モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第124話 悪魔のサイレン すれ違う想いに生まれし亀裂

 ある日の昼下がり。石造りの建物が密集する大都市ドンドルマは今日も物流の大拠点として盛んな交易が行われている。人々は自分達の目的の為に大通りを行き来している。何度も訪れ、一時期住んでいたから慣れているとはいえ、改めてその人の多さを見てクリュウは驚いてしまう。何しろ、大通りを行き来する人だけで村の人口に匹敵するだけの人がいるのだから、街全体ともなればその数はもはや想像を絶する。

 そんな大通りを感心しながら歩くのは火竜リオレウスの素材で作られた紅蓮色の防具、レウスシリーズを纏ったクリュウとその対を成す桜色の女王、リオレイア亜種の素材で作られた桜色をしたリオハートシリーズを纏ったフィーリアの二人だ。

「それにしても、やっぱりドンドルマはすごい所だね。こうやって大通りを歩いていると改めてそう思うよ」

「そうですね。何せ、大陸一の大都市ですから。大陸の物流の大拠点でもありますし、当然行き交う人や住む人の数も桁が違います」

「だよねぇ。でも、僕はこういう忙(せわ)しない大都市よりもイージス村のような小さくて静かな村の方がいいな」

「そうですね。私も静かに暮らしたいと考えるので、永住するならイージス村のような景色のいい静かな所がいいです」

「だったらずっとイージス村に住んでればいいよ。僕だって、ずっとあの村にいるんだから。ずっとずっと、一緒に狩りをしようよ」

 それはクリュウの心からの想いであった。満面の笑みを浮かべながら言う彼の言葉に、フィーリアは頬を赤らめると「はい、ずっと一緒です」と恥ずかしげにはにかんだ。

 しばしそうして二人で大通りを歩いていたが、そこでクリュウは思い出したようにフィーリアに振り返る。

「そういえば、今日フィーリアが会う予定の人ってどんな人なの?」

 今日二人がこうしてドンドルマに来た目的はフィーリアの古い友人と会う為であった。数日前、彼女の両親の所を経由して来た手紙には久しぶりにドンドルマで会おうという内容が書かれていた。たまたま当時単独依頼で抜けていたサクラとシルフィードに対し非番だったクリュウを誘ってこうして二人きりでドンドルマへやって来た訳だ。

 フィーリアとしては久しぶりに友人に会える事に加え、こうしてクリュウとデート(彼女視点)ができた事もありご機嫌だ。一方のクリュウもフィーリアの古い友人という人に興味があり、どんな人なのか楽しみにしていた。

「私が昔、かけだしの頃に組んでいたハンターです。武器は狩猟笛を使います」

「フィーリアが僕くらいの頃に組んでた人か。狩猟笛ってハンマーと同じ打撃系の武器だよね?

「はい。ただし、ハンマーと違い《音》で自身やパーティ全体に特殊なスキルを発動させる、いわば究極の支援武器です。支援武器と言ってもその攻撃力はハンマーに匹敵しますが」

「へぇ、狩猟笛のハンターって珍しいよね」

「そうですね。武器によって異なる音が出るので、全ての音符を覚えないとうまくスキルを発動させられませんからね。昔から彼女は記憶力は良かったですから、ある意味一番向いていた武器なのかもしれませんね」

「彼女って事は、女の子なの?」

「はい。年はクリュウ様と同じで私の一つ上になります」

 という事は、現在十六歳という事か。フィーリアが昔背中を任せただけあって、きっと今では凄腕のハンターになっているに違いない――そこまで考え、久しぶりにクリュウの男としてのささやかなプライドにヒビが入った。

「それで、その人とはどこで待ち合わせしてるの?」

「酒場ですよ」

 そう言って嬉しそうに彼女が指差した先には、見慣れたドンドルマの大衆酒場の建物が見えていた。

 

 大衆酒場に入ると、いつものように中には大勢のハンターでごった返していた。まだ昼頃だというのに、男達は酒を飲んで騒いでと大騒ぎだ。ハンターというのはまったくもって自由な職業だ。

 そんないつもと変わらぬ酒場の中に、異彩を放っている者がいた。ツバメと同じフルフル亜種の素材を使った桃色の防具、フルフルDシリーズを纏ったフィーリアよりも白っぽい金髪をウインドボブと呼ばれるショートカットに切り揃えた琥珀色をした少女。その傍らには同じくフルフル亜種の素材で作られた、まるでフルフル亜種の頭部をそのまま使ったかのような不気味な笛が置かれている。狩猟笛に詳しくはないクリュウにはわからないが、ブラッドフルートと呼ばれる狩猟笛だ。

