モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第150話 揺れる王侯会談 思わぬ人物との再会

 時間は少し遡る。

 定例の閣僚会議を終えたフリードリッヒが席を立とうとした所で、一人の男が慌てた様子で部屋へ飛び込んできた。まだ部屋の中には閣僚の多くが残っており、無作法に入って来た男をある者は怪訝そうに、ある者は煩わしそうに見詰める。それらの視線を無視して男は目的の人物、ヨーウェンの下へ駆け寄る。彼は宣伝省の次席事務官の一人だ。

 次席事務官の耳打ちにヨーウェンはわかったという感じにうなずいて彼を退出させる。怪訝そうに自分を見詰めているフリードリッヒへ振り返ると、困ったような表情を浮かべながら今入った報告を説明する。

「レヴェリ家の使節団が到着したそうよ」

 部屋の中にざわめきが広がる。

 レヴェリ家はエルバーフェルドでは最も有名で高貴な貴族家であり、フリードリッヒ体制をあまり快くは思っていない《数少ない》《珍しい》思考を持つ領主が治めている家だ。フリードリッヒが全権移譲法を成立させてからは定例諸侯会議以外では一切帝都を訪れなくなった。

 そのレヴェリ家からの使者が、定例諸侯会議でもないのに帝都に訪れた。異例中の異例の事態に、閣僚達が自分達の知らない国家プロジェクトの密談が行われるのではという疑心暗鬼に包まれる。

「レヴェリからの使い? 我々はそのような事は知りませんが」

 宣伝省とは対外的な宣伝で競合し、対立する外務省管轄の外務大臣が自分すらも知らない事をヨーウェンが知っている事に不快感を表しながらフリードリッヒに尋ねる。しかしフリードリッヒは「大した要件ではない」と彼の疑問を無視して立ち上がる。

 外務大臣はまだ何か言おうとしたが、隣に立つ運輸大臣が肩を叩いて止める。主が大した要件ではないと言うのだから、臣下はそれに従おう。そう言いたげにうなずく。運輸大臣に止められた外務大臣は仕方なしにこれ以上の追求をやめる。

 部屋を出て行くフリードリッヒ。その後ろをヨーウェンが続く。

「……レヴェリの遣いか。という事は例の件か?」

「たぶんね」

「その件は断ったはずではないか?」

「うーん、そうなんだけどねぇ。断りの一報を入れたら今度のガリアとの国境付近で行う威力軍事演習でレヴェリ領を通る許可を取消すと言ってきて……」

 それで断り切れなかったのよねぇ、と困ったように言うヨーウェン。すると、振り返らずに歩いていたフリードリッヒの足が止まる。後ろに続くヨーウェンもそれに従って足を止めると、フリードリッヒが振り返る。

「つまり、レヴェリの要求に屈したと?」

 従わぬ者は皆殺しにしても構わない。究極の理想完遂主義者であるフリードリッヒにとって、自分のやり方に逆らう者の存在は鬱陶しい事この上ない。そればかりか刃向かう者に対しては嫌悪や憎悪を抱く程、彼女は反逆を許さない。

 フリードリッヒの怒れる瞳は、まさか屈した訳ではないなと脅迫じみた問い掛けだ。そんな彼女の憤怒の瞳に、ヨーウェンは肩を竦ませる。

「とりあえず交渉の為に呼んだだけよ。それ以上の事はまだないわ」

「……交渉の必要などないわ」

「残念だけど、この国には新興政府の私達よりも王国時代から国政に関わってきているレヴェリ家を支持する人も多いのよ、特に保守派はね。そういう勢力を敵に回さない為にも、形式的にも交渉の席を用意しないと」

 レヴェリ家は王国時代程ではないが、現在でも強い影響力を持つ貴族家だ。反旗を翻せば複数の諸侯が寝返るだろうし、役人の中にもレヴェリと繋がる者は少なくない。国防軍の将校の中にもレヴェリ家に近しい家柄出身の者もいる。レヴェリ家を敵に回す事は、最悪の場合内乱にまで発展してしまう。しかもレヴェリ家は豊富な地下資源を持つ領土で、貴重な鉱石などを多く採出している。兵器のコアとなるパーツの素材もレヴェリ産の鉱石が使われている事が多い。

