モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

159 / 251
第154話 破壊神大暴走 希望を打ち砕かれる四人の狩人

 閃光玉で視界を封じられたディアブロスは反射的に歩みを止めた。すでにその時点で彼我の距離は最初の半分程に短くなっており、奴の突進速度の早さを物語っている。

 目を潰されて藻掻くディアブロスに対し、正面から勇ましい咆哮を上げながらシルフィードが突っ込む。そしてディアブロスの頭の下で足を踏ん張り、勢い良くキリサキを引き抜き、勢いをそのまま乗せて振り下ろした。切れ味の高い万能大剣キリサキは吸い込まれるようにしてディアブロスの頭部、そこから生える右角に叩き込まれた。

「ぐぅ……ッ!?」

 弾かれる事はなかったが、そのあまりの硬さに腕が痺れシルフィードは顔を顰めた。角は厳しいと判断すると、すぐに前転して一瞬でディアブロスの懐に潜り込み立ち上がる。そこはちょうどディアブロスの両足の間。シルフィードはキリサキをその巨大な脚に向かって振り下ろした。

 ギギギギ……ッと表面が削れるだけで肉には到達しない。やはり想像以上にディアブロスの甲殻は硬い。シルフィードは舌打ちすると持ち方を変えて体を回転させるように横薙ぎに振るう。

 ディアブロスの脚下で攻撃を開始したシルフィードを見て、クリュウも遅れて突撃する。まずはディアブロスの脚に向かってペイントボールを投げる。うまく命中し、辺りに嗅ぎ慣れたあの匂いが広がる。これで他の二人にも遭遇した事がわかるだろうから、しばらくすれば合流できる。

 ペイントに成功すると、今度は攻撃に転ずる。が、ディアブロスはまるでそれを拒むように回り込んで接近したクリュウに対して尻尾を薙ぎ払うようにして叩きつける。仕方なく一度立ち止まってやり過ごすと、改めて接近を行う。

 すでにシルフィードはうまく攻撃位置を確保しており、クリュウはその外周から攻撃する。引き抜いたデスパライズを勢い良く振り下ろし、ファーストアタック。だがデスパライズの刃はディアブロスの硬く厚い甲殻の表面をわずかに削るだけ。続けて二度斬り掛かり、回転斬りに繋げるが、それでも表面を撫でるように削るだけ。クリュウはディアブロスの硬さに舌打ちすると、シルフィードと同時に奴の脚下から離れた。十分な距離を取ると同時に、ディアブロスの視界が回復する。

「硬過ぎて全然刃が入らないよッ」

「そうだな。これは思ったよりも厳しいぞ」

 並び立った二人の頬を嫌な汗が流れる。道具が効かないとか罠が効かないとか以上に、武器がうまく入らないというのは一番辛い。何せ主力がそれなのだから、他の道具類でいくら小細工はできても、肝心の武器がそれでは問題だ。

「うまく刃が入るような場所を探すしかないね」

「そうだな――っと、来るぞッ!」

 話し合えたのは一瞬だ。すぐにディアブロスがそれを邪魔するように突進して来る。二人はそれぞれ左右に別れて回避し、ディアブロスは二人の間を突き抜ける。その速度、迫力、どれもリオレイアの比ではない。

 リオレイアは突撃を重視するモンスターだが、結局はブレスやサマーソルトと言った他の攻撃手段を持ち合わせている。だがディアブロスにはこの突進以外に武器はない。だからこそそれに特化した体つきや動きを体得している。結果的に、ディアブロスの突進は想像を絶する恐ろしさと破壊力を兼ね備えた。あの突進で迫られ、凶悪な角で貫かれれば、レウス装備と言えど大怪我は免れないし最悪命を落とすかもしれない。

 クリュウは恐怖に背中が冷たくなるのを感じながら、急停止するディアブロスを見詰める。これも突進に特化した体だから成せる業だろう。リオレウスやリオレイアは基本的に体を投げ出すようにしてその巨体の勢いを無理やり急停止させる為、一瞬の隙が生まれる。だがディアブロスはその強靭な脚力を生かして倒れる事なく急停止し、すぐに次の行動に移れる。同じ飛竜に分類されていても、生体も攻撃方法もまるで違う。

