モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

135 / 251
第130話 三位一体 アウトレンジ作戦

 その後もエリア2を舞台にクリュウ達は戦闘を続けたが、その途中でリオレイアはエリア4へと移動した。逃げる寸前にフィーリアがペイント弾でペイントの上書きをした為リオレイアの位置は把握できている。クリュウ達も携帯食料で小腹を満たしたり砥石で切れ味を回復させるなどの準備を終えてからペイントの匂いを追ってリオレイアを追い掛けてエリア4へと移動する。

 だがクリュウ達がエリア3に達した段階でリオレイアは再び移動。今度は拠点(ベースキャンプ)上空を通り抜けてその隣のエリア1へと移動した。クリュウ達はエリア4と拠点(ベースキャンプ)を通過してエリア1へと向かう。

 エリア1は湖から離れた密林地帯に位置づけられる場所。少し小高い崖の上にある広い平地で、ここは細く高い木々が至る所に生えており視界はエリア2のように広くはない。背後には巨大な岩壁がそびえ立っており、この時間帯だと太陽が岩陰に隠れてしまっているので若干薄暗い。岩壁付近にはその薄暗さと鬱蒼と茂る木々が風を遮る事から湿った土になっており、そこからはアオキノコや特産キノコなどのキノコ類が取れる。地面に生える草も豊富な為、ここは草食モンスターのアプトノスのエサ場として使われている。

 ここは拠点(ベースキャンプ)、エリア2へと続く道。岩壁を登った先にはエリア9へと繋がる細い道もある。

 そんなエリア1の中央に木々をへし折って地に立つリオレイア。すでにクリュウ達がエリアに入る前から気づいていたのだろう。こちらをギロリと睨みつけていつでも攻撃を開始できる構えを見せている。

 拠点(ベースキャンプ)とエリア1の間の道に荷車は置いているので、身軽なクリュウはすぐに岩壁の方へ走って大きく割り込むようにしてリオレイアに迫る。フィーリアも同じく岩壁の方へ走るとクリュウと別れて一人岩壁に近づき低い段差を登り始める。そしてルーデルはすでにここに到達する前に演奏を終えているのですぐさま攻撃に入る。

 迫るルーデルに対し、リオレイアは必殺の突進で迎え撃つ。地響きを立てながら迫り来るリオレイアに対しルーデルはすぐさま直角に針路を変えて横へ走りこれを回避。すかさずUターンして背後に倒れたリオレイアに追う。

 起き上がったリオレイアは素早く振り向き、ルーデルとは反対側から接近していたクリュウに突進を仕掛ける。しかしフィーリアからの助言でリオレイアの様子を注視していたクリュウはこの突進を予期していた為簡単に回避。だがリオレイアもバカではない。クリュウが余裕で回避するとその場で急停止して逃げるクリュウの方へ向き直って再び突進を仕掛ける。これにはクリュウもさすがに焦ったが、何とか身を投げ出すようにして回避。その少し後方をリオレイアが地響きを立てながら通過する。

 キノコが群生する岩壁のすぐ横に倒れ込んだリオレイア。するとその翼が突如射抜かれた。次々に飛来する鉄槌がリオレイアの翼膜を貫き血飛沫を華やかせる。それは当然フィーリアからの支援射撃であった。彼女はエリア9へと繋がる道の途中、岩壁の崖の上に陣を築き、そこにうつ伏せになって体を固定して援護射撃をしていた。走り回らず、正確に相手を狙えるガンナーにとっては絶好の位置(ポジション)であり体勢(フォーム)だ。

 空になった弾倉に再装填するのは射程距離の長い貫通弾LV2。これでエリアの大体を網羅できる。ただし前端付近では弾の威力は半分程に下がってしまうので、ある程度引きつけて戦わなければならない。だが、その点についてもフィーリアに抜かりはなかった。

