モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第127話 クイーン・オブ・ドラゴン

 宣戦布告の怒号(バインドボイス)の後、リオレイアはクリュウ達に向かって地面を蹴って猛烈な勢いで突進して来た。この距離なら横へ全力で走れば回避できる。それだけの距離が彼我にはあった。しかし、クリュウは動けなかった。なぜなら彼は重い荷車を引いているからだ。荷車を放棄したとしても取っ手の内側にいる彼はまずそこから出なければならない。今から走っても巻き込まれる事は必至。会敵一番にクリュウに死という恐怖が襲い掛かる。

 しかしそれは杞憂に終わった。突進して来るリオレイアに対しフィーリアは冷静に閃光玉を取り出し、振り返ると同時に自分達の背後に投げた。直後、閃光玉が破裂して強力な閃光が辺りに飛び散った。その光にリオレイアは目を潰されて突進を強制停止して悶える。それは三人からわずか数メートルの距離、ギリギリであった。

「あ、ありがとフィーリア」

「お礼は結構ですッ! クリュウ様は荷車を早く安全な場所にッ!」

 そう言い、フィーリアはハートヴァルキリー改を構え、すでに装弾済みの通常弾LV2を速射機能を使って攻撃を開始する。ルーデルもブラットフルートを構えて動き出す。クリュウも急いで荷車を引いてリオレイアから離れる。

 ルーデルは閃光玉で動きを封じられたリオレイアを横目に狩猟笛で演奏を開始した。狩猟笛にとって演奏中は無防備になる為、閃光玉が効いている間は格好の演奏タイムとなる。

 ルーデルは構えたブラットフルートを後ろに向かって振り上げ、そのまま地面に叩きつける。その勢いを利用して大きく後方に下がり、今度は再びブラックフルートを振り上げ、そのままの体勢で歌口から息を吹き込む。

 再び辺りに美しい音色が響く。しかしそれは先程とは少し違う音であった。その音はまるで空間全体に溶け込むように辺りに響き、自然の岩や木々に反射して辺りに残る。するとルーデルは再びブラックフルートを今度は前方に叩き付け、右足で蹴り上げる。そしてまたその体勢で演奏をする。これも今までの二つの音色とは異なる音。最後にもう一度後方に叩きつけてから天高く掲げて演奏する。

 エリア全体に乱反射してまるでやまびこのように辺りに響き続ける二種類の音色が組み合わさった時、狩猟笛の奇跡が起きる。

 荷車を安全な所に置いたクリュウはその音色に全身に力が漲るのを感じた。それはまるで全身の筋肉が強化され、ある種の鎧のようになったような感覚だ。クリュウはまた別の演奏を開始するルーデルを見て、納得する。

「防御力強化の音色か……」

 狩猟笛の音色の中には音で人間の身体能力を向上させる力がある。その種類は様々で、攻撃力が上がるものや防御力が上がるものなどがあるが、今回のは攻撃力が上がる音色であった。

 今まで同じような効果を持つ小型の笛、硬化笛も使った事がなかったクリュウはその新鮮な感覚に驚きつつも、全身に漲る力に確かなものを感じていた。グッと拳を握り、ルーデルに感謝しつつその礼とばかりに遅れてリオレイアに走る。この間もフィーリア一人の集中砲火は続いている。

 閃光玉の影響でその場に留まり、ひたすらに噛み付く動作を繰り返しているリオレイアの正面から左斜め前からフィーリアはひたすらに通常弾LV2を速射で連射し続ける。速射は速射対応している弾丸を自動的に連射する事ができる分振動や衝撃が重く、腕にかかる負担も大きい。その為慣れない人が使えば銃口がブレて弾の無駄遣いになるが、フィーリアはそれを見事に耐えて一点集中を狙う。スコープを覗いて照準を合わせながらの繊細な銃撃。それら全てがリオレイアの頭に命中する。リオレイアにとって弾丸の弱点部位が頭であるという事はフィーリアは当然熟知している。

 フィーリアがひたすらに弱点集中攻撃をしていると、再びルーデルの音色が響いた。三回目の音が耳に届くと、再び体に力が漲る。先程の防御力強化の音色とはまた違う感覚。次の瞬間、腕が軽くなったような感覚を感じた。そればかりか自分の思う通りに体が動く。まるで全身の筋力が強化されたかのように、頭で描いた通りの行動が実際にできる。

「攻撃力強化の音色……さすがルーね」

 先程の防御力強化の音色とは別に、今度は攻撃力強化の音色。これで三人の攻撃力と防御力は強化された。狩猟笛の最大の存在意義は音色でエリアに存在する味方全員の身体能力を上げる事。狩猟笛はその複雑な操作方法からマイナー武器とされている為あまり浸透はしていないが、チームでは一人いるだけで狩りの成否が大きく変わってしまう。攻撃力の面でもハンマーには一歩劣るものの、それでも絶大な攻撃力を誇る。

 純粋な攻撃武器としても支援武器としても、実に優秀な武器。それが狩猟笛だ。

 フィーリアは演奏を止めて攻撃に転じるルーデルの姿を一瞥し、空になった弾倉に新たな通常弾LV2を装填して再び速射する。モーターが作動して次々に撃ち出される弾丸。それらは全て的確にリオレイアの頭部に炸裂する。弾丸が射出されるたびに火薬部分の空薬莢が煙を上げながらバラバラと辺りに散らばる。フィーリアの周りには撃ち出された無数の弾丸の空薬莢が無造作に転がっている。

