モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第137話 孤軍奮闘少年少女物語

 右手にドスイーオス及びイーオスの一隊。左手にはガノトトス。その周囲にシャルル、エリーゼ、レンの三人が揃っている。

 クリュウを中心とした位置取りは文字通り挟撃状態。しかも角笛を吹いた事で全てのモンスターの意識がこちらに向いている。G級ハンターでもなければこんな状態に陥れば当然嫌な汗が流れる。

 クリュウはレウスヘルムの下で引きつった笑みを浮かべながら、それでもその両の瞳はしっかりと状況を見極めている。

 まず最初に動いたのはクリュウだった。ガノトトスの方を向いて水ブレスを警戒しながら、道具袋(ポーチ)の中に腕をねじ込ませる。その途端、それを妨害するようにドスイーオスが鳴き、イーオス三匹が走り出す。ガノトトスも首をグッともたげる。

 一瞬の間があり、ガノトトスは水ブレスを撃ち放った。クリュウはそれを体をねじるようにして避ける。目標を見失ったブレスはそのまま突撃して来るイーオスの一匹を吹き飛ばす。この予想外の事態に他の二匹が反射的に足を止めた。その瞬間を狙って、クリュウは道具袋(ポーチ)から腕を引き抜き、握り締めた拳大の玉をイーオスの方へ投げつける。イーオス達に無防備に背を向けたクリュウの行動を見て、三人はとっさに目を瞑った。

 ――次の瞬間、拳大の玉が破裂して強烈な光が辺りに弾けた。圧倒的な光量はイーオス達の目を潰す。その範囲は広く、後続のイーオス及びドスイーオスもまた目を潰される。

 一瞬、たった一発でクリュウはドスイーオスの一隊を一時的とはいえ行動不能に陥らせる。一方、水中を拠点に行動する為に目を然程重要視しないガノトトスは相変わらずクリュウを狙っている。ガノトトスの場合は音に敏感な為、水中での音爆弾が効力を持つのだ。

「今のうちにエリア3へ退避ッ! 急いでッ!」

 ドスイーオス襲来で驚愕のあまり立ち尽くしていた三人にクリュウは怒鳴る。そのいつになく余裕のない彼の怒鳴り声に三人は一気に現実へと引き戻される。

 いつもならここで一言くらい噛み付きそうなエリーゼも状況が状況だけに黙ってうなずき、すぐにレンの首根っこを掴む。

「逃げるわよシャルルッ!」

「で、でも……ッ」

「バカ言ってんじゃないのッ! この状況を今のあたし達だけで好転できると思ってる訳ッ!? 寝言は寝ていいなさいッ!」

「そうじゃないっすッ! 兄者一人残して逃げられないっすッ!」

「わからないのッ!? この状況であたし達がウロウロしている方があいつにとっては邪魔なのッ! ずっと一緒にいながら、そんな事もわからない訳ッ!?」

 エリーゼの怒鳴り声にシャルルはグッと押し黙る。本当はもっと言ってやりたい事はたくさんあるけど、彼女が言っている事が全て正論であるという事くらい、わかっている。だからこそ、言い返せないのだ。

 ――自分では、クリュウの足手まといになる。その事実が。

 ……どうしようもないくらい、虚しい。

 瞳の中で煌く炎が弱まり、うつむき、悔しげに拳を握り締める。

 エリーゼはそんなシャルルを問答無用とばかりにレンと同じように首根っこを掴んで連行する。

「考えてる暇はないのよッ! ったく、いつも何も考えずに突っ走るのにこんな時に限って考えてるんじゃないわよッ!」

 二人の首根っこを掴み、エリーゼは全力で走り出す。

 閃光玉の影響で行動不能に陥っているドスイーオス達に背を向けながらガノトトスと対峙するクリュウを見て、レンが「で、でもクリュウさんが……ッ」と叫ぶが、エリーゼは「黙りなさいレンッ!」と怒鳴りつけて無理やり黙らせる。

 逆に妙に静かに引きずられているシャルルの方を心配しつつ、エリーゼはクリュウの背中に振り返る。

「言っておくけどッ! 殿役で死んだりしてもかっこ良くなんかないんだからねッ!」

 

 エリア3へと抜ける道へ走って行く三人の背中を見送り、クリュウは無言でバーンエッジの柄を握り締める。とりあえず三人が安全圏にまで脱するまでは殿役を引き受けるつもりでいたし、それが責務だとも感じていた。

 クリュウはモンスター全ての視界から三人の姿が映らないように横に走り出す。それを追ってガノトトスがゆっくりと旋回し、水ブレスを撃ち放つ。背後の地面が吹き飛ぶ様を見て冷や汗を流しながら、クリュウはブレスを撃った事で一瞬動きが止まったガノトトスに向かって一気に接近する。そして、巨体を支える脚に向かって構えたバーンエッジを思いっ切り叩き込む。爆ぜる火花を無視し、ただひたすらに攻撃を積み重ねる。

 ガノトトスが動く。その巨体を縮め、まるで力を溜めるような動作が一瞬。次の瞬間、伸縮されていた筋肉が一斉に解放されるように、猛烈な勢いで巨体が迫る。何度もガードして来た体当たり攻撃だ。クリュウはこれも盾で直撃を避けるも、またしても大きく後退してしまう。

