モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第134話 寂しがり屋な突撃娘と意地っ張りな参謀

 その日、クリュウはシャルルの家に泊まる事になった。すでに数日前から泊まっているエリーゼとレンとは違い、クリュウはそこで初めてシャルルの家族に会った。

 シャルルの両親はどちらも人が良さそうな優しい人で、二人でブドウ業をしているそうだ。クリュウの事はシャルルから聞いていたらしく、改めて自己紹介する必要はなかった。

 ただ、シャルルの父親は自分に対して少し厳しく、逆に母親の方は何かにつけて構ってきては「私ね、本当は息子がほしかったのよぉ」とやたら強調してくるのは、一体どういう訳だろうか。まぁ、そのたびにシャルルが顔を真っ赤にして激怒するのだが。

 そして以前シャルルから聞いていた彼女の弟とも会った。驚いた事に活発でバカ丸出しな姉とは違い、弟の方は勉学に秀でており毎日何時間も勉強しているというのだから、姉弟でここまで差が出るものなのかとある意味感心してしまう。

 それでも性格は年相応の少年であり、クリュウは他の面子と一緒に弟君とカードゲームなどで遊んだりした。何度も姉の事をよろしくお願いしますと言ってくる、本当にできた子だ。

 そんな賑やかなルクレール家から光が消えたのは、それから少し経った後の事だった。

 

 夜中、皆が寝静まった頃を見計らってクリュウは一人家の外に出た。木の根本に腰掛け、そこからきれいな星空を見上げる。目の前に広がる星の海は、これだけ離れていてもイージス村から見えるそれと同じだ。

 アルザス村はイージス村よりも南方に位置し、季節もすっかり春なので寒くはない。

 数時間後には出発だが、彼は眠れずにいた。何しろ今回は強敵ガノトトスを相手にしながら、フィーリア達の力は借りられない。しかも一緒に討伐に向かう仲間はお世辞にもガノトトスを相手にするには万全とは言えない。状況は限りなく厳しいのだ。

 クリュウの頭の中はそんな不安要素ばかりがごちゃ混ぜになっていて、それが彼に眠気を寄せ付けないのだ。

「はぁ……」

 自然と、ため息が漏れる。

 彼は非常に不器用な人間だ。周りに心配を掛けたくない為に何でもないように振る舞うが、実際はこうして一人の時に一人で悩む。彼の悪い癖だ。

 ガノトトスは当然だがイャンクックよりも危険な相手だ。だが、自分以外の面子はその周辺か少し上くらいのレベルしかない。必然的にガノトトスの弱点属性である火属性の武器、バーンエッジを持つクリュウが主力となる。

 状況は限りなくこちらが劣勢だ。一応準備はしてきたとはいえ、それは最善であり万全ではない。

 狩りに《絶対》や《安全》がないとはいえ、これはあまりにもハードルが高い。悩まない方が異常だ。

 クリュウは頭の中で様々な事を考えながら再び大きなため息を零す。

「こんな時間にこんな所で何してるんすか?」

 その声に振り返ると、そこには寝巻き姿でいつもは結ばれたツインテールを下ろしたシャルルが立っていた。

「シャルル……」

「そんな格好で外にいると風邪引くっすよ」

「そうかな? 心地いいくらいだよ」

「……あぁ、兄者は北国出身だったっすよね。シャルはまだこの気温じゃ寒いっすよ」

 そう言ってシャルルは身を震わせる。ガリア共和国は内陸国家の為、海からの冷たい冷気が入らないので温暖気候の国。一方のイージス村は冷たいアクラ地方に面する海の為、冬には流氷が観測されるほど年間を通して気温は低めの場所にある村。同じ人間でも生まれた場所によって適温が変わるのだから、環境変化とは面白い。