 すでにここに来る前にフィーリアはこの狩場での作戦方針を二人に話していた。この狩場自体フィーリアは何度も訪れており、地形の様々な特徴も全て熟知している。その情報を元にした作戦、簡単に言えばフィーリアがいる岩場付近にリオレイアを常駐させ、彼女の攻撃力を最大としつつ剣士二人が攻撃するというもの。単純だがこのエリアの地形を利用したガンナーにとってはベストな戦法だ。剣士二人組は狭い岩場の間でリオレイアを相手にするのでかなりの負担が掛かるが、そこは二人は難なく了承している。それにここは拠点(ベースキャンプ)にも近いので態勢を立て直しやすい。フィーリアとしてはここでできる限りリオレイアの体力を削る気でいた。

「ここが正念場ですね……」

 そう静かに呟くと、フィーリアはハートヴァルキリー改を構えて起き上がるリオレイアに再び照準を合わせて一発撃つ。銃口から射出された貫通弾LV2は空気の壁を突き抜ける度に初速よりも速度が落ち威力も落ちていく。しかしそれでもその一撃はリオレイアの翼膜を再び貫く。

 一方的な銃撃に対し、リオレイアも反撃に出る。フィーリアの方へ振り返ると、崖の上に陣取るフィーリアに狙いを定め、轟音と共に単発ブレスを撃ち放った。それまでの水平ブレスと違い、角度を付けての斜撃ブレス。炎球はフィーリアのすぐ下の崖の壁に激突して爆ぜる。

「……くぅッ! で、でもここは彼女の最大射角を超えた角度。直撃はしないんだから……ッ!」

 吹き荒れる爆風と飛び散る岩の破片を耐え切り、フィーリアは再びスコープで狙いを定めて銃撃を再開する。引き金を引く度に衝撃で腕に負担が掛かるが、そこは慣れたガンナーである。それらの衝撃に耐え、銃口を一ミリたりとも動かさずに正確な射撃を続ける。弾倉の中が空になればすかさず再装填してできる限り間隔を開けないで連射。弾丸が撃ち出されるたびにその分だけ排出される空薬莢が彼女の周りに甲高い音を立てて散らばる。

 クリュウとルーデルが挟撃して押さえ込んでいるリオレイアに、フィーリアはひたすらに銃撃を続ける。

 一方、フィーリアの援護射撃を受ける剣士二人組は暴れるリオレイア相手に苦戦を強いられていた。思うように動いてくれないリオレイアに対し、背後からアキレス腱を狙ってブラットフルートを叩き込むルーデル。

「この突進バカッ! 少しは大人しくしてなさいよッ!」

 アキレス腱を殴られた事で一瞬膝を折りかけて怯むリオレイア。しかしそれは本当に一瞬の出来事。すぐに元の状態に戻ると立ち位置を変えようと走るクリュウ目がけて突進してしまう。

「あぁもう動くなぁッ!」

 リオレイアに狙われたクリュウはこれを何とか回避すると、フィーリアから距離が離れてしまったリオレイアを戻そうとルーデルに駆け寄る。

「意外と難しいね、これ」

「あんたがミスるからでしょバカッ」

「ご、ごめん……」

「チッ、使えないわね……」

 ルーデルの言葉に多少なりとも傷つくクリュウを無視し、ルーデルは木々を押し倒して転倒するリオレイアを見詰める。ゆっくりと起き上がったリオレイアは比較的早い速度で振り返る。その動きに二人はすぐさま左右に分かれる。直後、リオレイアが突進を開始して今度はルーデルを追い掛ける。

 ルーデルは自身に向かって突進して来るリオレイアに対し舌打ちしつつも、リオレイアに対し直角で逃げている為に難なくこれを回避する。しかしリオレイアは再び急停止するとその場で信地旋廻してルーデルの方へ向き直り、そのまま再突進。

「しっつこいってのぉッ!」

 ルーデルは怒鳴るが、内心は焦っていた。人間の走る速度と飛竜の突進速度は比べ物にならない程違う。このまま走っていても必ず追いつかれる。かと言って再び横へ回避しようにもこの距離では下手に針路を変えてもこれも追いつかれる可能性が高い。回避するには、ギリギリまで引きつけて直撃寸前で横へ跳ぶしかない。だが当然、ギリギリまで引き付けるのは危険極まりない行為だ。

