モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第132話 懐かしき後輩からの手紙

 暖かな日差しに感化され、春の訪れを喜ぶように野に花々が美しく咲き誇る。

 木々は真新しい若葉に包まれ、夏の濃い緑とは違う柔らかな緑に染まる。

 長い冬を終え、北に位置するこの大地も本格的に春となる。

 若葉に彩られた木々に囲まれたイージス村も、ようやく訪れた春に人々の顔にも笑顔が浮かぶ。子供達も少し薄着になって楽しげに地面を駆け回り、大人も農業に営むものは種蒔きに勤しみ、漁師は解禁となった春魚を求めて漁に出る。

 春とは、そんな活気に満ちた季節だ。

 様々な職業にとって春は新たな一年のスタートとなる。だが、ハンターという特殊な職業は季節など関係なく、至ってマイペースだ。

 今日も、特に仕事もなく村のハンター五人は連れだって酒場でくつろいでいる。

 

「あんた達ねぇ、いくら仕事がないからってだらけ過ぎじゃないの?」

 そう注意するのはハンターと同じく季節関係ない飲食業に就いているエレナ。まぁ、彼女の場合は季節関係なく忙しいのである意味ハンターとは対極な存在だ。

「仕方ないじゃん、冬の間はランポスが増える訳じゃないから、間引きの仕事だってまだ来るのには時間がかかるだろうし。採取クエだって少ないんだから」

 そう言うのはこの村のハンターの、色々な意味で中核を担うハンター、クリュウ・ルナリーフ。先日17歳の誕生日を迎えたばかりのかけだしハンターだ。

「だからって、こう毎日だらけてるとこっちまで怠けグセが移りそうで迷惑なんだけど」

 エレナは彼が注文した氷樹リンゴのクヨクヨーグルトを彼の前に起きつつ、呆れたように言う。確かに彼女の言い分ももっともだが、ハンターというのは収入どころか仕事が安定しない職業。忙しい時は忙しく、暇な時はとことん暇な職業なのだ。

「悪いなエレナ。迷惑をかけてしまって」

 イージス村所属のハンターの中で最年長にして一番の常識人であるシルフィードは、ブラックコーヒーの入ったコーヒーカップを片手にエレナに謝る。

「いや、謝られても困るんだけどさ……」

 シルフィードの謝罪にエレナはバツの悪そうな表情を浮かべる。本心としては単純にクリュウに絡んでいただけなので、別に本当に責めている訳ではない為にこのように謝られると対応に困ってしまう。

「まあまあ、それだけ現在村の周辺が平和だって証じゃないですか」

 そう言って仲裁に入ったのはクリュウの少し前に16歳になったフィーリア。彼女はクヨクヨーグルトにフルーツジャムを和えて食べている。

「そうじゃのぉ、平和が一番じゃよ」

 フィーリアの意見に同調するのは羊羹(ようかん)という東方大陸及び東方地方でのちょっと変わったスイーツに舌鼓を打っているツバメ。その横ではサクラも無言で羊羹をちょこちょこと食べている。

 酒場内には、村のハンターの総勢が大集合していた。ちなみにハンターでもありいつの間にかフィーリアに弟子入りしてしまったツバメのオトモアイルーのオリガミは現在は厨房で皿洗いの真っ最中だそうだ。

