モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第153話 空中挺進 砂海に舞い降りる四人の狩人

 翌朝、『イレーネ』は無事にセクメーア砂漠の上空に達した。地平線の向こうまで砂漠が広がっているセクメーア砂漠は、ドンドルマが管轄する狩場の中では最も広大な場所だ。

 クリュウ達は全員武装を整えて後部甲板に集まっていた。着陸次第すぐに出撃できる構えだ。

 甲板にいるのはクリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィードのハンター四人。他に上級将校であるエルディンとカレン、その他に兵士が数人という状況だ。

 なぜか困ったように苦笑を浮かべるエルディンの隣には、目を真っ赤にして不機嫌そうに仁王立ちしているカレン。その厳しい瞳は、一直線に気まずそうに視線を逸らしているクリュウを串刺しにする。

「クリュウ様、どうかされたのですか?」

 いつもの彼らしくないクリュウを見て、心配そうにフィーリアが声を掛ける。そんな彼女の問い掛けにクリュウは「だ、大丈夫」と一言返すだけでまた沈黙する。様子のおかしなクリュウに、フィーリアはやっぱり首を傾げる。

「……クリュウ、あの女と何かあった?」

 ジーッと見詰めてくるサクラの視線と問い掛けもうまく避けていると、エルディンと何事かを話していたシルフィードが戻って来た。その手には何やら太い筒が握られている。数にして二本、青と赤と色分けされている。

「シルフィ、それは何?」

「信号弾だ。討伐が完了したり討伐失敗の場合など、私達を回収してほしい場合はこちらの青の信号弾を上げてほしいそうだ。そうすれば上空に待機しているこの艦が降りて来るらしい」

「ふぅん、じゃあそっちの赤い方は?」

「ディアブロスを見失った時にこの赤い信号弾を上げると、奴の位置を教えてくれるそうだ。砂の中を移動する相手だからな。一応保険だ」

 なるほど。上空を飛んでいるこの艦ならディアブロスの位置を簡単に見つける事ができる。その条件を利用した良策だ。

「みんな、準備はいいか?」

 信号弾の筒を腰に下げたシルフィードは振り返り、居並ぶ仲間達を見回す。そんな彼女の問い掛けに、仲間達は準備万端という出で立ちで構える。

「問題ありません。すぐにでも出撃可能です」

「……疾(と)うに準備はできている」

「準備万端だよ」

 三人の準備完了という返事に満足気にうなずくと、シルフィードはエルディンを一瞥し、その横に立つカレンに向き直る。

「こちらは準備完了した。出撃するから着陸してくれ」

「着陸はしません」

 ピシャリと断るカレンの言葉に、シルフィードは首を傾げる。他の面子も似たような反応だ。

「いやしかし、着陸してもらわないと出撃できないのだが」

「着陸しなくても出撃は可能です」

 そう言うと、カレンは兵士に何やら指示を出す。すると兵士達は備えていた何やら物々しい装備をクリュウ達四人に手渡す。

「これは?」

「空挺部隊用の落下傘(パラシュート)です」

「ぱ、パラシュート?」

 きょとんとするクリュウ達を前にして、カレンは堂々と言い放った。

「皆さんにはこれから、パラシュートによる降下をしていただきます」

 

 十数分後、空挺兵から簡単なレクチャーを受けた四人は、まだ狩りが始まった訳ではないのに皆顔を真っ青にしていた。

「つ、つまり、ここから飛び降りてこのパラシュートを開いて地面に降りろと?」

 冗談だよね、という意味合いを込めての問い掛けに対し、カレンは一切の迷いなく「その通りです」と断言した。

 顔色を真っ青にしているのはクリュウだけではない。他の三人も前代未聞の事態に戸惑いを隠せないでいる。

「こ、この高さから降りるのはなかなか勇気がいるな」

「勇気どころの問題じゃありませんッ! 自分の命をこんなひ弱そうな布に預けるなんて無理ですぅッ!」

「……空中挺進。無茶苦茶ね」

 百戦錬磨の戦乙女達も、こればっかりは経験がないので尻込み状態だ。そんな彼女達を一瞥し、クリュウは話は終わったさぁ飛び降りろとばかりに偉そうに仁王立ちしているカレンに近づく。

「ねぇ着陸してよッ! こんな無茶苦茶な事できないよッ!」

「できないのであれば任務失敗としてこのまま帰投しますが」

「何でそうなるのッ! っていうか当初の予定ではちゃんと拠点(ベースキャンプ)近くに着陸するはずだったでしょ!?」

「予定よりも気流が乱れているので、危険な岩場に着陸するのが難しいのです。砂場ではそれこそディアブロスやその他のモンスターに襲われる危険性があるので実現不可。様々な可能性を考慮した結果、これが最善の策だと考えます」

「いや、でもさ……」

「軍隊という組織はその場その場で作戦を細かく変更していきます。目的の為なら多少の手段が変わる事は何も問題ではありません」

「だからって、これじゃ嫌がらせ意外の何ものでもないじゃんッ!」

 異議申し立てるクリュウの言葉に、カレンはギロリと鋭利な刃物を思わせるような鋭い瞳で睨みつける。まだ赤い瞳は責めるような眼差し。頬の赤らみも幾分か濃くなったよう。

「……嫌がらせ? あなたが私に行った行為に比べればずいぶんとマシかと」

「うぐ……ッ」

 そう言われてしまうとクリュウは返す言葉もなく押し黙ってしまう。責めるように睨みながら言うカレン。その瞳には依然として怒りの炎が燃え盛っている。

 彼女の言うクリュウのした嫌がらせとは、昨晩の《事故》の事だ。クリュウは一応すぐ謝ったのだが、カレンは泣きながらクリュウに平手打ちを一発入れて去った。当然、許してもらえているとは思っていなかったが。

