モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第151話 様々な絆が結びし運命 試される四人の覚悟

「――俺の弟子だ」

「――私の師だ」

 

 二人の自分達の関係性の回答に、その場にいた全員が驚きに満ちた表情を浮かべる。

 クリュウは困惑しながら、しかしフィーリア達の抱く疑問を代表するようにして彼女に問い掛ける。

「シルフィの、お師匠様?」

「あぁ。私に大剣術を教えてくれた、私のハンターとしての師。それが彼、エルディン・ロンメル先生だ」

「おいおい、先生とはまた恥ずかしい言い方じゃねぇか。当時のお前はそんな風に俺を呼んだ事なかったじゃねぇか」

 からかうように言うエルディンの言葉に、シルフィードは「あ、あの時の私は別人のようなものだ。今は幾分か礼儀は覚えたと自負している」と珍しく恥ずかしそうに頬を赤らめながら弁解する。すると、エルディンはそんな彼女の頬を指先で突付く。

「何が礼儀は覚えただ。一国の国家元首の前に立ち塞がるなんて、無礼中の無礼だぞ」

「うぅ……」

 顔を赤らめて言い負かされるシルフィード。そんな彼女の姿を、クリュウ達は物珍しげに見詰める。何せ、自分達の知っているシルフィードは実に頼れる姉御みたいなリーダーだ。その彼女が、誰かに言い負かされるだけではなく普通の女の子のように恥じらう、その光景が珍しくて仕方がなかった。

 驚く一同の中、クリュウは「シルフィ……?」と、エルディンの頬をつつかれて頬を赤らめながら「や、やめてくれ」と恥ずかしがる彼女を困惑げに見詰める。その瞳は、驚きに染まっている。

 一方、同じくエルディンと親しげに接するシルフィードに驚愕するのはフリードリッヒだ。しばし驚きのあまり呆然としていた彼女だったが、逸早くその状態を脱する。

「え、エルディン。その娘が弟子というのは本当か?」

「本当だぞ。あぁ? 言ってなかったっけか? 俺が人生に一度だけ弟子を取った事があった話をよ」

「そ、それは……」

 言い淀むフリードリッヒ。確かに聞いた事があった。

 数年前、まだ現役のハンターとして世間を流離っていた頃、一人の少女ハンターを弟子にした事があった、と。

 その娘は家族や友人を村ごとモンスターに皆殺しにされ、全てのモンスターを憎み、瞳に見えるモンスター全てを殺戮する事だけしか考えず、憎しみに狂い、ただひたすらに力だけを求めていた危険な娘――そして、どこか自分に似ていた娘だった、と。

 エルディンが生涯にただ一度だけと決めた弟子にして、危なっかしくて放っておけない妹みたいな子で、復讐に心を囚われた娘。それが、シルフィードだったのだ。

「……クリュウにはあまり話した事はなかったが、昔の私は家族や友人をリオレウスに殺され、全てのモンスターを憎み、視界に入る全てのモンスターを残虐に皆殺しにしていた。復讐に狂い、周りの全てを一切捨てて、ただただ復讐の為だけに剣を振るっていた。どんなモンスターも殺せる力を求め、散々無茶をしていた時代。私には、そんな黒い過去もある」

「シルフィ……」

 初めて聞いた、シルフィードの人には言えない過去。だがそれは、決して他人事にも思えなかった。何せ、一度は自分も復讐に狂いかけた事があった身。自分には、そんな自分を蹴り倒してでも真っ当な道へ戻してくれる幼なじみがいたから道を踏み間違える事はなかったが、彼女には、そういう存在はいなかった。

 復讐に狂い、憎しみに心を染めて、殺戮だけを目的に剣を振り回す。シルフィードは今更ながら、自分の過去の醜く滑稽な姿を思い出し、嘲笑する。

「以前にも言ったかもしれないが、私は力に溺れて剣聖ソードラントに入った。先生とはその時に出会い、そして――私を救ってくれた」

「よせやい、気恥ずかしい」

 シルフィードの説明にエルディンは気恥ずかしいのか、照れ隠しのように頬を掻く。そんな彼の様子を、フリードリッヒが不機嫌そうに見詰める。

 否定するエルディンに、シルフィードは小さく首を横に振る。

「事実を言っているだけだ。先生は私に復讐以外の道を選べと必死に説得してくれた。その説得のおかげで私は復讐の道を捨て、人の役に立つ道を選んだ。そうしているうちに私は蒼銀の烈風という二つ名を得て――そして、君達と出会った」

 今の自分を表す、かけがえの無い仲間達。復讐に狂っていた頃には夢にも思っていなかった、本当の仲間。得られないと思っていたものが、今はこうして自分の目の前に集っている。

