モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第149話 帝都エムデン 出迎える妖艶な笑みを持つ者

 数日後、クリュウ達一行は帝都エムデンに向かう竜車の中にいた。

 長閑な田園風景が続く道を物々しい大軍が闊歩する。

 レヴェリ家の諸侯旗を掲げた竜車隊。竜車は総勢十五台。その周りを国内最強の諸侯軍と謳われるレヴェリ軍が護衛している。

 レヴェリ使節団は総勢一二〇名。イージス村の全人口に匹敵するような者達は、一路帝都エムデンを目指す。

 数十人の兵士が護衛する豪華な装飾が施された十五台の竜車。その中でも一際巨大で目立つ竜車があった。一台一匹で引かれる普通の竜車とは異なり、その竜車は実に五匹のアプトノスで引かれる。

 レヴェリ家の家族専用の装甲竜車《ドーラ》。盗賊や山賊などの賊の類に襲われても賊程度の持つ武器なら傷一つ付かない特殊車両だ。

 巨大なドーラの中は一つの部屋が丸々入っている。豪華な内装に高級な座り心地が良いソファ。それに腰掛けているのが、この使節団の首脳陣だ。

「やっぱり、レヴェリ家ってすごいね……」

 今回の使節団の中核にして発起人、クリュウ・ルナリーフ。

「レヴェリ家はローレライの悲劇を免れた数少ない領地でしたから。領外へ出れば必ずと言っていい程賊に狙われてましたので」

 父に直談判して今回の謁見をこぎつけたクリュウを補佐するレヴェリ家三女、フィーリア・レヴェリ。

「モンスターに襲われたらこの武装じゃちょっと厳しいけど。賊程度なら問題ないわ。まぁ、モンスターが現れて私のフィーちゃんに手を出そうものなら、その時は私が容赦なくブッ殺すけどね」

 レヴェリ家専属ハンターにしてフィーリアの親友のルーデル・シュトゥーカ。

「あら、でも最近はずいぶん治安も良くなったわよ? それに、もしモンスターが出たらご飯を上げれば仲良くなれるかも」

 どうにもピントのズレた発言をするのはレヴェリ家長女にして次期当主であり、今回の使節団の団長を務めるセレスティーナ・レヴェリ。

 この四人が今回の使節団の首脳となる。そして当然その周りにはエレナ、サクラ、シルフィードの三人も控えている。

 クリュウ、サクラ、シルフィード、ルーデルの四人は旅路の間にモンスターに襲われた際にすぐに迎撃に迎えるようにそれぞれ武装している。フィーリアは父親から危険な事にはできる限り関わらないようという条件の制限の為、今回は非武装だ。ただし、万が一の場合に備えてちゃんと彼女の武具は用意されてはいるが。

「今更ですが、ご迷惑をお掛けしてしまいすみません」

 そう切り出したのはクリュウ。そんな彼の視線の先にいるのは頬に指を当ててかわいい困惑のポーズをするセレスティーナ。

「あら、何でクー君が謝るのかしら?」

「セレスティーナさんはお体が弱いと聞いています。なのに、それを押して今回僕の為に使節団の団長を務めてもらって……」

 無理をさせてしまったと罪悪感を感じるクリュウだったが、セレスティーナは気にした様子もなくコロコロと笑う。

「いいのよ別に。何たってフィーの大切な人のお願いだもの。お姉さんがんばっちゃう」

「せ、セレスお姉様……ッ」

 コロコロと笑うセレスティーナに、さりげなくとんでもない事を言われたフィーリアは頬を赤らめて怒る。だがそんな妹の抗議もどこ吹く風という様子。

「──それに、久しぶりにフリードリッヒに会いたいかったし、ちょうど良かったのよ」

 気にしないでという感じで言うセレスティーナの発言に、シルフィードが反応する。

「フリードリッヒ……エルバーフェルド帝国総統、フリードリッヒ・デア・グローセの事か?」

 シルフィードの問いかけに、セレスティーナはうなずく。

「そう。エルバーフェルドの若き救世主、現エルバーフェルド帝国総統兼皇帝、フリードリッヒ・デア・グローセ──私の友達よ」

 笑顔で言うセレスティーナの発言に外部の人間であるクリュウ達は驚く。一国の国家君主が友達なんて、そうそうある事ではない。

 一方、事情を知っているレヴェリ家の人間であるフィーリア達は驚いた様子はない。

「……これが、私がエルバーフェルド行きを提示したもう一つの理由です。セレスお姉様とグローセ総統閣下はご友人の関係なので、うまくいけばクリュウ様のアルトリア行きの切札になるかもしれないと」

