モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第136話 過去の傷跡に誓し想い

 まず最も危険であるモンスターの正面を避けるようにして散開するクリュウ達。横に向かって走りながらクリュウはガノトトスの姿を確認する。

 水の抵抗を減らす為に尖った顔。裂けたような大きな口に並ぶのは鋭利な刃物のような鋭い刃。その隙間から漏れる息は真っ白で、それが怒り状態だという事を意味している。

 ハンターはガノトトス相手では音爆弾や釣りカエルで陸上に上げてから戦うのが普通であるが、この方法だとガノトトスは怒り状態になってしまう。だがガノトトスは怒り状態が解けると今度は再び水の中に潜ってしまうので、また音爆弾などで引っ張り出さなければならない。

 つまり、ガノトトスを陸上で相手にする時は常に怒り状態と言っても過言ではない。

 全てにおいて今までのモンスターとは勝手が違う。それが水竜ガノトトスだ。

 横に逃げるように走るクリュウ。その時、ゾクリとする視線を感じた。見ると、ガノトトスが自分を狙ってゆっくりと旋回しているのが見えた。

 すると、ガノトトスはグッと体を持ち上げ、顔をもたげる。その動作に、クリュウはガッと地面を蹴り抜いて一気に加速する。次の瞬間、ガノトトスの口から猛烈な勢いで一直線に水が吹き出した。細い、人間の腕程の太さの水鉄砲。だがそれは鉄砲などと言うにはあまりにも勢いが違い過ぎた。

 咄嗟に速度を上げたクリュウが一瞬前までいた場所に着弾した水ブレスは、そのまま地面砕き、吹き上げ、抉り飛ばす。振り返ると、着弾箇所は大きく地面が抉り取られていた。

 ただの水が、地面をも砕く凶悪な武器に変わる。それがガノトトスの水ブレスだ。体内に蓄えた水を限界まで圧縮して撃ち出す。その威力は抉れた地面が物語るように、人程度なら一撃で防具まで砕かれてしまいかねない程に凶悪だ。

 クリュウは目の前でその威力を見せられ、ゾッと背中が冷たくなるのを感じた。

 離れ過ぎるのは危険と判断し、ひとまず中距離にまで接近する。その時、ガノトトスの右側面から一直線に猛突撃する者がいた――シャルルだ。

「うおりゃあああぁぁぁッ!」

 水ブレス後の一瞬の隙を突いて一気にガノトトスの懐に入り込んだシャルル。ハンマーを構え力を溜めながら接近。そして、自分の胴体よりも太いガノトトスの脚に向かって思いっ切りイカリハンマーを叩き落とす。

 小型モンスターなら一撃で吹っ飛ぶような一撃だが、ガノトトスはビクともしない。シャルルは舌打ちして横に転がるようにしてその場を離れると、ガノトトスのアキレス腱を狙って今度は連続してハンマーを叩き落とす。

 一撃、二撃と打撃を落とし、三撃目にはスイングを叩き込むが、それでも目の前の脚はしっかりと立ち続けている。

 もう一撃、と動くシャルルにクリュウが「深追いはするなッ」と叫ぶ。その声に反応してシャルルは一瞬で撤退に移行する。

 シャルルの撤退を援護するように一発の銃声が轟く。刹那、ガノトトスの側頭部に銃弾が一発着弾。一瞬遅れて爆発し、その衝撃にガノトトスの気が一瞬シャルルから逸れる。

 怯んだ隙を突いて安全圏にまで撤退したシャルルに代わり、今度はレンが一気に前に出る。使用した徹甲榴弾LV3から通常弾LV2に切り替え、連続射撃。狙いは寸分狂わず全弾首に命中する。レンの方を見ると、スコープで狙いをつけながら的確に首を狙って射撃している。先程のエリーゼからの忠告、ガノトトスの弾に対する弱点部位である首を狙い撃ちしているのだ。

 エリーゼの言う事をちゃんと遂行する。実にレンらしい攻撃だ。

 レンの集中攻撃にガノトトスは鬱陶しそうに彼女の方へ振り返ると、水ブレスを放つ。レンはライトボウガンの機動力を活かしてすぐに離脱を図っており、回避する。

 レンに気を取られていたガノトトスの足元に、今度はクリュウとエリーゼが同時に攻め込む。クリュウは右脚に、エリーゼは左脚に。それぞれ攻撃を開始する。

 クリュウは引き抜いたバーンエッジを引き抜く。空気に触れてバーンエッジの刀身から荒々しい炎が嵐のように吹き荒れる。炎を纏わせた刃を、クリュウは思いっ切りガノトトスの脚に向かって振り下ろす。

 刃がガノトトスの鱗に叩きつけられた瞬間、荒々しい炎が爆ぜる。火に弱い水竜の鱗はシャルルの打撃でもビクともしなかったが、クリュウの炎撃に数枚弾け飛ぶ。

「行けるッ!」

 クリュウは確かな手応えを感じ、そのまま二撃、三撃と連続してバーンエッジを叩き込む。

 そんな彼の反対で、エリーゼもまた攻撃を開始している。

「せいッ!」

 鋭い突きの一撃。斬るのではなく、貫く事だけに特化したその一撃はしかしガノトトスの分厚い鱗に阻まれる。弾かれた刀身は滑るようにして全く意図していない方向へと流される。