 覚悟を決め、ギリギリまで引き付けようと肩越しにリオレイアを見ながらルーデルは彼我の距離を目測で測る。

 しかし、ここでリオレイアは思わぬ行動に出た。何と再び急停止したのだ。驚きのあまりルーデルは足を止めて振り返る。すると、リオレイアはいつの間にか背後から迫っていたクリュウに向き直った。

「うわッ!?」

 予想だにしていないリオレイアの行動にクリュウは慌てて足を止めるが、足を止めるタイミングが遅すぎた結果止まった位置はリオレイアの眼前。その途端リオレイアが動き、クリュウはとっさに盾を構えた。

 目の前にいる敵に向かってリオレイアは首を大きく横に振ってタックルと噛み付きを合わせたような一撃をクリュウに叩き込む。牙こそ盾でガードしたが、その衝撃までは耐えられずクリュウは大きく後退してしまう。

 ここで追撃をされればクリュウが危ない。そうルーデルが感じ取り走り出した瞬間、リオレイアの体を無数の銃弾が貫いた。遠距離からのフィーリアの支援射撃だ。この攻撃にリオレイアは一瞬怯み動きを止める。その一瞬を突いてルーデルが一気に距離を詰める。

「いい加減にしなさいよッ!」

 止まっているリオレイアの背後から右側、脚付近に達すると同時に背負ったブラットフルートを引き抜き、それまでの勢いを全て注ぎ込んで横薙ぎに脚に一撃を叩き込む。予期せぬ一撃だったのだろう、リオレイアは悲鳴を上げて横倒しに倒れた。これまでクリュウが積み重ねてきたダメージも、幾分か役に立ったのかもしれない。

 ルーデルはチャンスとばかりに倒れたリオレイアの頭部を狙ってブラットフルートを叩き込む。クリュウもやっと巡ってきたチャンスを無駄にしない為にも全力で駆け寄り、低くなった尻尾に向けてデスパライズを叩き込む。

 もがくリオレイアの頭部と尻尾に対し全力攻撃する二人。遠くからのフィーリアの援護攻撃も正確にリオレイアの体を射貫く。

 時間にして数秒。しかしその数秒のうちに三人はこれまでの十数分に匹敵するだけの攻撃を与えられた。

 そろそろ起き上がると感じ、クリュウは早々に攻撃を止めて後退する。ルーデルも全く同じタイミングでリオレイアの正面から退避した。

 クリュウとしてはそれなりの手応えは感じていた。しっかりと一撃一撃に全力を込められ、正確に狙えた。だがリオレイアはそんな彼の想いとは裏腹に平然と起き上がる。改めて人間とモンスターの差を思い知らされる。

 リオレイアはギロリとクリュウを睨みつけると体を回転させて尻尾を横薙ぎに振り払う。この一撃は何とかバックステップで回避した。

 飛竜種の巨体を生かした旋回攻撃は全包囲攻撃の為厄介だが、同時に数少ないチャンスでもあった。全包囲攻撃と言っても同時に攻撃できる訳ではない。片側を攻撃している間は反対側はいかなる攻撃も届かない空白地帯となる。常に動き回っているリオレイアに対しては、本当に数少ない隙だ。

 リオレイアはクリュウへの尻尾の薙ぎ払いを失敗するが、気にした様子もなく反対側へそのまま回転する。その瞬間、クリュウの目の前に空白地帯が発生した。すかさずクリュウは一気にリオレイアの懐に潜り込むと回転の軸となっている脚に向かってデスパライズを叩き込む。迸る麻痺毒に一瞥をくれつつ、一撃一撃にしっかりと力を込めて攻撃を繰り出す。

 旋回が終わり、クリュウはすぐにその場を離れる。だがリオレイアはそれを待たずしてクリュウの方へ振り返ると二歩引く──刹那、とっさに構えた盾に強烈な衝撃が直撃してクリュウは耐え切れずに吹き飛ばされて背中から地面に叩きつけられて転がる。幸い大した怪我はなくクリュウはすぐに起き上がる。前を見ると、ちょうどリオレイアが地響きと共に地面に降り立った瞬間であった。