 そう言うフィーリアを見て、クリュウは改めて彼女が自分の為に色々と考えてくれていた事を認識し、感謝する。自分のできる全力を注いで、自分の為にがんばってくれている。本当にいい子だ。

「ほんと、今回はフィーリアには感謝してもし切れないよ」

 素直に零れる感謝の言葉。すると、フィーリアは頬を赤らめて慌てふためく。

「た、大した事じゃありませんよ。それに、今までクリュウ様にしていただいた恩義に比べればこの程度全く問題ありませんッ」

 そう、これはある意味恩返しなのだ。

 一緒にいてくれて、笑ってくれて、優しくしてくれて――自分に、初恋を教えてくれて。

 今の自分が幸せなのは全て彼のおかげだ。彼と一緒にいるのが幸せで、楽しくて。彼に振り向いてほしくてがんばって、それを彼は褒めてくれて、胸がポカポカと温かくなる。

 全部、全部引っ括めて自分は彼に数え切れない程の恩義を受けた。今回は、そんな彼に対する些細な恩返しに過ぎない。フィーリアは、そう思っていた。

 笑顔で「クリュウ様のお役に立てる事、それがあなた様に忠義を尽くすフィーリア・レヴェリ最高の喜びであります」と恥ずかしがる事もなく堂々と言うフィーリア。呆然とするクリュウの隣で、シルフィードとサクラがそれぞれ口元に笑みを浮かべる。

「まったく、君は本当に良いまるで忠犬のような仲間を得たな。どうすればそのような良き仲間を得られるのか、ご教授願いたいくらいだ」

 羨ましげに言うシルフィードの言葉にクリュウは少し考え、

「……森の中で空腹で倒れている所にご飯を上げる、とか?」

「それは忘れてくださいッ! 我が人生最大の汚点ですぅッ!」

 クリュウの見事な赤裸々発言にフィーリアは顔を真っ赤にして怒る。まぁ確かに、彼女にしてみれば何ともドラマチックに欠ける話だ。そもそも、あの頃の自分はまだクリュウに対して現在のような感情は抱いていなかった、ある意味別人の話と言っても過言ではない。

 すると、そんな彼女の耳元でシルフィードがそっとささやく。

「良いのか? 情けない出会いとはいえ、君達の最初の出会いの記憶だぞ?」

「……うぐッ」

 からかうようにシルフィードが言う事もまた正論だ。恥ずかしい話ではあるが、あれが自分達の最初の出会いなのだから、思い出は変える事はできない。

「や、やっぱり忘れないでください……」

 結局、初めて出会った時の事はやっぱり忘れてほしくない訳で、苦闘の末に彼女が導き出した結論がそれだった。

 壮絶な葛藤したかと思えば、恥ずかしそうに言う妹の姿をセレスティーナは微笑ましく見詰める。

 竜車の中に穏やかな空気が流れる――が、それも一瞬で終わる。すぐに話は今後の政府への、要するにエルバーフェルド帝国の国家君主、フリードリッヒ・デア・グローセ総統に対する直談判の話へと変わる。

「……五日前、ズデーデン地域で発生していたエルバーフェルド軍とガリア・東シュレイド軍の国境紛争は両軍の停戦という形で終結しました。その二日後にはエルバーフェルド第二の都市、ハイデルンにて三国の首脳及び周辺諸国の首脳陣が集まり、停戦協定を正式に調印しました。一応これで先日より発生していた国境紛争は終結という事になります」

 ここ数日のエルバーフェルド国及び、その周辺諸国の大まかな動きを説明するフィーリア。と言っても得られる情報は新聞などで得られる情報ばかりなので、詳しい事はわからない。だが、

「……エルバーフェルドはズデーデン地域の奪還に成功」

 ポツリとつぶやくサクラがテーブルの上に放ったのは、その問題の新聞だ。記事には大見出しで《蛮族に奪われた友の地、ズデーデン地域解放》《お帰りなさいズデーデン》《ズデーデン地域統合へ》など、ズデーデン地域がローレライの悲劇の際にガリア・東シュレイドに奪われて以来十数年ぶりにエルバーフェルドの国土に戻った事が書かれている。その他にも、

 

