「……」
「……」
「……」
「……あ、あの」
「は、はいッ!?」
「……」
「……」
気まずい雰囲気が流れているここはクリュウの家。今ここにいるのはクリュウとフィーリアの二人だけだ。時間は村長の家を出た後ですでにどっぷりと日は暮れている。
村長の家を出た後早速二人はクリュウの家に上がり込んだのだが、気まずい雰囲気が流れて双方ずっと黙っている。
お互いどう話を切り出したらいいか困っているようで、どちらも何か話の種を探しているが何もなくこうして沈黙を続けて今に至る。
最初の頃はお互い私服になったのでそれをほめ合ったりしたが、そんな長続きしない話はすぐに終わってしまい、話題のネタが尽きるとこうして沈黙してしまったのだ。ちなみにクリュウはTシャツの上からダウンベストを着て長ズボンというもので、フィーリアは金色の長い髪をさらりと流し、黄緑色のワンピースの上から黄色いリボンを胸元に付けた白いベストを着ている。ちょっとおしゃれだ。
何も話し掛けて来ないフィーリアにクリュウはこの状況をどう打破したらいいか必死に考えを模索して壁にぶち当たっていた。
もうすでに沈黙が続いて五分が経とうとしていた。
(だ、誰か助けてぇッ!)
クリュウがそろそろ耐えられなくなった気まずさに心の悲鳴を上げた刹那、
バァンッ!
すさまじい轟音を立てて家のドアがぶち開けられた。
「な、何ッ!?」
「クリュウッ!」
「エレナッ!?」
そこへ現れたのは肩を激しく上下させながら血走った目でクリュウを睨むエレナだった。酒場からそのまま来たのか彼女の服装は酒場の制服のままだ。
「ど、どうしたの?」
驚いたクリュウは椅子から立ち上がるとぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返すエレナに近寄る。何かあったのだろうか。
まるで酒場からここまで全力疾走して来たかのような疲れっぷりにクリュウは心配そうにエレナに声を掛ける。
「だ、大丈夫?」
クリュウの心配するような声エレナは無視すると突如としてズカズカと部屋に上がり込み、そのまま台所へ一直線に向かって行く。
「ちょ、ちょっとエレナ?」
「台所借りるわよッ!」
言葉自体はお願いの際に使われるものだが、その口調は完全に命令である。そのあまりの迫力にクリュウはつい恐怖でうなずいてしまった。
エレナはそれを確認した様子もなく台所に着くと手に持っていたかごから乱暴に食材を取り出す。
「え、エレナ? 何してるの?」
「決まってるでしょ。夕食を作るのよ」
「え? それって昨日だけじゃなかったの?」
「気が変わったの。これからは毎日作る」
「えええぇぇぇッ!?」
驚いて声を上げると、エレナは食材を切っていた手を止めてキッとクリュウを睨み付ける。その瞳の鋭さはもはや辻斬りの勢いだ。
「何? 嫌なの?」
「い、嫌って訳じゃないけど……」
「けど、何よ?」
「いや、何でまた突然そんな事考えたの?」
「私の勝手でしょ?」
「……も、もしかして、フィーリアがいるから?」
ピクリとエレナの体が震えた。
「え? 図星?」
戸惑うクリュウにエレナはキラリと何か不気味な銀色に光る物が向ける。それを見て、クリュウの顔からさーっと血の気が引く。
「ちょ、ちょっとエレナ? 何で包丁を僕に向けてるの?」
恐怖するクリュウに包丁を向けながら、エレナはなぜか頬を赤らめながら鋭い眼光でクリュウを睨み付ける。
「あの女は関係ないわよッ!」
そう叫ぶとエレナは回れ右して再び食材を切り始めた。
包丁の恐怖から解放されたクリュウはこれ以上追及したら命が危ないと悟り、こっそりと台所から離れた。リビングに戻ると不安そうなフィーリアが座って待っていた。
「ど、どうしたんですか?」
心配そうに声掛けて来るフィーリアにクリュウは小さく苦笑いする。どうしたのかと言われても、クリュウの方が理由を知りたいくらいだった。
「僕にもよくわからないけど、今は何もしない方がいいみたい」
「そ、そうですか」
クリュウの言葉に疑問を残すものの、先程のエレナの勢いを見ていたのでフィーリアもそれ以上追求はせずにうなずくと席に戻る。クリュウも素直に席に着いた。
だが幸か不幸か、エレナの乱入により気まずい雰囲気は幾分か和らいだ上に話題まで生まれたので、やっとの思いで二人の会話が再開された。
「クリュウ様とエレナ様は仲がよろしいんですね」
「まあ、幼なじみだからね」
「そうなんですか。どうりで仲がよろしいんですね」
「といっても僕はずっとドンドルマにいたから、会う機会はそうなかったよ?」
そのクリュウの何気ない答えに、フィーリアは驚いて目を見開く。
「クリュウ様はドンドルマのご出身なんですか?」
「いや、この村だよ? ドンドルマにはハンターになる為の修行としてこの前まで住んでたんだ」
「そうなんですか。私もドンドルマにはよく顔を出していたので、もしかしたらどこかでお会いしていたかもしれませんね」
「そうかもね」
いつの間にか二人の間にあった気まずい雰囲気は完全になくなっていた。おかげで会話が弾み、楽しげな時間が過ぎる。
一方、楽しく話す二人の笑い声を背中に受けながら一人黙々と料理を続けるエレナのイライラのボルテージは急上昇していた。
「少し黙ってなさいッ! 集中できないでしょッ!?」
怒気を含んだすさまじい怒号と同時に台所へのドアに突き刺さった包丁にクリュウとフィーリアは慌てて会話を打ち切った。その時の表情はどちらも何がなんだかわからないといった様子だ。
「あ、あの、私何かエレナ様を怒らせるような事しましたか?」
フィーリアが不安げに訊いてくるが、もちろんクリュウにはそんな事わからない。
「た、たぶん違うとは思うけど……」
自信なさげに返すクリュウに、フィーリアも不安げに台所へのドアの隙間からイライラしているエレナの背中を見詰める。
しばしの不気味な沈黙の中香ばしい匂いが漂い始めた頃、料理を完成させたエレナは料理を持ってクリュウ達の下に来る。
「はいッ!」
バンッと音を立てて料理がテーブルに乱暴に置かれる。皿が割れてしまうんじゃないかというくらいの音に二人はビクリと震えた。
(クリュウ様……ッ!)
