢い良く開かれた。その爆音に等しい音に一斉に全員の視線がドアに集中した。そして、乱暴に開かれたドアの前には一人の少女が激しく肩を上下させながらその場に立っていた。その姿を見てフェニスとシグマは微笑み、そしてクリュウはシグマが登場した時と同じように目を見開く。

 腰程にまで伸びたクリーム色の美しい髪に紫色のバラを飾り付けたカチューシャが特徴的の少女。今は共学に染まってた顔もどこか高貴な顔立ちで、気品に満ちている。

 貴族らしく優雅に可憐。時に高飛車な態度も取るが、貴族だからと言って平民を見下す事はなく、その分け隔てない性格と面倒見の良さも手伝ってシグマと並ぶ優秀な委員長として最後の学年ではBクラスを率いた、その迅速な指揮と美しさから《雷の女神》とも称された彼女の名は――

「あ、アリア……?」

「く、クリュウ……」

 驚愕に満ちた表情を浮かべながら呆然と立ち尽くしていたのは、かつてのクリュウの学友――アリア・ヴィクトリアであった。


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