 フリードリッヒにとって、ガリアや東シュレイドよりも厄介な《敵》。それがレヴェリ家だった。

「……交渉の件は貴様に一任する。早々に追い払え」

「いいの? 軍事演習とか資源とかボイコットされちゃうかもよ?」

「構わん。演習にはレヴェリ領を避けて通れば良い。資源問題もズデーデン地域である程度は補える。いつまでも古臭い習慣に囚われる前時代的な連中に付き合っている暇はないわ――私達が目指すのは前だけ。後ろに振り返っている暇はない」

 そう言い残し、フリードリッヒは去って行く。その背中を見詰め、ヨーウェンはやれやれとばかりに肩を竦ませると一人回れ右して対策を考えるのであった。

 一体、どんな無理難題を押し付けてくるのやら……

 

 クリュウから事情の説明を受けたヨーウェンは、正直困惑していた。

 レヴェリ家が領主の名を出してまでアルトリアに使者を送りたいとの進言。てっきり何か巨大な計画の一環だとばかり思っていたが、フタを開けてみれば何とも小さな、しかも目の前で不安気に瞳を揺らす少年の為のもの。あまりにも、突拍子がない。

 あの政府と敵対とまではいかなくてもあまり良好とは言えないレヴェリ家が、わざわざ政府に頭を下げるような内容の手紙で進言したのが、たった一人の少年の願いを叶える為。

 困惑するのはヨーウェンだけではない。隣に立つカレンも先程までの鋼鉄の無表情が壊れ、困惑している。

 困惑する二人の様子を、セレスティーナは予想していたのだろう。事の経緯を簡単に説明する。

「このクー君は私の妹、フィーリア・レヴェリのお友達なの。フィーが必死にお父様にお願いして、今回のご進言をしてもらったのですわ。お父様、フィーをとても可愛がっていらっしゃるから」

 セレスティーナの説明に何となく事情を呑み込むヨーウェン。つまり、娘が自分の友人の願いを叶えたいと父に訴えかけたので、この異常事態が実現したという事か。

「……ずいぶん、レヴェリ家も安くなったものですね」

 冷静な口調でそう切り出したのはカレン。表情は先程までの鋼鉄の仮面に戻り、冷徹にクリュウ達を見回す。軽蔑とまではいかなくとも、お世辞にも友好的とはいえない瞳だ。

「カレン。軍の者が内政に口を出さないの」

 メッ、と怒るヨーウェンにカレンは無言を貫く。無視した訳ではなく、言われた通り口を出すのをやめたのだ。ヨーウェンは改めて自分の前に座るクリュウをジッと見詰める。

「大体の事情はわかったわ。あなたの母親を想う気持ち、とても微笑ましくて可愛いわ」

「は、はぁ……」

「――でもごめんね。アルトリア行きは許可できないわ」

 ヨーウェンはしかし、そう断った。彼女の発言に、少なからずレヴェリ側にざわめきが生まれる。予想はしていただろうセレスティーナはしかし冷静だ。

「ずいぶん簡単に言ってくれますわね。断る理由があるのでしたら、ぜひ聞かせてもほしいですわ」

 口調こそ柔らかいが、その問い掛けの内容は厳しい。あまり見ぬ優しい姉のどこか厳しい態度に、フィーリアは不安そうに彼女を見守る。他の者も、ヨーウェンと真正面から対峙する彼女の背中を見詰める。

 フィーリアの問いかけに、ヨーウェンは困ったような表情を浮かべて手の平を返す。

「断る理由ねぇ、今の御国の現状を見れば大体わかると思うけど?」

 ヨーウェンの言う《御国》の現状とは言わずとも近隣諸国との関係が緊迫化している状況の事だ。停戦したとはいえ、エルバーフェルドと近隣諸国の関係は帝国建国以来かつてない程に緊迫している。エルバーフェルドだけではなく、周辺諸国はエルバーフェルドとの国境付近の兵力を増している。ちょっとした刺激があれば、一瞬で軍事衝突をしてもおかしくないような状態だ。