 的確に頭部を狙って集中砲火を行うフィーリア。しかし装弾した弾丸が全て消費されたと同時にリオレイアは閃光玉から回復する。頭を振り、まるでフィーリアの攻撃など効いていないと言いたげな動作の後、視界に最初に捉えた相手――フィーリアを睨みつける。新米ハンターならそれだけで体が硬直して動けなくなってしまう怒りに満ちた瞳。しかしフィーリアの表情は涼しい。

「さぁ女王様。私と死の輪舞曲(ロンド)を踊りませんか?」

 フィーリアはいつもの彼女はしないような不敵な笑みを浮かべてリオレイアを挑発する。人間の言葉がわかるはずもないのに、リオレイアはフィーリアに狙いを定める。

「ゴアアアァァァッ!」

 リオレイアはフィーリアを潰そうと全力で駆け出す。しかしフィーリアはこれを横に走って回避し、通り過ぎる瞬間に振り返ってすぐさま装弾数の多い通常弾LV3を装填。地面に倒れるリオレイアのアキレス腱を狙うように一撃を放つ。

 起き上がろうとするリオレイアに向かってクリュウは姿勢を低くして突き進む。サクラのような俊敏さがないクリュウの突貫は彼女のそれとは比べ物にならないほど遅く鋭くもない。しかし一気に間合いを詰めてリオレイアの背後、尻尾の下に潜り込むとそこから一気に跳躍して大木のように太い尻尾にデスパライズを叩き込む。刃先が鱗を削り取り、分泌された麻痺毒が空気に触れて眩く光る。

 クリュウは一撃を入れてすぐに着地するとそれ以上深追いはせずまた後退する。深追いし過ぎれば自身が危険になる。リオレイアにとってクリュウの一撃など大した威力ではないのに対し、リオレイアの一撃はクリュウにとっては一撃必殺とも言うべき威力。直撃すれば大怪我は免れないし、下手したら致命傷を負ってしまう。それほどまでに人間とモンスターとには大きな埋められない差があるのだ。

 クリュウの一撃もまたリオレイアにとっては蚊に刺された程度でしかない。リオレイアは気にした様子もなくゆっくりと振り返る。次の瞬間、

「でぇりゃあああぁぁぁッ!」

 いつの間にか振り返ったリオレイアの頭部が来る真下にルーデルが先回りしていた。そして、予想通り振り返るリオレイアの頭部に向かって勢い良くブラットフルートを横薙ぎに叩き込む。側頭部に強い衝撃を受け、さらには苦手な電撃を受けてさすがのリオレイアも悲鳴を上げて怯む。さすが攻撃力の高い武器だけあって一撃が違う。

「もう一撃ッ!」

 振り抜いた一撃を反動を利用して腕でそれを持ち上げ、今度は一気にリオレイアの頭頂部に叩きつける。その一撃は絶大で首が落ち、リオレイアの顎が地面にめり込み感電する。

「ルーッ! 深追いはしないでッ!」

「わかってるわよッ!」

 ルーデルはすぐにブラットフルートを背負ってリオレイアから逃げるように走り出す。それを援護するようにフィーリアも通常弾LV3でリオレイアの頭部を狙って邪魔をする。その間にクリュウは再びリオレイアの背後に回り込むとリオレイアの脚にデスパライズを叩き込む。

 しかし、そんな二人の援護も虚しくリオレイアは最も攻撃力の高いルーデルを最優先に潰すと判断したのだろう。逃げるルーデルに狙いを定めて必殺の突進を開始する。置いて行かれるクリュウに対しフィーリアは疾駆するリオレイアの脚に向かって的確に銃弾を当てていく。だが当然そんなチマチマした攻撃では一度走り出したリオレイアを止める事はできない。

 リオレイアとルーデルの背中がみるみる近づいていく。その時、ルーデルはその場で突如足を止めて振り返り、何と迫り来るリオレイアに向かい合った。クリュウが「危ないッ!」と叫ぼうとした瞬間、ルーデルは先程のように豪快にブラットフルートを振り、その勢いで振り上げる。そして、全身を使って一気に叩き落す。その先には迫り来るリオレイアの頭。

 鈍い打撃音と共に再びブラットフルートがリオレイアの頭を地面に叩き込む。強烈な一撃と激しい電流の嵐を受け、当然リオレイアの突進の勢いは殺され、その場で強制停止となる。そして止まったリオレイアを横目にルーデルは余裕で再び距離を取る。

 クリュウはそんなルーデルの神業のような一撃に呆気に取られていた。しかしすぐに頭を振って我を取り戻す。ルーデルの豪快にして繊細な見事な一撃に目を奪われてしまった。ハンターなら格上のハンターの神がかり的な動きを見れば当然目で追ってしまう。クリュウもまたルーデルの動きに見惚れていたのだ。

 武器が違うから。そんな一言で片付けられるほど甘くはない。経験と、踏んで来た場数の差が、そこにはあった――彼女の動きが、羨ましかった。

 ふと視線を向けると、ルーデルは再び何か演奏を開始していた。しかし自分が見ている事に気づいたのだろう。ルーデルはまるで「どんなもんよ」と言いたげな不敵な笑みを浮かべた。それを見て、クリュウはムッとする。

