モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第142話 フィーリアとエレナ クリュウを想う二人の決意

「どういう事だ?」

 突然の突拍子もない話に困惑するのはシルフィードだけではない。フィーリアもサクラもツバメも、困惑の表情を浮かべている。クリュウはそんな三人に対して静かに持論を述べてみる。

「──母さんは、アルトリアの王族に関係のある人なんじゃないかなぁって」

 クリュウの爆弾発言に、四人は驚きのあまり絶句する。普通ならそんな事はありえないと笑い飛ばせるが、基本ウソをつかない真面目な人が、真剣な表情を浮かべながら言えば、《まさか》と若干の信憑性を帯びてくる。それが自分の仲間だと尚更だ。

「まさか、そんな事は……」

 シルフィードが苦笑しながらやんわりと否定してみる。だが、それは正しい。彼の言う可能性は、ゼロに等しいものなのだから。

 シルフィードの否定に対し、意外にもクリュウも「だよねぇ」と苦笑を浮かべた。

「僕も本気にはしてないよ。このペンダントがその紋章が本当にアルトリアの王紋なのかもわからないし。もしそうだとしても城下町なんかで売られているレプリカかもしれない。むしろ、今並べた事例の方が納得できる──でも、同時にそれは母さんはアルトリア人だったって確証にも繋がるんだ」

 クリュウの説明を聞いて、ようやく四人は理解した。そして、クリュウは核心に触れる。

「──僕は母さんがアルトリア人なのか、確証を得たい。そして、母さんの故郷がどんな所なのか知りたい。だから、アルトリアへ行きたいんだ」

 自分の母親の故郷を知りたい。それは、子供として当然抱く想いだろう。それが、死に別れたのなら尚更だ。

 クリュウは幼い頃に両親を亡くした。父親の故郷がそのまま自分の故郷になっているので、父親の情報には事欠かない。だが、外国人である母の情報は今まで何もわからなかった。それが今、思わぬ形でその末端に触れ掛けている。自然と、拳を握り締めてしまう。

 母の故郷かもしれない遠い異国の地、アルトリア王政軍国。

 だが、そんな彼の想いは国家レベルでの大き過ぎる壁で妨げられてしまった。

「……でも、行けないのなら仕方ないよね。国家レベルで入国拒否されてるんだから、僕にはどうしようもないよ」

 苦笑しながら軽い口調で言うクリュウだが、その本心は残念で仕方がないという事くらい、四人は痛いくらいわかっていた。

 やっと見つけた母親の手がかり。なのに、それは国家という巨大な壁を前にして少しも近づく事ができない。

 皆に心配かけないように明るく振る舞ってはいるが、本当はショックが大きいのだろう。

 自然と、場の空気が重くなってしまう。それを感じたクリュウは慌てて「そ、そんなに気にしないでよ。僕だって無理な事は無理だって事くらいわかってるからさ。きれいサッパリ諦めたからさ。ね?」と努めて明るく振る舞う。

 そんな彼を見て、自分の無力さが悔しいと感じるシルフィード達。仲間が困っているのに、助けてあげる事もできない。それが悔しくて仕方がない。でも、国家レベルとなれば一個人でしかない自分達にできる事は何もないという事もわかっている。だから、尚更辛いのだ。

 いつの間にか、全員が黙ってしまい部屋の空気は重く、沈黙が流れる。

 こんな空気にしてしまった張本人は自分だという罪悪感からクリュウが慌てて話題を変えようとした時だった。

「──クリュウ様、わずかですが可能性がない訳ではありませんよ」

 突然、フィーリアがそう切り出した。当然その場にいたシルフィード、サクラ、ツバメ、そしてクリュウは驚く。

「いや、でも一般人は入国拒否されてるんじゃどうしようもないでしょ?」

 クリュウの問いかけに、フィーリアは「確かに、その通りです」とうなずく。

「だったら……」

「──でも、一般人じゃなかったら可能性はありますよね?」

 正直、フィーリアが言っている意味が全然わからなかった。それはクリュウだけではなくシルフィード達も同じだ。そんな皆の反応を見て、フィーリアは静かに切り出す。

「サクラ様やシルフィード様はすでにご存じだと思いますが、私はエルバーフェルド帝国の一等貴族出身なんです」

 フィーリアは静かに、そして力強く自身の素性を明かした。彼女にしてみれば、一世一代の爆弾発言だったのだろう。同時に、これはある意味彼女にとっての切り札──でもあったのだが、驚くのはツバメだけですでに知っているサクラとシルフィードはともかく、なぜかクリュウがまるで驚いていないのに気づいて、フィーリアは慌てる。

