モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第122話 砕け折れる死鎌の刃先

 エリア7は流れ出した溶岩が大地の至る所に溜まった溶岩の湖のような地形のエリアだ。周りを岩壁や溶岩池に覆われているので空を飛んだり、溶岩の中を行き来したり、地面を潜れる者以外にとっては脱出口を制限される。その姿はまるで危険な闘技場のようだ。

 エリアの中央には大きく突き出るような形で溶岩の河が流れている。昼は溶岩の量が少なく河の一部が冷えて人が通れるようになるのでそれなりにエリア全体を動けるが、溶岩の量が多い夜ではエリア6、エリア3それぞれへ続く道へ行く為にはエリアをぐるっと半周するような大回りをしなければならない、とても戦いづらい地形となる。しかも人間は溶岩には近づく事すらも難しいのに対し、モンスターは程度は違えど溶岩の中に入る事ができる為より不利となる。

 そんなエリア7で、クリュウ達とショウグンギザミの戦闘は行われている。

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!」

 雄叫びを上げながらショウグンギザミの側面から大剣を振るい落としたのはシルフィード。一瞬にして甲殻の一部を叩き潰し、勢い良く灰色の血が噴き出す。この攻撃にツバメを狙っていたショウグンギザミは彼女の方へ振り向く。

「背後がガラ空きじゃッ!」

 自分への注意が逸れたと同時に、ツバメはショウグンギザミの背後で自身を軸にして回転斬りを叩き込む。

 シルフィードもショウグンギザミが振り下ろしたハサミを横へ滑るように回避し、勢い余ってハサミが埋まってしまって動けずにいるショウグンギザミの側頭部に向かって豪快に振り上げるようにキリサキを叩き込む。

 側頭部へ強烈な一撃を受けてショウグンギザミの体が傾く。倒れそうになる体を支えようとハサミを突き立てるが、そこへサクラが襲い掛かる。

 突き立てたハサミに向かってサクラは猛烈な気刃斬りの嵐を叩き込む。双剣の鬼人化と同じ赤い軌跡を残しながら目にも留まらぬ勢いで鬼神斬破刀を振るう。わずかな間に無数の斬撃を受け、しかもすでにかなりのダメージを受けていたハサミ。ついに……

「……チェストオオオオオォォォォォッ!」

 サクラ渾身の一撃。その斬撃はこれまでの攻撃の数々でわずかなヒビ割れを起こしていたハサミを真っ二つに斬り裂いた。突き立てられていたハサミはちょうど中程で切断され、辺りのその破片は散らばる。

「ギシャアアアァァァッ!?」

 右のハサミが砕け、これまで無機質で単調な攻撃を繰り返していたショウグンギザミが初めて絶叫を上げた。途端に残っていた左のハサミが刃を展開させて鎌へと変貌する。口からは猛烈な勢いで泡を噴き出し、纏う雰囲気も純粋な殺意へと変貌する。

 その光景を見てシルフィードは小さく舌打ちした。

「しまった……、鎌が折れてしまったか……」

「え? 鎌を壊しちゃいけないの?」

 隣で武器を構えていたクリュウがシルフィードの言葉に驚きの声を上げる。そんな彼の問い掛けに対しシルフィードはショウグンギザミを見詰めながら小さく首肯する。

「あぁ、鎌を片方でも折ってしまえば奴はずっと怒り状態になってしまうからな」

「そ、そうなのッ!? それって、すごくマズくない……?」

 モンスターの怒り状態は、それこその文字通り命懸けとなる。理性というリミッターが外れてしまった、ただ目の前の敵を虐殺する事だけに全力を注ぐ。それがモンスターの怒り状態だ。そんな体に無理をさせるような状態はいくらモンスターといえど常には不可能。だからこそ、怒り状態は一時的なものというのが一般的だ。しかしショウグンギザミはその自慢の鎌を壊される事によってこの常識を覆し常に怒り状態となってしまう厄介な相手なのだ。

 怒り状態になりながら、鎌を折ったサクラを執拗に狙うショウグンギザミを見詰めながら、シルフィードは「いや」と前置きする。

「悪い事ばかりではない。怒り状態にはなるが、あの長いリーチが半分になるんだ。奴の右側に攻撃の重点を置けるようになるのは正直助かる。さらにもう一方を折ってしまえば、もはやあのリーチは消える。とりあえず、良くも悪くも戦局が動いた証だ」

