モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

131 / 251
第126話 女王が君臨せし密林宮殿

 ドンドルマから近場の港街へ向かい、そこから船に乗って数日川を上って行った先に広がる密林地帯。ジャングルのように鬱蒼と茂る木々の壁に囲まれた川をさらに上っていくと急に視界が開けて巨大な湖が姿を現す。

 ドンドルマやその周囲一帯の川に水を供給し続ける巨大湖。この湖を中心とした密林地帯をテロス密林と呼ぶ。一見すると海のように見えなくもない程に巨大だが、海特有の潮の香りはしない。そよ風に揺られ、湖全体に美しい波紋が広がる。

 湖に到着した船はその中央に浮かぶ巨大な島へと向けて針路を変える。あの島こそドンドルマのハンター達が密林と呼ぶ狩場だ。

 船は島を迂回するように近づく。島の周りには複数の島々もあって船はその間を縫うようにして進み、目的地である拠点(ベースキャンプ)に到着する。そこは周りを険しい岩壁に囲まれた小さな浜辺であった。前方は浅瀬の為にガノトトスのような大型の水生モンスターは入る事はできず、背後は崖がそびえ立っている事で狭く、飛竜も降り立てないまさに絶好の場所であった。沖合の方を見ると高い山が聳える島があり、島の各所から大量の水が滝となって落ちておりその光景はさながら水のカーテンを纏っているように見える幻想的な光景だ。狩場じゃなければ絶景の観光名所になるかもしれない。

 船はその白い浜辺にゆっくりと近づき接舷する。と同時に燃えるように真っ赤なレウスシリーズを纏うクリュウが一番に降り、すぐに船のロープと浜辺から少し離れた土の地面に突き刺さった杭とを結んで船を固定する。その間に春に咲き誇る桜色のリオハートシリーズを纏ったフィーリアと血のように真っ赤なフルフル∪シリーズを纏ったルーデルが船の幌を上げて開放的にし、搭載していた荷物を浜に揚陸する。

 テロス密林の拠点(ベースキャンプ)には天幕(テント)は存在しない。三人が乗って来た船がそのまま天幕(テント)の代わりに機能する。その為、船にはベッドや支給品の入った大きな青い箱と今回は関係ないが納入クエストなどで使う赤い納品用の箱も搭載されている。

 慣れた手つきでロープをまきおえ船を固定するクリュウ。そこは小規模ながら港町でもあるイージス村出身の実力だ。フィーリアとルーデルも作業を終え、続いて支給品の分配や持って来た荷物や武具の最終確認を始める。

「とりあえず応急薬は私とフィーちゃんで三個ずつ貰うわね。残りの六個はあんたが持ってなさい」

 そう言ってルーデルは支給品箱から取り出した支給品のうち、応急薬六個をクリュウに渡す。この判断にクリュウは当然困惑して「え? 僕が六個ももらっていいの?」と問うと、ルーデルは「当たり前でしょ」と呆れたように言う。

「あんた、自分がこの中で一番ランクが低い事忘れてるんじゃないの?」

「う……」

「それと、言うまでもないけどフィーリアはリオレイア戦闘のプロ。私だって何頭かは討伐経験がある。あんただけなのよ、リオレイアの討伐経験どころか遭遇経験もないのは」

「うぅ……」

「る、ルー。そんな言い方しなくても……」

「私は回りくどい事が嫌いなの。いいから、応急薬六個ね。弾丸は当然フィーリアが、携帯砥石は私達で半分ずつね。後は適当に分担しましょ」

 いつの間にかすっかりルーデルが仕切ってしまっている。クリュウは二人よりランクが下だし、フィーリアは従う方が向いているのである意味当然の結果だろうが、それ以前に言葉遣いは悪いがルーデルが指揮慣れしているのだ。

「シュトゥーカって何か指揮慣れてるよね」

「まぁ、誰かの下で動くのが大嫌いだから、どうしても自分で指揮したくなるのよね」

「……何となく、わかる気がする」

 ルーデルは、何というかどこかサクラと似てる気がする。自分の主義主張が絶対だと信じ、それに向かって全力で突き進むので周りが見えないタイプ。まぁ、簡単に言えばわがままという事だ。

