モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第165話 懐かしき友との談笑 可能性は確信へと変わりて

「――お久しぶりねクリュウ君。あら、ちょっとかっこ良くなったかしら?」

「ふぇ、フェニス?」

 突如目の前に現れたかつてクラスメイト、フェニス・レキシントン。クリュウは思わぬ人物の登場にすっかり意表を突かれた。そりゃそうだろう、この場に自分の知り合いが突然登場するなど誰も想像などしない。

 一方、フィーリア達は皆一様に首を傾げている。サクラに至ってはすでに警戒心バリバリだ。そりゃ突然現れた美少女と自分の想い人が知り合いだと言うのだから、恋する乙女としては気にして当然だ。

 アルフの前に出て、呆然と立ち尽くすクリュウの前にそっとフェニスは歩み寄る。

「フェニス、何で君がここに……」

「お父様のお手伝い……と言う名の観光かしら」

 そう言って舌をペロリと出して誤魔化すように笑うフェニス。その可愛らしい笑顔にクリュウは思わずドキッとしてしまうが、何となく背後の視線が怖くて首を横へ振って邪念を振り払う。

「……フェニスって、どっかの国の政治家の娘だって事は何となく聞いてたけど。アルトリアだったんだ」

「驚いた? 遠い海を隔てた異国から、留学生としてドンドルマへ渡ったのよ。もちろん、アリアもシグマもアルトリア人。アルトリアの地にいるわ」

「アリアに、シグマも……」

 懐かしい名前が次々に出て来て、クリュウは思わず頬が緩んでしまう。卒業してから一年経つが、あれから全く連絡もやり取りもしていなかった。懐かしい名前を聞いて、自然と昔の思い出が蘇る。

 様々な学年の出来事が思い出させるが、中でもやはり最も印象的なのは最終学年。シグマ率いるFクラスとして、まぁ様々な問題を起こしまくっていたあの頃。アリア率いるBクラスとは委員長同士の対立の影響でよく戦ったりした、あの騒がしい半年間。

「でもまさか、こんな形で君と再会できるとは思わなかったわ」

「僕もだよ。でも、ちょっと安心した。知り合いがいるとわかれば心強いよ」

「ふふふ、私で良ければ手助けしてあげるわよ。アリアの為にもね」

「アリア? 何でそこでアリアの名前が出て来るの?」

「……ちょっとかっこ良くはなったけど、あなた相変わらずなのね」

 成長しているように見えて、肝心な部分はまるで成長していない彼に思わず苦笑が浮かんでしまう。まぁ、実に彼らしいと言えば彼らしいのだが、これではアリアも大変だと苦笑を禁じ得ない。

 そんな風にして笑っていると、思わぬ乱入者が二人の間に割り込んで来た。

「あら?」

「さ、サクラ……?」

 二人の間に割り込んだのはサクラ。クリュウの前に立ってフェニスを威嚇するように睨みながら、二人の距離を離す。そしてまだ会ってすぐの相手に向かって、実に彼女らしい容赦のない一撃を浴びせる。

「……クリュウにあまり近付くな」

「なるほど。お姫様を守る騎士さんって所かしら? うふふ、クリュウ君ってお姫様役が似合うかもね」

「似合わないよッ!」

 クリュウはすかさず否定を叫ぶが、居並ぶ面々の頭の中には純白の優雅なドレスを身に纏って微笑むクリュウの姿が――あり、だな。

 急に背筋が寒くなり、クリュウは自身を抱き締めながらブルブルと身を震わせる。何だか、今何か悪寒が走ったような……

 原因不明の悪寒に首を傾げるクリュウを一瞥し、フェニスは彼を守るように立ち塞がる騎士姫サクラを見やる。

「ずいぶん可愛らしい騎士さんね」

「……バカにするの?」

「うふふふ、安心しなさい。私は彼氏持ちだから」

「……そう」

 途端にサクラから滲み出ていた敵意が消え、二人の間から退散。またもクリュウの背後という位置に戻る。そんな彼女の行動を見てフェニスはおかしそうに笑った。

「クリュウ君、あなたやっぱり相変わらずみたいね」

「相変わらず?」

「……自覚がない所も含めてね――と、なると。ここにいる女の子も大多数がそういう事なのかしら」

 フェニスは興味深げにフィーリア達を見回す。いずれも皆美少女ばかり。そして、ジッとクリュウを見詰めている彼女達の胸の中の想いにも大体気づき、結論は小さなため息となって口から零れる。

