モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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モンスターハンター ~凜・恋姫狩人物語~(第3期)
第141話 動き出す物語 母を想うクリュウの決意


 それは遠い記憶の世界。または夢の中の世界……

 なぜそこが現実の世界ではないと断言できるのか。

 ――なぜなら、その世界にはもう現実の世界では会う事ができない、大切な人の姿があったからだ。

 

「クーくんは、どんな大人になりたいのぉ?」

 もう記憶の中だけでしか聞こえない、優しくて懐かしい声。鼻をくすぐるのは、この世で一番きれいだと信じて疑わなかった金色の長い髪。そこから香るのは、彼女が大好きだった雪山草の香り。

 じっと、まだ視界が低かった頃の自分を優しげに見詰める、自分と同じきれいな翡翠色の瞳。いつもキラキラと輝いていて、子供である自分よりもずっと子供っぽい。

 子供の頃から女の子っぽい顔立ちをしていた自分は、やはり彼女によく似ている。周りからもそっくりだと言われていたし、自分もそう言ってもらえるのがすごく嬉しかった事を、覚えている。

 屈託なく笑い、いつも楽しそうにしている。だが、今思えばその顔立ちや振る舞いに、何か普通とは違う高貴なものがあったように、今は思える。

 ギュッと自分のまだ何も守れないような小さな手を、大きな手で優しく握り締めてくれる。

 自分は、彼女の事が大好きだった。

 子供心に、大きくなったら今度は自分が守ってあげる。そんな小さな夢をいだいていたあの頃。

 まだイージス村も開拓が今よりは進んでいない頃。ある冬の暖かい日に、そう彼女に尋ねられた。

 あの頃の自分は、二人に憧れていた。だから、自分も同じ道を歩むんだと強く想っていた。

「僕もハンターになるッ」

 元気良く、ほめてもらいたい一心で大きな声で答えたのをよく覚えている。そして、それを聞いた彼女の笑顔だけど、どこか淋しげだった事もまたよく覚えている。

「う~ん、ママはクーくんにはそういう道に進んでほしくないなぁ」

 声のトーン自体は軽いものだったが、その言葉には息子を危険な目に遭わせたくないという親心が込められていたのかもしれない。

「僕は絶対パパやママのようなハンターになるもんッ」

 頑固に、拳を振り上げて言い切ったあの頃の自分。今の自分の原点であり、母の想いを無視した今の自分の始まりでもある。

「そっか……。あの人の子供だもんね、一度決めた事は絶対に曲げない……ほんと、中身はあの人そっくりだもんねぇ」

 そう言って淋しげで、でもどこか嬉しそうな笑みを浮かべる女性。その胸元に輝く金色のペンダント。そして、そこに描かれた紋章――そこで、世界が終わった。

 

 今の世界にはもういない。記憶の中でしか会う事のできない大好きな人。

 自分にとってはたった一人しかいなくて、いつもいつも傍にいてくれて、でも突然いなくなってしまって……

 会いたいと願っても、決してそれは叶う事はないと、今の自分はわかっている。

 あの嵐の日、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべて「夕食はママの大好きなハンバーグでお願いねぇ~」と、いつもと変わらぬ声を残し――でも、いつもとは違う物々しい武装を身に纏って、あの人は家を出て行った。

 ――そして、二度と戻っては来なかった。

 クリュウ・ルナリーフにとって、自分を生んで育ててくれたたった一人の母親――アメリア・ルナリーフ。

 ……母との思い出は、今もそこで止まったままだ。

 

 目が覚めた。

 視界に映るのは見慣れた自分の部屋の天井。まだ夜だから、その天井は暗いままだ。

 ゆっくりと、身を起こす。

 部屋に差し込んで来る月の光を追って、クリュウはじっと空に煌く月を見詰め続ける。

「……母さん」

 生前、彼女に向けていた子供っぽい呼び方ではなく、成長した自分が彼女を呼ぶ、彼女が知らない呼び方。今でも、少し違和感を感じる。

 ギュッと、胸元に掛けられたある物を握り締める。それは、亡くなった母の形見。その中でも最も母が大切にしていた、常にずっと首に掛けていたペンダント。そして、あの嵐の日に忘れていった母の宝物。