「今のエルバーフェルドはとても微妙な舵取りをしなきゃいけないの。その最中に、余計な事に神経を割いてはいられないのよ。悪いけど、私は政治家よ。国の行く末を担う事が、私の責務なのよ」

 真っ直ぐな決意が煌めく瞳。その瞳には迷いはなく、決意は揺るぎない。

 自分が成すべき事を遂行する。それ以外の事などに構ってなどいられない。表情こそ柔らかいが、瞳は冷徹に輝く。

 遠回しに、レヴェリ側の意見など聞く気など全くないと宣言するヨーウェンを見てサクラが半歩前に出るが、隣に立つシルフィードが無言で制止する。

 邪魔するな、そう訴えるサクラの瞳と対峙しながら、シルフィードは小さく首を横に振る。黙って聞いていろ、そういう意思表示だ。

 サクラが反発の声を上げようと口を開いたのと、膠着状態だった空気が変わったのは同時だった。

「──そうね。自分の信念の為に一生懸命になるのは、すごく素晴らしい事。どんな手段を使ってでも、目的を完遂する。それがエルバーフェルドの鋼鉄の意志よね」

 怪訝そうに見詰めるヨーウェンに、セレスティーナは微笑む。その笑顔はいつもと変わらない、優しげなお姉さんの笑顔だ。

「……だったら、私も鋼鉄の意志を通させてもらうわ──数ある貴族家の中で、レヴェリ家だけに許された特権。王侯会談の発動を命じます」

 セレスティーナの発言に、ヨーウェンの表情が凍り付く。背後に控えるカレンもまた驚愕に満ちた表情を浮かべる。

 専門用語の意味を知らないクリュウやシルフィードは困惑するが、意味を知るフィーリアもまた驚きに満ちた表情を浮かべている。

「……何?」

 教えろと言いたげにサクラはフィーリアの腕を引っ張る。振り返ったフィーリアは困惑する仲間達を見て、簡単に説明してくれる。

「王侯会談とはレヴェリ家だけに認められている、国家君主とレヴェリ家当主の会談の場を強制的に要求する特権です。レヴェリ家は元々暴走する国家のブレーキ役を担っている貴族家なので、時の君主を呼び出してその暴走を止める為の会談の場、それが王侯会談です」

「……要するに「貴様では話にならない。トップを呼べ」と要求しているって事ね」

「まぁ、サクラ様的に言えばそうですが、内容自体は大筋合っていると思います」

 苦笑しながら答えるフィーリアの説明に、ようやく事の重大性を認識する。セレスティーナは、大臣では話にならないから君主──グローセ総統を呼べと言っているのだ。

「き、貴様ぁッ! 恐れ多くも総統陛下に意見されると申すかッ!?」

 それまで冷静でクールを貫いていたカレンが突如激高する。激しくテーブルを叩き怒鳴るカレンの豹変に驚く一同の中、セレスティーナは平然と微笑む。

「だって、そうでもしないと話が進みそうにないんですもの」

「貴族風情が……ッ!」

「やめなさいカレン。クーデレキャラのあなたが冷静さを失っちゃキャラ崩壊しちゃうわよ」

 まったくもって見当違いな指摘をするヨーウェン。しかしそれで幾分か冷静さを取り戻したのか、カレンは「……申し訳ありません」とつぶやくように謝罪してヨーウェンの背後に戻る。

「さて、話を戻すけど。王侯会談を要求すると言っても、そもそもあなたはレヴェリ家の当主じゃないでしょ? あれが許されるのは当主のみのはずよ」

 ヨーウェンは冷静に、セレスティーナの発言がハッタリではないかとカマをかけてみる。それに対しセレスティーナは懐から何かを取り出す。それは紐で縛られた一枚の丸まった紙。セレスティーナはその紐を解くと、その紙をヨーウェンに見せる。