「……ほんと、相変わらずみたいね」

「な、何でそこで僕をそんな呆れた目で見るの?」

「まぁ、あなたの鈍さは今に始まった事じゃないし。こりゃアリアも苦戦しそうね」

「だから、何でそこでアリアの名前が出て来るのさ」

 一人首を傾げるクリュウを無視して、フェニスはそっと彼の背後に待機しているサクラの方へ向くと、スッと腕を伸ばす。目の前に差し出されたその手を見て、サクラは訝しげに彼女を見やる。

「……どういうつもり?」

「クリュウ君は私の友達よ。友達の友達なら、私にとっても友達じゃない」

「……マルチ商法みたいな理論ね」

「友達は多い方がいいでしょ?」

「……断る。私はクリュウがいればそれでいい」

 そうハッキリ断言してフェニスの手を断りクリュウの背後から微動だしないサクラ。クリュウはそっと「ごめんね。この子、こういう子なんだ」とフェニスに謝るが、フェニスは首を横に振って気分を害した様子もなく微笑む。

「いいのよ別に。これくらいで怒ってちゃあの二人にはついていけないもの」

「それもそっか」

 いつもいつもアリアとシグマのケンカの仲裁に奮闘していたフェニスからしてみれば、これくらいの事では動じないらしい。落ち着いているというか、大人びているというか、それとも苦労が絶えないというか。確か一つ年上だったはずだが、ある意味踏んできた場数の違いが成せる振る舞いだ。

「あちらにいるのは、クリュウ君のお知り合い?」

 フェニスはクリュウの後ろで自分達のやり取りを心配そうに、訝しげに、興味深げに、不機嫌そうに。様々な反応を見せている乙女達を見ながら彼に尋ねる。クリュウは一つうなずき「紹介するよ」と一人ひとりをフェニスに紹介していく。

 一通り紹介を終えると、今度はフィーリア、サクラ、シルフィードの三人を呼ぶ。前に出た三人を、クリュウは改めてフェニスに紹介した。

「フィーリア、サクラ、シルフィード。この三人が今の僕のチームメイトなんだ」

 クリュウの紹介にフィーリアは恭しく一礼し、サクラは憮然と立ちながら小さく鼻を鳴らし、シルフィードは「一応、私がリーダー役を担っている」と苦笑しながら補足情報を提示しておく。フェニスは彼女達をそれぞれ吟味するように見回した後、自分の仲間を嬉しそうに紹介する彼の頭を彼女は軽く小突いた。

「え? な、何で……?」

「あのねぇ、クリュウ君。誰にでも優しいのは君のいい所だけど、同時に問題点でもあるのよ」

「……問題点?」

 少し怒ったように言う彼女の言葉の意味がわからずに首を傾げるクリュウを見て、言っても無駄だと悟りため息を零す。フェニスはふと自分を見詰めている乙女達に向き直り、思わず苦笑を浮かべてしまう。

「大変ね」

「ンゥフンッ。あぁ、盛り上がっている所済まないが、ちょっといいか? まだ話の途中なのでな」

 すっかり自分を置いて盛り上がる娘とその友人の間にアルフは割って入る。その姿を見てクリュウは慌ててそれまでの気の抜けた態度から一変して気を引き締め直して彼と対峙する。それを見て、フィーリア達の表情も自然と厳しいものに変わる。

「お父様、あまり私の友達を緊張させないで」

「……まぁ、緊張するなと言う方が無理かもしれんが。そんなに気を張るな。別に君達をどうこうしようという訳ではない」

 アルフはそう言うと彼らに座り直すよう促す。いつの間にかフェニスと共に部屋に入って来たオコーネルが二人を席に案内する。そこはちょうどフリードリッヒ率いる政府とセレスティーナ率いるレヴェリ家と分かれていた長テーブルの短い方の辺、つまり二つの勢力の間という訳だ。

 オコーネルが椅子を引くと、フェニスは微笑みながら礼を言って席に腰掛ける。それを確認するとオコーネルは何も言わず再び部屋を出た。またドアの前で待機するつもりらしい。