 だが、逆に言えば突撃しかない相手なら必ずこちらに向き直る。クリュウはその瞬間に賭けていた。開いてしまった距離をできるだけその間に埋め、ディアブロスが振り返った瞬間を狙って構えた閃光玉を投擲。一瞬遅れて辺りが全て真っ白な光に包まれる。クリュウは瞳を閉じながら、頭の中で次の行動を一瞬考える。まずは回り込んで側面から攻撃する。いつもの常套手段だ。

 煙などと違い、光が辺りを支配するのは一瞬だ。思考の時間は本当に一瞬で、自分の中で次の行動を決めて瞳を開けると――猛烈な勢いで迫り来るディアブロスの姿。

「え……?」

「避けろクリュウぅッ!」

 シルフィードの怒鳴り声が聞こえるが、もう横へ跳んでも逃げられるような距離ではなかった。一瞬考えるだけで目の前にまで迫った凶悪な角で貫かれる。クリュウは本当に反射的に盾を構えた――直後、強烈な衝撃に彼の体は吹き飛ばされた。

「クリュウッ!」

 シルフィードの目の前で、クリュウはディアブロスの角に貫き飛ばされた。その光景にシルフィードが崩れ落ちた。構えていたキリサキを取り零し、勇ましく大地を翔けていた足は力を失い地面に倒れる。

 吹き飛ばされたクリュウは砂の上を何度も転がり跳ね、止まる。が、クリュウは立ち上がる事なく、その場で倒れ続ける。

「く、クリュウ……?」

 震える声で彼の名を呼ぶが、彼は答えてはくれない。

 一方ディアブロスは彼を吹き飛ばす際に振り上げた頭をゆっくりと下ろしていた。その先に備えた凶悪な二本の角。あれが、クリュウを襲った……

「……ッ! き、貴様ぁあああああぁぁぁぁぁッ!」

 力を失った体に再び力が戻る。地面に倒れたキリサキを掴み取ると、シルフィードは怒りに任せてディアブロスに襲い掛かる。作戦も戦法も何もない、感情に任せての突進。彼女らしくない、滅茶苦茶な攻撃だ。

 霞む視界の中、彼女が突撃していくのが見えた。

 とっさに盾を構えたおかげで角の直撃は何とか避けたクリュウ。だがそのあまりの衝撃と地面に何度も叩きつけられた事で全身に激痛が走り、うまく頭が回らなかった。だが、霞む視界の中で見慣れない怒り狂った表情でディアブロスに突撃するシルフィードの姿を見て、頭の靄(もや)が消し飛ぶ。

「シルフィッ!」

 彼の必死な声が届いたのか、シルフィードはこちらを見ると足を止めた。その表情に先程まであった憤怒は消え、自分が無事だった事に安堵したのか、幾分か表情が和らぐ。が、すでにそこはディアブロスの目の前。

「危ないッ!」

 クリュウの叫び声にシルフィードが驚いて振り返ると、目の前に迫ったディアブロスが右脚を一歩前に出したかと思ったら身を一瞬縮め、蓄えた筋力をそのまま一気に解放。まるで一瞬にして壁が迫って来た。そんな錯覚すら覚える、ディアブロスの体当たりだ。

「……ッ!」

 シルフィードはとっさにキリサキを縦に構えてガードの体勢を取る。直後、大剣にディアブロスの巨体がぶち当たった。その圧倒的な威力に踏ん張っていたはずのシルフィードは意図も簡単に吹き飛ばされた。クリュウと同じく砂の上を二転三転した後、キリサキを地面に突き刺して衝撃を相殺し止まる。

「くぅ……ッ」

 膝を折り、苦悶に顔を歪めるシルフィード。隙を見せてはいけないと、ディアブロスの位置を確認しようと顔を上げた瞬間絶句する。すでにディアブロスは唸り声を上げながら自分に向かって突進を開始していた。

「くそ……ッ!」

 シルフィードは横へ転がるようにして正面から逃げる。だが完全には逃げ切れず、剣を構えてガードの体勢を取る。直後、キリサキの胴にディアブロスの脚が激突し、再びシルフィードの体が吹き飛ばされる。砂の上を何度も転がった後倒れるが、何とかすぐに立ち上がる。