 モンスターもその例外ではなく、ランポスも亜熱帯や火山地帯に適したイーオス、雪山などの極寒地域に適したギアノスなど、人間以上の変化を見せている。

 シャルルは身を震わせながら、それでもクリュウの隣にちょこんと腰掛けた。

「寒いなら家に戻ってたらいいでしょ?」

「兄者と一緒なら平気っすよ」

 そう言ってシャルルは嬉しそうに笑みを浮かべると、クリュウにくっ付いて体を預けるようにして寄りかかる。

「シャルル?」

「……何だか、ずいぶん懐かしい気がするっす」

 クリュウに体を預けながら、シャルルは小さくつぶやいた。その声は、昼間の脳天気な明るさではなく、どこか月の光のように儚い。

「一年ぶりだもんな」

「……一年じゃないっす。もっと、長いっすよ」

「いや、でも僕が卒業したのは去年で……」

「──最後の学年、兄者の目にはルフィールしか映ってなかったっす」

 寂しげに、拗ねたように、シャルルは唇を尖らせながらつぶやく。太陽の下で輝く彼女の大きな宝石のような瞳は、月下の今では輝きが鈍い。

 シャルルの言葉にクリュウは「そんな事ないよ」と否定するが、シャルルはゆっくりと首を横に振る。

「誤魔化してもダメっすよ。シャルは兄者との付き合いだけならあいつよりも長いからわかるっす──あの頃の兄者は、あいつの事ばかり構ってて、シャルの事なんか全然見ようとしてなかったっす」

「だからそんな事──」

「──ないって、言い切れるっすか?」

 シャルルはいつになく引き締めた表情でクリュウを見詰める。その瞳は真剣で、クリュウはその迫力に押し黙ってしまう。

 黙ってしまうクリュウを見て、シャルルはフッと表情を和らげた。

「別に責めてなんかいないっすよ。兄者は昔からそうっすからね。困っている人や悩んでいる人、泣いている人がいたら周りが見えずに全力で突っ走る根っからのお人好し。それがシャルが大好きな兄者っていう男っす。シャルもその底抜けの優しさに助けられた身っすから、文句はないっすよ。ただ──」

 シャルルの表情が、悲しげに曇る。

「──ずっと、寂しかったっす」

 静かな風が吹き、彼女の夕日のようなオレンジ色の髪を靡かせる。その瞬間、月明かりの下でもハッキリと彼女の瞳が煌めいた。

「シャルル……」

「兄者を責める気はこれっぽっちもないっすよ。ただ、覚えておいてほしいっす。時にはその行動は、全然優しなんかじゃなくて、すごく残酷な事になる事もあるっすから」

 シャルルの、彼女らしくない遠回しな言い方にクリュウは一瞬困惑する。そんな彼の反応は予想通りなのだろう。シャルルは小さく苦笑を浮かべる。

「二兎を追うものは一兎をも得ず、っすよ」

 らしくないシャルルの諺にクリュウは、何となくその意味を理解した。誰かを助けるという事は、同時に誰かを見捨てなければいけない。そんな簡単な事を、自分は気づいていなかったのかもしれない。

 確かに、あの頃の自分はずっとルフィールに掛り切りだった。今思えば、いつも隅っこの方でシャルルがどこか淋しげな瞳で自分を見ていたかもしれない。

「その、ごめん……」

 自然と、そんな言葉が漏れていた。だがシャルルはそんなクリュウの謝りの言葉に小さく首を横に振る。

「別に兄者が謝る必要はないっすよ。ただ、兄者はシャルの事を過大評価し過ぎっすよ。シャルだって、寂しい時くらいあるっすよ。一応普通の女の子なんすから」

「シャルル……」

「まぁ、シャルはいつまでも過去の事は引きずらないサッパリとした性格っすから、別段気にしてもないっすけどね」

 そう言ってシャルルは立ち上がると月明かりをバックにしてニヒッと屈託の無い笑みを浮かべる。その底抜けの明るい笑顔を見て、クリュウも自然と微笑む。

「むしろ今は兄者がわざわざシャルの村に来てくれた事の方が嬉しいっすよ。首都セリーヌからも遠い、西シュレイド王国との国境付近のこんな小さな村なんて、交通の便も不自由な所に」

