クリュウの仮眠が終わり、全ての支度が終わった頃には砂漠の空は夕焼けに染まっていた。
朝から始まった狩猟は戦闘時間の長さもさる事ながら、広大な砂漠を徒歩で歩き回らなければならない為に思いの外時間が経つのが早い。それだけの長い間、時折気を緩めたりするものの基本的には神経を研ぎ澄ませ続けなければならない為、身体的疲労もさる事ながら精神的疲労も大きい。事実、四人の表情には朝とは違い明らかな疲労の色が見える。
拠点(ベースキャンプ)を出発し、エリア2へと達したクリュウ達。しかしそこで先頭を歩いていたシルフィードの表情が厳しいものに変わった。
「しまった……」
「どうしたの?」
仮眠の間に寝癖がついてしまったのか、ヘルムを取って律儀にそれを直しているクリュウは彼女のつぶやきに首を傾げる。そんな彼の問い掛けにシルフィードは申し訳なさそうな表情で振り返った。
「ペイントの効果が解けている。奴を見失ってしまった……」
シルフィードの発言に、三人は疲労の色が濃くなる。この広大な砂漠を、またディアブロスを捜索する為に歩き回らなければならないとなると、かなり厳しい。
明らかに士気が下がる三人を見て、シルフィードは慌てて言葉を続ける。
「いや、大丈夫だ。こういう時の為に先生から信号弾をもらったんだからな」
「そっか。そういえばそんな物あったね」
思い出したようにクリュウが言うと、他の二人もほっと胸を撫で下ろした。この疲れた体で戦闘はともかく、失敗すれば体力を無駄に削るだけになってしまうような捜索は正直ごめんだ。特にフィーリアはこのメンバーの中で最も体力がないのだから。その安堵感も一番だ。
「それでは、早速打ち上げましょうか」
フィーリアの言葉にうなずき、シルフィードは早速信号弾の打ち上げの準備に掛かる。
夕焼けに染まったセクメーア砂漠上空に待機している『イレーネ』。気嚢も夕焼けに染まり、雲が緩やかに流れるように『イレーネ』も風に乗って穏やかな浮遊を続けている。
艦橋には相変わらずカレンが居座っていた。司令官用の席に腰掛け、仕事をしている。こんな祖国から遠い地に来ていても、彼女は一国の一軍最高司令官。仕事は山ほどあるのだ。
書類の束に目を通しては海軍総司令官として許可できる事項にはサインをし、許可できないものについては再検討もしくは破棄のいずれかを決定して印を押す。その際にはその事項のどこが悪いのかを羽根筆で記入する事も忘れない。
そうして夕焼けに染まる艦橋で仕事を進めていた時の事。
「司令官。信号弾が上がりました」
見張りを行っていた兵が双眼鏡から目を離してカレンに報告する。カレンは羽根筆を置くと席を立ち、窓から眼下を見下ろす。すると、砂漠の真ん中。地図にしてエリア2と思われる場所から 赤い信号弾が上がっているのが見える。それを見てカレンはフゥと小さなため息を零すと、兵に指示を出す。
「ディアブロスの現在位置は捕捉しているわね? 奴の現在位置を地図と照らし合わせて眼下の討伐隊の面々に発光信号で送って」
カレンの指示に兵達が慌ただしくディアブロスの捜索を開始する。カレンは大急ぎで自分の命令を実行に移す兵達を一瞥し、首に掛けた双眼鏡で眼下の四人を見下ろす。その視線は自然とこちらの反応を待って空を見上げているクリュウに注がれる。
「……まるでエサを待っている雛鳥みたい」
そう言って小さく笑みを浮かべるカレン。しかしすぐにその表情は引き締まり、再び席に戻って書類整理を再開する。
心なしか、その表情が少しだけ明るくなったようにも見える……
『……』
一方、地上の討伐隊ことクリュウ達四人は思わぬ事態に呆然としていた。
上空に待機している『イレーネ』からは先程からチカチカと発光信号でディアブロスの位置を彼らに伝えている。だが、それを見詰めるシルフィードの頬を一筋の汗が流れる。
「ど、どうしたのシルフィ?」
「……すまん。私は発光信号がわからないぞ」
「えッ!?」
恥ずかしくて振り返る事もできないのか、シルフィードは呆然と発光信号を見詰め続ける。だが、その意味は全く理解できていない。
一方、クリュウは明らかに動揺している。
「じゃ、じゃあディアブロスの位置はわからないの?」
「まぁ、そういう事になるな……」
「えええぇぇぇッ!?」
思わぬ形で出鼻を挫かれたクリュウ達。呆然と『イレーネ』を見詰めているシルフィードの、いつになく小さな背中からクリュウは縋るような目でフィーリアに振り返るが、その視線に気づいたフィーリアはブンブンと首を横に振る。
「わ、私だってわかりませんよッ! そもそも発光信号は軍で使われているものなんですから」
「……とすると、これは向こう側のミスだよね?」