 ペンダントに描かれているのは、子供の頃には何も感じなかった――王冠を被った金火竜に騎士が乗って天を翔ける姿を模した紋章。

 ヴィルマ事件の際に知った、大国アルトリア王政軍国の失われた紋章……

「父さんはこの村出身だった。でも、母さんはどこか異国の出身だって、言ってた……」

 今まで気にもしていなかった事実が、これまでの欠片を集めていく事で、一つの形を創り上げていく。

 最後のピースが、カチリとハマった音がした……

「――母さんは、アルトリア王家に何か関係があったの?」

 そう尋ねても、返って来るのは月の光と風の音だけ。答えは――自分で見つけなくてはいけない。

 

 翌朝、まだ日が上がって間もない頃。クリュウは静かに目を覚ました。ゆっくりと起き上がると、その場で軽く体を伸ばしてしつこい眠気を追い払う。

 しっかりと目が覚めるとベッドから降り、すぐ傍の窓に掛かったカーテンを開く。途端に薄暗かった部屋いっぱいに朝のまぶしい日差しが広がる。

 窓を開くと、朝の清々しい空気が入り込む。深呼吸して肺いっぱいにその空気を満たす。

「うん。今日もいい一日になりそうだ」

 クリュウは窓を開けたままにして着替えてから自分の部屋を出る。まだ朝早いという事もあって誰も起きていないのだろう。家の中は静かだ。特にいつも騒がしい家なので尚更だ。

 しかしリビングの方へと歩いていくと、次第に人のいる気配と音がしてきた。静かにそのまま歩むと、リビングに着く。ドアを開いて中に入ると、そこにはある意味予想通りの人物がいた。

「おはよう、フィーリア」

 クリュウが声を掛けると、せっせと動いていた少女が驚いたように振り返る。

「お、おはようございますクリュウ様。今日は起床が早いですね」

 そう驚きながら挨拶するのはエプロン姿のフィーリアだった。いつも食事をするテーブルの上にはコネている途中だと思われるパンがある所を見ると、朝食の支度をしてくれていたんだろう。

「ちょっと目が覚めてね。それより、今日の当番フィーリアだっけ?」

 共同生活という事もあり、クリュウの家では家事は当番制となっている。なのでローテションで平等に分配しているだが、フィーリアは確か昨日が当番だったはずだ。

 すると、フィーリアは困ったように苦笑を浮かべる。

「本当はサクラ様が当番なんですが、起きて来られないんですよ。まぁ、昨日単独依頼から帰って来たばかりなのでお疲れでしょうし」

 昨日サクラは護衛任務を終えて帰ってきた事もあり、疲労から珍しくまだ眠っているらしい。フィーリアはそんなサクラの代わりに彼女の当番を自主的に変わっていた。

「優しいね、フィーリアは」

「そ、そんな事ないですよッ。と、当然の事をしているまでですから」

 クリュウに誉められ、フィーリアは顔を真っ赤にして慌てる。そんな彼女を見ながら「僕も何か手伝おうか?」とクリュウは尋ねる。

「私一人で大丈夫ですよ。クリュウ様はゆっくりしてらしてください」

「そ、そう? ならそうさせてもらうけど。いいの?」

「問題ありません」

 フィーリアは笑顔で自信満々に答える。それを見てクリュウは「じゃあ、よろしくね」と言ってリビングを離れた。

 外へ出ると、清々しい朝日が村全体を明るく照らしているのが見えた。クリュウはその場で朝の空気をもう一度味わうように深呼吸。

 クリュウはそのまま家の横に隣接している倉庫に入る。

 倉庫の中には武器や防具、道具類や素材などが大量に詰め込まれている。イージス村所属のハンター五人全員分の区画があり、それぞれの使う武器や防具などが分けられている。奥には共同の道具類が置かれている。ただし爆弾類は主にクリュウの区画に置かれている。

 クリュウは自分の区画に入ると、彼の主力武器であるバーンエッジやデスパライズなどに並んで木刀と木製の盾が壁に掛けられている。クリュウはそれを取って倉庫を出る。

 倉庫の横には彼の簡易的な小さな自主練場がある。クリュウはその中央に立つと、持った木刀と盾を装備して構えた。

 一度大きく深呼吸すると、素振りを始める。

 クリュウは狩猟などで村を空けたりする時以外はなるべくこうして自主的に鍛錬を行っている。こうした日々の努力で少しでもシルフィードやサクラのような強い剣士になれるようがんばっているのだ。日々の努力が実践で非常に役に立つという事を彼は十二分に熟知している。