 シルフィードがそう言った直後、ショウグンギザミはその場で鎌を展開させながら旋回した。至近距離にいたツバメは体を投げ出すようにして地面に伏せてこれを回避し、サクラは折れた鎌の影響で短くなったリーチを見極め、右鎌の砕けた先端が掠めるようなギリギリの距離で回避すると、再び攻撃に転ずる。が、ショウグンギザミは彼女の剣先が届く寸前で地面に潜ってこれを回避。すぐさま四人は散開してエリアに散り散りになる。

 溶岩の河を挟んで北側へと逃げたシルフィード。その足元からショウグンギザミが鎌を振り上げて現れたが、シルフィードはこれを横へ跳んで回避。失敗したショウグンギザミは再び地面の中へと消える。

 次にショウグンギザミは同じく北側へと逃げていたクリュウに襲い掛かった。しかしこの一撃もクリュウは横へと回避して失敗。その後もサクラ、ツバメ、そして再びクリュウに襲い掛かったショウグンギザミだったがそれらの攻撃は尽く失敗に終わった。そして、地下から這い出して再び地面の上に現れる。そこは北側のこのエリアでは比較的広い場所。そこにはすでにクリュウとシルフィードがおり、すぐさま攻撃に転ずる。南側にいたサクラとツバメもすぐさま溶岩の河を迂回しながらも北側へと急行する。

 クリュウはできる限り姿勢を低くしてショウグンギザミの懐に潜り込むと、再びショウグンギザミの脚の関節を狙ってデスパライズを叩き込む。剣先が触れた瞬間、麻痺毒が爆ぜる。しかしまだショウグンギザミは麻痺状態にならない。一度麻痺状態になるとモンスターは体内で抗体を作ってしまう為、同じ種類の毒で症状を起こす場合にはその抗体の処理能力を上回るだけの毒を流し込まないとならない。その為、一度麻痺にしたら二度目、三度目と回を重ねるごとに必要な毒の量が増えていく。それだけ、クリュウが当てなければならない攻撃の数も上がる。

 執拗に攻撃して来るクリュウに対し、ショウグンギザミは長いリーチを保っている左の鎌を振り抜くように横薙ぎに振るう。クリュウはその一撃を盾で何とか防ぎ、深追いはせずにすぐさまバックステップで距離を取る。逆にクリュウに意識を向けているショウグングザミの意識外、がら空きの背後からシルフィードが襲い掛かる。

「でぇりゃあああぁぁぁッ!」

 ショウグングザミと同じく、シルフィードはキリサキを横薙ぎにスイングする。その剣先はショウグンギザミの脇腹付近にヒット。勢いはそれでは止まらずキリサキはそのまま甲殻の一部を砕きながら旋回。ショウグンギザミは堪らずに横倒しに倒れ込んだ。そこへサクラとツバメも合流し、シルフィードは全員を一度自分の近くへと集める。

「全員怪我はないな」

 確認をするシルフィードの問い掛けに対し三人は静かにうなずく。全員汚れや掠り傷くらいならあるが、動きに支障が出るような傷はしていなかった。それを確認すると、シルフィードは再びショウグングザミを見詰める。

「これまでの与えたダメージを見る限り、そろそろ奴も弱ってきているはずだ。最後まで気を抜かず、全力で撃破するぞ」

「わかった」

「……容赦しない」

「了解じゃ」

 シルフィードの言葉に全員うなずく。そして、今まさに起き上がったショウグンギザミの方を見て再び全員が剣を構える。それに対峙するショウグンギザミもまた同じように鎌を構えてクリュウ達と向き合う。その口からは怒り状態での泡とは違う、灰色の血の混じった泡が吹き出していた――甲殻類特有の、弱っている証拠だ。

 両者はそれぞれの武器を構えたまま動かない。睨み合い、どちらかが動いた瞬間に動く。言いようのない緊張感が辺りを包み、熱風が頬を撫でる。暑さとは違う汗が額や柄を握る手の平にじわりと染み出す。

 不気味な沈黙は数秒ほどであったが、体感時間はもっと長く感じられた。その沈黙を破ったのは、ショウグンギザミの方だった。ショウグンギザミは突如鎌を振り上げると、地面に突き刺して猛烈な勢いで土を掘る。地中へ潜る気だ。その動きに誰よりも早く動いたのはチーム髄一の俊足を誇るサクラ。姿勢をできる限り低くして空気抵抗を減らして突貫。そしてショウグンギザミが完全に潜り込む寸前、サクラは道具袋(ポーチ)からペイントボールを取り出して投擲した。投げられたペイントボールは回りながら地面へと消えていくショウグンギザミが背負っているグラビモスの頭殻に命中。直後、ショウグンギザミは姿を消した。