 酒場には彼ら以外に客の姿はなく、ある意味貸し切り状態になっている。その為か、エレナも友達が家に遊びに来た感覚で対応している。

「まぁ、あんた達がこうしてだらだらと過ごして金を無意味に使ってくれれば売上が上がるからいんだけどね」

「あははは、さすがエレナ。商売精神は忘れないね」

 そんな感じで、仕事がない上にそれなりに貯蓄していたクリュウ達はわざわざドンドルマに行く気にもなれず、こうして村でだらだらと過ごしていた。

 昨日もそうで、一昨日もそうで、今日もまたそんな一日を過ごす。誰もがそう思っていたのだが──

「やぁ、みんなお揃いだねぇ」

 そんな酒場に現れたのは背中にキノコや野草などを大量に詰め込んだカゴを背負った竜人族の青年、このイージス村の村長だった。

「村長様、今日も森で採取してたんですか?」

「うん。春になってようやくキノコや野草が芽吹き初めてね。今は春限定の野草なんかが採れるしね」

 村長はいつものように少しでも村の財源を確保しようと採取に行っている。クリュウ達が採取ツアーにあまり参加しないのはこうした彼の仕事を奪わない為でもあるのだ。

「それで、僕達に何か用でもあるんですか?」

 村長がわざわざ酒場に顔を出したという事は自分達に何か用があるのだろう。最近退屈していたクリュウ達は村長が何かの討伐依頼を頼もうとしているのかもと期待してしまう。

 だが、そんな彼らの期待に反して、村長はいつものように屈託のない笑みを浮かべる。

「残念だけど、今は特に危険なモンスターもいないから討伐依頼はないねぇ」

 全部お見通しという訳だ。クリュウ達は村長の答えに一様にがっかりする。そんな彼らに「まあまあ、平和が一番だよ」と笑いかける村長。

「実は用というのはクリュウ君にあるんだ」

「僕に、ですか?」

「うん。さっき定期船が来てね、その時に郵便物を引き取ったんだけど、その中に君宛てのものがあってね。何か大事な内容だと困ると思ったから、届けに来たんだ」

 フィーリア、サクラ、シルフィードには時々指名での依頼が届く事がある。その為村長はハンター宛ての郵便物は最優先に、わざわざ自ら届けに来てくれるのだ。

「はい、君宛ての手紙だよ」

「あ、ありがとうございます」

 有名な三人と違い、凡な彼に手紙が届く事はほとんどない。珍しいなぁと思いながら受け取ったクリュウ。

 それは至って普通の手紙であった。宛て先は確かに自分名義になっている。

 誰だろうと思って手紙を裏返して宛先を確認すると、クリュウは目を丸くした。

「え? しゃ、シャルルから?」

「シャルル様……? あぁ、クリュウ様の学友の方でしたっけ?」

「う、うん。一緒にチームを組んだ事もある後輩だよ」

 クリュウは手紙に書かれた名前を見て、懐かしさに胸が熱くなっていた。

 シャルル・ルクレール。クリュウがドンドルマのハンター養成訓練学校に在学中の際に親しかった後輩だ。ハンマー使いの元気印の女の子で、ちょっとバカだけどいつも真っ直ぐ自分の信じた道を貫く、クリュウにとっては大切な後輩。

 もう一年近く会っていない。そんな後輩から突然届いた手紙。一体何事だろうか。

 クリュウは早速封筒を開けて手紙を開く。そんな彼を、なぜか全員が真剣な瞳で見詰める。

 手紙には実に彼女らしい力強い文字が記されていた。

 

 兄者、元気にしてるっすか?

 シャルはいつでも元気いっぱいっすよ。毎日朝昼晩三食欠かさず飯を腹一杯食べて、風邪だって引かない健康道まっしぐらっす。

 

「相変わらず、無駄に元気な奴だなあいつは……」

 

 実は、兄者に報告する事があるっす。

 この前、シャルはついに訓練学校を卒業したっすよ。驚いたっすか?

 

「おぉ、卒業できたんだ。実技はともかく学力が悲惨だったあいつがなぁ……がんばったんだな」

 

 ついでっすけど、ルフィールもシャルと一緒に卒業したっす。あいつ、兄者との約束を守って一年で二学年上げて卒業しやがったっす。

 ほんと、ムカつく奴っすよ。

 

「……そっか、あいつ本当に一年で卒業したんだ。ほんと、努力の天才だよあいつは」

 

 今は故郷のアルザス村に戻って新米ハンターとしてがんばってるっすよ。この前なんかイャンクックを討伐できて、もう一人前っす。

 兄者はもっと上にいるんすよね? 負けないっすよ。

 

「イャンクックを倒したか。さすがシャルル、実技だったら学年トップクラスだったからな。案外、すぐ追い抜かれるかも」

 

 いつか、兄者の村にも行ってみたいっす。兄者も一度シャルの村に来るっすよ。おいしいブドウをたくさん栽培してる村っすから、極上のワインやグレープジュースでもてなすっすよ。

 それじゃ兄者、さよならっす。

 

「……シャルルの故郷か。今度機会があったら行ってみたいな」

 

 PS、アルザス村のすぐ近くの密林にガノトトスが現れたっす。できれば助けに来てほしいっすけど、どうっすか?