 少女はぼーっと目の前に置かれている水の入ったコップを見つめたまま微動だしない。その異様な光景にクリュウが戸惑っていると、フィーリアが苦笑を浮かべながら「またあの子は……」とつぶやいた。

「ルー、こっちよこっち」

 フィーリアにルーと呼ばれた少女はぼーっとしたままこちらを向き、そしてフィーリアの姿を見つけた途端それまでの気だるそうな感じが一気に吹き飛び、パァッと満開の笑顔は咲かせる。

「フィーちゃんッ! ひっさしぶり~ッ!」

 ブンブンと大きく両腕を振って何度もジャンプしながら大歓迎。フィーリアはそんな旧友のまるで変わっていない姿に苦笑しながら、困惑しているクリュウの手を引いて少女に駆け寄る。

「ほんと久しぶりね。二年ぶりだっけ?」

「そうだよぉッ。まったく、フィーちゃんって定住しないでいつも所在不明なんだもん。手紙出しても届かないし」

「ご、ごめんねルー」

「何謝ってんの? あぁ、それって有名になったからの余裕? やらしぃ~」

「そ、そんなんじゃないよッ。純粋に悪かったなぁって謝ってるだけで」

「冗談だよ。あはは、ムキになっちゃって、相変わらずフィーちゃんはかわいいなぁ」

「も、もうッ。からかわないでよルーッ」

「あはは、ごめ~んね」

 少女の言動にすっかり振り回されてしまっているフィーリア。だが、決して嫌がっている訳ではなく、むしろ懐かしい感じを噛みしめているように見える。

 楽しげに話し込む二人の少女の傍で、クリュウはすっかり入り込むタイミングを見失って困惑していた。というか、こんなにも肩の力を抜いて話しているフィーリアを見た事がなかった。彼の中では、フィーリアはいつも敬語を使って話すというイメージがあるからだ。

 楽しげにフィーリアと話していた少女は、そこで初めてクリュウの存在に気づいたようだ。

「フィーちゃん、そっちの彼は?」

 少女の問いにようやくフィーリアもクリュウがいた事を思い出し、慌てて彼の方に向き直る。

「す、すみませんッ」

「あ、いや、別にいいよ」

「フィーちゃん?」

 コホンと軽く咳払いし、フィーリアは改めて首を傾げる少女の方に向き直る。

「紹介するね。今私が組んでいるチームのメンバーの一人、片手剣使いのクリュウ・ルナリーフ様。ルーと同い年なんだよ」

 フィーリアの紹介にクリュウは「よ、よろしく」と少し緊張しながらあいさつする。すると、少女は「ふぅん」とクリュウを隅から隅までじっくりと観察する。その目は、明らかに警戒している目だ。

「も、もうルーッ。クリュウ様に失礼でしょッ」

「あんたがフィーちゃんの今の相棒ねぇ。何だかすごく頼りなさそう」

「ルーッ!?」

 少女の突然の失礼極まりない発言に対し驚くフィーリア。一方のクリュウは「あははは」と苦笑を浮かべる。自覚している事とこうも見事にクリティカルに突いて来られると、反応に困るものだ。