 全員が席に着いた事を確認し、アルフはさてとばかり深く腰掛けてクリュウ達を見回す。

「詳しい話はグローセ総統陛下から大体聞いている。君達の事は客人として私が責任を持ってアルトリアへ連れ帰る事を約束しよう」

「あ、ありがとうございます」

 アルフの言葉にクリュウは深々と頭を下げて礼を述べる。それに合わせてフィーリア達も一斉に頭を下げた。もちろん、普段人に頭を下げる事など絶対にないサクラもだ。ただし彼女の場合は頭を隣に座るシルフィードに押さえ付けられての無理矢理のものではあるが。

 アルフは気にした様子もなく「そう畏まらなくてもいいさ」と笑いながら言い、隣に座るフェニスも「もう、気にしないで顔を上げなさいな」と微笑みながら皆の顔を上げさせる。

 二人の温かい声に、クリュウ達はほっと胸を撫で下ろした。そんな彼らの様子に満足気にアルフはうなずくと、しかし表情と引き締め直す。厳しい表情になった彼を見て、自然とクリュウ達の表情も再び引き締まる。

「ただ今回の件にはちょっと問題があってな」

「問題、ですか?」

「……正直に言うが、これは私の独断で行っている事だ。君達を王政府が迎え入れるのではなく、農林水産省が迎え入れる手はずになっている。まぁ、表向きにはモンスターの生態調査の参考人って所だな」

「あなた達を連れ帰る事はすでに伝書鳩を本国に飛ばしてあるわ。でもこっちにも都合があるから返信を待っている暇はないの。だから事後承諾という形になるから、必ずしも歓迎してくれるとは限らない。特にウチの国はね」

 この世界での主な通信手段は手紙と伝書鳩の二つ。手紙は一般人や時には政府が用いる最もメジャーなら方法だ。ただし、竜車または馬を用いる為に迅速なやり取りには向かない。もう一つの手段が伝書鳩であり、これは政府など大きな組織が用いる方法で迅速な情報伝達が可能となる。ただし伝書鳩は鳩本来の帰巣本能を利用した通信手段の為、鳩によって届け先が決まってしまう事と、飛行船のような指定位置にいない場合は通信不能となってしまうという欠点がある。アルトリアでは現在電気を用いた革命的な通信手段を開発中という噂もあるが、現時点では完成には至っていない。

 エルバーフェルドとアルトリアはそれこそ大陸中部を挟んで正反対に位置する為、伝書鳩を用いても迅速なやり取りはできない。それを待っている暇などないという訳だ。

「でも、そんな独断が許されるんですか? ご迷惑になるんじゃ……」

 国の事はよくわからないが、大臣というのは確かに権力はあるが独裁者という訳ではない。独断をすればそれなりの処罰もあるだろう。それを覚悟で押し通そうとして自分のせいで何か処罰を受けるのではと心配するクリュウ。だがアルフは気にした様子もなくそんな彼の不安を笑い飛ばした。

「なぁに、私は大臣である前に一人の父親だ。娘の頼みを無碍にはできんよ」

 頼もしげに笑うアルフに、隣に座るフェニスが「お父様、素敵よ」と微笑む──どうやら相当な親バカらしい。

「それに、これはいい機会だ。我が国は何かとかつての戦争から大陸人を嫌っている人が多い。これを契機に少しはそういった思考を変えられればいいのだがな。これからはグローバリゼーションの時代だ。いつまでも鎖国をやっていられるほど、時代は甘くはない」

 一転して真剣な表情でアルフは語る。それはどこかエルバーフェルドの現状にも似ていて、カレンやエルディン、ヨーウェンは複雑そうな表情を浮かべている。フリードリッヒだけは唯一表情を変える事なく黙って聞いている。

「レキシントン大臣は、僕達大陸の人間を嫌ってはいないんですか?」

「……嫌いな人間ばかりが住む遠い異国に、大切な愛娘を留学させると思うか?」

「それはそうですが……」

「誤解しないでほしいが、アルトリア人全員が大陸人を嫌っている訳ではない。アルトリア近海は季節によって嵐が頻発する海域があり、よくそこで大陸の船が荒らしに巻き込まれて沈没する事があった。流された生存者の一部は時にアルトリアの浜辺に打ち上げられ、村民などが献身的に介護して一命を取り留める事もある。だが、大陸と国交を基本的に断絶している我が国では流されてきた大陸人を再び大陸に返す術はない。それどころか政府に知れれば不法入国者として処罰されてしまう。そういった経緯から、隠れながらアルトリアに実質的に帰化する大陸人も中にはいた――私の母が、その一人だ」

