モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第16話 ランポスシリーズ

「さあッ! 商隊もいなくなったし、フィーリアは私の家に来なさい!」

 ある朝、クリュウ手作りのパンと目玉焼きという簡素な朝食を食べていたクリュウとフィーリアは、突然のエレナの登場に口にしたパンを落とし掛けた。

「い、いきなり何?」

 村の小さな牧場の絞りたての牛乳を飲み、クリュウが怪訝そうに問う。フィーリアも突然の事に戸惑っている。

 そんな二人を睨みながらエレナは堂々と家の中に入って来ると、バンッとテーブルの上を叩いた。その音にフィーリアはビクリと震える。

 エレナはキッと二人を睨む。

「フィーリアがここに住む事になったのは、商隊が逗留していたからでしょ? だから、その商隊がいなくなった今日から、フィーリアは私の家で暮らすの。これ決定事項」

 昨日長い間逗留していた商隊が出て行った。彼らは雪山を越えていく予定だったのだが、雪山の天候が悪く、良くなるまで待っていたのだが、昨日ようやく天候が整ったので出発したのだ。仲良くなった商隊の人達と名残惜しい別れをした。それが昨日だ。

 そして、すっかり家に余裕ができたのでエレナはこうして自分の家にフィーリアを誘いに来たのだ。元々彼女がここにいる理由は家不足だったからだ。家が足りている今、もうここにわざわざ居る必要はない。そんな思いを胸に抱いてやって来たエレナだったが、その考えはすぐに崩壊する事となった。

「あ、いえ。私はこのままクリュウ様の家に継続させていただきます」

 フィーリアはにっこりと邪心のない天使のような笑顔でそう答えた。その瞬間、エレナの高圧的な笑みが崩壊した。

「な、何でよぉッ!」

 エレナは慌てて彼女に駆け寄る。その勢いにフィーリアは「はわわわッ!」と慌てて姿勢を正し、慌ててその理由を述べる。

「えっと、一緒に暮らしていた方が色々と便利なんです」

「何がよぉッ!」

「そりゃハンターの知識とかだよ。こうした日常の会話の中でもそういう話はするんだから」

「クリュウは黙ってなさい!」

 せっかくわざわざ説明したのに、見事に一蹴されてしまった。クリュウはしゅんと小さくなってパンをかじる。

「で、でも、いくら何でも若い男女が同じ屋根の下にいるのはダメよ!」

「え? でも今まで何も問題なく生活できましたよ。ねぇクリュウ様」

「へ? あ、まぁ……」

 はっきりとした答えが言えない。実は何回か不用意にドアを開けてフィーリアの下着姿を見てしまった事があったのでクリュウも答えづらい。だが、そんなクリュウの煮え切らない態度に長い付き合いのエレナはピンとくる。

「クリュウ。あんた何か隠してない?」

 思わず飲んでいた牛乳を噴きそうになったのを、慌てて飲み込む。彼女のこうした勘の鋭さには小さい頃から悩まされてきたものだ。

「う、ううん。何もないよ」

「本当? もしうそだったら、屠(ほふ)るよ?」

 マジで目が怖いです。

「う、うん。本当だから。信じて」

 クリュウは平静を装う事に努めた。ここでバレれば自分だけでなくフィーリアにも迷惑がかかってしまう。

 エレナはそんなクリュウを訝しげに見詰めていたが、やがてため息をすると小さく微笑んだ。

「わかったわ。その件に関しては目をつむっててあげる」

「あ、ありがとう」

「でも! 同居は許しません! フィーリアにはうちに来てもらいわよ!」

 結局話は元に戻ってしまった。どうやらまだ彼女は諦めていないらしい。クリュウとフィーリアは困ったように顔を見合わすと、そんな二人にエレナは頬を不機嫌そうに膨らませる。

「何よ。不満だって言うの?」

「いや、その。もうフィーリアの狩りの道具とか全部置いてあるし、持ち出すのは大変だよ?」

「問題ないわ。私の家の倉庫は広いもの」

 ふふんと誇らしげに言うエレナ。一体何が誇らしいのかさっぱりわからない。でもそこを追求すればきっと返事は蹴りになるだろうと予想し、クリュウはそれ以上の追及はしなかった。