クリュウの力ない問い掛けにシルフィードとフィーリアはうなずく。クリュウの言う通り、相手はこちらが一般人だという事を忘れているのではないだろうか。軍人にしかわからない発光信号を使われてもわかる訳がない。
「さて、仕方ないな。手分けしてまたディアブロスを捜索するぞ」
ようやく平静を取り戻したシルフィードは振り返り、仕方ないとばかりに班分けを考える。クリュウとフィーリアもため息を零しながらもそれしか方法がないとなると素直に従う。
話し合いの為にシルフィードへ近づこうとするクリュウ。だが、突如その腕を誰かに抱き留められる。振り返ると、ジッとこちらを見詰めているサクラと目が合った。
「さ、サクラ?」
「……こっち」
そう言ってサクラはクリュウの腕を引っ張って歩き出す。するとすぐさまフィーリアが「サクラ様ッ! こんな時も抜け駆けするなんてズルいですッ!」と怒る。
「いや、そういう問題じゃないのだが……サクラ、どこへ行くつもりだ?」
「……エリア7」
「待て。捜索のエリア分けは今から行うから」
「……その必要はない」
「なぜだ?」
サクラはクリュウの腕に抱きついたまま振り返ると、平然と断言する。
「……奴はエリア7にいる」
「どうしてそんな事がわかる?」
シルフィードだけではなく、クリュウやフィーリアも彼女の方を見て言葉を待つ。そんな三人の疑問を答えるように、サクラは淡々と述べた。
「……さっきの発光信号がそう言ってた」
「さっきのって……待てサクラ。君はあの記号がわかるのか?」
驚くシルフィードの問い掛けに、サクラは無言で頷くと、同じく驚いたままでいるクリュウの腕を引っ張ってさっさとエリア7を目指す。
しばし呆然とそんな二人の背中を見詰めていたフィーリアとシルフィードだったが、フィーリアは慌てて「サクラ様ッ! そのようにクリュウ様と密着なされるのは卑怯ですぅッ!」と二人を追い掛けて走り出した。
シルフィードは疲れたようにため息を零すと、クリュウが忘れて行った荷車を引いて歩き出す。その視線は、クリュウに抱きつくサクラに注がれる。
「……本当に世の中のルールに縛られない奴だな、彼女は」
苦笑しながらそうぶつやくと、やれやれとばかりに荷車を引いて三人を追い掛ける。
一行は一路、ディアブロスがいると思われるエリア7を目指して北上を開始した。
エリア3へと差し掛かった頃、先頭を歩いていたフィーリアが足を止めた。
「どうしたの?」
「あ、いえ。先程あの高台でディアブロスを狙撃したのですが……」
そう言って彼女が指さしたのは、エリア2に繋がる道の左手にある人の背丈より少し高い程度の高台。フィーリアとサクラはクリュウが気絶している間にあそこからディアブロスを攻撃していたらしい。
「その時、おかしな現象が起きたんです」
「おかしな現象って?」
「……ディアブロスは何度もあの高台に向かって突進して来た。そのたびに角を岩に突き刺していたんだけど」
「――その度に抜けづらいのか、しばらく動けないという事が何度もあったんです」
あれは何だったんでしょうか、とサクラと話すフィーリアの言葉を聞いたクリュウはしばし思案顔になる。そんな彼を見てシルフィードが「どうしたクリュウ?」と尋ねるが、彼は無言で考え続ける。そして、
「お、おいクリュウ」
シルフィードの声を振り切ってクリュウは二人が登っていた高台の前に立つ。表面の様子をジッと観察していると、ある事に気づく。
「これ、エリア7の岩とそっくりだ……」
自分の中にあった考えが形になった瞬間、彼の口元に笑みが浮かぶ。どうやら自分の考えは間違いではなかったらしい――勝機が、より明確なものになった。
「クリュウ様? 如何なされましたか?」
背後からフィーリアが不思議そうに尋ねて来る。すると、クリュウはバッと振り返ると背後に立っていた彼女の両手をガッチリと掴んだ。驚くのはフィーリアだ。
「く、クリュウ様?」
「ありがとうフィーリアッ! やっぱり君は頼りになるよッ!」
「ふぇッ!? な、何が何だかよくわかりませんが……あ、ありがとうざいますぅ」
突如手を握られてお礼を言われ、何が何だかわからない様子のフィーリア。だが、思わぬ形で彼と手を繋げた事や、頼りになるなど褒められたフィーリアは嬉しそうに笑みを浮かべる。そんな二人を不機嫌そうにサクラが見詰める。
「一体どうしたの言うのだクリュウ?」
彼の言葉の意図が掴めないシルフィードが尋ねるが、クリュウは楽しそうな笑みを浮かべて「そのうちわかるよ」とはぐらかす。三人の怪訝そうな視線をスルーしながら、クリュウは先に進む。
「ほら、ディアブロスが移動する前に早くエリア7へ行こうよ」
意気揚々とエリア7を目指すクリュウの背中を一瞥し、三人は不思議そうに首を傾げながら互いを見合うと、彼の後を追って歩き出す。
そして一行は、エリア7へと達する。