「――先生、これが私が得た《今》だ」

 シルフィードはクリュウ達の前に立って彼に振り返ると、そう迷う事なく断言した。その真っ直ぐな瞳には一切の迷いはなく、その言葉に嘘偽りが何一つない事を示す証拠。

 エルディンはそんな彼女の姿を、自分の知っている頃とは明らかに違う、幸せに満ちた彼女の姿を見て、安心したように微笑む。

「私の運命が変わったのは、二人の人物と出会ったからだ。一つは先生、私を《闇》から救い出してくれたあなただ。そして、もう一人は……」

 シルフィードはゆっくりと振り返ると、きょとんと立っているクリュウに向き直る。そんな彼に向かって、彼女はそっと微笑む。

「――私に《光》を教えてくれた、君だ。クリュウ」

「し、シルフィ……?」

 ――シルフィードは、そっと彼を抱き寄せていた。大切な宝物を抱き締める子供のように、この腕に抱いた宝物を失いたくない。そんな気持ちを込めた、心からの抱擁。

 突然シルフィードに抱き締められたクリュウは顔を赤らめて慌てるが、そっと耳元で彼女のつぶやいた言葉を聞いた瞬間、それは嬉しさの笑みに変わった。

 ――ありがとう。

 それはどんな事よりも嬉しい、魔法の言葉。たったそれだけで、人は幸せになれる。

 優しくクリュウを抱き締めるシルフィード。それはいつもいつも頼れる頼もしいリーダーでも、勇猛果敢な歴戦のハンターでも、冷静沈着な客観視ができる策士でもない――ただ今は、一人の少女として、自分を変えてくれた彼に対する心からの感謝。

 自分に光を教えてくれた、大切な人――ありがとう。

 クリュウを抱き締めるシルフィードの姿を、エルディンは優しげに見守る。しばらく会わない間、心のどこかで彼女の事を心配していたが、それは杞憂だった――なぜなら、彼女はちゃんと幸せを手に入れていたのだから。

 と、そんな幸せな二人から少し離れた場所では……

「……ッ!」

「お、落ち着きなさいサクラッ! 早くそんな物騒な物しまいなさいッ!」

「シルフィード様ばっかりズルいですぅ~、抜け駆けはダメですよぉ~」

「フィーリアッ!? あんたの目が一番怖いわよッ!?」

 今にもシルフィードに襲い掛かりそうなサクラと、濁った瞳と不気味な笑顔でシルフィードを見詰めるフィーリア。そんな二人を珍しく引き止めているのはエレナだ。本当は怒りたい気持ちはあるのだが、自分以上に危険そうな二人を前にして妙な冷静さが彼女を引き止めているのだ。

 そんなちょっと込み入った事情のある弟子の仲間達を見て、エルディンは嬉しそうに笑う。ちゃんとした友達も、彼女にはいるのだ。

「少年」

 エルディンはようやくシルフィードから解放されてまだ頬が赤いままのクリュウに声を掛ける。クリュウは近づいてくる彼の方に向き直ると、自然と表情は緊張に染まる。そりゃ、自分が目標にする人物の師だと言うのだから、緊張して当然だ。

 エルディンは自分よりも背の低い弟子よりもさらに低い、見た感じ何とも頼りない、でもだからこそ、守りたいものになれるからこそ、彼女を正しい道へ導いてくれた、そんな彼を無言で見詰める。

「少年、名は何と言う?」

「く、クリュウ・ルナリーフ……」

 緊張した面持ちでクリュウが名乗ると、エルディンの表情が変わった。驚いた、そんな感じの表情を浮かべている。しばし興味げに彼を見定めていたエルディン。しかしそれはすぐに、納得したような笑みに変わる。

「……これもまた運命という奴か」

「あの、何でしょうか?」

「クリュウ君、君に伝えなければならない言葉がある。聞いてくれるか?」

 エルディンの問いに、クリュウは不思議そうに首を傾げるも、ゆっくりとうなずく。するとエルディンはそんな彼の前で、そっと微笑んだ。

「――俺の愛弟子を幸せにしてくれて、ありがとうな」

 そう言うと、エルディンはそっと手を差し伸べる。その意味を理解するのに時間は掛からなかった。クリュウはその差し伸べられた手を取る。

「こちらこそ、ありがとうございました」

「おいおい、俺は感謝する理由はあるが君にはそんな必要はないだろう?」

「いえ、僕の知らない過去の事とはいえ、仲間を救っていただいた事実は変わりません──ありがとうございました、彼女を助けてくれて」

 クリュウの言葉にエルディンはしばしきょとんとしていたが、すぐにそれは笑みに変わる。バカにしたのではなく、おもしろい奴だという好意的な笑み。

「変わってるな、君は」

「よく言われます」

 あはははは、と乾いた笑い声をあげるクリュウの姿を見て安心したように微笑むと、彼の隣で先程の彼の発言を受けて頬を赤らめながら困ったような笑みを浮かべるシルフィードの方に向き直る。

「いい友を得たな、シルフィード」

「あ、あぁ。みんな私の掛け替えのない仲間だ。そしてクリュウは、今の私の生き甲斐だからな」

「……ふぅん、お前ってこういう頼りげのない男が好みだったんだな。道理で俺に靡かない訳だ」

「ど、どういう意味だそれは? というか、今の発言に先生の無駄な程に高い自身に対する自信と聞きたくなかった過去の危険が暴露されているようだが……」

 途端にシルフィードはエルディンから距離を取る。何となく急に怖くなって、反射的に胸を隠した。そんな彼女の反応を見てエルディンは困ったように頭を掻きながら苦笑を浮かべる。

