モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第168話 王都アルステェリア 近付く金と銀の運命の絆

 飛行軽巡洋艦『シェフィールド』の航海は順調に進んだ。空を飛んでいる為に雑魚モンスターに襲われる事もなく、飛竜すらも姿を見せない限り、この艦が傷つく事もない。同盟関係でもない国や地域の上空を悠々と通り過ぎても、彼らは見上げる事しかできない。対空兵器の概念もなければ、領空権という概念もまたまだこの世界には存在しないのだから。

 燃石炭をエネルギーとしている為に煙突からは絶えず黒煙が噴き続ける。それを軌跡として『シェフィールド』はエルバーフェルド帝国を出発してからドンドルマの西、ジォ・クルーク海、神聖ローマリア法国、アテネ海の上空を通過。ついにはアルトリアの領海である西アルトリア海に入り、航海はいよいよ大詰めを迎えた。

 そして『シェフィールド』はエルバーフェルドを出発してから一週間程が経つ頃──海洋に浮かぶ島国、アルトリア王政軍国へと到着した。

 

 眼下に広がる景色は見飽きていた変化のない海から懐かしい陸地へと姿を変えていた。

 美しい森や平原が続いており、時々小さな村や街の上を通り過ぎる。そのどれもが長閑な姿を見せ、この国がいかに平和かを物語っていた。

 数時間そうして陸地の上を飛行していると、山を越えた先にそれは姿を現した。

「あ、あれがアルステェリア……」

 思わずつぶやいたクリュウと同じように窓に張り付いて五人はその美しい都に見とれていた。それを見て、フェニスが嬉しそうに微笑む。

「そう、あれがアルトリア王政軍国の王都。水の都──アルステェリアよ」

 それは一言で言えば純白の都市だった。

 透き通るような巨大な湖に浮かぶ島。そこには純白に塗装された街並みが広がり、清潔な印象を抱かせる。周りの湖の青と木々の緑と調和するような姿は実に美しく、まるで絵本の中にある理想の街をそのまま再現したよう。

 四方をそれぞれ一本ずつの跳ね橋で湖の対岸と結んでいる為、さながら本当に湖に浮かぶ都市という出で立ちだ。

 美しい自然と調和した街並みの中、島の中にも小さな湖があり、その中央に純白の美しい城──アルトリア城が聳え立っている。

 眼下に広がるアルステェリアの、そのあまりの美しい街並みにクリュウ達は思わず息を呑んだ。ドンドルマのような厳しさも、エムデンのような凛々しさとも違う。美しく包み込むような雰囲気の街だ。

「こんなきれいな街、初めて見ました」

 フィーリアが零した言葉に皆が反応して同意するようにうなずく。大陸のどこにある街よりもアルステェリアは美しい都だった。整然と並んだ街並みはいかに高度な都市開発技術でこの街が作られたかを物語っている。

 都市内部には複数の河川があり、そこを小さな船が何艘も行き来している。アルトリアはエルバーフェルドと同じく蒸気機関車という蒸気機関を用いた馬よりも早く、アプトノスより力強く動く機械があると聞いていたが、見る限りそれらしい姿は見えない。

「……機関車は?」

 好奇心旺盛なサクラが無愛想に尋ねると、フェニスは逆に優しげな笑みを浮かべながら答えた。

「機関車も他の蒸気機関と同じで燃石炭を使うわ。そうすると黒煙を噴いちゃうから。それに機関車は線路っていう専用の道が必要だから景観と環境の都合から街中では使われてないのよ。街中ではもっぱら水路を航行するボートが主役ね」

 技術力だけではなく、文化力でもアルトリアは段違いである事を見せつけられたような気がした。大陸ではまだ都市開発の為に景観、特に環境配慮がなされない場合が多数だ。特に環境問題は深刻でテティル連邦共和国のように環境を悪化させていながら強引な生産を続けより悪化させる事は決して珍しくはない。大陸国家でそれがまともに働いているのは観光大国のガリアくらいなものだろう。