エリア7に着く頃にはすっかり日は落ち、辺りは暗い夜の闇に閉ざされてしまった。月と星の柔らかな光が辺りを薄っすらと照らし上げる。昼間とはまた違った死の大地の姿がそこにある。
砂漠は文字通り《砂の大地が漠然と広がっている》という意味。もちろん、川や湖などの水は一見するだけでは存在せず、木はおろか草すら、普通の植物は生息する事もできない不毛の大地。太陽熱を遮る空気中の水分がない為、ダイレクトに大地に熱が伝わるばかりか、その熱が砂に溜まって地面自体が発熱する為、上下から激しい熱波に晒される。その為砂漠は人間が活動するには厳しい暑さを放つ環境となってしまっている。
しかし逆に夜になると、強烈な日差しを遮る水分がないという事は同時に地表からの熱を保温する為の水分もなければ、同様の役割を果たす植物も存在しない。その為、夜の砂漠は逆に水があれば凍ってしまう程に寒い。
昼夜の激しい寒暖差。これが他の大地にない砂漠特有の過酷な環境だ。
まだ夕方から然程時間が経っていない為に砂に溜まった熱が程よい気温を作り出している事に加え、岩場地帯は砂漠の砂の冷たさから生まれる冷えた風を岩が遮ってくれる為、比較的人間が普通に過ごすにはギリギリの気温が保たれる。その為、クリュウ達は全員準備しておいたホットドリンクを飲んでいない。
再びエリア7にやって来たクリュウ達四人。昼間に見た時と違い、夜になると当然薄暗く、視界を遮るものが少ないとはいえやはり視野は狭くなる。だが岩の屋根の間から覗き込む月明かりのおかげで何とか見渡せる。そのうち目も暗闇に慣れればより見やすくはなるだろう。
岩の屋根の隙間からは美しい星空が見渡せる。砂漠の真ん中で空いっぱいの星空を見上げるのもいいが、こうした隙間から覗く星空もまた風情あがる。
だが、彼らは決してここに星を鑑賞しにやって来たのではない。その視線は全員、ある一点に注がれている。
暗闇に支配された大地にあって、なおその存在感が霞む事はない圧倒的な生命力。生命の息吹が遠く離れたここにまでヒシヒシと伝わって来る。
向こうもこちらに気づいたのか、ゆっくりと振り返る。その瞬間、敵意に満ちた瞳が闇の中で不気味に光り輝いた。
「行くぞッ!」
先手必勝。シルフィードの掛け声と同時に四人は一斉に行動を開始した。剣士組がシルフィードを中央に右翼をクリュウ、左翼をサクラが続き、その後方からガンナーのフィーリアが走りながら弾を装填する。装填したのはペイント弾だ。
カイト型の陣形で突進する四人に対し、闇の中に潜む魔竜ディアブロス。低い唸り声を上げると、迫る雑魚を撃破するように砂を蹴って地面を駆け出した。
必殺の突進で迫るディアブロスに対し、シルフィードとクリュウは右へ、サクラとフィーリアは左へ転進して中央突破で迫るディアブロスの突進を受け流す。
左右へ分散したクリュウ達に対し、ディアブロスはその間を突き抜けるように滑走する。その動きは昼間のそれと何ら変わりない勇ましいもの。その姿にクリュウは内心愕然としていた。こちらはかなり疲労を蓄積しているというのに、ディアブロスにはそんな素振りがまるで無い。相当なダメージを蓄積させているはずなのに、ディアブロスの突進にはそれを感じさせる衰えはまるでない。
――自分達の攻撃は、本当に効いているのだろうか。そんな疑問と不安が胸を支配しそうになるが、クリュウはそんな自分のネガティブ思考を無理やり封じる。
チームで狩りをする以上、自分一人だけが諦めてはいけない。
雄叫びを上げて反転ディアブロスを追い掛けるシルフィードも、無言のまま同じく反転して砂を蹴って地面スレスレを滑空するかのように突貫するサクラも、走りながらすでにペイント弾を当てて本格的な射撃を開始しているフィーリアも。皆、その表情には疲労の色はあれど絶望の色には染まっていない。
皆、まだまだ諦めてはいないのだ。だから、まだ諦めるには早過ぎる。
それに、まだ自分には秘策がある。その秘策を試すまでは、まだ自分にも諦めてはいけない。
一度は絶望に支配されそうになった心に、もう一度闘志の炎を燃え滾(たぎ)らせる。すると、次第に気温が下がってきて肌寒くなってきた外気を感じさせない程に体が温まる。それはまるで、エンジンが掛かったかのよう。
クリュウの表情に、再び戦意が戻る。
三人に遅れながらも、クリュウもディアブロスを追い掛けて砂を蹴って走り出した。
砂を巻き上げながら急停止するディアブロス。その脚を狙って通常弾LV3を撃つフィーリア。夜の暗さで昼間に比べて正確な射撃が難しくなるも、そんな事をまるで感じさせない程彼女は正確に狙い撃つ。彼女の瞳には夜の闇など何の弊害もないのか、そう思わずにはいられない技量だ。