 自分を吹き飛ばしたディアブロスを睨みながら、シルフィードは口の中に入った砂を唾と共に吹き出す。

 二度もディアブロスの突進をガードした結果、腕がビリビリと痺れ痛みすら感じる。何度か握ったり開いたりして武器を持つ事に問題がないかを確認する。その間にクリュウが駆け寄って来た。

「シルフィ、大丈夫ッ!?」

「あぁ、問題ない。君の方こそ無事か?」

「僕は何とか……」

「そうか……、ペイントは付いているな」

 そう言って二人はゆっくりとこちらに向き直り咆哮(バインドボイス)をするディアブロスを見る。この距離なら何とか耳を塞がなくても済む。そして、そんなディアブロスのの右脚には確かに桃色の粘着物が付着しており、辺りに独特な匂いが漂っている。

「二人も気づいたはずだ。もうしばらく耐えるぞ」

「一度撤退した方がいいんじゃないかな」

「確かにそれも手だが、そうすると二人が別々に到着したら一人で奴を相手にしなければならない。いくら二人が優秀なハンターでも、奴を相手に単独で無事でいられるかは疑問だ。それなら、二人編成の私達が踏ん張って二人の到着を待った方が危険は少ない」

 シルフィードの意見は正論だ。ディアブロスは並大抵の相手ではないし、サクラもフィーリアも討伐経験がない。フィーリアに至っては初見の相手だ。二人にそれぞれ単独で戦わせるのはかなり危険だ。なら、自分達が踏ん張って二人を一人にしないように状況を作り上げる他ない。だがそれは、当然自分達二人には厳しい戦いが強いられる事になる。

「――クリュウ、できるか?」

 シルフィードの問い掛けは、この危険な役目ができるかという問い掛け。自分を信じて、共に戦ってくれるか、そんな彼女の問い掛けだ。

 ヘルムの下で、クリュウは柔和に微笑んだ。それは顔が隠れていてもわかる。

「任せといてよ。シルフィと一緒なら何だってできるさッ」

「……そうか」

 シルフィードは口元にフッと笑みを浮かべると、キリサキの柄を力強く握り締める。

 咆哮(バインドボイス)を終えるディアブロスを見て、クリュウはふと想い出す。

「そういえば、シルフィのスキルって耳栓だったよね? ディアブロスの咆哮(バインドボイス)はそれじゃ防げないはずじゃ……」

「あぁ、エムデンで急遽スキルを変えたのさ。今の私はディアブロスの咆哮(バインドボイス)も防げる高級耳栓だ。まぁ、そのおかげで見切りスキルを捨てなければならなかったがな。ディアブロス相手ならこちらの方が使える」

 平然と言ってのけるシルフィードを見て、クリュウは改めて彼女を尊敬した。いつものある程度準備ができる狩りと違い、今回は準備の面でも不十分な状態だ。ディアブロスに対して有効な武器を揃えられなかったり、爆弾の量が少ないなど、お世辞にも万全とは言いがたい。そんな状態でも彼女は自分でできる最善の策を考え、実行に移している。そしてそれが、見事に発揮できていた。

 頼もしい彼女の背中を見詰め、クリュウは微笑む。

 二人の会話はそこで終わった。咆哮(バインドボイス)を終えたディアブロスは半歩を身を引く。その動きを見て二人はすぐに左右に分かれた。直後、ディアブロスは突進を始めた。

 砂塵を巻き上げながら、猛烈な勢いで迫るディアブロスだが、その二本の角が貫いたのは二人が先程までいた場所。ディアブロスは何も無い場所を突き抜けた。

 どちらから声を掛ける事もなく、二人は同時に動いた。突進の勢いを殺そうと脚を踏ん張りながら急停止するディアブロスの左右から二人が斬り掛かる。

 クリュウは勢いを止めようと筋肉を引き締めている脚に向かってデスパライズを叩き込む。が、当然その一撃では表面を削る程度。ディアブロスの動きが完全に止まった所で勢い良く回転斬りを叩き込む。同じように反対側ではシルフィードも豪快に横殴りのようにキリサキを叩き込む。だが、二人の本気の一撃を喰らってもディアブロスはびくともしない。

 纏わり付く外敵を煩わしげにディアブロスは体を回転させて尻尾で振り払おうとする。が、その飛竜では定番の動きは見切っている二人はむしろより深く斬り掛かっていた。軸となる両足の下に喰らい付いて剣を振るう。