「それに機関車はまだ民間レベルでの運用はされていないの。一応軍用車両だから、ロサイス軍港に着けば見れるわよ」

「ロサイス軍港ですか?」

「そう。ラミリーズ湖の畔にある王軍艦隊第一機動艦隊の本拠地。あそこよ」

 フェニスが指さした先を見ると、湖の畔に巨大な基地らしきものが見える。そしてその敷地内には何十隻もの大小様々な飛行船が停泊している。その数を見てクリュウ達は思わず言葉を失った。大陸の先進国がどれだけの努力と技術力を駆使しても未だ試作もできていない飛行船が、アルトリアには一つの基地だけであれだけの数が揃っている。その光景に、クリュウ達はこれまで以上に自分達の住む世界とこの国の技術力が雲泥の差がある事を認めさせられた。

 アルステェリア上空を飛行する『シェフィールド』はフェニスの言う通り一度都市上空を通過した後に、郊外のロサイス軍港へと向かう。

 ロサイス軍港は基地と位置づけられているが、敷地内の大半は飛行船が停泊する為の泊地となっている。敷地の隅の方に建物が数カ所あるだけで、あとは敷地内至る場所を機関車が走る為の線路が敷かれているぐらい。だがここが王都防衛を担う王軍艦隊主力、第一機動艦隊の根拠地なのだ。

 ロサイス軍港上空へと達した『シェフィールド』はそこで前進の為のプロペラを止め、ゆっくりと降下を開始する。どうやら飛行船と飛行船の間の空いている場所に着陸するらしい。

 次第に地面が近づけば誘導員と思しき人が左右に紅白の旗を持って着陸を誘導している。慣れたものなのだろう。『シェフィールド』は難なく着地を済ませ、アルトリア王政軍国ロサイス軍港へと到着した。

「着艦が終了した。これから下艦するから準備をしたまえ」

 アルフにそう言われ、クリュウ達は急いで自室へと戻って準備を済ませる。と言っても必要最低限なものしか持っていないし、服装はすでにハンター四人はハンターとしての正装である防具姿だし、エレナもエムデンを出発した際の服装で準備を済ませている。すぐに準備を終えて戻ると、艦橋ではアルフとフェニスの親子が彼らを待っていた。

「それでは下艦する。ついて来たまえ」

 いつになく真剣な表情で言う彼の言う事に首肯して従い、五人はアルフとフェニスに続いて外へ出る為の出入口へ向かう。ドアを開け放つと、飛行船は完全に着地している訳ではなく数メートル程浮いている。だがドアに横付けするようにステップが用意されていた。見るとアプトノスに引かれている移動式のステップのようだ。アルフとフェニスは慣れた手つきでステップへと移り降りていく。四人もそれに習って移動し降りる。

 二人が降りると、五人の先頭を歩くクリュウが止まった。あと一歩で降りられる場所まで来ているが、その先を踏み出さない。不審に思う皆の視線を感じながら、クリュウはゆっくりと最後の一歩を踏み出す。そして彼の足裏はしっかりと母の故郷であるアルトリアの大地を踏み締めた。

「ここが、母さんの……」

 美しい自然を残した光景が辺りに広がっている。周りはまだ軍港内だが、遠くには美しいアルステェリアの街並みも見える。

 五人全員が降り終えると、まず最初に彼らが感じたのは警戒心に満ちた視線だった。周りを見れば作業中だった兵士達が皆手を止めてこちらを、特に外部の人間である自分達を見詰めていた。確かこの国にはハンターズギルドはなく、当然ハンターもいない。四人の格好は大陸ではハンターという身分を表すものでも、ここでは未知の異質な鎧として見られるのだろう。それらの視線はお世辞にも心地良いものではなく、自然と五人の表情は険しくなった。それを見てフェニスが困ったように苦笑を浮かべる。

「ごめんなさいね。この国の人は大陸人に慣れてないから」

「大丈夫。一応予想はしてたから」

 そうは言いつつも、やはり快いものではない。

 兵士達の嫌な視線を気にしながらも、クリュウ達はアルフに案内されて基地内を歩き続けた。しばらく歩くと、目の前に巨大な鉄の塊が姿を現した。見上げる程に大きなそれはリオレウス程の大きさ。黒塗り鉄の塊は飛行船と同じように絶えず煙突から黒煙を吹き続け、時たま巨大な車輪が並ぶ機体下部から白い蒸気を噴き出す。