 エリーゼは舌打ちし、今度は踏み込むと同時にガンランスを豪快に振り上げる。狙うは脚と違って堅い鱗の少ない腹。突き出された一撃は先程とは違う手応え。先程は弾かれた刃はしかし、今度はしっかりとガノトトスの腹に突き刺さる。それを見て、エリーゼに不敵な笑みが浮かぶ。

「やっぱり、教科書通りねッ」

 エリーゼは知っている。学生時代に散々詰め込んだ知識の中に、ガノトトスの切断系及び打撃系の弱点が腹である事があった。

 だが、ガノトトスの体高は高く、残念ながらクリュウの片手剣では届きそうもないし、シャルルのハンマーでも難しい位置取りだ。つまり、ここは自分だけのガノトトスの弱点。

 そして、炎撃が最も効果のある部位。

 エリーゼは一切の躊躇なく引き金を引いた。その瞬間、突き刺さった刃のすぐ上にある砲口から砲撃の一撃が射出された。至近距離で、しかも傷口に向かって弱点属性である炎攻撃。これは結構なダメージだ。

 砲撃の反動で勢い良く刃を抜くと、そこから真っ赤な血が勢い良く吹き出した。エリーゼは一度バックステップで位置を変える。その瞬間、彼女はその大きな盾を構えた。同時にクリュウも同じように小さな盾を構える。

 度重なる攻撃に、ガノトトスは半歩引いて身を縮める。次の瞬間、その長い体のリーチを最大に活かして、横殴りのような体当たり攻撃を放った。ただの体当たりではなく、その巨体を活かして広範囲に与える一撃。多くのハンターがこの理不尽な程に広い攻撃範囲に苦しめられ、巨体過ぎる故に目視の感覚が狂ってしまいうまく回避したつもりでも攻撃を受けてしまうなど、ガノトトスの厄介な攻撃の一つだ。

 クリュウとエリーゼはそれぞれガードでこの一撃をやり過ごす。ただし、重量があるガンランスを携えたエリーゼはガードしてもビクともせずに、すぐにガードにすぐ移行できる状態で上段突きを放つが、軽量な片手剣を携えるクリュウは勢いに負けて大きく後退を余儀なくされる。当然、すぐに攻撃にも向かえない。これが軽量であり機動力が売りの片手剣の弱点の一つでもある。

 クリュウが抜けた穴を埋めるように、様子を窺っていたシャルルが戦線に加わる。

「どぅおりゃあああぁぁぁッ!」

 勇ましい咆哮をしながらシャルルはイカリハンマーを構えながら突進すると、溜めていた力を一気に解放してハンマーを振るう。それもただ一撃した訳ではない。足を軸にして体ごと回転し、その勢いでもって連続でイカリハンマーを叩きつける。そして最後の勢いを利用して今度は打ち上げるようにしてフルスイング。

「ガウゥ……ッ!?」

 シャルルの強烈な攻撃に、ガノトトスが初めて小さな悲鳴を上げて怯んだ。さすが全武器の中で最大攻撃力を誇るハンマーだ。それにシャルルの力任せの力が加わった一撃は相当なダメージなのだろう。

 シャルルはスイングした後すぐに横に転がってその場を離れる。同じ場所で戦い続けるのは得策ではないと、彼女は勘でちゃんとわかっているのだ。

 一方、同じ場所で戦うのが得策という者もいる。先程からエリーゼは自慢の盾を利用してその場で連続して上段突き攻撃を繰り返している。あの体勢こそガンランス使いの真骨頂とも言うべきガード突き攻撃。盾ですぐにガードもできるし、確実に一撃一撃を入れられる戦法(バトルスタイル)だ。

 ガンランスは全武器の中でもトップクラスの重量級武器であり、ハンマーのように軸を変える事で動きが阻害されない訳ではなく、構えたら常に動きが鈍ってしまう。その機動力のなさを補うように大きな盾を携えており、ガンランスは他の武器と違って回避ではなく防御主体で戦うのが一般的だ。

 そしてエリーゼも、機動力のなさを捨てて一ヶ所に留まりながら攻撃を繰り返している。ガノトトスがまたあの体当たり攻撃を仕掛けるが、エリーゼは全く動じない。

 体当たり攻撃に対して回避したのはガードのできないハンマー使いのシャルル。今度はクリュウが抜けたシャルルの代わりに戦線に加わる。そんな三人の剣士とは違い、ライトボウガンのレンは先程から自分の戦いを進めている。

 最低限度仲間達の支援をするも、基本的には自分のやりたいように攻撃を繰り返している。支援型ではなく攻撃型ガンナーであるレンの常の戦い方だ。

 最大攻撃力を誇る通常弾LV2を連続して首に向かって当て続ける。だが時々撃ち出された弾に手応えがない。そのたびにレンは唇を噛む。

 ティーガーと彼女が呼ぶライトボウガンは東方技術を使われた武器だけあって、ドンドルマの武器職人でもわからない事が多数ある。その為の整備不良のせいか、それともこの武器本来の他を圧倒する攻撃力の為か、不発弾とまでは行かないが時たま威力の弱い弾丸が吐き出される。一般的に言う会心率が低い武器なのだ。