「おいおい、思春期全開だな。冗談だ冗談」

「そ、そうか? 何となく身の危険を感じたものでな……」

「しっかし、お前数年の間にずいぶん胸が大きくなったな」

「ど、どこを見ているのだッ!?」

 エルディンのセクハラ発言に距離を戻していたシルフィードは再び距離を取る。先程よりも遠く、そしてより堅牢に胸を隠す。顔は引き吊り、真っ赤に染まって年相応の初な娘の反応そのものだ。

「うんうん、弟子の成長が見られるは嬉しいものだな」

「セリフ自体は良き師という感じが、状況が違うだけでずいぶんと卑猥な発言に聞こえるぞッ!?」

 いよいよシルフィードはクリュウの背中に隠れてしまう。まぁ、クリュウの方が身長は低いので全く隠れ切れていない訳だが。

 一方、そんなセクハラ発言をぶっ放すエルディンに近づく者が三名。

「あ、あのッ! 数年前のシルフィード様のお胸はあんなに大きくなかったのでしょうかッ!?」

 なぜか真剣な面もちで彼に尋ねるのはフィーリア。エルディンは鬼気迫る感じで寄ってきた少女達に一瞬驚きながらも「あ、あぁ。だいたいこっちの嬢ちゃんくらいだったな」と、比較的平均的な胸の大きさを持つエレナを指さしながら答える。

 彼の回答を得た三人の娘はすぐに円陣を組んだ。

「と、という事は、私達も今後の努力次第では十分成長の余地ありという訳ですねッ!?」

「……まだ、負けた訳じゃない」

「まだまだ挽回できるって訳ねッ! よぉし、帰ったら早速大量のミルクを仕入れておかないとッ!」

「君達は一体何の話をしているのだッ!? クリュウも何を頬を赤らめて視線を彷迷わせているのだッ!」

 決してシルフィードは仲間には入れない、強固な女子同盟を結ぶ三人と、一人頬を赤らめながら意識的に外界の情報を遮断するクリュウ。そしてそんな四人にすごい勢いで置いて行かれるシルフィードは悲鳴を上げる。

 そんないつものノリを見事に披露する五人、特にすっかり振り回されるシルフィードの姿を見て、エルディンは少し驚く。

「お前って、そんなに周りに踊らされる子だったか?」

「……クリュウ達と関わっていると、たまに自分を見失いそうになる」

 がっくりと肩を落とすシルフィードを見て、何となく今の彼女の状態を察するエルディンは苦笑を浮かべた。昔の彼女を知っている彼からしてみれば、今の彼女は別人と言っても過言ではない。

「クリュウ君、君から見て、今の彼女はどういう子だ?」

 一人落ち込むシルフィードを心配そうに見詰めていたクリュウにエルディンは尋ねる。そんな彼の問いかけに、クリュウが振り返る。

「どういう子、ですか?」

「君から見て、シルフィードはどういう存在かって意味さ」

 笑いながら問うエルディンの問いかけに、クリュウは少し考える。そんな彼を、少し離れた場所からシルフィードがジッと見詰める。

 しばらく考えてから、クリュウは自身の中に思い浮かんだ彼女の印象を、素直に吐露する。

「目標にしている人、です」

「目標?」

「僕はシルフィみたいに立派なハンターになりたい。強くて、凛々しくて、かっこ良くて、頼りになって、優しくて。シルフィみたいなハンターになりたい。それが僕の夢で、だから彼女は目標なんです」

 笑顔で迷う事なくそう言うクリュウを見て、絶賛されているシルフィードは気恥ずかしそうに頬を赤らめながら視線のやり場に困る。

「わ、私はそんなに大した人間ではないぞ」

「そんな事ないって。僕、シルフィ以上にかっこいいと思う人いないもん」

「……素直に感謝すべき所なのだろうが、どうも素直に喜べないのだが」

 屈託の無い笑みを浮かべながら自信満々にそう断言するクリュウを見て、嬉しいには嬉しいのだがどうにも素直に喜べずに複雑な表情を浮かべるシルフィード。

 嬉しそうに屈託なく笑うクリュウと、そんな彼の幸せそうな笑顔を見詰め、自然と微笑んでいるシルフィード。そんな二人の様子を見て、ようやく二人の関係性を理解したエルディン。

「なるほどなぁ……」

 どうやら、愛弟子は本当の《幸せ》を手に入れているらしい。それが報われていないのが現状のようだが。

「シルフィード」

 クリュウの笑みを見詰めていたシルフィードはその声に振り返る。すると、ポンと頭の上に手が置かれた。視線で追うと、その先には優しげに微笑む師の姿があった。

「先生……?」

「──お前は今、幸せか?」

 その問いかけはきっと愚問でしかない事を、彼はわかっている。だが、わかっていても、ちゃんと聞きたかった──彼女の口から直接。彼女の言葉で。

 エルディンの問いかけに、シルフィードは一瞬きょとんとしたような表情を浮かべるが、すぐに振り返って自分を見詰めている仲間達を見回し、最後にクリュウを見る。

 再び前に向き直った時にはもう、それは笑顔に変わっていた──その笑顔も、自分と一緒にいた頃には決して見れなかった、彼女が変わった何よりの証拠だ。

「──幸せです」

 シルフィードは迷う事なく、真っ直ぐな瞳を向けながらそう断言する。そんな彼女の姿、そして言葉を聞いたエルディンは静かにうなずく。

「そうか……」

 それだけで、十分だった。

 弟子が今、こうして幸せにやっている。その事がちゃんと知れた。それだけで、十分だった。弟子の幸せを願う。師なら当然の想いだ。

 エルディンはそっと、彼女の頭の上に置いていた手で優しく髪を撫でる。昔は刺々し過ぎてできなかった、弟子との触れ合い。

 こんなにも弟子を変えたのが、自分じゃないのは正直悔しい。だが相手があの人の息子だというのだから、ある意味仕方がないのかもしれない──本当に、親子揃ってその底抜けの優しさが人の心の氷を溶かしてしまう。不思議な縁があったものだ。