「いや、だからあれは事故であって。その、ほんとごめん……」

「謝罪の言葉で私の《初めて》が返還されるなら、私だって文句は言いません。どうした所で、貴殿が奪った事実は変わりがありません」

 取り付く島もないとはまさにこの事だろう。カレンは許す気など一切無く、クリュウの謝罪の言葉の全てをシャットアウト。

 クリュウもクリュウで事故とはいえ罪悪感は当然ある為強くは言い返せない。結局、カレンの言葉に逆らえなかった。

「こんな所で無意味な議論に有限である時間を潰すのは愚の骨頂。どう足掻いても結果は変わりません。となれば、自ずと答えは見つかりませんか?」

「……空挺出撃します」

 がっくりと肩を落とし、クリュウは了承した。そんな彼を見ていい気味だと少しだけ口元にカレンは笑みを浮かべた。

 チームの中心人物であるが故にリーダーであるシルフィード以上に影響力を持つクリュウが折れた事で、反発気味だった他の三人も諦めて了承する事になった。

 ――そして、いよいよ出撃の時。

 後部甲板から艦底へ移動した一行。そこは地上爆撃を行う際に使われる投下爆弾が収められた爆弾倉。その中心にそれらの爆弾投下用のハッチがあり、クリュウ達はそこから飛び降りる。

 ハッチが開かれると外風が吹き込み彼らの髪を揺らす。クリュウは気合を入れると共に手にしていたレウスヘルムを被る。同じようにサクラは額当てを、シルフィードは髪留めのリボンをきつく締める。

 四人はそれぞれ武装を整えており、その背中にはリュック状に収納されたパラシュートが背負われている。

「大型の荷物はお前らが出た後に同じく荷車ごと空挺で下ろす。爆弾類も一緒に下ろすが、もちろん信管は抜いてあるから地上で入れてから使うように」

 そう言う彼の背後にはパラシュートを備えた荷車が置かれている。クリュウは「お願いします」と彼に言うとハッチに向かって歩き出す。そんな彼を心配そうに見守るのはフィーリア、サクラ、シルフィードの三人。

 開かれたハッチの端に到達する。次の一歩から足場はなくなり、空中へと投げ出される。吹き込む外風の向こう、眼下には広大なセクメーア砂漠が広がっている。

 クリュウはその場で大きく深呼吸すると、いよいよ覚悟を決める。腕を組んで仁王立ちしているカレンを一瞥してから、心配そうに自分を見詰めている三人に振り返る。そして、そっと微笑んだ。

「それじゃ、先行ってるよ」

 そう言ってクリュウは正面に向き直ってヘルムのバイザーを下ろし――飛び降りる。

 一瞬の浮遊感の後、重力に引っ張られて体が落ちる。次の瞬間には彼の体は艦底から離れて空の上に投げ出されていた。

 猛烈な下からの風が、まるで彼の侵入を拒むように吹き荒れる。だが飛竜や鳥のように重力から解放された訳ではない体は、まるで弾丸のような猛烈な速度で落ちて行く。

 迫り来る地面に恐怖がない訳ではない。でもそれ以上に空を飛んでいるという非現実的な感覚に対する興奮の方が上だった。

 ヘルムで隠れた口元に、笑みが浮かぶ。

「にゃあああぁぁぁッ!? 落ちる落ちる落ちますぅッ!」

「お、落ち着けフィーリアぁッ!? 冷静を保ってないと死ぬぞッ!?」

「しょんな事言われましてもおおおぉぉぉッ!?」

 暴風の音を掻き分けて聞こえる声に上を見ると、自分と同じく飛び降りた三人の姿が見える。すっかりパニックになっているフィーリアと、そんな彼女を落ち着かせようとしながらも自身も軽くパニックになっているシルフィード。

 ふと、サクラの姿が見えないと気づく。すると、体を横向きにして飛んでいる三人に対して臆する事なく頭を下にして一直線に落下してくる少女――サクラ。

「……どぉん」

「のわぁッ!?」

 サクラはクリュウに向かって衝突。と同時に彼の体に抱きついてきた。バランスを失った二人は抱き合ったままの状態で錐揉み落下。

 クリュウは慌てながらも何とかバランスを取り戻すと、抱きついているサクラに怒る。

「ちょっとサクラッ! 今はフザける場合じゃないんだけどッ!?」

「……大丈夫。私はいつも本気だから」

「余計に厄介なんだけどッ!」

 空中でクリュウは抱きついているサクラを引き剥がそうとするが、彼女はガッチリとクリュウに抱きついていて離れない。すると、さっきまで落下している事で手一杯でパニックだったフィーリアまでもがクリュウに抱きついてきた。

「サクラ様ばっかりズルいですッ! 私だってクリュウ様とハグしたいですぅッ!」

「……クリュウ、ぎゅぅ~」

「あぁッ!? わ、私もぎゅぅ~ですぅッ!」

「ちょッ、ちょっと二人とも何もこんな時にぃ……ッ!」

「――取り込み中すまないが、そろそろパラシュートを開かないと危ないぞ」

 呆れるシルフィードの言葉にハッとなって下を見ると、確かにそろそろパラシュートを開かないと危険な距離にまで地面が迫っていた。

「二人とも離れてッ! パラシュート開くからッ!」

 クリュウの必死な声に二人も我に返ると慌てて離れ、四人はそれぞれ距離を開いて一斉にパラシュートを開いた。一瞬体全体を一気に引き上げられるような感覚。その後は急激に落ちる速度が遅くなり、ゆっくりとした降下に変わる。見上げると、自身と結ぶ紐の先に巨大なパラシュートが開かれている。

 周りを見ると、自分と同じようにパラシュートを開いて降下する三人の姿が見える。

 シルフィードが下を指差したのでその方向を見ると、真下に巨大な岩場が見える。あそこに拠点(ベースキャンプ)がある。予定ではその少し横の砂漠に落下する手はずになっており、四人はパラシュートを操作してそちらの方向に針路を変えて落下を続ける。