 負けたくない。彼の心に対抗心の炎が燃え上がった。

 クリュウは走り出した。その前方には先程のルーデルの一撃で軽くめまいを起こしたのか小刻みに頭を振るリオレイアが立っている。狙うはその脚だ。

 ハンマーや狩猟笛のような打撃武器は頭に強烈な一撃を叩き込み続けると、その脳を直接揺するような振動が一時的に脳震盪(のうしんとう)を起こし、強烈なめまいを起こさせる。このめまいでモンスターは立っている事もできずに転倒し、しばらくの間動けなくなってしまう。一般的には《スタン》と呼ぶ打撃系武器の最大の見せ場と言ってもいい繊細かつ豪快な役割だ。

 その為、打撃系武器がいるチームは自然と頭をそれ以外の武器が空ける傾向がある。めまいの邪魔をしない為だ。クリュウも頭部を狙うのはやめて、脚にダメージを確実に蓄積していく方法を選んだ。頭のめまいと同じく、脚にもダメージを蓄積させれば転倒させる事もできる。自分にできる最大の役目はこれしかない。攻撃力が低い片手剣だからこそ、確実な方法を選んだ。

 しかし近づこうとした所で突如リオレイアはその場で尻尾を薙ぎ払うように振るった。尻尾だけではなく、体全体を回転させての一撃は威力絶大。クリュウは寸前で立ち止まり、その直前を尻尾が空気を薙ぎ倒しながら振り抜ける。あと数歩足を進めていたら大怪我だっただろう。ゾッとしつつも、薙ぎ払い中の飛竜は無防備になる。そこを狙ってクリュウは再び走り出す。

 再びクリュウはリオレイアの懐に潜り込むと脚に斬り掛かる。緑色の強固な鱗に刃は阻まれて肉に直接ダメージは負わせられない。しかしそれでも今の一撃で鱗の一部が剥がれ落ちた。今はそれでいいのだ。

 あまりにも圧倒的すぎるモンスターに対して、非力な自分達人間ができる事はこうした小さな攻撃の積み重ねでダメージを蓄積させる事だけ。この積み重ねこそハンターにとって大切な事。だからこそハンターには根気強さが求められる。

 二度斬りつけ、体全体を使って回転斬りをした所でリオレイアが動いた。纏わりつくクリュウから距離を取るのと、先程から執拗に頭を狙ってくるフィーリアを潰そうと突進を開始する。クリュウは寸前で離れた事で巻き込まれずに済んだが、リオレイアはフィーリアに向かって一直線に突き進んで行く。

 だが、フィーリアは冷静だった。再び道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出して後ろに投擲。炸裂する光の一撃は見事にリオレイアの視界を潰し、またしてもリオレイアの突進は阻まれる。

 クリュウはすかさずリオレイアとの距離を詰め直すと共に道具袋(ポーチ)から拳くらいの大きさの玉を取り出し、リオレイアに投げつける。それはリオレイアの尻尾の付け根辺りに命中し、すぐさまハンターなら嗅ぎ慣れた特有の強烈な匂いが辺りに広まる。

 クリュウが投げたのはペイントボールだ。これでもしリオレイアがエリア移動してもその後を追える。空を飛べない自分達と違い、空を飛べるリオレイアはその活動範囲が広い。居場所を見失った状態でそれらの範囲をしらみ潰しに捜索しても体力と時間の浪費でしかない。

 これでしばらくの間は相手を見失わなくて済む。クリュウは再び攻撃に転ずる。狙うはもちろん脚だ。

 一方のフィーリアは再び速射性能が付いている通常弾LV2を装填し、猛烈な集中砲火を開始する。しかし今度は頭ではなくクリュウがいる反対側の脚。

 なぜ弾の威力が最大になる頭部への攻撃を止めたのか。それはリオレイアの正面から突っ込む少女の為だ。

「てぇいッ!」

 リオレイアに全力で接近し、眼前で止まるとその場で足を踏ん張り、それまでの勢いを利用して構えていたブラットフルートを振り上げ、スイングするように横薙ぎに振り抜く。その一撃は視界を潰されて動けずにいるリオレイアの左側頭部に電撃と共に炸裂。リオレイアは悲鳴を上げて顔が右に吹き飛ぶ。

 だが、ルーデルの攻撃は終わらない。振り抜いた一撃の勢いをそのまま腕を返して反転させ、今度は反対側からリオレイアの右側頭部をブチ抜く。

「ガアァッ!?」

 顔の甲殻の一部が吹き飛び、リオレイアの短い悲鳴が響く。

 体全体を使っての全力スイングはルーデルの体に大きな負担が掛かる。重いブラットフルートはリオレイアの側頭部を叩いても勢いを消し去る事はできず、腕を持って行かれそうになる。だがそこは狩猟笛使い。足を踏ん張って耐え、再び構え直してすぐさま全力で横薙ぎに振り抜いてリオレイアの側頭部を粉砕する。

 連続して左右から繰り出される重量級の一撃の数々。往復で繰り出される爆砕打破は破壊力抜群だ。

 見ていてリオレイアがかわいそうになる程の連続攻撃に一瞬見惚れてしまったが、クリュウはすぐに自身の役目に戻る。先程から閃光玉の影響とルーデルの猛攻撃で動けないでいるリオレイアの脚にひたすら剣を叩き込む。しかし動かない相手とはいえ正面だけではなく周りにも感覚を研ぎ澄まさなければならない。なぜならリオレイアは閃光玉で視界を封じられるとその場で軽く足踏みをして尻尾を激しく動かしたり、体全体を回転させて周囲を尻尾や翼で薙ぎ払う動作をするからだ。もしもの時はいつでも盾を構えられるように注意しながら死と隣り合わせの場所で剣を振るい続けるのはとても神経を使う。肉体的疲労とは違う精神的な疲労が蓄積していく。それでも、剣を振るい続ける。

