モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第164話 可憐な笑顔花咲かせて 優雅に再臨する微笑の女神

「あ……」

 コーヒーを飲みながら一息入れている時、部屋のドアが開いた。誰だろうと思って覗き込んだ瞬間、クリュウとその来訪者の目が合い、双方共に固まってしまう。それを見てエルディンはコーヒーを飲みながら小さく苦笑を浮かべた。

 部屋の中へ入って来たのは黒い軍服をピッチリと身に纏った、知的なメガネが印象的な少女。制服や階級章など、一般人のクリュウが見てもわからないが、それは海軍の上級将校のみが着る事を許される士官服。その襟に縫われた階級章は最高階級、元帥を意味する。

 海軍総司令官――カレン・デーニッツ元帥だ。

「な、何で……」

 カレンはクリュウが部屋の中にいる事にひどく動揺しているようだった。目を見開いて目の前の光景に呆然としている。一方のクリュウも突然の探していたはずのカレンの登場に固まってしまっている。

 だが、そこはさすが軍人。クリュウがまだ状況整理が整わずに困惑している間に一足早く状況を理解。すぐにこのテーブルを用意した張本人、エルディンを睨みつける。

「これはどういう事ですか? ロンメル元帥」

「そう怒るなって嬢ちゃん。こっちはきっかけをわざわざ作ってやったんだ。感謝こそされても睨まれるような事はしてないさ」

「……失礼します」

「おいおい、いいのか? 今度の威力軍事演習に独立歩兵師団第十二演習場を海軍に野営地として貸し出すって話、オシャカにするぞ」

「な……ッ! 権力を使って公私混同しないでくださいッ!」

 あっけらかんと言うエルディンにカレンは頭を抱える。何となく、サクラを相手にしている時の自分と重なってクリュウは少し同情してしまう。

「まあまあ、人間諦めが肝心って言うだろ?」

「あなただけには言われたくないですッ!」

 深いため息を零す彼女の肩を叩いて、ゆっくりと寸前まで自分が座っていたソファ。クリュウの正面に彼女を座らせると、爽やかな笑顔を浮かべて二人に振り返る。

「それじゃ、後は若い者同士でッ」

「お見合いじゃありませんッ! 何ですかそのムカつくくらい爽やかな笑みはッ!?」

 唸るカレンをさらりと受け流し、エルディンはドアノブに手を掛ける。そしてゆっくりと振り返ってニッコリと微笑みながら、最後通牒を叩きつけた。

「――これから一時間ここを封鎖する。二人共、勝手に出て行くなよ」

「「えええぇぇぇッ!?」」

 驚く二人に爽やかな笑顔を送り、さっさとエルディンは出て行ってしまった。閉じられたドアの向こうで大きな物音が……どうやら、ドアの近くにあった本棚を移動して封鎖してしまったらしい。勝手に出て行くなとか言いながら、これではそもそも脱出不能だ。

 カレンは慌ててドアにしがみ付いて開けようとするが、やはり完全に封鎖されているらしくドアはビクともしない。

「あんのぉ、ちゃらんぽらん元帥めぇ……ッ」

「ひ、ひどい言いようだね」

「当たり前ですッ! こっちは閉じ込められたんですよッ!?」

 バンッと叩くのは封鎖されてしまった唯一の出入り口。名探偵を呼ぶ必要もなく、見事な密室の完成だ。どうやら本当に完全に閉じ込められてしまったらしい。カレンは大きくため息を零すと元の席に戻り、乱暴に腰掛ける。

「まったく……ッ、こっちは財務省のくたばり損ないの文官共の無茶難題をどう突っぱねるか策を練っていて時間が惜しいのに……ッ。兵員・兵器・予算で三流の部隊とは仕事量が違うのよッ」

 イラつきながら乱暴に頭を掻き乱すカレン。その姿は一人の少女というよりは、大人の事情に雁字搦(がんじがら)めになっている疲労困憊の権力者と言った所か。もちろん、一般人中の一般人であるクリュウにはわからぬ苦悩だ。