 それでも、その会心率の低さを補うかのように攻撃力の高いティーガー。完全攻撃型の武器であり、支援弾丸が一切使えないばかりか属性弾も全て使用不能。高い攻撃力を活かして通常弾と貫通弾を主力に戦う、それがこの武器の扱い方であり、レンの戦い方だ。

 脚元に入ったクリュウはバーンエッジを振るう。剣を脚に叩きつけるたびに爆ぜる炎はガノトトスの鱗を焼き、鋭利な刃は熱せられて弱まった鱗を弾き飛ばす。確実なダメージが一撃一撃重ねられていく。

 シャルルと同じように自分を軸に回転し、その遠心力を利用して放つ剣撃は炎を纏ってガノトトスの肉を焼き斬る。迸る血には見向きもせず、ただひたすらに剣撃を叩き込む。

 そんな彼の隣ではエリーゼも奮闘していた。

「はぁッ!」

 気合裂帛。重力に逆らいながら打ち上げられた銃槍は一直線にガノトトスの腹に突き刺さり、一気に引き抜く。迸る血など気にせず、連続して上段突きを放ち、三撃目で砲撃に切り替えて傷口に向かって砲撃を叩き込む。傷口に対して至近距離で苦手属性の炎撃。エリーゼの攻撃には一切の容赦がない。

 ガンランスの必殺技は火竜リオレウスや雌火竜リオレイアの炎ブレスを参考に生み出した竜撃砲だ。だが竜撃砲はその絶大な威力と引換に発射まで一定の時間が必要な上、一度砲撃加速装置と呼ばれる機関を始動させればその場から動く事はできない。しっかりと身を固定しないと発射の衝撃で吹き飛ばされる事があるからだ。

 さらに一度使えば加速装置の冷却にもまた一定時間必要で、その間は当然竜撃砲も使用不能となってしまう、まさに必殺技なのだ。

 火属性を苦手とするガノトトスに対して絶大な威力を発揮するが、エリーゼはまだその撃つべきタイミングを測れずにいた。何せ連発ができな代物なので、適当にはできない。特にこの余力のないメンバーでは確実さが求められる。

 エリーゼは竜撃砲を撃つタイミングを見ながらも、攻撃は豪快にして繊細に。前衛役として十分過ぎる活躍を見せていた。

 ガノトトスはその巨大な体を旋回させて周囲を薙ぎ払うが、中心部である脚元にいる二人は構わず攻撃を続ける。中距離を保ちながら攻撃を繰り返しているレンもまた同じだ。

 レンは通常弾LV2を的確に首に向かって連射させている。ガノトトスの巨大の攻撃範囲のギリギリ外であり、弾の威力が最大になる場所。まさに絶好の間合いでの攻撃の数々はガノトトスの意識を分散させるのに大いに貢献している。

 ガノトトスは脚元にいる二人に対して体当たりをして追っ払おうとするが、二人はガードでそれをやり過ごす。クリュウは一時的に後退するが、エリーゼは構わず間髪入れずに砲撃を再開する。

 ガノトトスは脚元のクリュウとエリーゼの攻撃が失敗すると、今度は距離を開けて攻撃しているレンに対して水ブレスを撃ち放つ。だが当然レンはそんなガノトトスの動きをしっかり見てその場を離れた為、難なく回避する。

 一方、このガノトトスの動きを待っていた者が動く。

「うおっしゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 勇ましい雄叫びを上げながら突進するのはイカリハンマーを構えたシャルル。水ブレスを撃って一瞬動きの止まったガノトトスの頭部に向かって限界まで溜めた力を一気に解放するようにイカリハンマーを叩き落とす。その豪快にして強力な一撃にガノトトスが悲鳴を上げて一瞬仰け反った。

 シャルルは深追いはせず、すぐに離脱を図る。ガノトトスに対してハンマーは不利だという事は彼女も重々承知している。だからこそ、こうした一瞬の隙を突いての確実な一撃を積み重ねる事に集中している。

 本来はもっと肉薄して戦う事を好むシャルルだが、事前にクリュウから今回はそれは自分とエリーゼが担当する為、彼女には遊撃役に徹するよう指示が出ている。彼女の性格を十分理解したクリュウの根回しと彼女のクリュウに対しての絶対の信頼が成せるコンビネーションだ。

 シャルルは再び中距離を維持してチャンスを待つ。

 チームとしての連携はまだまだ未熟だが、とりあえず何とか最低限の連携はできている。クリュウとシャルル、エリーゼとレン、そしてシャルルとエリーゼとこのチームは比較的互いの事を熟知している組み合わせが多い事が短時間でここまで連携力を上達させた一因でもある。ある意味不幸中の幸いと言った所か。

 基本的な戦い方はガードが出来るクリュウとエリーゼが常にガノトトスと肉薄してダメージを蓄積し、攻撃型ガンナーであるレンも貴重な攻撃役としてダメージを蓄積しつつできる範囲内で全体の援護を担当し、隙を突いてシャルルが強力な一撃を叩き込む。それぞれ自分の役目をしっかりと遂行している。