怖さで少し瞳を潤ませるフィーリアはクリュウに助けを求めるが、そんなSOSを発せられてもどうしようもないクリュウは困ってしまう。歴戦のハンターであるフィーリアにとってもエレナは相当怖いらしい。
だが、テーブルに並べられた料理はどれも彼女の機嫌とは相反しておいしそうだった。
無言で席に座るエレナ。どうやら彼女も一緒に食事をするらしい。当然といえば当然だが。
「す、すごくおいしそうだね」
「グダグダ言ってないでさっさと食べれば?」
場の空気を和まそうと声を掛けたクリュウだったが、見事に一蹴された。
再び不気味な沈黙の中、エレナは無言で自ら作った料理を食べ出す。
フィーリアがどうしたらいいのかとクリュウをすがるような瞳で見るが、クリュウだってどうしたらいいかなんてわからない。
料理を食べずに見詰め合う二人(エレナ目線)を、エレナは不機嫌そうに睨む。
「何よ。食べないならさっさと寝れば? どうせ私の料理なんか食べられないんでしょ?」
「そ、そんな事ないよッ!」
そもそも昨日も食べたじゃないか。
クリュウの言葉にも耳を貸さず、エレナはパクパクと食べ進めると、今度はおろおろとしているフィーリアに牙を向ける。
「あなたも食べないなら片付けるけど?」
「え? あ、その……」
再びフィーリアはクリュウに助けを求める視線を送る。その視線にクリュウは小さくうなずくとエレナを一瞥して料理を口にする。もちろん美味だ。
「ねぇエレナ」
「何よ」
エレナは不機嫌そうにクリュウを鋭い瞳で睨む。そんなエレナを見詰め、クリュウは小さく微笑み素直に感想を述べる。
「これ、おいしいよ?」
「え? あ、そう……」
エレナは興味なさげに再び視線を皿に戻す。その反応にクリュウが困ったような表情を浮かべるが、エレナはクリュウからは見えない位置で頬をそっと赤らめて小さく微笑んでいた。
「で、では、私もいただきます」
フィーリアもこの流れに身を任せて料理を食べ始める。もちろんエレナの料理は古今東西誰もが食べても味は美味だ。
「あ、本当においしいです」
「でしょ? エレナの料理は最高なんだ」
「はい。ドンドルマの酒場にも負けてません」
「え? そ、そうかな?」
二人のほめ言葉の波状攻撃にエレナから険悪な雰囲気が少しずつ消えて行き、次第に友好的なムードが流れ始める。
「こ、これなんか今日のおすすめなんだけど」
エレナがそう言って指差した料理はアプトノスハンバーグに特産キノコ入りソースを掛けたボリュームたっぷりの料理だ。
「うん。これ最高においしいよ」
ハンバーグを食べながらクリュウはお世辞ではなく本心からそう言った。
「ほ、本当?」
「うん」
この言葉がとどめとなり、エレナから完全に険悪な雰囲気が消えた。クリュウにほめられたエレナは嬉しそうに微笑む。
そんなエレナを見て彼女の機嫌が良くなった事を確信し、そっと心の中で安堵するクリュウとフィーリア。
一度機嫌が良くなったエレナはそのまま上機嫌で料理を食べ進める。重い雰囲気もなくなり会話も自然と多くなる。
「へぇ、フィーリアって色んな街や村を回って旅してるんだ」
「はい。どこもとてもすばらしい所でしたよ」
いつの間にか話はフィーリアの旅話になっていた。熱心に気になった事は何でも訊くエレナとそれに丁寧に答えるフィーリア。さっきまでの険悪な雰囲気がうそのように二人は完全に意気投合していた。
一方、そんな女の子二人の会話に参加できずにジュースをちびちびと飲んでその光景を見詰めるクリュウ。いつの間にか仲良くなる二人の横でクリュウは孤立していた。
(なんか……孤立した……)
クリュウは小さく苦笑いすると、話に熱中する二人を邪魔しないようにそっと自室に戻る。話に熱中している二人はそんな彼の退室に気づいていない。
ベッドに腰掛けると壁に立て掛けてあったハンターナイフ改を持ち、砥石を使って刃を磨いて切れ味を直す。激戦を共にした相棒の刃はずいぶんボロボロだったが、砥石で磨くと少しずつだが輝きを取り戻していく。
刃を磨きながらクリュウは今日あった事を思い出す。