 サマーソルトを何とか防いだクリュウは冷や汗を流す。一瞬でも反応が遅れていれば大怪我は避けられない所であった。痺れる左腕が、その衝撃の重さを物語っている。

 着地したリオレイアがどのような動きをするか。クリュウは一瞬の動きでも見逃さないよう凝視しつつ、いつでも体を動かせるように構えておく。

 その時、エリア中に笛の音が響き渡った。リオレイアを挟んで反対側に位置するルーデルはブラットフルートを構えてはいるが、彼女ではない。音の響く方を見るとそれは岩壁の方──フィーリアの吹いた角笛であった。

 クリュウが吹き飛ばされるのをスコープ越しで確認したフィーリアは腰に下げていた角笛を迷う事なく吹いた。

 角笛は吹いた対象者がその音を聞いたモンスターに狙われやすくなる。ランス使いやガンランス使いなど防御に優れた武器を携えた者が使用して囮役になる際に使われる事が多いが、今回は違う。

 彼女がいる場所がリオレイアの攻撃範囲外であり、自身の攻撃範囲内である事は彼女自身が重々承知している。

 ──これがフィーリアの考えたこのエリアでの奇策。アウトレンジ作戦であった。

 角笛の音色にリオレイアは当然振り返り、再び攻撃を再開するフィーリアに向かって突進する。だが、当然、彼女がいるのは崖の上の為、恐れる事は何もない。

 眼下に迫り来るリオレイアに対して構わず貫通弾LV2を撃ち続ける。直後、岩壁にリオレイアの重量級な巨体が激突。岩壁がその衝撃で震え、伏せていたフィーリアにもその振動は伝わる。常識外れな威力だ。

 袋小路のようになっている場所で暴れるリオレイアに近づく事もできず、クリュウは遠巻きにそれを見詰めており、ルーデルはこれを機に演奏を始め、少し前に効果の切れた攻守上昇演奏を行う。

 フィーリアを狙って岩壁に体当たりしたリオレイアは叫び声と共に翼を羽ばたかせて飛び上がって後退する。ちょうど袋小路の入口辺りまで後退したリオレイアは着地。勢いを止められず数歩下がったが再び臨戦態勢に入る。

 リオレイアはその間も銃撃して来るフィーリアのいる方に向かって斜めに単発のブレスを撃ち放った。その炎球はフィーリアが伏せている横の岩壁に命中して爆散。岩壁の一部が砕け、小さな破片がフィーリアの背中にビシビシと当たる。小石ならともかく拳大よりも大きなの石が背中に当たるのは防具を通しても痛い。しかしあれだけ強固な岩壁をも砕くブレスに直撃するよりは全然マシだ。

 砂埃に塗れながらも、フィーリアは冷静にリオレイアを狙って銃撃を続ける。そこへもう一発ブレスが飛んで来た。今度はフィーリアの銃口のすぐ下の岩壁に命中した。至近距離での爆風にフィーリアの体が吹き飛ばされ、すぐ横の壁に背中を叩きつける。肺の中の空気を吐き出し、軽く咳き込む。

「……やっぱり、絶対安全だとは言えないのね」

 フィーリアが陣取っていた場所は確かに通常ではギリギリ攻撃が届かない場所だ。しかしリオレイアが自身のブレスの最大射程ギリギリの場所から最大仰角で撃てば、彼女がいた場所も決して安全とは言えない。直撃はしなくても至近距離で爆発すればそれなりにダメージは負う。それでも、下手に立ち回って体力を消耗させるよりはこちらの方が安全策ではある。

 リオレイアとばかり戦っているから、周りの人々は自分の事をリオレイアの生態や癖を全て知っていて、全ての行動を見切って立ちまわると誤解している人が多いが、実際はこういう出来る限り安全策を使って戦う、普通の狩りと何ら変りない。そもそも人間が彼女の全てを理解しようなど不可能であり、おこがましい事この上ない。自分はただ、そんな彼女との命を懸けた戦いをこの上ない喜びとしているに過ぎない。最上の敬意を持って、最上の礼儀を重んじて彼女と相対する。