 クリュウは暴れるガノトトスの脚に気をつけながら、確実に攻撃を積み重ねている。バーンエッジの刀身で吹き荒れる炎は勢いを増し、斬りつける度に炎がガノトトスの鱗を弱らせ刃を通りやすくさせる。大剣やハンマーのように力技ができない片手剣にとっては属性武器というのは貴重な付加要素なのだ。

 荒れ狂う炎を操りながら確実にダメージを積み重ねるクリュウ。その隣ではエリーゼがガード突きを繰り返して同じようにダメージを蓄積させている。遠くではレンがソロ射撃を続けており、シャルルもガノトトスがレンに向かって水ブレスを撃つタイミングを狙って頭に向かって打撃を叩き込む。

 クリュウを除いた三人は事前の威力偵察で一度軽くでも戦っているので、それぞれ何となくではあるがガノトトスの動きを見て自分がどう動くかをわかっている。そんな彼女達を見て、クリュウは序盤にしてはいいペースだと感じた。

 だが、ガノトトスはそんな彼らのペースを掻き乱す。

 自慢の巨体を活かして、ガノトトスは両足を軸にして体を回転させる。飛竜種などと同じ旋回攻撃だ。だがその範囲は使うモンスターの体長に比例する為、その範囲は他を圧倒する。

 クリュウとエリーゼはそれぞれガードでこの攻撃をやり過ごし、シャルルはギリギリで回避に成功する。一人完全に安全圏にいたレンはガノトトスの気を引き付けようと連続射撃する。

 だがガノトトスは旋回攻撃を終えると間髪入れずに続いて体当たり攻撃を仕掛ける。脚元にいたクリュウとエリーゼはガードで防ぐが、またしてもクリュウは勢いを止められずに吹き飛ばされてしまう。地面に背中から叩きつけられる彼を見て、シャルルが慌てて駆け寄る。レンも一瞬クリュウの方へと意識を向けてしまい、エリーゼは完全に孤立してしまった。

 連携の取れていないチームだからこそ陥る状況だ。クリュウは慌ててシャルルに「エリーゼの援護ッ!」と叫ぶが、遅過ぎた。

 ガノトトスは突然小さくジャンプすると、バックステップで逃げようとしていたエリーゼに向かって地面を這うようにして突進する。これにはエリーゼも驚き、ガードが一瞬遅れてしまった。ガノトトスの突進の直撃を受け、エリーゼは大きく吹き飛ばされる。

「エリーゼさんッ!?」

 吹き飛ばされたエリーゼはそのまま地面の上を何度か転がりようやく止まる。倒れた彼女に向かって血相を変えたレンが慌てて駆け寄る。

 予期せぬ事態の連続に、チームは完全にバラバラな動きになってしまった。

「よくも兄者をッ! エリーゼをッ!」

 しかも血が頭に上ったシャルルはクリュウからの指示を無視して全くの無策でガノトトスに襲いかかる。これにはクリュウは小さく舌打ちする。

 レンは倒れたエリーゼの横で右往左往しているし、シャルルは一人で突貫してしまう。完全にチームは乱れてしまっている。

 クリュウはすぐに腰に携えた角笛を取って吹く。エリア全体に響く角笛の音色に、ゆっくりとシャルルの方へ向き直っていたガノトトスがクリュウの方へ向く。それを確認してから、クリュウは三人から離れるような動きを取った。

「シャルルとレンはエリーゼを連れてエリア3へ離脱ッ! 急いでッ!」

 クリュウの必死な声に頭に血が上っていたシャルルはすぐに冷静さを取り戻し、エリーゼの方へ駆け寄る。倒れているエリーゼは意識はあるようで受けたダメージの痛みに苦しげな声を漏らしている。そんな彼女の横ではレンが涙目になって右往左往している。

「何してるっすかッ! 早くエリーゼを連れて逃げるっすよッ!」

「……は、はいッ」

 シャルルの声にレンはハッとなって慌ててエリーゼの体を起こす。シャルルはすぐにエリーゼに肩を貸して歩き出す。レンは背後を気にしながら、一人でガノトトスと立ち回るクリュウの援護に行くべきか、それともエリーゼと一緒にいる方がいいか悩んでいるようだった。

「兄者なら心配ないっすよ」

 シャルルがそう断言すると、レンの選択は決まったらしく大きくうなずいて空いている反対側からエリーゼに肩を貸す。

 痛みを堪えながら、しかしエリーゼはいつもの表情を崩さない。

「……へ、平気よこれくらい。みっともないから、放しなさいよ」

「バカ言ってんじゃないっすよ。そんな元気のない声で言われて、誰が信じるっすか」

「……チッ、お節介」

「そりゃ兄者譲りっすから」

 ニッと笑うシャルルを見て、エリーゼは呆れたように苦笑を浮かべる。

 シャルルとエリーゼ、そしてレンの三人は先程前線拠点と決めたエリア3へと撤退した。それを確認し、クリュウの動きが変わる。

 脚元でバーンエッジを振るっていたクリュウはガノトトスが旋回攻撃をした隙を突いて懐から脱すると、武器をしまって別の物を取り出す。拳大の大きさのそれをガノトトスの背後から投げつけた。ガノトトスの太ももに当たったそれは桃色のペイントを弾けさせて付着。辺りに独特な匂いを放つ。ペイントボールだ。