「はあ、今日は疲れたなぁ……」
今日は今までで一番刺激的な一日だった。まさかランポスの大群に包囲された上にドスランポスにまで襲われるなんて思ってもみなかった。
「ドスランポスがいたから、あんなにランポスが住み着いてたのか」
だが、ドスランポスの目撃情報は入っていなかった。もちろん村長が悪いのではなく情報がちゃんと回っていなかったからだ。この周囲の村は辺境という事もあって連携力があまりない。それぞれの村が独自にハンターを雇って目的を果たしているので情報があまり回らないのだ。飛竜クラスにもなればさすがに情報は回るが、ドスランポス程度なら回らないらしい。
「もう少し情報を回してほしいな」
ハンターにとって情報の有無は命を左右する重大な事だ。それがちゃんと回らないのはかなり辛いし致命的だ。
今度村長に頼んでみようと考えていると、ハンターナイフ改の刃はすっかり元通りになって光り輝いていた。
「ふぅ、結構使ったな」
砥石は一回限りの消耗品なのでこれだけ刃こぼれしていると結構な量を使ってしまうのだ。砥石は採掘の時鉄鉱石などに混じって出てくるが、それの量も限られる。今まであまり採掘している暇がなかったのでそのほとんどは売店で購入していた。その為少なからずクリュウの財布に響いているのだ。
すっかり刃が戻ったハンターナイフ改を壁に戻すと、今度はチェーンシリーズを手に取る。せっかくアシュアに修理してもらったのに、今日のたった一度の戦闘ですっかり汚れ、傷ついてしまった。しかも、
「うわぁ……ひどいなぁ……」
唯一チェーンシリーズではない脚甲のブルージャージーの左足部分はドスランポスの爪の一撃を受けて鉱石で作られた装甲は無惨に砕けて大破していた。
「こりゃ、もう使い物にならないな……」
せっかく修理してもらったのに、その日に壊してしまった。クリュウはずーんと罪悪感に胸を押し潰されそうになる。
「でも……このまま脚甲なしってのもまずいしなぁ……」
クリュウはブルージャージーを掴むとエレナとフィーリアが話している部屋に戻り、そのまま入り口のドアに向かう。
「クリュウ様? どちらに行かれるんですか?」
話に夢中だった二人のうち、クリュウの行動にいち早く気が付いたフィーリアが不思議そうに質問して来た。そんな彼女のクリュウは苦笑いしながら答える。
「ちょっと、アシュアさんの所にね」
「アシュア様?」
「ああ、この村の鍛冶師よ」
エレナの言葉を聞くとフィーリアは「なるほど……」と何か考えた後スッと立ち上がってクリュウに駆け寄った。
「え? どうしたの?」
「私もついて行きます」
「「え?」」
突然の発言に二人は驚く。そんな二人にフィーリアはそっと微笑む。
「これからこの村に腰を据える訳ですから、ごあいさつをしておこうかと。鍛冶師の方にはこれからたくさんお世話になると思いますから」
確かに、ハンターが最も世話になるのは依頼を受注する担当(村長やエレナ)、その村の村長、そして武具の生産・強化・調整をする鍛冶職人だ。あいさつしておいた方がいいだろう。
「わかった。じゃあ一緒に行こっか」
「はい」
二人で勝手に話を進めて出て行くのを見て、エレナは慌てて立ち上がる。
「ちょッ、ちょっと待ちなさいよ! 私も行くわッ!」
そう言いながらエレナも慌てて二人を追い掛けて駆け寄る。そんな彼女にクリュウは不思議そうに首を傾げる。
「別に構わないけど……エレナが来る理由は何?」
「べ、別にいいでしょ? 私がついて行っちゃダメだって言うの?」
「そんな事ないけど……」
不思議そうに自分を見るクリュウの視線に「な、何よ」と不機嫌そうにエレナは唇を尖らせる。その頬は月明かりの下で隠れているが幾分か赤く染まっている。
クリュウはとりあえずそれ以上は追求せず、フィーリアを向く。
「じゃあ行こっか」
「は、はい」
「早く行きなさいよバカ」
エレナに後ろから軽く蹴飛ばされ、クリュウは慌てて歩き出す。
クリュウ、フィーリア、エレナの三人は闇夜の中アシュアの工房に向かって歩き出した。