「……これは」

「あなたが見たがっていた機関車よ」

 そう言ってフェニスが紹介したのは現在アルトリアとアルトリアからライセンス契約で生産しているエルバーフェルドの二ヶ国でのみ製造・運用がなされている、高度な蒸気機関を用いた陸上を走る蒸気機関車。

 黒塗りの巨大な鉄の塊を前に、クリュウ達は一斉に言葉を失った。飛行船もさる事ながら、この機関車も現在の大陸諸国や地域は独自技術で作る事は不可能だろう。それほどまでに高度な技術が用いられている事は、素人が見ただけでもわかった。

「……やっぱり、桁が違うなこの国は」

 思わず苦笑しながらつぶやいたシルフィードの言葉に、クリュウ達も同意見とばかりにうなずいた。クリュウ達にとってはドンドルマが最先端技術が集まる場所と思っていただけに、そのドンドルマをも軽く凌駕するこの国はもはや物語の中にしか存在しないような架空の国にすら思えてしまう。だが、これは現実の光景であり、アルトリアは現実に存在する国家なのだ。

「さぁ、後ろの客車に乗って。軍用と言っても客車自体は政府高官が乗る専用車だから乗り心地は保証するわ」

 そう言って彼女が指挿したのは機関車の後ろに繋がれた客車。これは木造らしく木でできており紺色の塗装がなされている。機関車の迫力に比べればかなり劣るが、それでも普通の荷車の二倍か三倍の長さはあり、アプトノスなら一匹では確実に引けないような重さだろう。それが全部で五輌連結されている。

 クリュウ達は慎重に言われた通りに一号車へと乗り込んだ。中はさすがにフェニスが政府専用車と言っただけあってきれいな装飾がなされている。天井には小さなシャンデリアが吊るされ、純白のテーブルクロスが掛けられたオシャレなテーブルを挟む対面式の柔らかそうな座席。まるでホテルのような豪華な内装だ。ドンドルマなどでは珍しい窓ガラスも嵌めこまれ、客車と侮っていたがここにも技術大国アルトリアのすごさが表れていた。

 フェニスとアルフも乗り込む。他の政府関係者はそれぞれ後ろの四輌のどれかに乗り込んだのだろう。しばらくして、豪快な汽笛の音が辺りに響き渡った。

「出発するわよ」

 フェニスの言葉をまるで合図としたかのように、ガタンッと一瞬大きく揺れてゆっくり機関車は動き始めた。クリュウ達は窓を開けて外に顔を出して機関車を興味深げに見詰める。

「速いって噂は聞いてたけど、どれくらい速いんだろ」

「さぁ? 馬程に速いと聞いた事はあるが。まさかな……」

 シルフィードも実際に乗った事はないので予想でしか答えられない。他のメンバーも似たような反応を示すが、一人フェニスだけはそんな彼らの会話を楽しそうに聞いていた。

 話が盛り上がる中も次第に機関車は加速していき、あっという間にクリュウ達が予想していた速度よりも速い速度に達した。アプトノスどころか馬よりも速い。しかも後ろに五輌も車両を繋いでいるとは思えないような速度だ。その力強さと速度に思わずクリュウ達のテンションも一気に盛り上がった。

「何これッ!? ディアブロスの突進よりも速いんじゃないッ!?」

「まさかここまでとはな……これが大陸に普及すれば劇的に物流速度が飛躍するぞ」

「……かっこいい」

「サクラ様? 何を純真無垢な瞳で機関車を見詰めてるですか?」

「ちょ、ちょっと速過ぎよッ! こんなので曲がったらひっくり返るんじゃないッ!?」

 田舎者丸出しな会話だが、本人達にとってはそれどころではないので周りの目など一切気にしない。むしろ周りにいるのはフェニスとアルフだけなので、二人共彼らの様子を微笑ましげに見詰めている。