 フィーリアはどちらかと言えば指揮してもらって後からついて行く感じの子なので、ある意味二人が仲良くなるのもわかる気がする。

 そんな事を考えていると、ルーデルは別の作業の為に彼の側から離れ、代わってフィーリアが駆け寄って来た。

「クリュウ様、何か手伝う事はありますか?」

「ううん、特にないよ」

「そうですか」

「……あ、ごめん。ちょっとフィーリアにお願いがあるんだけど」

「何でしょうか?」

「もう一度、リオレイアの生体とか特徴、戦い方とか教えてほしいんだけど」

 ここに来るまでの間、クリュウはフィーリアからリオレイアについて一通り説明を受けていた。しかしクリュウというのはとても慎重な子。最後の確認として、もう一度聞いておきたかったのだ。そんな彼の頼みに対しフィーリアも「いいですよ」と快く承諾する。

 クリュウとフィーリアはその場にゆっくりと腰を落とした。

「雌火竜リオレイアはクリュウ様が私達と合同で討伐した火竜リオレウスと対を成す存在です。しかし、その生体はリオレウスとは大きく異なります」

「リオレウスは空中戦を、リオレイアは地上戦に長けた飛竜なんだよね」

「その通りです。注意すべき点は彼女の体はリオレウスよりも一回り大きい事。これは地上戦に長けている為に空中での繊細な動きを捨てて重量が重くなり、より突進などでの攻撃力を増す為と言われています。リオレウスの時と違い、私達もいる地上こそが彼女のフィールドなんです。それと、リオレウスは別のエリアに移動して態勢を立て直すという行動をする事が多々ありますが、彼女の場合は本当に自分が劣勢となるまで執拗に攻撃を繰り返してきます。言うなればリオレウスよりもより好戦的で粘り強いんです。しかもリオレウスのように空中へ飛ぶ事はほとんどなく、上がったとしても態勢を立て直す為の一瞬。リオレウスの時のように空中にいる間にその直下に入って罠を仕掛けたり回復薬を飲むなどの動作はできません。彼女は、リオレウスなどよりもずっと隙がなく、そして凶暴で好戦的です」

「何だか聞けば聞くほどに勝算がなくなっていくような気がするんだけど……」

「お気持ちは察します。しかしそれだけ彼女は強いんです」

 フィーリアは真剣な表情でそう断言した。彼女はリオレイア相手ではまさにプロである。その彼女が冗談抜きで強敵だというのだから、これから始まるであろう戦いは壮絶を極めるのだろう。そう思うと、自然と拳を握り締めてしまう。

「彼女の攻撃手段はリオレウスに似たものが多いです。ただしどれもリオレウスよりも厄介ですね。基本攻撃は遠距離では突進と長距離単発ブレス。中距離でも突進と三発のブレスで彼女の前方六〇度の範囲を吹き飛ばす三連ブレス、近距離では突進、ブレス、旋回攻撃、噛み付き、そして一歩体を引いて一瞬力を溜めて一気に体をバク転のように縦回転させて尻尾を叩きつけてくるサマーソルト。尻尾が直撃すると大怪我する上に毒状態になりますので絶対に回避、もしくはクリュウ様の場合は最悪盾でガードしてください」

「そのサマーソルトってそんなに恐ろしい攻撃なの?」

「当然です。敵対するモンスターに致命的なダメージを負わせる為に生まれた攻撃のようなものですから。剣士でも直撃すれば大怪我、私のようなガンナーなら下手な防具で行けば即死するような強烈な一撃です」

「ふぃ、フィーリアが一撃ッ!?」

「まぁ、私はサマーソルトの範囲外からの中距離射撃に徹しますので、突進とブレスさえ警戒すればいいのでまずサマーソルトで襲われる事はありませんのでご安心を」

「そ、そっか。そうだよね……」

 ほっと安堵の息を漏らすクリュウ。その頭の中にはすっかりフィーリアがリオレイア戦のプロという根底が消滅してしまっているのだろう。フィーリアは自身の事よりも自分を心配してくれる彼の優しさに嬉しそうに微笑みつつも、すぐに顔を引き締める。

「リオレウスよりも厄介と言われるのが空中戦がなく地上戦に特化している事と先程言いましたよね? 先程上げた攻撃だけでも厄介ですが、彼女の場合はフェイントをかけてくるんです」