 素振りや足捌きなどの動きの訓練から腕立てや村を一周する走り込みなどの基礎体力作りなども怠らない。こうした日々の努力の甲斐あって、クリュウは小柄な体格ながらもその体は結構筋肉質になっている。

 ただし最近ではフィーリアやサクラ、それにシルフィードまでが鍛錬をやり過ぎないよう注意するようになった。彼自身は体を壊さないようにという皆の優しい心遣いだと理解しているが、それもあるが三人の本当の理由はかわいいクリュウにあまり筋肉を付けてもらいたくないという、乙女的な理由だったりする。

 まぁ、そんな背景がありながらもクリュウは今日もいつもと同じように鍛錬を行う。

 いつもと同じように木刀を素振りをする。だが、いつもなら集中できるのに、今日に限ってはそれができなかった。

 頭の中では昨晩見た夢が、母アメリアの事が気になっていた。

 母であるアメリア・ルナリーフと、大国アルトリア王政軍国。この二つの接点が、どうしても想像できなかった。いくら考えても考えても仮の答えにもならず、頭の中はモヤモヤでいっぱいだ。

「ダメだ……」

 クリュウはいつもの半分の回数で素振りをやめると、その場に腰を落とした。全然動いていないので呼吸は乱れてはいないが、額には薄っすらと汗が浮かんでいる。

 クリュウは無言でポケットに手を突っ込む。その中に納められた物を取り出すと、それは母の形見のペンダント。先程着替えた際にここに入れておいたのだ。

 日の光を浴びて輝く金色のペンダント。騎士を乗せた金火竜を描いた紋様。それが意味するものとは……

 クリュウはしばし無言でそれを見詰めた後、まるでそれを忘れようとするように素振りを再開する。

 結局、今日の鍛錬はいつもよりも長くなった。

 

 クリュウが家に戻り、風呂に入って汗を流してリビングに戻ると、ちょうど朝食の準備が終わっていて、すでにサクラ、シルフィード、ツバメの三人が席に座っていた。そしてもう定番となったエレナとリリアの姿もある。

「ごめん、もしかして待った?」

「いやいや、ワシらも今起きた所じゃ。のぉシルフィード」

 笑顔で答えるツバメがシルフィードに話題を振るが、シルフィードはボサボサの頭で濁った瞳でぼぉーっとしたまま。相変わらず朝が弱いシルフィードがいつもの凛々しさを取り戻すのにはもう少し時間が掛かりそうだ。

「サクラ、ちゃんとフィーリアにお礼言った? 君の代わりに朝食の支度をしてくれたんだから」

 クリュウは片目を閉じて席に鎮座しているサクラにそう言うと、サクラはゆっくりと隻眼を開く。

「……和食が良かった」

 隣に座るツバメが無言でとんでも発言をぶっ放すサクラの頭をひっぱたく。頭を叩かれたサクラは不満げな表情でツバメを睨む。

「……痛い」

「当番を代わってもらっておいて言うセリフじゃなかろうが」

 呆れるツバメの隣でムスッとしているサクラ。当然その後はクリュウに怒られて渋々という感じでフィーリアに礼を言い、とりあえず収拾する。が、それが終わる間もなくリリアがクリュウに抱きついたりなどして騒動となり、結局いつもの朝が始まる事となった。

 

「あのさ、シルフィ。ちょっと相談があるんだけど」

 朝食を終え、リリアとエレナがそれぞれ自分の店に戻ってからしばらくした頃。コーヒーを飲みながら朝食後のひと時を過ごしていたシルフィードにクリュウは突然そう切り出した。

 いつになく真剣な表情で切り出すクリュウに、シルフィードはコーヒーカップをゆっくりとテーブルに戻す。

「相談? 別に構わないが、私でいいのか?」

「もちろん。こういう時はシルフィが一番頼れるからね」

 平然と言うクリュウの言葉にシルフィードは一瞬ドキッとし、ほんのりと赤らんだ頬を隠すように頬を掻きながら顔を逸らす。

「そ、そうか。あ、ありがとう」

「う、うん」

 妙な反応をするシルフィードにクリュウは首を傾げながらも、話を進めようとする。すると、二人しかいなかったテーブルに無言でフィーリア、サクラ、ツバメの三人がそれぞれの席に腰掛ける。