「当たり前だろ。かわいい後輩からの救援要請なんだから、何が何でも来るに決まってるだろ」

「ほんと、兄者らしいっすよ」

 クリュウの言葉にシャルルは心の底から嬉しそうに言う。そんな彼女の幸せそうな笑みを見ていると、慣れない長旅をしてまで来て良かったと心から思える。

「シャルルは、卒業してからすぐにこの村に戻ってきたの?」

 昼間はすっかりルフィールの事ばかり詮索して聞きそびれてしまっていた、彼女の事を訊いてみる。

「そうっすよ。シャルの夢は、自分の村を守れるハンターになる事。みんなみたいに、富や名声を求めるんじゃなくて、ささやかな幸せを、この大好きな故郷で過ごす。それだけっすから」

 クリュウのクラスメイトの大多数は、富や名声を求めてという者が多く、大概はドンドルマやミナガルデのような大都市に拠点を置く事が多く、実際にドンドルマに訪れた際には意外と知り合いに会う事が多い。

 だが、シャルルやクリュウのように自分の故郷を守れるだけのハンターでいいと考える者もまた少なくはない。そういう意味でも二人は《仲間》なのだ。

「それと、エリーゼとはどういう経緯で仲間になったの?」

 それはクリュウが一番謎に思っていた事だ。常に騒動の中心にいたある意味問題児であるシャルルと、規律に忠誠を誓うと言っても過言ではない生徒会役員、それも最後の年には生徒会長にまでなったエリーゼ。どう考えても二人に接点があるようには思えなかった。

 すると、そんなクリュウの疑問を答えるようにシャルルは前置き代わりに小さくため息を零し、その経緯を語り出す。

「シャルが五年生前期で、エリーゼは六年生だった時、シャル達は同じクラスになったっす。その時のあいつはクラスから孤立してたっす」

「孤立? 何でまた?」

「あのエセックス先輩の後の生徒会長っすからね。エリーゼは別に無能って訳じゃないんすけど、前任がすご過ぎたんすよ」

 つまり、クリスティナという完璧過ぎる指導者の後任となってしまったエリーゼは全ての指揮や行動がクリスティナと比較されてしまい、「無能だ」「エセックス会長の方が良かった」「回転率が悪い」など散々な評価を受けていたのだ。その為に、クラスからも孤立してしまったらしい。

「まぁ、あいつはルフィールと同じで自分から仲間を作ろうなんて気もなかったのが拍車を掛けてたっすね。そんなクラスから孤立していたあいつでも一応クラスメイトっすから、仲間に引き入れようとした時に一悶着あって」

「……何でそこで一悶着が起きるのかはさておき、何があったのさ」

「ただのケンカっすよ。あいつ、シャルの事をバカにしたからカッとなってこっちも言い返してやって、そのまま激しい怒鳴り合い。最終的に掴み合いの大ゲンカになっちまったっす」

「……女子の発言じゃないよね、掴み合いの大ゲンカって」

「そこをビスマルク先生に捕まえられて、散々怒られた後に罰として無理やりコンビを組まされたのがきっかけっす」

「……自主的に、じゃなかったんだねやっぱり」

 ある意味予想通りと言えば予想通りだ。いくら何でもまるで性格が違う、口を開けばケンカにすぐ発展しそうな対局の存在である二人が自主的にコンビを組むとはとても思えない。教官からの強制編成ならば仕方がないし、納得もできた。

「シャルは作戦なんて面倒な事考えずに武器を振り回すだけなのに対して、あいつは作戦ばかり考えて何段階にも戦闘と区分けする女々しい戦い方をする奴っすから、最初の頃はそりゃもう毎日のように怒鳴り合いの大ゲンカばかりだったっすよ。意見がことごとく対立するんすから、当然っす」