「た、大変そうだね……」

 同情するように言うクリュウの言葉にピクリと彼女が反応する。ゆっくりと顔をもたげると、そんな彼をギロリと睨みつける。その瞳は、若干の殺意すら感じ取れる。

「貴殿の差金ですか?」

「ち、違うよッ。僕だって何がなんだか……」

 クリュウがウソをついていないと瞳を見て判断したのだろう。大きなため息を吐いて「あなたも巻き込まれた側の人間ですか……」と苦笑を浮かべる。どうやら逃げられない状況に諦めたらしい。その辺の切り替えの速さがエルバーフェルド海軍を再建した元帥の才と言った所か。

「ま、まぁ君を捜してたには捜してたけど……」

「はぁ? な、なぜあなたが私を捜す必要があるんですか?」

 クリュウの何気ない一言にカレンが明らかに動揺した。それまでの同世代とは思えない程多くの苦悩に悩む軍人としての顔が崩れ、同じ年頃の少女の顔へと崩れた。クリュウはそんな彼女の反応に苦笑を浮かべる。そりゃ、あんな別れ方をしたのだから、会う事自体気まずいのだろう。なのにクリュウはそれを乗り越えて彼女を捜していた。カレンからすれば動揺の一つや二つするようなものだ。

 別れた時とは違う、軍人としての仮面ではなく一人の少女としての姿で応対する彼女を見てクリュウはほっとしたように微笑む。その笑顔を見て、カレンの頬がほんのりと赤く染まった。

「そ、それで私に一体何の用でしょうか?」

 頬を赤らめながら話を進めるカレンの促しに一つ頷き、クリュウはそっと静かに彼女に向かって手を差し伸べた。それを一瞥し、カレンは憮然と尋ねる。

「これは一体どういう意味でしょうか?」

「どういう意味も何も――僕達友達でしょ?」

「なぁ……ッ!?」

 微笑みながらさらりと言うクリュウの言葉にカレンは言葉を失った。何を言っているのか、彼女には彼の言っている言葉の意味が全くわからなかった。

「な、何を世迷い言を……ッ」

「世迷い言って……君が言い出した事だよね?」

 彼女の発言につい苦笑が浮かんでしまう。何というか、彼女の真面目な顔と年相応の少女らしさに満ちた顔がコロコロと入れ替わるのは見ていて楽しくもあり、可愛らしく思えてしまう。

「あ、あの件は無かった事にしたはずです」

 視線を合わせられないのか、カレンはうつむき加減で答える。指をツンツンとさせる姿は実に可愛らしく、頬を赤らめて恥ずかしがる彼女の姿に一瞬ドキッとしてしまった。

「勝手に友達宣言しておきながら一方的にそれを破棄するのは、振り回される方としては堪んないよ」

 少し意地悪っぽく言うと、それだけでカレンはさらに動揺する。軍人としての冷静さは微塵も感じられない、普通の少女らしい反応だ。

「そ、それは……悪いとは思っています。ですが、私達は相容れない者同士です」

 動揺しながらも、しっかりハッキリと答える。自分達二人の間にある、決定的な思想の違い。それはある意味十分な繋がりを結べない理由だ。そしてその理由はとても繊細で、簡単には解決はできない。それはカレンはもちろん、クリュウだってわかっている。

「……確かに。ガリア人の知り合いと持つ僕と、ガリア人を憎んでいる君とでは相容れないかもしれない」

「なら……」

「でもさ、それを取っ払えば僕達結構いい友達になれると思うよ?」

「……取っ払う? 私の両親を殺し、我がデーニッツ家を没落させたガリアに対する憎しみを、そんな適当な言葉一つで片付けないでください」

 厳しい瞳で睨みつけるようにしながら憮然と言い放つ。その瞳には敵意すらも感じさせられる程に鋭い。彼女にしてみれば、ガリアは憎き敵なのだ。それを「取っ払う」など一言で片付けられるのは、実に腹立たしいのだ。

「……そうだね。取っ払うってのは言葉が悪かった。確かに僕と君の間の壁は厚くて高いかもしれない。表面上は友達になれるかもしれないけど、奥底ではわからない。でも――」