「みんな……」

「わ、私だって役に立てると思いますッ」

「……クリュウの為なら、命を捨てる事も辞さない覚悟はできている」

「男手が必要ならワシに任せておけ」

 クリュウを囲むように座るフィーリア、サクラ、ツバメ。シルフィードは小さく笑みを浮かべると、正面に座って驚いているクリュウに向かい合う。

「……君は本当に幸せ者だな。君を想う者達がこんなにもいるのだからな」

「シルフィード……みんな……」

 自分を囲む四人の姿を見て、クリュウは胸が熱くなるのを感じた。頼りない自分の周りには、こんなにも自分を想ってくれる頼れる仲間がいてくれる。改めてシルフィードの言う通り自分は幸せ者だと心から思った。

「まぁ、頼ってくれるのは嬉しいが、私一人にも限界と言うものがある。察するに、重要な相談なのだろう? ならば、ここにいる全員の知識や経験を結集した方が得策だ。そう思わんか?」

 シルフィードの言う事ももっともだ。皆の力を結集させれば、どんな困難でも打ち勝つ事ができる。事実、自分達は今までそうやって乗り越えてきたのだから。

 クリュウは一つうなずくと、その相談と言うのを口にする。

 

「──アルトリア王政軍国に行くには、どうすればいいのかな?」

 

 返って来たのは沈黙だった。

「あ、あれ?」

 困惑するクリュウが見詰める先で、四人はポカンとした表情を浮かべたまま固まってしまっている。

 しばらくそうして固まる四人と、困惑するクリュウとで無意味に時間が流れたが、ようやくシルフィードが先陣で復活する。

「アルトリアへ行く、だと? 正気かクリュウ」

 シルフィードの疑問はもっともだ。突然大陸北部にあるイージス村から大陸南方の海に浮かぶアルトリア王政軍国へ行きたいなど、無茶苦茶だ。突拍子もなさ過ぎるし、そもそもあまりにも距離があり過ぎる。

 困惑するシルフィード達に対して、クリュウは真剣な表情のまま続ける。

「僕は本気だよ。どうしても僕は、アルトリアに行きたいんだ」

 クリュウの表情を見て、シルフィードは彼が本気だという事を悟った。自然と、彼女の表情もまた真剣なものに変わる。だが同時に、その表情は幾分か暗い。

「……君の覚悟が本気だという事はわかった。だが、残念ながらそれは不可能に近いぞ」

 シルフィードは言いづらそうに、しかしハッキリと答えた。その返答は予想外だったのだろう。クリュウは驚き、困惑する。

「え、どうして? この前のガリアみたいに普通に入国はできないの?」

 この前シャルルの住むアルザス村に行く為にガリア共和国に入国した際はドンドルマ発行の通行手形があったとはいえ、比較的簡単に入国できた。アルトリアは、もっと入国審査が厳しいのか。その程度に考えていたクリュウに、フィーリアが言いにくそうに説明してくれる。

「アルトリア王政軍国は民間レベルでの自国民の大陸への渡航及び、大陸人の入国を禁止しているんです」

「き、禁止ッ!? つまり、入国がそもそもできないって事ッ!?」

 驚くクリュウの問いに、フィーリアは小さくうなずく。

 難しいレベルではない。そもそも入国ができないとなればどうしようもないではないか。クリュウがいきなり暗礁に乗り上げる事になった。

「ど、どうして入国を禁止しているの?」

「アルトリアは先のシュレイド王国の東西分裂を発端とした世界紛争の最中、大陸の複数の勢力に侵略され掛けたんです。その時は当時の女王様が犠牲になるも独立を守り抜いたのですが、以降アルトリアは大陸の人々を嫌い、必要最低限の交流しか持たなくなってしまったのです。その為、現在でも人の行き来を厳しく制限しているんです」

 フィーリアの説明を聞きながら、クリュウの頭の中には学生時代に受けた世界歴史の授業の内容が思い出されていた。

 大国シュレイド王国が東西に分裂した為に世界のパワーバランスが崩れ、様々な国や地域、部族などが交戦状態となり、一種の戦国時代に突入した。その時代に犠牲になった人の数は数万とも数十万とも言われているが、実際の数字はわかっていない。

 その最中でアルトリアも自衛戦争を行っていた。確かにそういう経緯があるなら、他国との関わりを極力避けるのも納得できる。だが、それではクリュウがアルトリアに行くのは不可能となる。