剣士組は常に暴れ回るディアブロスに肉薄して、文字通りその身を削るような危険な戦いを強いられる。自分の役目は、そんな三人の負担を少しでも軽くする事。常にディアブロスに銃弾を当てて、気を紛らわせる。それが自分のこのチームでの役目――自分にしかできない役目だ。
連続して片脚を狙い撃ちながら横へ走って未だ接近中の剣士組からディアブロスの気を逸らす。トリガーを引く人差し指は次第に疲労と寒さで感覚がなくなってくる。だけど、それでも一定のリズムで繰り返される伸縮運動はやめない。この一回一回が、確実にディアブロスのダメージとなり、仲間を救う一発には違いないのだから。
フィーリアはセレスティーナから綺麗と褒められる自慢の金髪を風に靡かせながら、翠玉(エメラルド)の瞳でスコープを通してディアブロスの一点を見詰め、そしてトリガーを引く。
轟く発砲音。闇夜で光り輝くマズルファイア。撃ち出された銃弾は一直線に狙い定めた箇所。振り返る瞬間のディアブロスのこめかみに命中する。
低い唸り声を上げ、ディアブロスの瞳がこちらを捉える。その瞬間、フィーリアは思った通りの状況に喜ぶと同時に確実な敵意を向けるディアブロスの瞳に恐怖する。二種類の震えが、トリガーに掛けられた指を震わせる。
だが、フィーリアが生み出した隙はしっかりと生かされた。
クリュウ達ではなく、横へ移動したフィーリアの方へ振り返った為に余計に旋回するハメになったディアブロス。そのわずかな角度は、同時にわずかな隙の延長と同義。時間にすれば本当に一瞬だ。だが、その一瞬があれば彼女は突き抜ける。
大地を蹴り上げ、姫は天を舞う。
ディアブロスの視界に、一瞬だけ影が入った。気にも留めないような一瞬の出来事。だが、それが彼女の残したわずかな軌跡。
「……がら空き」
蔑むようにつぶやくと、サクラはディアブロスの頭上から襲い掛かる。引き抜いた飛竜刀【翠】は月明かりを受けて妖艶に光り輝く。その刃先は、吸い込まれるようにしてディアブロスの首上を斬り裂いた。
「ガァッ!?」
突然首を斬り裂かれたディアブロスは悲鳴を上げて仰け反った。その間にサクラは地面に着地すると、がら空きとなった脚を狙って刀を翻す。
人間離れした身体能力であっという間にディアブロスに襲い掛かったサクラに対して、シルフィードは少々遅れるもサクラが生み出した隙を突いてディアブロスに襲い掛かる。
「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!」
勇ましい雄叫びを上げながらシルフィードはキリサキを引き抜くと、駆けて来た勢いも乗せてキリサキを一気に振り下ろす。キリサキは脚の甲殻を削るように表面を抉る。わずかに飛び出す血が、確実なダメージの証拠だ。
振り下ろした剣をそのまま翻し、今度は横薙ぎに体全体を使ってスイングするように薙ぎ払う。甲殻の表面を削る嫌な音を無視し旋回させ、続いて砂の上スレスレを撫でるように刃先を動かし、勢い良く振り上げる。打ち出された一撃はディアブロスの腹部の甲殻の一部を弾き飛ばす。
さらにもう一撃入れたい所だが、欲張ってはいけない。ここがちょうど引き時だと、彼女の勘が告げている。自分の勘を信じて彼女がバックステップで距離を置くと同時に、ディアブロスは体を旋回させて全体攻撃を行った。寸前まで彼女がいた場所を、空気を殴りながら巨大な尻尾が横切る。
前衛二人の攻撃が一時的に止んだと同時に、遅れてクリュウが攻撃を開始する。旋回攻撃を行った隙を突いて接近した彼は目の前の巨大な大木のように太く、岩のように硬い脚に向かって臆する事なくデスパライズを叩き込む。当然、硬い甲殻に刃は簡単に弾き飛ばされてしまうが、構わずクリュウは続けて横薙ぎに剣を振るい、さらに縦斬りから回転斬りへと繋げて連続で剣を振るう。柄を握る手にも次第に力が入らなくなってきた。それでも諦めずに、痛む腕を気合で動かして剣を振るい続ける。
ディアブロスにとっては鬱陶しい事この上ない存在でしかないクリュウの攻撃。ディアブロスはそんな彼を跳ね飛ばそうと一瞬身を収縮させた後、爆発的に膨らむ。体全体を一斉に横へ滑らせる様はまるで壁が迫り来るかのよう。ディアブロスの体当たり攻撃に対し、クリュウは盾を構えてガードするが、勢いは受け止めきれずに砂の上では踏ん張る事もできずに簡単に後ろに吹き飛ばされてしまう。
地面の上を数メートル滑った末に尻餅をつく。しかしすぐに立ち上がって砂を払うと、取り零したデスパライズを拾い上げて諦めずに再び接近する。
そんな彼の姿に押されてか、サクラとシルフィードも同時に攻め込む。
ディアブロスを中心に三方向から迫る三人。援護するようにフィーリアのハートヴァルキリー改も唸りを上げる。次々に撃ち出される貫通弾LV2がディアブロスの強固な甲殻に突き刺さる。角度が良ければそのまま貫通するが、大多数はこうして硬い甲殻に阻まれてしまう。しかし例え三発に一発だとしても、確実に肉を抉る銃弾はその数だけディアブロスにダメージとなって蓄積される。