「まぁ、戦い方どころか性格がまるで違うから仕方が無いけど――でもさ、結局は仲良くなったんだろ?」

 シャルルには悪いが、こんな辺境の片田舎の村までわざわざ会いに来るという事は、少なく見積もってもエリーゼとの関係は悪くはないはずだ。

「べ、別にシャルとあいつは特別仲がいいって訳じゃないっすよ。た、ただの元チームメイトってだけっす」

 ただの元チームメイトが、わざわざこんな所まで来やしないよ。そんな言葉を心の中でつぶやきながら、クリュウは小さく笑みを浮かべた。ルフィールの時と同じく、最初こそ仲が悪くても仲良くなってしまう。シャルルのすごい才能の成せる業だろう。

 頬を赤らめてプイッとそっぽを向く彼女の姿に微笑みつつ、クリュウは彼女の背後で輝く月を見上げる。

 シャルルを昼間に力強く光り輝く太陽に例えるなら、闇夜に淡い光で天空に浮かぶあの月に例えられる彼女は、今頃どこで何をしているのか。心配がないと言えばうそになるし、気にもなる。だが、彼女なら自分の力でどんな逆境をも跳ね返して、背後に多くの乗り越えた試練に振り返る事もなく進み続けている。そんな確信があった。

 こちらも負けてはいられない。そんな気持ちが胸を満たす。

「兄者……」

 彼女の呼び声に「何?」と返そうと視線を下げた瞬間、シャルルはクリュウの正面から抱きついた。驚くクリュウは反射的に逃れようとするが、シャルルはそれを拒むようにギュッと背中に回した腕に力を込める。

「少し、このままがいいっす……」

「いや、でも……」

「――お願いっす。この一年間、ずっと我慢してたんすから……」

 そう言う彼女の声は、少し涙声になっていた。クリュウからはその表情は見えないが、震える肩を見る限りその表情は安易に想像できる。クリュウは何も言わず、そんな彼女の頭をそっと撫でる。

 クリュウは何も言わずに彼女を抱き留め、シャルルも無言でクリュウに抱きつくだけなので、しばらく二人は無言のまま抱き合い続ける。

 震える彼女の肩を見ながら、クリュウは小さく「ごめん……」と零す。そんな彼の言葉にシャルルは無言で首を横に振る。ただ、ギュッと強く抱きつくだけ。

 肩を震わせながら抱きついてくる彼女の頭を無言で優しく撫でながら、クリュウは月を見上げる。

 闇夜を照らす淡い光を煌かせる月は平等に、二人の姿も優しく照らし続けていた。

 

 翌朝、日が昇ると同時に起床した四人はすぐに出発準備を開始した。準備と言っても事前にアプトノスと竜車は用意されており、すでに道具類や旅の間の食料や生活必需品なども積載されており、あと準備するものと言えば己の武具と自身くらいだ。

 クリュウは一人倉庫でレウスシリーズを身に纏い、この戦いの為に選び抜いた武器(バーンエッジ)を腰に下げる。全ての準備を終えて外に出るとすでにシャルル、エリーゼ、レンの三人が準備を整えて待っていた。

「みんな、準備は大丈夫だね?」

「誰に言ってるのよ。とっくに用意なんて万全に決まってるじゃない。もちろんレンだって完璧よ。何せこのあたしがついてるんだから」

 フフンと自慢気に胸を反らすエリーゼ。朝っぱらからこの子はずいぶんと元気だ。彼は知らないが、彼女はドンドルマで毎日のようにこれくらいの時間にジョギングをしているのだから、ある意味当然かもしれない。そんな彼女に付き合わされているレンもまた、意外と目をパッチリとさせて起きている。逆に猛烈に眠そうなのはこの戦いに人一倍意欲を燃やしていたシャルルだったりする。