「え? お、驚かれないんですか?」

 顔を真っ赤にして、一世一代の大告白が不発に終わったフィーリアの問いかけに対し、クリュウは苦笑しながら答える。

「あ、うん。実は前にルーデルから聞いたんだ」

 クリュウもすでに以前ルーデルとチームを組んだ際に彼女からフィーリアの過去を教えてもらい、その時に彼女が大貴族の娘だという事も聞かされていたのだ。

 それを知ったフィーリアは「そ、そうですか……」と大告白が不発に終わった事でショックを受けつつも、健気に話を進める。

「レヴェリ家はエルバーフェルド初代国王の親友であった人の末裔で、王家の次に古く、そして権力を持つ貴族家です。現在は私の父が当主としてレヴェリ領を統治しています」

「それはわかったけど、それが何でアルトリアへ行ける可能性に繋がるの?」

 クリュウの問いかけに、フィーリアは複雑な表情を浮かべながら答えた。

「お父様に相談すれば、もしかしたらアルトリアへ行く手段ができるかもしれません」

「フィーリアの、お父さんに……?」

「はい。レヴェリ家は政府に対して大きな発言力を持っていますから、もしかすればクリュウ様のアルトリア行きが可能になるかもしれません」

 フィーリアは終始複雑そうな表情を浮かべながら、それでもクリュウの希望に沿えるような可能性を提示する。実際、フィーリアの言葉にクリュウの表情が明るくなっていく。

 一方、生粋の一般人であるシルフィードの表情は相変わらず険しい。

「しかし、本当にそんな事が可能なのか? いくら君の家が貴族家でも、政府に対してそのような物言いができるとは思えないのだが……」

 シルフィードは険しい表情を浮かべながら疑問を投げかけてみる。確かに、いくらフィーリアの家が貴族の家だとしても国を動かすのは並大抵の事ではないはす。むしろ無茶な話に等しい。だが、そんな彼女の疑問をフィーリアが静かに答える。

「レヴェリ家はエルバーフェルドでは大きな影響力を持つ家です。豊かな土地故に多くの税金を収めており、全貴族家で最も強大な諸行軍を有する領でもありますから、直訴すれば可能性はないとは言えません」

 エルバーフェルド帝国は現在も議会制民主主義の体制を執ってはいるが、現在は事実上政権与党の独裁政権となっている。そんな政府とはまた別に、地方で小さな国のように自治しているのが貴族が統治する諸侯領。そこではある程度独自の司法、行政、立法があり、領の警備をする諸侯軍がある。エルバーフェルドはそうした複数の諸侯領から成る連邦制の国なのだ。フィーリアはそんな強い影響力と戦力を持つレヴェリ家の力を使って、クリュウのアルトリア行きを政府に訴えかけようと言っているのだ。

 そう説明するフィーリアだったが、終始その表情は複雑そうだ。それを見てシルフィードは「あまり気乗りはしない、という感じだな」と素直に言う。

「私としては、お父様にあまり無茶は言いたくはないんです。ただでさえ私がハンターになると無茶を言った際にも反対していたのを何とか説得して了承してもらったんですから。お父様には、いつも迷惑を掛けてばかりですし」

 フィーリアが終始複雑そうな表情を浮かべていたのはそれが原因だったらしい。別に両親の事が嫌いという訳ではなく、むしろ大好きだから迷惑は掛けたくない。ただでさえハンターになると認めてもらっただけでも迷惑を掛けてしまった身だ。これ以上は負担を掛けたくはないという親を想う子供心。

「――ですが」

 そこでようやく、フィーリアは明るく微笑んだ。いつもの、皆を和ませてくれる優しい天使のような笑顔。彼女には、それがよく似合う。

「クリュウ様の為ですから。今回は子供という身分を目一杯使ってお父様に甘えてみますよ」

 そう言ってフィーリアはクリュウに向かって笑い掛けるが、今度はクリュウが複雑な表情を浮かべている。アルトリアに行ける可能性がわずかでも見えた事は嬉しいが、フィーリアと彼女の家族に迷惑を掛けるかもしれないとなると、やっぱり素直には喜べないのだ。そんな彼を見て、フィーリアの表情が曇る。

「……余計な、お世話だったでしょうか?」

「そ、そんな事ないよッ。すっごい嬉しいし感謝してる――でも、本当にいいの? フィーリアにすごい迷惑を掛けちゃうんじゃ……」

 不安気に言うクリュウの言葉を聞いて、フィーリアの表情が変わる。彼女にしては珍しく、ムッとしたようなちょっと怒っている感じの表情だ。

「クリュウ様は水くさいです。私達は共に背を預け合う、頼り頼られの仲間じゃないですか。迷惑なんて、そんな風に想ってもらっては心外ですッ」

 いつになく怒るフィーリアの口調に、クリュウは黙ってしまう。そんな彼の肩を、いつに間にか彼の背後に回っていたシルフィードがそっと叩く。

「フィーリアの言う通りだ。仲間内で迷惑なんて言葉を使うんじゃない。彼女のせっかくの厚意を、無碍にする事になる。何より、その発言は彼女の期待を裏切るに等しい。彼女は君の役に立ちたくてがんばろうとしているんだ。そんな彼女に、君が掛ける言葉は一つしかないだろう?」