 すぐさまクリュウ達は散開して地中からの攻撃に備えるが、全員ある程度予想はしていた。そして、ショウグンギザミはその予想通りの行動を取った。サクラが投げたペイントボールの匂いが徐々に離れ、そしてエリアから消えた。

 ショウグンギザミの気配が消えたのを確認してから、それぞれ武器を納める。シルフィードは地図を取り出すと、ペイントボールの匂いの来る方向、濃度から大凡の見当を付ける。

「エリア5……いや、3か……」

「エリア3って、ショウグンギザミに最初に出会った場所だよね?」

「あぁ、あそこは奴の脚力で天井に登れるちょうどいい地形をしている。ある意味、ショウグンギザミ相手では一番面倒な場所だな」

「つまり、自分の力が最も発揮できる場所に逃げ込んだという訳じゃな」

「……生意気ね。カニカマにしてやろうかしら」

「とりあえず、カニカマにはカニは入ってないって所にツッコミを入れておくね」

「まぁ、言い方を変えればそれだけ奴を追い詰めているという事だ。血の混じった泡を吹いていたから、奴も相当弱っているはず。ここからは奴も文字通り死力を尽くして向かって来るだろう。全員気を引き締めて当たるように」

 シルフィードの忠告に対し三人はしっかりとうなずくと、それぞれの武器に砥石を当てて切れ味を直す。シルフィードもキリサキを引き抜くと砥石を当てて刃を磨く。

「それにしても、やっぱりショウグンギザミは硬いね。関節じゃないとすごく弾かれる」

 念入りに刃を磨き、掲げて光に当てて輝くを確認するクリュウのつぶやきに対し、シルフィードは刃に砥石を当てながら「あぁ」と返す。

「純粋な硬さならリオレウス以上だからな。それに、変幻自在で機敏な動きをし、他のモンスターに比べて攻撃範囲が段違いに広い。ショウグンギザミが厄介なモンスターと言われているのはその超攻撃型のバトルスタイルと甲殻類ならではの堅牢な甲殻による防御力。攻守に優れている所から来ているからな」

「本当に厄介な相手なんだね」

「そうだな。だが、あともう一息だ」

「うん。それよりシルフィ、怪我とかは大丈夫? ずっと前線にいたけど」

 シルフィードは最初の宣言通り常に前線に立ってショウグンギザミと肉薄していた。それだけに最も怪我の危険性が高い。一見しただけでは怪我はないように見えるが実際は違うかもしれない。クリュウはそれを確認しているのだ。

 クリュウの心配そうな問い掛けに対し、シルフィードはほんのりと頬を赤らめる。

「あ、あぁ。私は問題ない。君の方こそずいぶん危ない場面が多く見られたが」

「僕も大丈夫だよ。あははは、やっぱり危なっかしく見える?」

「あぁ、心臓が止まるかと思ったぞ」

 冗談っぽく言ってはいるが、実際は本当に止まるかと思ったくらいだ。クリュウはシルフィードも顔負けなくらいに常にショウグンギザミに肉薄して攻撃を繰り返しており、振り回される鎌をギリギリで回避する姿が何度も見られた。

 だが危なっかしく見えつつも、その見事な動きに彼の成長が見られる。昔は本当の意味で危なっかしい行動が多かったが、今はギリギリでそのラインを超えない程度の動きで戦っている。最初に出会った頃とは比べ物にならない程、彼は成長していた。その事実と実際に成長している彼の姿に、シルフィードは小さく笑う。

「あまり無理はするな。最前線は私に任せて、君は自由に動き回ってくれ」

 そう言って、シルフィードは切れ味が回復したキリサキを背負ってクリュウに背を向けると同じく準備を整えたサクラと何やら打ち合わせを始める。そんな彼女の背中を見詰め、クリュウは小さくため息を零す。

「……そうじゃないんだけどなぁ」

 ため息混じりにそうつぶやくと、クリュウは携帯食料を頬張った。最低限の味付けしかしていない為、あまりおいしくはない。でもいつもいつも狩場では小腹が減ればこれを食べているのでもう慣れたと思っていたが、今日のそれはいくら噛んでも一向に喉を通らなかった。

 

 ショウグンギザミを追って一行はエリア3へと戻った。エリア内に入るとショウグンギザミはハサミを器用に動かして土の中の何かを食べていた。どうやらこちらには気づいていないようだ。シルフィードは無言で手や目の動きだけで各自に指示を飛ばすと、すぐさま戦闘態勢に入る。