 脚で地面を踏ん張りながら吹き飛ばされないように地面を滑る。倒れる寸前で腕を着き、四肢を使っての突撃姿勢になる。だが、再突撃をしようとした彼の視界の隅で状況が変わる。

 閃光玉の効き目はイーオスは長いが、ドスイーオスはその半分程しか拘束力がない。ドスイーオスは鳴き声を上げながらクリュウに向かって突撃して来る。まだ三人の姿が見えてはいるが、角笛の効果でここにいる全てのモンスターが自分に集中している。

 内心、いくら手段がこれしかなかったとはいえ、これは少々やり過ぎたかなぁとヘルムの下で苦笑を浮かべ、その頬を嫌な汗が流れる。

 クリュウはガノトトスへの突撃を断念し、背後から迫るドスイーオスに振り返る。そのまま一切の間もなく無理やり突撃。完全な奇襲だと思っていたのだろうか、ドスイーオスはその動きに驚き一瞬動きが止まった。

「邪魔だぁッ!」

 クリュウは自身の纏うレウスシリーズをも武器にするようにドスイーオスに体当りする。衝突の瞬間、ドスイーオスの体が一瞬ブレたが、それでも体重の差は圧倒的。残念ながらクリュウはこんな荒業が使える程の体格は持ちあわせてはおらず、当然衝撃で吹き飛ばされるのは彼の方だった。

「くぅ……ッ」

 手にしたバーンエッジを叩き込もうと立ち上がった瞬間、背後の気配に反射的に横へ飛び退く。一瞬遅れて、寸前まで自分がいた地面が吹き飛ばされた。ガノトトスの水ブレスだ。

 二匹のボスモンスターから距離を置き、クリュウは苦しげに顔をしかめる。

 ドスイーオスだけならまだしも、ここには本来の討伐対象であるガノトトスまでいる。双方に注意を向けていないと大怪我を負う事は必至。

 追い詰められた状況にいて、クリュウは一瞬故郷に残してきた信頼できる仲間達の顔を思い浮かべる。

「……やっぱり、ついて来てもらえば良かったかも」

 そう言って、一瞬を苦笑を浮かべる。しかしすぐに表情を引き締め、目の前の状況に対峙する。この間にもイーオスに対する閃光玉の効き目も解け、状況はより危険度を増す。

 クリュウはため息を一つ零し、道具袋(ポーチ)から再び閃光玉を取り出す。無言でそれを前方に投擲し、彼は再びガノトトスに向かって突撃する。

 背後で炸裂した閃光玉が再びイーオスとドスイーオスの動きを封じる。その間にクリュウは再びガノトトスに迫るが、ガノトトスは白い息を吐きながら突然そこでジャンプ。そのまま地面に倒れると這いずりながら突撃して来る。エリーゼがやられたあの攻撃だ。

 クリュウはすぐに直角に針路を変えてガノトトスの前方から退避するが、ガノトトスの巨体故に広さがそれを許さない。仕方なく盾を構えるとガノトトスの大きなヒレと衝突し、彼の小柄な体はいとも簡単に吹き飛ばされる。そのまま目を潰されてフラフラとしているイーオスの一匹に激突。巻き込んで地面に倒れた。

「くそ……ッ」

 こちらに向き直るガノトトスを見てすぐに立ち上がってその場から離れる。一瞬遅れて起き上がろうとしていたイーオスもろともガノトトスの水ブレスが地面を抉り飛ばす。

 ガノトトスへ再接近を図るが、それを阻むようにガノトトスは巨体を振り回す。巨大なヒレを備えた尻尾と言うにはあまりにも太過ぎる尾が振り回され、クリュウは一瞬それ以上の接近ができなくなる。だがすぐに脅威でもあるが隙だらけでもあるこの攻撃。クリュウは冷静にもう一八〇度旋回するであろうガノトトスの動きを見て、立ち位置を変える。そして、再びの半旋回でガノトトスは彼の予想通りの動きを見せる。

 旋回を終えたガノトトスの眼前には、燃え盛るバーンエッジを握り締めたクリュウが待ち構えている。

「せいやッ!」

 クリュウは片足を軸にして体を回転させ、遠心力を利用して体全体を使うようにして回転斬りを放つ。燃え盛る鋭い刃先は容赦なくガノトトスの頬を焼き斬る。

「ギャゥッ!?」

 これにはガノトトスも怯む。だがそれは一瞬でしかなく、ガノトトスは頭を少し振ると何事もなかったかのように平然とその場で足踏みする。

 クリュウは舌打ちしてバックステップでガノトトスから距離を離す。だがそれを追うようにガノトトスは体当たりを放つが、クリュウは寸前でその範囲から脱して事なきを得る。

 バックステップで距離を取ったクリュウだったが、今度は閃光玉の効き目が切れたドスイーオスが迫る。クリュウはその場ですぐに回転斬りを放ってドスイーオスの胴体に剣を叩き込むが、ドスイーオスは構わず噛み付いてくる。その一撃は体をひねって無理やり回避し、バックステップで距離を取る。