 斬り落としから横斬り、そして斬り上げから回転斬り。一連の流れを全て組み込みながら剣を振るうクリュウの連撃。だが、ディアブロスの甲殻は硬くなかなか刃が通らない。迸る麻痺毒も、これでは意味を成さない。

「クソ……ッ」

 苛立ちながらクリュウ無我夢中で剣を振るった。だがディアブロスはそんな彼の攻撃など気にも止めずに突如角を地面に突き立てた。首を左右に振るい、角で地面に穴を開けると両翼も使ってその穴を広げる。そして、そのままディアブロスは穴の中へその巨体を埋めてしまった。

 今までの飛竜とは明らかに違う行動。クリュウはその光景に一瞬動きを止めてしまった。頭の中では確かこのタイミングで音爆弾を投げれば奴を引きずり出せるはず、という知識が浮かんでいる。だが、その知識を使って道具袋(ポーチ)に手を伸ばした時には、すでに時間が経ち過ぎていた。

「バカッ! 早くそこから離れろッ!」

 シルフィードの怒号に慌てて道具袋(ポーチ)に伸びていた手を引っ込める。それと同時に地面が割れる瞬間が見えた。その一瞬の光景で、クリュウは反射的に盾を構える。

 ――直後、地面から二本の巨大で無骨な槍が彼を襲った。

 クリュウの軽い体は簡単に吹き飛ばされて空を舞う。数秒の浮遊の後、背中から地面に叩き落された。肺の中の空気が一気に吐き出されて咳き込むが、幸いにも砂の上に落ちたので大した怪我はなかった。ただ、ガードに使った盾を備えた左腕には鈍痛が走り苦悶に顔が歪む。

 クリュウを吹き飛ばしたディアブロスはその後一瞬で地上へと現れた。さながらそれは水面に突如現れるトビウオのよう。奴は砂の中を自在に動き回れる、桁破りなモンスターだ。

 そんなディアブロスの行動を見たシルフィードはすぐに動いた。豪快な動きをした事で生まれる一瞬の隙。彼女はそれを狙っているのだ。だが、まるでそんな彼女の思惑がわかっているかのように、ディアブロスはそれを阻む。

 背後から接近する彼女に対して、接近を拒むようにディアブロスは尻尾を大きく左右に振り抜く。地面に置き、砂を巻き上げながら振るわれる太い尻尾での一撃。シルフィードは舌打ちして接近を中止せざるを得ない。

 立ち止まったシルフィードに対してディアブロスは彼女に向き直ると、至近距離で突進を仕掛ける。シルフィードは急いで横へ跳び、砂に頭から無様に突っ込む。だがおかげでディアブロスの突進は失敗に終わった。

 滑るように急停止するディアブロスに、今度はクリュウが接近する。まだ左腕は痛むが、剣を持つ右腕は問題ない。クリュウはディアブロスに追いつくと、すぐさま脚に向かって剣を振るう。だが、そんな彼の攻撃を封じるようにディアブロスは首をもたげると、天高く轟く咆哮(バインドボイス)を放つ。

「ギュオワアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!」

 押し潰されるような音圧にクリュウは膝を折り、鼓膜を破るような爆音に耳を必死に塞ぐ。理性ではこのままでは危険だとわかっているのに、本能が恐怖して体が全く言う事を聞かず、苦悶に顔を歪める。

 高級耳栓のおかげでディアブロスの咆哮(バインドボイス)が通じないシルフィードだが、転倒しながら回避した事で立ち上がるのに時間が掛かってしまった。必死になって彼の所へ向かおうと走るが、とても間に合わない。

「クリュウッ!」

 爆音のように響く奴の怒号の前では、彼女のそんな必死な声も彼には届かない。

 必死になって逃げようとするが、体は全く言う事を聞かず、動けない。痛む左腕を無理やり動かし、何とかガードの構えだけでもと思っていても耳から手を離せば鼓膜が破れるかもしれないし、それ以前にそんな簡単な事すら咆哮(バインドボイス)が響く中ではできない。