「大丈夫かシャルル?」

「ね、眠いっす……」

 とてつもなく眠そうに目をしょぼしょぼさせているシャルル。昨日の夜遅くまでクリュウと一緒に起きていたせいなのは言うまでもないだろう。同じくらい起きていたクリュウはその辺はしっかりしている。クリュウは眠そうにしているシャルルの姿を見て苦笑を浮かべた。

「眠いなら竜車の中で寝てなよ」

「そうするっす……」

 そう言ってシャルルはフラフラとした危なっかしい足取りで一足先に竜車の中へと入った。そんな彼女の姿を見て、三人は苦笑を浮かべる。

「あんなんで大丈夫なのかしら」

「あれでもいざとなったらやる子だからね。その点は心配ないと思うけど」

「まぁ、そういう意味では心配はいらないわね。むしろ心配なのは……」

 そう言ってエリーゼは竜車の上で直に寝ようとしているシャルルを見て「あ、毛布の用意ッ」と気を利かせて慌てて走り出すレンを見詰める。その視線を追って、クリュウも当然彼女の後ろ姿を見る訳だが。

 ――直後、レンは特筆して突っかかるような場所が何も無い所で見事にすっ転んだ。言葉を失うクリュウの横でエリーゼが大きなため息を零す。

「むしろ心配なのは、このドジッ子の方なのよねぇ」

 そう言って、エリーゼは地面に倒れているレンを起こしに向かう。そんな仲間達の姿を見て、一抹どころか十抹くらいの心配でクリュウは大きなため息を零した。

「今更だけど、不安要素しかないねこのチームは……」

「だから覚悟を決めなさいって事よ。ほらバカレン、しっかりしなさい」

「うぅ……」

 鼻を強く打ち付けたのか、赤らめた鼻を押さえて涙目になっているレンを優しく起こすエリーゼ。口ではああ言っても、本当に面倒見がいいのらしい。仲睦まじい二人の姿は、本当の姉妹の様に見える。

「ったく、こんな君達に村の命運を託さないといけないとは、神様も酷な事をするもんさね」

 その声に振り返ると、そこには見送りに来てくれた村の人達の姿があった。その中には、腰に手を当てて苦笑を浮かべるキャンディの姿もあった。

「まぁ、あんたらには期待しとるからね。死なない程度にがんばって来なさいな。私達はあんたらが失敗した時の為に避難の準備でもして吉報を待ってるぜ」

「用意周到と言うべきか、それとも縁起でもないと言うべきか」

「冗談よ冗談。私達アルザス村の村人はみんなシャルちゃんを信じてる。そのシャルちゃんがあんた達の事も信じてる――私達の故郷の命運、あんた達に任せるわ。しっかり頼むでぇ」

 そう言ってキャンディはニッと笑みを浮かべて、親指を突き出した。クリュウはそんな彼女の想いを笑顔で受け取り、「全力は尽くすよ」とだけ返す。その言葉に満足したのか、キャンディはうんうんとうなずく。

 クリュウとエリーゼ、レンの三人も竜車に乗り込み、これで全員乗車完了だ。すぐにクリュウは運転席に向かい、手綱を持つ。一応竜車の運転に慣れているクリュウが今回は運転手を務める事になっていた。

「それじゃ、行ってきます」

 クリュウは手綱を引いてアプトノスを歩かせる。

 見送ってくれるキャンディやその他の村人の声を背に受けながら、クリュウ、シャルル、エリーゼ、レンの四人は一路ガノトトスの現れるオルレアン密林へと出発した。

 

「そういえば、あんたの装備ってレウス装備よね?」

「……今更? まぁ、いいけどさ」

「う、うるさいわね。驚きのあまり訊くのを忘れてたのよ」

 ガタゴトと揺れる竜車の運転席に腰掛けるクリュウ。その隣に座っているのは意外にもエリーゼであった。

 結構日が高くなったというのにシャルルはまだ寝ているし、レンもこの心地良い気温にうとうととしていたが先程から眠り始めている。運転手であるクリュウは寝る訳にもいかないし、エリーゼも有事の際にはすぐに行動を開始できるよう起きている。今回のチームでは比較的真面目な二人が残っていた。