「フェイント?」

「突進と見せかけて噛み付き、しかもその後すぐに突進する場合もあります。他にも突進と見せかけてサマーソルト、突進と見せかけて回避した相手を再捕捉して角度を修正してからまた突進したり、全く別の対象に振り返って突進する事もあります。彼女の突進は様々な攻撃へと繋がる事が多いので、単純な突進だと判断して動くのは危険です。それと先程上げたサマーソルトは最大二連続で仕掛けてくる事があるので近づくように回避してはいけません。彼女から距離を取るようにして回避しないと二発目の直撃を受けて大怪我を負います」

「……ほんとに聞けば聞くほどに勝てる気がしないんだけど」

「確かに厄介な相手ですが、今のクリュウ様なら大丈夫ですよ。それに今回は僭越ながら私もご助力いたします」

「リオレイア戦でのフィーリアはご助力なんてレベルじゃないでしょ」

「そんな事ないですよ。それに、肝心なのはクリュウ様のがんばりです。今回の狩猟で、ルーはクリュウ様の力を見極めるつもりですので。勝手なお願いという事は重々承知しておりますが、どうかよろしくお願いします」

 そう言ってフィーリアは深々と頭を下げた。今回の狩りは彼女にとっても特別なもの。ルーデル、そしてクリュウとの初めてのリオレイア狩りでもあるが、肝心なのはこの狩猟の結果で自分と二人との関係が壊れる可能性があるという事。

 自分は当然大好きなクリュウから離れる気はない。でもだからと言って親友を見捨てる事もできない。しかも自分がもしもルーデルを選べばクリュウが、クリュウを選べばルーデルが傷ついてしまう、まさに八方塞がり状態。この状況を打開するにはクリュウが自分のパートナーとして相応しいという事をルーデルに認めさせて、彼女に諦めてもらうしかない。それが、唯一フィーリアが二人との関係を維持できる手段なのだ。

 自分勝手なお願いだからこそ、フィーリアの胸には罪悪感が渦巻く。自分勝手なお願いのせいで、彼にリオレイアとの戦いを強いる事になってしまった。せめて、それを全力で援護すると心に決めて。

「大丈夫だよフィーリア。僕、がんばるからさ」

 そんな彼女の暗い気持ちに対し、クリュウは明るく言う。驚いて下げていた顔を上げると、そこにはいつものように微笑んでくれる彼の笑顔があった。その笑顔を見た途端、胸がドキッとときめく。

「それに、僕だってフィーリアと一緒にいたいからね。負けられないよ」

「クリュウ様……」

 クリュウは自分で言っておきながら照れたように頬を赤らめながら照れ笑いを浮かべる。そんな彼の姿にフィーリアも「えへへ……」と照れ笑いを浮かべる。

 そして、同時に互いに再び向き合う。

「信じてるからね、フィーリア。今日も援護よろしく」

「私も信じています。クリュウ様が私を守ってくれる事を」

 そう言い合い、二人はどちらからとなくスッと手を差し伸ばし、しっかりと固い握手を交わした。双方共に互いを信頼し合っているからこその心からの笑顔は輝いていて、瞳には確かな決意の炎が宿る――その表情は、立派な一人前のハンターのものだ。

 そんな二人を遠目に見詰めるルーデルはつまらなそうに唇を尖らせる。

「ちょっと、誰も手伝ってくれない訳?」

 嫌味を込もったルーデルの声にクリュウが「ご、ごめんッ」と慌てて手伝いに加わる。その間にフィーリアも手持ちの弾丸の最終確認に入る。

 ルーデルとクリュウは支給品を三人分に分配する。ただ均等に分けるだけではなく、それぞれに合わせた種類と量。例えばクリュウは応急薬が多め、剣士二人組が携帯砥石を分配し、弾は唯一のガンナーであるフィーリアが担当する。二人は経験は違えどそれぞれ立派なハンターなので作業はすぐに終わった。

 クリュウは早速自分の分の支給品を道具袋(ポーチ)の中にしまい込む。すると、隣で同じように支給品を道具袋(ポーチ)に入れていたルーデルが小さなため息を零した。

「……あのさ、あんたにずっと訊きたい事があったんだけど」

「何さ?」

「――あの異常な量の爆弾類は一体何に使うのよッ!?」

 ビシッとルーデルが指差した先にはクリュウが持ち込んだ常識外れの量の爆弾類が鎮座していた。大タル爆弾G六発、大タル爆弾四発、小タル爆弾G五発。普通のハンターが狩猟で使う爆弾の二倍から三倍近い量の爆弾だ。