 そのうち、咆哮(バインドボイス)が鳴り終わる。急いで体を動かすが、それよりも一瞬早くディアブロスが突進の構えを整えた。クリュウの表情が戦慄に染まる。

 ――そして、ディアブロスが動く。

「……クリュウッ!」

 ――刹那、彼の体は横へ吹き飛んだ。

 横からの何かが体当たりするかのような衝撃。だがそれはディアブロスの突進のような殺意に満ちたものではなく、必死になって彼を守ろうとする優しさに満ち溢れたもの。

 砂の上に押し倒され、その直後一瞬前まで彼がいた場所をディアブロスの角が砂を抉り上げながら通過する。

 砂の上に倒れたクリュウは、自分の上に何かが覆い被さっている感触に気づく。目をゆっくり開くと、目の前には見知った少女の安堵に染まった顔があった。

「……クリュウ、良かった」

 黒い眼帯で左目を隠した、漆黒の美しい長髪を流した少女。隠されていないもう一方の黒い隻眼は彼の無事を心から喜んでいるかのように、無邪気に揺れている。

「……遅れてごめんなさい。でも、大丈夫。もうクリュウを一人にはしないから」

 チーム随一の人間離れした俊足を持つ、恋に生きる戦姫――サクラ。

「サクラ……」

 サクラはゆっくり起き上がると、手を掴んで彼も起こす。助けられたクリュウは彼女の登場に驚きつつも、「あ、ありがとう」と礼を言う。だが、サクラはゆっくりと首を横に振った。

「……礼なんていらない。クリュウが私の傍にいてくれる。それだけで、私は幸せだから」

 恥じる事なく言い切る彼女のセリフに、思わずここが狩場だという事も一瞬忘れてヘルムの下で顔を真っ赤にさせて照れるクリュウ。

「いや、その、えっと……」

 困ったように小声で狼狽えるクリュウの手を、サクラがそっと両手で包み込む。

「……一緒に、がんばりましょう」

「う、うん」

 何となくいい雰囲気になる二人であったが、そんな彼らの雰囲気をブチ壊すようにディアブロスが二人の方へ向き直る。その脚下ではバカな仲間を必死に守ろうとシルフィードが猛攻撃を仕掛けているが、ディアブロスの目標は変わらない。

 半歩引き、突進の構えを見せた瞬間――ディアブロスの頭が爆発した。

「グギャァアッ!?」

 これまでの戦いで初めてディアブロスが悲鳴を上げた。黒煙が顔を覆い、さらにもう一発側頭部で爆発する。

 突然の出来事にシルフィードだけではなくクリュウとサクラも我に返って驚く。

「――まったく、サクラ様は詰めが甘いですね。もう少し周りを見てください。それじゃ、クリュウ様をお守りする事なんてできませんよ」

 風に乗ってエリア中に響く凛とした少女の美しい声。風上の方へ三人が一斉に振り返ると、そこには桜色の姫が風を纏いながら立っていた。

 靡く金色の髪を片手で軽く押さえながら、もう片方の手に構えたのは身に纏う鎧と同じ桜色のライトボウガン。その銃口からは微かに硝煙が噴き出ている。

 少女とディアブロスの距離はかなり開いている。なのに彼女は素早く狙いを定め、間違う事なく徹甲榴弾LV2二発をディアブロスの頭に命中させた。その技術は並大抵の事ではない。