 別段隠す事もなく堂々と言い放つ彼の言葉にウソ偽りはないだろう。そもそも、そんな事をする理由などないはずだ。だからこそ真実なのだろう。それを聞いたクリュウ達はもちろん、フリードリッヒ達も幾分か驚いているようだ。

 そんな彼らを見回すと、アルフは口元に小さな笑みを浮かべた。

「――母の故郷を悪く思うような子供はいないさ。そうだろう、クリュウ君?」

 ある意味同じような境遇のクリュウは彼の言葉に迷う事なくうなずいた。大陸人は逆にアルトリアの事を特に気にしてはイない。政府などは考慮などはしているかもしれないが、クリュウのような一般人はそんな遠方の国の事など知識としては知っていても、何か感情を抱く程接点を持ってはいない。だからこそクリュウもアルトリアを嫌ってないどいない。ただし、好きになるような要素もまた持たないのだが……

「今回の事も、フェニスが私に頼み込んだからこそ実現した事だ。もし感謝をするのなら、私ではなく彼女にしたまえ」

「そう、ですか。ありがと、フェニス」

 お礼を言うと、フェニスは微笑みながら「気にしないで。これもアリアの為だから」と答える。

 全くもって、本当に今回の旅は人に助けてもらってばっかりだ。自分の為にみんなががんばってくれた。自分は幸せ者だと心から思えた――だが、彼は気づいていない。彼の為に動いた者は全員それに匹敵、もしくはそれ以上の恩を彼から受けている者ばかり。もしも言葉を選ぶとすればそれはきっと、恩返しなのだろう。

 彼が気づいていないだけで、彼を中心に様々な人間が集い、支えられ、そして彼を支えている。本当の幸せ者は富や名声に身を包まれた者ではなく、彼のようにかけがえの無い友に支えられている者の事を言うのだろう。

「出発は明朝。それまでに身支度を整えておきたまえ。君達の部屋はこちらで用意してある。後で案内を寄越すからその指示に従うように」

 アルフの言葉にクリュウ達は一斉にうなずき、会談はそこで終了となった。

 

「それにしても、まさかフェニスとこんな形で再開するとは夢にも思ってなかったよ」

 会談を終えたクリュウはヨーウェンの取り計らいで一室を宛てがわれて今は彼らだけのお茶会を開いていた。

 驚いたように言う彼の正面には「クリュウ君、それもう何回目?」とおかしそうに微笑むフェニスが座っている。テーブルは数人が使えるような大きさのものが数個ある程度で、ある程度複数のグループに別れる形となる。本来ならあと数人が同じテーブルに座っていてもいいのだが、何となく二人の間に入りづらくクリュウとフェニスは二人きりという形になる。そしてその他大勢はその他のテーブルにそれぞれ陣取っているが、言うまでもなく全員の視線は彼らに注がれる。

 楽しげに話している二人の様子を遠巻きに見詰めているしかないフィーリア達。二人が話す内容は、残念ながら彼ら以外には全くわからない話だ。なぜなら二人の出会いはフィーリア達よりも古く、エレナが唯一触れられない学生時代の話。もしくは学友のその後の話などだからだ。

「アリアもシグマも、そして私もせっかく卒業したのにハンターらしい事はほとんどご無沙汰ね」

「それは残念だな。三人ともかなりの実力者だったのに」

「うふふ、ありがとう。あなたは卒業後にみんなとは連絡取ってるの?」

「ううん。みんな忙しいし、僕の村は辺境にあるからなかなか連絡を取り合えなくて。卒業後に会ったのはシャルルとエリーゼくらいかな」

「シャルルはあの元気印のハンマー使いの子よね。でもエリーゼって?」

「エリーゼ・フォートレス、生徒会で副会長をしていた女の子いたでしょ? あの子」

「あぁ、あのメガネの子ね。でも、あなた生徒会に知り合いなんていたのね」

「……エリーゼはその、卒業後に本格的に知り合ったって感じかな?」

 クリュウはとりあえずシャルルの故郷のアルザス村に行った事、そしてその村でエリーゼと再会した事、彼女達と共にガノトトスを撃破した話を聞かせてみせた。するとフェニスは驚いたように手を合わせる。