フィーリアからの攻撃に意識を逸らされそうになるも、ディアブロスは三方向から迫り来る敵に対して尻尾で薙ぎ払うように旋回攻撃。迫っていた三人は振るわれる凶悪な尻尾を前に接近を中断せざるを得ない。だが、侵入を阻んだのは一瞬だ。時計回りに振るわれる尻尾はクリュウの前を掠めた後、今度はシルフィードとサクラの眼前に振るわれる。全回転ではなく、半回転を二回繰り返しての全体攻撃は、振るわれる側は接近を阻むが反対側はまたとない隙となる。
クリュウはディアブロスの尻尾が反対側を薙ぎ払っている間に再び突進を仕掛ける。一気に距離を縮め、軸となっている脚を狙ってデスパライズを叩き込む。
一瞬遅れてサクラとシルフィードも同時に斬り込む。サクラは戦風となって暴れ狂い、シルフィードは力強い一撃でディアブロスの鎧を砕く。
群がる三人のうち、最も鬱陶しいサクラを狙ってディアブロスは短距離突進を仕掛ける。が、サクラはそれを簡単に回避し、ディアブロスは十数メートル進んだ後何もない空間に角を振り上げる。が、当然その角の先は何も貫く事はなかった。
再び三方向へと散る三人に対し、振り返ったディアブロスは今度はシルフィードを狙って突進を仕掛ける。シルフィードはその一撃に対しキリサキでガードしてやり過ごす。が、当然大きく後退を余儀なくされた。
シルフィードを吹き飛ばし、ディアブロスは振り返ると再びサクラに向かって突進を仕掛けるが、当然サクラはそれを簡単に避ける。その間、フィーリアは暴れ回るディアブロスに確実な射撃を行い続ける。
そしてクリュウも動く。
サクラに避けられて何もない空間を滑走するディアブロス。再び振り返る瞬間を狙ってクリュウは閃光玉を投擲した。
闇夜を斬り裂く光の弾幕。一瞬闇を完全に消し去った後、再び夜の闇が戻る。クリュウはディアブロスの足止めに成功したと確信していた。だが、
「グギャオオオオオォォォォォッ!」
「ッ!?」
唸る怒号(バインドボイス)に、クリュウは耳を塞いでその場に膝を突いた。激しい頭痛すら感じる膨大な爆音の中、クリュウは必死になって前方を見る。すると、ディアブロスは健在で天高く怒号(バインドボイス)を轟かせていた。
「……ま、またッ」
クリュウは悔しげに唇を噛む。
ディアブロスは突撃に特化したモンスターの為か、おそらく視野が他のモンスターに比べて左右が狭いのだろう。昼間の失敗と今の失敗で、クリュウは何となくそんな結論に至った。道理で確実に当てる自信がある閃光玉を二発も失敗したのだ。
悔しいが、この間は自分は何もできない。やがて、咆哮(バインドボイス)が終わって体が解放される。だが、それよりも一瞬早くディアブロスは動いていた。地面に角を突き刺し、あっという間に砂の中に潜ってしまう。とてもじゃないが音爆弾を投げても届くような距離ではない。
砂中に潜ったディアブロスに対して四人が散開する。誰を狙うのか、全員がディアブロスの潜った地点を凝視しながら走り回る。そして、奴が動いた。
「わ、私ですかッ!?」
狙われたのはフィーリアだ。さすがに常に銃弾を当てて気を逸らす役目を担っていただけあって、ディアブロスもその存在が鬱陶しかったのだろう。フィーリアは必死になって逃げるが、ディアブロスの砂中の速度と比べれば雲泥の差だ。その距離はあっという間に埋められてしまう。
フィーリアは必死に走りながら、すがるようにクリュウの姿を探すが、彼はちょうど自分と対極側に位置していた為、慌ててこちらに向かって走っているが、とてもじゃないが間に合わない。
再び視線をディアブロスに向けると、砂煙はもう自分のすぐ背後にまで迫っていた。
「い、嫌あああぁぁぁッ!」
「……ッ!」
刹那、ディアブロスが彼女の足下から角を振り上げて飛び出して来た。鋭い角は砂を吹き飛ばしながら彼女の体を貫――かなかった。
砂中から飛び出したディアブロスの一撃は、不発に終わった。
ディアブロスが砂中から飛び出すのと同時に、フィーリアは砂の上に激しく叩きつけられた。てっきりディアブロスにやられたと思ったが、それにしては痛みがあまりない。不思議に思って恐怖のあまり閉じていた瞳を開くと、目の前には異国の鎧を見に纏った戦姫が自分を抱き抱えるようにして同じように砂の上に倒れていた。
「さ、サクラ様……?」
驚くフィーリアの横で先に何事もなかったようにサクラは立ち上がる。軽く砂を払うと、スッと彼女に向かって手を差し出した。
「……さっさと立ちなさい。そこで野垂れ死にたいのなら話は別だけど」
「サクラ様……私を助けてくれたんですか?」