 直後、一瞬前まで自分がいた場所の地面が凶悪な水圧で吹き飛んだ。ガノトトスの水ブレスだ。もしも一瞬でも動きが遅かったらと思うと、嫌な汗が止まらない。

「これじゃ共闘じゃないか……ッ」

 モンスターの中には共闘を見せる者がいる。敵対する種族同士でも、自然という世界においてあまりにも異質な《人間》というモンスターを前にすれば、それを全力で排除しようと連携する事がある。連携と言っても、互いに好き勝手に暴れ回るだけなのだが、その矛先は人間に集中する。

 クリュウも同じ状態な上に、角笛の効力がさらにそれを加速させているのだ。

 これ以上の戦闘は状況的にも、クリュウの体力的にも限界だ。おそらく、もう三人とも安全圏にまで脱しただろう。そう判断し、クリュウは敵の追撃阻止の殿役の任を終え、自身の撤退運動を開始する。

 クリュウの行動理由の変化に反応したのか、ガノトトスはそれを阻止するかのように這いずり突進でクリュウに迫る。迫り来る巨大な一撃にクリュウは横へ走り正面を避け、どうしても避け切れないヒレに対しては盾で直撃を防ぐ。だが当然クリュウの体は簡単に吹き飛ばされる。

 地面に膝をつくクリュウ。目の前には自分を追い詰めるには十分過ぎるくらいの戦力を有するモンスター混成隊。状況は限りなく絶望的だ。

 ――だが、クリュウだって何も手がない状態でこんな危険な任を引き受ける程バカではない。

 自身の実力の無さには、本来のチームに属している時に嫌という程痛感してきた。だから、せめて実力以外では皆の役に立ちたいと決意し、彼が行き着いた先は片手剣使いならではの道具(アイテム)だった。

 この状況を打ち破る術だって、彼は事前に用意してある。

 クリュウは苦しい状況下であるはずなのにヘルムの下で不敵な笑みを浮かべる。そして、道具袋(ポーチ)に伸ばした手を引き戻す。その手には拳大程の玉が握られている。

「――悪いけど、君達に付き合えるのはここまでだよ。続きはまた後でね」

 クリュウはそう言い残し、握り締めた玉を思いっ切り地面に叩きつけた。地面に叩きつけられた玉は破裂し、中から猛烈な勢いで緑色の煙が吹き出す。それはあっという間にエリアの一角を支配し、クリュウの姿を完全に隠す。

 見た事もない敵の行動に警戒するガノトトスとドスイーオス、そしてようやく閃光玉の効き目が切れたイーオス達も煙の外周に展開して包囲網を形成する。

 だが、しばらくして煙が晴れた時には――クリュウの姿はどこにもなかった。

 

「痛ぁ……ッ」

 エリア5から脱したクリュウはエリア3と繋がる道の途中でフラフラと道端に寄り、そのままそこにあった木の幹に背を預けるようにして座り込む。

 ヘルムを乱暴に脱ぎ捨て、全身に走る鈍痛に汗でビッショリと濡れた顔をしかめる。ガノトトスの巨体での突進を無理にガードしたり、吹き飛ばされるたびに全身を打ち付けるなどして彼の体は多少なりともの軽い打撲等を負っていた。後で薬草でも塗っておけば問題はないが、今はそれをするのも億劫なくらいに疲れていた。何せ、ボスモンスター二匹を相手に一人で立ち回ったのだから、その疲労はかなりのものだ。

「……ふぅ、追手はないみたいだね」

 クリュウはエリア5へ繋がる方を見て静かにつぶやいた。

 先程エリア脱出の際に彼が使ったのはモドリ玉と呼ばれる道具(アイテム)だ。脱出用の道具(アイテム)で、これを使えばかなりの確率でエリアを脱する事ができる代物だ。あの緑色の煙は相手の視界を潰す事で目で追う事を封じるばかりか、消臭効果もあり匂いでの追撃も封じ、尚且つ特殊な煙故に音すらも遮断してしまい、聴覚による追跡も阻止できる。まさに脱出用の最終兵器と言っても過言ではない道具(アイテム)なのだ。

 何とかモドリ玉を使ってエリアの脱出に成功したクリュウ。まずは一安心と言った所か。

 緊張の糸が切れ、乱れた呼吸を整える事に専念ししばらくその場で休憩していると、エリア3の方からこちらに走って来る者がいた。その荒っぽい足音を聞けば、見るまでもなくその人物が特定できる。自然と、クリュウの口元にも笑みが浮かぶ。

「兄者ぁッ! 大丈夫っすかッ!?」

 やかましいくらいに大声を上げながら走って来たのはもちろんシャルルだ。座っているクリュウを発見すると体当たりするかのような勢いで迫り、彼の前に座り込むとぐったりとしているクリュウを見てあわあわと慌て出す。