「クリュウ様はすっごく頼りになるよッ。失礼な事言わないでよッ」

「あははは、ごめんごめん。まぁ、フィーちゃんが認めた相手なら実力は確かだよね。うん、わかった」

 一人少女は何度かうなずくと、クリュウに対峙するように立つ。

「初めましてだね。私はルーデル・シュトゥーカ。フィーリアと同じ故郷出身で、彼女が《新緑の閃光》って呼ばれる頃まで一緒にいたハンターだよ」

 少女、ルーデルはよろしくぅと友好的な笑顔を浮かべる。その笑顔に、少しだけクリュウも安心する。

「よ、よろしく。クリュウ・ルナリーフです」

「よろしくねぇ。あ、先に言っておくけど──私のフィーちゃんに手を出したら、潰し殺すからね♪」

 ──その瞬間、一瞬にして辺りの空気が凍り付いた。

 ルーデルは笑顔で言っているが、その瞳は全然笑っていない。真剣に、本気で、潰し殺すのも辞さないという意志がハッキリと燃え盛っている。

 ルーデルの本気に、クリュウは本気で恐怖し硬直する。そこに慌てて顔を真っ赤にしたフィーリアが間に入る。

「る、ルーッ! へ、変な事言わないでよぉッ!」

「変な事? だってフィーちゃんは私のお嫁さんになるんでしょ?」

「そ、それいつの話よッ!?」

「ほんの十年くらい前の話だよ♪」

「十年は《ほんの》なんかじゃないよッ」

 自分の恥ずかしい過去の話を、よりにもよってクリュウの前でされたフィーリアはもうパニック状態だ。一方クリュウは、

「えっと、フィーリアってそういう趣味の人だったの?」

 仲間の予想だにしない特殊な趣味に困惑していた。どう反応すればいいか、純粋にわかりかねているのだ。逆に、その正直な反応がフィーリアには辛い。

「クリュウ様違いますよッ!? 私は至ってノーマルですッ! こ、これは子供の頃の冗談で──」

「ひどいッ! フィーちゃん、私とは遊びだったって言うのッ!?」

「誤解を招くような言い方しないでッ!」

「一緒にお風呂入ったり、一緒に寝屋を共にした仲なのにッ」

「誤解を招くような言い方しないでってばッ!」

「私はフィーちゃんの事なら何でも知ってるわ。例えば一緒に寝ていると抱きついて来る癖があるとかッ」

「ルウウウゥゥゥッ!」

 もはやすっかり弄ばれている感じのフィーリア。顔を真っ赤にして涙目になりながら親友の暴走を必死に止める。何となく、いつも自分がいる立場にそっくりで同情してしまうクリュウ。

「まぁ、冗談はさておき」

「冗談で人の恥ずかしい話を大暴露しないでッ!」

「──さっきのは本気だから。フィーちゃんに手を出したら潰し殺す。いいわね?」

 ルーデルは本気の目でクリュウを見詰める。その刃物のように鋭い眼光はまるで静かなる怒りに燃える雌火竜リオレイアの如く。その恐怖に、クリュウはただただ立ち尽くす。フィーリアも入るタイミングを見失ってしまい、おろおろとするばかり。

 しばし、ルーデルは威嚇するようにクリュウを睨みつけていたが、突然フニャッと笑みを浮かべる。

「ま、フィーちゃんが認めた相手だから大丈夫よね。フィーちゃんの味方でいる限りは仲良くしましょ」

「あ、うん」

「──ただし、フィーちゃんに害を成す存在だと判断した場合は、覚悟しておきなさい」

 そう宣言し、ルーデルは「ごめんフィーちゃん。ちょっと上から荷物取って来るね」とフィーリアに笑顔で言って酒場の上にある宿へと繋がる階段へ消えた。

 まるで嵐のように去って行ったルーデルにすっかり翻弄された形のクリュウ。すると、隣に立っていたフィーリアが申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません。根はいい子なんですが、どうにも私に対する保護意識が過剰でして。ね、根はいい子なんですが」

「あ、うん。悪い子じゃないって事は何となくわかっているから」

「す、すみません……」

「そんなに謝らないでよ。ちょっと変わった子だけど、君の事をとても考えてくれてるいい友達じゃない」

 クリュウが笑顔でそう言うと、フィーリアは顔を上げてパァッと嬉しそうに笑顔を花咲かせる。

「は、はい。私の一番の親友ですから」

「そっか」

 嬉しそうに迷う事なく《親友》と断言するフィーリアの笑顔を見て、クリュウもまた嬉しそうに笑う。彼女の笑顔を見る限り、本当に心からそう思っているのだろう。

 仲間の親友なら、ちょっと癖のある子だが、きっと仲良くなれるだろう。クリュウはそう思った。

「あ、言い忘れていましたが、ルーも私と同じで二つ名を持っているんですよ」

「へぇ、どんな二つ名なの?」

 そこへ「ごめ~ん、お待たせぇ~」と元気な声と共に慌ただしくルーデルが戻ってきた。その笑顔は本当に天使のような可憐さに満ち溢れている。

 フィーリアは、苦笑を浮かべながら言った。

 

「──《悪魔のサイレン》。それが彼女の二つ名です」

 

 ──本当に仲良くなれるか心配になってきたクリュウであった。

 

 昼食も兼ねてクリュウ、フィーリア、ルーデルの三人は酒場のテーブルの一角に陣取った。ライザは何やら会議に出ているらしく不在の為、別のギルド嬢がメニューを運んでくる。その際、