 剣士二人がリオレイアに肉薄して奮闘している間もフィーリアは中距離で通常弾LV2の速射で脚を狙い続ける。その距離は剣士二人にはわからないが、弾の威力が最大となる距離のギリギリの場所。慣れたガンナーは弾の種類に応じてその弾の威力が最大となる場所を選んで間合いを取る事ができる。フィーリアも当然全ての弾丸の間合いを感覚で掴んでいる。

 剣士のような豪快さや迫力がないが、剣士にはない繊細さと複雑な状況判断能力が問われる。それがガンナーだ。

「クリュウ様ッ! そろそろ閃光玉が解けますッ!」

 フィーリアは自分が投げた閃光玉の効き目がそろそろ切れると判断し、接近しているクリュウに声を掛ける。クリュウはその声にすぐさま距離を置いた。一方のルーデルは最後の最後まで攻撃を加え続ける。相変わらず無茶で豪快だなぁと親友の変わっていないバトルスタイルに苦笑しつつ、フィーリアも射撃を続ける。

 そして、ついに閃光玉の効き目が切れてリオレイアの視界が復活する。すぐさまリオレイアは解放された事による歓喜の声を上げる。

「グオオオォォォッ!」」

黙れ(ハルト ディクラッペ)ッ!」

 天高く咆哮した後に元の位置に戻ったリオレイアの頭に、ルーデルは全力の一撃を側頭部へ叩き込む。その一撃はリオレイアの左側頭部に命中し、火花が散り、鱗が数枚が吹き飛ぶ。出血して辺りに軽く血が飛び散り、そのうちの一滴がルーデルの頬に付く。そしてリオレイアは耐え切れずに吹き飛ばされて転倒した。これまでの頭部への度重なる集中打撃に、リオレイアは堪らずめまいを起こしたのだ。スタン状態である。

 ルーデルは倒れたリオレイアに近づきながら、頬についた血を親指で拭い取り、手甲についた血を無言で舐め取る。その時、彼女は静かに不気味な笑みを浮かべていた。

 そして、倒れた事で叩きやすい地面に落ちたリオレイアの頭に向かって、ルーデルは容赦なくブラットフルートを叩き込む。

「ふふふ……、ほらどうしたの? 本気見せてみなさいよ」

 静かに、つぶやくように言いながらルーデルは全力でブラットフルートを叩き込み続ける。

「つまらないなぁ……、あんた、ディアブロスって知ってる? 突進する気があるならあれくらい本気で突っ込んで来なさい。中途半端過ぎるのよ……雑魚は……雑魚らしく……強者に潰されてればいいのよッ! あははははははははははははははははははははッ! あーっはははははははははははははははははッ!」

 突然不気味な笑い声を上げながら倒れているリオレイアに容赦なくブラットフルートをボコボコに叩き込むルーデル。迸る電撃の光りが照らす彼女の笑顔は恐怖すら感じさせる。その異常な光景にクリュウは絶句し、絶好のチャンスだというのに動けずにいた。そんな彼の横に、そっとフィーリアが立つ。

「あぁ……、あの子またスイッチが入っちゃったのね……」

「ふぃ、フィーリア? あれは一体……」

「すみません。あの子昔から興奮するとちょっと《アレ》なスイッチが入っちゃう子でして。一度入っちゃうとしばらくあんな感じで残虐な一面が出てしまうんです。ああなると周りが見えなくなっちゃうんです」

「……それって、危なくないの?」

「とても危険です。ただでさえ性格がキツくて周りと合わせるという事をしない子な上に、スイッチが入ってしまうと手がつけられないものですから、あの子は友達がほとんどできないんです。悪魔のサイレンの悪魔ってのは、あの状態を指し示してるんです」

「……じゃあ、何でフィーリアはルーデルと仲良くなれたの?」

「――あの強引さが、私を殻から解き放ってくれたんです」

 その言葉にそっと彼女の方を見ると、ルーデルはどこか嬉しそうに微笑んでいた。

 彼女とルーデルがなぜ親友になれたのか。その理由はわからないが、その笑顔からは幸せだという気持ちがしっかりと感じられた。今は、それだけでいい。

「……でもさ、あんな状態じゃ僕も近づけないよね」

「そうですね。まぁ、私に任せてください」

 そう言ってフィーリアは慣れた手つきでまだ弾が残っている弾倉から弾を取り出し、新たに通常弾LV1を装填。通常弾LV1は入門用の弾丸なので殺傷能力が低い。と言っても当たれば痛いが。

「私も伊達にあの子と長い付き合いじゃありませんよ」

 そう言ってフィーリアはハートヴァルキリー改を構える。その照準の先には――笑い狂いながらブラットフルートを残虐に振るい続けるルーデル。

 パンッ。

「プギュッ!?」

 撃ち出された弾丸は見事にルーデルのこめかみに命中。ルーデルは倒れた。

「……えっとぉ」

「大丈夫です。こんな事もあろうと、対ルー用の弾頭をゴムにした弾丸ですから」

「……対人用の弾なんてどうして用意する必要が」

 フィーリアの言葉通り、ルーデルはすぐに起き上がると「何すんのよフィーちゃんッ!」と怒りの声を上げる。それを見てフィーリアは笑顔で「ほら、大丈夫です」と答え、クリュウは「……前から思ってたけど、フィーリアって容赦無いよね」と苦笑を浮かべる。それに対しフィーリアは不満げに頬を膨らませる。