「正直、あんたがリオレウスを倒したなんて信じられないんだけど」

「まぁ、周りの仲間がみんなすごいから、かな?」

「寄生って訳?」

「……ひ、否定はできない」

 事実、自分以外の仲間はリオレイアバスターのフィーリアに護衛の女神のサクラ、頼れる凄腕ハンターのシルフィード。皆、世間ではそれなりに名の知れた実力者達だ。

 自分だけでは当然リオレウスなど勝てるはずもなく、あの勝利は彼女達の力のおかげだ。

 だがあの時自分だってがんばったのだから寄生と言うには違うし、でも本来はシルフィード単独でもリオレウスは討伐できたのだろうと考えると、寄生と言われても仕方がない気もするし。彼の心境は複雑だ。

 そんな彼の複雑な気持ちの表れが顔に出てしまい、彼の表情は難しくなる。そんな彼を見て、エリーゼは小さく苦笑を浮かべた。

「冗談よ。あんたがそんなズルする人間じゃない事はよぉく知ってるから」

「そ、そうなの?」

「真っ直ぐ過ぎるから色々な面倒事を起こしまくってたんでしょうが」

「ご、ごめん……」

「だから、謝られても困るだけなんだってば~」

「あ、ごめん……」

「……はぁ、正直この面子だとあんたに期待しなきゃいけないんだけど、不安しか感じないわね」

「あははは……」

 そう言ってエリーゼは深いため息を零す。その表情はいつもの彼女らしくないほどに陰りが見える。

 まぁ、それは当然だろう。これから自分達は水竜ガノトトスに挑むのだから。それも、クリュウを除いては二段階くらい課程をすっ飛ばしての挑戦だ。戦力的に言えばお世辞にも十分と言うには程遠い。

「それにしても、ガノトトス相手に勝機がある訳? 勝てる戦しかしない主義なんでしょ?」

 クリュウが問うと、エリーゼは大きなため息を零して表情を険しくさせる。

「……まぁ、相当厳しい戦いになるのは必至ね。相手が水辺でしか行動できないという特性を利用して小休憩のように隣のエリアに避難して態勢を整えるみたいな手法が使えるのはありがたいけど、そんなの気休めにしかならないし」

「僕は閃光玉を多用して戦う事が多いけど、ガノトトスは閃光玉が効かないしね」

「落とし穴とシビレ罠をメインに戦う事になりそうね――ところでさ、ずっと気になってた事があるんだけど」

 真剣な表情で今後の作戦方針を話していたエリーゼだったが、突然思い出したようにそう切り出した。その表情は先程までの真剣なものから、まるで強烈な問題児を抱える事になった学校教師のように疲れ切っている。

「な、何かな?」

「――荷台に積んであるあの爆弾の量、ちょっと説明してもらいたいんだけど」

 運転しながらエリーゼの言葉にクリュウはやっぱりかと苦笑を浮かべた。

 現在この竜車の荷台にはクリュウが持参した爆弾が積載されている。正確にはイージス村、ドンドルマ、ブレストなどで揃えた材料を昨日のうちに調合して整えたのだ。数にして大タル爆弾G六発、小タル爆弾G五発。クリュウからしてみれば日頃狩りで使う至って普通の範囲内の量だ。

 前回のリオレイア戦でも初めて組む事となったルーデルと同じようなやり取りをしたが、こうして毎度毎度一から説明するのは正直面倒だ。

「え、えっと、あれは――」

「――まぁ、この面子での火力を総合的に判断した場合、正直あんたの持って来た爆弾はありがたいんだけどね」

 また同じ説明をしなくちゃとクリュウが切り出したと同時に、エリーゼは意外にもクリュウの戦法に好意的な感想を述べた。これにはクリュウの方が驚く。

「お、驚かない訳?」

「まぁ、さすがにあのバカみたいな量は驚くけどさ。効率的と言えば効率的じゃない」

 エリーゼは気にした様子もなく淡々と答える。クリュウは知らないが、エリーゼ・フォートレスという人間は何事においても効率を重視する人間だ。どんな無茶苦茶な案であっても、それが危険に見合うだけの成果を得られ、尚且つ効率的だというのならばその案を採用し、決断したからにはその陣頭に立って行動を起こす。それがエリーゼ・フォートレスという少女であった。