 少女は驚く彼を見て、天使のような優しげな笑みを浮かべた。

「ご無事で何よりです。到着遅れましたが、これよりクリュウ様の援護に全力を注がせていただきます」

 サクラと同じく恋に生きる、的確な支援射撃で仲間達の道を切り開く凄腕の銃姫(ガンナー)――フィーリア。

「……おいしい所を持っていくなんて、最低」

「抜け駆けするサクラ様の方が最低です」

 そう言ってしばし睨み合う二人だったが、どちらからとなくその表情が緩む。

「まぁ、今はケンカしている場合じゃありません。私達の目的は共通なのですから、ここは共同戦線です」

「……仕方ないわね」

 クリュウを守るように並び立つ二人の恋姫。無茶苦茶な二人だが、その実力も彼を想う気持ちも本物だ。互いが互いを認め合った、ある意味最強のコンビ。

 頭を振るディアブロスの脚下で、シルフィードは冷や汗を流しながら苦笑を浮かべる。

「……まったく、世話を掛けさせてくれる」

 だが、そう言う彼女はどこか嬉しそうだ。

 強敵ディアブロスを前に、ここにようやくチーム全員が揃った。

 すでに戦闘準備万端という具合の二人を見て、クリュウの表情にも気合が漲る。自分達は四人で一つのチーム。だから――

「――これからが本番って訳だね」

 クリュウの自信に満ちた声に、フィーリアとサクラが同時にうなずく。

「遅れた分、きっちり働かせてもらいます」

「……思う存分暴れてやる」

「頼りにしてるよフィーリア、サクラッ! シルフィもッ!」

 その声に、応えるように三人の姫が一斉に動いた。

 脚下にいるシルフィードは再びキリサキでディアブロスの脚に襲い掛かり、サクラは必殺の突貫で開いた距離を一気に縮め、フィーリアは走りながら新たに装填した貫通弾LV2で遠距離射撃を開始する。そんな三人に負けないように、クリュウもディアブロスの正面を避けながら近づく。

 散開しながら接近する敵に対して、ディアブロスはまず脚下に纏わり付く敵の排除に取り掛かる。右脚を一歩前に出したかと思ったら、次の瞬間にはディアブロスの側面全体が一瞬にして襲い掛かって来る。ディアブロスの体当たり攻撃に対し、シルフィードはガードで何とかやり過ごした。が、その強力な衝撃を相殺する事はできずに大きく後退を余儀なくされる。

 シルフィードを退けたディアブロスは続いて遠方からの攻撃に終始しているフィーリアに狙いを定める。

 装填した全弾を撃ち終え、フィーリアは手早く新しい弾丸を装填し、狙いを定める。が、その時にディアブロスがこちらに向き直った姿を見るやいなやスコープから目を離してすぐに正面から避けるように横へ走る。

 低い唸り声を上げながら、ディアブロスが突進を開始する。迫り来る暴竜相手にフィーリアは全力で横へ走り奴の針路から逃げる。ディアブロスが突進に失敗して砂塵を巻き上げながら背後を滑り通った瞬間、フィーリアはその場で回転。振り返ったと同時に狙いを定め、すぐさま射撃を再開する。砂塵を纏いながら急停止するディアブロスの背中を貫通弾LV2が何発も命中する。

 そして、フィーリアを狙って走った瞬間に動いていたサクラ。急停止するディアブロスの側面から鬼神の如く襲い掛かる。

 砂上を翔け、ディアブロスの横で砂を蹴って跳躍。振り返るディアブロスの顔面に向かって煌く飛竜刀【翠】を峻烈に叩き込む。

 煌く刃先は真っ直ぐにディアブロスの眉間に炸裂する。が、ディアブロスは頭突きをするように彼女の一撃を跳ね飛ばした。押し返されたサクラは空中で器用に回転し、流麗に着地。すぐさま砂を蹴り飛ばしながら突貫。角に向かって一撃を叩き込み、弾かれるように回転して懐に潜り込み、がら空きの脚に一閃を入れる。華麗にして峻烈な攻撃の嵐の連続、彼女にしかできない動きだ。

 ディアブロスは再び地面に角を突き刺して地中へ潜る。砂の中へ潜るディアブロスに対して完全に消える寸前の尻尾に向かってサクラは斬撃を一閃。すぐさまバックステップで離脱。すると、そんな彼女の視界の隅から何かが放り投げられた。刹那、キンッと甲高い音が鳴り響いたかと思うと、地面が割れる。

「ゴワァオッ!?」

 悲鳴を上げて、ディアブロスの上半身が現れた。反射的に出てしまった為か、あっという間に穴は砂で埋もれ、ディアブロスは身動きを取れなくなってしまう。

 藻掻くディアブロスを見て、サクラは振り返る。すると、そこにはデスパライズを構えながら突進するクリュウの姿があった。それを見て、サクラの頬が緩む。

「……さすがクリュウ」

 クリュウの投げた音爆弾でディアブロスの動きがようやく止まった。このチャンスを逃さない、そんな決意と共にサクラは地面を蹴って必殺の突貫。藻掻くディアブロスの脇腹に勢い良く飛竜刀【翠】を突き刺した。

 ゴリッという硬いものに弾かれる感触がしたが、無視して力づくで捻じ込む。すると、先程までいくら攻撃しても決定打にならず表面を削る程度だった一撃が、浅いながらも肉に到達。ようやく、血飛沫が舞った。