《ズデーデンの壁崩壊「お母さん、私もお母さんになったんだよ」引き裂かれた家族涙の再会》

《総統陛下、母の故郷奪取に涙》

《総統陛下初のズデーデン入り 領民総出で涙ながらの「ありがとう」》

《千年帝国への第一歩を踏み出す》

《我が軍の怒涛の進撃の前に暴戻(ぼうれい)ガリア・東シュレイド軍次々殲滅》

《レオパルドの雷、鬼畜軍為す術無し》

《内閣支持率一〇〇パーセント 全国民総統陛下と興廃を共にする覚悟》

《総統陛下「奪われた国土は激しい抗議によって国家の膝下に戻ってくるのではなく、戦闘力のある剣によって取り戻されるのだ」》

 

 新聞の至る所でズデーデン地域の奪還や《敵国》ガリア・東シュレイド軍の殲滅に狂喜乱舞する記事が踊る。それを見ているだけで、どれだけエルバーフェルドがこの地域の奪還を喜び、そしてガリア・東シュレイドを憎んでいるかがわかる。

 国という枠組みの中で生きる者達の、エルバーフェルドの人々の本心が踊る記事。クリュウはそれを見て悲痛そうに顔を歪める。そんな彼を見て、サクラはため息混じりに言う。

「……これを見て、クリュウはどっちが正義かわかる? わからないわよね――だって、正義なんてこの世で最も美化されて、最も醜くて、最も役に立たたない言葉よ」

 これが現実だ。そう言いたげに、サクラは記事の一角を指さす。そこにはガリア・東シュレイドに併合されて以来、十数年ぶりに再会を果たした家族の記事。若き美しかった母はおばちゃんになり、小さな子供だった娘は若き母親となっていた。親子は涙の再会を果たし、母は知らないうちに祖母になっていた。

「ひどい……」

 皆の気持ちを代表するようにエレナがつぶやく。

 親子の絆を、国という境が阻む。距離にしてみればそう遠くはないのに、国境という隔たりがそれを許さない。それが、十数年もの間親子の絆を引き裂いていた──そしてようやく、その絆が取り戻されたのだ。

「……国家とは最強の防衛機構であり、統治機関。そのメリットは計り知れない。でも、デメリットもまた、計り知れない」

「ただし、国境という一見するとただの平野に見える場所にそれぞれが主張し、妥協する国境という見えない壁が生まれる。そして国境とは、時に国家が自らが滅びる覚悟でも得ようと考えるほど重要なものだ」

 シルフィードもまた、サクラに同調するような発言をする。有史以来、国境問題で国家同士が戦争を起こし、滅びた国も少なくない。例えるなら、二つの別の宗教国家があるとして対立している。しかしそのどちらもが実は同じ神を崇拝しており、当然それぞれにとっての宗教上重要な場所、聖地は同一となる。その場合、それぞれの国家がその聖地は自国のものだと主張し、いがみ合い、そして荒そう。他にもその地が作物の育成に適した良地であったり、地下資源が豊富であったり。国家にとって有限である大地は何にも代え難いものであり、それを奪い合い、対立する。

 一つのリンゴを少数の人々で奪い合うのをケンカとするなら、一つの大地を国家同士が奪い合うのは戦争と言う。規模は違えど、その根底は変わらない。ただ、そこに様々な利権や思惑が絡み、複雑になっているだけ。

 国家に属さない、国を持たない者からしてみれば国家同士の戦争は理解するのは難しい。特に、クリュウは争いのない平和な片田舎出身だ。基礎の知識や概念がない分、ありのままの現実に戸惑い、苦しむ。

「この記事はエルバーフェルド側のものだ。当然、記事も内容は反ガリア・東シュレイドのものになる。だが一方で事実上の敗戦を喫したガリア・東シュレイド側はこちらと同じく反エルバーフェルドの気運が高まっているであろう。憎しみが憎しみを呼び、また新たな争いが起きる。一度始まってしまった憎しみの連鎖を止める事は、並大抵な事ではない。特に、国家という巨大過ぎる共同体の前ではな」

 シルフィード自身も、家族や故郷の村を潰されて憎しみに狂った事もある人間だ。今でこそその憎しみは落ち着いてはいるが、一時は全てのモンスターを憎み、蹂躙(しゅうりん)し、惨殺し、復讐に我を忘れていた事もある。それほどまでに憎しみという感情は強く根深い。

 憎しみの恐ろしさを知っているからこそ、言える。

「でも、そもそもはガリアや東シュレイドがエルバーフェルドを侵略したのが悪いんでしょ?」

「事実はそうだが、現実はそう簡単なものではない。サクラも言っていたが、当時のガリア・東シュレイドは国家危機に等しい燃料不足に陥っていた。自国の何千万という国民を守る為に、仕方なく戦争を起こした。それに、元々二国ともにエルバーフェルド王国の軍事力に物を言わせた態度に反感を抱いていたという面もある。どちらが悪いなどと決められる程、事は単純ではない」