 シルフィードの問い掛けに、クリュウは最初はわからなくて考えたが、すぐに彼女の言葉の真意を汲み取り、フィーリアへ向き直る。そして、

「ありがとうフィーリア。じゃあ、お願いするよ」

 笑みを浮かべながら、そう言った。すると、クリュウに笑い掛けられたフィーリアは顔を真っ赤にして「こ、こちらこそよろしくお願いしますッ」となぜか慌てて頭を下げる。彼女がお願いする事は何もないのだが、どうやらテンパっているらしい。

 そんなどうも微妙に噛み合っていない二人を微笑ましげに見詰めるシルフィードとツバメ。一方、これまでずっと沈黙し続けているサクラは相変わらずの無表情で何を考えているかわからない隻眼でじっと二人を見詰めている。

「できればなるべく早く行きたいんだけど、いつなら大丈夫?」

「そうですねぇ。帰郷するという旨を家に一報入れておきたいので今日明日は無理ですが、それ以降なら問題ありません」

「それなら一週間後というのはどうだろう? 長旅の準備を考えるとそれくらいがちょうどいいだろう」

 シルフィードの意見にクリュウは「そうだね。じゃあ、一週間後で」とフィーリアに頼み、彼女は「わかりました」と笑顔でうなずく。

 とりあえず大まかな予定が決まった所で、クリュウはほっとしたのだろう。ようやくいつもの笑みが戻り、協力してくれた皆を見回す。

「みんなありがとう。それじゃ一週間後、僕とフィーリアはエルバーフェルドに──」

「……待って」

 珍しくクリュウの言葉を遮って声を出したのはこれまでずっと沈黙していたサクラだった。サクラに話を遮られるとは思っていなかったのか、驚いているクリュウに向かってサクラは鋭い隻眼で見詰める。

「……二人で行くつもり?」

「う、うん。本当は僕の事だから僕一人で行きたいんだけど、フィーリアがいないと話が始まらないから。とりあえず二人でいいかなぁって……」

「……私もついて行く」

 サクラは力強く宣言した。そんなサクラの発言にクリュウは困ったような表情を浮かべる。

「いや、でもきっと長旅になるだろうし」

「……クリュウと一緒がいい。クリュウと離れるくらいなら今ここで自害する」

 サクラは一歩も引かない様子。そりゃ大好きなクリュウと離ればなれになるのは本気で嫌なのだろう。瞳には明確な意志が宿り、断固ついて行くと決心している。そんなサクラを見てクリュウがどうしたもんかと悩んでいると、シルフィードが苦笑しながら間に入って来る。

「諦めろクリュウ。サクラなら本当にやりかねんぞ」

 シルフィードは苦笑しながら「付き合いが長い君ならわかるだろ? こういう時のサクラは頑固だと」と彼に諦めるよう促す。事実、サクラは置き去りにされる事を断固拒否する構えを見せている。いくらクリュウの言う事でもこればっかりは聞けないようだ。

 クリュウは大きなため息を零す。だが、その表情は意外にもどこかサッパリしたようなものだった。

「わかったよ。じゃあサクラも一緒だ」

「……嫁として当然の事」

 先程までの険しい雰囲気は消え、彼女の表情も幾分か和らいで見える。その微妙な表情の変化を見抜けるのは、今の所クリュウだけだ。他のメンバーは何となく雰囲気が和らいだくらいでしか感知できない。

 正直、フィーリアとサクラがついて来てくれるのは心強い。頼りになるというのももちろんあるが、何より安心感がある。

 ただ、ぶっちゃけこの二人だけでは心配でもある。こういう時、最も頼れる彼女にも、傍にいてもらいたい。いつの間にか、クリュウは腕を組みながら壁に背を預けて立っているシルフィードの方を向いていた。

「あのさシルフィ。君もついて来てくれるかな?」

 クリュウの問いかけに、シルフィードは珍しく不機嫌そうに眉をしかめた。それを見てクリュウは慌てて「ご、ごめんッ。無理なら無理で全然いいんだよッ」と慌てて前言撤回。だが、シルフィードは腕を解いて彼の方へ腕を伸ばすと、無防備な彼の額に軽くデコピン。額を押さえて驚くクリュウにシルフィードは再び腕を組んで仁王立ち。

「……バカな事を訊くな。当然私もついて行くに決まっているだろう? そんな当たり前の事をわざわざ口で言わせるな」

 シルフィードが怒っていたのはそれだった。そんな当たり前の事をわざわざ確認する彼の行為がムカついたのだ。そんなに自分は薄情で頼りにならないと思われているのか、怒るのと同時に悲しくもなる。

 だが、そんな彼女の心境を知ってか知らずか、クリュウはシルフィードの言葉に一瞬申し訳なさそうに表情を暗くしたが、すぐに彼女がついて来てくれるという事実にそれは笑みに変わる。そして、

「あ、ありがとうシルフィ」

 無邪気な笑みを浮かべながら、そう感謝した。シルフィードはその笑顔にほんのりと頬を赤らめるとそれを隠すようにそっぽを向く。

「れ、礼を言われるような事はしていないぞ」

 珍しく、素直じゃないシルフィードであった。

 結局、クリュウだけではなくフィーリアにサクラ、シルフィードまでがエルバーフェルドに行く事になった。そんな四人のやり取りを一人無言で見守っていたツバメは静かにため息を零す。