「お父様のご署名入りの特例状ですわ。今回に限り、ここでの私の発言の全てがレヴェリ家当主としての発言と認める特例措置。これがある限り、私でも王侯会談の申請は出せますわ」

「……成程。確かにそういう手があるわね」

 当然、ハッタリではない。セレスティーナは十分に用意を整えてからこの場に臨んでいる。笑顔が似合う彼女でも、次期レヴェリ家当主としての素質と覚悟は持っている。何の勝算もなしに、勝てぬ戦はしない。

「愚か者。時代はすでにエルバーフェルド王国ではない。総統陛下の統治される帝政国家、エルバーフェルド帝国だ。我が帝国と以前の王国は別の国に等しい。そのようなカビの生えた特権などとうに滅びている」

 カレンの自信満々な物言いにフィーリアの表情が厳しくなる。確かに彼女の言う通り、ここはエルバーフェルド帝国だ。自分達レヴェリの力が十分に威力を持っていた王国時代とは違う。実に痛い所を突かれてしまった。

 だが、セレスティーナの表情は変わらない。勝てぬ戦は、しないのだ。

「レヴェリ家は初代国王の親友であり、エルバーフェルド王国の誕生及び運営に大きく貢献した一族の末裔。だから、その特権が認められるのは当然ですわね。そして、その特権はエルバーフェルドの憲法に明記されている」

「……何が言いたい」

「総統陛下がここまでの地位に上り詰めたのは、王族だったからですわよね? エルバーフェルド王国の憲法では王族には強力な権限を与えているはず。その王国憲法があったからこそ、彼女は国家君主になれた。まだ完全な新体制が築けていない今、果たしてその強力な憲法は廃止されているのかしら?」

 セレスティーナの反撃に、カレンの表情が険しくなる。痛い所を突いたつもりが、見事なカウンターを受けてしまった形だ。

 王国憲法には王に対する絶大な権限を与える事が明記されている。エルバーフェルド王家の正当後継者であったフリードリッヒはこの憲法をフルに使ってここまでの地位に上り詰めたのだ。

 憲法を超越した権限を持つには、まだ力が足りない。だからこそフリードリッヒは憲法を有効に使って現在の独裁政治を行っている。つまり、憲法を使って今の政権を維持しているのなら、その憲法はまだ生きている。そして、憲法が生きているなら、レヴェリの特権もまた生きているのだ。

 悔しげに、しかし反撃する言葉も手段も持ち合わせていいないカレンは厳しい表情でセレスティーナを睨みつけるだけ。

 異様な沈黙が、部屋一帯を支配する。皆の視線は、この雰囲気の中心にいる二人の美女に注がれ続けている。

 沈黙を貫くヨーウェンだったが、フッと口元が綻ぶ。

「……王大の頃から、やっぱりあなたには一歩敵わないわねぇ」

「うふふふ、今は帝大でしょ? 懐かしい名前ね」

 先程までの異様な沈黙とは打って変わって朗らかな雰囲気が辺りに流れる。移り変わりの早さについて行けずに戸惑う面々の中、クリュウはそっとフィーリアに声を掛ける。

「王大とか帝大って?」

「エルバーフェルド最難関の国立大学である王国大学。現在は帝国大学と名前が変わっていますが、お二人はそこの卒業生にして同級生。学年首席と次席の関係だったんです」

 なるほど、ずいぶん親しげに、そして腹を割って話せるのは二人が深い知り合いだからだだったらしい。同級生なら、対立する立場とはいえ幾分か話しやすいだろう。

「お互い、重役にはなりたくないわね。こうして友達でも対立しなきゃいけないんだから」

「あら、何も対立する必要はないじゃない。私達レヴェリ家は王家に忠誠を誓う由緒正しき一族。できれば仲良くしたいわ」

「……相変わらず、無駄に楽観主義よねあなたは」

 呆れ半分感心半分という感じで言うヨーウェンの言葉に、セレスティーナは「褒め言葉として受け取っておくわ」とこれまたポジティブ発言。ある意味羨ましい。

 苦笑を浮かべるヨーウェンを見て、カレンが「如何なさいますか大臣」と決断を迫る。が、彼女の中での答えはとうに決まっている。

「憲法を使って政権運営をしている私達が、その憲法に背いちゃ本末転倒よ。フーちゃんには追い返すよう言われてたけど、ヨーウェン・ゲッペルス宣伝担当大臣は降参――総統陛下に王侯会談を開く旨を伝えるわ」