「あんたはこの島で鉱脈でも発見しようとか考えてる訳ッ!?」

「いや、普通に狩猟に使うんだけど」

「頭おかしいんじゃないあんたッ!?」

 ルーデルの言う事はもっともである。爆弾は危険性が高い為に余程難易度の高い討伐対象を相手にする時のみ、二発乃至四発使用するのが常識である。しかしクリュウはその常識をブチ破る量の爆弾を持ち込んでいるのだ。すっかり慣れてしまったフィーリアはともかく、初見のルーデルがキレるのは仕方がない。

「る、ルー。これがクリュウ様のバトルスタイルなんだから……」

「はぁッ!? 私達がしようとしてるのは狩猟であって戦争じゃないのッ!」

 誤爆という危険性にテンパっているルーデルをまあまあとなだめるフィーリア。クリュウはその間にルーデルがボロカスに罵倒した爆弾を次々に荷車に搭載する。とりあえず大タル爆弾G四発と小タル爆弾G三発を搭載し小タル爆弾二発はクリュウが腰に下げて携帯する。残りの爆弾はこれ以上持って行けないという事でとりあえず拠点(ベースキャンプ)に置いておく。その手順は実に慣れたものであった。

「ったく、仕方ないわね。あんた、私の半径五メートル以内に近づくんじゃないわよ。爆死に巻き込まれちゃ敵わないからね」

「大丈夫だって。爆弾の扱いは慣れてるからさ」

「んなもん慣れるんじゃないわよッ!」

 苦笑するクリュウと不機嫌そうに怒鳴りまくるルーデル。元々が対立していた二人なので仲良くなるのは難しいとは思っていたが、正直これでうまく連携できるのか不安が隠せないフィーリア。しかも相手は雌火竜リオレイア。いくら自分が慣れているとはいえ、危険な相手には変わりない。この二人を守りながらの戦闘になると思うと、正直前途多難である。

「でも……何だか嬉しいな」

 それはフィーリアにとっては夢の光景なのかもしれない。

 自分が愛してやまない陸の女王、雌火竜リオレイアを、子供の頃からずっと一緒だった幼馴染にして親友と、一緒にいると胸がポカポカする大好きな初恋相手と一緒に狩る。夢にまで見た光景がそこにあった。

「ほらフィーちゃん。あんな爆弾バカ放っておいてさっさと行きましょッ」

「あ、ちょっとルー……ッ」

 有無を言わさずフィーリアは早足で進むルーデルに手を引っ張られて連行される。その後ろを少女二人の後ろ姿を見て苦笑を浮かべるクリュウが重い荷車を引いて続く。

 ふと空を見上げると、絶好の狩猟日和と言っていいくらいに空は真っ青に晴れ渡っていた。

「雌火竜リオレイア……リオレウスと対を成す竜か」

 初めてシルフィードと会った時、クリュウは火竜リオレウスをフィーリア、サクラ、そしてシルフィードと共に激しい死闘の末に討伐した。

 あれから数ヶ月。自賛する訳ではないが、今の自分はあの頃の自分とは比べ物にならない程に成長している。今の自分なら、リオレイア相手でも足手まといにならないだろう。むしろ、チームの数少ないアタッカーとしてがんばらなければならない。

 今回の狩りには俊足の突貫と人間離れした機動力を駆使して飛竜を翻弄する無双姫サクラも、強大な攻撃力と卓越した足さばきで常に飛竜と肉薄する騎士姫シルフィードもいない。クリュウのチームでの事実上の主力二人がいないというのはやはり不安ではあるが、正確な援護射撃を期待できる上にリオレイア戦のプロであるフィーリアと、そんな彼女が信頼する未知数ではあるが確実に自分よりも強いであろうルーデルが一緒だ。

 いつもとは違うチームでの初めての相手に不安はあるが、それ以上に新鮮な戦いを喜ぶ自分がどこかにいた。

 昔ならリオレイアと聞いただけで恐怖しかなかっただろうに、今の自分は未知の戦いを期待している。それだけ自分がハンターとして成長したのだと思うと、ちょっぴり嬉しくなる。