 シルフィードの指示に従い、まず最初に先制攻撃を仕掛けたのはサクラ。その俊足で一気にショウグンギザミとの間合いを詰めると、そのままがら空きの脚の関節に向かって鬼神斬破刀を叩き込む。刃先が激突した瞬間電流が迸り、火花が散る。突然の奇襲攻撃に対しショウグンギザミは特に驚いた様子もなくゆっくりと振り返ると、すでに長くなっている左の鎌を食事を邪魔した不届き者に対して容赦なく振るう。サクラはその一撃をしゃがみ込むようにして回避。彼女の頭上スレスレを鎌が勢い良く通り抜ける。

「サクラッ!」

 クリュウも急いで駆けつけるが、その間もサクラは執拗に攻撃を続ける。ショウグンギザミは自分の攻撃をヒラヒラと回避しながら回避後すぐさま攻撃して来るサクラにイラついているのか、滅茶苦茶に鎌を振るう。だが、それらの攻撃もサクラは器用に回避する。

 横薙ぎに鎌を空振りし、がら空きになった懐にサクラが入る。そしてそのまま低くなった顔面に向かって鬼神斬破刀を叩き込む。電流が迸り、ショウグンギザミは悲鳴を上げた。

「ギシャァッ!」

 怒り狂いながら、ショウグンギザミは振り上げた左鎌をサクラに向かって勢い良く振り落とす。だがサクラはそれをバク転で回避した。そして地面に鎌が埋まって身動きができなくなったショウグンギザミに向かってすぐさま反転攻撃を仕掛ける。

 そんな猛烈な勢いで剣撃の嵐を叩き込むサクラに、シルフィードとツバメは呆気に取られていた。

「……な、何じゃあの人並み外れた運動神経は」

「ある意味、彼女がモンスターだな」

 自分達の出番はないのではないかと本気で思ってしまう程、サクラの活躍は目覚しかった。そこへクリュウが合流し、サクラを狙って自分には気づいていないショウグンギザミの側面からデスパライズを叩き込んだ。麻痺毒が迸り、ショウグンギザミもようやくクリュウの存在に気づいて振り返る。だが、そうすると今度はサクラが背後から猛烈な気刃斬りを炸裂させ、ショウグンギザミを翻弄する。そこへ遅れてシルフィードとツバメも合流し、ショウグンギザミを包囲するように剣士四人が総攻撃を仕掛ける。

 シルフィードが常にショウグンギザミの正面に立って引きつけ、残る三人が正面以外の場所から攻撃を行う。当然シルフィードの危険度は高いが、シルフィードはショウグンギザミの攻撃を避けたりガードしたりでうまく立ち回っている。そんな彼女の奮戦ぶりを横目に、クリュウはデスパライズを叩き込む。すると、再びショウグンギザミは麻痺状態となってその場で動けなくなった。

「や、やったぁッ!」

「良くやったぞクリュウッ!」

 シルフィードはクリュウにそう激励を飛ばすと、すぐさまこのチャンスを逃すまいとショウグンギザミの正面で剣を背負うような構えのまま力を溜める。他のメンバーも同じく、ツバメは鬼人化して乱舞、サクラは気刃斬り、クリュウも全力で剣を振るっている。そして、シルフィードも全力を込めて強烈な溜め斬りを叩き込んだ。

「ギシャアアアァァァッ!?」

 四人の猛攻撃にようやく麻痺状態を脱したショウグンギザミが悲鳴を上げる。そしてそのまま逃げるようにしてグッと姿勢を低くして力を溜め、勢い良く飛び上がった。

「なッ!?」

 驚くクリュウの視線の先で、ショウグンギザミは天井にへばり付いている。

「全員散開ッ! ショウグンギザミの真下に入るなッ!」

 シルフィードの怒号に三人は急いで離れる。直後、そんなシルフィードに向かってショウグンギザミはグラビモスの頭殻の口の部分を開く。その光景にシルフィードは慌ててその場から離脱する。直後、グラビモスの頭殻の口の中から猛烈な勢いで高圧水流が噴き出した。一直線にそれはシルフィードのすぐ背後の地面に激突した。硬い岩盤が砕け、粉々に吹き飛ぶ光景に、その威力の絶大さを見せつけられる。高温の地面で水がすぐさま蒸発し、辺りは白い水蒸気で包まれる。