 そして、まずはシルフィードが砂の上に着地。その次に少し距離の離れた場所にフィーリアが着地し、クリュウもその少し横に着地する。すると、またしてもサクラが「……どぉん」とパラシュートごとクリュウにタックル。クリュウは砂の上に背中から押し倒され、その上にサクラが抱きつく。

「さ、サクラぁ……」

「……クリュウ、ぎゅぅ~」

「あぁッ! サクラ様抜け駆けはダメですぅッ! 私もぉ~ッ!」

 着地早々に二人の少女に押し倒されるクリュウを見て、シルフィードは疲れたようにため息を零しながらそんな三人に近づく。

「……君達は本当に緊張感がないというか、裏表ないというか、公私混同が著しいというか」

「呆れてないで助けてよぉッ!」

 しばしそんなやり取りをした後、二人は意外にもあっさりとクリュウから離れた。首を傾げるクリュウを前にして、二人はぐったりとした様子。

「ふぃ、フィーリア? サクラ?」

「あ、暑いですぅ……」

「……氷結晶イチゴが食べたい」

 どうやらあまりの暑さに抱きつくという暑苦しい行為に限界が達したらしい。いつの間にか外れたレウスヘルムの下にあった彼の額にも大粒の汗が浮かんでいる。クリュウは立ち上がり、砂を払ってからヘルムを拾い上げる。

「とりあえず、狩場には入れたみたいだね」

 クリュウはそう言って上空を見上げると、遙か天高くに自分達がさっきまで乗っていた航空哨戒艦『イレーネ』が見える。

「まずは向こうに落ちた荷車を取りに行くぞ。それから拠点(ベースキャンプ)へ向かい、そこから狩猟開始だ」

 シルフィードの指示に三人はうなずき、一行はまず自分達の落下地点から少し離れた場所に降下した荷車の下へ向かう。砂地に着地した荷車はしっかりと紐とシートで固定されており中の物が散乱するなどという事はなかった。紐に縛られたパラシュートを外し、個人用パラシュートと共に荷車に収納するのに五分と掛からなかった。

 そしていつものようにクリュウが荷車を担当し、その周りを護衛するように他の三人と共に一路岩場の中にある拠点(ベースキャンプ)を目指して歩き出した。

 

「お、どうやらうまく着地できたみてぇだな」

 艦橋から双眼鏡片手に目下を見詰めるエルディン。その視線の先には無事に着地して今まさに拠点(ベースキャンプ)へと歩き出すクリュウ達の姿が映る。

「っていうか、我が国ではまだ試験段階の空挺をやらせるとは。嬢ちゃんも無茶するねぇ」

 双眼鏡から目を離したエルディンは、隣で同じように双眼鏡で彼らを見詰めているカレンに向き直る。

「確かに我が軍ではまだ試験段階のものですが、すでにアルトリアでは実際に使われている戦法ですので、可能であると実証されています」

 双眼鏡から目を離す事なく、淡々と答えるカレンにエルディンは苦笑を浮かべる。

「かもしれねぇが、空挺ってのは熟練の兵士にしかできない荒業だぜ? それを素人にやらせるとはなぁ」

「今回の事はいい参考になりました。すでにアルトリアに兵員輸送用の飛行輸送艦の発注をしてありますので、近い将来我が国でも空挺作戦が可能となるかと」

「……娯楽でのパラシュートは嫌いじゃねぇが、結局はこれも軍事利用されるのか」

「軍人が言うセリフじゃありませんね」

「俺はあくまでハンターだ。国を守るハンター組織を統括しているに過ぎない。俺自身は自分が軍人になったつもりはねぇよ」

「……あなたはそうかもしれませんが、私は軍人です。国を守る為、総統陛下の御身を守る為に全力を注ぐ。それこそ、軍人の真骨頂です。その為なら、手段など選んでいられません」

「……嬢ちゃんも、もっと女の子らしい生き方をしてみたらどうだ? 彼氏でも作ってよぉ」

 からかうように言ったエルディン。だが、返って来たのは沈黙。カレンは答える必要ないとばかりに双眼鏡を構えたまま黙っている。エルディンは諦めたように肩を竦ませると、再び双眼鏡で愛弟子達の姿を見詰める。

 そんな彼の横で沈黙しながら双眼鏡を覗くカレン。だが、構えた双眼鏡は小刻みに震え、頬は赤らんでいる。そして、先程から必死になって見詰めているのは先程空挺出撃した四人のハンター達――の中の、三人の美少女に囲まれて時々抱きつかれたりしている少年、クリュウ。

 そっと、カレンは唇に指を当てる。

 ――今でも忘れられない、あの時の熱と感触。大切に大切に守ってきたファーストキスを、無理やり奪った奴。

「……責任は、きっちり取ってもらいますから」

 小さな小さな彼女のつぶやきは、誰にも聞こえる事はなかった。

 

 セクメーア砂漠。《乾きの海》という意味を持つ名のこの砂漠は主に地平線の向こうまで続く砂漠地帯とその砂漠の海にポツンと浮かぶ島のような岩場、さらに外の灼熱と正反対に冷たい地下水が流れる極寒の地底湖と、環境がまるで異なる場所で形成されている過酷な狩場だ。

 ドンドルマのハンターが一般的に「砂漠」と呼ぶこの地域は砂漠の街と西竜諸国、ドンドルマなどの都市への物資の輸送ルート及び商人の通行ルートとなっている為、多くの人々がこの砂の海を渡っている。しかし狩場に指定されているだけあってここには凶暴なモンスターが数多く住み着いており、時には強力な飛竜なども住み着いてしまう。その為、ここを渡る者達は一般的に護衛にハンターを付けて渡るのが常識となっている。