 クリュウはペイントボールがちゃんと付いた事を確認すると、今度は回れ右して全力で走り出す。背後からガノトトスが水ブレスで追撃を試みるが、クリュウはそれを横に跳んで回避。そのすぐ後には水ブレスの射程範囲外に脱し、そのままエリアの出口にまで逃げ込む。

 エリア5にはガノトトスのみが残され、戦いは一度中断される事になった。

 

 エリア3に逃げ込んだ三人。レンはすぐにエリーゼの治療を開始し、シャルルは辺りにモンスターの気配がないか探りつつ、クリュウの無事を願う。

 エリーゼはザザミヘルムとメイル、アームを脱いで上半身インナーだけの姿になる。さらに胸の辺りが痛むらしく、エリーゼはそのインナーまで脱ぐ。つまり、半裸という訳だ。

 レンはすり潰した薬草をエリーゼが痛む場所に塗っていく。おそらく軽い打撲だろう。ガノトトスの攻撃をモロに受けてこれくらいの怪我で済んだのはザザミシリーズの比較的高い防御力のおかげだ。

 薬草を塗り、包帯を巻いて治療をしている所にエリア4へ逃げ込んでいたクリュウが合流する。が、すぐにシャルルが動いて「みんな大丈――ぶぅッ!?」と心配そうに駆け寄って来たクリュウにドロップキック。全く警戒していなかったクリュウはズシャアアアァァァッと地面を滑走する。

「な、何するんだよシャルルッ!」

 いきなり蹴られたクリュウは当然抗議の声を上げるが、シャルルは仁王立ちでクリュウの前に立ち塞がる。

「今エリーゼは治療で上半身裸っす。兄者は女の子の裸をそんなに見たいっすか?」

 青筋を立てながら静かに言うシャルルの迫力と、状況を理解したクリュウは返す言葉もなく黙って回れ右して背を向ける。それは当然エリーゼの治療が終わるまで続いた。

 しばらくしてエリーゼが回復薬を飲んで準備を万端にし、クリュウもようやく三人とちゃんと合流する。

「怪我、大丈夫?」

 クリュウが心配そうに尋ねると、エリーゼは「これくらい何て事ないわよ」と強気で返す。レンの方を見ると、彼女は小さくうなずいた。どうやら本当に大した怪我ではないらしい。クリュウは一人ほっと胸を撫で下ろした。

 安心したのか、クリュウは小さくため息を零してその場に腰掛ける。レウスヘルムを脱いでから腰に下げた水筒の中の水を一気に飲む。ついでに頭からその水を被り汗を洗い流す。

「うぅ、スッキリした」

「兄者、豪快っすね」

 頭を振って水気を飛ばす彼を、シャルルが尊敬するようなキラキラした目で見詰める。マネをしようと自分の水筒を掴む彼女の頭を、エリーゼが小突いた。

「マネなんかしなくていいわよ。アホらしい」

「か、かっこいいじゃないっすか」

「だからあんたはバカなのよ」

 緊張が解けた為か早速いつものようにケンカを始める二人を見て、クリュウは苦笑を浮かべる。レンもいつものエリーゼを見て安心したような表情を浮かべている。

「それで、手応えとしてはどう?」

 本題に戻すと言いたげに、クリュウは表情を引き締めて三人に問う。三人もそんな彼の表情を見て真剣な表情になる。

「正直、やっぱりこの面子だとキツイわね」

 まずそう言ったのはエリーゼであった。難しそうな表情を浮かべて、正直な感想を述べる。そんな彼女の感想はクリュウの感想と全く同じであった。やはり、イャンクックがやっとな面子でガノトトスは厳しい。

 エリーゼはガンランスという武器の関係上常に前線で戦い続けなければならないし、クリュウも似たような戦い方になる。チーム一の攻撃力を誇るシャルルのハンマーはガードができない関係上どうしても回避主体になってしまうので深くは入り込めない。無駄に体力を使う剣士組の精神的・肉体的な負担は大きい。

 唯一のガンナーであるレンもまた慣れない大型モンスター相手で心身共に結構疲れている様子。

 まだ戦いは始まったばかりだというのに、すでに女子三人の疲労は結構なものであった。

 一方、クリュウだけはまだまだ全然余裕という表情を浮かべている。踏んで来た場数や経験の差が、ハッキリと出ていた。

「さすが兄者っすね、全然動じてないっす」

「まぁ、経験だけならシャルル達よりもあるだろうからね。これくらいなら日常茶飯事だよ」

「何それ、自慢って訳?」

「そういう訳じゃないけど……」

「言っておくけど、あんたのレウスシリーズとあたしのザザミシリーズ、シャルルのバトルシリーズやレンのハイメタシリーズ。性能や防御面に雲泥の差がある事、忘れた訳じゃないでしょうね」