 第三者視点から冷静に言うシルフィードだったが、ふと自分に向けられる不快な視線を感じて振り返った。すると、フィーリア、ルーデル、セレスティーナ、控えている侍女までもが自分をそのような目で見詰めていた。

「……そうか、君達はエルバーフェルド人だったな。敵性国家に対する擁護発言はあまり心地良い話ではないな。すまない」

 謝るシルフィードに、セレスティーナが優しく微笑む。

「まぁ、あまり聞いてて気持ちのいい話ではないわね。でも、私達はともかく他のエルバーフェルド人の前ではそんな事言わないでね──この国では、ガリア・東シュレイドに対する擁護発言をすれば、国家侮辱罪で警察に逮捕される。そういう国なの」

「……言論の自由が封じられている──哀れね」

 瞳を閉じたまま、サクラは一切包み隠さず直球勝負。だが、ルーデルはそんな彼女の発言に冷静に返す。

「全ての自由が許される方こそ苦痛よ。だってそれはどんな悪行も許される無法地帯って事でしょ? 少しくらい窮屈な方が人は生き生きとする──それに、様々な考えや理想を持つ大人数を統治するには、それくらいの制限がなくちゃ無理な話よ」

 国家に属する者と国家に属さない者。両者の考え方はいつまで経っても平行線のままだ。

 自然と、皆の口が閉じられて沈黙が竜車の中を支配する。皆、気まずそうに視線を逸らし、無言を貫く。

 そんな皆を見回し、話題を変えようと口を開いたのはセレスティーナだ。

「まぁ、小難しい話題はこれくらいにして。私達が本当に話し合わないといけないのはクー君のアルトリア行きをどう働きかけるか、でしょ?」

 皆を和ませる優しげな笑顔でセレスティーナは言う。それをきっかけに話は本来の道へと戻る。

「情報によるとグローセ総統陛下は今日にも帝都エムデンに戻るそうです。私達が帝都に到着するのは明朝の予定ですので、レヴェリ家からの使節団という事でエムデン宮殿へ入城します」

「事前連絡は完了済みか?」

「はい。お父様が政府へ出した書簡の返答の書簡によると、到着次第歓迎するとの旨です」

「フリードリッヒに対する謁見までは許可はまだ出てないけど、レヴェリの名があればそう長くは掛からないはず。まぁ、万が一の時は私が何とかするわね」

「じゃあ、私は竜車隊に残って野営の準備を進めておきます。フィーちゃんやセレスティーナさんの護衛は彼らで十分でしょう」

「……エムデン宮殿の警備図が抜けてるようだけど」

「んなもんある訳ないでしょッ!? あんたは城攻めでもしようって訳ッ!?」

 とまぁ、多少脱線はしつつも順調に話が進んでいく。進んでいくのだが、肝心のクリュウは完全に聞き手側になってしまっていた。女子陣があまりにも緻密に計画を考えていたので、意見する隙もないのだ。

 自分の為に、ここまで形になったプランを考えてくれるなんて。クリュウはそっと協力してくれる皆に感謝する。

 まぁ、お陰様で勝手に話が進んでしまい当事者としての存在感もカケラもなくなってしまったのだが。

「クリュウ様」

 気がつくと、椅子に座って事を見守っていた自分の隣にそっとフィーリアが控えていた。数日前の彼女の両親との謁見の際に纏っていたあのかわいらしいゴスロリ風のドレス姿だ。

「お気分でも優れないのですか? 先程からずっとそうして沈黙されておりますが」

「いや、単純にみんなが有能過ぎて僕が口を挟む暇がないだけだよ」

「……まぁセレスお姉様がいますから、任せておいても問題はないとは思いますが。今回の行動はクリュウ様の為のものなのですから、ただ見ているだけでは困りますよ」

「わかってるよ。自分にできる事はちゃんとやるさ。結局、どんなに策を巡らせても最終的にやらなくちゃいけないのは僕なんだからさ」

 どんなに根回しをしても、舞台を用意しても、結局は自分の心意気次第。直談判をするのは、自分だ。

「その意気ですクリュウ様。私もできる限り応援させてもらいますッ」

「って、フィーリアには今回もうこれ以上ないってくらい助けられてるけど」

「まだまだがんばりますッ」

「あははは、ありがとう。頼もしいよ」

 クリュウはそう言うと、元気にガッツポーズするフィーリアの頭を優しく撫でる。この埋め合わせは必ずするとして、今はとりあえずこれで。

 当然、フィーリアは見返りを求めて行動はしていない。今までの恩返し、クリュウの役に立ちたい、そういう想いで動いているのだから彼の考えは杞憂だ。だが、こうして頭を撫でられるのだけは、素直に受け入れてもいいご褒美だ。