「……やはり、腹部周辺は柔らかい」

 勝機を見出した、そう言いたげにサクラは不敵な笑みを浮かべると、一気に飛竜刀【翠】を引き抜く。血が噴き出すが、無視して次なる一撃を放つ。

 斬撃の舞を踊るサクラの横で、クリュウも同じようにガラ空きの腹部にデスパライズを叩き込む。彼もまた脚などに比べて柔らかい腹部の感触に、ヘルムの下で笑みを浮かべた。通じるとわかるやいなや、クリュウは連続して斬撃を放つ。

 遅れてシルフィードも藻掻くディアブロスの背後に立つと、溜め斬りを構えを取る。常に動き回るディアブロス相手ではなかなか溜め斬りはできない。だが、この瞬間だけは必殺の溜め斬りが可能となる。

「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!」

 勇ましい叫び声と共に、漲る力を注ぎ込んだ絶大な一撃を振り下ろす。いくら硬い背甲も、その強力な一撃に砕け、わずかではあるが血が噴き出す。

 三人の剣士の猛攻の間も、フィーリアの的確な射撃は続いている。弾倉の中身が空っぽになるまで撃ちまくり、空になるとすぐに装填(リロード)。間髪入れない連続射撃。

 四人の猛攻撃を受けながらも、必死に体を動かして脱しようとするディアブロス。砂の檻が崩れ、下半身が這い上がる。直後、ディアブロスはその巨大な翼を広げて暴風を起こした。その風に接近していた四人は一斉に動きを封じられる。その間にディアブロスは翼を羽ばたかせながら浮き上がった。飛竜と分類されるだけあって、ディアブロスも少しの間なら飛ぶ事ができる。

 穴は砂に埋もれ、平らな地面に変わる。ディアブロスはそこへゆっくりと降り立ち、地響きで大地が震える。

 風に阻害されながら、三人は一斉に離れる。そのうち、クリュウを狙ってディアブロスは体当たりを仕掛けた。撤退の最中なので横へ回避する事もできなかったクリュウはその一撃をガードするが、衝撃が強過ぎて弾かれるようにして吹き飛ばされる。

 砂の上をクリュウが転がるのを見て、サクラが突っ込む。残像すら残りそうで、音が遅れてやって来るような錯覚をする程、彼女の突貫は疾い。突き出した一撃はしかし、ディアブロスの硬い角に跳ね飛ばされる。体勢を崩したサクラはディアブロスの横の砂に頭から突っ込む。そこへディアブロスが尻尾を放った。サクラはその場で腕だけで起き上がると、バク転で器用の振り抜かれる尻尾の上を跳んで回避。しっかりと足から地面に降りると、諦めずに再度突貫を仕掛ける。

 サクラの怒涛の攻撃の嵐が続く中、クリュウも反対側からデスパライズを振るい、シルフィードも角に向かってキリサキを豪快に叩き込んだ。だがどれも決定打にならず、ディアブロスは無視してサクラを狙って突進。だがサクラはそれを意図も簡単に避け、ディアブロスは空白地帯を空しく突き抜ける。

 すぐさま三人の剣士が追い掛けるが、ディアブロスは再び地面に潜って逃げる。足の速さで先頭を走るサクラはすぐに音爆弾に手を伸ばすが、距離が遠いと判断すると諦めて突然横へ走る。それを見て後続の二人も回避の動きに変わる。

 三人が動きを変えた瞬間、地面を震わせ砂煙を上げながら地中からディアブロスが迫る。そして、ちょうどサクラが方向転換した場所からディアブロスが勢い良く姿を現した。

 頭を振って砂を落とすディアブロスに、逃げていた三人が一斉に反転攻勢に出る。しかし背後から迫るクリュウとシルフィードに対してディアブロスは尻尾を左右に大きく降って接近を阻む。その間に側面からサクラが胴を貫くように突貫。強烈な刺突を炸裂させる。

 剣士だけに意識が向かないように、ある程度の距離を置きながらフィーリアも的確な射撃を続けている。すでに弾丸は貫通弾LV2から通常弾LV2に変わっており、速射を使った本格的な射撃に移行している。