「シルフィッ!」

 白い水蒸気の中に姿を消したシルフィードの姿を探しながら、クリュウは彼女の名前を叫ぶ。すると、目の前の水蒸気の壁の向こうからシルフィードが走って来た。

「シルフィ、無事だったんだね」

 彼女の無事な姿を見てクリュウはほっと胸を撫で下ろす。シルフィードはそんなクリュウの姿に小さく微笑むと、「あぁ、少し危なかったが何とかな」と無事だとアピールする。

「気を抜くでないぞ。まだ奴は健在じゃ」

 ツバメはそう言って鋭い視線を前方に注ぐ。水蒸気の壁で見えないが、そこには必ずショウグンギザミがいる。ペイントの匂いだけではなく、気配でそれを感じる。

 しばらくして溶岩から吹き込む熱風が水蒸気を消し飛ばし、辺りは完全に視界が回復する。すると、そこにショウグンギザミの姿はなかった。

「奴め、どこへ行きおった」

 不安気に辺りを見回すツバメ。サクラも鋭い眼光で周囲を睨んでいる。

「ペイントの匂いに変化はない。奴はこのエリアにいるぞ」

 シルフィードもいつでもキリサキを引き抜けるように柄を握りながら辺りを見回す。そんな彼女の後ろで、クリュウは天井を見回す。さっきまでいたはずのショウグンギザミの姿がそこにはなかった。

 地上にも天井にも奴の姿はない。だとしたら、残る選択肢はただ一つ。クリュウはごくりと息を呑み、足元を見詰める。

「まさか……」

 刹那、地面から微かな振動を感じた――その瞬間、クリュウは全てを悟った。

「直下だッ! 逃げてッ!」

 次の瞬間、彼らの足元の地面が砕け、長い鎌を振り上げながらショウグンギザミが現れた。反射的に後方にジャンプしたサクラとシルフィードは無事。ツバメもギリギリで身を投げ出すようにして回避したが、完全に直上だったクリュウはそれに少し遅れた。盾を構えて槍のように突き出された鎌を何とか防いだが、その衝撃だけは防ぎ切れずクリュウは吹っ飛ばされて激しく地面に叩き付けられた。

「クリュウッ!」

 シルフィードがすぐさま彼に駆け寄ろうとするが、まるでそれを邪魔するかのようにショウグンギザミは一瞬前に再び地面に潜り、彼女の目の前に現れる。

「邪魔をするなぁッ!」

 這い出して来たショウグンギザミの顔面に向かって、シルフィードは抜刀したキリサキを叩き込む。反射的に顔面を守ろうと構えた左鎌を粉砕し、その一撃はショウグンギザミの顔面に容赦なく炸裂。ショウグンギザミは口から大量の灰色の吐血を吐いて悶える。

 代わってサクラがクリュウに駆け寄り、ツバメもすぐに回復薬を飲んで全体の回復を図る。

「……クリュウッ、平気?」

「な、何とかね……」

 珍しくおどおどと慌てるサクラの姿に苦笑しながら、クリュウはゆっくりと起き上がる。地面に叩き付けられた事で全身が結構痛むが、何とかそれは顔に出さずに済んだ。ただでさえテンパってるサクラをこれ以上心配させないようがんばる所が実に彼らしい。

「……よくもクリュウを……冥界に堕とすッ」

「サクラ、セリフがものすごく怖いんだけど……」

 クリュウのツッコミを無視し、サクラは血走った隻眼を不気味に輝かせながら必殺の突貫を仕掛ける。誰も寄せ付けない猛烈な一直線全力疾走。鬼神斬破刀を構え、自らを槍のように突きの一撃を放つ。だがショウグンギザミは再びジャンプして天井に逃げてその一撃を回避する。目標を見失ったサクラはそのままズシャアアアァァァッと地面にダイブした。

「さ、サクラアアアァァァッ!?」

 地面に倒れたサクラの姿にクリュウは顔を真っ青にして慌てて彼女に駆け寄る。まだ戦闘中だというのに、サクラの無様な姿を見てシルフィードは一人ため息を零していた。

 一方、天井に登ったショウグンギザミは這うように動く。その先にはツバメ。

「ワシを狙っておるのか……それは好都合じゃ。時間稼ぎくらいならできるしのぉ」

 ツバメはショウグンギザミを引き付けるように小走りでクリュウ達とは反対方向に逃げる。当然、それを追ってショウグンギザミもクリュウ達から離れた。ツバメの行動から彼の思惑を理解したシルフィードもすぐに応援の為に彼の方へと走る。その間に、彼の前でみっともない姿をさらけ出して落ち込んでいるサクラを原因のクリュウが慌てて励ます。