 今回のクリュウ達の任務はそんな護衛任務ではなく、この砂の海に住み着いてしまった凶悪な飛竜、角竜ディアブロスを甚大な被害が出る前に討伐するというものだ。

 セクメーア砂漠の拠点(ベースキャンプ)はそんな砂漠に聳え立つ岩場の一つの頂上付近、岩場の割れ目の中に設置されている。天井となっている岩が灼熱の日差しを遮っており、砂の上を走る熱風もこれくらいの高さになると幾分か暑さも和らいだ風となって吹き抜ける為、ここは砂漠の中心にあってもクーラドリンクなしで居る事ができる。

 拠点(ベースキャンプ)に到着した一行。すぐに天幕(テント)の横に置かれた支給品ボックスを開けて、シルフィードは中に入っている物を確認する。

「……とりあえず必要な物はある程度は入っているな」

 シルフィードはそう言って中に入っている物を取り出すと、地面に布を引いてそこに並べ始める。支給品はいつものように応急薬や携帯砥石、携帯食料、地図、ペイントボールなどの基本品の他に砂漠ならではのクーラドリンク、ガンナー用の各種弾丸、そして――音爆弾。

「ディアブロスに対しては、音爆弾が有効なんだよね?」

 音爆弾の一つを手に取り、確認の為にシルフィードに尋ねるクリュウ。

「あぁ。砂の中に潜った奴を引き摺り出す際に使える。ただし、怒り状態の時は効かないから気をつけろ」

「わかった」

 クリュウはうなずくと、分けられた自分の分の支給品を手に取ってそれらをしっかりと道具袋(ポーチ)に収める。他の三人もそれぞれ自分の分の支給品を受け取ると、装備の最終確認を行う。

「それぞれ回復系統の薬及びクーラードリンクは十分持っているな? それと、音爆弾も各自五発ずつ携帯しているな?」

 シルフィードの問い掛けに三人はしっかりとうなずく。シルフィードも満足気にうなずくと、背後に振り返る。そこには携帯できないような道具類が搭載された荷車が置かれている。荷車には大タル爆弾G四発、小タル爆弾G五発、シビレ罠三つ、トラップツールが二つ、その他の道具類が搭載されている。

「本当はもっと爆弾を用意したかったんだけどね」

 残念そうに言うクリュウの言葉通り、今回は爆弾類が彼にしては少なめだ。参考までにルーデルと共にリオレイアに挑戦した際は大タル爆弾Gは二発多く、さらにこれに大タル爆弾六発という、ルーデルに「あんたはこの島で鉱脈でも発見しようとか考えてる訳ッ!?」と呆れられた程だ。

「仕方がありませんよ。準備期間が短かった上にエムデンではハンター仕様の爆弾の入手が難しかったんですから」

「軍隊の爆弾なんて、それこそ戦争用のものだからな。使い勝手も威力も異なるから使う訳にはいかなかったしな」

 二人の言葉にうなずくと、クリュウは「まぁ、これだけ集められただけで良しとしないとね」と自分を納得させる。相手が相手なのでそれに見合っただけの爆弾を用意したかったのだが、仕方がない――まぁ、彼の場合の《見合う》が世間一般のそれと差異が生じているのは言うまでもないが。

 クリュウはデスパライズを引き抜いて刃毀れしていないか確認をし、フィーリアは小型モンスターと遭遇した場合に備えて通常弾LV1を装填しておき、サクラはこれが初陣となる飛竜刀【翠】を華麗に振り回して具合を確認している。シルフィードはそれらの確認が終わるのを待ってから、三人を見回す。すると、彼女の表情が厳しいものに変わった。それを見て、自然と三人の表情も引き締まる。

「正直言うと、今回の戦いはこれまで以上に厳しい戦いになると思う。全員が常に自身の全力を注ぎ続けて、ようやく互角かそれに多少劣る程度と言った所になるだろう」

 それはシルフィードの、リーダーとして隠していた本音。このチームでディアブロスに挑むのはかなりの危険を伴う事はわかっている。全員が本気で立ち向かって、ようやく並べるか並べないかというような状態だ。正直、勝てるかどうか難しい。

 だが時に指揮する者とは、決して勝てない戦だとわかっていても部下を鼓舞し、その残虐な戦いに彼らを立ち向かわせなければならない。それが、指揮する者の責任と重圧だ。

 だが、シルフィードは鼓舞しなければいけない状況なのにあえて本音を言った。それは指揮する者としてはある意味失格ものだ。しかし、彼女には確信があった。

 ジッと自分を見詰める三人の《仲間》達を見回し、シルフィードは自信に満ちた凛々しい表情のまま、断言する。

「――だが、私達は決して負けない。そうだろう?」

 シルフィードの試すような問い掛けに、居並ぶ三人は一瞬顔を見合わせた後、一斉に不敵な笑みを浮かべる。

「当然です。私達に勝てぬモンスターなど、この世に存在しませんッ」

 力強くそう断言すると、フィーリアは満面の笑みを浮かべた。心から仲間を信じているからこそ浮かぶ、本当の笑顔。

「……クリュウの目的を阻む輩(やから)は、誰であろうと斬り伏せる。例えそれが、ディアブロスだとしてもよ」

 いつもと変わらぬ無表情で淡々と述べるサクラ。だがその隻眼は闘志に燃え、口元にはわずかながら大胆不敵な笑みが浮かぶ。天上天下唯我独尊自分絶対至上主義。彼女の突貫を止められる者など、この世には存在しない。

 そして……

「みんなと一緒なら、負けないさ――絶対に勝ってみせるッ」

 固く拳を握り締め、クリュウは力強く断言する。瞳はキラキラと希望の光に満ち溢れて煌く。その力強く煌く瞳と表情を見てフィーリア、サクラ、そしてシルフィードの三人の表情にも希望が満ちる。