「け、怪我してるっすかッ!? シャルがおぶった方がいいっすかッ!?」

「落ち着いてよシャルル。別に大した怪我はしてないから安心して。ちょっと疲れてたからここで休んでただけだよ」

 クリュウが落ち着かせるように優しげに言うと、シャルルは安心したのかぐったりとその場に腰を落とす。

「よ、良かったっす……」

「何だよ。僕が死んだとでも思ってたの?」

「え、縁起でもない事言わないでほしいっすッ。シャルは純粋に兄者の心配をしてただけっすよッ」

 心から心配していたのに、それをバカにするかのようなクリュウの発言に聞き捨てならないとシャルルが噛み付く。クリュウは「ごめんごめん」と苦笑しながら謝ると、彼女の背後を見る。

「エリーゼとレンは?」

「二人ならエリア3で待機してるっす。シャルはわからず屋なエリーゼを振り切って兄者を助けに来たっす」

 偉いっしょッ、と言いたげに自信満々に胸を張るシャルル。クリュウは無言でそんな彼女の頭を小突いた。

「な、何っすか……?」

「バカ。逃げろって指示を出したのに戻って来る奴があるか」

「うっ……で、でも心配で……」

「君が戻って来た所で状況が好転するとでも? 何だかんだ言っても経験だったら今回のメンバーの中なら僕が一番あるんだから、少しは信用してよね」

「そ、そういう訳じゃないっすけど……」

 心配で心配で、せっかく急いで戻って来たと言うのに戻って来てみればクリュウに説教をされる始末。シャルルは目に見えて落ち込んでしまう。さっきまであんなに元気いっぱいだったのに、本当に感情の上下運動が激しい子だ。

 落ち込むシャルルを見て、クリュウは小さく苦笑を浮かべ、そっと彼女の頭を撫でる。驚いて顔を上げるシャルルに向かって、クリュウは優しく微笑む。

「でもまぁ、その気持ちだけはすごく嬉しいよ。ありがとう、シャルル」

 クリュウが優しげな笑みを浮かべながらお礼を言うと、シャルルはカァッを顔を真っ赤に染めてプイッとそっぽを向く。

「べ、別にお礼を言われる事じゃないすッ。と、当然の事をしたまでっすよッ」

「……まぁ、威張れる事でもないんだけどね」

 そう言ってクリュウは苦笑を浮かべると、ゆっくりと立ち上がる。まだ少しフラつくが、このままここにいても仕方がないので、とりあえず二人のいるエリア3へ向かおうとする。

「ほら、さっさと二人と合流するよ」

「むぅ、シャルは今来たばかりなのに……」

 不満げに唇を尖らせるシャルルを見て、クリュウは「わがまま言うんじゃないの」と彼女の頭を撫でながら注意する。彼の髪を撫でられながらの注意に、シャルルは「うっす……」とうなずく。その頬はほんのりと赤らんでいた。

 シャルルから手を離し、歩き出そうとクリュウは一歩を踏み出す。が、思いの外疲労が蓄積していたのか、いつもなら何の障害にもならないわずかな地面の窪みに足を取られ、バランスを崩した。

「っと……」

「だ、大丈夫っすか?」

 倒れそうになる所を、シャルルが慌てて抱き留める。

「ご、ごめん……」

「大丈夫っすか? もう少し休んでた方が……」

「平気平気。ちょっとつまずいただけだからさ」

「……兄者がそう言うならいいっすけど、無理はしちゃダメっすよ?」

「わかってるよ。ありがとうシャルル」

 お礼を言ってシャルルから離れようとするクリュウだったが、シャルルは無言でそんな彼の腕に抱きつき、ギュッと両腕で抱き締める。突然腕に抱きついて来たシャルルに不思議そうに彼女の方を見ると、シャルルは目線を外すように地面を見詰めている。その頬は、少し赤らんで見えた。

「シャルル?」

「ま、また転びそうになったら困るっすからね。シャルが手を支えててあげるっす」

「いや、だからもう平気だってば」

「さ、支えるったら支えるっすッ」

 問答無用とばかりにシャルルはグイッと腕を引っ張って歩き出す。クリュウは何となく彼女の気持ちを読み取って苦笑しながらそのまま後に続く。

「ほんと、いい後輩を持ったよ」

 シャルルに聞こえないような小さな声で、クリュウはつぶやく――この言葉からも、彼がシャルルの気持ちをほとんど理解していない事が見て取れるだろう。

 自分の気持ちなどほとんど伝わっていないのは何となくわかってるし、それで腹立たしい事もある。何であんなにも学力は優秀なのにこういう事はバカ全開なのか。

 ――だけど、今はこれでもいい。そんな風にシャルルは思っていた。

 大好きな先輩(クリュウ)と二人っきりで、こうしで腕を繋いで、並んで歩く。

 ……今は、それだけでいい。

 今が幸せなのだから、これ以上の幸せを願うのは罰当たりだ。

 だから今は、これでいいのだ……

 シャルルはクリュウからは見えない位置で、嬉しそうに微笑みを浮かべていた。

 

 エリア3にはシャルルの言った通りエリーゼとレンが待機していた。

 エリーゼは腕を組んで仁王立ちで存在感を全周囲に無駄に放出させ、レンはその後ろでクリュウの姿を見つけると安堵したのかほっと胸を撫で下ろしている。

 クリュウが目の前までやって来ると、エリーゼは仁王立ちのまま不敵な笑みを浮かべて彼を出迎える。

「ふぅん、意外とピンピンしてるじゃない。骨の一本でも折れてるかと思ってたのに」

「え、縁起でもない事言わないでよね」

 苦笑を浮かべるクリュウを見て、エリーゼも内心はほっとしていた。自分達を逃がす為に死なれたんじゃ目覚めが悪いという大義名分(?)を掲げてはいるが、心の中まで素直じゃない子だ。