「……そうなると、ワシは留守番じゃな。長旅の間、村を守るハンターが不在という訳にはいかんからのぉ」

 そう言って、ツバメは苦笑しながら村に残る事を選んだ。村を守るべきハンターが一人もいなくなる訳にはいかない。誰か一人残らなければならないとなり、ツバメは自らその待機組に志願した。

「ツバメ……」

「なぁに。ワシとオリガミがおればランポス程度なら鎧袖一触じゃ。さすがに飛竜となると話は変わって来るが、とりあえずの守備は問題ない。村はワシに任せて、お主は自分の成すべき事を貫け」

 ツバメは自分の役目をしっかりと熟知していた。直接彼を支えるのは彼から絶大な信頼を受け、これまで幾多の苦境を共に乗り越えてきたフィーリア、サクラ、シルフィードの三人。自分は、そんな彼を陰から支える裏方で十分だと。

 横に並んで守る仲間もいれば、背後を守る仲間もいる。自分は、後者なのだと。ツバメはそう自分の役目を決めていた。

「ありがとう、ツバメ」

「なぁに、礼などいらん。ここはワシにとっても大切な《帰る場所》じゃ。守るのは当然じゃよ」

「……そっか。じゃあ、村の事は任せたよツバメ」

「無論じゃ」

 ツバメは男らしく拳を突き出して彼の期待に答える証を見せる。クリュウはそれを見て小さく笑みを浮かべると、そっと自身も拳を突き出す。

 互いの拳をぶつけ合い、指切りの漢(おとこ)版と言った所か。ツバメはそれに満足したように笑みを浮かべると「それじゃ、早速オリガミに相談しないとのぉ」と言って家を出て行った。

 残されたのは、いつもの四人。

 これまで多くの苦境を共にしてきたチームであり、互いを心から信頼し合った最高のチーム。クリュウを中心としている為にある意味危うい均衡で纏まってはいるが、同時にクリュウの事になればこれ以上頼りになる絆はないだろう。

 そんな最高の仲間達を見回し、クリュウは改めて胸の奥に広がる言葉を、笑顔と共に口にする。

「フィーリア、サクラ、シルフィ――ありがとう」

 

 一週間後、イージス村から村人に見送られて一大の竜車が出て行った。竜車を引くのはアプトノスのアニエス。最近はセレス密林かドンドルマ経由の二択での狩猟ばかりだったので久しぶりの仕事。アニエスは嬉しそうに「キュイッ♪」とアプトノスらしくないかわいらしい声を上げて意気揚々と竜車を引いて歩く。

 アニエスの手綱を引くのは運転手を務めるシルフィード。身に纏うのは使い慣れた防具リオソウルシリーズと、同じく使い慣れた武器キリサキ。攻撃力と切れ味が高く無属性な武器で、どんな状況でも最大の力を発揮できる臨機応変に優れた装備だ。

 外にいるのは運転をするシルフィードのみ。幌の中にはクリュウ、サクラ、フィーリアの三人もそれぞれ武装して待機している。道中何があるかわからないからこその身構えだ。

 クリュウはずっと愛用しているレウスシリーズに万能武器デスパライズを纏い、フィーリアもいつもと変わらずリオハートシリーズにハートヴァルキリー改を武装。サクラは自身の過去の戒めとして決めている凛シリーズに新武器として雌火竜リオレイアの素材を使って作られた飛竜刀【翠】を武装。皆、臨機応変に対応できるような汎用性の高い武装を行っている。

 兜のない凛シリーズと、ピアスに変えている女子三人とは違い、クリュウは戦闘時は被るレウスヘルムを置き、長旅に備えての荷物を入れた木箱を背に座っている。だが、その瞳はチラチラと自分の隣を何度も見ている。彼だけではなく、幌の中で同じように座っているフィーリアとサクラ。さらに運転席側の幌の切り込みからシルフィードもチラチラと何度も振り返っている。

 そんな四人の微妙な視線を一身に集めるのは、他の四人のハンターと違って防具や武器で武装をしていない少女――エレナ。

 エレナは先程から無言で本を読んでいるが、皆の視線には気づいているのだろう。しばらくして顔を上げ、「何よ」と不機嫌そうに問う。そんな彼女の問い掛けに、クリュウが恐る恐るという感じに口を開く。

「今更だけどさエレナ、本当について来る気なの?」

「別にいいじゃない。狩りに行く訳じゃないんだし」

「いや、そうだけどさ……」

 クリュウは複雑そうな表情を浮かべながら、でも返す言葉もなく黙ってしまう。それは他の三人も同じで、まさかエレナがついて来るとは思ってもなかったのだ。

 一週間前、エルバーフェルド行きを決定した時にそれをエレナに話したらついて行くと言い出したのが始まりだ。クリュウはもちろんシルフィード達も危険だし長旅になると説得したのだが、ことごとく失敗。結局、こうしてついて来てしまったのだ。