 スッと腰に手を伸ばすと、そこにはこれまで数多の戦いを共に勝ち抜いて来た相棒、デスパライズが下げられている。

「……今日もよろしくね」

 相棒に小さくそう声を掛けると、クリュウは「良しッ」と気合を入れ直して歩む速度を上げた。

 クリュウ・ルナリーフ、フィーリア・レヴェリ、ルーデル・シュトゥーカ。三人のハンターは陸の女王が住まうテロス宮殿(みつりん)へと突入した。

 

 拠点(ベースキャンプ)を出発した三人がまず最初に向かったのは隣のエリアであるエリア4。ここは拠点(ベースキャンプ)から繋がる長い細い弓状の浜辺であった。狭いと言っても大型モンスターが何とか動き回れるだけの広さはあり、フィーリア曰くリオレイアはここにも降り立つらしい。

 そんな白い浜辺と青い湖が織り成す美しい光景で最初に出会ったのは自身の体よりも灰色の大きな殻を背負った赤蟹、ヤオザミであった。クリュウの住むイージス村の最も近い狩場であるセレス密林にも生息している甲殻類に分類されるモンスターだ。

 エリア4にはそのヤオザミが拠点(ベースキャンプ)との入口付近と次のエリア3へと繋がるトンネルの手前の計二匹がいる。ただしヤオザミは地中に潜れるので実際はそれ以上の数のヤオザミが潜んでいるかもしれない。

 いつもならこの時点でサクラが斬り込むのだが、今回はそのサクラはいない。すると、ルーデルがスッとクリュウの方へ振り向いた。

「手始めにこいつ倒して」

 ルーデルの言葉にクリュウは小さくうなずいて荷車を置いた。今回はリオレイアの討伐と同時に自分の実力をルーデルに見せるという二つの目的がある。クリュウは素直に従って二人の前に出ると、デスパライズを引き抜いた。

 すでに三人の存在に気づいていたヤオザミはゆっくりと横歩きでハサミを振り上げながら迫っている。クリュウはすぐにその背後に回り込むようにして動き、すぐさまデスパライズを叩き込む。狙うは硬い殻ではなく体全体を支えている細い脚。

 クリュウの放った一撃は狙い違わずヤオザミの細い脚に命中する。堅い甲殻の一部が砕け、灰色の血が吹き出す。しかしヤオザミは無機質にクリュウの方へ向き直りハサミを横薙ぎに振るう。クリュウはそれを一歩下がってやり過ごすと再び一歩踏み出してデスパライズを叩き込む。

 一撃を入れるたびにヤオザミのハサミの範囲外に逃れ、それを避けると再び攻撃に転ずる。その繰り返しを続けていけば確実にダメージは蓄積していく。

 そして、脚から力を抜けてヤオザミの体制が崩れた途端、クリュウはとどめとばかりにヤオザミの顔面にデスパライズを叩き込む。その一撃に顔面が砕け、血が噴き出し、ヤオザミは力尽きハサミを投げ出すようにして倒れた。

 ふぅと全身から必要最低限の力以外を全て抜き、デスパライズを腰に戻す。そこへ後ろで見守っていたフィーリアとルーデルがゆっくりとした足取りで近づいてきた。

「お見事ですクリュウ様」

「ま、これくらい当然よね」

 ルーデルの言葉に苦笑を浮かべ、クリュウは先を見詰める。このエリアには視界に捉えられるだけであと一匹。できれば無駄な殺生はしたくないが、ヤオザミは好戦的なモンスターな上に次のエリアの入り口付近にいるので避けては通れない。どうしたもんかと考えていると、ルーデルが動いた。

「見てなさいバカ。フィーちゃんも──これが今の私の実力よ」

 そう言い放つとルーデルは背負った巨大な赤い不気味な狩猟笛──ブラットフルートを担ぎ上げるようにして構える。ハンマーと同じ打撃系武器だが、その構え方はすでにハンマーのそれとは大きく異なる。

 ルーデルは次に担いだブラットフルートを体全体を使うようにして横薙ぎに振るい、今度は腕で抱えるようにして構えた。そして笛の側面から突き出している歌口に口を付け、気合いと共に息を吹き込む。