 一方、《素直》を擬人化させたような汚れのない心を持つレンはクリュウが無事だった事を心から喜んでいた。

「ご無事で何よりです」

「ごめんね、何だか心配かけさせちゃったみたいで」

「いえいえ。でも心配はしていましたけど、不安はありませんでしたよ」

 嬉しそうに言うレンの言葉に、クリュウはちょっと驚いた。心配はしていたけど不安はなかった。その言葉の意味がわからず、クリュウは「どういう事?」と聞き返す。

 クリュウの問いかけに、レンは無邪気に笑いながら答える。

「だって、信じてましたから。クリュウさんは絶対大丈夫だって」

 レンの満面の笑顔での回答に、クリュウは少し照れてしまう。こうも真っ直ぐで、真正面から言われると、反応に困ってしまうものだ。

 そんな彼の心中など露知らず、レンは続ける。

「私、知らない男の人とはあまりうまく接しられないんです。ずっと、知っている男の子しかいない小さな村に住んでたので。それに、ドンドルマに来てからは同世代の男の子なんてほとんど会った事がなくて。正直、クリュウさんともうまくやれる自信はありませんでした」

 でも、とレンは続け、嬉しそうに微笑む。

「クリュウさんは違いました。すごく優しくて、でもとっても頼りになって、女の子みたいにかわいくて。私、クリュウさんと気が合うみたいです。だから、信じられる」

 嬉しそうに言うレンの褒め言葉の数々に喜ぶクリュウだったが、一部分に対して地味にダメージを負っていたり。真っ直ぐ過ぎる言葉故に、その威力は絶大だ。

 地味にダメージを受けているクリュウを前にして、レンはほんのりと頬を赤らめながら、その頬を隠すようにレザーライトヘルムを深く被る。

「最初は、田舎のお兄ちゃんに何となく似てたからかなぁとも思ってましたけど。たぶん違いますね。きっと、私はクリュウさんの事が――大好きなんです」

 その瞬間、色々な意味で時間が止まった。

 レンの爆弾発言に、クリュウは顔を赤らめて固まり、エリーゼとシャルルは逆に顔を真っ青にして固まっていて、レンは三人の様子を見て頭の上に疑問符を浮かべまくる。

「……クリュウ・ルナリーフ。話があるから、ちょっと来なさい」

 しばし沈黙していたエリーゼはそう言ってクリュウの首根っこを掴む。その声はいつもの彼女の声に比べて明らかに低く、氷のように冷たい。放たれるブリザードのような怒気も合わさって、ものすごく怖い。

「え、エリーゼさん? 目がマジなんですけど」

「黙ってついて来なさい。時間は取らせないわよ。ちゃっちゃと殺っちゃうから」

「ちょっと待ってエリーゼッ! 君の言う《やっちゃう》と僕の知ってる《やっちゃう》には重大な齟齬が生じてる気がするんだけどッ!?」

 問答無用でエリーゼに引きづられて行くクリュウは、そのまま明らかに人一人くらい埋めても気付かれないような林の中に消えて行った。それを無言で見送るシャルルとレン。

「ったく、兄者は相変わらず過ぎるっす。本当に元上位成績優秀者なんすかね」

「エリーゼさんとクリュウさん、仲がいいんですね」

「……お前、あれを見てどうしてそういう結論に達するっすか?」

 嬉しそうに二人を見送るレンを見て、シャルルは呆れたような表情を浮かべる。面倒そうに頭を乱暴に掻く仕草は、彼女もまた相変わらずな証拠だ。せっかくの数少ない乙女ポイントなかわいいツインテールも、これでは見事に台なし。

「そもそも、お前が兄者に向かって《大好き》なんて言うから無茶苦茶な事になってるんすよ?」

「え? でも私、クリュウさんの事好きですよ?」

 全く臆する事もなく断言するレンを見て、シャルルは半歩引く。まさか、ここに来て愛玩系ライバルの登場か? 一瞬にして警戒態勢に入るシャルル。

「……お前、マジで兄者の事が好きなんすか?」

 威圧するように睨みながら問うシャルルの問いかけに、レンは気づいた様子もなく満面の笑みを浮かべてうなずく。

「はいッ。エリーゼさんもクリュウさんも、もちろんシャルルさんも大好きですよ」

「……へ?」

 全くの邪心なく、純粋に真っ直ぐな言葉で言うレンの言葉にシャルルはポカーンとなる。なぜそこでクリュウと同じ列に自分とエリーゼの名が並列されるのか。

 困惑するシャルルを他所に、レンは嬉しそうに続ける。

「私に取っては、皆さん大切な人ですから」

 笑顔で言うレンの言葉に、ようやくシャルルも理解した――どうやら、レンの《好き》は自分やルフィールなどとは違う方向性のものらしい。

 理解すると、どっと疲れが押し寄せてきてシャルルはため息と共に肩を落とす。

「……お前、兄者と同じタイプっすね」

「へ?」

 あの二人が妙に仲がいいと思ったら、どっちも同じ方向性の天然だからなのか。妙に納得するシャルルであった。

 そして、誤解によって命の危険に晒されているであろうクリュウが消えた林に向かって、シャルルは静かに手を合わせる。

「兄者、ご愁傷さまっす……」

 ――合掌。

 