フィーリアの問い掛けに対し、サクラはプイッとそっぽを向く。その横顔は、心なしか照れているようにも見える。
「……勘違いしないで。貴様が死ぬとクリュウが悲しむ。私はクリュウにそういう顔をしてほしくない。それだけよ」
いつもと変わらぬ彼女らしい容赦のない物言い。だが、不思議と今はその言葉はとても素直じゃない言葉に聞こえる。自然と、フィーリアの口元にも笑みが浮かぶ。
「クリュウ様に対しては欲望ムキ出しですが、それ以外に関しては本当に素直じゃないお方ですね、サクラ様は」
「……黙れ。余計な事をしゃべると斬るわよ」
横顔ばかりか背を向けてしまうサクラの後ろ姿を見て、フィーリアはおかしそうにくすくすと笑う。そんな彼女を背にしたサクラの表情は少しばかり不機嫌そうにも見えるが、その頬はほんのりと赤く染まっていた。
「……これは貸しよ。それ相応の対価でしっかり返して」
相変わらず素直じゃない発言をするサクラの背後で、フィーリアは優しげな微笑を浮かべながらゆっくりと立ち上がる。その表情は実に晴れ晴れとしていた。
「もちろんです。さすがにクリュウ様を寄越せなどという要求でしたら断固拒否しますが」
「……チッ」
「……そこで舌打ちをされるとは。さすがサクラ様です」
苦笑しながらも、その彼女らしい態度にはなぜか安心感を覚える。そう、こんな無茶苦茶な思考と言動をする天上天下唯我独尊自分絶対至上主義者。それが自分にとっては最強の恋敵(ライバル)であり、最高の親友なのだ。
(サクラ様の無茶苦茶さを見て安心するなんて、私もずいぶんと重症ですね)
心の中でそうつぶやき、彼女は苦笑を浮かべる。そしてそれは彼女らしい、可愛らしい自信に満ちた笑顔に変わる。
「――今度は私がサクラ様の危機(ピンチ)をお助けいたします」
「……フン、抜かしてろ」
自信満々に言い放つフィーリアを背後にしながら、彼女は振り返る事なく素っ気無く言い放つ。だが、その表情はどこか晴れ晴れとしている。
サクラの隻眼がゆっくりと鋭く細まる。再び狩人、戦姫の表情になったサクラは姿勢を低く構えると、必殺の突貫でこちらに振り向くディアブロスに向かって突撃する。そんな彼女の後ろ姿を見送り、フィーリアもまた表情を引き締めるとハートヴァルキリー改を構えて走り出す。
そんなケンカする程仲のいいコンビの姿を見守りながら、シルフィードは口元に笑みを浮かべると、ディアブロスに向かって背負ったキリサキの柄を片手で握り締めながら接近する。
一人先行してディアブロスに近づいていたクリュウは振り返るディアブロスの眼前に閃光玉を投げる。今度はしっかりと奴の正面に向けて投げた一撃は、ディアブロスの眼前で炸裂。目映い閃光が奴の視界を奪う。
「グオァッ!?」
「やったッ!」
ようやく閃光玉が成功して喜ぶクリュウ。その姿を駆け寄りながら見ていたシルフィードは微笑んだ。
視界を奪うと、感動を噛みしめている暇もなくクリュウはディアブロスに接近する。藻掻くディアブロスの横を通り抜け、狙うは脚。すぐに定位置に辿り着き、斬り掛かる。
右へ左へ次々に剣を振るい、続けて縦斬り。また右へ左へ剣を滑らせ、体全体を使って回転斬り。片手剣は大剣のような一撃一撃に大きなダメージは与えられない。でも、こうした積み重ねの連続は、大剣の総合的なダメージにも引けを取らない。もしも負けているとすれば、それは自分の実力不足。片手剣は、決して弱い訳じゃない。
必死になって剣を振るうクリュウだが、決して攻撃だけに神経を注いでいた訳じゃない。ディアブロスは尻尾を激しく動かしてクリュウを薙ぎ払おうとする。その一撃が身を叩く前にクリュウは動くと、ディアブロスの両脚の間へと潜り込む。当然、自分の脚の間に尻尾を叩きつける事はできず、ディアブロスの尻尾は空しく砂上を撫でる。
ディアブロスの両脚の間に潜り込んだクリュウはすかさず剣を振るう。間接部分の比較的装甲の柔らかい部分を狙って剣を叩き込む。
付きまとうクリュウを撃破しようと、ディアブロスは体全体を回転させて彼を吹き飛ばそうとするが、その攻撃は周りに群がる敵を攻撃するものであって、軸となる足下、それも直下に潜り込んだ相手に対してはただの隙でしかない。
クリュウは動くディアブロスの脚に蹴られないように注意しながらも、この隙を最大限利用して攻撃を積み重ねる。
彼に続けとばかりにシルフィードとサクラもディアブロスに到達して剣と刀を叩き込む。サクラは外側から脚を狙い、シルフィードは尻尾に向かって大剣を振り下ろす。
豪快な一撃は当たればかなりのダメージとなるが、常に動く尻尾を狙うとなるとなかなか当たらず、何度も空振りしては砂の中に剣先を埋めてしまう。そのたびにシルフィードは舌打ちし、だが諦めずにキリサキを振り回す。