 エルバーフェルド帝国ナンバー2である彼女の発言に、カレンは何か言いたそうだったが何も言えずにうなずく。

 クリュウ達はとりあえず第一の難関をクリアした事で大喜びする。特に不安で胸が押し潰されそうだったクリュウはほっと安堵の息を漏らす。そんな彼らの様子を見て嬉しそうに微笑むセレスティーナ。

 準備の為に立ち上がったヨーウェンはそんなセレスティーナを見て小さく微笑むと、不服そうに厳しい表情を浮かべているカレンを連れて部屋を出て行った。

 

 ヨーウェンは早速フリードリッヒに対して王侯会談を開くよう進言した。

 最初こそフリードリッヒは拒み、オコーネルに対してクリュウ達の王宮追放を命じ掛けたが、ヨーウェンの「今のこの国は挙国一致が必要不可欠な状態なの。なのに、大勢力であるレヴェリを敵に回すような行為は、国を滅ぼすわよ」と冷静な説得によってフリードリッヒは不満そうながらも王侯会談を承諾した。

 不機嫌そうに瞳を厳しくさせるフリードリッヒ。そんな彼女の横でカレンは必死になって自分の不甲斐なさを謝り続ける。

「しっかし、ずいぶんと気が強いんだなそのレヴェリの嬢ちゃんは」

「気が強いというより、自分が決めた事は絶対に曲げない頑固者なのよ」

 感心するエルディンに苦笑しながらヨーウェンが言う。そんな彼女の言葉を聞いてエルディンは少し考える。

「芯が真っ直ぐな女か……嫌いじゃないな。ちょっと会ってみてぇな――きれいな女か?」

 ――ピクリと、フリードリッヒの耳が動く。

「そりゃあもう、何せ麗しき総統陛下が登場する前まではこの国のアイドルはあの美しく気高い花、セレスティーナ・レヴェリ以外に存在しませんでしたから。昨今は体調を崩されてあり公の前に出なくなり、私も涙を流さずにはいられません。未だに根強い信者は多く、あの花が本気を出せば、我らの麗しき孤高の花の立場も危うい。それほどまでに、彼女はお美しい」

 なぜかバラを愛でながら聞いてるこっちが疲れるような言葉を並べてセレスティーナを絶賛するヴィルトラント。そんな彼の発言に呆れるカレンの横で、無関心を装いながらもフリードリッヒの表情が幾分か苦しくなる。その視線は、先程からチラチラとエルディンの方へ注がれる。

 エルディンは嬉しそうに笑った。

「そりゃ楽しみだ。なぁ嬢ちゃん、俺もその会談に参加させてくれよ」

「政治に軍人が口を出すな愚か者が」

 ピシャリと、不機嫌そうに拒否するフリードリッヒ。だがエルディンはそんな彼女のキツイ物言いに対しては気にした様子もなく「ちぇッ、せっかくきれいな女神様でも拝めると思ったのによぉ」と唇を尖らせる。そんな彼の態度を見て、フリードリッヒの表情がさらに険しくなる。

 一方、地味に間接的にダメージを受けていたのはカレン。先程見事に口を出した事を思い出して落ち込む彼女の背中を、ヨーウェンが優しく叩く。

 残念がるエルディンを見て、フリードリッヒはふて腐れる。

「わ、私の方が絶対にきれいだ」

 恥ずかしそうに言うフリードリッヒに、「あら、フーちゃんが妙な対抗心を燃やしてるわ。そういう事にまるで興味がないのに」とおどけた感じに言う。その口調は彼女の本心を知っててあえてこの状況を楽しんでいるというイタズラ心が見え隠れする。