「あれ、シュトゥーカってフィーリアと同じ階級なの?」

 ルーデルが受け取ったのはフィーリアと同じ階級のメニューであった。

 酒場のメニューがランクによって頼める数が違うというのはハンターの常識だ。クリュウとフィーリアでは幾分かメニューのランクにも差がある。見た目、ルーデルの装備を見る限り低く見てもツバメと同じくらい。つまり自分と同じか少し下に見えるのだ。

 そんなクリュウの疑問に対し、ルーデルは「あぁ」と彼に疑問に気づいたようにうなずく。

「私のこれ、フルフルDシリーズじゃないわよ? これはフルフルUシリーズ。上位フルフル亜種の素材でできてる防具。ついでに、これもブラットホルンじゃなくてブラットフルート。私とフィーちゃん、どっちもナイトクラスね」

 ルーデルの説明にクリュウは納得したようにうなずく。単純に比較はできないが、上位クラスのフルフル亜種なら下位のリオレウスと同等くらいの強さ。それをおそらく単独で討伐、それも装備の素材的にかなりの数を討伐している所を見ると、確かにフィーリアと同等くらいの力を持っていても不思議ではない。

「君のランクはどれくらい?」

 ルーデルは反対に今度はクリュウにランクを尋ねてきた。クリュウは苦笑しながら恥ずかしそうに答える。

「一応、ビショップクラス」

「ふーん、フィーちゃんや私よりも下なんだ」

 バカにしたような言い方ではなく、ルーデルは素直な感想を返す。フィーリアが「また失礼な発言をッ」と慌て、クリュウは返す言葉もなくただただ苦笑い。

 ちなみにイージス村のハンターのランクはそれぞれツバメがルーク、クリュウとサクラがビショップ、フィーリアとシルフィードがナイトクラスに振り分けられる。サクラが実力に対してランクが低いのは単純に大型モンスターの討伐数が少ないからだ。これは彼女が討伐依頼よりも護衛依頼を引き受ける傾向に比例している。

 同じナイトクラスと言ってもその幅はとても広いが、とりあえずルーデルはクリュウよりは実力が上という事だ。

 クリュウがビショップクラスとわかると、ルーデルは不機嫌そうに腕を組んだ。

「何でまた自分よりもランクが下のハンターと組んでるのよ。これしか組んでくれる人がいないなら、また私と組まない? うん、そうしようよフィーちゃん」

 何とも遠慮のない直球な疑問の問いかけだ。しかもクリュウを指差して《これ》扱い。これにはさすがのクリュウもムッとなる。

 その時、今までルーデルのストレートな物言いにずっと振り回されていたフィーリアが今度ばかりは怒り出した。

「いい加減にしてよルー。クリュウ様は私が心から尊敬してるすごいハンターなんだよ? 実力だってあるし、何よりとても仲間想いな方なの。これ以上クリュウ様を侮辱するような事を言うと、本気で怒るからね」

 いつになく真剣な表情でフィーリアはルーデルに言う。いつもは柔らかな瞳も静かな怒りに鋭くなっている。フィーリアが怒っている、その見慣れない光景にクリュウは先程までの不機嫌さを忘れて呆然としている。一方、ルーデルは親友の本気の怒りに対して「……わかったわよ」と渋々という感じでうなずいた。

「悪かったね、悪い事ばかり言っちゃって」

「あ、いや、僕は別にいいんだけど」

「不快な想いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんクリュウ様」

 申し訳なさそうに深々と頭を下げるフィーリアにクリュウは慌てて「いいからいいからッ。頭下げられても僕が困るだけだし」と顔を上げさせる。そんな二人の様子を、面白くなさそうに見詰めるルーデル。

 何はともあれメニューを決める。その間、ルーデルは盛んにフィーリアと楽しげに話しかけ続けた。それが久しぶりに親友に再会した嬉しさからなのか、クリュウに対する牽制なのか、どちらにしてもクリュウはその輪からは完全に外れてしまっていた。