 そんな四人の様子を見て、エレナは不機嫌そうにプイッとそっぽを向く。

「何よ。人を邪魔者扱いしちゃってさ。感じ悪い……」

「い、いえ。そういう訳ではないんですが……」

「言っておくけど、私だってアメリアさんの事が気になるのよ。子供の頃はお世話になったし、お姉さんみたいに慕ってた事もよく覚えてる。私にとっても、アメリアさんは大切な人だったの。その真相を知りたい、そんな事も願っちゃダメな訳? そもそも、フィーリアやシルフィードよりは本人を知っている私の方が適任じゃない」

 邪魔者、という訳ではないのだがどうもいつもと違う面子に困惑しているクリュウ達の反応がエレナは嫌で仕方がなかった。仲間外れにされている、そんな気持ちが彼女を不機嫌にさせ、言葉にも棘を持たせる。事実、名指しされたシルフィードはあまり気にした様子はなさそうだが、フィーリアは明らかに落ち込んでいる。それを見て罪悪感から居心地が悪くなり、エレナはさらにプイッと顔を背ける。

「エレナ、そんな言い方しなくたって……」

「うるさい」

 なだめようとするクリュウに対してもエレナは容赦ない。何せ、彼女の不機嫌の根本はそんな彼にあるのだから仕方がない。彼女からしてみればここにいる誰よりも長い付き合いであり、アメリアを知っていて、皆と同じくらい彼の力になりたいと想っている(本人は否定するだろうが)。だが、彼がそんな重要な話を真っ先に相談したのがこの三人だった。

 自分はそんなにも頼りにならないのか。子供の頃からずっと一緒で、互いの成長を支えあって来た幼なじみなのに、どうして頼ってくれないのか。そんな虚しさと悲しさが胸を満たし、それが結果的にツンとした態度になって表に出てしまう。

 エレナの機嫌は直らず、幌の中は何となく重苦しい雰囲気に包まれる。外にいるシルフィードもそれをヒシヒシと感じており、人知れずため息を零す。

 

 その夜、一行は平原で野宿する事になった。ハンター四人が交代で夜番を担当し、その代わりエレナが炊き出し担当と簡単に役割を決めて夕食を済ませ、皆が寝静まる。

 パチパチと薪が割れる音を響かせる焚火を見詰めながら、夜番を担当するのはクリュウ。一人だから声を出す事もなく、無言で時折周囲を警戒しながら役目を全うする。

 一体どれくらいの時間が経ったのか。月や星の動きで何となくはわかるが、特に気にせずそうして一人の時間を過ごす。

「クリュウ」

 虫の声や風の音に耳を済ませていたクリュウがその声に顔を上げると、そこにはエレナが立っていた。

「エレナ。どうしたのこんな時間に」

「別に。どこで何してようと私の勝手でしょ」

「いや、集団行動してるんだからある程度は決まりを守ろうよ」

 そう言うものの、正直一人は退屈だったのでクリュウは内心は喜んでいたり。しかしすぐに彼女に「明日はまた早いんだから、早く寝なよ」と自ら話を終える。夜番はとりあえず今は自分だけで十分だし、彼女はハンターではない。あまり無理はさせたくはなかったというのが彼の優しい本音だ。

 だが、エレナは「私に指図するなんて、あんたも出世したもんねぇ」とからかうように言いながら、彼の横に腰掛けた。困惑するのはクリュウだ。

「いや、だからさ……」

「……別にいいじゃない。あんたとこうして二人っきりで話すの、何かすごく久しぶりな気がするし」

 エレナの言葉に、クリュウは一瞬ビックリしたような表情になったが、すぐに「そういえば、そうだね」と納得したようにうなずく。

 ハンターという職業柄いつも村を空けている事が多いし、オフの日はとことんオフという感じで体を休めたりするくらいだし、そもそも村にいる時はいつもみんなでワイワイとやる事が多く、彼女の言う通りエレナと二人っきりというのはずいぶんと久しぶりな気がする。

「にしても、あんた達と一緒に旅をするのって、これが初めてなのよね」

「そうだっけ? ドンドルマになら何度か行った事あるでしょ?」

「あれは旅っていう感じはしないでしょ。本格的な用意を整えての旅ってのはこれが初めてなのよ」

「うーん、言われてみればそうだね」

 ハンターであるクリュウと、ギルド関連の仕事がわずかながらあるとはいえ一般人のエレナ。進むべき道が違う二人は、自然と離れ離れになってしまう。一緒にいる時間も、削られていく。

 昔はいつも一緒にいたのに、いつの間にか幼なじみの二人はそれぞれの進むべき道に向かって歩み続け、いつしか一緒にいる時間が減ってしまった。言葉には出さないが、二人ともそれに対してどこか寂しさを感じているのは一緒だ。

「……あの事件からよね、あんたがハンターを本格的に志したのは」

 しばしの間の沈黙の後、ゆっくりと口を開いたエレナはどこか懐かしげに言う。そんな彼女の問い掛けに対し、クリュウはそれまでの穏やかな表情を消し、どこか悲痛さを感じるような、厳しい表情になる。