 ふと、彼女の後頭部に手をやった時に気づいた。彼女の髪を結っている白いリボン。何の変哲も飾り気もないただのリボン。しかしそれを見て、エルディンは思わず吹き出した。

「お前、んなボロリボンまだ使ってたのか」

 笑いながら言うエルディンの言葉に、シルフィードは慌てて彼から離れると髪留めを隠す。その頬はほんのりと赤らんでいた。

「わ、私の勝手だろう。ちょうどいい髪留めがこれしかなかっただけだ」

 仕方がないと言うシルフィードだが、その髪留めがとても大切なものだという事をクリュウは知っている。以前フィーリアがいつも同じ髪留めを使うシルフィードを見て、あまり使わないからと自分の髪留めを貸そうとした際、シルフィードは「これは私の宝物だから、私はこれで十分だ」と恥ずかしそうに笑いながら言っていた。

 頬を赤らめながら、シルフィードはポニーテールを撫でる。そんな彼女を見て、エルディンが微笑む。

「──やっぱりお前はポニーテールが似合うな」

「せ、戦闘に邪魔になるから結ってるだけだ」

「そうか? そのリボンをやる前までは適当に髪を流してただけだったろ?」

「い、いちいちうるさいぞ先生。私はもう子供ではないのだから、細かい事に口を出すな」

 そう怒ってシルフィードはプイッとそっぽを向く。そんな素直じゃない愛弟子を見て、エルディンは「子供じゃない、ねぇ……。確かに大人になったが、俺から見ればまだまだガキだよ」と笑いながら言う。すると、シルフィードは顔を真っ赤にして身を守ると、慌てて距離を取る。

「い、今私のどこを見て《大人》と言ったッ!? セクハラも大概にしないと怒るぞッ!」

 必死になるシルフィードを見てエルディンはおかしそうに笑う。どう見ても弟子をからかい倒しているようにしか見えない。根っから真面目なシルフィードは残念ながら《受け流す》という技が使えないのでいちいち反応してしまう。それをわかっててからかっているのだから質が悪い。

 散々エルディンに振り回されたシルフィード。ようやくエルディンから逃れた彼女はふと自分を見詰めているクリュウの視線に気づく。

「クリュウ?」

「シルフィ、楽しそうだね。何だか僕達と一緒にいる時より生き生きしてるみたい」

 クリュウとしては思った通りの事を口にしただけなので別に他意はないのだが、そんな彼の発言にシルフィードは慌てる。

「そ、そんな事ないッ。私は君達と一緒にいる時が一番だッ。例え師の前だとしてもそれは覆らんッ」

 眼前に迫りながら力強く断言するシルフィードに、クリュウは若干引きながら苦笑を浮かべる。

「う、嬉しいんだけど……ちょっとシルフィ、怖い」

「なッ!? す、すまない……、どうにも調子が狂ってばかりだ」

「おいおい、チームメイトを怯えさせんなよな」

「誰のせいだッ!?」

 すっかりいつもの調子を見失い暴走するシルフィード。それを面白おかしくエルディンがからかい、そんな二人の様子、特にいつもは見慣れないシルフィードの慌てっぷりを物珍しげにクリュウ達が見詰める。

 多少様変わりはしているが、すっかりいつもの調子を取り戻したクリュウ達。だが、そんな彼らを不快そうな目で見詰める者がいた。

「おい貴様等、我々の存在を忘れている訳ではあるまいな?」

 その静かだが、言葉の節々に並々ならぬ怒りを込められた声に喧騒が止む。振り返ると、鋭い眼光でこちらを睨みつけるフリードリッヒと目が合った。

 正直、すっかり彼女の存在を忘れていたクリュウ達は気まずそうに視線を外す。そんな彼らを威嚇するように睨みつけながら、フリードリッヒは威風堂々とした歩みで近づく。

「エルディン、貴様は私の臣下のはずだ。その貴様が、主君を差し置いて何をしている?」

 ギロリと、凶悪なまでに厳しい眼光で睨みつけるフリードリッヒに対し、睨まれたエルディンは苦笑しながら降参と言いたげに両手を上げる。

「いやぁ、懐かしい弟子に会ったから、ついな?」

「……つい? そんな突発的な思いつきでの行動、私が最も嫌う事だと知らない訳ではないわよね?」

「いや、はははは……」

 静かなる憤怒の炎を燃やすフリードリッヒにエルディンは笑って誤魔化す。そんな彼をしばし威圧した後、今度は黙ってこちらの成り行きを見守っているクリュウ達──シルフィードを睨みつける。