「そ、そうですッ! 総統陛下の方がずっとお美しいッ! 総統陛下に勝るような美しき女性など、この世には存在しませんッ!」

 ここぞとばかりにフリードリッヒを褒め倒すカレン。そんな彼女の発言に幾分か自信を得たのか、フリードリッヒの表情が若干和らぐ。

「セレスティーナは確かに美しい令嬢だ。だが、私の方が絶対に美しい。何せ、私はアイドルだもの」

「あら、いつも「私は国家指導者だ」とか言ってアイドルという肩書きを不燃ごみと一緒に捨ててるくせに」

「う、うるさいわよヨーウェン。そんな無駄口を叩いている暇があるならすぐに王侯会談の用意をしろ。そこでどちらがこの国で一番美しい女神か、決着とつけてやる」

「……うぅん、会談の定義の根本が間違ってるんだけど……まぁ、いっか」

 こうして、セレスティーナ・レヴェリ次期当主の申し出は、フリードリッヒ・デア・グローセ総統の承諾を得た。

 ここに、帝国初となる王侯会談の実現が成立したのであった。

 

 エムデン宮殿内にある会議室の一つ。そこにクリュウ達は通された。

 長テーブルを一方をクリュウ達が腰掛け、反対側にはエルバーフェルド側の首脳陣が並ぶ。と言ってもここまでは先程と面子は変わらない。クリュウ達とヨーウェンとカレン。

 だが、二人の間にはこれまでいなかった人物が座っている。

 長く美しい金髪は光り輝き、端正に整った顔立ちはまるで人が作ったかのように美しい。意志の強い蒼色の瞳が眩く輝く。

 クリュウはその少女の姿につい見入ってしまった。

 勝気で頑固そうな所はどこかエレナに似ていて、身長や体格はシルフィードに似ている。しかしサクラのような他者を寄せ付けないような雰囲気を持ち、フィーリアのような高貴さを感じさせられる。

 まさに完璧な美少女。クリュウが今まで出会った全ての女子の中でも美しさという点ではトップクラスの美少女だ。

 当然、そんな美少女相手なのだから見入ってしまうのは男としては仕方がない。だが、そんな彼の様子を見て女子陣、特に三人の表情が幾分か不機嫌そうに染まる。セレスティーナはその様子を見てくすくすと笑うと、冷徹なオーラを放つ少女に向き直る。

「それじゃ、改めて自己紹介しますわね。私がレヴェリ家次期当主にして、今回の使節団団長を務めるセレスティーナ・レヴェリですわ」

 セレスティーナの自己紹介に、少女は「知っている」と無愛想に答える。そして、少女は腕を組みながら静かに名乗る。

「エルバーフェルド帝国総統、フリードリッヒ・デア・グローセだ。」

 少女――フリードリッヒが名乗ると、クリュウ達外部の人間は幾分か驚く。雰囲気や状況から何となく彼女がそうではないかとは思っていたが、まさか本当に自分達と同じくらいの年齢の娘が一国の長だと思わなかったのだ。