 機関車は黒煙と蒸気を噴きながらすさまじい速度で線路の上を翔ける。線路はずっと向こう、一直線に王都アルステェリアへと伸びている。

 基地を出た機関車はしばし平地を勇ましく走りラミリーズ湖の周りを回るように進む。そしてアルステェリアとこちらを結ぶ橋へと進入した。この橋は石造りのしっかりとしたもので、木製の橋が主力の大陸とはここでも技術力の差が明らかだった。

 橋の幅は意外と広く、人々や竜車が動く道の横に線路が敷かれていてその上を機関車が走る鉄道道路併用橋。これだけ重いものが走ってもビクともしない橋の耐久性にも驚かされる。

 あっという間に機関車は最もアルステェリアに近い駅へと到着した。そこは橋の中程よりやや都市側の場所。線路はここで終わっており、ここから先は機関車では進めないらしい。

「何でこんな中途半端な場所で終わりなの?」

 客車を下りながらクリュウがフェニスに尋ねると、彼女はスッと前方を指挿した。

「あそこには有事の際には外敵の侵入を阻む為の跳ね橋があるの。さすがに跳ね橋じゃ機関車は重過ぎて通れないから、ここまでしか街には近づけないのよ」

 フェニスの説明にクリュウは納得したようにうなずく。アルトリアの技術を使ってもできない事があるのだと理解する。そんな当然の事さえ忘れさせるほど、アルトリアの技術は常軌を逸していたのだ。

 機関車を降りると、今度は見慣れたアプトノスの竜車へと乗せられた。これもきれいな装飾が施されてはいるが、クリュウ達はその自分達の知っている世界を前にほっと胸を撫で下ろす。

「機関車はすごいけど、やっぱり僕はこっちの方が落ち着くな」

「確かにそうですね。何となくこちらの方が私達に合っている気もしますし」

 クリュウの言葉にフィーリアが何度もうなずきながら賛同する。ここで見るもの体験するもの全てが今のところ自分達の常識を越えたものばかりだ。思わず自分達の常識が通じるものを前にして安心してしまう気持ちもわからなくはない。

「子供の頃にはもう蒸気機関車は稼働してたから、私にとっては日常の風景ね。さすがに軍用だから乗る事は滅多にできなかったけど」

 大陸人であるクリュウ達とアルトリア人であるフェニスでは育ってきた環境も大きく異なる。同じものを見ても、こうも反応が分かれてしまうのだ。

 そのような会話をしていると、アプトノスの鳴き声と共に竜車が動き出した。

 動き出した竜車はゆっくりと橋の残りの距離を走る。隊列を組んで走る政府専用車に通行する一般人も訝しげにこちらを見てくるが、それらとは目を合わせる事なくクリュウが見詰める先には街の中央に聳えるアルトリア城。

 竜車はそのまま橋を渡り切るといよいよ都市内部へと入る。正門では検問が行われているが、政府専用車のおかげでパスで入れる。都市に入ると上空から見た純白の塗装が施された街並みが目の前に広がる。ドンドルマと同じ石造りの建物が主で、それを白塗りにしている為に街全体が岩の色剥き出しのドンドルマのような威圧感ではなく、同じ石造りでもどこか優しげな印象を抱かせる。ドンドルマのような無計画な増築を重ねたのではなく、ちゃんとした都市計画が最初から築かれていた事を物語せるような見事な街並みだ。

 美しさもさる事ながら、そうした技術や行政の実力でもこのアルステェリアの街は大陸のどの街よりも秀でている。

 そうした美しい都に住んでいる為か、往来する人々の表情も皆明るい。その様子を見ているだけで、この国がどれほどに平和で、国民に愛されている国かがわかる。

「平和な国ですね」

 皆が抱いた印象を代弁するようにフィーリアがつぶやくと、フェニスは笑顔で「えぇ。今はとっても平和でいい国よ」と自分の祖国を嬉しそうにそう言う。だが彼女の言葉にシルフィードは微妙に引っかかりを感じた。