 何か方法はないのかと頭を巡らせて何とか解決策になりうる案を見つけた。

「この前みたいにハンターズギルドから通行手形みたいなものを支給してもらう事はできないの? ハンターって普通の民間人とは違うし」

「無理だ」

 クリュウの案を、シルフィードは一言でバッサリ切り捨てた。

「ど、どうして? ハンターズギルドと国家はハンターを自由に行き来させる為の通行条約を結んでるんじゃないの?」

「……アルトリアとハンターズギルドは、そもそもその条約を結んでいないんだ」

 シルフィードの言葉に、クリュウは絶句する。何せ、彼の中では全ての国とハンターズギルドは通交条約を結んでいると思っていた。まさか、それを結んでいない国家があるなんて、思ってもみなかったのだ。

「フィーリアも言っただろう? アルトリアは必要以上の外交をしないんだ」

「で、でもそれじゃモンスターが現れた時はどうするのさ。アルトリアだってモンスターは出るでしょ?」

「その為にアルトリアは強力な軍隊を持っているんだ。いざとなれば以前ヴィルマで見た飛行艦や、あれ以上に巨大な戦艦も出撃する。そもそもハンターを必要としていないんだ」

 クリュウはヴィルマで見た巨大な飛行艦を思い出す。リオレウス数体分の全長を持つ巨大な空を飛ぶ軍艦。シルフィードはあの時もアルトリアはもっと巨大な飛行戦艦を保有すると言っていた。確かに、あんな兵器があればハンターなど必要ないのかもしれない。

 呆然としているクリュウに、シルフィードは複雑な表情を浮かべながら、静かに言う。

「残念だがクリュウ。一般人がアルトリアに行く方法は、現時点ではないんだ」

 シルフィードの断言に、クリュウの表情が暗くなる。そんな彼の顔を見て、シルフィードだけではなくフィーリア、サクラ、ツバメの表情も曇る。特にサクラとツバメはこの手の話題は素人同然の為、適切なアドバイスどころか意見すらも満足にできないので、その無力感は大きい。

 部屋の空気が一気に重くなる。それを直に感じるシルフィードは落ち込むクリュウに自身が抱いていた疑問をぶつけてみる。

「ところでクリュウ。なぜ突然アルトリアへ行こうなどと思ったのだ? 私が知る限りの君では、その理由が思いつかないのだが」

 シルフィードと同意見と言いたげに、サクラも無言でうなずく。彼女二人からしてみれば、クリュウが突然アルトリア行きを思い立つきっかけすら見えない。

「……ヴィルマで、何かあったの?」

 サクラの隻眼がゆっくりと細められる。それは、彼女が真剣な時に見せる自身の愛刀のような鋭さで、煌く。

 数ヶ月前、クリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィードの四人は炎王龍テオ・テスカトルに襲撃され、壊滅的被害を受けた中継都市ヴィルマへ支援物資を届ける救援隊の護衛を引き受け、ヴィルマへ入った。その際ヴィルマ復興の為に遥か遠くアルトリア王政軍国から救援物資や機材を積み込んだ複数の大型飛行船で編成されたアルトリア王軍艦隊が現れ、ヴィルマの復興の基礎を作り上げた。これがクリュウにとっては現時点で最初で最後のアルトリアとの接点であった。

「確かにアルトリアはあまり交流をしない国じゃから謎は多い。興味が湧くというのもわからんでもないが、お主の様子を見るにそうではないのじゃろ?」

 ヴィルマの一件には関わっていないツバメも、大体の事はフィーリア達から聞いていた。そして、それらの情報や彼の様子を見て、静かにそう切り出す。

 ツバメの問い掛けに、そしてサクラの問い掛けにも答える形でクリュウは表情を真剣なものにして、ゆっくりとうなずく。

 いつになく真剣な彼の表情を見て彼の真意を探ろうとするシルフィード、サクラ、ツバメの三人。一方、この中でフィーリアだけが彼の真意の根幹に触れていた。まさかと思いながらも、フィーリアは静かに問う。