「……ご、ごめん」

 エリーゼの釘を刺すような発言にクリュウは黙ってしまう。

 クリュウのレウスシリーズの性能は極めて高い。それこそガノトトスと戦うのにも十分な性能を有している。一方女子陣三人の装備は本当にかけだしハンターの物で、性能はあまり高くはなく、彼女達本来の実力に合ったモンスターに対する性能しか持ち合わせていない。自身の実力よりも数段階上に位置するガノトトスに挑むには性能面での心配は看過できない。

 極端に言えば、クリュウの防具はガノトトスの攻撃を受けても耐えられる可能性は高いが、彼女達のそれは一撃で砕かれて即死という可能性もあるのだ。慎重になるなと言われても無理な話なのだ。

「エリーゼさん、そこまで言わなくても……」

 さすがにレンが間に入って来ると、エリーゼは「べ、別に責めている訳じゃないわよ。ただ、何となくムカついただけ」と気まずそうに視線を外す。

 微妙な沈黙が、四人の間に漂う。

 そんな空気を打ち破ったのは特に気にした様子もなくかわいげなツインテールを揺らすシャルルだった。

「まぁ、そんな難しい事ばかり考えてたって何も変わらないっすよ。苛立つ気持ちもわかるっすけど、今はそんな事している場合じゃないっす。シャル達の役目はただ一つ、この戦いに勝つ事。それだけっす」

 シャルルらしい、実にバカみたいに真っ直ぐで、バカみたいに正直で、バカみたいに正論な意見だ。そんな彼女の言葉に、エリーゼの表情が柔らかくなる。

「あんたって、本当に無策なのね」

「頭の中でいくら考えても状況は変わらないっす。状況を変えるのは至極単純。行動する事っすよ。考えるよりも先に動く、それがシャルの信条っす」

「……ほんと、バカよねあんた」

 エリーゼは苦笑しながら、でもどこか嬉しそうな表情を浮かべる。彼女の真っ直ぐさには何度も助けられている。正反対な性格だからこそ、違いの利点を頼り合い、欠点を補える。今回もまた、小難しく考えてネガティブになる自分を励ましてくれる。本当に、バカみたいな親友だ。

 だがそれは、シャルルにとっても同じ事だ。

「シャルは難しい事を考えるのが苦手っすから。考えるのはエリーゼに任せるっすけど、考え過ぎは禁物っすよ。世の中悲観してばかりじゃ息が詰まるっす」

「あんたみたいに楽観的過ぎるのも考えものだけどね」

「ニャハハハ、人生は楽しくっすよ」

 エリーゼの皮肉も何のその。シャルルは全く気にした様子もなく笑い飛ばす。彼女の底抜けの明るさが前途多難過ぎて暗くなってしまうクリュウ達にとってはどんな薬よりも効果がある。今はその明るさが、何よりも頼りになる。

「お前、この戦いには故郷の命運が懸かってるとか何とか言ってなかったか?」

「それはそれ。これはこれっす」

「お前なぁ……」

 相変わらずな後輩に呆れつつも、その割り切りの良さは毎度羨ましくもある。クリュウはそんなシャルルを見て小さく微笑む。

 一方、エリーゼは再び難しそうな表情を浮かべて考え込んでいる。先程の戦いでの敗因を自分なりに分析しているのだろう。勘でしか動かないシャルルとは違い、彼女は一歩一歩進むにしても様々な事態を想定して動く。そういう子だ。

「レン、もしもまたさっきみたいにあたしが倒れたとしても、今度は無視しなさい」

「え? で、でも……」

「あたしに構わず、作戦遂行が最優先事項。はいかイエスしか認めないわ」

「は、はいです……」

 先程は自分が体勢を崩してしまった所に攻撃を受けて大ダメージを負ってしまい、そのせいでレンが動揺し、シャルルが頭に血が上り、チームは総崩れになってしまった。だったら、もしまた同じような展開が起きても、今度はあのような事態になってはいけない。エリーゼが出した結論は、自身を切り捨てるというものであった。

「シャルルも、バカみたいにいちいち頭に血を上らせてんじゃないわよ。ああいう時こそ冷静に行動しなさい」

「う、うっす……」

 レンとシャルルに念押しし、エリーゼはとりあえず満足とばかりにうなずく。そして、この間ずっと黙っているクリュウの方へ向き直る。

「あんたは冷静だったみたいだけど、次回もまたその調子でお願いね」

「――断る」

 問題は解決と言いたげな表情を浮かべていたエリーゼは、クリュウのその言葉に驚いたように目を見開く。シャルルとレンもまた同じような表情でクリュウを見詰める。三人の視線を一身に受けながら、クリュウはしかし真剣な表情を崩さない。