 しばらくし、料理が運ばれて来てもその状態は変わらずクリュウは若干肩身の狭い思いをする事になった。

 食事が終わると、待ってましたとばかりにルーデルが動く。

「ねぇフィーちゃん、これからデートしようよッ」

「ま、また誤解を与えるような言い方を……」

「細かい事気にしないの。それより近くにかわいい服売ってる店があるんだ。行こうよ」

「で、でもぉ……」

 そこでフィーリアはクリュウの方を見る。その視線に気づいたクリュウは優しく微笑んだ。

「僕の事は気にしないで、二人で楽しんでおいでよ」

「し、しかし……」

「いいからいいから」

「ほら、許可も出たんだし行こうよッ」

 クリュウとルーデルの顔を交互に見て未だに渋っているフィーリアをルーデルは強引に引っ張って行く。

 腕を引かれて連れて行かれるフィーリアは一度だけクリュウの方に振り返ると、彼は笑顔で見送ってくれてた。

 酒場から二人が出て行き、一人残されたクリュウ。近くを通りかかったギルド嬢を呼び止める。

「すみません、小ビール一つお願いします」

 珍しく、苦手なビールを一杯注文した。

 

 ルーデルと共にフィーリアは様々な店を回った。かわいらしい服やアクセサリーがたくさんあり、おしゃれに対して興味津々のフィーリアは当然喜ぶはずだった。しかし、常に頭の片隅にはクリュウの事があり心から喜ぶ事はできなかった。でもせっかくのルーデルの好意を潰したくない一心で楽しく振る舞い続けた。

 楽しげに服合わせをするルーデルを見ながら、どうしてもフィーリア気になる事があった。

 ルーデルは昔から自分が他の友達と話していたりすると不機嫌になったりする、自分以上のやきもち焼きだ。長い付き合いだから、何となく彼女がクリュウに対してやきもちを焼いている事はわかった。でも、それにしても彼女の彼に対する反応は明らかにおかしい。いくらやきもち焼きでも、ここまで強く相手を拒絶するような事は今までなかった。

 どうして、クリュウに限ってそのような態度なのか。せっかく、クリュウを無理を言って連れてきて紹介したかったのに。自分が、クリュウの事を心から大好きだって、親友に好きな人ができたって報告したかったのに。これではそれどころではない。

 自分が好きな人が、自分の親友に嫌われる。こんな関係図は絶対に嫌だった。何とかして、クリュウとルーデルを仲良くさせないといけない。そんな事で彼女の頭はいっぱいだった。

 それでも、親友の為に楽しく振る舞い続けるフィーリア。そんな彼女を、ルーデルはじっと見詰めていた。

 

「ねぇ、フィーちゃんって、あいつの事が好きなの?」

「ッ!? ゲホゲホッ!」

 ショッピングも一段落して近くの喫茶店に入った二人。二人揃って注文した紅茶が運ばれ、早速フィーリアが一口飲もうとした瞬間、ルーデルは唐突に疑問を投げかけた。あまりにも唐突過ぎて全く予想していなかったフィーリアは見事にむせる。

「な、何よ突然……ッ」

「突然なんかじゃないよ。今日ずっと思ってた事よ」

 そう言ってルーデルは紅茶を一口飲む。一方のフィーリアは咳き込むのが一段落してから口を開く。

「ずっとって……」

「わからないと思ってた訳? フィーちゃんが無理して笑ってるのなんてすぐわかるわよ。何年一緒にいたと思ってるのよ」

「……ご、ごめん」

「謝られても困るだけだわ」

 申し訳なさそうに謝るフィーリアに対してルーデルは拗ねたような表情を浮かべながらそっぽを向く。フィーリアは顔を背ける親友の姿に自分から言葉を発するのに怯えてしまい、口をつぐんでしまう。当然、二人の間には何とも言えない気まずい雰囲気が流れる。その空気を打ち破ったのはルーデルの方だった。