練気が溜まり、必殺の気刃斬りを炸裂させたサクラ。刀を構え直し、何度も刀を当てた脚に再び刃を当てるが、その一撃は金属音と共に弾かれる。予想だにしない手応えにサクラの表情が苦悶に歪み、刀を取り零した。
「……切れ味が」
これまでの手数は、確実に飛竜刀【翠】の切れ味を消耗させていたらしい。切れ味が落ちた刃はこれまでのようにディアブロスの甲殻を斬る力はない。
サクラは舌打ちを一つすると、仕方なく前線から離れる。ある程度安全な距離を取ると、急いで道具袋(ポーチ)から携帯砥石を取り出して切れ味を回復させる。
一時的に前衛が減った。これを補うようにフィーリアのハートヴァルキリー改が唸る。次々に貫通弾LV2を命中させる。
そのうちに、ディアブロスの視界が復活する。すると、ディアブロスは今まさに携帯砥石で切れ味を回復させているサクラの方へ向き、姿勢を低くする。
「逃げてサクラッ!」
クリュウの声にサクラが視線を上げると、その瞬間ディアブロスが駆け出した。自身に向かって突進して来るディアブロスの姿にサクラは舌打ちすると、急いで立ち上がって走り出す。
反応が遅れたとはいえ、そこは俊足のサクラ。ギリギリながらディアブロスの針路上から離脱を図り、回避に成功した。
横をディアブロスが通り抜けるや否や、サクラは果敢に攻めに転ずる。月光に光り輝く漆黒の髪を靡かせながら、砂を蹴って地面を翔ける戦姫。その姿は流麗にして峻烈。何もない所で角を振り上げているディアブロスに背後から襲い掛かる。
背後から迫るサクラに対して、脚を止めたディアブロスは尻尾を激しく左右に揺らして彼女の攻勢を阻む。しかしサクラはそれを高度な足捌きで速度を落とす事なく器用に避けると、大振りな攻撃の際に生まれる隙を突いて突撃する。
がら空きのディアブロスの右斜後方からサクラが突っ込む。背に構えた、切れ味を回復させたばかりの飛竜刀【翠】を構えると、容赦なくその刃先をディアブロスの甲殻に向かって叩き込む。その一撃は先程とは違い、確実な手応えを彼女に知らせる。
サクラが襲い掛かると、遅れながらクリュウとシルフィードも同時に突っ込む。ディアブロスはそれらの敵を排除しようと体全体を使って体当たり。クリュウとシルフィードの二人はガードするもその一撃に大きく後退を余儀なくされた。
単独でディアブロスに肉薄するサクラに対し、今度はディアブロスは彼女を狙う。突如右へと体を捻ると次の瞬間、勢い良く首を左へ向かって動かし、角を薙ぎ払うように振るった。この一撃はサクラも予期していなかったのだろう。初めて見る行動にサクラは回避できず、角で弾き飛ばされた。
そればかりか、角で攻撃している最中背後から接近していたクリュウ達も角と連動するように動く尻尾に妨害された。クリュウはガードするも弾き飛ばされ、シルフィードは針路を大きく遠回りせざるを得なくなった。
三人を排除したディアブロスに注意しながら、フィーリアは回復弾LV2をサクラに向かって撃って彼女の体力を回復させながら必死に起き上がろうとする彼女へと駆け寄る。
「サクラ様ッ! 大丈夫ですかッ!?」
「……これくらい平気よ。何の問題もないわ」
ガードができない太刀使いは、攻撃を受ける際は直撃かギリギリ体を動かして受け身を取るかしかない。サクラは間一髪後者に動いたので大きなダメージは受けなかったが、それでも全身に走る痛みに、いつもは鋼のように硬い表情が苦悶に歪んでいる。強がってはいても、彼女だった生身の人間だ。痛みを感じない訳でも疲れない訳でもない。それでも……
「……血反吐を吐こうが、腕や足の一本が折れようが、この戦いは負けられない――負けたくないのよ」
サクラの瞳は、まだまだ熱い闘志の炎が激しく燃え盛っていた。
フィーリアはそんな彼女の姿を見て、その勇ましき親友の姿に頼もしさを感じずにはいられない。本当に、強い人だ。
「奇遇ですね。私も全く同じ気持ちです」
「……フン」
自信満々に言い放つフィーリアの言葉を鼻で笑い飛ばすと、サクラはダメージを受けた事など感じさせない走りでディアブロスに突貫する。フィーリアはそんな彼女の背後から援護するように貫通弾LV2を撃ち放つ。
先程サクラを弾き飛ばした一撃を、遅れながら突撃してきたシルフィードに浴びせるディアブロス。しかし一度見た動きをそう簡単に喰らう程、シルフィードはバカではない。寸前で前転してディアブロスの振るわれる角のギリギリ下を通り抜けて回避すると、両脚の間に立ってキリサキを勢い良く振り上げる。
シルフィードの攻撃が命中すると同時に、突貫してきたサクラが逆襲の一撃を振るう。そこへ反対側からクリュウが襲い掛かる。クリュウは腰に携えた小タル爆弾Gを構えると、ピンを抜いて投擲した。狙うは、ディアブロスの脚だ。