 

「──それをまず最初に書けド阿呆ッ!」

 

 突然手紙相手にブチギレるクリュウ。そのすさまじい怒鳴り声に全員が目を丸くして驚いた。

「く、クリュウ様? な、何事ですか?」

「文法がアホ過ぎるだろッ! だから学力が底辺のバカなんだよあいつはッ!」

「……クリュウが、女の子相手にバカって言ってる」

「な、なかなか見られない光景じゃな」

「できれば、見たくなかった光景でもあるな……」

「い、一体どうなってる訳?」

「はわわッ、はわわわッ!」

 突然豹変したクリュウに女子陣(?)は一様に困惑する。一方、シャルルのバカ丸出しな手紙を読み終えたクリュウは勢い良く立ち上がった。

「く、クリュウ様?」

「すぐに旅路の準備をしないとッ!」

「はいぃッ!?」

 フィーリアの戸惑いの声は、この場にいた全員を代表してのものだった。皆、クリュウの慌てっぷりに驚き、意味も分からず旅に出るとか言い出した彼を落ち着かせたのは、それから十分後の事であった。

 

「なるほど。後輩の村の近くにガノトトスがなぁ」

 ようやく落ち着いてクリュウから事情を聞いたシルフィードは一人思案顔になる。

「確かに、イャンクックを討伐したばかりのかけだしではガノトトスの討伐は難しいだろうなぁ」

「だから急いでたんだよッ」

「じゃがのぉ、クリュウ。お主はガノトトスの討伐経験がないじゃろうが」

「ガノトトスの生態くらいは学校で習ってるし、奴の苦手な火属性と雷属性の武器はどっちも揃ってるから」

 ガノトトスとは水中に生息する水竜種に分類される大型モンスターだ。主な活動は水中だが、地上での活動も可能な水陸両用モンスターで、古竜種などを除けば通常モンスターの中で最大の大きさを誇る。その大きさは通常サイズでリオレウスのキングサイズに匹敵するほどだ。