「武具や素材とかいっぱいあるけど」

「問題ないわよ」

「ランポスとかの皮もあるけど」

「……も、問題ないわよ」

「爆弾なんかもあるけど」

「……」

 エレナはついに黙ってしまった。さすがに家に爆弾を置くなんて想定していなかったのだろう。一応信管は抜いてあるので火災でも起きなければ爆発の危険性はないが、それでも一般人である彼女にとっては怖いだろう。

 クリュウは押し黙ったエレナを畳み掛けようと追撃する。

「それに狩りに関しての話し合いとかもここでできるし」

「むぅ……」

「次の狩りへの準備も一緒にできる」

「むむむ……」

「正直言ってこのままの方がいいんだけど」

「むむむむむ……ッ!」

 エレナはなぜか悔しそうにムキーッと地団駄を踏む。そんな彼女をなだめるようにフィーリアが笑顔を浮かべながら声を掛ける。

「エレナ様。心配なさらないでください。私とクリュウ様の仲は極めて良好です。ケンカをするなんて事はありませんから」

 フィーリアの言葉にエレナは押し黙ってしまう。黙る直前「仲がいいから困るのにぃ……」と何か不満げに言ったのは訊くべきなのだろうか。

 エレナはしばしクリュウとフィーリアの顔を見比べた後、悔しそうに再び地団駄を踏む。

「あぁもうわかったわよ! 好きにすればいいじゃない! 勝手にすればいいじゃない! ふんだッ!」

 エレナは突然逆ギレしてそう叫ぶと、「バカバカバカクリュウッ!」と怒鳴りながら大股で出て行ってしまった。

 嵐のようにうるさかったエレナが去ると、残るのは朝の静けさだ。

 クリュウとフィーリアは困ったように互いの顔を見る。そんな二人の目の前にある目玉焼きからは、もう湯気は出ていなかった。

 

 朝のちょっとした騒動の後、クリュウとフィーリアはアシュアの工房に向かった。そろそろ頼んでおいた例の物が完成している頃だったからだ。

 思ったとおり、アシュアの工房の煙突からはもう煙は出ていなかった。二人はそれを確認すると早速ドアに向かう。

「アシュアさん! 僕です! クリュウです!」

 ドアを叩いて呼び掛けるがなぜか返事はない。不思議そうに二人は顔を見合し、クリュウはドアノブを回すと、意外にもカギは掛かっておらずドアは開いた。

「あ、開いてる……」

「入ってみましょうか?」

「う、うん」

 クリュウはドアを完全に開けてフィーリアと共に中に入る。カーテンを閉め切っているせいか、奥の部屋はかなり暗い。そっと暗い中を進むと、何かに躓(つまづ)いた。

「う、うわぁッ!」

 突然の事に対応できず、クリュウはそのまま転んでしまった。

「クリュウ様!?」

 しかし意外にも倒れたのにそれほど痛くはなかった。何か柔らかいものが衝撃から助けてくれたらしい。さて、この柔らかいものは何だろう。顔を守ってくれた特に柔らかい所を触ってみると、柔らかいが弾力がある。それは丸いボールのようなものだった。不思議そうに何度も触っていると、

「あ、あかんて……」

 そんな声にクリュウはびっくりする。

「え? えぇッ!?」

 その時、部屋に光が注いだ。フィーリアがカーテンを開けたらしい。

「く、クリュウ様ぁッ!?」

 悲鳴のようなフィーリアの声に彼女へ顔を向けると、なぜか彼女は顔を真っ赤にしていた。一体どうしたのだろうと思っていると、

「ニャハハ、クリュウくんは意外とせっかちなんやねぇ」

 そんな聞き覚えのある声が――なぜか下からした。視線を落とすと、

「おはよ、クリュウ君」

 にこやかなアシュアの顔が目の前にあった。そして、彼女の豊満な胸を――自分の手がしっかりと握っていた。そして自分はどうやら彼女を押し倒したような形になっているらしい。今度はクリュウは顔を真っ赤にする番だった。

「ご、ごめんなさいッ!」

 クリュウは慌ててアシュアの上から退いた。アシュアは気にした様子もなく「嫌やわ。そないに焦らんでもええのにぃ」とにっこりと微笑む。その笑顔に先程の柔らかい感触を思い出してクリュウは顔を真っ赤にした。どうも今日は朝からハチャメチャな事が多い。厄日だろうか。