「それで、どうなのよ」

 ルーデルの口調はもはや問い掛けではない。親友だからこそ、フィーリアの気持ちなんてすぐにわかる。彼の事をどう想っているかなど、丸分かりだ。これは、最後の確認だ。

 ルーデルの投げかけた言葉に対し、フィーリアはほんのりと頬を赤らめながら――こくりと小さく、しかししっかりとうなずいた。

 しばしの沈黙の後、ルーデルは深い溜息を零した。

「私がいない間に、フィーちゃんは一人で大人の階段を駆け上がってた訳ね」

「べ、別にまだそんな関係じゃ……」

「ふぅん、今の言葉をそういう意味に受け取るんだ。相変わらずフィーちゃんっておませさんねぇ」

 くすくすと笑いながら言うルーデルの言葉にようやく自分がからかわれていると自覚したフィーリアは顔を真っ赤にして慌てて怒る。

「も、もうッ! 私は真剣に言ってるんだから、ふざけないでよッ!」

「ごめんごめん。でもさ、ほんとフィーリアって変わってないわね」

「それって褒めてるの? けなしてるの?」

「どっちもぉ~」

「ルゥウゥゥーッ?」

 あはははと楽しげに笑うルーデルに顔を真っ赤にして怒るフィーリア。その姿はクリュウ達といる時のようなどこか遠慮したような感じはなく、心から安心しているように見える。やはりクリュウ達に対してフィーリアは心の壁のようなものが存在するのだ。それは決して拒絶の意味ではなく、彼らは《仲間》であり、クリュウは《好きな人》。ルーデルのような《親友》とは違うのだ。

 散々フィーリアをからかった後、ルーデルは再び表情を引き締めて話を戻す。

「本気なのね?」

 真剣に問うルーデルの問い掛けに対し、フィーリアはしっかりとうなずいた。

「うん。私は――クリュウ様が好きなの」

 初恋だった。

 フィーリアにとって、初めての恋だった。それまで、どこか男の人というものに恐怖を感じていて苦手意識すらあったのに。そんな自分に、好きな男の人ができるなんて、その頃の自分では絶対想像できなかっただろう。

 恋なんて、恋愛小説などの物語の中だけのものだと思っていたあの頃の自分に、今ならハッキリと断言できる。

 ――誰かを好きになるって、すっごく幸せなんだよ、って――

 この気持ちを親友(ルーデル)にも知ってほしくて、今回クリュウを連れて来たのだ。親友に、今の自分がとても幸せなんだって報告したかった。親友だからこそ、祝って欲しかった。

 親友(ルーデル)なら、自分の恋を応援してくれる。そう信じていた――この時までは。

「……認めない」

「え……?」

 しばしの沈黙の後、搾り出されるようにルーデルが放った言葉。フィーリアは驚いたように目を見開く。

「る、ルーちゃん……?」

 困惑するフィーリアを前にして、ルーデルはどこか怒ったような表情を浮かべて彼女に相対する。ギュッと握られた拳は震え、鋭い目付きで親友(フィーリア)を見詰める。

「私はそんなの絶対認めないよ。あんな奴がフィーリアの初恋の相手だなんて、私は認めない」

「な、何言ってるの……?」

「フィーちゃん。それはきっと何かの間違いよ。フィーちゃんがあんな頼りない男を好きになるなんて絶対ありえない。間違いに決まってる」

「間違い……」

 その瞬間、フィーリアの中で何かが爆発した。熱いものが胸の中で渦巻き、その熱はどんどん温度を上げていく。

 ──間違い。そんな一言でこの想いを否定されるなんて、絶対に許せなかった。

 一緒にいて胸がポカポカするのも、彼の笑顔を見て幸せな気分になれるのも、時々見せる凛々しい表情にドキドキするのも──人を好きになる大切な気持ちを。《間違い》なんて一言で片づけてほしくなかった。

 ──何より、そんな事を親友(ルーデル)の口からなんて聞きたくなかった。

「何よ、それ……」

「フィーちゃん?」

 自分でも驚くくらい、いつもの自分の声よりもぐっと低い声。その声が震えている。

 ──今まで、こんなにも《怒り》を感じた事があっただろうか。それくらいに、フィーリアの心は憤怒に満ちていた。

「何で、そんな事言うのよ……ッ」

 心を支配する猛烈な憤激が、堪えられなくて言葉となって荒れ狂う。自分の目の前で、親友(ルーデル)が「ふぃ、フィーちゃん……?」と戸惑ったような声を上げる。その何もわかっていない彼女の表情を見て、激高は臨界点を突破した。

「何でそんな事言うのよッ!」

 ここが他の人もいる喫茶店だという事も忘れ、フィーリアは怒号を放つと同時にテーブルを叩いて勢い良く立ち上がる。

「私の大切な気持ちを、何でそんなひどい言葉一つで片づけようとするのッ!?」

 フィーリアの突然の怒号にルーデルは驚きを隠せない。あの大人しくてあまり自分の意見を言わないフィーリアが怒り狂っている姿に困惑し、状況が理解できていないのだ。

 呆然とする親友の姿に、フィーリアの怒りはどんどんと勢いを増していく。親友(ルーデル)に一言「おめでとう」と言ってほしかっただけなのに。そんな期待を裏切られたという想いが、怒りを加速させる。