 戦うたびに違う行動をする。当然だ、リオレイアにも人間と同じで個性があるのだから、細かな違いはたくさんある。前回とは違い戦いを、敬愛する彼女とどちらかが力尽きるまで繰り広げる。この興奮は、何にも代えがたい。他のモンスターでは決して得る事のできない、自分だけの喜び。

 リオレイアは美しく、気高く、凛々しく――そして強い。そんな彼女を敬愛し、彼女との戦いを聖なる儀式に等しいと感じているからこそ、リオレイアとの戦いは興奮する。

 この気持ちは、決して他の人にはわからないだろう。だからこそ、自分だけの特権であり、勝手ではあるが自分とリオレイアだけの世界だと感じられる。

 こちらを憎々しげに睨むリオレイアの鋭い眼光に体が震える。恐怖もあるが、その女王としての威厳に満ちた闘志が心を震わせるのだ。

「やっぱり、貴殿は最高の好敵手(ライバル)です……ッ!」

 フィーリアは再び姿勢を低くして射撃体勢に入ると、遠距離射撃を再開する。

 再びのフィーリアからの攻撃にリオレイアは再三ブレスを撃ち放とうとするが、そこへクリュウとルーデルが左右から同時に突っ込む。

「私の嫁に何しやがるのよッ!?」

 激昂を力に変え、ルーデルは射撃体勢に入ったリオレイアの脚に向かって全力でブラットフルートを叩き込む。その一撃は今までの幾多の一撃よりも鋭く、力強く、リオレイアの脚を吹き飛ばした。

「グオォッ!?」

 足払いような一撃を受け、リオレイアは耐え切れずその場で横転する。そこへまるで狙っていたかのようにクリュウがデスパライズを振り上げて襲い掛かる。狙うはリオレイア最大の難所――尻尾だ。

「ここッ!」

 振り下ろした一撃は狙い違わずリオレイアの尻尾の先端部分の付け根辺りに炸裂する。そこにはこれまでの彼が積み重ね続けて来た無数の傷が残されている。それでもまだ彼女の尻尾は健全だ。続けざまにもう一撃叩き込み、すかさず次の一撃へと繋げる。その間もフィーリアからの援護射撃、そしてルーデルもまた頭部に対して集中的にブラットフルートを叩き込み続けている。

 しかしそんな一斉攻撃の甲斐もなく、リオレイアはゆっくりと起き上がると翼を広げて飛び上がる。その巨大な翼が生み出す風圧にクリュウとルーデルは行動を奪われる。その間もフィーリアの射撃は続くが、リオレイアは気にもせずそのままクリュウとルーデルの背後へと着地した。そのまますかさず目の前の敵に向かってリオレイアは三連ブレスを撃ち放った。

 周りで爆散する炎の嵐の中ルーデルは着弾直前で危険範囲を脱し、ルーデルよりもリオレイアに近かったクリュウは回避には間に合わなかったが、ガードしてその一撃をやり過ごした。

「グズグズしてないで態勢を立て直すわよッ!」

 ルーデルは再びリオレイアに近づくとブレスを撃った事による一瞬の隙でがら空きの頭に向かってブラットフルートを叩き込む。遅れてクリュウも再び脚に近づくとデスパライズを叩き込んだ。しかし二撃目を入れようとした所でリオレイアはその場で尻尾を振り回すように回転を始めた。寸前でその動きを見抜いたルーデルはバックステップでその一撃を回避し、同じくクリュウもリオレイアの両脚の間に転がって事無きを得る。

 内側から一撃を叩き込み、すかさずその場を脱する。足の下は旋回攻撃の時は安全地帯となるが、逆にサマーソルトの直撃地帯にもなる。事実、クリュウが脱した直後にリオレイアはサマーソルトを炸裂させた。脱していたクリュウは無傷だったが、彼が数秒前までいた場所はサマーソルトの一撃で大きく地面が抉れ、その威力を見せつけている。