 しばしの小休憩を挟んで、四人は円陣を組んで中間作戦会議を開く。と言っても、当初の予定とはずいぶん状況が変わってしまい、事態はかなり深刻化している。その為、円陣を組む四人の表情は皆一様に険しい。

「状況を整理すると、私達の本来の討伐対象はガノトトス。しかしこの狩場にはドスイーオスも生息していて、ただでさえメンバーの熟練度的に厳しい戦いは、さらに絶望的にまで厳しさを増した――簡潔に言えば、勝ち目はほとんどないって訳」

 エリーゼはそう締めくくると、大きな大きなため息を吐く。そのため息一つに、今の状況がどれほどまでに絶望的かが表れているかのようだ。

「……正直、そろそろ本気で報酬金に対して割が合わなくなってきてるんですけど」

「ガノトトスだけでも必死なのに。そこに加えてドスイーオスとなると、ちょっと厳しいですね」

「ちょっと所か断崖絶壁に追い込まれるくらいに厳しいわよ」

 今チームの実質的な参謀役を担うエリーゼの表情は特に険しい。険しいのを通り過ぎて軽くやつれているようにも見える。効率優先主義の彼女にとって、今の状況はその信念に背くかのような苦境となっていた。

 ネガティブな発言を繰り返すエリーゼに対し、今度ばかりはシャルルも食って掛かる事はなかった。いくら単純突撃娘なシャルルでも、さすがにこの状況は気合だけではどうにもならないと理解しているからだ。バカなシャルルでも絶望に打ちひしがれるのだから、事の重大性はかなりのレベルに達している。

 クリュウもまた、その表情は険しい。だが経験の差か、他の三人よりは深刻そうではなかった。先程からずっと目を瞑って何かを思案するように無言で居続けている。

「で、どうする訳?」

 エリーゼは腕を組みながら深刻そうな表情を崩さずに皆に問い掛ける。自然と、その視線はクリュウに注がれた。

 レンとシャルルもクリュウの意見を求めて彼を見詰める。皆の視線を一身に受けたクリュウはしばらく無言を貫いていたが、ゆっくりと閉じていた瞳を開く。

「作戦を変更するしかないね」

「作戦変更っすか?」

「うん。メンバーの一人をドスイーオスの足止めに回す。ガノトトス相手は、残った三人で行う」

 それがクリュウの考えた新たな作戦であった。

 ドスイーオスを無視してガノトトスを相手にするのは極めて危険だ。奇襲などで背後を取られれば壊滅的打撃を受けるのは必至。その為、クリュウは危険度を比べた結果、戦力の分散に至ったのだ。

 だが、この作戦もまた危険である。当然、エリーゼが反対の手を挙げた。

「私達はいっぱいいっぱいなのよ? この状態で戦力を分散させる方が危険よ」

「だったら、君ならどうするの?」

「そ、そりゃまずはドスイーオスを討伐するのよ。それからガノトトスを討伐すればいい。これが一番安全な策だと思うけど」

 エリーゼは全員による総力戦を提示した。戦力の分散は各個撃破の恐れがある上に、彼女の言う通り今のメンバーでは総力でガノトトスに挑むのも手いっぱいなのだ。その状態で戦力を分散させるのは危険である。

 全員でドスイーオス、そしてガノトトスを討伐するのが最も安全な戦い方だ。エリーゼはそう判断していた。

 だが、クリュウはそんな彼女の提案に首を横に振る。

「僕らがドスイーオスに構っている間にガノトトスが川を下るかもしれない。そうなれば、当初の目的であるアルザス村の防衛は難しくなる。奴をこの狩場に係留しておくには、逐一奴と戦闘を繰り返す必要がある。全員でドスイーオスに構っていたらそんな余裕はなくなるからね」

 クリュウの説明に、エリーゼは無言で聞き手に徹する。彼女としても彼の案もまた正論だと理解しているからだ。本来の討伐対象であるガノトトスを逃がしてしまっては本末転倒。だからチームから一人をドスイーオスに向け、残る三人でガノトトスと戦う。危険だが、正論だ。