 ショウグンギザミはツバメを追い掛けて移動するが、ツバメはそれを器用に逃げる。そんな彼に向かってショウグンギザミは再び水ブレスを放つが、当然ツバメはこれを回避する。再び辺りに水蒸気の霧が立ち込める。

「クソッ! これではまた見失ってしまうぞッ!」

 ツバメは霧を睨みながら悔しげに叫ぶ。彼を追っていたシルフィードも霧を見詰めて眉をしかめる。だが、奇跡的に霧は下の方にだけ滞留しており、天井付近の視界は良好。幸いショウグンギザミを見失う事はなかった。その時、霧の中から突如火花を散らせながら三発の爆弾が飛翔。それらは狙い違わずショウグンギザミに命中して爆発する。

「打ち上げタル爆弾G……クリュウか」

 霧の中からさらに二発の打ち上げタル爆弾Gが発射され、目標に命中。続けざまに五発の打ち上げタル爆弾Gの直撃を受けたショウグンギザミは堪らずバランスを崩して落下して霧の中に消える。すぐにその巨体が動いた事による風圧で辺りの霧が吹き飛び、視界が回復する。すると、地面に落っこちて倒れているショウグンギザミに対してサクラが猛烈な勢いで刀を振りながら襲い掛かっていた。暴れ狂う竜の如く電流が迸り、彼女の周りで爆ぜる。

 ショウグンギザミは慌てて身を起こすと執拗に襲い掛かってくるサクラに短くなった左右の鎌を振るって攻撃するが、サクラはそれを再びバク転で回避する。そんな一人孤軍奮闘しているサクラから少し離れた場所ではクリュウが一人黙々と作業を行っていた。

 クリュウは一人近くに隠してあった荷車から大タル爆弾G二発を取り出して設置。ショウグンギザミを見事に引きつけているサクラの様子を見ながら全ての準備を整えた。小タル爆弾G二発を掴むと、サクラの方へと走る。

「準備いいよサクラッ!」

 サクラに合図を飛ばし、続けて二発の小タル爆弾Gのピンを抜いて連続してショウグンギザミへと投げつける。サクラはすぐさま後退し、それを追おうとしたショウグンギザミの側面に二発の小タル爆弾Gが命中して爆発。その動きを制する。

「こっちだボロガニッ!」

 クリュウの声に反応し、ショウグンギザミは振り返ってクリュウに襲い掛かる。だがクリュウはそれを回避してすぐに撤退する。それを追ってショウグンギザミも移動を始める。その先にはクリュウの用意した地雷原。

 クリュウは背後からついて来るショウグンギザミの姿を確認しながら走り続け、大タル爆弾Gの間を突き抜ける。すぐさま振り返り、追い掛けて来たショウグンギザミが大タル爆弾Gの真上に到達した瞬間、道具袋(ポーチ)からペイントボールを取り出して投擲。それは狙い違わず大タル爆弾Gに命中し起爆。爆音と爆風が辺りに吹き荒れる。

 盾を構えながら爆風に耐え、クリュウは前方を確認する。

「やれたかな……」

 黙々と立ち上る爆煙を見詰めるクリュウ。だが、彼の予想に反して煙の中からショウグンギザミが姿を現す。全身の甲殻が所々吹き飛び、歩くたびに各所の傷口から血が噴き出してはいるが、奴はそこに堂々と立っていた。

「ダメか……ッ」

 クリュウはすぐさまバックステップして距離を取る。するとショウグンギザミは突如としてその巨体からは信じられないような速度で鎌を振り上げながら横へ移動した。誰かに目標を変えたのか。クリュウは足を止めてそれを追い掛ける。だが、ショウグンギザミは弧を描くように回り込み、クリュウの背後を狙う。それに気づいたクリュウはすぐに走る方向を変えるが、すでに時遅し。背後に迫ったショウグンギザミはクリュウに向かって横薙ぎにハサミを振るう。

「くぅ……ッ!」

 クリュウはその一撃を盾で防ぐも、大きく後ろに弾き飛ばされて後退する。

 クリュウのピンチに対してサクラがすぐに援護に駆けつけるが、その刃先が届く寸前でショウグンギザミは再びジャンプして天井に張り付く。刃先がまるで届かぬ天井に逃げたショウグンギザミを憎々しげに睨みつけ、サクラは舌打ちをしながら仕方なく距離を取る。そんな彼女の向かってショウグンギザミは水ブレスを放つ。一瞬前までいた場所の地面がすさまじい水圧で砕けるのを目撃して冷や汗を流すが、サクラは無事にその射程範囲から脱出する。