 四人の連携攻撃にディアブロスは鬱陶しげにその場で体全体を回転させるようにして尻尾を振り抜くが、剣士組はその基本動作を簡単に避けて攻撃の手を一切緩めない。

 業に煮やしたのかディアブロスは大地を震わせるような爆音、咆哮(バインドボイス)を放つ。これにはさすがのクリュウとサクラは動きを封じられ、距離を置いていたはずのフィーリアも苦悶に顔を歪めながら耳を塞いでしまう。だが、

「私にとってはまたとないチャンスだッ!」

 高級耳栓スキルを持つシルフィードにはそんな攻撃は効かない。溜め斬りを体勢を取り、力を溜める。そして、咆哮(バインドボイス)を終えて下げられる頭に向かって絶大な一撃を叩き込んだ。

「ギャァッ!?」

 その強烈な一撃に、ディアブロスが悲鳴を上げて仰け反る。その間に動きを封じられていた三人は体の自由を取り戻し、攻撃を再開。ディアブロスの策は失敗に終わった。

 散り散りになる相手を見回し、ディアブロスは改めてクリュウに狙いを定めて突進を仕掛ける。が、回避に動いていた彼は簡単にそれを避ける。何もない所を素通りするディアブロスに向けてフィーリアが弾の威力が最大になる絶妙な距離を維持しながら狙い撃つ。

 急停止したディアブロスはフィーリアからの鬱陶しい射撃を避けようと再び地面の中に潜る。だが、それを待っていたとばかりに最も近い位置にいたクリュウはすかさず音爆弾を投擲。甲高い破裂音が響いたかと思うと、ディアブロスが悲鳴を上げて引きずり出される。

 下半身を埋めた体勢のまま藻掻くディアブロスに、四人が一斉に襲い掛かる。

 サクラは右脇腹を、クリュウが左脇腹を、シルフィードは背中にそれぞれ位置取り攻撃を仕掛け、フィーリアはそこから少し離れた場所から援護射撃を続ける。

 荒れ狂う怒涛の剣撃の嵐を舞うサクラに対し、クリュウは威力も手数も少ないが、確実に攻撃を当てる。ようやく肉に刃が通り、先程から少しずつではあるが麻痺毒がうまく注入できている。ここに来てやっと希望が見えてきた。

 背後からはシルフィードが壮絶な一撃をお見舞いし、ディアブロスが悲鳴を上げる。そしてまたしてもディアブロスは翼を羽ばたかせて宙に舞うと、ゆっくりと降り立つ。

 地響きと共に舞い降りたディアブロス。すると、その場でゆっくりと右脚を半歩引くように砂の上で擦ると、低い唸り声を上げる。見ると、ディアブロスの口から黒煙が漏れていた――怒り状態だ。

「気をつけろッ! 今までとは比べ物にならない速度だぞッ!」

 シルフィードが悲鳴のように忠告を叫ぶ。それを聞いて三人は武器をしまうと、回避重視の構えになる。一体どれほどの速さなのか、まずは様子見。だが、ディアブロスは三人の予想を遥かに超えていた。

 振り返ったディアブロスは血走った瞳で狙いを定める。その狙いはしつこく付き纏って攻撃していたサクラ。彼女はすぐに横へ走って回避運動をし、ディアブロスは唸り声を上げながら走り出す――だが、その速度はこれまでとは比べ物にならない程に疾い。

「……ッ!?」

 常軌を逸した速度に、サクラは慌てて全力で走る。彼女の脚力を持ってしても、怒り時のディアブロスの突進は避け切れなかった。直撃こそ何とか避けたが、彼女の体はディアブロスの脚に跳ね飛ばされ、砂の上を二転三転して倒れる。

 跳ね飛ばされたサクラを見て、三人が一斉に言葉を失った。

 チームで最も足の速いサクラが全速力で走っても、ディアブロスの突進は避け切れなかった。その常軌を逸した速度と、あのサクラが完全には避けられなかった。その二つの信じられない事実を前に、クリュウ達は呆然と立ち尽くす。

 腕を震わせながら、ゆっくりとサクラが起き上がる。彼女自身避け切れなかったという現実に、明らかに目が動揺していた。

 一瞬にして戦意を挫かれたクリュウ達。そんな彼らを嘲笑うかのように、ディアブロスが怒り狂う怒号(バインドボイス)を放つ。

 天高く響き渡るその声はまるで、勝機を見出し始めていた彼らに本当の戦いの始まりを告げるかのように、残酷に大地を震わせた……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。