「三人のうち誰かが一時的でも戦闘不能になった際は僕が角笛を吹いてガノトトスを引きつける。その間に他の二人は負傷者を連れてエリアを離脱。さっきと同じで構わない」

「まぁ、そりゃ当然でしょ。シャルルとレンが倒れたら全力で離脱するわよ」

「エリーゼの場合もだよ」

「あ、あたしは別にいいわよ。放っときなさいよ」

「却下だ。僕のチームでは一人の落伍者も出さない。村を出る前にも言ったでしょ?」

 表情を崩さずに言うクリュウの言葉に、エリーゼは不機嫌そうに彼を睨みつける。

「あんた、いつからあたし達はあんたのチームに属する事になった訳?」

「この面子では僕が一番ランクは上だ。悪いけど、僕の指示に従ってもらう」

「ハンターは皆平等なはずよ。ランクの上下がそのまま上下関係には直結しないわ」

「確かにそうだね。でも、この戦いにはシャルルの村の存亡が関わっているんだ。そんな甘い考えに思考を割いている暇はない。嫌なら別に僕はそれでも構わない。僕は僕のやり方で戦うだけだよ」

 クリュウはそう言って踵を返す。離れていく彼の背中を睨みつけるエリーゼとクリュウを何度か見比べた後、シャルルはそっとクリュウの後を追う。何だかんだ言ってもやはりシャルルはクリュウ側なのだ。

 クリュウとシャルルの背中を見送り、エリーゼは小さく舌打ちする。そんな彼女を心配そうにレンが見詰めている。

「エリーゼさん……」

「……ったく、あたしが誰かの下で動くなんて今回限りよ」

 そう言っていつもの不敵な笑みを浮かべるエリーゼ。そんな彼女を見てレンは嬉しそうにうなずく。

「私はいつでもエリーゼさんの下で動きますッ」

「当たり前でしょ。あんたが私と同等、まして上になるなんてアプトノスが生態系の頂点に君臨するくらい不可能な話よ」

「……そ、そうですか」

 なぜかがっかりするレンを横目に、エリーゼはシャルルと何か打ち合わせをしているクリュウを見て小さく笑みを浮かべる。

「……頼りない男だと思ってたけど、意外と骨あるじゃない」

 クリュウを見ながら、素直な感想を述べるエリーゼ。すると、そんな彼女を見ていたレンは嬉しそうに微笑む。

「エリーゼさん、クリュウさんの事をよく見ていらっしゃいますね」

 何気なく言ったレンの言葉にエリーゼは顔を真っ赤にして激怒。震える上に拳を握り締め、無言でそれをレンの頭に振り下ろすのであった。

 

「――気配が変わった」

「警戒が解けたみたいっすね。これなら釣り上げる事も可能っすよ」

 準備を終えたのだからすぐにでも戦闘再開を提示するエリーゼの意見を却下し、しばし機会を待っていたクリュウがついに動いた。シャルルも同調して気合を入れ直す。

 一方、エリーゼとレンは二人の行動の意味がわからず困惑している。そんな二人にレウスヘルムを被ったクリュウが静かに言う。

「僕のレウスシリーズ、そしてシャルルのバトルシリーズにはそれぞれ探知スキルが発動してるんだ。今まで僕はあまり探知は気にしていなかったんだけど、今回は役に立つよ」

 クリュウの説明に、エリーゼは納得したようにうなずいた。

 探知スキルとはモンスターの気配をより鮮明に感じる事ができるスキルの事で、モンスターの動きを気配で感じる事ができるようになる。その中にはモンスターが警戒中か否かを判断する要素も含まれる。

 クリュウが待っていたのはこの為であった。探知でガノトトスの警戒が解けるのを狙っていたのだ。なぜならば、ガノトトスを釣り上げるにはこちらが気づかれていてはできない。爆弾と違い、釣り上げる事でガノトトスは激しく地面に叩きつけられて大ダメージを負う。その威力は爆弾に匹敵するとも言われており、火力面で不安が残る今のチームでは少しでも安全に、そして少しでも破壊力のある一撃を加える事が重要だ。

 クリュウは相手が水辺でしか行動できず、釣り上げる事によるダメージを考えて、このように小休憩を入れながらダメージを蓄積させる戦法を採用していた。時間は掛かるが、この方法が一番安全であり、一番確実だ。

 クリュウの作戦を知ったエリーゼは感心したように腕を組む。

「ふぅん、ちゃんと考えてるのね」

「そりゃあ相手が相手だからね。力押しで行けるような相手じゃないから」

 クリュウが自身の攻撃力の低さから道具(アイテム)や狩場自体の特性や相手の習性を利用する戦い方をしているハンターだからこそ生み出される戦い方だ。一見すると弱腰とか卑怯とも思われるが、ハンターの世界なんて結局は実力社会。結果が評価の対象になり、過程などはどうでもいいのだ。

「エリアに侵入後、すぐにガノトトスを釣り上げる。それからまたさっきのように相手を撹乱しながら攻撃を積み重ねる。誰かが危険に陥れば他のメンバーがすぐに対処。一人でも戦闘不能な状態に陥ったらすぐに撤退する。いいね?」

 クリュウの問いかけに、シャルルは「シャルは兄者に従うっすよッ!」と元気良く答え、レンも「エリーゼさんがそれでいいなら……」とエリーゼの方を見ながら答える。

 そして、エリーゼは……

「フン、お手並み拝見といこうじゃない」

 腕を組みながら答えるエリーゼ。その言動はとても素直じゃないが、その本質はクリュウの指示に従うという意味を持つ。その証拠に、隣にいたレンが嬉しそうにエリーゼを見ている。