「そうですッ! クリュウ様と一緒なら、私達の無敗神話は不動ですッ!」

「……クリュウと私、夫婦(めおと)の契りを結び合った私達に不可能はない」

「大嘘を言うなですッ! いつそんな契りを結んだと言うのですかッ!?」

「……クリュウ、子供は何人ほしい?」

「はい?」

「ストーップですぅッ! それ以上の発言は禁止禁止禁止ですぅッ!」

 あっという間にいつものノリに戻ってしまう三人、というか主に二人。シルフィードは呆れ半分感心半分と言った様子で苦笑を浮かべるとケンカする二人の間に仲裁に入っているクリュウの肩にポンと手を置く。振り返る彼に、静かに微笑んだ。

「まったく、君達は相変わらずだな」

「……見損なった?」

「いや、むしろその方がこちらとしても気が楽だ。ほんと、いいチームだよ」

「……そうだね。ちょっと緊張感ほしいけど」

「確かにな」

 そう言って二人は互いを見合うと、おかしそうに笑い合う。そんな二人、特にクリュウの方を見て喧嘩していたフィーリアとサクラは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「わ、笑わなくてもいいじゃないですか……」

「……不愉快」

「ごめんごめん。でも、ねぇ?」

「だな?」

 唇を尖らせる二人を見てクリュウとシルフィードは互いの顔を見合って意味深な笑みを浮かべ合う。そんな二人を見て、さらに頬の赤らみを濃くするフィーリアとサクラ。

「――さて、そろそろ気を引き締めるぞ」

 そう言ってシルフィードの表情が真剣なものに変わると、残る三人の表情も一斉に引き締まる。先程までの年相応の少年少女の顔から、狩人(ハンター)の顔になる。そんな仲間達を見回し、シルフィードはリーダーとして高らかに作戦開始を告げる。

「出撃するッ。目標は砂漠に住まう暴竜ディアブロスだッ。行くぞッ」

 シルフィードの掛け声を合図に、クリュウ達四人の狩猟が開始された。

 

 拠点(ベースキャンプ)を出発した一行はクーラードリンクを飲みながらまず最初にエリア2へと到達した。エリア2はこの狩場で最も広いエリアで、砂地が限りなく遠くまで広がった場所だ。左手には巨大な岩山が聳え、後方にも先程まで自分達がいた拠点(ベースキャンプ)がある岩山が聳え立っている。右手には厚い岩に包まれた洞窟状のエリア4があり、前方の開けた砂漠を進めばエリア1、左手の岩山の方へ行けば岩場のエリア3へと繋がる。

 エリア2へと到達したクリュウ達。ディアブロスは砂の中を移動するモンスターなので、砂に覆われた場所は基本的に奴が現れる可能性がある。その為、いきなり遭遇する危険性を考えて緊張しながらエリアへと入った四人はエリアに奴の姿が見えないのを確認すると、一斉に入り過ぎていた力を抜く。

「杞憂だったようだな。ここもディアブロスが出没するエリアだが、どうやら他のエリアにいるらしいな」

「……早計ね。奴は砂の中に潜んでいる可能性だってあるわ」

「その可能性は捨て切れませんが、気配も感じないのでおそらく他のエリアにいると思いますよ」

 エリアを見渡し、完全に奴の気配がないのを確認する三人の背中を少し遅れて入ったクリュウが見詰める。彼はいつも通り荷車を引いている為三人が先行したのだ。

「大丈夫そう?」

「はい。どうやらディアブロスは他のエリアにいると思われます」

 フィーリアの返答に安堵の息を漏らして三人に近づく。辺りを鋭い瞳でまだ警戒しているサクラの横ではシルフィードがアゴに手を当てて何かを考えている。

「シルフィ、どうしたの?」

「いや、無策に捜索しても仕方がないからな。部隊を分派した方がいいかと思ってな」

 シルフィードの提案にクリュウとフィーリアも思案顔になる。ようやく警戒を解いたサクラも合流し、ひとまず作戦会議となる。

「……良し、やはり部隊を分派させよう。その方が効率的だ」

 相手が空を飛ぶのと砂の中を移動するのとでは勝手が違う。発見するのは難しく、一極集中では発見に時間がかかってしまう。だからこそチームを分派させるのは効率的な策だ。だが、そんな彼女の提案に対し反対の意見も上がる。真っ先に手を上げたのはフィーリアだ。

「確かに効率的かもしれませんが、当然危険度は増します」

 すると、フィーリアの意見に対しシルフィードが不敵な笑みを浮かべる。

「確かにそうだが、君達ならやってできない事じゃないだろ?」

 シルフィードの挑発的な返しにフィーリアは一瞬呆気に取られたが、すぐに自身も不敵な笑みを浮かべて答える。

「当然です。レヴェリの名を受け継ぐ者に不可能はありませんッ」

「……フン、愚問ね」

 サクラも不敵な笑みを浮かべて答える。そんな二人の反応を見て満足気にうなずくと、携帯食料片手に地図を見ているクリュウに向き直る。

「捜索隊は全三班に分ける。フィーリア、君は単独でこのエリア2で待機。サクラは同じく単独でエリア5へ向かってくれ。余裕があれば隣接するエリア9の捜索も頼む。クリュウは私と共にエリア3経由で7へ向かう。各自奴を発見次第ペイントボールを投げて仲間に知らせ、他の誰かがペイントボールを投げた場合はすぐさまその場所へ急行する事。無理はせず、危険と思ったらすぐに離脱するように。以上だ、何か質問、意見はあるか?」

 シルフィードの問い掛けに対し、彼女の提案に不服そうな二人の戦姫が手を上げる。予想していたのだろう、シルフィードはため息混じりに「何だ?」と問う。

「チーム分けですけど、どうしてクリュウ様とシルフィード様が一緒なのですか?」

「クリュウは荷車を引いてるんだ。誰かと組ませないと危ないだろう?」

「それはそうですが……」

「……なぜ貴様だ?」

 ギロリと背負う飛竜刀【翠】のように鋭い瞳で睨むサクラの問い掛けに、シルフィードはやれやれとばかりにため息混じりに答える。

「まずフィーリアだが、そもそもディアブロスとの交戦経験がない。そんな状態で他人のフォローをするのは厳しいし、ライトボウガンでは完全に引きつけるには火力が低い」

 シルフィードの冷静な理由の説明に、不服そうではあるが一応は納得するフィーリア。クリュウと一緒がいいのは当然だが、自分では今回彼を守り切る自信がない。正確には自信はあるが、不安もある、という具合だ。