「べ、別に誰かれ構わず射殺してる訳じゃないんですからね」

「とりあえずシュトゥーカは死んでないし、キャラ設定が間違ってる。この二つにツッコミを入れておくね」

 そんなまるでコントのような件をやっているうちに、リオレイアがスタンから回復してゆっくりと起き上がる。その途端、先程までの空気は一変して再び狩猟モードに入るフィーリアとルーデル。その切り替えの速さに呆れ半分感心半分という感じでクリュウも一歩遅れて狩猟に意識を戻す。

 フィーリアは再び弾倉に通常弾LV3を装填し、ルーデルもブラットフルートを構えたまま後退する。クリュウもリオレイアがどんな行動、攻撃しても避けられるようにいつでも走り出せる構えを取る。自然と、三人はリオレイアの正面に散開する形になる。

 リオレイアは正面に点在する三人に対し、一人一人をギロリと睨みつける。さらに濃度を増した殺気の奔流が吹き荒れ、クリュウはまるで背中に氷の塊をねじ込まれたかのような寒気に襲われ身を震わせる。

「臆する事はありません。私がついてますから」

 恐怖に身を震わせるクリュウに対し、少し離れた場所にいるフィーリアが声を掛ける。その言葉にクリュウは小さくうなずくと、リオレイアの殺気に満ちた瞳を睨み返す。バイザーに隠れたその反抗的な目が気に触ったのかもしれない。リオレイアは次なる目標(ターゲット)をクリュウに定めた。

 クリュウは自分が狙われたと気づくと警戒を強める。そんな彼に狙いを定め、リオレイアは首をもたげてスゥと息を吸い込む──その動作を見たクリュウはとっさに右へと走った。

 刹那、リオレイアは猛烈な爆音と共にブレスを撃ち放った。その一撃は強烈な熱量を放ちながら空間を貫く。空気中の酸素で燃え続ける火球は小規模な爆発を繰り返しながら先程までクリュウがいた場所を通過した。直後、背後の木々に火球が命中し爆発。木々は粉々に吹き飛んだ。

 背後の木々が粉々に吹き飛ぶ様を見て、もしもあれが自分だったらと最悪の想像をして身を震わせる。しかしすぐに意識をリオレイアに戻し、恐怖を追い出す。

 一瞬動けなくなったクリュウに対し、ルーデルはすかさず突っ込む。常に動き回るリオレイアに対して、ブレスを撃った後の隙は貴重なチャンス。それをうまく活用しなくてはならない。

 ルーデルはブレスを撃った反動で数秒動けなくなっているリオレイアに駆け寄ると、動き出す前に顔面に一撃を叩き込み、深追いはせずにそのまま離脱する。

 一撃を入れた事で狙われるルーデルを援護するようにフィーリアもすぐに通常弾LV3でリオレイアを狙い撃つ。

 仲間二人が動いたのを見てクリュウも動いた。腰に下げていたシビレ罠を取ると、リオレイアから少し離れた場所に設置する。その手つきは実に慣れたものだ。

「こっちに誘導してッ!」

 クリュウの声を聞いた二人はすぐに彼の意図を察してリオレイアから離れてこちらに走って来る。しかし、当然リオレイアも振り返り、逃げる二人に向かって単発のブレスを放つ。二人はこれを左右に分かれて回避。その隙に二人は一気にシビレ罠の両側を通過する。

「ゴアアアアァァァァアッ!」

 リオレイアはもう一発ブレスを放つが、三人はこれを簡単に回避する。

 二発のブレスを回避した敵に対して、リオレイアは再び突進を開始する。

 猛烈な勢いで迫って来るリオレイアから目を話さず、クリュウはしっかりを相手を誘導する。そして、

「ギャオッ!?」

 リオレイアはそのままシビレ罠を踏み抜いて麻痺毒で体の自由を奪われて拘束される。すぐさま三人が動けぬリオレイアに襲い掛かった。

 頭部ではまたしてもルーデルがスタンを狙ってブラットフルートでボコ殴りにし、クリュウも脚に向かってここぞとばかりにデスパライズを振るいまくる。そして、中距離からはフィーリアが通常弾LV2の速射で集中砲火を浴びせる。

 トリガーを引いている間自動で連射される弾丸の反動に耐え、弾倉が空になるとすぐさま腰のガンベルトから目にも留まらぬ速さで再装填して射撃を再開する。バラバラと排出される空薬莢はカラカラという音を立てて散らばり、その数がリオレイアが受けた銃弾の多さを表していた。それらをチラリと一瞥し、フィーリアは考える。

「まだ、使う時じゃない……」

 彼女は対リオレイア戦のプロだ。当然、その準備は万全と言っても過言ではない。持ち込んだアイテムや弾丸は全て今までの経験で編み出したベストの選択。その一つが、決戦弾丸と決めている電撃弾だ。

 属性弾の一つで、その名の通り着弾すると電撃を発生させ、物理攻撃とはまた違った属性攻撃を与える弾丸。剣士は武器によって属性が決まってしまうが、ボウガンは対応する弾丸の数だけ可能性を秘めている。