 リオレウスのように空を飛ぶ訳ではないので活動範囲はそれほど広くはないが、凶暴性や脅威という点では同じく危険なモンスターだ。

 クリュウの話を聞いたシルフィードはふむとしばし考え込んでいたが、スッと閉じていた瞳をゆっくりと開く。

「状況は理解した。ならば早速準備を整えて出陣しないとな。フィーリア、サクラ、すぐに出撃用意」

「了解ですッ」

「……言われなくても」

「──いや、今回は僕だけで行く」

 シルフィードの出撃命令に早速準備をしようとした矢先、クリュウはそんな三人を制するように言った。当然、その場にいた全員が驚く。

「く、クリュウ? 何を言い出すんだ君は……?」

 クリュウの衝撃発言に出撃命令を却下されたシルフィードはらしくもなく狼狽する。あの冷静なシルフィードが慌てるほど、彼の発言は突拍子もなかったのだ。

「ほ、本気なんですか……?」

 フィーリアも目を丸くして驚いている。サクラに至っては驚きのあまり絶句していた。

 エレナもツバメも、事を見守っていた村長でさえも驚きを隠せない。そんな皆の反応を見回しながら、クリュウはしっかりとうなずいた。

「これは僕の後輩の為だからね。みんなに迷惑はかけられない」

「そ、そんな……ッ! 迷惑だなんて私達は石ころほども思ってませんよッ!」

「そうだぞクリュウ。君の後輩という事は、私達にとっても他人ではない。人事ではないのだ」

「……クリュウ」

 クリュウの言葉に慌てて反論する三人に対し、クリュウは冷静だった。静かに、首を横に振る。

「ありがとうみんな。でも、これは僕の問題だ。シャルルは僕の後輩……だから、後輩を助けるのは先輩である僕じゃないと」

 そう言う彼の表情はいつになく真剣であった。そのいつもは見られない凛々しい表情に、女子陣が一斉にドキッとする。

「それに、きっとあいつも僕が一人で来るのを願ってるだろうしね」

「ど、どうしてそんな事がわかんのよ」

「──文字がさ、滲んでるんだよ」

 シャルルからの手紙を見ながら、クリュウは静かに言った。その言葉の意味がわからず戸惑っている面々に向かって、クリュウは苦笑を浮かべながら口を開く。

「ガノトトスが現れて村が困っているの事実だと思う。あいつはウソが大嫌いな真っ直ぐ過ぎる奴だから。でもそれ以上にあいつ、僕に久しぶりに会いたいんだと思う。きっとあいつ、一年もの間ずっと我慢してたんだ。本当は別れるのが嫌で、ずっと一緒にいたかったんだ。それを我慢して、一年耐えた。でもさ、さすがに限界なんだと思う──あいつさ、自分では認めないけどすごく寂しがり屋なんだよ」

 それは、彼女と一緒の時間を過ごした自分だけがわかる事。彼女がどれだけがんばり屋で、どんな時でも明るく気丈に振る舞う、思いやりのある子か、自分は知っている──そして、そんな彼女にも弱い一面がある事も、自分は知っている。

「まぁ、ガノトトスを討伐するっていう難題もあるけどさ、久しぶりに後輩に会いたいってのは僕も同じ。だから、今回は僕一人で行ってくる。これは、旧第77小隊の問題だからね」

 そう言って、クリュウは微笑んだ。その笑顔に女子陣は一様に黙る。それは自分達の知らない、彼のもう一つの仲間達に向ける笑顔。

 一年以上前、フィーリア、サクラ、シルフィードが組むずっと前……今の彼の礎になった、彼にとって大切なもう一つの仲間達。

 どこか寂しい気持ちもあるが、彼が過去の仲間を大切に思っているという気持ちには胸が温まる──実に、彼らしい。

「……そうか。そういう事なら、私達が水を差す訳にはいかんな──行って来い、クリュウ」

「シルフィ……」

「後輩にいい格好を見せたいならそう言え」

「そ、そういう訳じゃないけど……」

「照れるな。だが、君もたまには見栄を張ってみるべきだな。君には、それだけの実力がある事はこの私が保証しよう──後輩に、いい先輩の姿を見せてやれ」

 シルフィードはそう言ってクリュウの背中を後押しすると、彼女らしい頼もしい笑みを浮かべる。クリュウもそんな彼女の言葉に自信を得たのか、嬉しそうに微笑む。

「ありがと、シルフィード」

「……さて、私はこういう結論に達したが、君達はどうだ?」

 そう言ってシルフィードは渋い表情を浮かべている他の女子陣、特にチームメイトであるフィーリアとサクラの方を見る。

「私個人としては賛成しかねますが、私はクリュウ様の決めた事には基本的に従う方針なので」

 フィーリアはまだ納得はしていない様子だったが、本人の言う通りクリュウの決めた事を尊重したいという想いも強く、激しい接戦の末に後者が勝ったという感じだ。表情もシルフィードのようにすっきりはしていない。

 一方、サクラはというと……

「……嫌。ついて行く」

 そう言ってサクラはぷくぅと頬を膨らませる。クリュウに対する独占欲がずば抜けている彼女の場合、一時であっても他の女の子にクリュウを取られるのが嫌なのだろう。断固拒否の構えを見せている。この辺は好きな人の想いを尊重するというフィーリアとの決定的な違いだ。