「次にサクラだが――」

「……交戦経験はあるし、護衛任務は私の最たる得意分野。クリュウは、命に代えても守り抜く」

「――クリュウと二人っきりにすると、彼を襲いかねないのでな。却下だ」

「……表出ろクソ尼。ディアブロスの前に貴様を殺すぞ」

 飛竜刀【翠】を引き抜いてシルフィードに斬り掛かろうとするサクラ。その背中かフィーリアが抱きつき、必死になって彼女を止める。

「仲間に武器を向ける人がありますかッ! 正気を取り戻してくださいッ! というかすでに表ですぅッ!」

「……放せッ。あんなデタラメを言われて黙ってられるか……ッ」

「――でも実際二人っきりになったら襲いますよね?」

「……当然よ」

 しれっとサクラが断言すると、すぐさまフィーリアの行動が拘束から攻撃に切り替わる。だがサクラもそんな彼女の攻撃をさらりと受け流すと反撃し、二人は取っ組み合いのケンカになった。

「クリュウ様は私が断固死守しますッ!」

「……クリュウは渡さないッ」

 ギャーギャーとケンカする二人を見て疲れ切ったようにため息を零し、呆然としているクリュウに振り返ると、彼の肩をポンと叩くシルフィード。

「……とまぁ、単純にこの二人のどちらかを君と付けるともう片方が過激に反発するのでな。君を私と組ませたのは一種の折衷案(せっちゅうあん)だ」

「は、はぁ……」

 状況が理解できずに困惑しているクリュウ。そんな彼の反応を見てため息を零し、シルフィードは砂の上で取っ組み合いのケンカをしている二人の首根っこを掴んで互いから引き剥がす。

「とにかく、まずはディアブロスを発見しない事には狩猟も開始できない。今は発見に全力を注ぐ時であって、ケンカしてる場合じゃないだろ」

 シルフィードに怒られてようやく冷静さを取り戻す二人。フィーリアは恥ずかしそうに謝り、サクラは素直に謝るのは気が引けるのか不機嫌そうにそっぽを向く。そんな二人を見て「私は学校の先生じゃないんだぞ……」とため息を零すシルフィード。原因であるクリュウはその後ろで苦笑を浮かべている。

「それじゃ、各自先程説明した目的に沿って行動するように。しつこいようだが、無理はするなよ。それでは散開」

 シルフィードの号令にクリュウ達はひとまず三隊に別れる。エリア1に残るフィーリアは「お気をつけて」と皆、特にクリュウに言って三人を見送る。サクラも「……必ず、戻って来るから」とクリュウの手を取って宣言すると、砂煙を上げながら怒涛の勢いでダッシュ。どうやら早くクリュウと合流したいが為に全力疾走で片付けようとしているらしいが、肝心な時に体力がないなんてオチがない事を祈ろう。

 すさまじい勢いでエリア1へと向かうサクラの背中を見詰め、クリュウはぽつりと、

「……今のって、死亡フラグっぽくなかった?」

「まあな。だがサクラはそういう《常識》に一切縛られない奴だからな。問題ないだろう」

「そ、そうだね……少しは縛らてほしいけど」

「まったくだ。だが、彼女の前でそういう事は言うなよ?」

「当然だよ。傷ついちゃうからね」

「……いや、《縛る》という意味を猛烈に間違った方向へ理解する可能性が否定できないからなんだが」

「え?」

「……いや、何でもない。行くぞクリュウ」

 疑問符を頭に浮かべているクリュウを連れ、シルフィードはフィーリアと別れて彼と共にエリア3へと向かう。

 エリア2の砂漠地帯を北へ向かい、岩山を迂回するように北西へ向かった先にある岩場地帯。岩が雨風で長い年月を経て削られた、まるで岩の中をくり抜いたような場所。外からの日差しはずいぶんと抑えられるので砂漠に比べれば涼しいが、それでもやはり暑い事には変わりない。

 エリア3はそんな岩場の中でも比較的狭い場所で、エリア2から入ると左手に人の身長くらいの高さの段があり、少し広めの広場と言った具合。飛竜が暴れ回るには少々手狭だが、動き回れない事はない。

 シルフィードを先頭に、その後ろに続く形でクリュウもエリアの中に入る。一見する限りではディアブロスの姿はなく、砂の中に潜っているにしても静か過ぎる。数秒の沈黙の後、シルフィードの肩がゆっくりと下りる。

「どうやら、ここにもいないようだな」

「二人もまだ発見できていないみたいだし、本当にいるのかな?」

「ディアブロスは運が悪いととことん遭遇すらできない事も少なくはないからな。だが、この狩場のどこかにいる事は事実だ。それに、本命はこの先のエリア7だ。あそこが最もこの狩場ではディアブロスが現れる可能性が高い。気を引き締めて行くぞ」

 早々にこのエリアを立ち去ろうと歩き出すシルフィード。クリュウもそれに続いて歩き出し、エリアを横断する。と、その時何かの叫び声が轟いた。

 驚いて振り返ると、先程までエリアには一切のモンスターの姿がなかったが、いつの間にか背後に三匹のゲネポスが現れていた。どうやら岩壁の向こうから飛び降りて来たらしい。