「用は済んだはずよ。早々に立ち去れ凡人共」

「ずいぶんな物言いだな。私は自分の無礼さをずいぶん悩んでいたが、君やサクラを見ていると悩んでいるのがバカバカしく思えてくる」

 嫌悪の視線を向けるフリードリッヒに一歩も引かずに対峙するシルフィードの瞳もまた苛立ちが見える。いつも冷静な彼女らしくない。まるで、自分に似ている相手を認めない、そんな雰囲気が互いから発する。

 ──ちなみにそんなシルフィードの背後でさりげなく侮辱されたサクラが無言で飛竜刀【翠】を引き抜くが、エレナとフィーリアが羽交い締めに止めていたり。

「貴様を見ていると腹立たしいわ。早々に消えろと言ってるのがわからない訳?」

「自分が逃げるのが嫌だから相手に引け、と? ずいぶん弱虫な国家君主様じゃないか」

「……調子に乗るな愚か者。貴様の首など、簡単に跳ねる事もできるのよ」

「エルバーフェルドの総統様といえば人々を魅了する話術が得意と聞いていたが、どうやらそれは根も葉もない噂に過ぎなかったようだな」

 二人の凛々しき美少女の睨み合いと静かな罵声戦。だが互いも一歩も引かず、決して相手の瞳から目を離さない──先に逸らした方が負け。互いに共通する敗北条件だ。

 大好きなフリードリッヒを侮辱され怒り狂うカレンの口を塞いで制するヨーウェンは、そんな二人の戦いを楽しそうに見詰めている。あのフリードリッヒとまともに睨み合い、明確な敵対を意志表示する人間はごくわずかだ。それも、彼女と同じくらいの年齢の少女相手だ。

「ロンメル元帥にも困ったものねぇ」

 苦笑しながらつぶやくヨーウェンの目の前で敵対する二人。そんな二人の間に、二人にとって《大切な人》が仲介に入る。

「おいおい、こんな所でケンカなんかするなよなぁ。お前ら、そんなに感情的になるような奴らだったか?」

 一応主君になるが実際は目を離せない妹みたいな存在であるフリードリッヒと、同じくどこか危なっかしくて目が離せない唯一無二の愛弟子であるシルフィード。彼にとって掛け替えのない少女二人が睨み合う。彼が仲介に入るのは当然だろう。しかし、それは新たな火種になるしかない。

「嬢ちゃん、一国の君主様がずいぶん幼稚な争いをしてるじゃねぇか。ガリアや東シュレイドに一矢報いた時の指導者様の顔はどこいったんだ?」

 大人げない、そう遠回しに注意するエルディンをフリードリッヒが睨みつける。

「エルディン、貴様はいつから私に意見できる程偉くなったの? ずいぶん出世したものね」

 怒りの矛先が自分にズレた事に内心エルディンはほっとした。さて、これからどうこのわがまま娘を落ち着かせようと逡巡し始めたが、

「貴様、先生を侮辱するのもいい加減にしろ」

 シルフィードはエルディンの前に立って彼を守る。自分を救ってくれた恩人を、師を、バカにされて黙っていられる程彼女は非道にはなれない。

 そんな彼女の後ろ姿を見て彼女の成長ぶりに少し目頭が熱くなるエルディン。しかし冷静な部分ではこのバカ弟子のいい弟子っぷりが事態を余計に混沌とさせてしまったという現実に頭を抱えてしまう。

 予想通り、シルフィードの言動にフリードリッヒが噛みつく。

「貴様にとって例えかつての師だとしても、今のエルディンは私の臣下。国防軍対|特殊生物(モンスター)迎撃部隊、独立歩兵師団師団長だ。とうに貴様とは住む次元が異なってるわ」

「だとしても、先生は私の師だ。それは変わらない事実だ。貴様にどうこう言われる筋合いはない」

「言わせておけば……ッ」

 再び二人は睨み合う。そんな二人を見てため息を零すエルディンは助けを求めるようにずっと静観を決め込んでいるヨーウェンの方を見るが、ヨーウェンはこの状況を楽しんでいるらしく止める気はないらしい。それを見てまたため息を零しながらエルディンはとりあえずヨーウェンにこの状況の根本を説明してもらう。

「なるほどねぇ……」

 ヨーウェンから大体の事情を知ったエルディンは困ったように頬を掻く。

 確かに話を聞く限りではシルフィード、というかクリュウの申し出は無茶苦茶だ。ただでさえフリードリッヒは自分の目的以外の事に余力を割かない人間なのに、今は非常に諸外国との関係が緊迫している真っ最中。唯一の同盟国であるアルトリアに彼らを送れば、それは他国から見ればエルバーフェルドとアルトリアが共闘して西竜諸国に宣戦布告をする為の連携の一環に見えてもおかしくはない。これ以上の軋轢(あつれき)が生じれば、本当に戦争に発展し兼ねない。

 と、ここまではあくまで詭弁だ。確かにそういう事態になる事は予想できるが、可能性としてはかなり低い。そもそも大陸から切り離された海洋国家であるアルトリアは大陸国家に関しての興味が元からない。それどころか、アルトリアと西竜諸国は地理的に大陸を中心に正反対に位置している。同盟国とはいえ遠方の国の為にわざわざ自軍の主力部隊を投入するとは思えない。それは当然他の西竜諸国も想定している。あくまでエルバーフェルドとアルトリアは技術レベルでの同盟と、互いの国で採れる資源の貿易相手程度。軍事同盟にまで進展はしていない。