 サクラが拒否権を発動するのは予想できた事だったのだろう。シルフィードはため息を零す。

「サクラ、わがままを言うな。これはクリュウが自分で決めた事だぞ。背中を押してやるのが仲間というものだろう?」

「……仲間なんてその程度。私はクリュウの妻として夫の暴挙を止めようとしているだけ」

「ただでさえ混沌としている状況をややこしくするなサクラ。フィーリアとエレナもそのように迷う事なく戦闘態勢になるな」

 協調性ゼロなサクラのわがままとずば抜けた嫉妬心を抱くフィーリアとエレナ。その間で調整役を担うシルフィードはいつもいつも苦労する。

「わがままを言うでないサクラ。本当にクリュウの為を思っているなら、ここは手を引くべきじゃ」

 もう一人の常識人であるツバメもまたサクラを注意する。そんな友人に対しサクラは一言。

「……ツバメ、うざい」

「ひど過ぎるじゃろッ!? それが幼少の頃からの付き合いの友人に言うセリフかッ!?」

 本当にサクラはクリュウ以外には容赦がない。

 シルフィードやツバメの注意を聞かず、サクラはプイッとそっぽを向いて断固拒否の構えを見せる。その姿は比喩ではなく駄々をこねている小さな子供のようだ。

「いい加減にしてくださいサクラ様。わがままを言わないでください」

「……やだ」

 フィーリアの説得も無視し、サクラはクリュウの袖を掴んでそのまま彼の背後に隠れる。もはや完全に駄々をこねる子供状態だ。

 そんなサクラに対し、クリュウは小さくため息を零すとサクラに向き直ってそっと彼女の肩を叩く。サクラの隻眼と目が合う。

「……クリュウ」

「悪いけどサクラ、今回は僕一人で行きたいんだ。だから、一緒には行けない」

「……ヤダ、一緒に行く」

 クリュウが言っても、サクラはぷくぅと頬を膨らませて駄々をこねるばかり。いつもはクリュウの言う事なら素直に聞くサクラも、今回ばかりは一歩も引こうとしない。だが、クリュウはそんなサクラの頭の上にポンと手を置く。

「サクラ。わがまま言わないでよ。この埋め合わせはちゃんとするからさ」

「……むぅ」

 お願いと手をを合わせるクリュウを前に、さすがのサクラもすごく不服そうではあるが「……わかった」と折れた。何だかんだ言ってクリュウには弱いのだ。

「……その代わり、帰って来たらデートしてもらうから」

「で、デート? 一緒にご飯食べたりとかでいいの? それなら別にいいけど」

「……少し違うけど、それでいい」

「わかった。じゃあ約束ね」

 さりげなくクリュウとのデート(サクラ視点)の約束を取り付けたサクラ。さっきまでの不満そうな顔はどこへやら。今から楽しみで仕方がないのかニヤけてしまっている。

 あまりにもサクラが普通に一歩リードした事に呆然としているフィーリアに向かって、サクラはフッと勝ち誇った笑みを浮かべた。

「……恋にも計略は必要」

「なぁッ!?」

 そこでフィーリアは全てを理解した。彼女が珍しく駄々をこねたのは、見返りとして彼を独占できる機会を得る為であったという事に──見事な策略だ。

 一人勝ちのような状態のサクラを悔しげに睨む。一度普通に彼の一人旅を了承してしまった身としては、今更それを拒否したり何か見返りを要求する事はできない。目的の為なら恥も外聞も簡単に捨て去る事ができるサクラならともかく、フィーリアには無理だ。

 同じような条件のシルフィードや、そもそもハンターとしての仕事内容に口出しができないエレナも同様。エレナとフィーリアは悔しそうに勝利の舞を踊るサクラを睨み、シルフィードは羨ましそうに見詰める。

 ここでツバメが助け船を出せば状況も変わったかもしれないが、何だかんだ言ってツバメはサクラの味方なのだ。小さく「すまんのぉ」と謝りつつ、喜ぶ友人を温かく見詰める。

 そんな女子陣の目に見えない戦いなど当然気づくはずもなく、クリュウは手に持っていた手紙をもう一度見る。

「そういえば、アルザス村ってどこなんだろ?」

 自然と言うクリュウの疑問を耳にしたエレナは呆れ顔になる。

「あんた、場所もわからずに飛び出そうとしてた訳?」

「あははは……」

 エレナの言葉にクリュウは恥ずかしそうに苦笑いする。すると、そんな彼の疑問を答えたのはそれまでずっと黙って事の成り行きを笑顔で見守っていた村長であった。

「それがどこの村かはわからないけど、少なくともその手紙はガリアから来てるのはわかるよ」

「本当ですか?」

「うん。手紙の封蝋(シーリングワックス)に花が描かれてるでしょ? それはアイリスっていう花で、ガリアの国花なんだ。つまり、その手紙がガリア発って証だね」

 手紙を裏返して見ると、確かに開けた際に切れた封蝋(シーリングワックス)には確かに花が描かれている。これがガリアの国花、アイリスと言うのだろう。

 ガリア、正式にはガリア共和国。西竜洋諸国の一国であり、世界で初めて市民革命によって王政府を打倒し民主主義共和制を実現させた民主主義の原点である国家だ。ちなみに世界で初めて革命で政権を打倒して生まれたのがアルトリア王国である。