 そこで言葉を区切り、一瞬クリュウは。沈黙する。そんな彼を真剣な瞳で見詰めながら、続きを待つカレン。その瞳には今は先程まであったような敵意などはなく、ただ一心に彼の答えを待ち望んでいる。その瞳を見ていればわかる――彼女の本心を。

 彼女の強い視線を一身に受けるクリュウはだが、彼女のように拳を強く握り締めたり厳しい表情を浮かべる事もなかった。ただいつもと変わらない、屈託の無い笑みを浮かべてこう言った。

「――そういう障害が多い方が攻略し甲斐があるでしょ?」

「な……ッ!?」

 笑顔で平然と言ってのけるクリュウだが、カレンはその言葉に顔を真っ赤にして唖然とする。

 一方、クリュウはそんな彼女の反応に首を不思議そうに傾げる。当然、自分の何気ない発言が見事に聞きようによってはものすごい発言だという自覚はない。平然と、無意識に、悪気や策などなく誤解を与えるような言葉を口に出してしまう。彼の才能であり、同時に欠点でもある。

 クリュウの爆弾発言に赤らんだ頬に手を当てて呆然と彼を見詰めていたカレンだったが、耐え切れなくなったように吹き出し、笑う。

「……ッ、ハハハッ。 あんた、もしかしてって思ってたけど――案外バカでしょ?」

「うーん、さっきハッキリと言われた所」

 先程もエレナに思いっ切りバカ発言された身だ。自覚は無かったが、どうやら自分は相当なバカだったらしい。思わず苦笑が浮かんでしまう。だが、こうして一人の女の子を笑顔にさせられるなら、バカで構わないとも思った。

「まったく、あんた気弱そうに見えて意外と頑固なのね」

「少しくらい頑固じゃないとハンターなんてやってられないよ」

「ふぅん、あんた顔に似合わず結構男らしいじゃない。女だけど」

「……そういえば、そういう設定だったね」

「え? 何か言った?」

「な、何でもない何でもないッ」

 ポロリと零れた失言を慌てて笑って誤魔化すクリュウ。そんな彼の様子をカレンは不自然そうに首を傾げながら見詰める。

「変な奴。まぁ、あんたが変なのは今に始まった事じゃないしね。別にいいけど」

「……今、サラッとひどい事言わなかった?」

 先程までの他人行儀な敬語はすっかり消え、今ではあの夜の時と同じく容赦のない口調に変わっているカレン。言うまでもなくこっちが彼女の本性なのだろう。

 すると、カレンは途端に意地悪っぽい顔のになる。

「私を攻略しようなんて言うじゃない。私はシークレットルートくらい攻略は難しいわよ」

 まるでクリュウを挑発するように不敵な笑みを浮かべながら堂々とカレンは言ってのける。それを前にはクリュウも「がんばるよ」と苦笑を浮かべながら答えるしかない。

 クリュウの反応に満足げに頷くと、カレンは立ち上がる。不思議そうに見詰める彼へと近づくと、スッと顔を近づけて驚く彼の耳元でそっとささやく。

「――でも、あんたになら攻略されてもいいわよ」

「え? って、うわぁッ!?」

 耳元でささやいた彼女の言葉に驚いて振り返ると、楽しそうに笑う彼女と目が合う。その瞬間、カレンが勢い良く抱き付いて来た。ソファに腰掛けていたので倒れる事はなかったが、むしろ逃げる事できずに彼女の抱擁を真正面から受ける事になった。