 リオレイアの弱点属性は龍属性と雷属性。だからこそハートヴァルキリー改の対応弾種の中から電撃弾を選び、切り札にしているのだ。

 切り札だからこそ、大切にしなければならない。属性弾は高価で武器の寿命を大きくすり減らす為に通常弾に比べて持ち込める数が厳しい。ギルドが道具や弾丸の持ち込める数を決めているのは、道具に頼る事で過信したり無茶をするハンターを取り締まる為。ギルドの規定は絶対なので、フィーリアも従う他ない。だから、電撃弾も規定限界数しか持ち込めていない。

 大切な弾丸だから、まだ使えないのだ。ここぞという時に、使わなくては。

 それに、今回の狩りではルーデルのブラットフルートも雷属性の武器なのでリオレイアに与えられるダメージも大きい。クリュウも万能麻痺武器デスパライズで戦っている。誰の武器も、失敗ではない。

 何より、クリュウもルーデルもフィーリアが認めたハンターだ。そんな二人と一緒なら、この勝負は負けない。そう信じていた。

 初恋相手と親友。これほど心強いものはない。ないのだが……

「これが私の所有権を決める争いの一環だと思うと複雑だよぉ……ッ」

 ふえぇん、とフィーリアはちょっとだけ涙目になる。

 嬉しくもあり、悲しくもある。フィーリアの心境は複雑だ。

 そうこうしている間にリオレイアを縛っていたシビレ罠が解け、彼女は自由を取り戻す。すぐさまクリュウとルーデルはリオレイアから離れようとするが、クリュウが脱出する寸前で突然リオレイアは彼の方へ向くと、その凶悪な牙が並ぶ口をバカッと開けて噛み付いてきた。間一髪クリュウは盾でその攻撃を防ぐが、間近でリオレイアの殺意に満ちた瞳を直視してしまったクリュウはまるで体が凍りついたかのように硬直してしまう。

「クリュウ様ッ!」

「あのバカッ!」

 二人の声は耳に届いている。危険だというのもそれに直面している自分の方がずっとわかっている。でも、体が動かなかった。

 リオレイアは目の前のクリュウに対し鋭い眼光で威圧しながら、スゥッと左足を一歩引く。その動作にフィーリアの表情が凍り付く。

「サマーソルトですッ!」

 フィーリアが叫んだ刹那、リオレイアその強靱な脚力と翼力で巨体を中に浮かした。そのまま、まるでバク転のように体を後ろ周りに回転させた。全長二〇メートルほどの、重量は十数トンはありそうな体が、一瞬にして宙返りする光景は現実離れしている。だが、それが現実だ。

 宙返りと同時に強靱な尻尾をムチのように振り上げる。その先には、クリュウがいる。

 迫り来る一撃必殺、それも猛毒付加の一撃。クリュウはとっさんに盾を構えた。それは今まで培ってきた経験からの勘であった。そして、それは正解だった。

 一瞬遅れて、盾に強烈な一撃が炸裂した。支える腕に激痛が走り、取り零しそうになるのを耐える。踏ん張った足は簡単に外れ、クリュウの体はいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。

「クリュウ様ッ!」

 目の前で起きた悲劇に慌てるフィーリア。しかし、ルーデルは冷静だった。すぐに腰に下げていた小さな笛を取り出して吹く。それは角笛。モンスターの嫌がる音を出して相手の注意を引きつける道具(アイテム)だ。

 ズシン……と地面に着地したリオレイアはその音を聞いてすぐさま狙いをルーデルに変える。

「ゴアアアアァァッ!」

 怒号を上げてリオレイアはルーデルに突っ込む。しかしルーデルはそれを回避し、走る。それはクリュウと彼に駆け寄るフィーリアとは反対方向。彼らからリオレイアを引き剥がす為の行動であった。

 ルーデルがリオレイアを引きつけている間にフィーリアは地面で仰向けに倒れるクリュウに駆け寄る。

 幸い、盾で防いだ事で大したダメージはなかった。地面に背中を強打したので激痛こそするが、直撃のそれに比べれば大した事はない。毒状態にもならずに済んだ。

「いったぁ……ッ」

「クリュウ様、お怪我はありませんか?」

 先程のクリュウが吹き飛ぶシーンが余程ショックだったのだろう。フィーリアの方がガクガクと震えてしまっている。クリュウはそんな彼女を安心させようと痛みに耐えて笑みを浮かべる。

「平気平気。こんなのエレナの蹴りに比べたら大した事ないよ」

「……エレナ様が聞いたらバイオレンスな事態になりそうな発言は控えてください」

 冗談を言えるクリュウを見てフィーリアはほっと胸を撫で下ろす。しかしすぐに置かれた状況を思い出して振り返る。遠くに一人でリオレイア相手に獅子奮迅するルーデルの姿があった。

 すぐさまフィーリアはルーデルの所へと走る。一瞬だけ振り返ると、クリュウは回復薬を飲んでいる所だった。これならすぐに戦線に復帰できるだろう。

 孤軍奮闘するルーデルはリオレイアの体全体を回転させての尻尾の横薙ぎをしゃがんで回避すると、一気に懐へと潜り込む。リオレイアが回転してしまったので背後となってしまい、頭は狙えない。しかしルーデルはあくまでも冷静に脚に横からブラットフルートを叩き込む。その一撃に一瞬だけリオレイアの膝が折れて動きが止まる。その一瞬でリオレイアの両脚の間を転がるようにして潜って頭部真下に移動し、ブラットフルートを振り上げ、叩き込む。