 優しく頭を撫でられ、フィーリアは幸せそうに顔を綻ばせる。頬を赤らめ、目を閉じ、嬉しそうにはにかむ。

 こういう何気ない彼の優しさが、フィーリアは大好きだった。そして、彼女達も──

「バカクリュウッ! 人があんたの為に話し合ってるのに何変な空気振りまいてんのよッ!」

「私のフィーちゃんから離れなさいッ! 今すぐにッ!」

「……クリュウ、私も撫で撫でしてほしい」

「まったく、騒がしい連中だな君達は」

「あらあら~」

 あっと言う間にクリュウは皆に囲まれる。エレナとルーデルに怒鳴られ、いつの間にかサクラは左腕にしがみ付き、自然に右腕に抱きつくフィーリアがサクラを牽制し、シルフィードが呆れながらもさりげなくクリュウの服の裾を掴んでいたり、そんな彼らを微笑ましげにセレスティーなが見詰める。

 一瞬にしてさっきまでの重苦しい雰囲気も真剣な空気も崩れ、いつもの彼ららしいのん気なムードに包まれる。どんな状況でもそういう空気に変えてしまうのは実に彼ららしい。

 どんな苦難にぶつかっても、きっと彼らは自分のペースを崩さない。それは仲間を信じている証拠だ。

 互いを信頼し合う仲間達。

 一人の少年を想う乙女達。

 そして、そんな彼女達の期待に応えようと決意する少年。

 様々な想いを乗せて、竜車隊は一路エルバーフェルド帝国の中枢、帝都エムデンへ向かう。

 

 エルバーフェルド帝国首都、帝都エムデン。丘の上に築かれた街はドンドルマにも負けない大規模都市。石造りの家はもちろん、道路も石で舗装されている。大都市らしい外観を持つ街だ。

 ドンドルマと違い、丘の上に築かれた街の外周全てを二重三重に外敵を阻む石壁が覆い、さらにその外周は河川事業で川を引き込んで人工的に三角州にしており、決められた箇所の羽橋でしか行き来ができないようになっている。街の周りにはエルバーフェルド軍、正式にはエルバーフェルド国防軍の中でも精鋭の近衛師団が常駐して帝都防衛に任を受けている。線路も当然敷かれており、エルバーフェルド軍の象徴である列車砲も数十輌配備されている。

 外敵の進入を阻む街作りに加えて帝都防衛に強力な軍隊を有するエムデンは大陸にある街の中でもトップクラスの難攻不落の城塞都市となっている。

 ドンドルマと比べてもう一つ大きく違う点を言うと、斜面に街を作るという点ではエムデンも同じだが、街の中心部は比較的丘の上の平野に築かれ平らである事。増築によって拡大したドンドルマと違って最初から的確な都市開発が行われた為に街がきれいに整然されている事。大通りが曲がらずに一直線に伸びている事もその特徴だ。

 栄えるのに合わせて規模を拡大させたドンドルマの街並みも無骨でいいが、こういう計算された街作りもまたいい。

 そんなエムデンに、一行は辿り着いた。

 

 国防軍の兵士に案内されて一行が竜車を止めたのはエムデン宮殿から少し離れた場所にある政府専用の来賓野営陣地。他国や国内の諸侯が帝都を訪れる際に護衛に同行した人々に野営の為に用意される場所だ。

 レヴェリ使節団はそこに到着するとすぐにルーデルの指示で野営の準備に取りかかる。事前の打ち合わせ通りルーデルはこの場に残って待機部隊の指揮を行う。実際にエムデン宮殿に向かうのはクリュウ、エレナ、フィーリア、サクラ、シルフィード、セレスティーナの六名だ。

 天幕(テント)を設置する兵に指示を出すルーデル。そんな彼女の背後に六人が集まる。

「ここは私に任せて、あんたは自分のやるべき事、がんばりなさい」

 振り返らず、ルーデルは誰かを明言せずに言う。だが、その場にいる全員がその言葉が誰に向けられたものかわかっている。

「ありがと、ルーデル。行って来るよ」

 クリュウがそう言うと、ルーデルは振り返る事なく手をヒラヒラと翻す。行ってらっしゃい、そういう意味が込められた。

 クリュウは一つうなずくと、振り返って待ってくれている皆を見回す。

「それじゃ、行こうか」

 皆が、一斉にうなずいた。

 