「あの子達、もうガノトトスを倒したの?」

「……まぁ、正直かなり厳しい戦いだったけどね」

「それでも勝つなんてすごいじゃない。あらら、すっかり置いてかれちゃったわね」

 友達の成長を嬉しそうに、でもどこか羨ましそうに言う彼女の言葉にクリュウは何て声を掛ければいいか迷う。だがそんな彼の気持ちを察したのか、フェニスは気にした様子もなく優しげに微笑む。

「いいのよ、気にしないで。結局ハンターの道には進まなかったけど、あの頃の思い出や経験は絶対無駄なんかじゃないから」

「……そっか」

 それを聞いてクリュウも安心した。そりゃかつて共に厳しい修行を共にした仲間が目指すべき道を変えたのだ。内心はショックもあったが、その経験を生かしつつ自分の夢へ進もうとしている彼女の姿は凛々しく、憧れすら感じてしまう。自分なんかよりずっと、夢に向かって真っ直ぐだ。

 安堵するクリュウを見て微笑んでいるフェニスだったが、ふと思い出したように彼に尋ねる。

「――それじゃあ、ルフィールちゃんとも仲良くやってるの?」

 途端、クリュウの表情が変わった。言いづらそうな、何とも複雑そうな表情。それを見て、フェニスも何となく察する。

「……会って、ないの?」

「うん。連絡も全くない」

「意外ね。あの子の様子なら毎日のように手紙を送るどころか、そのまま押しかけて来そうな感じだけど」

「僕も卒業後すぐにでも村に来るのかと思ってたんだけど。シャルルと一緒に卒業しているはずだから、きっと今頃武者修業でもしてるのかな」

「あら、花嫁修業の間違いじゃない?」

 くすくすと微笑むフェニスにクリュウは首を傾げる。彼が理解していないと気づくと、笑顔は一転して呆れ顔に変わり、親友とかつての後輩達の奮戦が全くもって効果がなかった事にため息を零す。

 そんなフェニスの様子に気づく事なく、クリュウは一人考えに耽っていた。一つ、気がかりな点があった。

 ――兄者が怪我した一件以来、あいつかなり攻撃的な戦い方をするようになったっすから――

 かつて、ドスファンゴの攻撃から彼女を守る際に自身は大怪我を負った。今も傷跡が消える事なく残っている、仲間を守った証。だが、ルフィールはその事で自分を責め続けているらしい。だからこそ、弓兵でありながらあえて前線に出て危険な戦い方をするようになった――二度と、自分のせいで誰かが傷つかないように。

 きっとルフィールは、かつての失態から自分に会えずにいるのだろう。会いに来たくても、今の自分では会う資格はない。彼女はきっと、そんな制約を自分に課しているに違いない。そして、十分な実力――自分を守れるような力を得るまでは、おそらく会いに来る事もないだろう。

 だが、同時に彼女の本心はきっとすぐにでも会いたいはずだ。自分は彼女にとって親友のような存在であり、同時に兄のような存在でもある。半年で卒業してしまうだけの努力が、その証拠だ――ただ、ルフィールにとっての彼の存在はもっと大きく、特別なものである事には、残念ながら彼は気づいていない。

 会いたいけど会えない。それを打破するには、早く実力を身につける他はない。その為に彼女は無茶だって平気でするだろう。目的の為ならどんな苦行や手段でも躊躇いなく遂行する。それがルフィールという子だ。

「無茶してなきゃいいんだけど……」

 思わず漏れたその言葉は、彼の心からの心配であった。

「ほんと、不器用な人達ね」

 彼の口から零れた言葉を耳にし、フェニスは苦笑を浮かべながらつぶやいた。その言葉はきっとクリュウとルフィールだけに向けられたものではなく、自分の親友も含むのだろう。