 三人の準備が終わったのを見て、クリュウは「それじゃ、行くよ」と号令を掛けて歩き出す。その後ろを「うっすッ」と元気良く返事してシャルルが、「はいはい」と面倒そうにエリーゼが、「ま、待ってくださ――へぶぅッ!?」と慌てて走り出してしまった為に転ぶレンが、それぞれ続く。

 準備を整えた四人は、再びガノトトスが支配するエリア5へと足を踏み入れた。

 

「どっせえええええぇぇぇぇぇいッ!」

 シャルルのしおらしさもクソもない勇ましい掛け声と共に、四人は一気に力を込める。タイミングを見て引いた一撃は、暴れるガノトトスを無理やり川から引き上げる。

 四人の頭上を通過したガノトトスはそのまま地面に叩きつけられ、苦しげに暴れ回る。それを見て女子陣三人が一気に攻撃を開始する。

 これでガノトトスの釣り上げは三回目だ。二回目の時もうまく釣り上げる事に成功し、その後しばらく慎重に立ち回りながら戦った後、深追いはせず早期に撤退した四人は再び隣のエリアでガノトトスの警戒が解けるのを待った後、再びこうして釣り上げる事に成功した。

 時間は掛かるが、これが一番安全な戦い方だとクリュウが判断したからだ。小休憩を入れながら戦っているので、比較的四人の体力はまだ余力がある。戦い方が疲労をなるべく蓄積しないような戦法を選んでいるのと、次第に四人での連携が取れて来た事が狩りが順調に進んでいる大きな要因となっている。

 クリュウも戦線に加わろうと走り出した。その時、クリュウは暴れるガノトトスの姿を見て何かに気づいた。

「……もしかして」

 振り返ったクリュウは釣り上げた川辺と暴れるガノトトスの間を何度も見比べる。そして、自分の考えが確かなものだと確信した時、クリュウの口元に笑みが浮かんだ。

「これなら、もっと手早く大ダメージを与えられる」

 狩りがより順調に進む。そう確信して意気揚々よ戦線に加わろうとするクリュウ――だが、順調に進んでいた狩りは思わぬ乱入者によって乱される。

 

「ギャオワッ! ギャオワッ!」

 

 突然エリアに響いた声。驚いて四人が振り返ると、エリア4に続く道からこちらに向かって何かが迫って来る。それも複数だ。

 血のように鮮やかな赤色の体皮と鱗を纏った小柄な小型モンスター、イーオス。数にして六匹と、厄介な相手ではあるがこれくらいなら何とか撃退する事も可能だろう。だが問題は、そんなイーオス達の背後から続くもう一匹のモンスター。

 イーオスと同じく鮮やかな赤色の体。だがその大きさはイーオスよりも一回り、二回りほどは大きい。鮮やかな紫色の大きなトサカは、多くのイーオス達を率いている王冠。攻撃力、防御力、体力など全ての面においれランポス系最強と言われるイーオスの親玉――ドスイーオス。

 六匹のイーオスを従えたドスイーオスは、一目散にクリュウ達を目指して突進して来る。その光景に呆然としている四人の背後で、暴れていたガノトトスも起き上がる。

 ボス系モンスター二匹による挟撃。偶然とはいえ、そんな絶望的な状況に陥った四人。女子陣三人はまだドスイーオスの登場が信じられないという感じで呆然としている。何せ、この狩場にガノトトス以外にもう一匹ボス系モンスターがいるとは思っていなかったのだから。

 そんな三人よりも場数を踏んでいるクリュウはすぐに状況を理解したが、理解しただけで一瞬のうちに圧倒的劣勢となったこの状況を覆せるような案がそう簡単に浮かぶはずもなく、レウスヘルムの下でギュッと唇を噛む。

「……あの時と同じか」

 一人つぶやく彼の脳裏には一年前の似たような状況が思い浮かぶ。仲間三人を危険に晒し、自身が大怪我を負った。今にして思えば、彼がリーダーという立場になりたがらない最大のトラウマ。

 あの時も今も、狩りの大事な場面で新手が登場して乱された。

 あの時も今も、形式的とはいえ自分がリーダーを引き受けている。

 あの時も今も――違う。

 クリュウはギュッとバーンエッジの柄を握り締める。

 あの時と今は違う。この程度の状況で絶望する程踏んで来た場数は少なくはない。一年間に積み重ねた経験や実績、踏んで来た場数が彼を成長させていた。

 今自分がすべき事は、一つしかない。

 クリュウは迷わず腰に下げた角笛を取り、肺の中の空気全てを搾り出すようにして大きく鳴らす。エリア全体に響く角笛の音色に、ガノトトスとドスイーオスの目が自分に向くのを感じた。

 嫌な汗が、古傷を撫でる。

 だが、この傷を負った時の自分と今の自分は――違う。

 クリュウはすぐに三人に撤退するよう命じ、挟撃という最悪な状況の中で苦しげに、でも不敵な笑みを浮かべてバーンエッジを構える。

「……さぁて、状況は最悪って感じかな?」

 引きつる口元を、一筋の汗が流れ零れた。


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