「ニャハハ、散らかってて悪いなぁ。まあその辺に座っといてぇな。お茶淹れてくるから」

「あ、気にしないでください。それより――」

「嫌やわぁ。クリュウくんはせっかちやねぇ。そんなんじゃ女の子に嫌われてまうでぇ?」

 ニヤニヤと笑うアシュアに、クリュウは苦笑いする。

「今朝早速一人に嫌われて来ました」

「ニャハハ、クリュウくんはモテモテやねぇ」

 アシュアは愉快そうに笑うと「ほんじゃ、そろそろ本題に入るで」と言って、部屋の奥へ行くと、そこに置いてあった白いシーツが被せられた何かを指差す。

「これやこれ。もうできてるから最後の確認してぇな」

 そう言ってアシュアはシーツを外した。すると鮮やかな青色の防具が姿を現した。ランポスの鱗や皮と鉄鉱石を組み合わせた、新米ハンターが一番最初にモンスターの素材を使って作る防具――ランポスシリーズだ。

 チェーンシリーズとは比べ物にならないほど頑丈で、何より鉄ではなくランポスの鱗や皮を使っているので軽く、使い勝手がいいので多くの新米ハンターが重宝するシンプルな装備だ。

 キラキラした目でランポスシリーズを見詰めるクリュウに、アシュアはにっこりと微笑んで「着てみるか?」と問う。もちろんクリュウは嬉しそうにうなずく。

 チェーンシリーズとは着方が違うので少々苦戦したが、アシュアの協力もあってなんとか着れた。

 確かに軽かった。チェーンシリーズよりもずっと軽い。これがランポスシリーズなのだ。そして自分の身体に合うようにぴったりと採寸も合っている。これもアシュアのおかげだ。

「ふむ、似合ってるやないの。良かった良かった」

「お似合いですよ。クリュウ様」

 二人にそう言われ、クリュウは照れたように桜色に染まった頬を掻く。

「あ、ありがとう」

「でもほんまにええんか? 頭何もないと危ないでぇ?」

 アシュアが心配したのはクリュウの防具の着方。実は今回もクリュウは頭の装備は付けていないのだ。それを彼女は心配しているのだが、そんな彼女の問いにクリュウはうなずく。

「はい。こっちの方が何かと便利ですから」

 そう答えると、アシュアは「まあ、クリュウくんがええっちゅうなら別にうちは構へんけど」と、とりあえず納得したようにうなずいた。

「それより採寸は合っとるん? キツイとか緩いとかはないんか?」

「はい。ぴったりです。ありがとうございます!」

「そっかそっか。そりゃ良かったわ」

 アシュアはにこやかに微笑むとふわぁとあくびをする。どうやら今回もわざわざ徹夜をしてくれたらしい。目の下に薄っすらと隈が浮かんでいる。

「ほんじゃ、うちはちょっくら寝るね。眠くて眠くて……」

 ふわぁともう一回あくびすると、アシュアはそのまま工房の隅にあるソファに寝転んでしまう。クリュウは慌てて横向きに寝るアシュアの背中を揺する。

「アシュアさん。そんな所で寝たら風邪を引きますよぉ」

 クリュウの注意も「ええからええから」と手をひらひらと翻(ひるがえ)してスルーすると、そのまま動かなくなった。どうやら完全に眠ったらしい。それだけ毎晩遅くや徹夜をしてくれたんだと思うと、クリュウはますます彼女に感謝する。

 クリュウは床に落ちていた毛布をそっと彼女の上に被せると、フィーリアと一緒に家を出た。日の光に照らされて、ランポスの鱗がキラリと光る。

「さてと、じゃあこの装備でちょっと狩りにでも行ってみようか」

 クリュウが嬉しそうに言うと、フィーリアも「はい」と楽しそうに笑みを浮かべながらうなずく。

 二人は早速酒場へと向かった。すると、酒場ではエレナと村長が何やら話し込んでいた。それも双方共に結構真剣な顔をして。不思議そうに首を傾げながら進むと、エレナが二人に気づいた。