「今は、という事は以前は違ったのか?」

 シルフィードの何気ない問い掛けに、フェニスは困ったように隣に座ってずっと沈黙を続けている父アルフを見る。アルフは静かなため息と共に閉じていた口をゆっくりと開く。

「先代女王、ローレヌ陛下は無制限軍拡化政策を打ち出し、民に重税を課してでも軍事力の増大及びより強力な兵器の製造・研究開発を強行した。その結果アルトリア軍の戦力・兵力は増大し、兵器技術及び蒸気機関の性能向上は飛躍的に進歩した。だが重税政策は最終的に民から信頼を失わせ、『史上最悪の愚王』と罵る者もいる始末」

 アルフはおそらくロレーヌが女王として君臨していた頃も政治家としてその手腕を振るっていたのだろう。愚王とまで罵られた女王の配下にいたのだからさぞかし苦労したはず。だが不思議な事に、彼の口調からは不満や罵声が飛び出す事はなかった。遠くを見詰める瞳は、どこか痛々しくも感じられる。

「……民と気持ちは乖離してしまっていたが、あの方も祖国を想って自らを愚王と罵られても国の為に尽力された。本当は指導者には向かない方だったのに」

「お父様はロレーヌ陛下の女王秘書官だったの。女王秘書官は時の女王の政を補佐する役職で、総軍師の前身の役職よ」

「ふむ、よくはわからんがあまり民に支持されなかったのが先代女王だったと。それでは現在の女王は……」

「現女王イリス陛下は母君であった先代ロレーヌ女王と違って軍拡化よりも経済拡大へ政策をシフトされてるの。ロレーヌ陛下の統治時代に冷え切ってしまった大陸諸国との関係修復も行い、平和的に統治されている。減税政策や福祉や公共サービスの充実化などを積極的に行なっているから国民からの支持も高い。だからこそ、みんな今が幸せなのよ」

 二人の説明にシルフィードは納得したようにうなずいてそれ以上の質問は取りやめた。そういう事情があるのなら、確かに今の国民が幸せそうにしているのも納得がいく。だが同時にシルフィードは彼女らしい引っ掛かりもまた感じていた。

「……ずいぶん娘想いな女王だったみたいね」

「君もそう思うか?」

 何やらシルフィードとサクラが二人でコソコソと話している。珍しい組み合わせだなぁと思いながらも、フィーリアは興味深げに「はいッ」と元気良く挙手した。

「アルトリアにはハンターズギルドもハンターも存在していませんよね? やはり我が国と同じように軍隊がモンスター討伐を行うのですか?」

「そうね。基本的には諸外国の陸軍に相当する聖騎士団が人間に害を成すモンスターの討伐を行なっているわ。でも私の個人的意見を言わせてもらうと、兵士一人一人の実力はハンターの方が圧倒的に優れている感じね。モンスターの素材の加工技術に関して言えば大陸の技術、強いてはドンドルマの方が優れているもの」

 それは実際にドンドルマへ行き、ハンターとして数年間身を置いていた彼女だからこそわかる事。どんなに優れた戦術システムや兵法を用いても、圧倒的にアルトリアの兵士はハンターのような力はない。それを補う為に強力な兵器が次々に生み出されている。

 己が肉体を鍛え、技術と経験で戦うハンター。統制された組織として優れた兵器を効率良く運用して戦う兵士。同じ戦う者同士でも、双方はまるで違う存在だ。

「だからかしら、シグマってば大陸にいた頃の方が楽しかったなんて平然と言っちゃうのよ。ここでは大陸話はご法度なのにね」

「……まぁ、シグマならそれくらいの空気の読めなさ普通だしね」

 シグマをよく知っているクリュウは思わず苦笑を浮かべる。その脳裏に浮かぶのは無双の強さと勇ましさで大勢の仲間を率いていた熱きリーダーとしての彼女の姿。今思えばサクラやシルフィードの方が実力はずっと上のはずなのに、それでも勇ましさという点では今でもシグマに勝る者は彼の中にはいない。

「シグマもアリアも元気にしてる?」

「えぇ。シグマは聖騎士団の団員として、アリアも次期ヴィクトリア家当主として日々勉学に勤しんでるわ。もちろん、私だって今は政治家になる為の勉強をしてるわよ」

「……すっかり道が別れちゃったけど、みんながんばってるんだね」

 ちょっと寂しい気もするが、それでもかつての仲間がそれぞれの道で頑張っていると聞けてクリュウは内心ほっとしていた。そんな彼の様子を見て、フェニスは楽しそうに微笑んだ。