「ちょ、ちょっとカレン……ッ」

 正面から彼女を抱き止める事となったクリュウの胸にはハッキリとわかる程に彼女の胸が押し当てられ、それが更に彼の混乱に拍車を掛けていた。

 慌てる彼の様子をからかうようにカレンは更に胸の膨らみを押し付ける。

「あんた顔真っ赤じゃない」

「そりゃ真っ赤にもなるよッ」

「女同士でしょ? やっぱりあんたも女の子が好きなのね」

「あ、あのねぇ……ッ」

「――でも、私の事をちゃんと女の子として見てくれてるのは、ちょっぴり嬉しいかな」

 照れたように微笑む彼女の可愛らしい、名前と同じ可憐な笑みに思わずドキッとしてしまう。視線を合わせておけずクリュウの視線は自然と逸れてしまう。

 可憐は世間一般で言えば十分美少女の部類、それもかなり上位に入る娘だ。普通にしているだけで目を引くのに、そんな子の笑顔は当然威力抜群だ。この国の表に出る女性、総統のフリードリッヒも宣伝相のヨーウェンも、そして二人に比べれば国民の前に出る事はあまりないだろうが、カレンもまた美人だ。そればかりかフィーリアにルーデル、セレスティーナにシュトゥルミナと、エルバーフェルドの女性は美人ばかりだ。そういえば、学生時代に男連中が北国の女性には美人が多いと話していたが、それはどうやら本当らしい。

 クリュウが照れて視線を逸らすのを見て、カレンも嬉しそうに微笑む。そして、そっと彼の耳に向かってフゥと息を吹き掛ける。

「ひゃあッ!?」

「あはッ、あんたかわいい声してるわね」

「か、からかわないでよッ」

「えぇ~、だってあんた何かいじめたくなるオーラがすごいんだもん」

「……シルフィにもさっき言われたんだけど」

 最近なぜかシルフィが自分をからかう事が増えてきた。それだけ二人の距離が縮まっている証拠なのだが、クリュウにとってはそんな事わからないので最近彼女に何か悪い事したかなぁと考えを巡らせる。すると、そんな彼の唇にピタリと指が当てられた。視線を彼女に向けると、カレンはムスッとしたような表情で自分を見詰めていた。

「か、カレン?」

「他の女の子の話をしちゃダメ。私といる時は、私だけを見ていなさい」

「……ご、ごめん」

「うむ、よろしい」

 無邪気に微笑むと、カレンはそっと顔を近づけてそっとクリュウの頬に唇を当てる。驚く彼の反応を見る事もなく、そのまま再び抱きついて来る。また先程と同じ状態だ。だが、クリュウも何となく抵抗するだけ無駄なのだろうと気づいてた為、無理に抵抗する事はなくなった。――まぁ、こっ恥ずかしい事には変わりないが。

「お、女の子同士ってこんな感じだっけ?」

 記憶の中の女子の模範像、まぁ当然いつもの面々はお互いにこんな事はしていなかったはずだ。すると、そんな彼の疑問に身を起こしたカレンが頬を赤らめながら苦笑を浮かべる。

「いや、私も友達が初めてだから勝手がわからなくて……どこまでが妥当なのか」

「……とりあえず、離れようか。ちょっと近すぎる」

「そうかな? ゲッペルス大臣はいつも総統陛下にこんな感じだけど」

「……まずは、女子の基本をあの人に当てはめようとするのはやめた方がいいと思う」

 会って間もない相手だが、何となくそれは確信を突いているような気がした。あの人は普通の女性とはちょっと違う感じがするので、模範像としては適任ではないだろう。

「ほら、早く離れてって」

「あ、ちょっと待って。最後にもう一回ハグしてから」

 そう言ってカレンは無邪気に笑うとギュッと抱きついてきた。クリュウとしては当然恥ずかしいのであまり気は進まないが、最後と本人が言っているのでこれだけは黙認する事にした。まぁ、かわいい女の子と抱き合うのは恥ずかしいのは当然だが、もちろん嬉しくもあったりする。男というのは実に優柔不断な生き物だ。

「も、もういいかなデーニッツ」

「……カレンって呼んでくれなきゃ離れない」

 耳元でささやく彼女の言葉に思わず笑みが浮かんでしまう。そして照れ隠しのようにわざとらしくため息を零すと、抱きつく彼女の耳元でそっとその名を呼ぶ。

「か、カレン」

「よろしい。なら、私もあんたの事はクリュウって呼ぶわ。光栄に思いなさい」

「……あ、ありがとう」

 身を起こしてなぜか偉そうに腕を組んで上から目線。クリュウは苦笑を浮かべながら彼女を見やる。本当に、初めて会った時とはえらい差だ。もっとしっかりしている子だとばかり思っていた――だが、こちらの彼女の方が親しみやすいのは事実だ。