「それに、あたしも爆弾は嫌いじゃないわよ」

 そう言ってエリーゼはニッと、イタズラっぽい笑みを浮かべた。

「そ、そうなの?」

「ガンランスの攻撃自体が爆発攻撃みたいなものだし、あたしとレンだと火力不足になる事もあるから、効率的に狩りを進めるには爆弾の補助が必要な訳よ。まぁ、あくまで補助であってあんたみたいに主力に置き換えようなんて事はしないけどね」

「僕が言うのも何だけど、エリーゼって変わってるね」

「変わり者じゃないと上には行けないのよ。常識に縛られてる無能な連中よりも、奇抜な考えをした者の方が可能性を持っている。クリスティナ先輩やシャルル、あんた達を見ててそう思ったのよ」

 快晴の空の下、流れる雲を見上げながらエリーゼは静かに言う。風が吹き、その桃色のきれいな長い髪を靡かせる。流れる髪を押さえながら空を見る彼女の横顔は、クリュウが知っている彼女の印象よりずいぶん柔らかく見える。

「エリーゼって、何か変わったよね」

「そ、そう?」

 クリュウの唐突な発言にエリーゼは少しだけ動揺した。思い当たる節がたくさんあるのだ。

「べ、別にそんな事ないんじゃないかしら?」

「そうかな? 何だか丸くなったような気が――しゅぶッ!?」

 正直な感想を述べるクリュウだったが、そんな彼の発言に対してエリーゼは容赦のないビンタで応えた。突然平手打ちされた事に痛む頬を押さえながら驚くクリュウが振り返ると、エリーゼが顔を真っ赤にさせて怒り心頭と言ったような険しい表情を浮かべて仁王立ちしていた。

「え、エリーゼ……?」

「あ、あんたって奴は……ッ! 本当にデリカシーってものがないわねッ!」

 猛烈に大激怒しているエリーゼに対して、クリュウは何が何だかわからずに呆然とする。一体何が彼女をそこまで大激怒させているのか、検討がつかないでいるのだ。

「な、何でそんなに怒ってるの?」

「女の子に対して太っただの言えば誰だって怒るわよッ!」

「えぇッ!?」

 エリーゼの激怒の理由が判明したクリュウだったが、全くもって自分はそんな発言をした記憶はない。だが彼女の剣幕を見るに、確実に自分がそのような失礼な発言をしたのは事実らしい。クリュウは慌てて自分の言葉を頭の中で反芻してみる――答えはすぐに見つかった。

「ち、違う違うッ! 丸くなったって言うのは体型とかそういうのじゃなくて性格だよッ!」

 もう一発ブン殴ってやろうかしらと拳を握り締めていたエリーゼはクリュウの必至な弁明に拍子抜けする。どうやら、自分の誤解だったらしいと気づいたのだ。

「紛らわしい事言うんじゃないわよ……」

「ご、ごめん……」

「……わ、悪いのはあんただからね。謝ってなんかやらないんだから」

 クリュウの紛らわしい発言がそもそも悪いのだが、脊髄反射的に手を上げた事に対してはエリーゼも負いを感じているのか、頬を赤らめながらバツの悪そうな表情を浮かべて視線を逸らす。そんな彼女を頬をさすりながら見つめ、クリュウは苦笑を浮かべる。