 西竜洋諸国全ての国と国境を面しており、地理、政治、軍事、文化など様々な面で西竜洋諸国と密接に関わっている国だ。

 歴史的建造物も多く、太古の失われた遺産の多くがガリアから発見されている。豊かな自然に囲まれており、良質なブドウが穫れる為にワインやブドウを使った飲み物や食べ物が豊富で、観光大国としても有名な国だ。

 ドンドルマからも近く、陸路及び海路どちらでも入国が可能という立地にある。

「シャルルはガリア人だったんだ……」

 クリュウはシャルルが《国有(カントリアス)》だという事に少し驚いていた。何しろ、クリュウ自身は《国無(ノンカントリアス)》、国籍なき民なのだから。

 この大陸には国家として機能している国はわずかで、そこに住む人々は国籍を持つが、多くの人々が国の存在しない地域に住み、国籍を持たない。

 国がない地方ではドンドルマのように都市自体が小さな国家を形成している場合もあれば、地域という区分けの中で最低限の自治機能を持つ場合もある。イージス村は後者だ。

「国境を越えるとなると手間も掛かるな。直接ガリアに入国するよりドンドルマ経由でギルドに通行手形を支給してもらった方が早いな」

 シルフィードは考え込むクリュウにそうアドバイスした。

 国という概念のない地域では人々は簡単に行き来ができるが、国が存在してその境目が国境となると話は別だ。検問を通る必要があり、そのチェックに時間が掛かるのだ。特に昨今のエルバーフェルド帝国の急速な国力回復及び軍事力の増大によって各国は国境警備に重点を置いているから尚更だ。

 ただし例外もある。ドンドルマのハンターズギルドはそのような国境を簡単にパスできる通行手形を状況次第でハンターに配布しているのだ。これはハンターが国境という壁で行き来を阻まれたり、緊急を要する場合でも検問に時間が掛かって手遅れにならないようにする為に、ハンターズギルドと各国が結んでいる平和協定に基づく処置だ。ギルドの手形さえ貰えば検問は簡単に通過できる。

「ガリア共和国は陸路で行くよりもドンドルマ経由で港へ向かい、そこから船でジォ・クルーク海に出てガリア唯一の港、ブレストから入国するのが一番楽ですよ」

 流浪ハンターとして大陸中を旅していた経験のあるフィーリアもまたドンドルマ経由の、それも海路での入国をおすすめする。こういう時、フィーリアやシルフィードの博識さには脱帽してしまい、毎度毎度助けられる。

 クリュウは改めて自分は頼れる仲間に恵まれているなぁと、運命と仲間達に感謝する。そして、今回はそんな仲間達とは別行動だ。

「それじゃ、早速準備しないと」

 クリュウはシャルルからの手紙を握り締め、急いで酒場から飛び出す。その後をサクラ、フィーリアが追いかける。

「ちょ、ちょっとッ! ヨーグルトはッ!?」

 シルフィードはクリュウが頼んだヨーグルトを持ち帰る事にし、全員分の勘定を済ませる。

「お主も大変じゃのぉ……」

「まぁ、弟や妹の面倒を見ていると思えばどうという事はないさ」

 毎度毎度後始末を引き受ける羽目になるシルフィードにツバメは同情するが、シルフィードは小さく微笑む。彼女自身、こういう役柄が嫌いではないのだろう。

 常識的故にいつも損な役回りをする事が多い者同士、遅れて酒場から出て行く。

 そんな友人達の背中を一人で見送るエレナ。その視線の先には、幼なじみの背中はもう見えない。

 残された食器を手に取り、小さくため息。

「あいつも、成長してるって事よね……」

 自分を置いて、一人で自分の道を決めて行動するようになったクリュウ。昔は自分に振り回されてばかりだった、あの頃の彼はもういないのだ。

 幼なじみの成長を喜ぶ反面、少しだけ寂しい。

 カチャカチャと食器を片づけていると、ふとその視線が一カ所に注がれる。そこには彼が食べ終えた食器が置かれている。その瞬間、フッと口元に笑みが浮かぶ。

「……変わってるんだか変わってないんだか」

 クリュウの使った皿の上には、彼が子供の頃から嫌いなきゅうりの付け合わせだけが残されていた……

 