 何か言うでもなく、無言でシルフィードが荷車の後ろに移動する。クリュウも荷車を一旦置くと彼女に並んで戦闘態勢になる。

「ちょうどいい。本番前のウォーミングアップといくか」

「無駄な戦闘は避けたいんだけど……」

「向こうはこっちを取り逃がすつもりはなさそうだ――来るぞ」

 威嚇の声を上げていたゲネポスが一斉に動き出した。一直線にクリュウ達に襲い掛かる。そんな彼らを出迎えるように動いたのはシルフィードだ。

 シルフィードは愛剣キリサキを引き抜いてブレードを展開させると、横薙ぎに豪快に振り抜く。その一撃で接近していた二匹のゲネポスが吹き飛ばされた。

 残る一匹は一直線にクリュウを目指す。クリュウは腰に下げていた、奇しくもゲネポスの素材で作られたデスパライズを引き抜くと、迫り来るゲネポスを迎え撃つ。まずは向こうからの爪と牙の一撃を横に避け、がら空きの胴体を横から斬り掛かる。皮が裂け、血飛沫が迸りゲネポスが悲鳴を上げる。その隙にさらに距離を詰めると、クリュウはその場で回転斬りを炸裂させ、ゲネポスを吹き飛ばす。

 シルフィードは手早く一匹を始末すると、満身創痍という状態で無策に突っ込んでくるゲネポスに振り上げたキリサキを豪快に振り下ろす。その一撃にゲネポスの首が折れ、絶命して倒れる。シルフィードがゲネポスを片付けるのと同時にクリュウも突きの一撃でゲネポスの倒した。

 クリュウは手早く祈りを捧げてからゲネポスの素材を剥ぎ取る。そんな彼を特に注意する事もなく見守るシルフィード。郷に入れば郷に従え。彼女はすっかり彼のやり方を認めていた。

「終わったか? じゃあ行くぞ」

 クリュウが素材の剥ぎ取りを終わると見るやすぐに歩き出す。そんな彼女を追ってクリュウも荷車を引いて歩き出す。

 ゲネポスとの適度な戦闘で本格的に狩猟モードに切り替われた。クリュウも自然とヘルムの下の表情が引き締まり、荷車を引く腕にも力が入る。

 エリア3を抜けた二人はそのまま岩壁同士に囲まれた狭い道を進み、ちょうど拠点(ベースキャンプ)の真裏に位置するエリア7へと到達した。

 エリア7は周りを岩壁に囲まれ、天井も岩で塞がれた、ある意味闘技場のような場所だ。地面は大半が砂で覆われ、岩壁付近の一部は堅い岩盤が覆っている。エリアの中央には硬そうな岩が突き出し、その向こうにはこの砂漠のオアシスと思われる水辺が広がっている。この狩場の岩場地帯では最も広い場所だ。

 エリア7は今二人が来たエリア3の他に地底湖のあるエリア6と小ぶりな岩山が雨風で浸食して洞窟状になったエリア10の三箇所と繋がっており、地理的にこの狩場の中心に位置する場所だ。

 エリアに入った二人はすぐに辺りを見回す。このエリアは真ん中の岩以外視界を遮るものはないので、地表に奴の姿が見えない事はすぐにわかる。

「ここにもいないみたいだね」

 肩透かしを食らったクリュウはため息と共につぶやくが、その横に立つシルフィードの表情は険しいまま、ジッと鋭い瞳でエリアを見回している。

「このままエリア6を通過してエリア5でサクラと一度合流してみる?」

 次のエリアへ行こうと提案するクリュウの声も聞こえていないのか、シルフィードは無言のまま辺りを見回し続けている。

「シルフィ……?」

「――おかしいな」

「え? おかしいって、何が?」

「いや、この水辺にはアプケロスがいる事が多いんだ。それが一匹も姿が見えない」

 確かに、彼女の言う通りエリアにはディアブロスはおろかアプケロスの姿もない。

 アプケロスとは砂漠や火山など高温度の環境に適応した草食モンスター。ただし同じ草食モンスターでも温厚なアプノトスと違ってアプケロスは縄張り意識が強く、近づいただけで攻撃を受けるなど非常に好戦的。大型モンスターとの戦いでは一般的に先に片付けるのが常套だ。

 そのアプケロスが、一匹もこの狩場にいない。

「単純に水を飲み終えた後――な訳ないよね」

 シルフィードの言葉にクリュウの表情も厳しくなる。

 狩場とは常に流動している。様々な要因が重なり、常に一つとして同じ環境が形成される事はない。つまり、狩場の雰囲気を読み解けば、自分達の目指すものがわかる。

 クリュウは今まで多くの狩場で、この異様な雰囲気に直に触れてきた。だからこそわかる――この違和感は、何かがこのエリアにいる証拠だ。

 クリュウはそっと荷車を壁際に置くと、警戒を続けるシルフィードの隣に並び立つ。

 二人は何も言葉を発せず、不気味な沈黙が辺りを支配する。聞こえるのは、複雑な岩の間を通り抜ける風の音だけ。

 その沈黙が、一体どれほど続いただろうか――それは、突如破られる。

 ――突然、地面が揺れだした。

「うわッ!? な、何これッ! 地震ッ!?」

「……違うッ。これは」

 足から伝わる、地面の中を何かが動く感触。地震ではなく、何かが、震源が動いている――確信に、変わる。

「――来るぞッ!」

 シルフィードの怒号の直後、エリア中央の突き出た岩の向こう側の地面が割れた。膨大な量の砂が舞い上がり、それらは風に乱れて砂塵に変わる。打ち上げられた砂の小粒が、まるで雨のように地面に叩き落される。

 そして、割れた地面の中から、巨大な何かが現れる。

 巨大、と言うにふさわしい大きさ。単純にリオレウスやリオレイアよりも大きく、太い。彼らと違い、空を舞うという事を捨てて地上で動き回る事に特化した究極の突撃獣。

 褐色の体色は岩場や砂漠での保護色となっており、全身を覆う甲殻は鋼のように硬く、自身を守る鎧としてだけではなく突進時の武器にもなる。まさに、全身が凶器というにふさわしい。

 遠目で見てもわかる、巨大で力が漲った筋肉。あの巨体を支え、猛突進を生み出す原動力。今まで遭遇したモンスターの中で、おそらく最も発達した筋肉だろう。もはや甲殻だけではなく、あの強靭な筋肉もまた身を守る鎧の一部に見える。