 そんな事、当然フリードリッヒもわかっているはずだ。なのに、どうしてこうも頑なに彼らの願いを拒否するのか。エルディンはそれがわからなかった。

 睨み合う二人の妹を見て、そしてシルフィードを不安げに見詰めているクリュウを見る。

「……ずいぶん貸しがあるしな、あいつには」

 そう吹っ切れたようにつぶやくと、エルディンは睨み合う二人の間に割って入った。突然間に立ったエルディンをシルフィードは怪訝そうに、フリードリッヒは不機嫌そうにそれぞれ見詰める。

「はいはい、そこまでだ嬢ちゃん達」

「せ、先生……?」

「邪魔するなと何度言えば……」

「──なぁ嬢ちゃん。こいつらのアルトリア行き、俺からも頼めねぇか?」

 シルフィードとの睨み合いを妨げられ文句を言おうと口を開いたフリードリッヒは、突然彼の口から出た相手方の擁護意見に驚く。

 それはシルフィードやクリュウ達はもちろん、今まで何だかんだで黙って聞き手側に徹していたヨーウェンとカレンもが驚かせた。

 そして何より、直接言われたフリードリッヒの驚きは一番大きい。が、驚愕で開いた瞳はすぐに鋭く細まり、表情は自分に逆らう反逆者の存在に不機嫌に染まる。しかも相手は自分の懐刀、エルディンだ。

「どういう事だ?」

 まるで最初の時のように凛々しく、冷徹で、脅迫めいた口調での問いかけ。しかしエルディンはそんな彼女の問いにあっけらかんと答える。

「いや、曲がりなりにも先生って言われてるからには、弟子の願いをできるだけ叶えてやりたいなぁって」

「……そんな理由で、この私を納得させられるとでも?」

「まぁ、無理だろうな」

 睨みながら問うフリードリッヒに、エルディンは苦笑しながら答える。彼の言うとおり、フリードリッヒ相手にこんな理屈は通用しない。

 鉄の思考を持つフリードリッヒを説得するのは至難の業だ。だがそこはエルディン。ちゃんと突破口は考えてある。

「じゃあ、交換条件ってのはどうだ?」

「交換条件……だと?」

 交換条件という単語を聞いてフリードリッヒの瞳がさらに厳しくなる。交換条件とは通常対等な相手との双方の利害を一致させる事を目的に行われる。彼女から見て、自分と彼らが対等という扱いを受けた事が少し不満なのだろう。だがそこは一国の君主だ。怒りを呑み込み、冷静を装い彼の持つ条件を待つ。

 黙って自分の意見に耳を傾ける彼女を見てエルディンは一瞬頬を緩めたが、それはすぐに真剣なものに変わる。

「トブルク基地から救援要請が届いてただろ? その救援隊を彼らに引き受けてもらうってのはどうだ?」

 エルディンの提案にフリードリッヒは目を見開く。それは前代未聞の提案だった。何かと奇想天外な発言をするエルディンだったが、この発言はあまりにも奇想天外にも程がある。

「ロンメル元帥。いくら何でも無茶苦茶過ぎるわ」

 頭を抱えながらそう言ったのはヨーウェン。その目は常識をわかっていない彼を多少なりとも幻滅している。だがエルディンは首を傾げる。

「どうしてだ? 俺の部隊は訓練遠征で疲弊してるから今は出動できないって言ってただろ?」

「国防に大きく影響する事柄を、民間人に任せようとするその発想自体が大問題なのよ」

 静かな声だが、その口調は呆れを通り越して怒りすらも感じられるカレンの言葉に、エルディンはしかし平然としている。

「その国防が脅かされる状況を見過ごしている方がずっと問題だと思うけどな」

 エルディンの至極真っ当な意見に、カレンは答える事ができずに押し黙ってしまう。だが、ヨーウェンはため息混じりにエルディンを説得する。

「その為にあなたの部隊を予定を早めて帰還させたんじゃない。すぐに出動はできないの?」

「無理だな。インフラが整っている国内ならともかく、租借地じゃ機動力に欠ける。ここは専門家に任せた方が早いし確実だ。それに、外交問題でも後者の方が有利だしな」

 エルディンの意見は全てが正論であり、しかも現実的だ。だからこそヨーウェンも反論に困る。どうしたもんかとヨーウェンが対応を考え倦ねていると、臣下のやり取りの間ずっと沈黙していたフリードリッヒが動いた。

「……確かに、貴様の意見は国防の基本に反するものだが、現実的な対応策だ」

「だろ?」

「……そうだな。今は下手に軍を動かすのは難しい状況だ。こちらとしてもその提案はありがたい」

「ちょ、ちょっとフーちゃんッ」

「じゃあ──」

「──だが、もう一つ条件がある」

 流れがこちらに傾いている。そう感じていたエルディンだったが、フリードリッヒからの新たな条件に表情が厳しくなる。一体どんな無茶難題を言われるのか。

 新たな条件があると明言したフリードリッヒ。しかしその瞳は条件を課すべきクリュウ達を一切見ていない。彼女の瞳に映るのは、エルディンの姿だけ。

「条件は貴様だ、エルディン」

「お、俺? 藪から棒だなぁ……何だ?」

 どんな厄介事を押し付けられるのか、半ばヤケクソで尋ねるエルディン。だが、彼は気づいていないがヨーウェンは気づいていた──凛々しき我らが軍姫が、頬を赤らめて何やら恥ずかしそうにもじもじとしている事に。