「あ、クリュウ。今日も狩りに行くの? あ、新しい防具できたんだ」

 エレナはクリュウの新たな装備をまじまじと見詰めると、にっこりと微笑んだ。

「良く似合ってるわよ」

「あ、ありがとう」

 エレナの言葉にクリュウは頬を赤らめながら照れたような笑みを浮かべる。すると村長もうむとうなずいた。

「これでまた僕達の村のハンターが成長した訳だ。めでたいめでたい」

 まるで自分の事のように喜ぶ村長。本当に人懐っこい人だ。

 ふと、クリュウは先程二人がしていた会話が気になり、二人に訊いてみる。

「それより今二人で何を話してたんですか?」

 クリュウが不思議そうに問うと、エレナと村長は顔を見合わせて困ったような表情を浮かべる。どうやら何かありそうだ。

「何か、あったんですか?」

 フィーリアも二人の不穏な態度に声を硬くする。すると、エレナは村長を見詰めて一度うなずくと、ゆっくりと重い口を開いた。

「実は、リフェル森丘でドスランポスの目撃情報があるのよ」

 リフェル森丘とは、丘陵(きゅうりょう)地帯にあるなだらかな狩り場の事だ。イージス村からは竜車に揺られて二日掛かる場所にある。イージス村からはセレス密林の次に近い狩り場で、ドンドルマからこの地域一帯へ陸路で抜ける道にもなっているので安全確保が最も望まれる場所でもある。どうやらそこにドスランポスが現れたらしい。

「リフェル森丘を通らないと、この地域に行く道は大きく迂回するしかないのよ。そしたら商隊や通行人も困るのよ」

 エレナも困ったような顔をしている。きっと彼女も店の商品を注文したのにドスランポスの影響で品物が遅れる事を心配しているのだろう。

「ギルドの方は動いてくれないんですか?」

 フィーリアが横から質問する。確かにハンターズギルドの本部があるドンドルマならドスランポスくらい簡単に狩れるハンターを送れるだろう。しかし、

「それがどうもドンドルマの方は飛竜の討伐依頼が重なっていて優良なハンターが足りないらしいんだ。王都の依頼や貴族の依頼、地主の依頼とか断り切れない仕事が多いらしい」

 村長も困ったようにため息する。

 元来ギルドと王都の仲はお世辞にも良い方ではない。国を統治する王宮の者は人間でありなが飛竜と戦えるハンターを統括するハンターズギルドを警戒しているらしい。彼らに反旗を翻られたら困るかららしいが、ハンターは人に武器を向けてはいけないという鉄則がある。もちろん無視する奴もいるが、それでも脅し程度だ。相手をケガさせたり、ましてや殺してしまったらギルドの暗殺部隊であるギルドナイトと呼ばれるハンターを狩るハンターに消されてしまうからだ。誰も好き好んで自分の首を切りたいとは思わない。

 そんなギルドの本部があるドンドルマは、百人以上のハンターが拠点を置く一大ハンター都市。世界に名を馳せた歴戦のハンター達もその多くがドンドルマを拠点にしている。だが、そういう場所だからこそ世界各地の依頼が大量に集まり、いくらハンターがいても足りないくらいという状況なのだ。そして今回優秀なハンターの大部分が飛竜狩りに向かってしまったらしく、地方に現れたドスランポス程度ではハンターが出て来ないような状況らしい。

 村長とエレナは困ったようにため息する。二人とも村のライフラインが断たれたら最も困る立場な為その苦労も大きいだろう。そんな二人を見て、クリュウもどうしたもんかと考えていると、