 着地の風圧でクリュウが一瞬動きを封じられている間に、ルーデルは回り込んで再びリオレイアの頭部へ一撃を叩き込むと深追いせずにすぐさま転がって正面から回避する。正面はこちらの攻撃力を最大にすると同時に、相手の攻撃力もまた最大となる諸刃の剣だ。そのギリギリの境目を見極めるのは難しく、ルーデルのような感覚で行動するような子でしかできない聖域だ。

 リオレイアは三連ブレスで二人の接近を牽制する。木々が爆散し、背の高い木がクリュウの真上から襲い掛かる。横へ跳び回避すると、直後彼が一瞬前までいた場所に木が倒れる。クリュウはそれを飛び越えて粘着性の火炎液が所々で燃えている地面を突き進む。

 まるでクリュウの接近を拒むようにリオレイアは翼を広げて飛び上がり、後方へと距離を置く。しかしクリュウもまた全速力で接近し、リオレイアが着地した瞬間には彼我の距離はほぼないに等しいにまで接近している。そこから、クリュウはとっさにしゃがみ込んだ。至近距離で突然姿勢を低くしたクリュウはリオレイアの視界から消える。突然消えた敵にリオレイアは一瞬困惑する。その一瞬の隙を突いてクリュウはリオレイアの顎の下から思いっ切り蹴り上げた。それ自体は大した攻撃力はないが、死角からの突然の攻撃にリオレイアは一瞬怯んだ。続けざまに今度は打ち上がった頭を上から今度は叩きつけるようにしてデスパライズをぶち込む。ルーデルの狩猟笛のような威力も迫力もないが、その一撃にリオレイアはうめき声を上げて動きを止める。すかさずクリュウはリオレイアの懐に飛び込み、脚の下に移動するとアキレス腱を狙って再びデスパライズを振るう。

 一撃を入れると、深追いはせずそのまま転がるようにしてリオレイアの背後へと出る。その直上を尻尾が音を立てて振り回され、遅れて接近していたルーデルの針路を阻む。

 旋回した事でこちらに向き直ったリオレイアの眼前に、クリュウは閃光玉を投げ放つ。閃光玉の効果で視界を封じられたリオレイアは悲鳴を上げてその場でたたらを踏む。

「うおおおおおりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 勇ましい掛け声を上げながらルーデルはブラットフルートを構えて突貫する。軸足に一撃を叩き込むと地面を転がって場所移動。右翼下に転がり出るとそのままリオレイアの側頭部へ重撃をぶち込む。その強力な一撃にリオレイアはうめき声を上げて頭を振る。ルーデルは振り抜いた一撃を反転させて反対側を叩き、振り上げ、一気に叩き落す。その一撃にリオレイアは再びスタン状態になって転倒した。

「今よッ! さっさと尻尾片付けてッ!」

 激しい動作の連続にさすがのルーデルも息が上がり始めているのだろう。肩を激しく上下に動かしながら少し掠れた声でクリュウに激を飛ばす。その声にクリュウは一度小さくうなずくと、倒れているリオレイアの後方へと回り込んで再び低くなった尻尾に襲い掛かる。

「いい加減……ッ! 切れろってッ!」

 クリュウはもう何度繰り返したかわからないような同様の一撃をまたしても何度も何度も叩き込む。まるで石のように硬い鱗を弾き飛ばしながら肉を切っていく攻撃の数々は着実に彼の腕に負担を掛ける。チーム全体の戦闘継続時間の限界だけではなく、彼自身の連続攻撃による肉体的疲労もまた限界に達しつつあった。

 デスパライズの柄を握る手にも次第に力が入らなくなって、少しでも力を抜いただけで硬い鱗に弾き飛ばされそうになる。それを必死に耐えながら何度も攻撃を繰り返すのは相当しんどい。しかし、それでもこれしか彼にできる攻撃はない。ハンターに一撃必殺なんて言葉はないのだ。

 確かにダメージを与えている感触はある。ボロボロの尻尾はあと少しで切れるという事もわかっている。あとは残った力を振り絞って切断するのみ。体力的にも、これがラストチャンスだ。