 ――刹那、美しい歌声が辺り一面に広がった。

 笛の先端、膨らみまるでフルフルの口のようなデザインの管尻から奏でられるのはまるで女性の美しい歌声。とてもじゃないがそのデザインからは想像できないような美しい音色。危険な狩場だというのに、クリュウはついその美声とも言うべき音色に耳を傾けてしまう。

 美しい音色が、静かな狩場に響く。

 一回息継ぎして計二回吹くと、ルーデルは再びブラットフルートを担ぎ上げ、走り出した。その時、クリュウは異変を感じた。

 狩猟笛は決して軽い武器ではない。大剣やランスなどに比べれば軽いが、それでも重い武器だ。そんなものを担ぎながら走る速度は当然武器をしまっている時の全力疾走に比べれば劣るのは当然だ。しかしルーデルの走る速度はそれに反してまるで全速力で走っている時に近い速度で走っている。

 クリュウの抱いた異変を解決したのは隣にいるフィーリアだった。

「狩猟笛は音によって身体能力や治癒能力を向上させるのが最大の特徴です。今の音色は使用者自身の移動速度を強化する音色なんです」

 フィーリアの説明に納得しているうちに、ルーデルはあっという間に向こう側に到達し、待ち構えていたヤオザミに襲い掛かる。

「せいやぁッ」

 ルーデルはヤオザミの手前で足を止め、不安定な砂上という事を諸ともせず踏ん張り、担いでいたブラットフルートを勢い良く左に薙ぎ払った。その一撃はヤオザミの左側面に命中。その瞬間、まるでフルフルの帯電攻撃のようにブラットフルートが電気を帯び、ヤオザミは感電しながらその勢いを受け流す事ができずに吹き飛ばされた。

 地面をゴロゴロと転がり怯むヤオザミにルーデルは素早く近づくと、起き上がる隙を与えずにもう一発、今度は反対側から横薙ぎの一撃を叩き込む。その一撃はヤオザミの顔面に命中して頭殻を砕き、再び吹き飛ばす。

 地面を転がされ、無理矢理湖の浅瀬に叩き込まれたヤオザミはそのまま息絶える。それはあっという間の出来事であった。

 ヤオザミを片づけると、ルーデルは再びブラットフルートを背負い、近づいてくる二人にどうだと言わんばかりにグッと親指を突き出す。

「さすがルー、相変わらず豪快ね」

 そう言ってフィーリアは微笑む。久しぶりに親友の動きを見て、自分と同じように成長しているのを純粋に喜んでいるのだ。そんなフィーリアの言葉に「これくらい当然よ」と嬉しそうに笑うルーデル。彼女も親友に誉めてもらって嬉しいのだ。

 狩場だというのに楽しそうに笑う二人の少女を見て、クリュウは二人の絆の強さを見せつけられたような気がして、素直に羨ましく思った。

「親友、かぁ……」

 その時、自然と頭に浮かんだのはツバメであった。仲が良く、腹を割って話せて、一緒にいて楽しいと思え、信頼できる存在──きっと、自分にとっての親友はツバメなのだろう。ツバメにも、そう思っててもらいたい。

「それじゃ、さっさと行くわよ。リオレイア相手にあんたがどこまでやれるか見物ね」

 挑発的な笑みを浮かべてさっさと歩いていくルーデルにクリュウはムッとする。そんな彼にフィーリアが「す、すみません……」と申し訳なさそうに謝る。彼女が謝る必要はないのだが、律儀な子である。

「言い方はどうであれ、これは僕のテストみたいなものだからね。がんばらないと」

「その意気です。私も相手が《彼女》であれば全力で援護ができますので。一緒にがんばりましょうッ」

「ありがと、フィーリア」

「くぉらッ! さっさと来なさいッ!」

 痺れを切らしたルーデルの声に苦笑を浮かべ、二人は足早にエリア4を脱した。

 

 エリア4の隣にあるのは同じく浜辺のエリアに指定されているエリア3。ここはエリア4に比べて幅が広く立ち回りがしやすい。ただ浜のギリギリにまで鬱蒼と木々が生い茂っており、視界は少々悪い上に横への動きは全て木々の障害を受けてしまう。