 だが、同じ世代に見えても纏う雰囲気は冷たく、本当に同世代かと疑ってしまう。

 大人びている、とも少し違う。胸に抱く覚悟が違う、そんな何か異質さを感じずにはいられない。

 ヨーウェンが話を始めようと口を開くと、フリードリッヒはそれを制した。そして、セレスティーナを、クリュウを睨む。

「……回りくどい事は苦手だ。私達エルバーフェルド政府の回答を言う。貴殿らの申請は引き受ける事はできない。以上だ」

 話は終わった。そう言いたげにそれ以降口を閉ざすフリードリッヒ。あまりにもハッキリ、そして即答にあ然とするクリュウ達。交渉の余地がまるで感じられない。

 だが、セレスティーナだけは笑顔を崩さない。

「相変わらず人の話を聞こうとしないのねフリードリッヒ」

「くだらない話に耳を傾けている程、私は暇ではないからな」

 フリードリッヒはそう言うと、会談は終了だと言いたげに立ち上がった。

「ちょ、ちょっと待て。いくら何でも一方的で横暴だぞ」

 そんな彼女の態度に今まで黙っていたシルフィードが立ち上がった。出て行こうとする彼女の前に立ち塞がる。

 フリードリッヒは不機嫌そうにそんな彼女を睨みつける。

「どきなさい一般人。一国の君主の前に立ち塞がるなんて、どんな権限でそうしている訳?」

「権力に物を言わせた不躾(ぶしつけ)な態度をする権力者相手に、礼儀もクソもない」

「何ですって……?」

 シルフィードの発言にフリードリッヒの表情が厳しくなる。

 同じような身長で、同い年で、似たような雰囲気を持つ二人。でも一方は孤高の冷たさを持ち、一方は冷たくもどこか優しげな雰囲気を持つ。

 どこか似ていても、でも根本が違う。そんな二人が、睨み合う。

 クリュウとヨーウェンがそれぞれ二人を引き離そうと立ち上がった時、部屋の扉が何の前触れもなく全開する。

 驚く一同が振り返ると、そこにはクリュウ達は見知らぬ人物が立っていた。

 国防軍の軍帽と軍服を身につけた短めな銀髪碧眼の壮年の男。瞳はまるで少年のように輝き、口元にはイタズラっぽい笑みを浮かべたその男は静かに言う。

「どうした嬢ちゃん? 見知らぬ相手に声を荒げるなんて珍しいじゃねぇか」

 軽い口調でそう言う男をヨーウェンが「ロンメル元帥。今は会議中だから勝手に入って来ちゃダメよぉ」と困ったように言う。

 男――エルディンは「悪い悪い」と気にした様子も反省した様子もなく返す。

 だが、エルディンの登場で場を支配していた険悪な雰囲気は幾分か吹き飛んだ。彼はそれを狙ったのか、それはわからない。ただフリードリッヒは不機嫌そうに彼を睨む。

「エルディン。貴様はここには来るなと命じていたはずだが」

「まあまあ、堅い事言うなや」

 呆れるフリードリッヒはさらに非難の声を上げようとして、気づく――自分の前に立ち塞がっていた少女が、驚きに満ちた表情でエルディンを見詰めている事に。

 そして、エルディンもまた自分を驚愕に満ちた表情で見詰めている少女に気づく。その瞬間、彼の表情も驚愕に染まった。

「……お前、もしかしてシルフィードか?」

 エルディンの問い掛けに、シルフィードは静かにうなずく。その反応に、エルディンは驚いたままそっと彼女に近づく。

「驚いたな。不用意に近づけば斬られるような鋭さに満ちていたお前が、ずいぶんと穏やかになってるじゃねぇか」

「お、お久しぶりです」

 シルフィードも緊張した様子でエルディンに一礼する。すると、エルディンは下げられた彼女の頭を優しく撫でた。驚いて顔を上げる彼女を見詰め、エルディンは優しげに微笑む。

「しばらく見ないうちに、復讐の闇から抜け出せたようだな――それに、きれいになったじゃなぇか」

 まるで娘の成長を喜ぶ父親のようにシルフィードの頭を撫でながら微笑むエルディン。シルフィードもまたそんな彼の優しげな手を頭に受け、口元に小さな笑みを浮かべる。

 そんな二人の様子を、残る面々が困惑げに見詰めている。ここにいる誰もが、二人の接点を知らない。それはクリュウも、フリードリッヒも同じだ。

「シルフィ、その人は?」

「え、エルディン。その無礼な娘、知り合いか?」

 二人の問い掛けに、振り返った二人がそれぞれ、どちらも穏やかな笑みを浮かべて言う。

「あぁ、こいつは――」

「この方は――」

 

「――俺の弟子だ」

「――私の師だ」

 

 異国エルバーフェルドで、二つの異なる物語が繋がった瞬間であった。


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