 ようやくカレンがクリュウの上から降りる。すると、そのまま彼女は彼の横へ腰掛けた。どうやらすっかり懐かれてしまったらしい。嬉しいには嬉しいのだが、やはり恥ずかしさは消えないものだ。彼女のキラキラとした視線を真正面から受け止めるだけの度胸は彼にはない。

「クリュウってさ、何でハンターになったの?」

 興味深げに問う彼女の質問に、クリュウは少し考えてから答える。

「君と同じかな。両親がハンターだったのがキッカケで、憧れてた。でも今は村を守りたい、その一心でがんばってる」

「ふぅん、私と同じね。私もキッカケは両親で、今は国を守りたい。その一心でがんばってる。分野は違うけど、互いに守りたいものの為に戦ってる。お互い、誇れる職業ね」

「まぁ、そうだね」

 難しい話はなしにして、確かに自分達はよく似ている。今の仕事をするキッカケも、守りたいものも。規模も職種も違うが、同じ志を持つ者同士。そして、両親の跡を継いで……

「……なってみて初めてわかるのよね。親の偉大さってのをさ」

 しみじみと言う彼女の言葉に、クリュウは素直にうなずいた。自身が両親と同じ道のスタートラインに立った途端、急に世界が変わった。夢想していた事と現実はあまりに乖離していて、その違いに煩わしさを感じてしまう。そして、両親がいた場所を認識し、改めてそのすごさを感じた――自分なんかよりもずっとずっと前を、歩いていたのだ。

「……ハンターになってさ、父さんと母さんの実力の凄さを知ったね」

「そうねぇ。私も実際に司令官になってみて、父の偉大さを知ったわ。昔とは軍の規模も兵器の質も格段に向上していても、結局は人間で束ねられた組織という点では変わらない。それを見事に統率していたんだから、父はすごいわ」

 お互い住む世界も違う存在同士だが、同じ気苦労を持つ者同士。視線を合わせると、自然と笑みが浮かぶ。それはお互いに自分の仕事、そして親の偉大さを誇りに思っている証拠。

「ほんと、私達って結構似てるのよね。お互い美少女だし」

「……自分で言うかそれ」

「それもそうね」とおかしそうに笑う彼女の言葉に思わず苦笑が浮かぶ。だが、クリュウは決して口には出さないが言い過ぎではなくカレンは間違いなく美少女の分類に入ると断言できた。それだけに彼女はかわいらしい。だからこそ、一緒にいるとどうしても意識してしまうのだが。

「クリュウはさ、母親の故郷かもしれない、母親の事が知りたいから、アルトリアを目指すのよね」

「うん、まだまだわからない事だらけだけど。たぶん、アルトリアが母の故郷だって事は間違いないと思う」

「……大陸南洋に浮かぶ島国の住人と大陸北部に位置する村の村民。普通に考えれば接点なんてゼロに等しい。しかもアルトリアは大陸人を嫌っているから余計にね――でも、それでも確信できるだけの理由を、あんたは持ってるのね」

「まぁ、一応ね」

「なら、がんばりなさい。あんた一人のわがままの為に、今一つの国が動こうとしてる。空前絶後にも程があるような展開だけど、これはあんたがその手で勝ち取ったチャンス。陛下の温情に感謝しつつ――がんばりなさい」

 そう言ってカレンはそっとクリュウの肩を叩いた。驚く彼の前へ立ち上がって移動すると、その場でくるりと回転。そして振り返り、彼を見やって笑顔を浮かべる。だが、その笑顔はどこか悲しげに見えた。

「……短い間だったけど、あんたと会えて良かったわ。友達として、私はあんたを応援する。だから、アルトリアへ行って、故郷に帰って、夢へと突き進んで――でも、時々でいいからさ、私の事も思い出して」

 悲しげな瞳のまま、無理して笑う彼女の笑顔にクリュウは気づく。おそらく、フリードリッヒは自分のアルトリア行きを許可してくれるだろう。だとすれば、当然エルバーフェルドの地を離れる事になる。そうなれば、アルトリアは抜きにしてもイージス村からエルバーフェルドまではかなりの距離がある。当然、下手をすれば二度と会えない。彼女はそれに気づいていて、でも彼を笑顔で送り出そうとそれを殺して無理に笑っている。