 しばらくエリーゼは頭の中で様々な展開を予想して沈黙を続けていたが、ゆっくりと閉じていた瞳を開く。

「仕方ないわね。状況が状況だし、あんたの案で行きましょう。戦術的には危険だけど、戦略的にはその方が効率がいいわ」

 最終的な効率を考慮した結果、エリーゼはクリュウの案を受け入れた。

 エリーゼが納得してくれてクリュウは少しだけほっとして表情を柔らかくした。そしてエリーゼが納得すれば、当然レンもクリュウの案を受け入れてくれた。

「危険ですけど、元々危険な任務ですからね。もうこうなったらドンと来いですッ」

「縁起でもない事言わないでよね。あんたの運のなさは筋金入りなんだから、本当にこれ以上ヤバイ事態になったらどうするのよ」

「す、すみません……」

 エリーゼに注意されてしゅんと落ち込むレンに苦笑しつつ、クリュウは今までずっと不自然なまでに沈黙しているシャルルに向き直る。

「シャルルはどう思う?」

「シャルいつでもは兄者に従うっす。考えるのは苦手っすから」

 実にシャルルらしい返事にクリュウは「そっか」と小さく口元に笑みを浮かべる。そんな二人を見てエリーゼも同じような表情を一瞬浮かべた後、再び表情を引き締める。

「それで? そのたった一人でドスイーオスを相手にする役目は誰に任せる訳?」

 ガノトトスに比べれば危険度は低い……とはドスイーオスは言い切れない。同じボスモンスターとはいえ、全く生態が異なるからだ。

 ドスイーオスは中型モンスターであり、機動力に優れている。しかも配下のイーオスが厄介だ。ドスイーオスとその周りに控えているであろう複数のイーオスを、たった一人で相手にする。ある意味、ガノトトス側と違って仲間から一切の支援が得られないこちらの方が危険かもしれない。

 そんな大役を、一体誰に任せるのか。エリーゼは真剣な表情のままクリュウを見詰める。

「エリーゼのガンランスは機動力が低いから小型モンスターを相手にするのは不得手だ。レンのライトボウガンも間合いを詰められやすい小型モンスター相手では分が悪い。しかもどちらもガノトトス戦では欠かす事のできないアタッカー。だから、二人はガノトトス側は確定しているんだ」

 エリーゼとレンはガノトトス。武器の特性を理解しているクリュウの班決定に、エリーゼはうなずく。レンもエリーゼと一緒だとわかると、嬉しそうに微笑んだ。

 残るは片手剣のクリュウとハンマーのシャルル。どちらも機動力があり、ドスイーオスやイーオスを相手にするのには問題はない。

 危険な役目だという事もあるし、何より発案者だけに本当ならクリュウ自身が行きたい。だが、彼の武器はガノトトスが苦手な火属性であり、ドスイーオスに対しては逆に効果は薄い。

 指揮する者は時に残酷な決断をしなくてはならない。クリュウは申し訳なさそうに彼女の方を見る。

「あ、あのさ──」

「──その役目、シャルに任せてほしいっす」

 クリュウの言葉を遮って、シャルルは立ち上がってそう自分から言い出した。驚く皆の視線を一身に受けて立つ彼女の表情には、並々ならぬ決意が宿っていた。

「その役目は、シャルが引き受けるのが適任っす」

「シャルル、あんた本気で言ってる訳?」

 エリーゼは驚きつつも、平静を装うように静かにシャルルに問う。だがその心中は、いつものようにその場のノリや勢いで言っているなら、そんな生半可な覚悟ならば思いっ切りブン殴ってやるつもりだった。

 ──だが、シャルルの決意は本気だった。

「シャルの武器はガノトトスには効果のない水属性っす。しかもハンマーという武器の特性上ガードができないっすから、兄者やエリーゼのように深くは攻め込めない。水ブレスを撃つ時の一瞬しか、シャルに攻撃のチャンスはないっす。正直、全然役に立てていないっす」

 シャルルは先程の戦闘から──いや、一番最初の威力偵察の際の戦闘から感じていた。自分が、武器の特性上深くは攻められない。ガノトトス相手では不利な武器な為に、皆に比べて活躍できていない、と。

 事実、シャルルはその武器の特性を知っているクリュウの指示で遊撃役に徹しており、手数では剣士二人に対して当てた回数はわずかだ。

 ガノトトス相手では自分はあまり役に立てない。でも、ドスイーオスの足止めなら自分の実力が今までに比べれば発揮できる。

 クリュウの言った通り、武器の特性上有利なエリーゼとレンはガノトトスと戦う方がいい。そして、火属性の武器であるクリュウも同じだ。だったら、チーム分けは至極簡単だ。

 シャルルは真剣な瞳で三人の前で威風堂々と仁王立したまま、ニッと不敵な笑みを浮かべる。

「──シャルはまだまだ暴れ足りないんすよ」

 彼女の決意と覚悟が本気だという、何よりの証拠だ。物的証拠なんてなくても、その瞳が、全てを物語っている──彼女は本気だ。

「……ったく、あんたがその目をしたらもう何を言っても無駄なのよね」

 口ではそうでも、エリーゼの表情は柔らかい。彼女の覚悟を知った以上、自分がこれ以上口を出すのは野暮だと、彼女はわかっているのだ──だって、口では絶対に言わないし認めようとはしないけど、彼女はシャルルの親友なのだから。

 エリーゼは無言でクリュウに向き直る。その視線には「さぁ、さっさと決めちゃいなさい」と彼に対する信頼の念が込められていた。クリュウはそんな彼女の想いに応えるように静かにうなずき、決意の表情に満ちているシャルルに向き直る。