 宮殿へ向かう道中、一行はあっと言う間に大勢の人々に囲まれた。皆一様に熱気に満ちた表情と情熱をもってクリュウ達にまるでライトボウガンの速射のように質問を連発する。どうやら、エルバーフェルド国内の新聞会社の記者らしい。

 記者に囲まれてしまい動けなくなるクリュウ達。しかしすぐにこれを見ていたルーデルが兵士を動かしてこの記者達を追い払い、一行は改めて宮殿へ向かう。

「しかし、すごかったですね」

 ハンターの武装を脱ぎ、先日と同じ正装を施したクリュウは乱れた服を直しながら疲れたように言う。

「そうだな。野営陣地に向かう際に街を抜けた時もずいぶん注目されたし、野営陣地にもずいぶん野次馬が来ているようだが」

 先日のドレスはさすがに恥ずかしかったらしく、今回はクリュウと同じような男装のようなスーツ姿のシルフィードが戸惑う。

 そんな彼らの疑問を答えたのはセレスティーナだ。

「レヴェリ家はエルバーフェルド国内で最も有名な貴族家だからね。しかもお父様は国民に重税を課してまで過剰な軍備増強を続ける政府をあまり好いてないの。だから、レヴェリの旗を掲げた一団が帝都に定例諸侯会議でもないのに来るのが驚かれたんでしょうね。きっと、国の大方針の根幹に関わる重要な密談が行われると勘違いしてるみたい」

 おかしそうに言うセレスティーナの説明に、クリュウ達は納得したようにうなずく。そういう背景なら確かに野次馬も集まるだろうし、記者も必死になる訳だ。

「一国の政府だけじゃ飽きたらず、マスコミや一般人にまで迷惑を掛けるなんて、あんたらしいわね」

 呆れるエレナの発言に、クリュウは返す言葉もなく苦笑を浮かべる。ぶっちゃけ彼の中ではまさかここまでの大事になるとは思っていなかった。この辺は彼の世間知らずさが招いた訳で。

「ともかく、早く宮殿に向かいましょう。またマスコミに囲まれたら面倒ですから」

 フィーリアの言う通り。今度はルーデルの助けも得られないだろうし──そもそも、サクラが危ない。さっきもあと少し兵士の介入が遅ければ記者に襲いかかるような勢いだった。おそらく、先日の騒動と同じようにドレスのどこかに太刀を忍ばせているだろうし。

 クリュウはうなずき、エムデン宮殿へ向かう足を早める。

 

 エムデン宮殿は実に美しい宮殿であった。

 王国時代からエルバーフェルドの象徴であり、大陸の数ある宮殿の中で最も美しい宮殿と言われる建造物だ。

 エムデン宮殿は巨大な《コ》の字形の本館と繋がって左右に隣接する横長の別館を主として構成されている。それらを総称して本殿と呼ぶ。

 本殿の周りにも複数の建物が美しく左右対称に隣接し、全体の宇着くさを際だたせる。

 エムデン宮殿の周りには美しい花畑が咲き誇り、地下から湧き出すきれな水が堀を優雅に流れ、宮殿中央広場にある噴水からは幻想的に水が天を目指す。

 ドンドルマは比較的新しい街だ。歴史は浅くてこういう歴史的建造物はない。しかもドンドルマの街並みは圧倒はされるが美しいと感じる事はない。無骨な作りは、それが装飾を必要としないハンターの街だという表れか。

 一方のエムデンは歴史は古く、王族が統治していただけあって景観を非常に大切にしている。その為こうしたエムデン宮殿のような美しい建造物があるのだ。

 初めてエムデン宮殿を目にしたクリュウはそのあまりの規模の大きさと美しさに目を奪われた。建物だけではなく、広大な庭にも手入れが行き届いており、一目見るだけでこの国のすさまじさを見せつけられたような気になる。

「エムデン宮殿は今から二〇〇年程前に当時の国王が諸国に対する自国の象徴として建設して以来、王国時代はもちろん、共和国、そして現在の帝国と国家体制の根幹が変わってもエルバーフェルドの権力象徴であり、国民の誇りです。エムデン宮殿に勝る城や宮殿はこの世には存在せず、並び立つものがあるとすればアルトリア王政軍国のアルトリア城くらいだと言われています」