 だがクリュウはそんな彼女に向かって優しく微笑んだ。

「時々どころかちゃんと覚えてるよ。手紙だって、時々になるかもしれないけど書くし。それにここはフィーリアの故郷の国だから、滅多には来れないかもしれないけど永遠に来ないって訳じゃない――僕達の繋がりは、そう簡単に断ち消えるようなもんじゃないよ」

 笑顔で言う彼の言葉にカレンはきょとんとした様子で呆然とするが、やがてフッと口元に笑顔を浮かべる。感心しているのか、呆れているのか、どっちともとれるような笑顔だ。

「……あんたってさ、言葉の端々にムカつくくらい優しさが滲み出過ぎよ」

「そ、そうかな?」

「――ったく、あんたが男なら本気で好きになっちゃうじゃない」

「な……ッ!?」

「あはは、安心しなさい。女の子でもあんたの事は大好きに変わりはないわ」

 そういう意味じゃないのだが、屈託なく笑う彼女の言葉にクリュウは顔を真っ赤にしてドキドキする。女の子に面と向かって好きと言われるのはフィーリアやサクラによく言われていても未だに慣れるものではない。慣れてはいけないような気がするし、言われて嬉しくない訳がない。

 照れて黙る彼の様子を見て微笑むと、カレンはそっとそんな彼の頬に口付けする。驚く彼が見やると、照れているのか頬を赤らめた彼女が笑顔で立っていた。

「――今度はまた観光で来なさいよ。その時は、一緒にデートしましょ」

 

 数日後、クリュウ達は再びフリードリッヒなどが並ぶ王侯会談の場にいた。

 前回と同じようにテーブルを挟んでフリードリッヒ率いる政府側とセレスティーナ率いるレヴェリ家側に分かれて座っている。前回と違い、今回はルーデルも会談の場に居合わせている。

 相変わらずフリードリッヒは威圧的に構え、ヨーウェンは意味深な笑みを浮かべている。そして今回の交換条件となった遠征の責任者であるカレンと、前回は呼ばれなかったエルディンの姿もある。

 エルディンもまた相変わらず場の緊張感を無視してリラックスした体勢で座っており、クリュウと目が合うと優しげに微笑む。緊張しているクリュウはそれだけでずいぶんと助けられた。

 一方、カレンの方に目をやるといつもの軍人の表情で凛々しく座っていた。だが、ふと目が合うと口元にも小さな笑みが浮かべながら周りからバレないように小さく手を振る。前回の時は時々睨まれたりしていたのに、えらい違いだ。

 この前とは様々な面で明らかに状況が違う。それがクリュウの緊張をわずかながらも和らげてくれた。

 そして、いよいよ王侯会談が開始された。

「……まずそこの四人」

 開口一番、フリードリッヒが口にしたのはクリュウ達を呼ぶ声だった。いきなりある意味名指しで呼ばれた四人は一斉に身構える。特にクリュウは何を言われるかゴクリと唾を呑んで彼女に向き合う。

 終始厳しい表情を浮かべているフリードリッヒだったが、突如フッと口元を綻ばせた。驚く面々を前に、彼女は堂々と口を開く。

「ディアブロスの討伐、良くやってくれた。まずは礼を言う」

 そう言ってフリードリッヒは深々と頭を下げた。その光景にクリュウ達はもちろん、政府側の面々も驚き目を見開く。ただ一人、ヨーウェンだけは小さく苦笑を浮かべていた。こういう流れになる事をわかっていたのだろう。