「グギャァッ!?」

 死角からの一撃にリオレイアが怯む。しかしすぐにルーデルを視界に捉えると脚を引く。その動作にルーデルは右へ跳ぶ。直後、サマーソルトが炸裂。一瞬前まで彼女がいた場所に尻尾が轟音と共に通り抜けた。尻尾は地面を抉り、その威力のすごさを表している。

 ルーデルはバックステップで距離を取る。しかしリオレイアは逃げるルーデルにブレスを放つ。向かって来る圧倒的な熱量をヒラリと避ける。もう一発撃って来るが、ルーデルは余裕でこれを回避する。

 リオレイアを視界に捉えつつ、ルーデルはチラリと背負ったブラットフルートを見る。すでに攻撃力強化と防御力強化の効果は解けてしまっている。音での身体強化は手軽な分持続効果が短いのが弱点だ。移動速度強化はまだ残っているが、これだってそろそろ解ける。もう一度一通り吹き直す必要があった。

 そんなルーデルの気持ちを感じ取ったようにフィーリアが一気にリオレイアとの距離を詰める。その手に握っているのは閃光玉だ。

 チラリとフィーリアはルーデルの方を見て視線で合図を送る。ルーデルはそれだけでわかったようで首肯するとその場で演奏を開始する。それを確認してからフィーリアはリオレイアに突っ込む。リオレイアは角笛の影響でルーデルしか見ていない。そして、再び突進を開始する。

「あなた様のお相手はこの私が受けさせていただきますッ!」

 フィーリアはすぐさま後方に閃光玉を投擲する。投げられた閃光玉は放物線を描きながら突進するリオレイアの眼前に現れ、その場で炸裂。目を焼くような強烈な閃光を受け、リオレイアは視界を潰されて悲鳴を上げる。当然、突進は強制停止される。

 フィーリアは再び通常弾LV2の速射で頭部への集中攻撃を開始する。その間にルーデルはひとまず移動速度強化だけを終えてリオレイアに向かう。クリュウはすでにリオレイアに接近して先程までと同じようにデスパライズを振るう。

 鱗や甲殻に堅さに腕が悲鳴を上げそうになるが、それでも諦めずに全力で振るい続ける。

 ルーデルとフィーリアの目覚しい活躍を目の前にして、自分はまだ具体的な成果を残していない。自分だけ役に立っていないという悔しさと、二人にばかり負担を掛けてしまっている責任感。それが彼を突き動かしていた。

「そろそろ……ッ!」

 クリュウの使うデスパライズは麻痺毒を仕込んでいる。刃がうまく肉に入れば刃に染み付いた麻痺毒が体内へと侵入する。それを蓄積していけば、強靭なモンスターといえど抗う事のできない拘束力を発揮する。その時が、ついに訪れる。

 閃光玉の効き目が切れ、リオレイアが高らかに怒号を放つ。その直後、クリュウは今までの攻撃で脆くなっていた部分に全力で一撃を叩き込んだ。それは損傷した鱗を弾き飛ばし、そのまま内側の肉の部分へと刃が炸裂する。その瞬間、リオレイアに蓄積していた麻痺毒が効力を発揮した。

「グギャ……ッ!? グォ……ッ!」

 リオレイアは戸惑ったような悲鳴を上げ、その場で動かなくなった――いや、動けなくなったのだ。デスパライズに仕込まれた麻痺毒が効力を発揮した今、例え巨大な竜のリオレイアであろうとその呪縛からは逃れられない。わずかな時間とはいえ、完全にリオレイアの動きが止まったのだ。

「やるじゃないバカッ!」

 ルーデルはここぞとばかりに頭部へと回り込んでブラットフルートで叩きまくる。一撃を入れるたびにリオレイアが短い悲鳴を上げ、ルーデルの顔に再び邪悪な笑みが浮かぶ。

「あは……、あはは……、あはははははははははッ! あーっはははははははははははははははははッ! 壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れなさいよッ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ! あーっはははははははははははははははははッ!」

 スイッチが入ってしまったルーデルは不気味な笑い声と恐ろしい台詞を吐きながら無我夢中でリオレイアの頭を叩き潰す。瞳は危険な光を帯び、完全にイっちゃっている状態だ。

 フィーリアは冷静にリオレイアを銃撃をしながらそっとルーデルの背後に近づき、その頭を思いっ切り引っ叩いた。

「痛ぁッ! うえ~ん……、フィーちゃんがぶったぁ……ッ!」

「神聖な狩猟で何暗黒面に染まりまくってるのよあなたは」

「だ、だって楽しいんだもん」

「……恐ろしい事言わないでよ、もぉ」

 そんな乙女二人の会話に苦笑しながら、クリュウは自分の作った隙を利用して攻撃を仕掛けている。刃が強靭な鱗にぶつかるたび、それを握る腕に衝撃と共に痛みが走る。まるで鉄を叩いているかのような感触に、クリュウは小さく舌打ちした。

「これじゃ僕の腕がもたないよ……ッ!」

 泣き言を言っても仕方が無いのだが、言ってなきゃやってられないのだ。

 麻痺状態の為に動けないリオレイアに対しクリュウ、ルーデル、フィーリアの三人が猛攻撃を仕掛ける。リオレイアは自身に群がる下等生物に怒り狂うが、自身を縛る神経性の毒がそれを許さない。