「え、な、何?」

「ううん。クリュウ君はやっぱり変わってないなぁって思って」

「そ、そうかな? ちょっとは背は伸びたし……それにハンターとしての実力だって」

「うふふ、そうじゃないわ。うん、やっぱり変わってないや」

「……何か、ちょっと不満」

 何となくバカにされているようで不満気なクリュウだったが、そんな彼の様子を見て楽しそうに笑っているフェニスの姿を見ていると自然と頬が緩んでしまう。彼女もきっと、かつての学友とこうして再会できた事を喜んでいるのだろう。それはクリュウも同じだ。フェニスとはあまり関わった事はなかったが、それでもこうしてお互いの事を話せる仲ではあった。だからこそ、彼女と話していると楽しいのだ。

 一方、そんな二人の会話に入る事のできない四人の恋姫はというと……

「むぅ、何だか除け者にされている気分です……」

「……あの女、調子に乗り過ぎ」

「まぁそう言うな。久しぶりの再会なんだ。少しくらい大目に見てやれ」

「シルフィード。あんた平然に振舞ってるみたいだけど、さっきから全然落ち着きがないんだけど」 

 程度はどうであれ、皆不満そうな表情を浮かべている。四人にとって、フェニスの口から飛び出すのは自分達の知らない彼の姿。気にはなるも、決して話題の中には入っていけないのだ。

 すると、そんな羨ましげに自分達を見詰めている彼女達の視線に気づいたフェニスはにっこりと微笑むと再び彼に向き直って話題を変えた。

「ここからアルトリア城まではまだ少し時間が掛かるわ。その間に、卒業後のクリュウ君の話でも聞かせてもらおうかしら? 特に、あの子達との出会いの話とかね」

「え? べ、別にいいけど」

 突然話題が変わった事に戸惑うクリュウに対して話を振られたフィーリア達は一斉に驚いたようにフェニスを見る。すると、そんな彼女達の視線に対してフェニスはにっこりと優しく微笑んだ。

「ごめんなさいね。あなた達もこっちに来て一緒にお話しましょう」

 優しげな笑顔と共に彼女達も参加できる話題を提供するフェニス。この時、四人全員がフェニスの事を『いい人』だと感じ、感謝したのは言うまでもないだろう。

 アルトリア城へ着くまでの間、六人の会話は途切れる事なく続いたのであった。

 

 竜車の隊列は静かに街中を通過してき、街の中心部にあるアルトリア城の堀、通称『女神の泉』と呼ばれる湖の畔へと出た。アルトリア城はアルステェリアと違い正面から伸びる一本の橋でしか入る事はできない。その正門は大きな門で守られ、多くの衛兵が門を護衛している。ここもアルフの手腕で難なく通り抜け、いよいよアルトリア城へ続く橋へと入る。

 ゆっくりと石橋の上を渡る中、近付く巨大な城を前にしてクリュウの緊張は膨れ上がっていた。自然と握る拳が震え、頬を嫌な汗が流れる。だがそんな彼の手をそっと誰かが上から手を重ねた。ハッと見れば、自分を心配そうに見詰めているフィーリアと目が合った。

「フィーリア……」

「大丈夫です。私達がついていますから」

 そう言って彼女が振り返った先を見れば、同じように心配そうな瞳で自分を見詰めているサクラ、シルフィード、エレナの三人の仲間。そしてフェニスと目が合った。

「緊張するな、という方が無理かもしれんが。別に女王に謁見する訳でもあるまい。おそらくは法務大臣の滞在許可申請くらいだろう。そう肩に力を入れる事はないさ」

「……大丈夫。クリュウは私が守る」

「お願いだからさサクラ。あんた衛兵相手に荒事なんて起こさないでよね」

「エアさんの言う通りよ。お父様は農林水産大臣だから、外国人の滞在に対する権限はないの。まぁ、事後承諾だからお父様も私も相当お叱りを受けるでしょうけど、レキシントン家はそういう事あまり気にしない一族だから」