「私達が行きます!」

 そんな頼もしい声に驚いて振り返ると、そこにはにっこりと微笑むフィーリアが立っていた。途端に村長の瞳が希望の色に染まる。

「そうだ! 今この村にはリオレイアと対峙できるだけの実力を持つハンターであるフィーリアちゃんがいたんだ! 彼女がいれば何も怖くない!」

 村長はやけに高いテンションになる。まあ村の危機をが救われるかもしれないという状況なので気持ちはわからないでもないが。

「じゃあフィーリアちゃん。この私からの依頼、頼まれてくれるかな?」

 どうやら今回の依頼主は村長らしい。まぁ、ドスランポスが現れて困るのはこの村そのものなのだから、彼が依頼するのは当然だろう。

 すると、そんな彼の依頼に対しフィーリアは首を横に振った。

「いえ、私だけではありません。クリュウ様も一緒です」

『えぇッ!?』

 三人は一斉に驚く。特に驚いたのは当事者であるクリュウだ。瞬間的に以前襲われたドスランポスの凶悪な顔が思い浮かんで身震いする。

「い、いや僕はまだドスランポスは早いと思うよぉ……」

 自信なさげに言うクリュウに、フィーリアは「そんな事ありません」と力強く言い切る。

「クリュウ様はもう多くのランポスを相手にしてきました。実戦経験はそれなりにありますし、今まで教えてきた知識や技術を使ういい機会です。それに、新しい道具の初陣にはいいと思います」

「で、でも……」

 渋るクリュウの頭の中ではドスランポスの血のように真っ赤な口が思い浮かぶ。そんなクリュウの不安を感じ取ったのか、フィーリアは優しく微笑み「大丈夫ですよ」と言う。

「あの時とはクリュウ様の実力は格段に上がってますし、防具も新調しました。それに私もちゃんと援護します。ですからご安心を」

「そ、そうは言っても――って、援護? フィーリアが主力じゃないの?」

「当たり前です。私はガンナー。後方支援が主な役目ですし、私はクリュウ様の講師を任されています。ですのでその実力をしかと見届ける必要があります」

 フィーリアの言う事は全てがもっともなものだ。だが、クリュウはなかなか決断できない。確かにあの時とは明らかにこちら側に分がある。技術や装備はもちろんだが、何よりフィーリアという強力な援軍などがあり勝機は十分である。しかし同時にマイナスもある。まずドスランポスとの本格的な実戦経験がクリュウにはない事。そして狩り場がいつも使い慣れているセレス密林ではなくリフェル森丘である事。まだそこには行った事がなく、どんな地形か全くわからない。そんな不安もある中、自分にドスランポスが狩れるだろうか?

 不安そうにうつむくクリュウの肩を、フィーリアがそっと叩く。

「これから先もハンターを続けるのであれば、いずれ飛竜種と対峙する事になるでしょう。飛竜は別格のモンスターです。あの気圧される生命力と迫力は、戦い慣れたハンターでも恐れを感じます。こう言っては何ですが、ドスランポスはあくまでランポスの発展型。飛竜と比べれば弱い方です。ドスランポス程度で逃げていては、飛竜なんて夢のまた夢です。ここは覚悟を決めてください」

 フィーリアの言葉に、クリュウはうなずく。確かに、ドスランポス程度でうじうじしていたら飛竜なんて一生狩れないだろう。何より、大切な故郷を守る事もできない。

 この戦いは、新しい自分になる為の登竜門なのだ。

 再び顔を上げたクリュウの瞳に、もう迷いはなかった。

 心配そうに自分を見詰めているエレナから依頼書を受け取ると、クリュウは自分の名前を書き込む。そんな彼をエレナは不安そうに見詰める。

「いいの? 今ならまだキャンセルできるわよ?」

 エレナの気遣うような言葉に、クリュウは首を横に振る。もう覚悟は決めている。逃げる訳にはいかない。

「大丈夫。必ずドスランポスを狩ってみせる」

「本気、なのね?」

「うん」

「……そう」

 エレナは依頼書をじっと見詰めた後、それをフィーリアに渡して二人に向かって小さく優しげに微笑んだ。

「じゃあ、帰って来たらお祝いしてあげる。だから、ちゃんと帰って来なさいよ」

「うん。わかった」

 エレナの笑みにクリュウも笑顔で応える。その間にフィーリアも依頼書に自分の名前を書き込む。そして依頼書は村長に渡され、承認用のハンコが押される。これで契約完了だ。

「じゃあ、早速用意しよう。フィーリア、必要な道具を教えて」

「わかりました。では行きましょう」

 クリュウとフィーリアは微笑み合うと、急いで出撃用意をする為にクリュウの家に向かった。

 小さくなっていく二人の背中を見詰め、エレナは優しく微笑んだ。

「がんばってね、クリュウ」

 その言葉は風の中にふわりと消えていった……


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