 一方、ショウグンギザミの一撃で大きく後退したクリュウの下にはツバメが駆け寄った。

「大丈夫かクリュウ?」

「何とかね。ちょっと左腕が痛いけど」

「あまり一人で無理をするでない。ワシにできる事があったら何でも言うのじゃ」

 ワシを頼れ。そんな想いを込めたツバメの言葉に対しクリュウは「ありがと、ツバメ」と小さくはにかむ。

「立てるか?」

「うん、ありがと」

 クリュウはツバメの手を取って立ち上がると、すぐに状況を確認する。現在クリュウとツバメ、サクラとシルフィードの二組に別れ、そのちょうど真ん中くらいの場所の天井にショウグンギザミが張り付いている。打ち上げタル爆弾Gを使ってまた撃ち落そうと荷車の方へ走る。しかしショウグンギザミは彼がそれを実行するよりも先に地面に降り立った。

 その背後からシルフィードが雄叫びを上げながら駆け寄る。

「どっせえええぇぇぇいッ!」

 振り上げ、そして叩き付けられたキリサキ。その刃先はショウグンギザミが背負っているグラビモスの頭殻に炸裂。頭殻の右目の部分に当たる場所が砕け散った。先程の大タル爆弾Gの破壊力のおかげだ。このまま叩き続ければ、いずれは強固な頭殻といえど破壊できるだろう。

 血の混じった泡を吹きながら、ショウグンギザミは死に物狂いにハサミを振り回して暴れる。しかしクリュウ達はそれらの攻撃を回避して確実に攻撃を当てていく。すでに、勝敗は決していると言っても過言ではない。だが例え最後の悪あがきだとしても、モンスターのそれはたった一撃で形勢を逆転してしまうだけの威力と危険性を伴っている。油断はできない。

「いい加減堪忍するんじゃッ!」

 ショウグンギザミの右斜め後ろでツバメは鬼人化。猛烈な剣撃の嵐を叩き込む。振り返って斬り掛かろうとするショウグンギザミを妨害するように振り向こうとしたその側頭部にシルフィードのキリサキが叩き込まれる。

「シャアァッ!?」

 悲鳴を上げて仰け反るショウグンギザミ。その脇腹をサクラの鬼神斬破刀が容赦なく叩き斬る。

 三人の猛攻撃に完全に翻弄されるショウグンギザミ。そこへ荷車を取りに行っていたクリュウが襲い掛かる。グッと限界まで姿勢を低くしてショウグンギザミの脚元に侵入すると、事前にサクラから受け取っていたシビレ罠を設置する。それはすぐに効力を発揮し、ショウグンギザミを再三束縛する。

「今だッ! 爆弾用意ッ!」

 クリュウの叫び声に首肯し、ツバメとシルフィードがすぐさま近くに引っ張り出しておいた荷車から残る大タル爆弾G二発をそれぞれ一個ずつ持って戻って来る。そしてすかさずショウグンギザミの両方のハサミの直下に設置する。

「いいぞクリュウッ! 時間がない、急げッ!」

 シルフィードの声にうなずき、クリュウは先程と同じくペイントボールを取り出す。そしてグッとそれを握り締め、狙いを定める。狙うは右側の大タル爆弾G。

「喰らえッ!」

 ペイントボールを全力投擲。投げられたペイントボールは寸分狂わず狙った大タル爆弾Gの中央部に命中。刹那、猛烈な爆発を起こした。爆音に耳を塞ぎ、爆風に飛ばされそうになるのを耐え、クリュウ達はしかししっかりとショウグンギザミから目を離さない。

 巨大な黒煙が熱風に煽られて横向きに流れる。爆心地はまだ濃い煙に包まれていてショウグンギザミの状態は把握できない。

 不気味な沈黙が、辺りを包む――その時、ギシギシと何かが軋む音が響いた。

「まさか……」

 驚愕するクリュウの視線の先で煙が晴れる。そこには、溶岩の不気味な光に背後から照らされたショウグンギザミが立っていた。全身ボロボロで血に塗れながらも、彼はギシギシと体を軋ませながら一歩、また一歩とクリュウ達へ近づいてい来る。驚愕のあまり動けないでいるクリュウの前にキリサキを構えたシルフィードが立ち塞がる。ツバメとサクラもクリュウの左右に集まる。