「……まったく、世話の焼けるアイドルだわ」

 苦笑しながらつぶやくヨーウェンの言葉に、カレンが首を傾げた。

 言うか言うまいか躊躇い、沈黙を続けるフリードリッヒを見てエルディンの表情が引きつる。そんな口に出すのも躊躇うような内容の願い事とは、一体どんな無茶苦茶な無理難題なのだろうか。疲れたようにため息を零すエルディンを前にして、ようやくフリードリッヒの覚悟が決まる。

「今後、私の許可無く一切の勝手な行動をする事を禁ずる」

「……はぁ?」

 ようやく明かされたもう一つの条件。一体どんな事を言われるのかと警戒していたエルディンはその明かされた条件を聞いて拍子抜けする。無茶難題以前に、条件の意味がわからなかった。

 困惑するエルディンに対し、フリードリッヒはクールな表情を貫く。その立ち振る舞い、オーラ、口調。全てが実に様になっている絶対権力者。が、その頬が若干赤らんでいる所は年相応の乙女だ。

「お、同じ事を二度は言わん。異論はないな?」

 少しばかりクールな立ち振る舞いが崩れるが、当のエルディンは気づいた様子もなく頭を掻く。その顔には苦笑が浮かんでいた。

「なるほど、風来坊のように世話しない俺をちゃんと鎖で繋いでおきたい訳か」

 一人納得したようにうなずくエルディンだが、そんな彼の自己解釈に対してフリードリッヒは不服そうに唇を尖らせる。

「そういう意味ではない」

「あぁ? 何か言ったか?」

「……何でもない。とにかく──勝手に私の傍から離れるな。それが条件だ」

 言いたい事は言ったと背を向けるフリードリッヒ。実に無愛想な態度だが、ヨーウェンから見ればあからさまな照れ隠しだ。それを見てヨーウェンはまるで不器用な妹を見詰めるような温かい目で見守る。

 一方、エルディンはどうしたもんかと逡巡する。自由気ままという立場はずいぶん気に入っていたので、それを手放すのは正直あまり気が進まない。だが、弟子の願いを叶えてやりたいという気持ちもまた本気だ。

「……わかった。条件を呑もう」

 しばし悩んだ後、諦めたようにため息混じりに受諾するエルディン。苦笑しながら、エルディンは自分を心配気に見詰めるシルフィードの方を見る。あの時は目を離すとどんな無茶をするかわからなくて仕方なく弟子にしたのだが、どうやら自分でも気づかないうちにずいぶんと彼女を可愛がっていたらしい。

 苦笑を浮かべるエルディンに背を向けながら、直立不動を崩さないフリードリッヒ。だが、その表情は安堵したように口元に笑みを浮かべていた。それを見て、ヨーウェンが苦笑を浮かべ、カレンはその珍しい彼女の笑顔をキラキラとした瞳で見詰めている。

「先生。話が見えないが、大丈夫か? 先生の自由が失われるように聞こえたが」

 心配そうに尋ねるシルフィード。背を向けながらもピクリと反応するフリードリッヒに気づいた様子もなく振り返ったエルディンはそんな自分を心配する弟子を見て微笑んだ。

「気にするな。別に命を差し出せと言われた訳じゃないんだからさ」

「だ、だが……」

「──弟子が師匠の心配をするなんざ一〇〇年早いんだよ。たまには師匠らしい事させろって」

 そう言って頼もしげに笑うエルディンを見て、シルフィードも安心したように首肯し、微笑む。

 端から見ればそんな二人の姿はいい雰囲気だ。ここまでずっと沈黙を続けているセレスティーナは二人の姿を見て赤らんだ頬に手を添えて「あらあら」と微笑み、フィーリア、サクラ、エレナの三人も釘付けだ。そしてクリュウも安心し切っている彼女の姿を微笑ましげに見詰める。

 そんな温かな視線を送る仲間達に気づき、シルフィードは慌てて弁解するが、その慌てっぷりが余計に一同を微笑ませる。そんな弟子の姿を見て、エルディンもまたおかしそうに笑う。

 温かな雰囲気に包まれるクリュウ達。しかし、そんな彼らを不機嫌そうに見詰めうる者が一名。

「調子に乗るなよ異人ども。貴様等の願いに譲歩しているのはこちらだ。こちらの気分次第で反故する事も可能だという事を忘れるなよ」

 不機嫌そうに言い放つのはフリードリッヒ。その瞳は苦笑するエルディンを一瞥し、しかしすぐにそんな彼の横に立つシルフィードに注がれる。

「生意気なのよ……」

「フーちゃん、一国の国家元首が約束を反故するのは良くないと思うわ。国と国で例えればこれは条約なんだから」

 メッと注意するのはヨーウェン。しかしそんな彼女の注意に対しフリードリッヒは鼻を鳴らして平然と言ってのける。

「条約が有効なのは、私にとって有益な間だけよ」

 場が一瞬凍り付いた。

 条約の締結を最終決定する国家元首であるフリードリッヒ。その彼女が条約を破棄する事に何ら罪悪感を感じていない。エルバーフェルドという国が、目的の為なら手段を選ばないという所以は、こうした彼女の強硬姿勢に他ならない。