 エムデン宮殿の美しさの巨大さに驚く一同にフィーリアは自慢気に説明する。彼女だって祖国を愛していない訳ではない。祖国に感心を抱いてもらう事はもちろん嬉しい。エルバーフェルド人にとって、エムデン宮殿は誇りなのだから。

 そうこうしている間に一行は正門の前に辿り着く。重厚な高い鉄製の柵が宮殿の敷地を全て取り囲んでいる為、宮殿内に入るにはこの正門を潜る他術はない。当然、出入口となる正門は厳重な警備がされており、大勢の兵士が武装して常駐している。

 現れたクリュウ達一行を見て、兵士が警戒態勢になる。何せ今はとりあえず停戦条約が結ばれたとはいえ、国を取り巻く現状は厳しい。当然、警備もいつも以上に警戒している。

 フィーリアは持っていたレヴェリの諸侯旗を掲げる。先頭に立つセレスティーナが兵士に事情を説明すると、「少々をお待ちください」と言って兵士の一人が門の脇にある兵士専用の簡易扉で敷地内へと消える。

 時間にして一分少々。突如として正門が開くと、兵士達は一斉にその場で直立不動となって敬礼。驚くクリュウ達の前で、開け放たれた正門から一人の青年が現れる。灰色のクセッ毛の強いロン毛に意思の強い黒い瞳の上から掛けた知的なメガネが特徴の兵士達と同じ黒い軍服を纏った美しい美青年。ただ違うのは白い稲妻を模した腕章を付けている所。階級の違いとか、そういう差ではない。

 実に端正な顔立ち。甘いマスクとクールな表情が魅力で、女性なら誰もが心奪われてしまうかのような美青年。だがセレスティーナは好みではないのかどこ吹く風という感じ。残りの女子はすでに意中の人がいるので同じく彼の魅力に引き込まれる事はない。

 現れた青年を見てフィーリアの表情が緊張に染まるのが見えた。それを見て、彼を知らないクリュウ達も自然と彼がずいぶん立場の上の人間だと悟る。

 一方、青年に対して朗らかな笑顔で出迎えるセレスティーナ。

「御機嫌よう。まさか親衛隊隊長自ら出迎えてくれるなんて、意外でしたわ」

「宮殿内へご案内します。どうぞ」

 挨拶するセレスティーナを無視して、青年は至極事務的に彼らを招き入れる。その態度に少なからずムッとするクリュウだったが、振り返ったセレスティーナが「あの人はああいう人なの。気にしないで」と笑顔で言う。何でもお見通しなんだなぁとクリュウは苦笑を浮かべた。

 青年の後ろに続いて正門を抜けると、噴水広場に辿り着く。その横を通り抜けて、いよいよエムデン宮殿の本館の門を抜ける。

 その間に、クリュウはフィーリアから青年――オコーネル・ゲルトハルト親衛隊隊長の説明を受ける。強力な準国軍に等しい組織の最高司令官だと言うのだから、フィーリアが緊張するのも当然か。

 オコーネルに案内されたのはとある一室。中に通されると、ずいぶん広い部屋であった。置かれたのは長テーブルとその周りを囲む簡素な椅子だけ。実に質素な外見だ。

 ここまでの道のりでも思っていたが、外見は豪華絢爛なエムデン宮殿だが、その内装は実に簡素だ。絵画もなければ花瓶もないしシャンデリアもない。床には絨毯もなく石畳がムキ出しだ。

 そんな簡素な内装の部屋には、すでに二人の女性が待っていた。

 長テーブルの上座に優雅に腰掛けているのは黒く艶やかな長い髪に血のように真っ赤な瞳が危ない雰囲気を漂わせる妖艶な女性。浮かべている表情もどこか妖艶な笑みで、クラクラするくらい大人の色香が濃い。ライザやセレスティーナとはまた違ったタイプの《大人の女性》という感じの人物。身に纏うのは国防軍の黒い制服だが、オコーネルのような腕章はつけていない。

 そんな怪しい女性の横で直立不動で立っているのは知的な銀縁メガネに強い鉄の意思を煌かせる鋭い碧眼をしたショートカットの黒髪をした少女。大人な色香全開の座っている方の女性に対してどこか幼さを感じる顔立ちは、自分達と同じくらいの年齢を思わせる。だがその冷徹な表情からは本当に自分達と同い年くらいか、という疑問を抱いてしまう程クールだ。

 まぁ、年齢に対して時折大人びた表情を見せたり、ずいぶん大人びた人を周りに持つクリュウから見れば比較的普通に見えてしまうのだが。

 二人の姿を見た途端、フィーリアの表情がさらに厳しくなった。察するに、今自分達の横に立っているオコーネルよりもずっと上の身分の人間なのだろう。その緊張が、自然とクリュウ達にも移る。