 エレナが言ったあの事件とは、今から約六年前の嵐の日に起きたクリュウの母――アメリア・ルナリーフの謎の死。

 突然の大嵐に村の子供エリエがセレス密林に行ったきり帰らず、アメリアはその捜索に長年引退していたハンターとして武装を纏い出て行った。しばらくしてエリエは自力で村に帰って来たが、アメリアは彼女を逃がす為に正体不明のモンスターと交戦。そのまま帰っては来なかった。

 嵐が去った後、村人総出でアメリアの捜索が行われたが彼女を発見する事はできなかった。それこそ、遺体すらも。

 捜索隊が唯一見つけたのは、母が現役時代に愛用していたG・ルナZシリーズのヘルムの、血に塗れた額当てのみだった。

 八歳の頃に父を、十歳の頃に母をそれぞれモンスターによって亡くしたクリュウは、それまで子供心の夢としか見ていなかった両親と同じハンターになる事を決意し、十二歳でドンドルマのハンター養成訓練学校に入学する事になった。

 そして今、クリュウは父や母と同じハンターになった。まだまだ両親のかつての実力には到底及ばなくとも、彼は両親が遺したイージス村のハンターとして暮らしている。

 彼がハンターになると決めたきっかけ、それが母アメリアの死。そして今回、そんな母の過去がわかるかもしれないのだ。

 村を出る前、村長に両親の事を聞いた。

 父、エッジ・ルナリーフはイージス村の出身。当時村にいたハンターの青年に憧れてハンターへの道を選び、村を出て行った。その間の事は両親からの話だけなので詳しくはわからなかったが、父は流浪ハンターとして世界中を飛び回り、己の実力を鍛えていたらしい。

 エッジが十八歳の頃、彼はイージス村から遠く離れた国にハンターとしてやって来て、そこで当時十六歳だった母アメリアと出会った。そして二年後、エッジはアメリアを連れてその国を出た。その後二人は結婚し、アメリアはエッジと同じハンターとなって二人は世界中を跳び回ってコンビで様々なモンスターを討伐していたらしい。

 両親がイージス村に戻って住むようになったのはアメリアが二七歳の頃。きっかけはアメリアの妊娠、クリュウが母のお腹に宿った事だったらしい。

 クリュウが生まれた後、母はハンターを引退して専業主婦になり子育てに専念。父は一家の主として立派にハンターとして稼いでいた。

 その後、父エッジはクリュウが八歳の頃にギルドからの古龍討伐の極秘依頼を受けて殉職。母アメリアもその二年後にあの事件で命を落とした。

 二人とも、子供であるクリュウに自分達の詳しい歴史を語らずして彼の前からいなくなった。クリュウは、無理とはわかっていても少しでも両親の事が知りたくてがんばった。二人とも有名なハンターらしかったので、養成学校時代はよく資料室に入っては両親の経歴を調べたりしたが、出て来るのは称号持ちだった父の事ばかり。母の事は、何も書かれてはいなかった。

 母の事が知りたい。子供なら当然抱く想い。

 母の死から六年が経ち、今ようやく彼の前に母の過去がわかるかもしれないという光が現れた。クリュウは今回、そんな光を目指しエルバーフェルドを目指している。

 そして、最終的には母の祖国――アルトリア王政軍国へ。

 自然と、握り締める拳に力が入る。そんな彼の拳を覆い隠すように、エレナの手がそっと添えられた。驚くクリュウが彼女を見ると、焚火のゆらゆらと揺れる明かりに照らされながら、エレナは静かに微笑んでいた。

「ったく、何らしくない顔してんのよ。あんたはいつもみたいにバカ丸出しな顔がお似合いよ」

「……バカ丸出しって、そこまで言う?」

 若干傷つきながらも、クリュウもまた自然と微笑んでいた。こうして、いつもと変わらずに接してくれるエレナの存在が、どことなく安心感を与えてくれる。母の事で不安や焦り、緊張などで無駄に力が入っていたクリュウは、そんな彼女を見て自然と肩の力が抜ける。

「心配してくれてるの?」

「バカ言わないでよ。何で私があんたの心配なんてしなくちゃいけない訳?」

「だよねぇ~」

 やっぱりと苦笑するクリュウを見てエレナはムッとした表情になると、そんな彼の後頭部を引っ叩く。意味がわからず「いきなり何するんだよぉッ」と怒るクリュウにそっぽを向き、「知らないッ」とエレナはプンスカと怒る。それに対し、クリュウは疑問符を頭に浮かべまくるばかり。

「そういえば、エレナがこうして旅してる事。おじさんやおばさんは知ってるの?」

 両親を失っているクリュウに対して、忘れがちだがエレナの両親は健在だ。ただ、病弱な母を介護する為に両親共に別の場所で暮らしているだけだ。以前までは病気の治療でドンドルマにいたが、一ヶ月前程から少し体調が良くなった事から治療から療養に切り替え、風光明媚なガリア共和国の田舎町に引っ越している。