「ディアブロスはそう簡単に倒せるようなモンスターではない。それを倒したという事は、それ相応の覚悟があるという事だな」

 その問いかけに、クリュウは静かにうなずいた。本気だからこそ危険な任務を受け、そして完遂させた。

 クリュウの表情を見て確信を得たのだろう。フリードリッヒはそんな彼を見ながら不敵な笑みを浮かべる。

「──私は、本気で生きる人間が好きだ。君の本気、見せてもらったぞ」

 最初に会った時は明らかな敵意のようなものを放っていたフリードリッヒだが、今ではその影は微塵も感じられない。それは彼女なりに彼らの奮闘を称え、そして認めた証だ。

「君の本気に応え、私も本気を見せよう――アルトリア政府との話はついた。君を正式に我が国の特使としてアルトリアへ派遣する事になった」

 威風堂々と断言する彼女の言葉に、クリュウは一瞬だけ頭が真っ白になった。だがすぐに状況を理解し、パァッと笑顔が華やぐ。そして、感動を一気に吐き出――

「やりましたクリュウ様ッ! アルトリア行き決定ですッ!」

「……クリュウ、良かった」

 ――す寸前で一斉にフィーリアとサクラが両側から抱きついてきた。二人共まるで自分の事のように大喜びしている。どちらの目にも薄っすらと涙が浮かんでいる始末だ。大感動する二人に先を越された形のクリュウは叫びを引っ込めてしまう。何というか、こんなに二人が喜んでいるのに自分が叫ぶの何となく気が引けたのだ。

「あ、ありがとう二人共。これも君達のおかげだよ」

「何を仰いますかッ。これはクリュウ様が自分で手に入れられたものですよ」

「……私達がその手助けをしただけに過ぎない。これはクリュウの努力の賜物」

 クリュウが二人に感謝の言葉を述べても、二人はそれを素直に受け取ろうとはせずにクリュウを絶賛する。何というか、実に二人らしい反応だ。サクラもいつもこれくらい謙虚な態度をしていればもう少し人当たりも良くなるのだが、とシルフィードは苦笑を禁じ得ない。

「私も、一応頑張った身なのだが……」

「そう思うなら、さっさと輪の中に加わりなさい。まずはあんた達四人で喜ぶの先よ」

 そう行って輪の中に入るのを渋る彼女の背中を押したのはルーデル。問答無用という彼女に押されて遅れるもシルフィードも輪の中へ入った。当然クリュウは笑顔で彼女に感謝し、シルフィードは頬を赤らめながらその言葉に微笑む。

「良かったわね、クリュウ」

「フィーちゃんに感謝しなさいよ」

「良かったわねクー君」

 エレナ、ルーデル、セレスティーナもその輪に加わり、クリュウを中心に盛り上がる面々。そんな彼らをフリードリッヒ達も黙って温かい目で見守っていた。ただ一人、再び笑顔を消して無愛想に席に深く腰掛けるフリードリッヒ。その彼女の頬を隣に座るヨーウェンがそっと指でつつく。

「あなたらしくない温情ね。租借地周辺に現れたディアブロス一体と同盟国アルトリアとの外交関係。天秤に掛けたら後者の方を優先するのが普通じゃない?」

「……どこぞのアホが私に辞表片手に頼み込んで来ただけさ」

 そう言って苦笑を浮かべながらフリードリッヒは隣に座るカレンを見る。目が合った瞬間、カレンは慌てて視線を逸らした。気まずそうに沈黙する彼女の頭を、フリードリッヒがそっと小突く。

「腹心の中でも私に最も忠誠を誓っていたはずのお前が私を脅すとは、どういう風の吹き回しだ?」

「……い、一身上の都合です」

「あははは、カレンそれは無茶苦茶な言い訳ね」

「まぁいいじゃねぇか。反抗期の一つくらいないとガキはかわいくねぇ」

 カレンらしくない自分の意思を重視した行動に喜ぶ二人に対し、カレン自身は恥ずかしそうに頬を赤らめながら気まずそうに沈黙を続ける。フリードリッヒもどうやら二人と同じ意見なのか、思いの外怒ってなどはいなかった。すると、チラチラと自分の方を見やる彼女の視線に気づく。フリードリッヒはため息を零すと彼女に振り返る。