「僕としても、この役目はシャルルに任せたいと思ってたんだ。危険な役目けど──引き受けてくれるかい?」

 クリュウの問いに、シャルルはニッと頼もしい笑みを浮かべ、グッと親指を突き出す。やんちゃなツインテールが、かわいらしく揺れる。

「任せておけっすッ!」

 自信満々に、シャルルは胸を叩いた。

 

 大まかな作戦概要の相談を終え、四人は再び出撃準備を整える。

 使用した道具(アイテム)の情報などを共有し、保有数の入れ替えなどを行う。特にクリュウがもしも小型モンスターと遭遇した場合に備えて持って来ていた閃光玉の存在は大きい。クリュウは当然それをシャルルに渡す。今回は主力として持って来ていないので、調合素材は持ちあわせてはおらず、最大所持数の五個しか持参していなかった。しかもうち二個は先程の戦闘で使用した為、シャルルの手に渡されたのは三個だ。

「ごめんね。こんな事なら素材をちゃんと持ってくれば良かったんだけど……」

 申し訳なさそうに閃光玉を渡すクリュウに、シャルルは気にした様子もなくニッと明るい笑みを浮かべる。

「後悔からは何も生まれないっすよ。何事も前向きに考えるのが状況打破に繋がるっす。元々閃光玉の準備は誰もしていなかったんすから、三個でもあるだけ奇跡なんすよ。この用意周到さは、さすが兄者っすよ」

「……そう言ってもらえると助かるよ」

 シャルルの言葉にクリュウはほっとしたように胸を撫で下ろす。危険な任務を後輩に任せるからには、先輩として、チームの臨時指揮官として出来る限りの支援をしてやりたい。クリュウはガノトトス戦では不要な閃光玉をシャルルに渡した。それ以外にも応急薬や携帯砥石なども自発的に渡す。本当は回復薬や回復薬グレートも渡したかったが、これはシャルルに断られた。

「兄者だって命懸けな戦いなんすから、持つべき物はちゃんと持ってないとダメっすよ。シャルは十分っすから」

 そう言ってシャルルは受け取った道具(アイテム)類を道具袋(ポーチ)の中に詰め込む。クリュウは無言でその肩をそっと叩いた。振り返るシャルルに向かって、優しげに微笑みを掛ける。

「……無理はするなよ。危険だと思ったらすぐに逃げるんだ。わかった?」

 クリュウの忠告にシャルルはニッと笑って「わかってるっすよ。シャルだってまだ死ぬ気はさらさらないっすからね」と元気良く答える。

「っていうか、兄者は少し心配し過ぎなんすよ」

「シャルルが楽観的過ぎるんだけどね」

 そう言って、お互いにどちらからとなく二人は苦笑を浮かべた。そんな二人を見て、エリーゼは呆れたようにため息を零す。

「ったく、あんた達相変わらず仲いいわね」

「そりゃシャルと兄者はラブラブっすからねッ」

 自信満々にないに等しい胸を張るシャルルを見て、また別の意味で苦笑を浮かべるエリーゼ。一方クリュウもまた別の意味で苦笑を浮かべる。

「同じチームメイトだからね。これくらい普通だよ」

 そんなクリュウの言葉にシャルルは目に見えて落胆し、それを見てエリーゼはまたもため息を零す。

「……あんた、本当に相変わらずよね」

「え?」

 きょとんとしているクリュウを見てエリーゼはそう零すと、がっくりと肩を落としているシャルルの肩をそっと叩いてやる。特に掛ける言葉もないが、シャルルはそれを素直に受け入れていた。

 そんなやり取りがあって、全員が準備を終えた。ここからはクリュウ、エリーゼ、レン三人によるガノトトス討伐隊とシャルル一人によるドスイーオス迎撃隊の二つの部隊に分かれて行動となる。

 準備を終えたシャルルは元気満々と言いたげにグルグルと両腕を勢い良く回し「絶好調っすよッ!」と気合を入れる。そんな彼女の姿に苦笑しながら、クリュウはそっとシャルルの頭を撫でる。

「それじゃ、ここからは別行動だ。僕達の側面の守り、よろしく頼むよ」

「任せておくっすッ。シャルは絶対兄者の期待に答えるっすからッ。兄者こそ、ガノトトスの事頼んだっすよッ」

「そっちこそ任せておけ」

 クリュウの返事にシャルルは満足気にうなずくと、グッと拳を突き出す。クリュウもそれに応えるように拳を突き出し、互いに拳をぶつける。

 別れの挨拶を済ませた事を確認し、エリーゼが「行くわよレン」とレンに声を掛けて歩き出す。その後ろを「あ、待ってくださいエリーゼさんッ」と慌ててレンが続き、もはや恒例行事とばかりに途中で見事にすっ転ぶ。

 そんな二人の背中を見てクリュウとシャルルは苦笑を浮かべ、再び向かい合う。

「それじゃ、がんばってね」

「おっすッ」

 シャルルは三人とは反対方向からドスイーオスの迎撃に向かう。

 気合充分とばかりに早歩きで去って行くシャルルの背中を静かに見送ってから、クリュウも無言でエリーゼとレンの後を追う。

 シャルルなら大丈夫。そう信じて、今の自分は本来の討伐対象であるガノトトスを倒す。そう心に誓った。

 オルレアン密林を舞台にした戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。


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