 時間にして十秒程の拘束時間。それでも、クリュウ達の攻撃の数はそれまでの十秒とは比べ物にならない程炸裂した。当然、リオレイアの全身に無数の傷が生まれる。いつの間にか、フィーリアの猛烈な銃弾の雨で右側の爪が砕けている。

 体内で効力を発揮している麻痺毒を抗体で駆逐し、リオレイアはようやく体の自由を取り戻す。

「グギャアアアアアアオオオオオオォォォォォッ!」

 下等生物如きに自分の体を傷つけられ、一方的に攻撃に晒され、リオレイアの怒りは限界に達した。それまでとは比べ物にならない程に濃い殺気が吹き荒れ、怒号(バインドボイス)と共に距離を取る三人に襲い掛かる。

 すさまじい殺気と憎悪の混じった怒号(バインドボイス)に、クリュウは思わず耳を塞いで無防備になってしまう。どんなに経験を積んだ熟練のハンターでも逃れられない本能に直接干渉する《恐怖》。クリュウもまた危ないとわかっていても、生き物としての本能が恐怖に強張り、動けなくなる。理性や思考、感情というものは結局本能の上に積み重なっている部分でしかない。根幹が麻痺すれば、傘下の全てが正常に動かなくなってしまう。

(動け……ッ! 動いてよぉッ!)

 心の中で必至に叫んでも、体は恐怖に震えて動けない。それは高級耳栓などのスキルを装備していないルーデルとフィーリアも同じだ。皆、本能からの恐怖に動けなくなっている。

 いつもなら、ここで耳栓スキルを備えたシルフィードが構わず突進を仕掛けるのだが、今回のチームには彼女はいない。あの頼れる勇ましい背中は、ここにはないのだ。

(そっか……)

 リオレイアを相手にしててずっと感じていた事があった――何かが違う、そんな感じ。

 ここで斬り込むべきか、それとも引くべきか。ハンターの行動は全てが決断だ。その時その時で最良の決断を下し、行動する。それがハンターであり戦闘だ。なのに、今回の狩りではその決断が鈍る。

 初めての相手だから、上級飛竜に位置づけられる雌火竜リオレイアだから、あまり来た事のない狩場だから、いつもと違う様々な条件。しかしその中でも最も大きいのは――いつもと違うチームだから。

 

「任せろ。私が無理にでも隙を作ってやろう。なぁに気にするな、これもリーダーの務めという奴だ」

 いつも先頭の、最も危険な場所で戦う頼れる背中も……

 

「……私は負けない。なぜなら、私の辞書には《敗北》と《プライド》と《手加減》なんて言葉はないから」

 無茶苦茶だけど、その人間離れした身体能力で常に場の流れを変幻自在に変える彼女の横顔も……

 

(二人とも、いないんだよな…‥)

 

 二人がいない。初めて組んだルーデルというハンター。いつもと違う狩りだ。

 今までだってチームの編成が変わった事はあった。でも、それでも決して変わらない事があった――それはサクラかシルフィードの剣士どちらかがいた事。共に先陣で背中を預けあえる信頼できる剣士がいた事だった。

 シルフィードは常に敵と肉薄して他のチームメイトに負担を掛けないようにし、サクラもその類まれなる身体能力で敵を翻弄する。どちらも、クリュウが動くべきタイミングを教えてくれた。

 でも、今回はそのどちらもいない。だから、自分が動くべきタイミングを測りかねていた。

 どうすればいいのかがわかるのに、どのタイミングでそれをすればいいのかがわからない。

 決してクリュウが二人に依存していた訳ではない。ただ、完成されたチームとは自分達の攻撃力を最大にする為に互いが互いを助け、補い、共鳴する事に特化している。誰かが前方を見ていれば、誰かが後方に目を配る。そうする事で前方だけに集中できる。チームとは、そんな互いを助け合う集合体だ。

 今まで、多くの強敵を《四人》で倒してきた。いつの間にか、クリュウはあの《四人》での狩猟に慣れていたのだ。だから、いつもと違うメンバーでの狩猟に無意識のうちに戸惑ってしまっているのだ。

(情けないなぁ、やっぱり僕って……)

 心の中で、クリュウは自虐的につぶやいた。

 

 口から黒煙と火の粉を噴きながら怒り狂った眼光で敵を睨みつけるリオレイア。纏う殺気もより濃く凶悪に変わっているその姿は俗に言う怒り状態。クリュウ達の攻撃が、ついにリオレイアを激怒させたのだ。

 その殺気の奔流にクリュウは呑み込まれていた。思考が麻痺し、ネガティブな事ばかり頭に浮かんでしまう。足は動かず、その場で固まる。

 しかしそこは、怒り狂う女王の目の前であった。

 

「クリュウ様ッ!?」

「あのバカッ!」

 リオレイアを目の前にして動かないクリュウに二人の少女が慌てて動く。しかし、動くのが一瞬遅かった。リオレイアはクリュウに対して狙いを定め、スゥと息を吸う。その動作にフィーリアが悲鳴を上げる。

「だ、ダメぇッ!」

 その直後、怒号と爆音と共にリオレイアは強力なブレスを撃ち放った。先程よりもより強力なブレスは、一直線にクリュウに向かう。

 

「……え?」

 

 ハッと現実に戻ったクリュウが見たのは、迫り来る死の炎であった。

 

 ――直後、テロス密林に一発の爆音が響き渡った。


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