 ここはこの狩場の分水嶺とも言うべき場所。ここから島の中央部にある洞窟地帯のエリア7と8、山を登った先にある崖の上の広場をエリア指定されているエリア2、逆に下って行った先にある飛竜の水飲み場として使われる事が多い渓谷のエリア9、クリュウ達が通って来たエリア4、そして太古の昔にここで栄えていたと言われる文明の遺跡があるエリア10。このエリアはまさに様々なエリアを繋ぐ狩場の大拠点であった。

 海と空の蒼、浜辺と雲の白、鬱蒼と茂る木々の緑。この三色のコントラストがテロス密林での基本色となる。そして、その緑に溶けこむようにして《彼女》は威風堂々と存在した。

 一見するだけではその姿を確認する事はできない。まさに自然に身を隠す為に磨きあげられた見事な緑色の体。一般的に自身を自然と同じ色にするのは保護色と言って天敵に襲われないようにする為と言われている。しかし彼女はその逆。自然に溶けこむ事で獲物に近づきやすくなっている――違う、自然と自身を一体化させる事で、その自然を支配しているのだ。

 この世界は、まさに彼女にとっての世界。彼女だけの宮殿なのだ。

 細い木々をへし折りながら、重々しい地響きと共に彼女は進む。そして、前方の木々が一斉に折れた時、彼女はついにその全貌を彼らに現した。その瞬間、クリュウはゾクリと背中が凍りつくのを感じた。

 ――なぜ、自分は余裕ぶっていたのか。

 それはきっと、今までの経験が自身に慢心を抱かせていたのだろう。

 対を成す火竜リオレウスを討伐し、多くのモンスターを討伐し、幾多の経験や危険を乗り越えてきた自分なら、今度もまたきっと乗り越えられる。そんな過信があったのかもしれない。

 だが、自信と過信は違う。彼女はそれを全身から放つ気迫だけでクリュウに見せつける。

 密林の深緑に調和する見事な美しい濃緑の鱗と甲殻に全身を覆われ、その巨体を持ち上げるだけの力を漲らせた巨大な翼、長く凶悪なまでに筋肉に覆われた尻尾、ここに生えているどんな木々よりもずっと太く頑丈そうな脚、巨体に対して若干小ぶりな頭、だがその眼光は鋭くクリュウ達を射ぬく。

 凶悪なまでに鋭く睨みつけて来る金眼に見詰められ、体は恐怖に震え出す。しかし、クリュウはその圧倒的なまでの迫力と彼女の姿を見て思った――美しい。

 これが陸の女王と呼ばれる雌火竜リオレイア。全身を覆う鱗はまるで木々に生い茂る生命力を漲らせる葉のようで、しかしそれはまるで石のように鈍く光り、宝石のように美しい。頭も、脚も、体も、翼も、尻尾も。これが自然が生み出した存在とは思えない程に美しく、勇ましく、恐ろしい。それはまるで自然が生み出した芸術だ。

 フィーリアがなぜリオレイアを《彼女》と呼び、敬愛し好んでいるのかがわかる気がした。

 双方が沈黙し、見詰め合うだけの沈黙はまるで数時間続いたような錯覚に襲われる。しかし、実際はほんの数秒。それは一瞬にして、女王が放った猛烈な殺気によって打ち砕かれる。

 全身が恐怖に震え、鳥肌が立ち、本能が今すぐに逃げろと最終警告を放つ。しかしそれでも、クリュウは一歩も引かなかった。

 多くのモンスターを相手にして抱いていた過信は砕かれた。でも、彼を大きく成長させた経験が今の彼の足をその場に留めさせる。

 だが、そんな彼の成長など彼女の前では何の意味も成さない。

 刹那、リオレイアは折り畳んでいた翼を展開させる。その大きさはリオレウスを超えるだろう。その翼長は簡単に倍以上の広さに広がり、圧倒的なまでの迫力がさらに巨大化し、濃縮されてクリュウ達を襲う。そして、自信の宮殿に無断で侵入した不埒な輩に対し、女王は沸き起こる激昂を怒号と共に敵に撃ち放つ。

「ゴオオオオオアアアアアァァァァァッ!」

 怒号(バインドボイス)と共に放たれた暴風が、クリュウ達に叩き付けられる。しかし、誰も一歩も引かなかった。

 それは彼女からの宣戦布告。

 テロス密林を舞台に、クリュウ達と陸の女王――雌火竜リオレイアの戦いが始まった瞬間であった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。