 戦慄する一同を前にして、ヨーウェンは威風堂々と立つフリードリッヒの頭を小突いた。

「まったく、時と場合を考えなさいよね」

 半分呆れつつ、しかし半分は彼女のそんな硬い鉄の意志を尊敬してしまう。

 目的の為なら手段を選ばない。一般的には目的の為ならどんな非道な事をしても構わないという悪い意味に聞こえるが、むしろこの言葉の本質はどんな事をしてでも叶えなければならない目的があり、その為なら己のプライドも何もかもをかなぐり捨てる、だ。

 フリードリッヒは両親と祖国の復讐の為に身も心も削りながら茨の道を進み続けている。目的の為なら、どんな手段でも使う。条約もまた、そんな過程の通過点に過ぎない。

 本当に、胸に抱く大志の為に命を懸けている。そんな彼女の鉄の意志に引かれ、共感し、自分のように多くの同胞がここには集まっている。そんな輪が広がり、今では一つの国という巨大な組織となった。

 この国は本当に口だけではなく、彼女と生死を共にする決意を抱いている。

 彼女の言葉の一つ一つに、引かれてしまう。本当に、すごい指導者だ。

「……まぁ、空気を読めないという点は唯一の欠点だけどね」

 誰に言うでもなくクショウしながらヨーウェンはつぶやく。

 自身の発言で呆然としている事など露知らず、フリードリッヒは無言でいるクリュウの前に立ち塞がる。

 全てを射貫く鋭い瞳に見詰められ恐怖するクリュウだが、その恐怖を押さえ込み真摯に彼女に向かい合う。そんな彼の真っ直ぐな瞳を見て、フリードリッヒはそっと尋ねる。

「最後に一つだけ尋ねる──貴様は、目的の為ならどんな手段でも使える人間か?」

 フリードリッヒの問いかけに、クリュウは一瞬考える。しかし視線を外さずに見詰める彼女に対し、逃げる事なく堂々と立ち、答える。

「甘い考えだとわかっていますが、誰かが犠牲になるようなやり方は嫌いです。誰かが犠牲になる非道なやり方なら、例え効率的だとしても断ります──でも、僕自身がその対象の場合は一切の容赦はしません。こんな僕にできる事だったら、土下座でも何でもする覚悟はできています」

 それは、実にクリュウらしい答えだった。

 甘い考えだと自覚していても、やはり誰かが犠牲になるようなやり方は好まない。だがその分、自分が犠牲になるのなら喜んで身を捧げる。程度は違うが、それも一つの目的達成主義だ。

 クリュウの甘いけど、覚悟した本心からの返答に対しフリードリッヒは無言だ。彼女自身は非道な手段でも目的達成の為なら厭(いと)わない究極の目的達成主義者。それが、彼女の求めていた答えなのだろうか。

「──まぁ、ギリギリ及第点って所ね」

 フリードリッヒはそう答えると、フッと口元を綻ばせた。そのわずかな表情の変化に、不意打ち気味にクリュウはドキリとした。初めて、笑いかけてもらった。

 しかしすぐにフリードリッヒは表情を再び真剣なものに変えると、居並ぶ来訪者──クリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィードを順番に見て、一つうなずき口を開く。

「君達の陳情、エルバーフェルド帝国政府として叶えると約束しよう。大国相手とはいえ、こちらは向こうの欲しがる資源を握っている身だ。それを脅迫材料に使えばこの程度の願いを通す事は造作ない」

 フリードリッヒの言葉にクリュウ達の、特にクリュウの表情が明るく染まる。まさか、本当に願いが聞き入れられるとは。かなり現実離れした状況に、困惑しながらも五人は喜ぶ。

 ただ基本アホなクリュウを除いた比較的しっかりしている女子陣はどこか冷静な部分で《同盟国相手に脅迫する》と平然と言ってのけたフリードリッヒに妙な引っかかりを感じてはいたが。

 とにかく、当初の目的の第二段階は果たせた。第一段階は当然レヴェリ家相手の陳情だ。これでようやくアルトリア行きの切符の確保の見通しが立った訳だ。

 喜ぶ一同を見てフリードリッヒは一瞬苦笑を浮かべたが、すぐに表情を引き締めて浮かれる彼らを戒める。

「──だが、当然こちらの条件を叶えたらの話だ」

 フリードリッヒの真剣な口調に、浮かれていた一同の表情も自然と厳しいものに変わる。

 そうだ。いくらエルディンが説得に成功したとはいえ、それは条件付きのもの。一体、自分達に課せられるのはどんな条件なのか。

 クリュウも真剣な面もちでフリードリッヒを見詰める。フィーリア、サクラ、シルフィードも同じだ。

 四人のハンターを見詰め、フリードリッヒは一拍置いてから金色に輝く長髪を靡かせながら、威風堂々とその条件を言い放った。

「──君達には、セクメーア砂漠に現れた角竜ディアブロスの討伐を命ずる。それがこちらの条件だ」

 その条件内容に、クリュウ達の表情が一斉に凍り付いた。


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