「何で……何でそんなひどい事言うのよッ! 私の、初恋なんだよッ!? 小さい頃から男の子が苦手だった私が、初めて男の子を好きになったこの気持ちを、どうしてそんなひどい一言で壊そうとするのよッ!? ルーッ!」

 信じられなかった。ずっと、子供の頃からハンターとして一人前になるまでずっと一緒にいた親友(ルーデル)がこんなひどい事を言うような子だったなんて。信じられなかった。

 うそだって言ってほしかった。感情のままに吐き出されるこの言葉の数々は、もしかしたらそんな期待を込めてのものだったのかもしれない。だが、

「な、何よッ! 私はフィーちゃんの為を想って言ってるだけなのに……ッ、何でそんなに怒るのよッ!?」

 今度はルーデルが叫びながらテーブルを叩いて立ち上がった。その表情もまたフィーリアと同じ、憤怒に満ちている。

「私はフィーちゃんの幸せを願ってアドバイスをしてるのよッ!?」

「だったらどうして今の私の幸せを否定するのッ!?」

「それが本当の幸せじゃないからよッ!」

 まるで後頭部を殴られたかのような衝撃に、フィーリアは立ちくらみした。

 今の自分の幸せが、偽りのもの……

 クリュウと一緒にいる時に感じる、どんな幸せにも勝る幸せが、偽りだというのか。

 ──そんな訳がない。この想いは、まぎれもない《本物》だ。

「私は、幸せよッ! クリュウ様と一緒にいられて、一緒にご飯を食べて、笑って、料理を作って喜ばれて、狩りをして……ッ、《本当》に幸せなのッ!」

「だから、それが間違いだって言ってるのよッ!」

「何でよッ!」

「──あんな奴が、フィーちゃんに相応しい相手だなんて間違いだからよッ!」

 一瞬で心が凍り付いた。先程までのラティオ活火山の溶岩の如く燃え盛っていた怒りが、一瞬で凍り付いた。

 ──どうして、そんな事言うの?

 クリュウの事を何も知らないのに、どうしてそんな事を言うのか。

 彼の事を彼女は何も知らない。誰かの為に一生懸命になれる所、とてもがんばり屋の所、笑顔がすごくかわいい所、凛々しい顔がかっこいい所、自分が落ち込んでいる時に声をかけてくれる優しい所──彼女は、何も知らない。

 彼の優しくてすごい所を何も知らないのに、どうしてそんな事を言うのか。

 ──とても、悲しかった。

「ふぃ、フィーちゃん……」

 いつの間にか、フィーリアは泣いていた。

 自分の親友に、自分が好きな人を否定される。これほど辛く悲しい事は他にはないだろう。

 怒るを通り越して、悲しい。

「どうして……、そんな事言うのぉ……?」

 それは、心からの問いかけであった。どうして、自分の恋を全否定するような事を言うのか。親友と思っていた相手に、どうしてそんな事を言われなくてはいけないのか。

 悲しくて、ボロボロと零れ落ちる涙が止まらない。ポツポツと零れ落ちる涙が、テーブルを濡らす。

 ──もう、いい。

 涙を拭い、フィーリアは自分の飲んだ紅茶の代金をテーブルに置いて店を出る。その後をルーデルが代金を支払って慌てて追いかけて来た。

「ちょ、ちょっと待ってよフィーちゃんッ! 私は、フィーちゃんの為を思って……ッ」

「……もういいよ」

 追いかけて来たルーデルにそうつぶやいて振り返るフィーリア。その瞬間、ルーデルの表情が凍り付いた。今、自分はどんな表情を浮かべているのだろう。自分ではわからないが、きっとひどい顔をしているに違いない。拭っても拭っても涙は止まらず零れ続ける。

「もう、いい……」

「フィーちゃん……」

 フィーリアはそう言い残し、ルーデルに背を向けて歩き出す。ルーデルはその後を追う事もできず呆然と立ち尽くす。

 すすり泣きながらとぼとぼと歩く自分の姿は周りから見れば何事かと思われるものかもしれないが、そんな事どうでも良かった。今はただ、この場から離れたい一心だった。

 きっと、ルーデルはひどい表情を浮かべながら自分を見詰めているに違いない。でも、もうそんな事もどうでも良かった。

 

「あいつが、あいつのせいで……ッ」

 

 ――だから、ルーデルのつぶやいた最後の言葉も、フィーリアには届く事はなかった。


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