「一応一報は出しといたわよ。ただ、返事が来る前にこうして出て来ちゃったけどね」

 エレナは気にした様子もなく答える。当然体の弱い母の事は心配しているが、母の事は父に任せている。自分の役目は、両親が残した酒場をちゃんと経営する事。そう思っているからこそ、互いに信頼しているからこそ、表面上はこうして平静でいられる。そういう意味では、クリュウなんかよりもずっと大人なのかもしれない。

「母さんの事が何かわかったら、おじさん達にも手紙で教えないとね」

 クリュウの父親とエレナの両親は幼なじみだ。子供の頃はよく一緒に遊んでいたらしいし、父が母を連れてイージス村へ永住する事を決めた際には何かと世話になったらしい。その後も、良き友人として母も加わって四人仲良く過ごしていた。互いに子宝にも恵まれ、その子供達もまた幼なじみとして仲良く育ち、今に至る。

 クリュウの提案に、エレナも「そうね」と静かに答える。

「それにしても、まさかエレナが本当について来るとは思わなかったよ」

 話題に一段落ついた所で、また別の話題を振るクリュウ。だがそんな彼の言動に対しエレナは不機嫌そうに眉をしかめる。

「何よそれ。やっぱり私を邪険にしてるんじゃない」

「ご、ごめんッ。そういう意味じゃないんだけど……」

「ちょ、何ムキになって謝ってんのよ」

 慌てて謝るクリュウを見てエレナもまた慌てる。別に彼女からしてみればちょっとからかったくらいなのだから、そんなに本気になって謝られる方が困るのだ。

「そりゃ、アメリアさん絡みの事だから気になるってのもウソじゃないわよ。でも本当は、あんた達と旅がしてみたかったのよ」

「僕達と?」

「そッ。だったあんた達いつもハンターの仕事でそこら中を飛び回ってさ、いつも私は村でお留守番。職種の違いだから仕方がないのはわかるけど、不公平よ」

「そ、そんな事言われても……」

「それにあんた、最近はいっつもフィーリア達とばっかりじゃない。たまにはあんたの横にいるのが私でも構わないでしょ。元々そういう関係なんだから」

「……え?」

 ポカーンとした表情を浮かべるクリュウを見て、エレナは自分が無意識に言った恥ずかしい発言に気づき、見る見るうちに顔を真っ赤に染めていく。

「ち、違うわよッ! 私は幼なじみとしてあんたが無茶しないように監督する責任があるのッ! だから横にいる方がいいって言ってるだけで、変な意味とかは全然全くないんだからッ! 変な誤解しないでくれる変態ッ!」

「えぇッ!? 僕まだ何も言ってないよッ!?」

「言う気があった時点で有罪よッ!」

「法律も何もないよねそれッ!?」

 照れ隠しにクリュウをポカポカと殴るエレナ。本気じゃないので痛くはないのだが、理不尽に殴られる側としては精神的に辛い。特に相手がどうして怒っているのかがわからないなら尚更だ。

「まったく、あんたって本当に成長してるんだからしてないんだかわからないわね」

「それはエレナもでしょ……」

 ようやく解放されたクリュウはそう返すとパチパチと燃える焚火に薪を加える。そんな彼の火に照らされる横顔を、エレナはそっと見詰める。

「あんた、やっぱ変わったよね」

 しばしの無言の後、それを打ち破るようにエレナがつぶやく。焚火の上台を作り、そこに水を入れた容器を吊るす作業をしていたクリュウはそんな彼女の言葉に「さっきと言ってる事違うけど」と軽くスルーする。だが、エレナは続ける。

「昔はさ、森の中や山の中を私が連れ回してて、むしろ私があんたを守ってたみたいな所だってあったのにさ。今じゃ、私はあんたに守られる側になったのよね」

「そりゃ、職業上当然でしょ? 僕はハンターで、エレナは一般人なんだからさ」

「そういう意味じゃないわよ。腕っ節とかじゃない、あんたは立派な男になったよ」

 そこでようやくクリュウは振り返る。きょとんとした表情を浮かべる彼にフッと小さく笑いながら、しかしエレナは静かに言葉を繋ぐ。どこか遠くを見るような目で、夜空を見上げながら。

「そりゃ、今だって女々しくて優柔不断で周りに流されやすい女ったらしだけどさ」

「……すごい言われよう過ぎて泣きそうなんだけど」

「――でもさ、そうじゃないとクリュウじゃないんだよね。すごい所は本当にすごいし、かっこいい時はかっこいい。でも、どこかに私が知っている、子供の頃から変わらないあんたがいる。それが、私としては嬉しいし、安心できる。あぁ、クリュウはクリュウだ。ってね」

「エレナ……」

「だからさ、あんたは立派だよ。ちゃんと、おじさんの背中を追って、前に進み続けてる。子供の頃からの夢を諦めずに続けてるって、すごい事なんだからさ。世界中のバカ達があんたを認めなくても、私だけはあんたを認めるわ――クリュウ・ルナリーフをなめるな、ってね」