 自分を気遣う五人のそれぞれの言葉にクリュウは彼女達の優しさを感じた。

「ありがと。そうだよね、大丈夫だ」

 自分を納得させるように一度そうつぶやくと、皆を心配させないように笑顔で振る舞うクリュウ。本当はまだ不安はあるし、拳の震えは止まらない。それでも、重ねられたフィーリアの手のぬくもりが、少しずつその不安を和らげてくれる。

 ここにいる皆は自分の為にこんな異国までついて来てくれた、自分の為にお叱りを受ける覚悟でこうして手引きしてくれた。本当に感謝してもし切れない。だからこそ、皆の期待に応えるように自分は決して俯いてはいけない。例えその背中が情けなく震えていても、決して目を逸らす事なく前を向いて立ち続ける事は、彼女達の期待を裏切らない事だから。

 迫り来るアルトリア城を前に、クリュウは不安と期待が入り混じった複雑な気持ちに胸を痛めながらも、決して目を逸らす事だけはしなかった――その胸に掛けられた金色の飛竜を描いたペンダントが静かに揺れた事は誰も知らない。

 

 アルトリア城中枢にある女王の間。ここにはこの国を統治する女王が常にその玉座に身を置き、家臣達の進言を聞き入れては最終的な判断を下す、言わばこの国の政治の最終判断を行う場所。アルトリアにとって、ここでの決定は国の決定となる重要な場所だ。そこへ通されたアルフは苦笑を浮かべていた。思った通り、自分を待っていたのはお叱りの言葉であった。

「レキシントン農林水産大臣。此度のあなたの度を越えた越権行為は、とてもじゃないが看過できるものではありません」

 そう冷静な声で怒鳴るのは他国では宰相に匹敵する、アルトリアでは実質ナンバー2の権限を有し女王を補佐する国務大臣である総軍師の任を受けているジェイド・クルセイダー勲功爵。飾り気のない軍服に灰色の髪、右目にモノクルを掛けた碧眼の青年だ。

 玉座の隣に控えるジェイドは階段の下に跪いて報告するアルフを叱責していた。

「お前、いつからそんな大胆な事をするようになったんだ?」

 おかしそうにからかうのはアルフの隣に立つ立派な口髭に聖騎士団の制服を身に纏った筋肉巨漢の大男。アルフの古い友人の一人であり、現在は聖騎士団の総団長を拝命しているオメガ・デアフリンガー男爵。

「笑い事じゃありませんデアフリンガー総団長。これは由々しき事態です。我が国に外国人を招き入れるなど《栄光ある孤立》を掲げる我がアルトリアに泥を塗る蛮行も同義。しかもそれを、大臣自ら扇動するなど国賊行為と言っても過言ではありません」

 難しい言葉を並べてアルフを叱責するジェイドだったが、そんな彼の方を豪快に笑いながらオメガが雑に叩いた。大柄な彼の一撃は重く、ジェイドのような体格では簡単によろめいてしまう。

「そう難しく考えるな。聞けばその外国人はかつて娘の腹心だった少年らしいじゃないか。友達が遊びに来た、それくらいの考え方で良いのではないか?」

「なりません。大陸と必要最低限の関わりしか持たない我が国が大陸人を招き入れるなどという行為自体が問題です。さらに言えば、形式的とはいえ彼らは農林水産省の外部参考人。一つの省が外国人の国内入りを認可したという異常事態。謀反に等しい行いです」

 ジェイドの断固譲らない発言にオメガはやれやれと具合に大きな肩幅を揺らす。

 アルトリアはかつての戦乱期に大陸に侵攻され掛けた経験を持つ。その為に大陸諸国をあまり快くは思っていないのが現状だ。しかしジェイドは積極的にエルバーフェルドとの経済協定を結ぶなど大陸諸国とある程度の交流は必要だとする意見を持っている。これほどまでに彼が反対する理由は、イリス女王は圧倒的な民衆の支持率を背景に国政を行なっている為、ここで民衆が反発するような外国人の入国許可を認可できないという立場の為だ。