「……もしかして、アルトリアの失われた王家の紋章と何か関連があるのですか?」

 フィーリアの問い掛けに、クリュウはしばらくの間を置いて静かにうなずいた。

 一方、二人しか知らない話題にシルフィードが眉をしかめる。

「何だ。二人だけで納得されても困るのだが……」

「……洗いざらい吐け」

「いや、そこまでは求めておらんのじゃが……」

 三人は当然クリュウとフィーリアに説明を求める。特に切り出したフィーリアに視線が集まり、フィーリアは答えるべきかどうか彼と三人を何度か見比べて戸惑う。

「あ、あの……」

「――いや、僕が話すよ。それが筋ってもんでしょ?」

 恐る恐る口を開いたフィーリアを制し、クリュウが静かに切り出す。いつになく真剣な表情を浮かべる彼を見て、四人も自然と同じような表情になる。

「まず、僕の両親の話になるんだけど。僕の父さんの名前はエッジ・ルナリーフ。このイージス村出身のハンターで、村周辺の地域では今でも伝説として語り継がれているハンターなんだ。僕が生まれるまでは世界を股にかけて飛び回ってた流浪ハンターで、その頃に付けられた称号は、《銀翼》」

 クリュウから明かされた彼の父の名と、そして称号。残念ながら名前の方は四人とも聞き覚えはなかったが、称号の方に関してシルフィードとフィーリアが反応した。

「銀翼……聞いた事があります。十数年程前まで世間を騒がせた凄腕の大剣使い。単騎で様々な古龍を討伐して来た別名《古龍殺し》とも呼ばれたハンターだと……」

「……私も、そのような事を師から聞いた事があるが……君の父上は、そのような凄腕のハンターだったのか」

「子供の頃の話だし、父さんはよく村を空けていたから僕が覚えている事はほとんどないんだけど、すごい有名人だったって事は知ってた」

「でしたらどうして、今まで教えてくれなかったんですか? お父様が、大陸中に名を馳せたハンターだったと」

「……僕は僕だ。父さんとは違う。目指してはいるけど、違うんだ。だから、英雄の息子みたいな目で見られるのが嫌だったんだよ」

 気まずそうに視線を逸らすクリュウを見て、シルフィードは一人納得した。

 英雄の息子。彼はそれだけで自分を評価されたくはなかったのだ。有名人の子供やその子孫が抱く、誇りの裏に潜む劣等感。自分は自分だ。そう、想ってしまうのも無理はない。

 クリュウが打ち明けた、彼の隠していた闇。シルフィードは彼にそういった闇がある事に驚くと共に、少しほっとしていた。彼にもそういう人には言えない、見せたくないモノがあるのだと――彼も、自分達と同じ一人の若者なのだと。

「話を戻すけど、父さんと母さんは僕くらいの年の頃に父さんが旅の途中で立ち寄った外国で出会ったらしいんだ。母さんは元々ハンターとは無縁の人みたいだったんだけど、父さんに憧れてハンターになり、そこで才能を開花させて父さんと並び立つまでに成長した……そんな風に僕は聞いてる」

 自信を持って言えないのは、全て両親や両親の知り合いから聞いた情報だからだ。自分が生まれる前の親の事など、知る訳がないからだ。

「父さんと母さんは常にコンビで様々なモンスターを討伐し、流浪ハンターとして世界各地を飛び回ってたんだ。でも、母さんが妊娠すると、二人は父さんの故郷であるこの村に戻り、腰を据えた。僕が生まれると、母さんはハンターを引退して専業主婦になって僕を育て、父さんを支えた。それが、両親の主な歴史だよ」

「……周りが赤面するくらい仲がいい夫婦だった。おじ様もおば様もとても優しい人だった」

 この場ではクリュウとサクラしか知らない、クリュウの両親。聞く限りでも二人は相当な実力を持つハンターだった事がわかる。だが、疑問も残る。

「君のご両親の事はわかった。だが、それと今回のアルトリアの件とどんな関係があるんだ?」

 シルフィードの問いかけに対し、クリュウは無言でポケットに手を伸ばすと、そこから何かを取り出す。皆の前に拳を突き出す。握られているのは金色のチェーン。それに吊られているのは同じ金色のペンダント。雌火竜、おそらく金火竜リオレイア希少種に跨い、大地を掛ける一人の騎士を模したエンブレム。母、アメリア・ルナリーフが残した形見のペンダントだ。

「それは……」

 見覚えのない紋様に首を傾げながら凝視するサクラ、シルフィード、ツバメ。しかし、フィーリアだけは驚愕のあまり絶句し、クリュウとペンダントを交互に見合う。そんな彼女の視線に対し、クリュウは「そう……」と静かにうなずく。

「これは母さんが大切にしていたペンダント。そしてそれに描かれるのは、ヴィルマでアルトリアの総軍師に教えてもらった──アルトリアの失われた王族の王紋だよ」


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