 そう言って、エレナはニッと笑みを浮かべる。その月明かりに照らされた彼女の笑顔に、クリュウはドキッとして慌てて顔を背ける。そして、そんな自分の反応に困惑する。

「な、何でエレナなんかに……」

 フィーリアやサクラだったらまだわかるが、相手はあのエレナだ。子供の頃からの付き合いでずっと一緒だった、お風呂も寝る時も一緒だった事もあり、会うたび会うたびに暴言を言われては飛び蹴りされるあのエレナだ。なのに、そんな彼女の笑顔にドキッとしてしまった。それどころか恥ずかしくて目も合わせられない。どうかしてる。

「何よクリュウ。何で顔を背けるのよ」

「べ、別に背けてなんかないよ」

「ふーん、あんた何か顔赤くない?」

「た、焚火のせいだよッ」

 エレナに指摘され、慌てて顔を隠すように背を向けるクリュウ。そんな彼の反応を見て、エレナの顔にニヤァとイタズラを思いついた子供のような笑みが浮かぶ。

「ふーん、焚火のせいにしてはずいぶんと赤く見えるけどなぁ」

 からかうように言いながら、エレナはクリュウの首に両腕を回し、背中から抱きつく。慌てるのはもちろんクリュウだ。

「ちょ、ちょっとエレナッ」

「何よ」

「な、何よって……」

 思った事通り言えるはずもなく、クリュウは顔を赤らめたまま押し黙る。回された腕が柔らかいとか、鼻をくすぐる髪からシャンプーの匂いがするとか、吐息が近いとか。せめてもの救いはモンスターの攻撃をも防ぐ堅いレウスメイルが押しつけられているであろうエレナの胸を防いでいる事だろうか。そんな事を考えてしまい、ますます黙ってしまう。そんな滅多に見られない彼のかわいらしい反応を見て、エレナの顔に益々笑みが浮かぶ。

「あ、もしかしてあんた私なんかに欲情しちゃってる? 発情期? 発情期なのかしら?」

「ち、違うよッ! 誰がエレナなんかで……ッ」

「目を合わせられない今のあんたじゃ全く説得力に欠けるわねぇ~」

 ニヤニヤとイタズラっぽい笑みを浮かべながらクリュウをからかうエレナ。その行動は次第に大胆になっていく。

 背を向ける彼の、今は籠手(ガントレット)が外された素手を掴むと、それをそっと自分の胸元に当てる。この行動にクリュウはさらにテンパる。

「ちょ、ちょっとエレナ何して……ッ!?」

「ほーら、やっぱり私を意識しちゃってるじゃない。うわぁ、キモ」

 そう言いながらもやはりやっている本人であるエレナ自身も恥ずかしいのだろう、彼女の頬も焚火の明かりとは違う赤みを帯びている。だがその表情はどこか嬉しそうだ。

 ――自分の事をちゃんと《女の子》として見てくれている。それが嬉しくて仕方がないのだ。

 子供の頃からずっと一緒の幼なじみというのは親しく接せられるというメリットがある反面、親し過ぎるというデメリットもある。女の子としてではなく、姉弟のように見られる傾向があるのだ。しかし、クリュウはちゃんと自分を一人の女の子として見てくれている。それが、嬉しくて仕方がないのだ。

「か、からかうのもいい加減にしてよッ」

「はいはい。ちょっとした冗談なのに、何マジになってんのよ」

「うぐ……ッ」

 返す言葉もなく、押し黙りそっぽを向くクリュウの姿を見てエレナはおかしそうに笑う。笑われたクリュウはさらに不貞腐れて背を向け、それを見てエレナが笑う。しばらくそんな繰り返しをした後、笑い過ぎて目の縁に溜まった涙を拭い、エレナはそっと立ち上がる。

「さてと、そろそろあんたも交代の時間でしょ。私もそろそろ寝るわね」

「はいはい、どうぞ勝手にどこででも寝てください」

 唇を尖らせながら不機嫌そうに言うクリュウを見て、エレナは「あんた、何不貞腐れてんのよかっこ悪ぅ」と呆れる。でも同時に、そんな子供っぽいクリュウを見られて嬉しくもあるが。

「別に不貞腐れてなんかないよ」

「何年あんたの幼なじみやってると思ってんのよ。バレバレ」

「……は、早く寝たらいいだろッ」

「はいはい。言われなくても寝るわよ」

 顔を真っ赤にして怒るクリュウの声などどこ吹く風という感じに気にした様子もなく手をひらひらと翻しながら背を向けて幌の中へ入るエレナ。

「――クリュウ、何でも自分一人で抱え込むんじゃないわよ。言ったでしょ? 私とあんたは、たった一人しかいない幼なじみ。頼って頼られて……気が向いたら、相談でもしなさいよ。いいわね?」

 エレナはそうクリュウに告げると、幌の中へ消える。クリュウはそんな彼女の背中をしばし見詰めていたが、フッと口元に小さな笑みを浮かべる。

「……ありがと、エレナ」

 その声は、きっと彼女の耳にも届いただろう。そう、願いたい……


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