 硬い鱗をかなり弾き飛ばしたとはいえ、それでも幾分か残っており、切れ味がすっかり損耗している剣では簡単に弾かれてしまう。それを力任せに叩き込んでいるのだから、腕には想像を絶する負担が掛かり、激痛が走る。それでもデスパライズの柄だけは離さず、ひたすらにそれを叩き込む。

 度重なる集中攻撃でリオレイアの尻尾は鱗も肉も削り取られ続け、自身の新緑色の鱗や甲殻が真っ赤な血に染まる。そして、真っ赤な肉と血の中に一ヶ所白い部分が見えた――それがリオレイアの尻尾の骨だと理解すると同時に、クリュウは両手で柄を握り締め、地面に足を踏ん張って思いっ切りデスパライズを振り上げる。

「でぇりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 叩き落とされたデスパライズ。骨と衝突した瞬間、ゴリッという不気味な音と共に寸断された。大量の血が噴き出しクリュウのレウスシリーズを真っ赤に染める。そして、

「ギャアアアアアァァァァァッ!?」

 リオレイアはこれまで以上の悲鳴を上げて前方にジャンプするように転倒した。その衝撃にクリュウは呆気無く吹き飛ばされて地面に倒れた。もう力が入らない右手に代わって左腕で体を起こすと、遠くでリオレイアがもがいている。そして、クリュウから少し離れた場所にはリオレイアの尻尾が落ちている。それを見て、ようやくクリュウは実感する。

「き、切れたぁ……」

 しかし尻尾を切られたとはいえリオレイアはまだ健在だ。倒れたクリュウやすっかり疲れ切っているルーデルの姿を見たフィーリアは素早く動いた。再び角笛を使ってリオレイアの気を自分に引きつけつつ崖から降り、こちらに向かって突進して来るリオレイアに向かって道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出して投擲。リオレイアの視界を潰し、続けてペイントボールを付ける。

「撤退しますッ!」

 崖から素早く降りてきたフィーリアの指示にルーデルはうなずくと起き上がろうとしているクリュウに駆け寄り、彼の腕を掴んで引っ張り上げる。

「ほら、肩貸してあげるからさっさと逃げるわよッ!」

「あ、ありがと……」

 クリュウの腕を自身の首に回し、ルーデルは走り出す。その後ろを背後を警戒しながらフィーリアも続く。

 閃光玉によって視界を潰されてもがくリオレイアを残し、クリュウ達はエリア1から脱して隣の拠点(ベースキャンプ)へと撤退した。

 

 拠点(ベースキャンプ)へと撤退した三人はそこでしばしの休憩を取る事にした。

 疲労困憊だったルーデルは一人で小舟のベッドを占領して爆睡。そして腕を痛めたクリュウはフィーリアに手当てしてもらっていた。

 レウスアームを外して痛み止めにすり潰した薬草を腕に塗ってもらい、その上から包帯を巻く。最初こそ薬草が触れて痛んだが、しばらくするとその痛みも取れ、塗る前よりも痛みが和らぐ。

「これでもうしばらくは大丈夫です。あくまでも応急処置ですけど」

「十分だよ、ありがとフィーリア」

 手当してもらった腕を軽く回し、動きに何の支障もない事を確認するとクリュウは再びレウスアームを取り付ける。一方のフィーリアも消費した弾丸の数を確認する。まだ弾切れになる心配はなさそうだ。

 レウスアームを取り付け終え、その状態でも腕が動く事を確認し、クリュウは道具袋(ポーチ)から残った携帯食料を全て口の中に押しこみ、水筒の水で一気に流し込む。その様子にフィーリアは眉をひそめる。

「そんな食べ方すると喉を詰まらせますよ」

「ごめんごめん。でも、これでしばらくは小腹も空かない。回復薬もしこたま飲んだからまだ戦えるよ」

「本当に大丈夫ですか?」

「平気平気」

 笑顔でクリュウが言うとフィーリアはまだ何か言いたそうにしつつも小さく頷き、「あまり無理はしないでくださいね」と念押ししておく。彼女からしてみれば、クリュウが無事でいる事が何よりも大事な事なのだ。