 座っている妖艶な女性は怪しげに微笑みながら、ゆっくりと口を開く。

「あら、レヴェリから使いの者が来るとは聞いてたけど、あなただったのね」

「お久しぶりですわね。お元気そうで何よりですわ、大臣」

 大人な女性二人のあいさつ。何とも緊張感があるようで、実はあまりない会話だ。だがこの会話の中で二つの事実がわかる。一つは二人は顔見知りだという事、もう一つは相手方の女性はこの国の大臣だという事。大臣がわざわざ出迎えてくれた事と、こんなに若いのにという二つの驚きが彼女を知らぬ者達の間に流れる。

 そんなクリュウ達の反応を、妖艶な笑みを浮かべたままの女性が気づく。

「あなたの後ろに控えてるかわいい子達は、外国の方?」

「……まぁ、そうね。よくわかりましたわね」

「私が「大臣だ」って言った途端驚いてたもの。この国の人間なら私の事は知ってて当然だもの」

 自信過剰にも思える発言だが、不思議と嫌味には聞こえなかった。あくまで事実を述べているだけ。そんな感じのセリフだ。

「諸国漫遊していた妹のお友達。ドンドルマの方から来てくれてますの」

 セレスティーナの説明はまぁ間違いではない。最近は主にドンドルマで活動する事が多いし、そもそも拠点としているイージス村を説明するよりは大陸中で名を知らしているドンドルマの方が説明しやすい。

「ふぅん、ドンドルマからねぇ。さすが大陸中から人が集まるだけあって、かわいい子ばっかり。一度目の保養に行ってみたいわぁ」

 女性は先程からセレスティーナだけではなく、その後ろにいるフィーリアやサクラ、エレナやシルフィード、さらにはクリュウを見て《かわいい》と連呼している。ちょっと熱を帯びた視線を向けられながら言うので、言われた側は少し恥ずかしい。

「いけません大臣。あなたは総統陛下の政権の要石。そのような外遊をしている暇などありません」

 女性の願望発言に対し一切の容赦なく寸断したのは彼女の横に先程から無言で立っていた方の少女。すると、そんな彼女の発言に大臣が拗ねる。

「カレンったら意地悪ねぇ。まぁ、この国にもまだまだかわい子ちゃんはいっぱいいるから、その子達を全員愛で尽くしたらの話しよ」

「……ご身分を忘れられては困りますよ。大臣が如何わしい事で逮捕などされたら政権への打撃は尋常ではないのですから」

「大丈夫よ。警察はとっくの昔に私の支配下だもの♪」

「……さりげなく恐ろしい発言をするのはやめてください大臣」

「んもう、ちゃんとカレンもかわいがってあげるわよ」

「結構です。私が崇拝するのは総統陛下お一人だけです」

「んもう、つれないわねぇ……」

 何とも緊張感のない会話だが、その節々に権力に物を言わせた発言が見え隠れする。呆然としていると、大臣と呼ばれた女性が静かにこちらに振り返る。

「紹介が遅れたわね。私の名前はヨーウェン・ゲッペルス。このエルバーフェルド帝国の国家報道及び国民教育を担当する省庁を管轄する宣伝省の大臣。大臣と言っても他の難しい省庁と違って宣伝を担当するだけだからそんなに立場は強くないわ。よろしくね」

 女性――ヨーウェン・ゲッペルスは魅惑の笑みを浮かべながらそう名乗る。彼女が別名《妖艶のゲッペルス》と呼ばれる所以は、その妖艶な笑顔にある。その魅力的な顔立ちだからこそ、宣伝担当大臣という国民の前に最も顔を出す役目を負っているのだろう。

 ちなみに彼女はこう謙遜したが、宣伝省は国家プロジェクトの根幹に携わる省庁であり、国内の新聞を全て検閲したりプロパガンダ報道を行う為に国民への影響力は非常に強く、総統の後ろ盾を得ている為に他の省庁に対する圧力もまた大きい。事実上、エルバーフェルドで最も力のある省庁を管轄する大臣だ。

「カレン・デーニッツ国防海軍総司令官だ」

 至極簡潔に少女――カレン・デーニッツは名乗る。それ以上語る事はないと言いたげに黙る彼女の姿は、何となく誰かに似ているような気がしたクリュウ。

 向こうが名乗ったので、クリュウ達も簡単な自己紹介を済ませる。

 そして話はいよいよ本題へと移る。


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