 その辺りで一度話の区切りがついた。互いに乾いた喉を潤すようにお茶を飲んでいると、

「あ、あのぉ……」

 ものすごく申し訳なさそうな弱々しい声が二人の間に割って入ってきた。振り向くと、そこには声と同じく申し訳なさそうな表情を浮かべるフィーリアが立っていた。

「あら、何のようかしら。エルバーフェルドの貴族様」

 自身もあまり位は高くはないが貴族の娘。微笑みながら彼女が話しやすいように道を作る。この辺の配慮が彼女は昔からうまかった。

 話しやすい道筋ができると、フィーリアも安心したように一度ほっと胸を撫で下ろした後、最低限の緊張を持ちながら彼女に話しかける。

「あの、レキシントン様はクリュウ様の御学友でいらっしゃった訳ですよね」

「フェニスでいいわよ。うん、最終学年で一緒のクラスで色々と問題を起こしてたわ」

 楽しそうに微笑みながら言う彼女の姿に、思わずクリュウは苦笑を浮かべる。彼女の言う通り、最後の学年では様々な問題を起こしたものだ。まぁ、そのほとんどがアリアとシグマの対立な訳だが。

 人当たりの良さそうな雰囲気を纏うフェニス相手に、フィーリアは意を決したように話しかけた。

「以前、クリュウ様自身から学生時代の話を聞かせてもらいました。ですがそれはクリュウ様の主観的な記憶でしかありません。もしよろしければ、フェニス様から見た客観的なクリュウ様の学生時代をお話していただきたいのですが……」

「あら、それくらい──あら?」

 承諾しようとしたフェニスだったが、それを遮るように目の前に座るクリュウが必死に首を横に振っている事に気づく。そして改めて周りを見回せば、いつの間にかこの場にいる自分を除く女子全員の視線が自分に集中している事に気づく。その瞳は本気の色に煌めいており──何となく、状況を察した。

 再びクリュウを見ると相変わらず首を横に振っている。それを見てフェニスはため息を零すと、申し訳なさそうな笑顔でフィーリアに向かい合った。

「ごめんなさいね。たぶんクリュウ君が話している事以上のものは私は持ち合わせていないわ。学友と言っても、同じクラスだったってくらいの付き合いだったし」

「そ、そうですか……」

「ほんと、ごめんなさいね」

「あ、いえ。全然構わないです。お話の途中にお邪魔してしまい、こちらこそ申し訳ありませんでした」

 礼儀正しく深々と頭を下げるとフィーリアは自分の席に戻る。が、その途中でフェニスが呼び止めた。

「どうせなら一緒にお茶にしましょう。このテーブル四角いから合わせれば大きなテーブルとして使えるでしょ?」

 フェニスの提案はまさに助け船であった。二人の会話に入りたくても入れなかった皆にとって、それはありがたい提案であった。乙女達の瞳が一斉にキラキラと輝くのを見てフェニスは嬉しそうに微笑む。

「さぁ、お茶会を始めましょう」

 

 フェニスの人当たりの良さはすさまじかった。あっと言う間にフィーリア達とも親しくなり、お互いを名前で呼び合う仲にまでなってしまった。その社交性の高さにクリュウは驚くと同時に、サクラにその100分の1でもいいから分けてほしいとも切に願ったり。

 そんなこんなで親しげに話していると、話は自然と彼女の故郷であり、自分達がこれから向かうアルトリア王政軍国の話へと転がっていく。

「アルトリアってどういう国なの? 知識では知っていても、具体的にどんな所かは知らなくて」

 大陸の一般人にとっては遠過ぎるが故に、空想上の国にも思えるアルトリア。当然、アルトリアの詳しい情報など、一般人に過ぎない彼はほとんど持ち合わせていない。でも、だからこそ知りたいのだ。

「大袈裟でもなく、アルトリアはどの国や地域よりも科学力が発達した国よ。美しい街並みと自然が共存する、すばらしい国。現女王イリス陛下はとても国民からは慕われていて、治安も良くて、本当にいい国よ」