 クリュウは一人、自宅の倉庫の中にいた。ここには四人分のこれまで収集した素材や武具などが収納されている。もちろん、彼の武具も全てここに納められている。

 クリュウは一人、これまで幾多の敵を共に撃破し、自身を守ってきてくれたレウスシリーズを慣れた手つきで身に纏う。武器にはガノトトスが苦手とする火属性の片手剣、バーンエッジを選んだ。今の自分が用意できる最善の武具の選択だ。

 必要な道具類はすでに全て用意を終えている。武具の用意が終わった今、もうこの倉庫にいる必要はない。

 クリュウはレウスヘルムを抱きながら、倉庫から出る。外にはすでに見送る準備を整えているフィーリア達が待っていた。

 武具を身に纏ったクリュウを見て、フィーリアが微笑む。

「準備は終わりましたか?」

「うん。ここで準備できるものは全部ね。足りない物はドンドルマででも仕入れるよ」

「その方が得策じゃな」

「道具類はすでに港まで運んでおいた。あとは君待ちだが、準備は整ったようだな」

「うん、ありがと」

 クリュウは礼を言うと、改めて見送ろうと集まってくれた仲間達を見回す。

 フィーリア、サクラ、シルフィード、エレナ、ツバメ。掛け替えのない友達で、頼れる仲間で、大切な人達がそこにはいた。

 しばしの間、みんなとはお別れだ。

「それじゃ、行って来るね」

「はい、行ってらっしゃいませクリュウ様」

「……ご武運を」

「がんばって来い」

「気をつけるのじゃぞ」

 フィーリア達の出発を後押ししてくれる言葉の数々一つ一つにうなずき返し、クリュウは出発する。

「ちょっと待ってッ」

 皆に背を向けた所で、今まで黙っていたエレナが声を上げた。何事かと思って振り返ると、スタスタとエレナが迫り、目の前で止まる。

「え、エレナ……?」

「……はい」

 ムスッとした表情でグイッとクリュウの目の前に差し出されたのは、布でくるまれた箱。有無を言わせず、エレナはクリュウにそれを押しつける。

「これは?」

 クリュウの問いに、エレナはムスッとした表情を崩さずに言う。

「急な事だったから余り物の寄せ集めだけど、一応お弁当。今回は長旅なんでしょ? 行く前にしっかり体力つけておきなさい」

 そっぽを向き、頬を赤らめながら言うエレナ。クリュウはしばし呆然とそれを見入っていたが、ハッと我に返る。

「あ、ありがと……」

「ふ、フンッ。言っておくけど、寄せ集めだから変な期待はしないでよ」

「エレナの料理なら何でも大歓迎だし、大期待さ」

「……バカ」

 エレナは不機嫌そうに、でもちょっぴり嬉しそうな、そんな複雑な表情を浮かべ、クリュウに向き直る。

「行ってらっしゃい、クリュウ」

「うん、行って来る」

 見送る仲間達に手を振りながら、クリュウはイージス村を出発した。

 目指すはドンドルマ経由でガリア共和国。そのどこかにあるアルザス村──かわいい後輩、シャルル・ルクレールの住む村だ。

 

 道中、空腹でエレナに持たされた弁当を開けると、そこには余り物なんてすぐに偽りだとわかる、心を込めた手作り料理が満載されていた。

 あの短時間でこれだけの料理を作れる所は、さすがはエレナと言った所か。

「ありがと、エレナ」

 素直じゃないけど心優しい幼なじみの心遣いに感謝しつつ、クリュウは食事を開始する。

 ──やっぱり、おいしいよエレナ。


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