 ギシギシと体を軋ませながら、ショウグンギザミはゆっくりとクリュウ達に迫る。先頭に立つシルフィードは攻撃でも防御でもどちらの行動にも移行できるようキリサキを構えながら、ショウグンギザミを睨みつける。

 ギシギシギシギシ……。傷口から血を噴きながら、ショウグンギザミは無機質に迫って来る。そして彼我の距離がキリサキの攻撃範囲に入り、シルフィードの瞳が鋭くなる。

 ――だが、そこまでだった。

 そこまで歩いたショウグンギザミは突如として力を失いその場に崩れるようにして倒れた。そして、か細い声を上げると、ピクリとも動かなくなる――ひとつの命が終焉を迎えた瞬間であった。

 

 クリュウ達は討伐したショウグンギザミから必要な素材を剥ぎ取ると、疲労感と達成感を味わいながら拠点(ベースキャンプ)へと戻った。常に熱気が立ち込めている狩場内と違い、浜辺にある拠点(ベースキャンプ)は幾分か涼しい。

「疲れたぁ~」

 クリュウはそうつぶやくとレウスヘルムを脱いでペタンと砂浜の上に腰を下ろす。ヘルムから開放された新緑色の髪は汗でべっとりと濡れて肌に張り付いている。額には汗が噴き出し、頬を流れる。

 このまま寝転がりたい衝動を堪えつつ、クリュウは後ろに手を突っ張り棒のようにして空を見上げる。いつの間にか、夜は明けようとしていた。昨晩までは垂れ込めていた火山灰も今は落ち着き、空は東の方が明るくなり初めている。海風が汗を蒸発させて熱を奪ってくれる感触は気持ちがいい。

「……お疲れ様。クリュウ、タオル」

 クリュウの隣にそっと腰を落とし、サクラは彼に拠点(ベースキャンプ)に置いておいたタオルを差し出す。クリュウはお礼を言ってそれを受け取ると汗を拭う。するとサクラは道具袋(ポーチ)から元気ドリンコを取り出し、それも彼に渡す。

「あ、ありがとう。気が利くね」

「……当然。私の夢はお嫁さんだから」

「へぇ、サクラをお嫁さんにできたらその人は幸せだろうなぁ」

「……」

 美人なサクラをお嫁にするのは確かにある意味では勝ち組かもしれない。でも彼女の支離滅裂な性格を重々知っているクリュウとしてはそれが本当の幸せなのかは判断しかねる。一方、さりげなくアピールしたのを見事にスルーされたサクラはサクラで不満げに唇を尖らせて拗ねている。

 そんな見事に咬み合っていない二人の姿を傍らで見ていたシルフィードは小さく苦笑を浮かべる。

「まったく、息が合っているのか合っていないのかわからんな、あの二人は」

「そうじゃな。狩りでは見事な連携を見せておったのにの」

「本来のチームでもあの二人はタッグで戦う事が多いからな。その辺の息は合っているさ」

「なるほどのぉ。フィーリアはクリュウを援護し、サクラはクリュウの相棒として戦い、そしてお主はクリュウに負担を掛けないように常に前線に立って戦う。うむ、まさにクリュウを中心に編成されたチームと言っても過言ではないのぉ」

「……そうだな。このチームの強い結束力は、全てクリュウを経由して成り立っている。本当に、すごい奴だよあいつは」

「そうじゃの」

 いつの間にか、サクラと何やら楽しげに話しているクリュウの姿を二人は頼もしげに見詰める。彼の人を集める才能には素直に脱帽せざるを得ない。何せ、自分達もまた彼のその才能によって集まった人間なのだから。

「しかし、クリュウは本当に爆弾を多用するのじゃな」

「元々が片手剣使いだからな。狩りの効率を上げる為の方法としては間違いではない」

「確かにの。じゃが、あの爆発は……癖になるのぉ」

「……」

「……冗談じゃ。じゃから、そのような末期の重病患者を見るような目でワシを見るでない」

 いつの間にかすっかり意気投合(?)している感じのツバメとシルフィードの姿にクリュウはほっとしたように安堵の息を漏らすと、ゆっくりと立ち上がった。隣ではサクラが「……クリュウ?」と不思議そうに首を傾げている。

「……いい朝日だね」

 つぶやくように言ったクリュウの視線の先で、水平線の向こうからゆっくりと顔を出す朝日が静かに輝いていた……


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