「エリーゼってもっと冷静で冷淡な人だと思ってた」

「う、うるさいわね。あたしだってそういうキャラでやってたのよ一応」

 学生時代のエリーゼとはほとんど関わった事がないのでよくは覚えていないが、いつもクリスティナの横で冷静沈着に部下に指示を出していた冷たい人というイメージがある。それに比べて今目の前にいるエリーゼはその頃のエリーゼとはまるで別人だ。

「元々こっちが本来の性格よ。人の上に立つには感情的じゃダメだからね、無理に押さえつけてたに過ぎないわ」

「ふぅん、そういえばエリーゼってメガネ掛けてなかった?」

 クリュウの記憶が正しければ、エリーゼは常にメガネを掛けていたはず。そんな彼の問いに対してエリーゼは淡々と答える。

「あぁ、あれは伊達メガネよ。その方が真面目なキャラに見えるでしょ?」

「……つまり、キャラ作りだったって訳?」

「まぁ端的に言えばそうね」

 正確に言えばクリュウとエリーゼは一応学友という事になるが、学生自体の彼女と今の彼女があまりにも違い過ぎて、正直懐かしいという感じはあまりしない。どちらかと言えばレンのような昨日初めて会った人というイメージの方が強い。だから、昔の事で話が合うのが不思議な感覚だ。

「……そっか、お互い大変だったんだね」

「あんたはバカみたいに騒ぎまくってただけでしょうが。あたしの大変の大半はあんた達が原因なんだからね」

「ご、ごめん……」

 そう言われると返す言葉もなく、クリュウの表情は曇る。そんな彼の様子にエリーゼは苦笑を浮かべた。すると、エリーゼは思い出したようにクリュウの背中を見詰める。

「そういえばあんた、最後の学年の時に背中に大怪我を負ってたけど、今はもう平気な訳?」

 エリーゼの言った大怪我とは、クリュウが6年生の時の卒業試験の際に突然乱入してきたドスファンゴとの戦闘中、ルフィールを庇って背中に負った傷の事だ。

「今はもう完全に完治してるよ。ただやっぱり傷跡は残っちゃったけどね」

 そう言う彼の背中には今も背中全体を斜めに横切るようにして大きな傷跡が残っている。北国出身者故の色白の肌である彼にとって、その傷はよく目立ってしまう。だが、後悔などしていないし気にもしていない。これは、自分にとっては大切な軌跡なのだから。

「先に言っておくけど、私のチームに所属する限りは怪我なんて負うんじゃないわよ。仮にでも死人や致命傷なんて負われたら目覚めが悪いからね」

「そうならないよう、がんばるよ」

 当然、クリュウ自身はそんな気などさらさら無い。もちろん討伐は目標ではあるが、それ以上にみんなで無事に帰還する事が大前提だ。誰一人、落伍者は出したりしない。

 シルフィードの言う通り、自分はまだまだ甘い理想主義なのだろう。だが、理想主義を掲げるならその主義を貫くだけの覚悟と心持ちだけは忘れない。自分にできる事と言えば、がむしゃらに前に進み続ける事だけなのだから。

「……さて、あたしは幌の中に入ってるわよ。何かあったら呼んで」

「わかった」

 エリーゼはそう言って幌の中へと入る。振り返って覗き見ると、エリーゼはうたた寝しているレンにそっと薄手の毛布を掛けていた。その姿は本当の姉のようで、彼女がレンをどれだけ大切にしているかが見て取れる。

 すると、エリーゼは振り返った。その先には相変わらずの寝相の悪さで毛布を蹴飛ばしているシャルルが寝ている。エリーゼはため息を一つ零すと、蹴り飛ばされた毛布を拾ってシャルルにそっと掛ける。そんな彼女の姿を見て、クリュウはそっと微笑みを浮かべた。

「……ほんと、面倒見がいいんだな」

 幌の中は彼女に任せる事にして、クリュウは運転に集中する。

 日は高く、そろそろ昼時かなと考えた時、お腹が小さな音を上げた。その音に、クリュウは一人頬を赤らめて苦笑を浮かべるのであった。


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