「……特に罰を与える気などない。ただし、給料は三ヶ月間三割カットだ。いいな?」

「は、はい……ッ。温情感謝しますッ」

 いくら何でも尊敬・敬愛するフリードリッヒに逆らったのだ。彼女としては軍の現状を鑑みるに更迭される事はないという確信はあったが、それでももっと厳しい罰が与えられるものだとばかり考えていた。だが実際に下ったのはあまりにも軽いものであった。驚きと同時に、フリードリッヒの思いやりに感謝感激する。

 キラキラとした瞳で見詰める彼女の視線に苦笑しながら離れると、改めて身内で盛り上がっているクリュウ達を見詰める。

「話はまだ途中だ。静かにしろ」

 フリードリッヒが静かにそう言うと、騒いでいた面々は一斉に黙る。そして申し訳なさそうに謝りながらそれぞれ席へと戻る。それを待ってから、フリードリッヒは再び口を開いた。

「そこで、君達に紹介しておきたい人物がいる」

「紹介したい人って?」

「貴様らは運がいい。ちょうど貴様らが出払っている間にアルトリアとのFTA交渉の為に特使が来ている。アルトリアには彼らの乗る飛行船で向かえ。すでに許可は取ってある」

 アルトリア行きが決定したとはいえ、その手段までは考えていなかったクリュウ達。フリードリッヒの語る方法はまさにアルトリア行きを希望する彼らにとっては最高の手段だった。

「それで、紹介したい人というのは……」

「アルトリアFTA全権大使、アルフ・レキシントン農林水産大臣だ――入りたまえ」

 フリードリッヒの招き入れの言葉に、会議室のドアがゆっくりと開く。部屋の中へ入って来たのは背の高い壮年の男。痩せ型の体型の為ひょろっとした印象を抱くが、瞳や顔つきは自信に満ち溢れている。

 男――アルフは無言のまま部屋へ入室すると、双方の間となるテーブルの前で一礼。顔を上げ、静かに礼儀正しく自らを名乗る。

「お初にお目にかかります。私はアルトリア王政軍国農林水産大臣、アルフ・レキシントン男爵。貴殿らをアルトリアへご案内する役目、私が責任を持ってお引き受けしましょう」

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

 クリュウは立ち上がり、一礼する。それに合わせてフィーリア達も同じように一礼。彼が、自分達をアルトリアへ導く人物。思いの外優しそうな人だという事がわかりほっとするフィーリア達。一方、クリュウは一人神妙な表情を浮かべていた。

「レキシントンって……」

 すると、そんな彼にアルフがゆっくりと向き直る。ジッと興味深げに彼を凝視していたかと思えば、フッと口元を綻ばせる。

「君がクリュウ・ルナリーフ君か。娘から話は聞いているよ。まさか、こんな形で君と出会うとはね」

「む、娘……って、もしかして――」

「――そのもしかして、よ。クリュウ君」

 突如響く凛とした、それでいて可憐な声。その声を、クリュウは以前に聞いた事があった――否、忘れるはずがない。かつての仲間、共に戦ったクラスメイト。

 その誰もを虜にする優しげな笑顔は女神の一人に数えられた。そして今、ドアを開け放って現れた少女はその時と変わらぬ、むしろ幾分か大人びた笑顔となったそこにあった。

 腰まで伸びる桜色の美しい髪を伸ばし、翡翠色の瞳にはエメラルドのような美しい煌きが光る。柔和な優しげな笑みは息を呑むような美しさ。まさに、女神と言うにふさわしい美貌だ。

 少女は優雅に純白のドレスを着こなしながらゆっくりと驚きのあまり席を立って立ち尽くすクリュウへ近付くと、屈託なく微笑む。

「――お久しぶりねクリュウ君。あら、ちょっとかっこ良くなったかしら?」

 昔の友人の姿を見て懐かしそうに微笑む少女。

 彼女の名はフェニス・レキシントン。かつてクリュウがドンドルマのハンター養成訓練学校に在学中に知り合った、最後の学年ではクラスメイトとして共に狩猟祭などを共に戦い、そしてルフィールを歓迎してくれた仲間であり、水の女神と称された美少女。

 フェニスはあの頃と同じように優しげな笑みを浮かべながらクリュウの前に現れた。

 

 ――それは、クリュウの新たな物語が始まる瞬間であった。


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