 そして何より、《角竜》と言われる由縁であり、最大の特徴。体に合った大きな頭に備えられた、巨大な二本の角。どんな岩や装甲よりも堅く、外敵の体を串刺しにする凶悪な武器。角だけで、人の身長くらいの長さはあるだろう。

 割れた地面から太く長い尻尾も飛び出し、裂け目は周りに押し出された膨大な量の砂が重力に引っ張られるようにして落ち、あっという間に塞いでしまう。

 巨大な脚でしっかりと不安定な砂の上に巨体を支え、体に纏わり付いた砂を払うように身を震わせる。震える筋肉や甲殻が、躍動感をビシビシと伝えるかのよう。

 巨大で、凶悪な、褐色の突撃魔獣――角竜ディアブロス。

 姿を現したディアブロスを遠目に見ていた二人は、その圧倒的な存在感と迫力に息を呑む。シルフィードからすれば久しぶりの難敵であり、クリュウからすれば初めて出会う強敵。

 クリュウは、奴の巨大さに圧倒されていた。今まで討伐してきたモンスターの中ではガノトトスの次くらいに巨大だ。だが、大きさだけでは確かにガノトトスの方が大きいが、迫力や存在感、圧迫感などではガノトトスの比ではない。

 全く違う水の中を主戦場とするガノトトスと、自分と同じ地上を主戦場とするディアブロスの違い。自分の力を最大に発揮できる地上において発達した筋肉や鋼のような甲殻は、圧倒的な圧迫感すら感じてしまう。

 水の抵抗をできるだけ減らす為にスマートで長い体をしたガノトトスに対して、ディアブロスは突撃で相手を押し飛ばせるだけの質量をうまくコンパクトに纏めた、まるで重戦車のよう。

 空気を震わせて伝わる圧倒的な存在感。胸の奥で本能が逃げろと警鐘を叩き鳴らす。これほどまでに本能が反応するのは、初めてリオレウスの前に立ったあの時以来だ。

 まだまだ未熟だった自分が挑んだ強敵リオレウス。

 未熟には変りないが、人並みの実力はつけたと自負する自分が今から挑もうとしているディアブロス。

 自身の状況が変わったのに、同じくらいに本能が警鐘を鳴らす。それはつまり――あの時と同じくらい、もしくはそれ以上の相手だという事だ。

 恐怖が全身に纏わりつき、声すらも上げられない。武者震いとは違う震えが、デスパライズの柄を握る腕を震わせる。

 それはシルフィードも同じなのだろう。彼女の横顔は、これまで見た事のないような緊張と恐怖が見える。ギリッと、唇を噛む。

 不気味な沈黙。すると、これまで背後を向けていたディアブロスがゆっくりとこちらに向き直る。

 凶悪で強大な角が正面に向けられ、燃え盛る闘志を宿す瞳が不気味にこちらを向き――目が合った。

 その瞬間、クリュウの体は完全に硬直した。睨まれた訳でも威嚇された訳でもない。ただ、見られただけで体が動かなくなるほどの恐怖。死、そのものが自分達を発見した。そんな不気味な感じ。

 一瞬の沈黙の後、ディアブロスの瞳に明確な敵意の炎が燃え盛った。その変化を見てすぐに動いたのはシルフィードだ。

「奴の正面は危険だッ! 走れクリュウッ!」

 ハッとなって、クリュウはシルフィードと共に慌てて横へ走り出す。

 動き出した小さな敵を睨みながら、ディアブロスがゆっくりと体を持ち上げる。全身を真っ直ぐ伸ばすその姿まるで全身全てを使うかのよう――刹那、エリアに空前絶後の爆音が響き渡った。

「ギュオワアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!」

 エリアを囲むように聳え立つ岩に反射し、逃げ場を失った爆音がエリア全体を包むように轟く。その圧倒的な音量と迫力、圧迫感にクリュウは反射的に耳を塞いでその場に蹲ってしまった。

「な、何で……ッ!?」

 距離が離れているはずなのに、耳を塞いでも鼓膜がどうにかなりそうなくらいの爆音。押し潰されそうな音圧に内蔵が震え、頭痛が起き、吐き気すら感じる。今まで聞いた事もないような、最大級の咆哮(バインドボイス)。

 体が動かない。このままでは向こうはすぐさま突進して来るだろう。そうなれば、たった一撃でこちらは死ぬかもしれない。呼び起こされた恐怖に、頭が真っ白になった。

 殺される。恐怖に思わず目がギュッとつむられる。

「――約束、まさか忘れた訳じゃないだろう?」

 轟く爆音の中、なぜかその凛とした声だけはハッキリと聞き取れた。ハッとなって顔を上げると、目の前には彼女の姿があった。

 どんな時も頼れるリーダーにして、勇猛果敢な戦姫。風に揺れる白銀のポニーテールから見える横顔はいつも凛々しくて、大きなその背中は見る者全てを安心させてくれる。

 脚を半歩引き、唸りながら地面を蹴って突進して来るディアブロス。その速度は同じく突進を得意とするリオレイアに匹敵するか、それ以上だ。

 迫り来る凶悪な飛竜を前にしても、彼女の勇ましさは変わらない。

 口元に笑みを浮かべ、彼女は嬉しそうにこう言った。

「――いつか、私も守ってくれるのだろう? なら、こんな所で死ぬ訳にはいかないぞクリュウ」

 シルフィードはそう言うと、手に握り締めていた閃光玉を勢い良く投擲した。

 一瞬遅れて、閃光玉が炸裂。辺り一帯全てを覆い隠すような膨大な光が全てを真っ白に染めたのは一瞬。

 再び視界が戻った時、彼の目の前に彼女の姿はなかった。彼女は――

「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 ――ディアブロスに向かって勇ましく挑み掛かっていた。


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