 フェニスの口から語られるのはアルトリアの素晴らしさ。だがどれも一般人でも知る事ができるようなものばかり。クリュウが訊きたいのはそんな事ではない。

「もっと詳しく教えてくれないかな──例えば、アルトリア王家の事とか」

「王家? 別にいいけど、そんな事訊いてどうするの?」

「まぁ、ちょっとした予備知識にね」

 笑って誤魔化すクリュウの態度に気になる部分はあったが、触れてほしくない様子の彼を見てフェニスは追求する事なく語り始める。

「アルトリアは元々竜人族が統治していた名もない国だったの。人々は奴隷のように竜人族に支配されていた、悪しき国。でもそんな時、一人の少女騎士が人々と共に立ち上がり、竜人族に反旗を翻した。騎士は《双月の神竜》、リオレウス希少種、リオレイア希少種を従え、人々と共に竜人族の国を滅ぼした。これを《聖少女革命》と言うの。英雄となった少女騎士の名はアルトリア。人々は彼女を女王に据えて国を生み出した。それがアルトリア王国。つまりアルトリアの王家はその初代女王、英雄姫の末裔って訳」

 フェニスは簡単にアルトリアの国の成り立ちと、それに付随する王家の出で立ちを話した。アルトリアでは小等学校で習うような内容だが、大陸人にとっては全く知らない国の生い立ちだ。皆、興味深げに耳を傾けている。

「アルトリア人にとって、女王は英雄の子孫であり、自分達を導く指導者。王家に対する忠誠心は高く、アルトリアは女王を中心に動いていると言っても過言ではないわ。それほどにアルトリアの王族、特に女王の存在は大きいのよ」

「まぁ、よくある王国の王族の話ではあるな」

「ただまぁ、エスパニア王国のように王政府と国民議会が争うような国もあるにはあるんですけどね」

 シルフィードの一般論に対して、フィーリアが苦笑しながら例外を述べる。エスパニア王国は西竜洋諸国の一国で古い歴史を持つ国だが、現在王を中心とした保守派と隣国ガリアのような民主化を求める革新派とで政治が揉めている。ちなみにエスパニアには鍛え上げたブルファンゴと闘猪士と呼ばれる人間が闘う闘猪と呼ばれる国技が存在し、国内外問わず熱狂的なファンを多く持つ。

「現女王はイリス・アルトリア・フランチェスカ陛下。先代のロレーヌ・アルトリア・ティターニア様のご息女で、ロレーヌ様が崩御された後に即位されてるわ。まだ若いながらも国民からの圧倒的な支持力を得て今のアルトリアを統治されている方よ」

 フェニスが語ったのは外国人はあまりよくは知らないが、アルトリア人なら一般常識とも言える内容だ。これ自体にはクリュウが求めているような答えはなかった。だが、彼女の口から述べられた説明の中に彼は引っ掛かり、というか聞き覚えのある名前を見つけた。

「ロレーヌ……」

 それは昔、母が生きていた頃の話。彼女が時たま夜空を見上げながらその名をつぶやき、何度も「ごめんね」と繰り返す事があった。その母のどこか悲しげで、罪悪感に満ちた、いつもより小さく見えた背中を子供心に焼き付いていた。

 とっさに疑問を口にしようとして開きかけた口を、彼は寸前で閉じた。ヴィルマで出会ったアルトリアの総軍師に同じような質問をした際、下手に口にすれば命に関わると忠告を受けていた事を思い出したからだ。相手は元クラスメイトのフェニスだ。そんな危ない事はないだろうが、もしも彼女に迷惑を掛けてしまうような事になれば取り返しがつかなくなってしまう。あまり巻き込みたくはない、そんな気持ちが彼の唇を重くさせていた。

 結局、疑問は疑問のまま胸の奥に押し込めておく事にしたクリュウ。

「まぁ、私の口から話せるのはここまでかしらね。もっと詳しい事が知りたいならアルトリアに着いてから王立図書館にでも行けば何か掴めるかもね」

 笑顔で言う彼女のアドバイスにうなずき、ひとまずこの話はここで終わった。

 

 その後しばらく雑談を交えながら続いたお茶会はお開きとなった。

 夜、フリードリッヒの計らいでクリュウ達は夕食をご馳走になる事になったのだが、その際なぜかカレンがエプロン姿(もちろん下は着ているが)でジャガイモ料理をクリュウに振る舞い、何かと彼に絡むという事件が発生。彼女の横暴に対して当然のようにフィーリア、サクラ、エレナの三人が反発し、激しいケンカになったのだが……それはまた別のお話。


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