「大丈夫だって。フィーリアは心配性だなぁ」

「クリュウ様だから不安なんです」

「……ごめんフィーリア。今ものすごく傷ついたよ」

 言葉というのは実に難しい。大好きな人に怪我をしてもらいたくないという想いの込められた言葉も、聞き取り方一つで《あなたが情け無いから心配》という正反対な想いに変わってしまう。そんな微妙にすれ違っている二人から少し離れた場所で一人で爆睡しているルーデル。

「それにしても、あんなに豪快に寝てて大丈夫なのかな」

「ルーはオンオフが人一倍しっかりしている子なので、休憩できる時にこれでもかと休憩する子なんです。一度起きればちゃんとまた活動できますのでご安心を」

「それならいんだけど……」

 寝起きというのは一番頭が動かないものだというのは、自身のチームのリーダーが散々教えてくれているので半信半疑でいるクリュウ。するとそんな彼の疑問に答えるように、フィーリアは眠っているルーデルの方を向く。

「ルー。そろそろ出発するよ」

「オッケー」

 まるで起きていたかのようにフィーリアの声にすぐさま起き上がるルーデル。その鮮やかな起き方に唖然としているクリュウを見て、フィーリアはおかしそうに笑う。そんな二人の様子を見て、ルーデルはムッとしたような表情になる。

「何よ。私が寝ている間に二人でイチャイチャしちゃってさぁ」

「べ、別にイチャイチャなんてしてないわよ。ね、ねぇクリュウ様?」

「そうだよ。フィーリアはわざわざ僕の手当てをしてくれてただけだし」

「ふーん」

 ルーデルはどうでもいいと言いたげにクリュウから視線を外し、クリュウの言葉に少しばかりがっかりしているフィーリアを見て面白くなさそうに唇を尖らせる。そんなルーデルの様子に気づいた様子もなく、クリュウは立ち上がった。

「クリュウ様?」

「それじゃ、僕は爆弾の用意をするよ」

「はぁ? あんた、まだ爆弾使う気なの?」

「当然でしょ。その為にわざわざ準備したんだから」

 クリュウは気にした様子もなく小舟の近くに置いてある爆弾の所へと近寄ると、爆弾の下準備に入る。もはやお手の物となった大タル爆弾とカクサンデメキンで大タル爆弾Gを調合する。どこか楽しそうに調合を開始するクリュウの背中を見て、ルーデルは大きなため息を零す。

「……あいつさ、銃狂乱(トリガーハッピー)ならぬ爆弾狂乱(ボマーハッピー)なんじゃないの?」

「撲殺狂乱(ビーツハッピー)なあなたにだけは言われたくないと思う」

 とりあえず、クリュウの爆弾の調合が終わるまで二人はそれぞれの準備を行う。慣れているクリュウは程なくして大タル爆弾四つを大タル爆弾G四つに変え、これで一行が保有する大タル爆弾Gは六つとなった。

 六つの大タル爆弾Gを載せた荷車を見て呆れ返るルーデル。大きなため息を零した後、一人で地図を見詰めているフィーリアに近寄る。

「それで、リオレイアは今どの辺り?」

「現在は隣のエリア4よ。時間的にそろそろ弱っていてもおかしくない頃だと思うけど」

「なら次でこの爆弾を使って一気に畳み掛けよう。フィーリア、落とし穴の設置をお願いしてもいいかな」

「わかりました」

「……あのさ、この明らかにおかしな状況に対してあんた達はノーコメントな訳?」

 一人まだクリュウ達(主にクリュウ)の戦い方に慣れないルーデルはいつも以上の精神的負担に何度も大きなため息を零す。ある意味、彼女が今回の一番の被害者かもしれない――まぁ、彼女も似たようなものだが。

「それじゃ、準備はいい?」

 爆弾満載の荷車の横ですっかり元気を取り戻したクリュウの声に、フィーリアは笑顔で、ルーデルは呆れながらそれぞれ返事する。

「ラストスパートだ。気合入れて行くよッ!」

 クリュウ、フィーリア、ルーデルの三人は再びリオレイアとの戦いに向けて拠点(ベースキャンプ)を出発した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。