 もう少し落ち着いた時ならばまだしも、昨今貴族院議長のオスカー・クロムウェル公爵が複数人の大臣を抱き込んでイリス女王やジェイド総軍師の国政を妨害するなど、現在のアルトリアは一枚岩ではない。その時期にクロムウェルに弱味を握られるような行いはできるだけ避けたいというのがジェイドの本心だった。

 アルフとジェイドの交渉は続くが、どちらも意見を曲げないので話は平行線のままだ。さらに言えばアルフは女王派の人間なので基本的にはジェイドの指示に従う事が多いが、今回だけはジェイドに一歩も譲ろうとはせず、なかなか決着が見えない。

 時間にして十分程経過した頃、これまで黙って事の成り行きを聞いていた人物が動いた。玉座を挟んでジェイドの反対側の席に腰掛けていたのは白っぽいクリーム色の長髪に凛とした碧眼が特徴の若々しい貴婦人、枢密院議長を務めるアルカディア・ヴィクトリア大公。アルトリアでは実質ナンバー3に値する人物だ。

「ジェイド。ここは私に免じて許してもらえない?」

「ヴィクトリア枢密院議長……しかしですね……」

「――シグマ、フェニス、そしてアリア。私達の娘の友人が、わざわざこんな遠い国にまで来たのよ。親として、そんな芯の強い友達を追い返すようなマネはできないわ」

 アルカディア――アルカの言葉にオメガも「そうだ。我がデアフリンガー家は《友は死ぬまで大切にしろ》という志を持つ。ここで追い返せば我が一族末代までの恥だ」と無駄に大声で断言する。そんな彼にバンバンと肩を叩かれて苦笑を浮かべるアルフも「バカ親三人の願い、聞き入れてもらえますか?」と最後のお願い。

 女王派の強い後ろ盾三人の嘆願にジェイドはより一層表情を難しく歪める。敵対勢力に弱味を見せたくはないが、同時に味方の士気を失うのもまた避けたい状況だ。難しい決断に沈黙して考え込む。

「――オメガの言う通りじゃ」

 不気味な沈黙の中、凛としたその声はまるで波の経っていない鏡のような水面に一滴の雫を垂らしたかのように波紋状に広がった。全員の視線が一点に――玉座に注がれる。

 大きな玉座に腰掛けているのは、その玉座に対してあまりにも小さな体の君主であった。

 銀色の美しい長髪に凛とした意志の強い碧眼。顔立ちはまるで人形職人がその人生の大半を心血注いで造形したかのような美しさで、肌は白く陶磁器のよう。触ればきっとマシュマロのように柔らかく、ほのかに甘い香りが漂って来そう。今はまだ幼い印象が強いが、数年後には大陸中に知られるような美少女になる事が期待できる片鱗がすでに表れている。

 彼女こそ現アルトリア王政軍国君主、イリス・アルトリア・フランチェスカ女王陛下。御年十二歳の少女王だ。

 凛とした鋭い瞳で眼下に並ぶ家臣達を見渡し、静かに言葉を放つ。

「友は大切にするべきじゃ。それを追い返すのは、アルトリア人としての恥。その恥を晒す方が、民の信頼を失わせるものではないか?」

「しかし陛下……」

「良い。ジェイド、その大陸からの客人を我が国の国賓として招き入れるのじゃ。滞在中の衣食住はこちらで提供するよう取り計らえ。全責任は妾が持つ」

「……仰せのままに」

 ジェイドはまだ不満のありそうな感じではあったが、それでも敬愛する陛下の命令に対しては不服を申す事はなくそれに従う。すると、それを見守っていたアルフがおずおずと挙手した。

「いえ、客人は私の家で預かりますので、そこまでされなくても……」

「構わん。それに――」

 途端、これまで威厳に満ちていた少女王の表情がフニャッと和らいだ。その変化は初めて見る者は驚くかもしれないが、ここにいる全員は彼女のこの《本当の姿》を知っている。歳相応の、かわいらしい少女としての姿を……

「――妾もその大陸人に興味があるのじゃ。娘達に会わせ落ち着いたら、一度妾の元まで連れて参れ」

 そう言って、イリスは無邪気に微笑んだ。

 

 ――その胸元で銀色の飛竜を模したペンダントがキラキラと光輝きながら静かに揺れていた。


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