投げられた小タル爆弾Gはディアブロスの脚にガンッとぶつかった途端に起爆。大タル爆弾などに比べれば威力はないが、それでも甲殻などの装甲を無視した一撃にディアブロスの体が傾く。
「グオォッ!?」
バランスを崩したディアブロスはその場に横倒しに倒れた。これまでの四人の攻撃で脚に積み重なっていたダメージが、ようやくその効果を発揮したのだ。
「よくやったぞクリュウッ!」
シルフィードは彼の手柄を褒めると同時に彼が生み出した隙を無駄にしないように立ち回る。藻掻く脚からそのさらに後ろ、尻尾の前に立つ。見ると、クリュウとサクラもそれぞれの箇所で剣を振るい、遠くからはフィーリアからの援護射撃も続いている。
シルフィードは一度深呼吸すると、キリサキを構える。姿勢を低くし、重心を下げて構えるその一撃は、必殺の溜め斬り。力を溜めるように、キリサキを握る腕の筋肉が震える。限界まで力を溜めると、暴発するように力が解放される。その勢いはそのまま腕を信じられない力で動かす。
勢いを踏ん張る脚、体全体で剣を振るう為に動く腰、振り下ろす腕。その他の筋肉も一斉に力を開放し、その攻撃はまさに体全体の筋肉全てを使うような大剣使い最強の一撃。
「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!」
気合裂帛。ディアブロスの咆哮(バインドボイス)にも負けないような勇ましい咆哮を上げ、シルフィードは豪快に、そして力強くキリサキを振り上げ、一気に叩き落とした。
ゴリッ、という一瞬の不気味な音が響く。次の瞬間、尻尾に当てたはずの刃先は砂の中に深々とと突き刺さっていた。その身は真っ赤な血に染まり、砂の中に刃先を埋めたキリサキの横には、力なく横たわる――ディアブロスの尻尾。
「ゴギャアアアアアァァァァァッ!?」
この戦いの中で、最も悲痛な悲鳴を上げてディアブロスが吹き飛んだ。
跳ね飛ぶようにディアブロスの体が前に飛び、地面に横倒しになって倒れた。それどころか苦しげに身を震わせ、悲鳴を上げる。
「ハァ……ハァ……」
荒い息を繰り返すシルフィード。いつの間にか吐き出す息が白く染まるほどに気温は落ちているというのに、彼女の顔には大粒の汗が何個も浮き出ている。
苦しみのあまり暴れ狂うディアブロス。見ると、尻尾が中程から先が失われていた。その傷口からは大量の血が噴き出し、彼の体を赤く染め上げる。
砂に埋もれたキリサキを引き抜き、血に濡れた剣を一度振るって余計な雫を弾き飛ばすと、背中に背負い直す。チラリと、彼女は自分が今まさに切断した角竜の尻尾を見詰め、笑みを零す。
「これで、幾分か奴の隙が生まれるな」
シルフィードの一撃はディアブロスの尻尾を見事に切断した。その光景に、クリュウとフィーリアは歓喜の声を上げ、サクラは一人飛竜刀【翠】を下向きに構えながら、その口元にわずかな笑みを浮かべる。
彼女の一撃は、見事にディアブロスに対する自分達の優位性を確保した。ディアブロスは正面攻撃に特化したモンスターだけあって、背後からの攻撃には弱い。それを補うように常に尻尾を動かして外敵の接近を阻んでいたのだ。その尻尾が失われれば、背後から攻めやすくなるという事だ。
流れが変わった。四人はそう確信した――だが、本当の戦いはこれからだった。
「ゴォアアアアアァァァァァッ!」
天空を貫き、大地を震わす憤怒に染まった激怒の大咆哮(バインドボイス)。その広さはエリア全体を占める程に広大で、クリュウ、フィーリア、サクラの三人は再び耳を塞ぎ苦悶に表情を歪める。
そんな中、最もディアブロスの近くにいながら高級耳栓スキルのおかげで咆哮(バインドボイス)などどこ吹く風にしか感じないシルフィードは平然と怒り狂う魔竜の前に立ち塞がる。そして、
「さぁ、本気でかかって来いディアブロス。そろそろ決着をつけてやるッ」
大剣キリサキを引き抜き、剣先をディアブロスに向けて言い放つ勝利宣言。その時、季節外れの烈風がエリアを吹き抜けた。暴れる白銀の髪を気にせず勇ましく、凛々しく立つ彼女の姿は美しく、かっこいい。
蒼銀の烈風。その二つ名に相応しい、風を纏う蒼き鎧を身に纏いし白銀の戦姫――シルフィード・エア。
「グォアアアアアァァァァァッ!」
怒り狂うディアブロスは再び怒号(バインドボイス)で大地を震わせる。その衝撃は確実に三人の足を止めるが、彼女には通用しない。
「行くぞッ!」
震える大地を蹴り、シルフィードは駆け出す。天高く唸り声を上げるディアブロスだが、高級耳栓スキルを持つシルフィードにとってそれは威嚇でも恐怖でもない、純粋なチャンスだ。
一気にディアブロスの正面へと駆け抜け、怒号(バインドボイス)を終えてゆっくりと下がる頭部を狙い、剣を引き抜く。
「はあああああぁぁぁぁぁッ!」
力強く振り下ろされたその一撃は、暴竜の誇りを砕き落とした。